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東京高等裁判所 昭和61年(行ケ)50号 判決

一 本件に関する特許庁における手続の経緯は、本願発明の要旨及び本件審決理由の要点が原告主張のとおりであることは当事者間に争いがない。

二 取消事由に対する判断

1 前示本願発明の要旨に成立に争いのない甲第二号証(本願発明の願書及び添附の明細書)及び第三号証(昭和五二年一二月五日付手続補正書)を総合すれば、本願発明は、耐候性を有する二軸配向されたPETフイルムよりなる農業用展張材料についての発明であつて、従来、屋外展張用材料としては、硬質又は軟質のポリ塩化ビニル、ポリエチレン、ガラス強化不飽和ポリエステル等のフイルム又はシートが広く用いられていたが、それらは、いずれも耐候性が良くないとか、短期間の使用で劣化して機械的性質が低下するとか、光透過率が劣る等の欠点があり、また、PETフイルムは、耐熱性、耐薬品性及び強度、弾性率において優れた性質を有する反面、耐候性が優れず、長時間屋外に暴露すると、その機械的性質が顕著に低下するという欠点があり、耐候性を改善するために紫外線吸収剤を添加したり、フイルムの表面にコーテイングしたものにおいても、長時間の屋外暴露に十分耐え得るだけの耐候性を付与し得ないことから、本願発明は、そのような欠点のない、すなわち、優れた機械的強度と耐候性を有し、長時間の屋外暴露に耐え得る農業用展張材料を提供することを目的として、本願発明の要旨のとおりの構成を採用したものであること、構成Cは、構成A及びBと共に本願発明に供する二軸配向されたPETフイルムを特定するための物理的性質の一つであること、構成AないしCを充足するPETフイルムは、高圧水銀ランプに一〇〇時間照射後の少なくとも一方向の破断強度が該ランプ照射前の五〇%以上の強度を保持することができるという、極めて優れた耐候性(紫外線劣化抵抗)を示すこと、右フイルムは、PET未延伸フイルムを一軸延伸後のフイルム面内における延伸方向と垂直の方向(例えば、縦延伸後であれば横方向)の屈折率nSDが一・五六〇以下となるように延伸倍率二・五倍ないし五・〇倍、好ましくは三・〇倍ないし四・五倍に延伸し、次いで、五〇℃ないし八〇℃で前記延伸方向と直角方向(前記延伸が縦方向であるならば、今度は横方向)に延伸倍率二・五倍ないし五・〇倍、好ましくは三・〇倍ないし四・五倍に延伸し、更に一五〇℃以下で一秒ないし一〇〇秒程度熱固定することにより得られることが記載されているほか、右方法、具体的には、未延伸フイルムを縦延伸温度六〇℃、縦延伸倍率三・一倍、横延伸温度六〇℃、横延伸倍率三・一倍で逐次二軸延伸し、一五〇℃、一四〇℃、一二五℃で一〇秒間熱固定して製造された実施例1ないし3のPETフイルム、及び未延伸フイルムを縦延伸温度六五℃、縦延伸倍率三・二倍、横延伸倍率三・四倍で逐次二軸延伸し、一五〇℃、一二五℃で一〇秒間熱固定して製造された実施例5及び6のPETフイルムが、いずれも本願発明の構成AないしCを具備するのに対し、未延伸フイルムを縦延伸温度九〇℃、縦延伸倍率三・一倍(比較例1)又は三・二倍(比較例3)、横延伸温度一一〇℃、横延伸倍率三・四倍で逐次二軸延伸し、熱固定温度二一〇℃で一〇秒間熱固定して製造された比較例1、3は、本願発明の構成B及びCを具備していないことが記載されていることが認められる(別紙一の表1、2参照)。なお、本願明細書(甲第二号証の「明細書」の第八頁第八行ないし第九行)には、「本発明のフイルムはこのような方法で得られたもののみには限らない。」との記載があることが認められることから、本願発明に供するPETフイルムが前記製法により製造されるものに限定することはできないとしても、少なくとも、本願発明に供するPETフイルムが右製法により製造され得るものであることに変わりはない。

2 他方、引用例に本件審決認定のとおりの事項が記載されていること、本願発明と引用例記載のものとの間に本件審決認定のとおりの相違点があることは当事者間に争いがなく、相違点(2)についての判断は原告の認めるところである。

3 そこで、相違点(1)について検討する。

(一) 成立に争いのない甲第五号証(引用例)によれば、引用例には、本件審決認定の前示事項のほか、PETフイルムの特性に関して、「PETフイルムの持つさまざまな特性は、延伸及び熱処理によつて生じた規則正しい(微細)構造に由来している」(同第六一九頁第二八行ないし第二九行)、「無定形PETフイルムは低強度で脆くなり易いため商品価値がほとんどないか、無定形フイルムに変形(延伸及び/又は圧延)と熱処理の適切な組合せを施すことによつて強さと靭性のずば抜けて優れたフイルムが得られる。右の変形過程で大きな役割を果す因子の一つは温度である。」(同第六二〇頁第一九行ないし第二四行)との記載があり、また、PETフイルム製造の際の延伸温度、熱固定温度に関して、PETのガラス転移温度Tg(比較的固いガラス状態が柔軟性に富んだ変形し易い粘性状態に移行する温度)は約七〇℃であることから、PETフイルムは概ね七〇℃ないし九〇℃の範囲で変形(延伸)を施されており、この温度条件下ではフイルムの延伸ないし圧延を容易に行うことができること、二軸配向後、フイルムの経時収縮性を押さえるために一五〇℃ないし二三〇℃の範囲で高速状態のもとに結晶化処理(熱固定)を施し、それによつて右フイルムの密度は約一・三八g/ccに高まること、そうして得られたPETフイルムの補助的処理手段の一つとして、右フイルムの片面若しくは両面を紫外線吸収剤に含浸することにより耐候性が得られることが記載されていることが認められる(同第六二〇頁第二四行ないし第三〇行、六一七頁第三三行ないし第三六行、第六一九頁第一四行ないし第一五行)。しかし、同号証によるも、引用例に本願発明の構成Cに関する具体的な記載を見出すことはできない。

