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東京高等裁判所 昭和61年(行ケ)7号 判決 1989年11月20日

原告 アンリ・ビダル

被告 特許庁長官

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

三  この判決に対する上告のための附加期間を九〇日と定める。

事実

第一当事者の求めた判決

一  原告

1  特許庁が、同庁昭和五七年審判第一一二二九号事件について、昭和六〇年八月一四日にした補正の却下の決定を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

主文第一、二項同旨

第二請求の原因

一  特許庁における手続の経緯

原告は、一九七五年(昭和五〇年)九月二六日にフランス国においてした特許出願に基づく優先権を主張して、昭和五一年九月二七日、名称を「鉄筋コンクリート用補強材」とする発明(以下、「本願発明」という。)につき特許出願をした(同年特許出願第一一五七一四号)が、昭和五七年二月三日に拒絶査定を受けたので、同年六月八日、これに対し審判の請求をし、昭和五八年七月二九日に手続補正書を提出した(以下、この手続補正書による補正を「本件補正」という。)。特許庁は、右審判の請求を昭和五七年審判第一一二二九号事件として審理し、昭和六〇年八月一四日、「本件補正を却下する。」(出訴期間として九〇日を附加)との決定をし、その謄本は、昭和六〇年九月二五日、原告に送達された。

二  出願当初の本願明細書に記載された特許請求の範囲

別紙第一目録記載のとおり

三  本件補正に基づく特許請求の範囲

別紙第二目録記載のとおり

四  本件決定の理由の要点

1  本件補正は、特許請求の範囲を補正したものである。この補正により補正された特許請求の範囲第一項は、別紙第二目録該当欄記載のとおりである。

2  これに対し、出願当初の明細書と図面の記載にあつては、本願発明を鉄筋コンクリート用補強材として専ら説明されており、補強土に係る発明が開示されていたとは認められないから、本件補正は明細書の要旨を変更するものと認められる。

3  したがつて、本件補正は、特許法一五九条一項の規定によつて準用する同法五三条一項の規定により却下すべきものである。

五  本件決定を取り消すべき事由

本件決定は、補強土に係る発明が本願出願当初の明細書及び図面(以下、「当初明細書」という。)に開示されていたことが自明であるにもかかわらず、これを開示されていなかつたと事実の認定を誤り、これに基づき、本件補正は明細書の要旨を変更するものであるとした違法があるから、取り消されなければならない。

即ち、以下に詳述するとおり、当初明細書は鉄筋コンクリート用補強材の説明としては科学原理上の矛盾を多数生じさせるものであるから、本件決定の「当初明細書の記載にあつては、本願発明を鉄筋コンクリート用補強材として専ら説明されており、」とする事実認定は、文理的にはそのとおりであるが、実質的な意味としては誤りであり、また、当初明細書には、補強土に係る発明が開示されていることが自明であるので、本件決定の「(当初明細書の記載にあつては、・・・)補強土に係る発明が開示されていたとは認められない」とする事実認定も誤りである。なお、後記誤訳の存在を本件決定を取り消すべき事由として主張するものではない。

1  誤訳の存在について

当初明細書(甲第二号証)の「鉄筋コンクリート」及び「コンクリート」という語は、本願特許願の優先権主張の基礎となるフランス国特許出願の明細書(甲第四号証)において「terre arm〓e」及び「terre」とされ、右フランス国特許出願の明細書をもとに作られた英文テキスト(甲第五号証)において「reinforced earth」及び「earth」とされ、本来「補強土」及び「土」と訳されるべき語が、訴外代理人によつてそれぞれ「鉄筋コンクリート」及び「コンクリート」と誤訳されて出願されてしまつたものである(ただし、当初明細書九頁三行、一一頁一三行及び一四行から一五行にかけて、一六頁一五行、一七頁一五行から一六行にかけて及び一六行の六箇所の各「コンクリート」は誤訳ではない。)。

2  一般に、補正が特許法五三条一項の、願書に添附した明細書又は図面の要旨を変更する(以下、単に「要旨変更」という。)か否かの基準について

(一) およそ、補正が明細書の要旨を変更するかどうかは、補正事項が願書に最初に添附した明細書又は図面に記載した技術的事項の範囲内にあるか否かによる。範囲内であれば要旨変更ではない(審査基準「明細書の要旨変更」2の1)。そして、「記載した事項の範囲内」とは、一字一句同じことが記載されていることをいうのではなく、出願時において、その発明の属する技術分野において、その発明の属する技術分野において通常の知識を有する者が「補正前の明細書の記載からみて自明な事項」も上記「記載した事項の範囲内」とみる(審査基準2の2の(2)及び(4)A(B)。)とされる。

(二) 右「補正前の明細書の記載からみて自明な事項」とは、補正前の明細書の記載が誤記であることを例にとれば、「誤記であることが客観的に明白である事項」を意味し、「誤記であることが客観的に明白である事項」とは、より具体的にいえば「補正前の明細書の記載では科学原理上の矛盾が生じるため誤記であることが明白であり、かつ正しい記載を容易かつ一義的に認識できる事項」を意味すると解すべきである。

この解釈は、誤記補正が要旨変更になるかの問題を扱つた東京高等裁判所昭和五八年三月二四日判決(甲第一三号証。以下、「第一判例」という。)、同昭和五三年六月二七日判決(甲第二〇号証。以下、「第二判例」という。)及び昭和三二年抗告審判第二四三四号審決(甲第九号証。以下、「審決例」という。)ほかの判決、審決によつても明らかである。

(1) 即ち、第一判例は、「当初出願明細書又は図面の記載自体から誤記であることが明白な事項を訂正する意味での補正である場合・・・は、その補正は明細書の要旨を変更しない」(甲第一三号証二四五頁九行ないし一一行。以下、甲第一三号証及び甲第二〇号証の頁数はそこに印刷されている無体財産権関係民事・行政裁判例集の頁数による。)とし、審決例も、「明細書を訂正する場合、その訂正が誤記(勿論、客観的に誤記であることが認められる場合)の訂正である限りでは、常に明細書に記載した事項の範囲内の変更と解すべきである」(甲第九号証一頁右欄一六行ないし二二行参照)としており、第一判例において、より具体的に、「当業者において本願明細書の記載に接したときに、本願発明において採用された元素としての「臭素」の記載、とりわけ、右採用の理由を示した前示<6>の部分における「臭素」の記載が、正しくは「硼素」とすべきものの誤記であるものと、本願明細書の記載に即して、容易に、しかも、他の任意の元素ではなく「硼素」の誤記であると一義的に認識できるものであることが必要である。」(甲第一三号証二五〇頁五行ないし九行)とされている。

(2) 但し、第一判例は、「臭素を採用することは、全く技術常識に反するものであると認められる。・・・しかしながら、一般に、発明は従前の技術常識に反する技術を用いるところにも成立しうるものであり、明細書も、出願に係る発明が従前の技術常識に反する技術を採用した点に新規性、進歩性がある旨の記載を欠くことも往々にしてあるから本願明細書中に、本願発明は、ニッケル基スーパー合金に対する拡散ボンテイング用中間層合金に添加する融点低下剤として臭素を採用した旨の記載があるからといつて、そのことから直ちに、本願明細書に接する当業者が、本願発明において用いるとされている「臭素」の記載が正しくは他のなんらかの成分を記すべきものを誤記したものと認識するものということはできない。」(同号証二五〇頁末行ないし二五一頁九行)として、補正前の明細書の記載が技術常識に反するということだけでは、誤記であることが自明であるとはいえないと付言している。しかし、補正前の明細書の記載が技術常識に反するだけでなく科学原理上の矛盾を生じ、他方正しい記載が明白である場合には、誤記であることが自明であるというべきである。このことについては、第二判例も、「誤記であることをうかがわせるような記載がない」こと(甲第二〇号証三一三頁一三行)に加えて、補正対象となつている化学物資の「性質の異同からみて、ポリ酢酸ビニルでは・・・技術的に矛盾」するか、「また科学常識として、もともとポリビニルアセタールを示すものとして掲げられたものとみることはでき」るか(同号証三一三頁一四行ないし一六行)を検討していることから明らかである。