(二) 前記(一)において認定したPETフイルムの特性及び延伸に関する引用例の記載からは、二軸延伸とフイルムの経時収縮性をおさえるための熱処理(熱固定)の組合せ如何によつてPETフイルムの屈折率及び密度のほか他の物理的性質にも差異が生じ、種々の特性のフイルムが得られるものであることを窺い知ることができる。そして、このことは、前記1において認定した比較例1及び3のPETフイルムは、いずれも熱固定温度が二一〇℃であることによつて構成B及びCを具備しないフイルムとなつていることからも裏付けられるほか、成立に争いのない甲第二〇号証(長谷川欣治作成の「実験成績書」)によれば、延伸温度を八五℃と本願明細書に記載された実施例よりも高い温度で延伸したPETフイルムを一一〇℃ないし一六〇℃で熱固定し、屈折率及び密度においては本願発明と同一の数値の範囲を示す実験番号1ないし4のPETフイルムのうち、一六〇℃で熱固定した実験番号4のPETフイルムは構成Cを充足していないことからも首肯し得るところである(別紙(二)参照)。したがつて、PETフイルムにおいて、構成A、Bを備えているからといつて、当然に構成Cを充足するものと即断できるものではない(なお、前掲甲第二〇号証は本願発明の追試の結果を示すもので、これを本件において判断資料とすることはもとより妨げられるところではない。)

(三) ところで、本願発明に供するPETフイルムは構成AないしCという物理的性質をもつて特定されており、右フイルムは、前記1で認定した延伸温度と熱固定温度の組合せを用いた方法によつて製造されるものであるところ、引用例に構成Cが開示されていないとしても、引用例記載のPETフイルム(タイプW)が本願明細書記載の前記製造方法と同じ方法によつて製造されるのであれば、両フイルムは同じフイルムというほかなく、構成Cの開示の有無は、化合物の特定の仕方の違いに帰することになるので、この点について検討するに、前記(一)で認定したところによれば、引用例記載の発明は、PETフイルムにつき延伸及び熱処理によつて得られた物理的性質だけではなく、これと紫外線吸収剤の含浸の補助的機能と相俟つてその耐候性の付与、向上を意図したものであつて、同記載のPETフイルム製造の際の延伸温度及び熱固定温度に関する部分も延伸及び熱処理によつてのみ高い耐候性を得るとの認識のもとに記述されたものではなく、紫外線吸収剤を含浸することを予定した上でのフイルム製造過程における両者の一般的な関係を示したにすぎないものと解すべきであり、例えば、本願明細書に記載されている条件と一致する一五〇℃の熱固定温度で一・三八g/ccの密度に達するフイルムについて、それのみで高い耐候性を得るため、その前段階である二軸延伸処理がそれぞれどのような温度条件のもとで行われるかという延伸温度と熱固定温度との具体的な組合せを示す記述と解することはできない。したがつて、本願発明及び引用例記載の発明におけるPETフイルム製造の際における延伸温度及び熱固定温度が部分的に一致するところがあるにせよ、引用例に本願発明に供するPETフイルムの製造方法において用いられる延伸温度と熱固定温度の組合せが具体的に開示されているものと解することはできない。そうであれば、引用例記載のPETフイルムは本願発明に供するPETフイルムと同じ方法で製造されるものと断定することは困難である。

(四) 以上のとおり、引用例には本願発明の構成Cに関する具体的な記載がないこと、PETフイルムは延伸温度及び熱固定温度の組合せ如何によつて物理的性質を異にするものが得られ、構成A、Bの充足は当然に構成Cの充足を意味するものではないこと、引用例記載の発明が延伸処理及び熱処理だけでなく、紫外線吸収剤の含浸によりPETフイルムの耐候性の付与、向上を意図しているものであつて、本願発明に供するPETフイルムの製造方法と引用例記載のPETフイルムの製造方法とが同じ製造方法と断定できないことを考慮すると、引用例記載のPETフイルムが構成Cを具備するものと断定することはできない。

(五) 以上によれば、本願発明に供するPETフイルムと引用例記載の右フイルムは同じフイルムということができる旨の本件審決の判断は誤りであり、これにそう被告の主張は採用することができない。

4 叙上の事実によれば、本件審決は本願発明に供するフイルムにおける構成Cの技術的意義を看過して、本願発明のフイルムと引用例記載のフイルムとが同一のフイルムであると誤認したことから、本願発明の進歩性を否定したものと認められるのであつて、右判断の誤りが本件審決の結論に影響を与えることは明らかである。

三 以上のとおりであるから、叙上の点に判断を誤つた違法のあることを理由に本件審決の取消しを求める原告の請求は、理由があるものということができる。よつて、これを認容することとする。

〔編注〕本願発明の要旨は左とおりである。

フイルムの縦方向及び横方向の屈折率が一・五七以上、厚さ方向の屈折率が一・五七以下、該フイルムの密度が一・三九〇g/cm3以下で、三六五nmを最高スペクトルとする高圧水銀ランプで一〇〇時間照射しても該フイルムの少なくとも一方向の破断伸度を一〇%以上に保持できる耐候性を有する二軸配向されたポリエチレンテレフタレートフイルムよりなる農業用展張材料。

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