(三) したがって、要旨変更か否かの基準は「補正前の明細書の記載では科学原理上の矛盾が生じるため誤記であることが明白であり、かつ正しい記載を容易かつ一義的に認識できるか否か。」であり、肯定できる場合は要旨変更とはならないのである。

(四) 本願においても、本件補正が当初明細書の要旨を変更するものかどうかは、右(三)に述べたと同様の基準によつて判断されるべきものである。

3  科学原理上の矛盾

当初明細書の「鉄筋コンクリート」及び「コンクリート」の記載に従い、本願発明を鉄筋コンクリート用補強材とすると、以下に詳述するとおり、多数箇所で鉄筋コンクリート原理に反する矛盾を生じ、もちろん技術常識にも反する。したがつて、右「鉄筋コンクリート」及び「コンクリート」の記載が誤記であることは明白である。

(一) 鉄筋コンクリート原理上の矛盾点

鉄筋コンクリートの原理は、技術常識からいうと、「鉄筋コンクリートとは鉄材とコンクリートとで構成される構造体の一種であつて、凝固したコンクリートが鉄材に付着することによつて一体化され・・・鉄材のもつ引張強度によつて曲げ破壊が防止され、コンクリートに引張り亀裂が生じた後も鉄材によつて構造物の全体的破壊が防止される。・・・そして両者は熱膨張係数がほぼ等しいため一体として温度変化に順応しうる特徴を有している」(甲第六号証三頁八行ないし一六行参照)というものである。他方、補強土の原理は、技術常識からいうと、「補強土とは基本的に・・・補強材料、及び土砂などの粒状材料によつて構成される構造体の一種であつて、各粒状物質間に働くせん断抵抗力、及びその粒状材料と補強材料との間に働く摩擦力によつて盛土形状が維持され、更に、壁体構造としては粒状材料がその垂直な自由面から崩壊することを防ぐために被覆部材としてスキンが使用される」(同号証三頁一六行ないし二二行参照)ものである。このように、鉄筋コンクリートと補強土との間には本質的な差異があるのである。

したがつて、当初明細書において、

<1>第一に、鉄筋コンクリート用補強材として摩擦に言及すること、即ち、「摩擦を増加できるような凹凸のある鉄筋コンクリート構造物に対する補強材」(甲第二号証の明細書(以下、単に「甲第二号証」という。)六頁一五行ないし一七行及び同七頁六、七行)、「その凹凸は摩擦係数をほんの少し大きくするような溝つけで」(同号証六頁一九、二〇行)と述べることは、鉄筋コンクリートの原理に全く矛盾するものである(甲第六号証一〇頁一九行<4>ないし一三頁八行、甲第七号証訳文七頁(d)及び(a)参照)。

更に、当初明細書では第3図(FIG3)に線6が引かれ、その説明文(甲第二号証一一頁七行ないし一〇行)は、「リブの頂部を通るせん断面が発生」すること、そして、「ストリツプに働く引張力に抵抗するのは、このせん断面に働く土相互(土粒子間の)せん断抵抗(摩擦抵抗)」であることを明らかにしている(甲第六号証一二頁三行ないし五行参照)。しかしながら、鉄筋コンクリートの場合には、「鉄筋に働く引張力Tはコンクリートには図―1のように作用し、それはコンクリートとのせん断面力Hとコンクリートに対する支圧力Vに分けて考えられ、コンクリートが頑固な材料であるため、支圧に耐える力が非常に大きく、それによつて、付着を高めていることが認められている」(同号証一一頁一〇行ないし一五行参照)ので、線6を引くのは原理的な矛盾を示すものである。

<2>第二に、自由面や表皮部分について、「鉄筋コンクリートにあつては、コンクリートは凝固しているので、通常、表面が崩壊する可能性はなくこれを防止するため被覆をする必要はない」(甲第六号証九頁五行ないし七行参照)し、そもそも、「鉄筋コンクリートと別の表皮部分はない」(甲第七号証訳文一〇頁一三行参照)。しかしながら、当初明細書は、自由面やそれを被覆する表皮部分なるものに左のとおり多数にわたつて言及しており、鉄筋コンクリートの原理に矛盾している。即ち、「鉄筋コンクリート構造物の自由面」(甲第二号証八頁一四行)、「自由面を被覆するのに使われているプレート状態をした表皮部分」(同号証八頁一五、一六行)、「表皮部分」(同号証九頁一二行、一六行、一〇頁二行、六行、一一頁一三行、一四行、一六行、一三頁一七行、一五頁七行、一〇行、一六頁一八行、一七頁一六行、二〇行、一八頁一五行及び一九頁六行)、表皮部分8及び9の図(同号証第4図、第5図、第17図及び第24図参照。ただし、第17図の表皮部分8及び第24図の表皮部分9が、第4図又は第5図に示された表皮部分8と同じ材質でありながら異なつた模様で示されていることは認める。)、自由面あるいは表皮部分に関する先行特許として、補強土の基本特許である「ヴイダールのフランス特許第二〇五五九八三号(米国特許第三六八六八七三号)」(甲第二号証八頁一二、一三行及び一一頁一一行ないし一三行)、及び補強土の構成要件の一つであるスキンに関する特許である「フランス特許第一三九三九八八号(米国特許第三四二一三二六号)」(同号証一六頁一六、一七行)を挙げていること(甲第六号証五頁二二行<3>ないし一〇頁一八行、甲第七号証訳文九頁3、六頁(b)及び八頁(f)、甲第一八号証三頁<4>、甲第一四号証五頁(4)の<3>参照)。

<3>第三に、鉄筋コンクリート構造物ならば、補強材の周囲は一様にコンクリートに接しているものである。しかしながら、当初明細書においては、「補強材と接する物質は第3図(FIG3)中に4として示されていて、その物質を現す模様は明らかに第4図(FIG4)、第5図(FIG5)のコンクリートを現す模様と区別して記載されており、明細書中に「粒子4」(甲第二号証一一頁七行)として説明されている。したがつて本願特許願に係る補強材はこの部分においてコンクリートと組み合わされているのではなくて、土砂などの粒子と組合わされているものであることはこれらの記載からも明らか」(甲第六号証五頁一三行ないし二一行、甲第七号証訳文八頁及び九頁(c)参照)であり、この点もまた鉄筋コンクリートの原理に反する。

<4>第四に、補強材の材質について、「鉄筋コンクリートの構造物に用いられる補強材は鉄筋のみである。これはコンクリートの熱膨張係数(〇・〇〇〇〇〇九三六~〇・〇〇〇〇一〇三/C)と鉄材の熱膨脹係数(〇・〇〇〇〇一二一~〇・〇〇〇〇一二二/C)がほぼ等しいからというのがその理由の一つとなつている(甲第六号証四頁一四行<1>ないし一八行、甲第一八号証三頁<1>参照)。しかしながら、当初明細書は、「アルミニウムを基本成分とし」(甲第二号証六頁一八、一九行)、「使用材料が鋼のときは」(同号証七頁一八行)、「いかなる金属あるいはプラスチツク材、木材などのようなその他のいかなる材料でできていてもよい。」(同号証一六頁二〇行ないし一七頁二行)と述べており、当初明細書の記載は明らかに鉄筋コンクリートの本質と矛盾する。なお、「これに対して補強土は土砂などの粒状材料を構成要件の一つとし、これと補強材との摩擦力によつて構造体を補強するにすぎないものであるため、鉄筋とコンクリートの強固な付着によつて一体化されなければならない鉄筋コンクリートとは異なり若干の相対変異は許される。従つて素材の熱膨脹係数はほぼ問題とならないから、補強材の素材の選択はこの点で限定されることはない。このように当初明細書の記載は明らかに・・・補強土の本質と適合する」ものである(甲第六号証四頁一八行ないし五頁三行参照)。

<5>当初明細書の「周知のように・・・溝つけで簡単に荒目をつけることで形成されている。」(甲第二号証六頁一七行ないし七頁一行)との記載は鉄筋コンクリート用補強材と解することについての矛盾点である。

(二) 技術常識に反する点

<1>第一に、鉄筋コンクリート用補強材に防蝕の必要はない。即ち、「そもそも、鉄筋コンクリート構造物中の補強材として鋼材、鉄筋が使用される理由は、コンクリート混合物がアルカリ性を示すために鉄鋼が腐蝕しないことにある。従つて、鉄筋コンクリートに用いられる鋼材は実際上原則として防蝕の必要はないとされている。もちろんひびわれが生じた鉄筋コンクリート構造物においてわれやひびから侵入する酸素・塩分によつて腐蝕が発生する場合はあり得る。しかし通常のケースにおいてはこのような腐蝕は実際上影響がないのでコストの上からも鉄筋に防蝕加工が施されることは、港湾構造物のような例外を除いてはない。」(甲第六号証一五頁一二行ないし二一行参照)ところが、当初明細書は、「補強材の巾を小さくしてそれに応じて厚さを大きくして、それにより腐蝕についての安全性を増すことができる。使用材料が鋼のときは腐蝕に耐えるように、補強材が本来の構造物と一体になつているときはいつでも例えば高温鍍金のように一般に表面保護処理が施される。」(甲第二号証七頁一六行ないし八頁一行)、「第6図18に示すように被覆のない面が腐蝕の攻撃を受けるが、補強材と耳11との間の界面は実用上何ら劣化を見せない」(同号証一二頁七行ないし一〇行)、「本発明による補強材は、鋼製のときは、腐蝕の恐れのない仮の構造物として一体になるように、圧延状態のままで使用してもよい。永久的構造物に関しては、・・・防蝕を行つた方が有利である。しかしながら補強材が普通の形状をもつためおよびリブで形成された凹凸が簡単なため完全に自動的に防蝕の効果が出る。例えば・・・のようなスプレーがけで保護する方法はすべて考えられる。」(同号証一五頁一五行ないし一六頁一四行)及び「第6図は・・・腐蝕の影響を図解的に示す」(同号証一七頁二〇行ないし一八頁二行)と述べている。

したがつて、「本件特許願が上記のように腐蝕の危険を特に問題にしていること、「被覆のない面が腐蝕の攻撃を受ける」として一般的に腐蝕の攻撃が常にあることを前提としていること、そして「補強材が普通の形状をもつためおよびリブで形成された凹凸が簡単なため完全に自動的に防蝕の効果が出る」として、ヒビやワレに対する防蝕を前提にしているのではなくて全体が腐蝕を受けることを前提にして、リブの面積・体積が小さければ防蝕の効果があがるとしていることからいつて、」(甲第六号証一六頁八行ないし一六行参照)本願特許願が鉄筋コンクリート用補強材を開示していると認定することは、技術常識に反する(甲第六号証一三頁九行<5>ないし一六頁一八行、甲第七号証訳文六頁(a)、甲第一八号証三頁<3>参照)。

<2>第二に、補強材の実用性に関し、当初明細書は、「リブの間隔は少なくとも二五mmであることを特徴とする」(甲第二号証一頁特許請求の範囲第二項)とする。

しかしながら、「日本工業規格JISのG―三一一二「鉄筋コンクリート用棒鋼」では、ふし(鉄骨では、軸線にそう突起をリブといい、リブ以外の突起はふしという。)の間隔を公称直径の七〇%以下と規定しているので(甲第一八号証添付資料五頁備考2参照)、本件補強材は、鉄筋としては大部分規格外品となり現実には鉄筋コンクリートに使用できない」(甲第一八号証三頁<2>参照)ことになり、実用性のほとんどない発明をしたことになり、常識に反する。

<3>第三に、補強材の形状について、当初明細書は、「バンド状の一般的形状を有し」(甲第二号証一頁特許請求の範囲第一項、六頁一四行、七頁四行及び各図)、「バンドの断面が矩形をなすことを特徴とする」(同号証四頁特許請求の範囲第一四項)とする。しかしながら、実務に精通しかつ日英の高名なコンクリート工学者である村田教授及びサイモンズ教授が、「かつて現実にこのような平鋼が鉄筋コンクリート構造物に使用されたのは見たことがないし、これ(乙第一号証)に類するような鉄筋コンクリート用補強材の特許も見たことがない。また、仮にこれを鉄筋コンクリート用に使用したとしてもメリツトがない。」(甲第一八号証六頁一八行ないし二二行参照)「実際、私は、ロンドンの土木工学図書館やギルフオードのサリー大学図書館にある鉄筋コンクリートに関する現代のどの書籍の中にも補強用ストリツプの使用についての記事を見出すことはできなかつた。私は、鉄筋コンクリート製の建造物の補強材その他の構築物のあらゆる種類の補強材を、定期的に見る機会がある。私はストリツプ型補強材を見たことがない。補強材は、常に丸棒か又は角ねじり棒で、これに突起がついているものとついていないものがあるにすぎない。・・・私は、以下の理由で鉄筋コンクリートには幅広の平鋼ストリツプよりも丸棒又は角ねじれ棒が使われていると・・・指摘することができる。」(甲第一七号証二頁一九行ないし三頁一行及び五頁最下行ないし六頁三行参照)と述べるように、平鋼(バンド状の一般的形状を有し、あるいは、バンドの断面が矩形をなすことを特徴とするもの)は鉄筋コンクリート用補強材としては技術常識に反する(甲第七号証訳文七頁(e)参照)。平鋼が鉄筋コンクリート用補強材として難点があるというのは、「<1>鉄筋コンクリートにおいて張力を受ける部分を補強する補強材は、本来なるべく部材の引張縁近くに配置するのが力学的に有効である。このためには平鋼の幅を水平方向にして配置することになるが、この場合は、コンクリート注入時に平鋼の下側にコンクリートを完全に充填することが極めて困難となり、また、コンクリート中から水が浮上して平鋼の下面にたまつて水膜を形成し、付着を害し(腐蝕などの)致命的な欠陥となるおそれがある。<2>これを避けるために、平鋼の幅を垂直方向にして配置をすることになるが、この場合には、平鋼の断面図心が部材の引張縁から遠ざかるので部材の曲げ耐力を低減するし、一般の鉄筋コンクリートで行われている鉄筋の垂直方向の曲げ加工も不可能となり、不経済となる」(甲第一八号証六頁<1>及び七頁<2>参照)からであり、更に、「平鋼を水平に配置しかつコンクリートの注入・付着を十分にはかるためには、平鋼間の間隔を十分とらねばならず、そうすると梁が大きくなつてしまい経済的ではないこと、及び、平鋼は丸棒よりもより大きな建設荷重に耐え得る剛性を有しないこと」(甲第一七号証一〇項ないし一八項、特に一三項及び一五項参照)があるからである。

<4>第四に、補強材の耐用期間に関して、当初明細書は、補強材が「永久的構造物」(甲第二号証一五頁一七行)に対してだけではなく、「仮の構造物」(同号証一五頁一六行)に対しても用いられるとしているが、鉄筋コンクリート用補強材を仮の構造物に使用することは技術常識に反する(甲第六号証一六頁<6>参照)。

<5>第五に、補強材の結合について、当初明細書は、「ボルトによるものが好ましい」(甲第二号証九頁五行)としているが、「そのような方法も鉄筋コンクリート構造物には用いられることがない。なぜならば、セメントにより粒子間に発生する凝集力の故に、恒久性を有する表面部分を設ける必要がないからである。鉄筋コンクリート構造物における補強棒の結合に関して述べられる場合は臨時の型枠へのとりつけについてであり、ボルト止めが用いられることはない」(甲第七号証八頁(b)。同号証訳文六頁(b)参照)のであり、当初明細書の記載は技術常識に反する。ただし、一般的に、固着手段としてのボルト止めが、本願優先権主張日前に周知、慣用の技術であつたことは認める。

(三) 以上のとおり、当初明細書の「鉄筋コンクリート」及び「コンクリート」の記載に従い本願発明を鉄筋コンクリート用補強材とすると、多数箇所で鉄筋コンクリート原理に反し、かつ技術常識に反する。したがつて、右記載部分が誤記であることは明白である。

4  右記載部分の正しい記載が「補強土」及び「土」であることは、容易かつ一義的に認識できる。

(一) 即ち、これは、日本内外における土木工学及びコンクリート工学の、学会及び業界における高名な鑑定人の結論である。例えば前記3(一)鉄筋コンクリート原理上の矛盾点から、

(1) 「摩擦力に対する言及は土と補強材の間の現象が問題とされる補強土に関してのみ妥当するものである」(甲第七号証九頁二行ないし五行。同号証訳文七頁九、一〇行参照。甲第六号証一三頁三行ないし八行参照)し、

(2) 当初明細書は、「「表皮部分」に言及していて、しかもそれは自由面を被覆するのに使用されるとしている。これが自由面の崩壊の可能性を前提とする補強土の被覆要素について論述していることは明らかである。」(甲第六号証九頁一二行ないし一五行参照)

(3) また、表皮部分に関する先行特許において、「本発明は鉄筋コンクリートではなく補強土に関するものであるということを極めて明らかに示している。」(甲第七号証一〇頁五、六行。同号証訳文八頁四行ないし六行参照)

(4) 更に、「粒子」という用語が使用されている事実から、「「粒子」の用語は土粒子を意味するものであり、本願において補強材とはコンクリートに関して用いられるものでなく補強土における摩擦係合を与えるためのものであつたということが、・・・明らかである。」(甲第七号証一一頁一三行ないし一八行。同号証訳文九頁九行ないし一二行参照)

(5) また、補強材の材質、自由面に対するスキンの必要性への言及などから、「本件特許願にかかる発明は鉄筋コンクリート用ではないことが明らかであり、むしろ補強土用であることが明らか・・・である」(甲第一八号証三頁三行ないし二一行参照)と認識できるからである。

加えて、前記3(二)「技術常識に反する点」に掲記したことからも、例えば、

(6) 当初明細書が前記3(二)<1>のように防蝕の必要を問題にしていることから、当初明細書は、「明らかに鉄筋コンクリートではなくて補強土を対象としているのだということが推察される」(甲第六号証一六頁一六行ないし一八行参照)

からである。

(二) 換言すれば、「(<1>)補強材を構成要素とする構造物において、更に<2>粒子及び<3>表皮部分を構成要件とするものは補強土工法による構造物のみである。」(甲第一四号証四頁九行ないし一一行参照)、他方、当初明細書には、「<1>補強材<2>粒子<3>表皮部分が記載されている。従つて、この点からも本件特許願にかかる発明の構造物が補強土工法による構造物であるということが明白である」(甲第一四号証五頁一三行ないし一六行参照)と認識できる。

(三) なお、被告提出の乙第二号証によれば、「補強土工法は、フランス人A・Vidalが一九六三年フランスの特許をとり、その後ヨーロツパをはじめとする世界各国で普及しつつある。日本では、一九六九年特許が成立し、日本への開発導入は本年より具体化し現在本格的実施の段階に入りつつある。」(乙第二号証六七頁左欄四行ないし八行)ということであるから、本願特許出願時(昭和五一年九月二七日)において補強土工法は当業技術者によく知られていたものである。したがつて、補強土に関する前記4(一)(二)に述べたことは当業技術者にとつて明白であつたといえる。

5  被告の主張に対する反論

(一) 前記「鉄筋コンクリート」及び「コンクリート」の記載が誤記であることは明白である事実について

(1) 補強材の材質

被告は「補強材として木、プラスチツクまたはアルミニウム合金等が使用し得る旨の説明がなされていても、鉄筋コンクリートに係る発明が開示されていないと言うことはできない」と主張し、その理由は「鉄筋コンクリートの補強材としては鉄が普通に使用されているものの・・・木竹、プラスチツク、またはアルミニウム合金を使用しても鉄筋コンクリートの技術として成立ち得る」からとし、証拠として乙第四ないし第六号証の各公報を引用する。

(イ) しかしながら、本願補強材が鉄筋コンクリートの技術として成り立ち得るか否かは、本願優先権主張日である昭和五〇年当時の当業技術者の技術常識を基準として判断されなければならない。昭和五〇年当時、鉄筋コンクリート補強材は、コンクリートのひび割れ回避のため、コンクリートと熱膨脹率がほぼ同じ鉄材を基本成分とすることが鉄筋コンクリート原理として知られていたものであり、木竹ではコンクリートにひび割れを起こしやすいこと及び強度が劣ることも判明していた。したがつて、鉄筋コンクリート補強材として木竹を使用するということは鉄筋コンクリート技術としては成り立たない。

(ロ) また、プラスチツクについてもコンクリートとの熱膨脹率の違いからコンクリートにひび割れを起こしやすく、したがつて、プラスチツクを補強材として使用するということは、特段の事情がない限り、鉄筋コンクリート技術としては成り立たない。

乙第五号証の合成繊維束乃至はガラス繊維束から成る軽量抗張筋の考案が公告となつたのは、右特段の事情を説明したからである。即ち右抗張筋は「鉄筋に比べて非常に軽く、錆びたり薬品におかされるおそれが無いし、又・・・強度にしても鉄筋に劣らない等の特徴がある。又本考案の抗張筋は・・・コブと粗面を施してあり、しかも繊維束であるので繊維間の間隙も加わつてコンクリートの把握力(ポンド、ストレス)を増し、抗張筋として所期の目的に沿わしめることができたものである」と説明しているからである。これに対して本願明細書は、単にプラスチツクも補強材として使用できると述べているだけで特段の事情を述べていないから、コンクリート技術として成り立つとは認められないものである。

(ハ) 被告は、アルミニウム合金補強材も鉄筋コンクリート技術として成り立つと主張し、その証拠として乙第六号証を提出するが、同号証における発明はアルミニウムを含んでおらず、被告の主張を理由づけるものは何もない。乙第六号証における合金の発明は、鉄分を基本成分(ほぼ九〇%以上、最低でも七〇%)としており、炭素により強度を、珪素・マンガンにより抗張力を各増し、その他添加元素によつて海水に対する耐蝕性を改善したものであり、この程度の合金は鉄筋と称して間違いがない。JISにおいても右と同じような化学成分の物を「鉄筋」コンクリート用棒鋼すなわち通常「鉄筋」と呼んでいる(甲第一八号証添付資料2頁の表2―1及び同資料表題)。

(ニ) 以上により当初明細書の補強材の材質に関する記載でも、コンクリート技術として成り立つとする被告の主張は誤りであり、原告主張のとおり右記載はコンクリート技術としては成り立たないものである。

(2) 防蝕加工の必要性

被告は、「補強材に腐蝕防止加工を施すという説明がなされていても、鉄筋コンクリートに係る発明が開示されていないと言うことはできない」と主張し、その理由は「補強材に腐蝕防止加工を施しても鉄筋コンクリート技術として成り立ち得る」からとする。

しかしながら、鉄筋コンクリートの補強材(鉄鋼)はコンクリートがアルカリ性であるので腐蝕しないため、原則として防腐加工の必要性はない。したがつて、当初明細書の前記3(二)<1>の、原則として防腐加工を必要とする旨の記載は、鉄筋コンクリート技術としては成り立たない。

例外的に、港湾構造物では補強材に防蝕加工がなされることがあるが、そのような場合には明細書において例えば「耐海水性にすぐれたコンクリート用鉄筋」として、あるいは、「海洋環境で鉄筋コンクリートが使用される状況」を説明するものである(乙第六号証参照)。本願当初明細書は右のような説明をしておらず、むしろ一般に補強材に防蝕加工が必要だとしているので、鉄筋コンクリート技術として成り立たない。

(3) 補強材の形状(バンド状)

被告は、「補強材の形状をバンド状とし、その表面に日本工業規格に合致しない突起、又は二五mm間隔の突起等の凹凸を形成したものが説明されていても、鉄筋コンクリートに係る発明が開示されていないと言うことはできない」と主張し、その理由は「補強材の形状をバンド状とし更には突起を形成しても、乙第一号証の特開公報があるように、鉄筋コンクリート技術として成り立ち得るから」とする。

原告は、乙第一号証の特許出願公開公報が鉄筋コンクリート技術として成り立ち得ることは認めるが、しかし、鉄筋コンクリート補強材の形状をバンド状とすると前記3(二)<3>のとおり多数の難点がある。だからこそ、乙第一号証の特許権者が(同特許権に関連して)実際に製造販売している突起付き平鋼は、補強土用補強材としての物となつているのである。

また、本願当初明細書には、補強材の表面に日本工業規格「鉄筋コンクリート用棒鋼」には合致しない突起が説明されているので、本願補強材は鉄筋コンクリート用と読む限り実用性がなく、即ち、本願は実用性のない発明について費用と時間をかけ実利を求めて特許出願したことになり極めて常識に反する。

(4) 表皮部分

被告は、鉄筋コンクリート構造物として「表皮部分を用いた例、更には補強材を表皮部分に固定した例が記載されていても、鉄筋コンクリートに係る発明が開示されていないと言うことはできない」と主張し、その理由は、「鉄筋コンクリート技術において、型枠をコンクリート打設後も取り外すことなくそのまま表皮部分として使用することが知られている(乙第七号証)」からとする。

しかしながら、本願当初明細書において表皮部分とは、「自由面を被覆するのに使われているプレート状態をした表皮部分」を意味するところ(甲第二号証一八頁一六、一七行)、コンクリートは凝集するものであつて自由面は存在しないから、鉄筋コンクリート技術において本願当初明細書が言うところの表皮部分は存在しない。乙第七号証の型枠はもちろんコンクリートの自由面崩壊防止のための表皮部分ではなく、単なる「室内に於ける装飾材料」(乙第七号証右欄一一、一二行)にすぎない。したがつて、鉄筋コンクリート技術においては、本願当初明細書の言うところのコンクリートの自由面崩壊防止のための「表皮部分」というものは成り立たない。

(5) 仮の構造物への使用

被告は、「仮の構造物に使用されることが説明されていても、鉄筋コンクリートに係る発明が開示されていないと言うことはできない」と主張し、その理由として鉄筋コンクリート構造物の中でも半年後には撤去されるものもあるからという。

しかしながら、鉄筋コンクリート構造物を仮の構造物として建造するのはあくまでも例外的な場合である。これに対して本願当初明細書では次のとおり仮の構造物を永久的構造物とほぼ等価値に論じており、これは鉄筋コンクリートの技術常識に反している。即ち、「本発明による補強材は、鋼製のときは、腐蝕の恐れのない仮の構造物として一体になるように圧延状態のままで使用してもよい。永久的構造物に関しては、補強材は例えばどぶ漬けによる高温鑛金のように防蝕を行つたほうが有利である」(甲第二号証一五頁一五行ないし一九行)と記載されている。

(6) 被告は、右(1)ないし(5)に記載した被告の主張から、「本願当初明細書には発明の対象が鉄筋コンクリートに係る発明であるとして理解することが不可能であると言えるような記載はなく」、単に「発明の説明として最善とは言えない記載」又は「些細な齟齬」があるにすぎないという。

しかしながら、本願明細書の前記のような数多くの記載は(少なくともこれらを考え合わせれば)単なる説明の稚拙、些細な齟齬を表すにとどまるものではなく、鉄筋コンクリートの技術常識を有する当業技術者にとつて本願当初明細書の発明の対象が鉄筋コンクリート用補強材であると理解することが不可能となるものである。

(二) 当初明細書の記載からみて「補強土」の発明が自明である事実について

(1) 補強材の材質、形状、防蝕の必要、自由面及び表皮部分について

被告は、当初明細書の「補強材として鉄以外にプラスチツク、木、アルミニウムを使用し得る」、「補強材をバンド状に形成、或は凹凸を形成する」、「鉄筋に防蝕加工を施す」及び「表皮部分を用いる」こと等「の記載からは、補強土の発明を明らかに認識することはできない」と主張し、その理由として右各記載は、「補強土のみが有する独自の技術的特徴ではない」からという。

しかしながら、当業技術者の技術常識を基準として、先に指摘した当初明細書の多数の矛盾を考え合わせれば、前記「鉄筋コンクリート」及び「コンクリート」の正しい記載が「補強土」及び「土」であることは容易かつ一義的に認識でき、したがつて、本願発明は補強土に係る補強材であると明らかに認識できる。

(2) 摩擦

被告は、「出願当初の明細書の「摩擦」という用語の使用からは補強土の発明を明らかに認識することはできない」と主張し、その理由は、「当初明細書では「摩擦」と「接着」という用語が混用して使用されている。その混用して使用されているものの中から「摩擦」という用語のみを取り上げて「摩擦」という用語が特別な技術を示す技術用語であると主張しても意味がない」からという。

被告が指摘しているのは右両語の混用であるが、次のとおり、当初明細書を一読すれば、「接着力」の語が「摩擦(力)」と同義で使用されていることは明らかである。即ち、「本発明は一般的形状はバンド状をなしかつその面の少なくとも一つにコンクリートに対する摩擦を増加できるような凹凸のある鉄筋コンクリート構造物に対する補強材に関係している。周知のように現在はこの接着力を強めた補強材としてはアルミニウムを基本成分としその凹凸は摩擦係数をほんの少し大きくするような溝つけで簡単に荒目をつけることで形成されている。本発明の目的は補強材を改良して接着力を大きくすることである」(甲第二号証六頁一四行ないし七頁三行)。「本発明によれば、一般的形状はバンド状をなしかつその面の少なくとも一つにコンクリートに対する摩擦を増加できるような凹凸を有する鉄筋コンクリート構造物に対する補強材が提供され、・・・この補強材の利点はコンクリートの補強材に対する接着力をかなり強めるということである」(同号証七頁四行ないし七行及び一三、一四行)と記載されている。

したがつて、当初明細書は、「接着力」の語の用い方を考慮して、なおさらに、補強材の補強原理として摩擦に言及していることが明らかであり、よつて補強土用補強材を開示していることは明らかである。

また、被告は、「鉄筋コンクリートにおける鉄筋とコンクリートとの間には摩擦力が作用しているといえる」と主張し、したがつて「当初明細書において、その記載の一部に「摩擦」という表現があつても、当初明細書に記載された発明は、鉄筋コンクリートに係る発明として理解できるものである。」と主張する。

確かに、鉄筋とコンクリートとの付着作用に現われる力の窮極的な種類は摩擦力であると言えるが、しかし、当該摩擦力は、鉄筋と鉄筋表面に接しているコンクリートとの間に作用するものにすぎない。このことは、被告提出の乙第八号証が「荷重の増大に伴いコンクリートの硬化収縮による鉄筋表面への圧力及び鉄筋表面の粗さなどによる摩擦力」といい、乙第一〇号証が「鉄筋表面に一種のせん断応力が作用する」といつていることから明らかである。

ところで、当初明細書の第3図(FIG3)は本願発明における補強材と被補強要素の両方を図示している唯一の図面であるが、同図にはリブ2の頂点を通る線6が意図的に引かれており、しかもその説明として、「線6は・・・リブとともにリブの間に保有されるコンクリート7の量を画成している」(甲第二号証一一頁八行ないし一〇行)とわざわざ補足されている。そこで、本願発明においては、大要、線6によつて分けられている二つの塊の間に摩擦力が作用しそれによつて各塊の全体が補強されていることが明らかである。付言すれば、本願発明においては、補強材の表面と被補強要素が接する面に摩擦力が働いているわけではないことが明らかである。

したがつて、当初明細書の記載は、摩擦力の作用する場所及び方向という点で、鉄筋コンクリートの補強の考え方と矛盾することは明らかである。むしろ、補強土における補強の考え方に合致することが明らかである。

(3) 粒子

被告は、「当初明細書の・・・「粒子」という用語の使用をもつて、補強土の発明を明らかに認識することはできない」と主張し、その理由は、「鉄筋コンクリートにも砂利、砂等の粒子が含まれている」からという。

しかしながら、鉄筋コンクリートには「粒子」即ち当初明細書のいう「(補強材をそれらの間隙にはめこめるような)多量の粒子」(甲第二号証一一頁七、八行)は含まれていない。なぜなら、鉄筋コンクリートとは、砂利砂等をセメントによつて凝結し一体化させた人工石だからである。

被告は、第二の理由として「「粒子」という用語は補強土の技術を明らかに示す用語ではない」と述べる。しかしながら原告は、「粒子」の一語のみで直ちに補強土の発明であるとまでは主張していないのであるから、被告の右理由は失当である。

(4) 先行特許

被告は、「出願当初の明細書で引用された表皮部分に係る技術文献をもつて補強土の発明を明らかに認識することはできない」と主張し、第一の理由として「表皮部分を採用しても鉄筋コンクリートの発明を構成し得る」とする。

しかしながら、本願当初明細書が言うところの自由面を被覆する「表皮部分」は鉄筋コンクリートには存在しえず、鉄筋コンクリートの発明を構成しえない。

被告は、第二の理由として「出願当初の明細書において引用されている先行技術文献によつて、その出願の発明の対象が決定されもしくは認識される訳ではない」と述べるが、原告は先行特許だけから出願の発明の対象が限定されると未だかつて主張したことがない。ただ原告は、本願当初明細書における先行特許として被告の言及した補強土の表皮部分に関するものだけではなく、補強土の基本特許も引用されており、いずれも補強土に係るものであるので、本願は補強土に関することが明らかであると主張するものである。

(5) 添付図面

当初明細書のFIG5に示された表皮部分8は甲第一二号証の表記に従つている。また、甲第一一号証における符号13(土粒子)はコンクリートを表すものではない。そもそも日本に対する特許出願の添付図面は必ずしもアメリカに対する特許出願の時の表記法(甲第一二号証)に従うものではなく、明確性を第一の目的として作成されるものである。

ところで、もし当初明細書の添付図面に鉄筋コンクリートが図示されているとすれば、補強材の周囲は一様にコンクリートに接していなければならないが、本件図面ではそうなつてはいない。例えば、補強材と接する物質はFIG3中に4として示され、その模様はFIG4及びFIG5のコンクリート(表皮部分8)を表す模様とは明らかに区別して記載されており、明細書中に「粒子」4として説明されているのである(甲第二号証一一頁七行)。したがつて、当初明細書の図面及び明細書の記載によれば、当初明細書が少なくとも鉄筋コンクリート用補強材の発明を開示していなかつたことは明らかである。

(6) 鑑定書等

被告は、「甲第六、第七及び第一八号証の鑑定書等は共に、出願当初の明細書の記載から補強土の発明が明らかに認識できると述べている訳ではなく、明細書の記載の一部を置き換えたときにあつて初めて補強土の発明として理解できるようになる旨を述べているにすぎない」と主張する。

しかしながら、右鑑定書等の結論は、次のとおり、当初明細書の誤訳部分が補強土に係る正訳をもつて当てるべきことは自明であると明示しており、これは右鑑定書等の各理由部分(ことに前記4(一))からも明らかである。被告の解釈は一部の文言にだけ拘泥した強引な解釈であり誤りである。即ち、それら鑑定書には、「本件特許願にかかる発明が「鉄筋コンクリート用補強材」に関する発明でなく、「補強土」に関する発明であつて、本件特許願の「コンクリート」及び「鉄筋コンクリート」の文字がそれぞれ「土」及び「補強土」と読み換えられるべきものであることは極めて容易に理解しうるところである。」(甲第六号証二頁末行ないし三頁五行)、「私はまた本明細書を読むにあたつてエンジニアは本明細書に添付された図面に照らし、上記用語が変更されなくても直ちに本明細書は補強土に関するものであると理解するに違いないと信ずる。」(甲第七号証訳文二頁一九行ないし二一行、「本件特許願の明細書は発明の名称が「コンクリート用補強材」であり、特許請求の範囲、および発明の詳細な説明の欄にも「鉄筋コンクリート」及び「コンクリート」の用語が用いられているが、これらの用語にも拘らず本件特許願の明細書を一読すれば、同特許願にかかる発明が、いわゆる補強土工法による土構造物に用いる補強材の発明であることは明らかである。」(甲第一八号証二頁一九行ないし三頁二行)と各記載されている。

したがつて、「当初明細書中の誤訳部分の正しい記載が「補強土」及び「土」であることは容易かつ一義的に認識できる」という事実は、鑑定人の結論であり、正当である。

第三請求の原因に対する認否、反論

一  請求の原因一ないし四の事実は認める。同五の主張は争う。

二  本件補正却下決定は正当であり、原告主張のような違法はない。

1  当初明細書に記載された「鉄筋コンクリート」及び「コンクリート」は、これ自体明細書中矛盾することのない明瞭な記載であり、「鉄筋コンクリート」及び「コンクリート」と異なる「補強土」及び「土」に関する記載は、当初明細書に全くないことは明らかであり、しかも本件補正の前後において発明の同一性はなく、かつ、「鉄筋コンクリート」と「補強土」の間に本質的な差異がある以上、「鉄筋コンクリート」及び「コンクリート」をそれぞれ「補強土」及び「土」と訂正することは明細書の要旨を変更するものである。

2  原告指摘の「鉄筋コンクリート」及び「コンクリート」の記載が誤記であることは明白ではない。

(一) 「鉄筋コンクリート」は元来「reinforced concrete」の翻訳であり、日本語の「鉄筋コンクリート」の補強材が鉄のみであると理解するのは妥当でない。その補強材としては鉄が普通に使用されているものの、鉄以外の材料が全く使用できない訳ではない。例えば、木竹類(昭和三三年実用新案出願公告第一四二九号公報)(乙第四号証)やプラスチツク(昭和四七年実用新案出願公告第二五四五三号公報)(乙第五号証)、合金(特開昭五〇―二三三一〇号特許出願公開公報)(乙第六号証)等、引張強度を有する材料であれば、それらの材料も補強材として使用し得るところである。したがつて、補強材として木、プラスチツク又はアルミニウム合金等が使用し得る旨の説明がなされていても、鉄筋コンクリートに係る発明が開示されていないと言うことはできない。

(二) 補強材に腐蝕防止加工を施すことは、原告も認めているとおり、鉄筋コンクリート技術において知られている。このように、補強材に腐蝕防止加工を施しても、鉄筋コンクリート技術として成り立ち得るから補強材に腐蝕防止加工を施すという説明がなされていても、鉄筋コンクリートに係る発明が開示されていないと言うことはできない。

(三) 鉄筋コンクリート用の補強材の形状をバンド状とし、あるいは、突起を形成することが、鉄筋コンクリート技術において知られている(特開昭四八―八四四二六号特許出願公開公報)(乙第一号証)。なお、平鋼は、バンド状の一般的形状を有し、あるいは、バンドの断面が矩形をなすことを特徴とするものである。このように、補強材の形状をバンド状とし、更には突起を形成しても鉄筋コンクリート技術として成り立ち得るから、補強材の形状をバンド状とし、その表面に日本工業規格に合致しない突起、又は二五mm間隔の突起等の凹凸を形成したものが説明されていても、鉄筋コンクリートに係る発明が開示されていないと言うことはできない。

(四) 鉄筋コンクリート技術において、型枠をコンクリート打設後も取り外すことなく、そのまま表皮部分として使用することが知られており(特公昭三七―一二一八一号特許出願公告公報)(乙第七号証)、表皮部分を使用しても鉄筋コンクリートの発明が実施できるから、表皮部分を用いた例、更には補強材を表皮部分に固定した例が記載されていても、鉄筋コンクリートに係る発明が開示されていないと言うことはできない。

(五) 鉄筋コンクリート構造物においても、その全てが永久構造物として築造されると言う訳ではなく、つくば科学万国博覧会において築造された鉄筋コンクリート構造物のように半年の会期終了後は撤去されてしまう構造物がある。

(六) 原告は、当初明細書の「ボルトによるのが好ましい」との記載は技術常識に反する旨主張する。しかしながら、表皮部分と補強材の固着手段は、従来から周知の方法を適宜採用できるものであり、その固着手段としてボルト止めは、本願優先権主張日前周知、慣用の技術であつたのであるから、原告の右主張は失当である。

(七) 以上述べたとおり、当初明細書には、発明の対象が鉄筋コンクリートに係る発明であるとして理解することが不可能であると言えるような記載はなく、また、発明の対象が他の発明であることが明白であると言えるような記載もない。したがつて、「当初明細書の「鉄筋コンクリート」及び「コンクリート」の記載に従い本願発明を鉄筋コンクリート用補強材とすると、多数箇所で鉄筋コンクリート原理に反し、かつ技術常識に反する。したがつて右記載部分が誤記であることは明白である」という原告の主張は理由がない。

また、当初明細書中の「鉄筋コンクリート」の記載が明白な誤記でない以上、たとえ、当初明細書中に鉄筋コンクリートに係る発明の説明として最善とは言えない記載があり、たまたま「鉄筋コンクリート」と「コンクリート」の記載をおのおの「補強土」と「土」の記載に置換えたときにその些細な齟齬が解消するとしても、当初明細書の記載をそのように訂正し、発明の対象を鉄筋コンクリートに係るものから補強土に変更することは、明細書の要旨を変更するものである。

3  当初明細書の記載からみて「補強土」に係る発明が開示されていることが自明であるとは言えない。

(一) 「補強材として鉄以外にプラスチツク、木、アルミニウムを使用し得る」、「補強材をバンド状に形成、或は凹凸を形成する」、「鉄筋に防蝕加工を施す」及び「表皮部分を用いる」こと等は、補強土技術のみが有している独自の技術的特徴ではない。したがつて、これらの記載から補強土に係る発明を明らかに認識することはできない。

(二) 当初明細書には、「摩擦」という用語を用いて説明されている箇所もあるが、同明細書には、例えば、「本発明の目的は補強材を改良して接着力を大きくすることである」(甲第二号証七頁二、三行)、また、「この補強材の利点はコンクリートの補強材に対する接着力をかなり強めるということである」(同七頁一三、一四行)のごとく「接着」と記載されている箇所もある。この例から分るように、当初明細書では「摩擦」と「接着」という用語が混用して使用されている。その混用して使用されているものの中から「摩擦」という用語のみを採りあげて「摩擦」という用語が特別な技術を示す技術用語であると主張しても意味がなく、結局、当初明細書の「摩擦」という用語の使用から補強土の発明を明らかに認識することはできない。

また、彰国社発行の「建築大辞典」(乙第八号証)一三三九頁右欄三九行ないし四六行には、「ふちやくおうりよく 付着応力・・・(中略)・・・鉄筋表面への圧力および鉄筋表面の粗さなどによる摩擦力により発生する。」、技報堂出版株式会社発行「土木工学ハンドブツク・中巻」(乙第九号証)九四〇頁左欄下から三一行ないし下から二八行には、「付着強度は、鉄筋とコンクリートの粘着の程度に大きく関係する。この粘着が切れた後に、両者の摩擦が付着抵抗となる。この強度は、鉄筋の表面の粗さによつて決まり、異形鉄筋では大きくなる。」及び丸善株式会社発行「建築学便覧・II構造」(乙第一〇号証)七三三頁左欄下から三〇行ないし下から二五行には、「付着作用は、・・・(中略)・・・(2)コンクリートの鉄筋締付けによる摩擦作用・・・(中略)・・・の三つの作用による。」と記載されている。これらの記載からみて、鉄筋コンクリートにおける鉄筋とコンクリートとの間には摩擦力が作用しているといえるから、当初明細書において、その記載の一部に「摩擦」という表現があつても、当初明細書に記載された発明は、鉄筋コンクリートに係る発明として理解できるものである。

(三) 当初明細書には「粒子」という用語が使用されているが、鉄筋コンクリートにも砂利、砂等の粒子が含まれており、また、「粒子」という用語が補強土の技術を明らかに示す用語ではないから、当初明細書の一一頁七行の一箇所に記載されているにすぎない「粒子」という用語の使用をもつて、補強土の発明を明らかに認識することはできない。

(四) 当初明細書において、補強土の表皮部分に係る技術分献が引用されているが、表皮部分を採用しても鉄筋コンクリートの発明を構成し得るところであり、また、当初明細書において引用されている先行技術文献によつて、その出願の発明の対象が決定され若しくは認識される訳ではないから、当初明細書で引用された表皮部分に係る技術文献をもつて補強土の発明を明らかに認識することはできない。

(五) 当初明細書の図面を検討しても、第4図又は第5図に示された表皮部分8と第17図の表皮部分8又は第24図の表皮部分9とは同じ材質でありながら異なった模様で示されており、しかも、AIPPI・JAPAN発行「米国特許法の基礎知識」(甲第一二号証)に記載された表記法にも従つていない。このように当初明細書の図面から補強土の発明を明らかに認識することはできない。

(六) 久野悟郎作成の鑑定書(甲第六号証)及びフランソワ・シユロツサ作成の宣誓供述書(甲第七号証)では、「当初明細書には、鉄筋コンクリート原理に反し、かつ技術常識に反する記載がある」ことを根拠に見解が出されている。しかし右根拠とされた点には、鉄筋コンクリートに係る発明を構成し得ないと解すべき理由がないことは、右に述べたとおりである。したがつて、右鑑定書及び宣誓供述書の見解には正当な根拠がない。

なお、右鑑定書は、その結論の項において、「明細書中には、意味が通じない記載が何箇所もあつて、全体としてどのような発明思想が記載されているのか、そのままでは趣旨不明である。他方、上記明細書中の「コンクリート」の文字を「土」とし、「鉄筋コンクリート」の文字を「補強土」と置き換えて読めば、上記の意味の通じなかつた記載の意味がすべて通じるようになり、本件特許願の明細書は、補強土に関する発明を記載したものとして趣旨が明瞭となる」旨鑑定結果を述べ、また、右宣誓供述書は、その結論の項で、「私は上記出願の英訳を検討した。本出願は土木工学のエンジニアにとつて理解できないものであり、・・・しかし明細書中の「コンクリート」の用語を「土」に置き換えられれば、本明細書は理解できるようになり、本出願の目的は補強土に関する発明を記述したものであると明らかに理解できる」旨述べている。

このように、右鑑定書及び宣誓供述書は、共に当初明細書の記載から補強土の発明が明らかに認識できると述べている訳ではなく、明細書の記載の一部を置き換えたときにあつて初めて補強土の発明として理解できるようになる旨を述べているにすぎないものである。

また、村田二郎作成の鑑定書も以上述べたところと同趣旨のものであり理由がない。

第四証拠関係<省略>

理由

一  請求の原因一ないし四の事実は当事者間に争いがない。

二  そこで、原告主張の本件決定を取り消すべき事由について判断する。

1  右当事者間に争いのない請求の原因二、三の事実と成立に争いのない甲第二号証(本願願書及び当初明細書)によれば、本願願書及び当初明細書の「発明の名称」の欄にはいずれも「鉄筋コンクリート用補強材」と記載されており、当初明細書の第一項から第二一項まである特許請求の範囲には、「鉄筋コンクリート用補強材」(第一項ないし第一五項、第一七項ないし第一九項)又は「鉄筋コンクリート構造物の補強材」(第一六項)、「補強材の組立」(第二〇項)若しくは右第一項ないし第一六項の補強材により「補強が行われている鉄筋コンクリート構造物」(第二一項)の発明として記載されており、「発明の詳細な説明」及び「図面の簡単な説明」の欄においても本願発明は鉄筋コンクリート用補強材に関するものとして説明されており、これら願書及び当初明細書において「補強土」という語は全く使用されていないことが認められる。そして、技術常識上、「鉄筋コンクリート用補強材」という語は、それ自体で、鉄筋コンクリートを補強するために用いられる機材、又は、鉄筋コンクリートの構成の一部としての補強材という意味を有する語であつて、鉄筋コンクリートに関する補強材を意味することは明らかであり、原告の自認するとおり、鉄筋コンクリートと補強土との間には技術的に本質的な差異があるから、「鉄筋コンクリート用補強材」と「補強土用補強材」とはそれぞれ別個の物を指す用語であることが明らかである。そうすると、前叙のとおり、「鉄筋コンクリート用補強材」という用語を統一して用いた本願願書及び当初明細書から、本願発明は、文理的には、「鉄筋コンクリート用補強材」に関する発明と理解されるよりほかないのである(当初明細書の記載にあつては、本願発明を鉄筋コンクリート用補強材として専ら説明されている旨の本件決定の認定は、文理的にはそのとおりであることは原告の自認するところである。)。

2  また、実質的にみても、前掲甲第二号証によれば、当初明細書の発明の詳細な説明の欄には、発明の目的について、「本発明は・・・鉄筋コンクリート構造物に対する補強材に関係している。」(甲第二号証明細書の六頁一四行ないし一七行)、「本発明の目的は補強材を改良して接着力を大きくすることである。」(同号証明細書の七頁二、三行)と記載されていることが認められ、右事実によれば、本願発明の目的は鉄筋コンクリート構造物に対する補強材の接着力を大きくすることにあると理解することができる。次に、本願発明の構成について、本願発明の特許請求の範囲の記載は、前叙のとおりであつて、右記載からは、本願発明は鉄筋コンクリート用補強材及び鉄筋コンクリート用補強材を技術的に限定して具体化したものであるとみることができる。しかも、前掲甲第二号証によれば、当初明細書の発明の詳細は説明の欄には、「本発明によれば、・・・コンクリートに対する摩擦を増加できるような凹凸を有する鉄筋コンクリート構造物に対する補強材が提供され」(同号証明細書の七頁四行ないし七行)と記載されており、凹凸の具体的構成について図面に基づき種々の実施例が説明されていることが認められる。そして、右甲第二号証の図面中の第1図、第2図、第9図ないし第16図に、凹凸を有する板状のものが示されていることが認められる。右事実によれば、本願発明は凹凸を有する鉄筋コンクリート構造物に対する補強材に関する発明であると理解することができる。そして、成立に争いのない乙第一号証によれば、鉄筋コンクリート用補強材としていわゆる異形棒鋼が本願優先権主張日前当業技術者にとつて周知の技術的事項であつたと認められるところ、本願発明の前叙の凹凸を有する鉄筋コンクリート構造物に対する補強材は、右のいわゆる鉄筋コンクリート用異形棒鋼に関するものであるとみることができるのである。そうすると、当初明細書の記載から、実質的にも本願発明が「鉄筋コンクリート用補強材」に関する発明であるとみることができるものである。

3  原告は、当初明細書は鉄筋コンクリート用補強材の説明としては科学原理上の矛盾を多数生じさせるものであるから、本件決定の「当初明細書の記載にあつては、本願発明を鉄筋コンクリート用補強材として専ら説明されており」とする事実認定は実質的な意味としては誤りであり、また、当初明細書には、補強土に係る発明が開示されていることが自明であるので、本件決定の「(当初明細書の記載にあつては、・・・)補強土に係る発明が開示されていたとは認められない」とする事実認定も誤りである旨主張するので判断する。なお、原告が請求の原因五3(一)、(二)で指摘する当初明細書の記載が、同五3(一)<5>の点を除きいずれも本願優先権主張日当時の鉄筋コンクリートの分野における典型的な技術常識とは矛盾する記載であることは被告の認めるところである。

(一)  「摩擦」について

原告は、鉄筋コンクリート用補強材として「摩擦」に言及することは、鉄筋コンクリートの原理に全く矛盾する旨主張する。

成立に争いのない乙第八号証によれば、「建築大辞典」には、「ふちやくおうりよく 付着応力・・・鉄筋表面への圧力および鉄筋表面の粗さなどによる摩擦力により発生する。」(同号証一三三九頁右欄三九行ないし四六行)と、成立に争いのない乙第九号証によれば、「土木工学ハンドブツク・中巻」には、「付着強度は、鉄筋とコンクリートの粘着の程度に大きく関係する。この粘着が切れた後に、両者の摩擦が付着抵抗となる。この強度は、鉄筋の表面の粗さによつて決まり、異形鉄筋では大きくなる。」(同号証九四〇頁左欄下から三一行ないし下から二八行)と、成立に争いのない乙第一〇号証によれば、「建築学便覧・II・構造」には、「付着作用は、・・・(2)コンクリートの鉄筋締付けによる摩擦作用・・・の三つの作用による。」(同号証七三三頁左欄下から三〇行ないし下から二五行)とそれぞれ記載されていることが認められる。右事実によれば、鉄筋コンクリートにおける鉄筋とコンクリートとの間には摩擦力が作用しているということができるから、当初明細書においてその記載の一部に「摩擦」という語があつても、鉄筋コンクリートの原理に全く矛盾するとはいえないから原告の右主張は採用できない。

なお、原告は、当初明細書では第3図(FIG3)に線6が引かれ、その説明文(甲第二号証明細書の一一頁七行ないし一〇行)は、「リブの頂部を通るせん断面が発生」すること、そして、「ストリツプに働く引張力に抵抗するのは、このせん断面に働く土相互(土粒子間の)せん断抵抗(摩擦抵抗)」であることを明らかにしているとして、それを前提として、線6を引くのは原理的な矛盾を示すものである旨主張するが、前掲甲第二号証によれば、当初明細書には、第3図の線6に関して、「線6はリブ2の頂点を通り、リブとともにリブの間に保有されるコンクリート7の量を画定している。」(甲第二号証明細書の一一頁八行ないし一〇行)と記載されていることが認められるのみであつて、原告が指摘する「リブの頂点を通るせん断面が発生」するとか、「ストリツプに働く引張力に抵抗するのは、このせん断面に働く土相互(土粒子間の)せん断抵抗(摩擦抵抗)」である等の説明は記載されていないことが認められるから、右第3図の線6及び当初明細書の前記記載が鉄筋コンクリート原理に矛盾していると直ちには認め難いので、原告の右主張は採用できない。

(二)  表皮部分

原告は、当初明細書が自由面やそれを被覆する表皮部分なるものに多数にわたつて言及しており、鉄筋コンクリートの原理に矛盾している旨主張する。

成立に争いのない乙第七号証(昭和三七年第一二一八一号特許出願公告公報)によれば、鉄筋コンクリート技術において、型枠をコンクリート打設後も取り外すことなく、そのまま表皮部分として使用することが知られていることが認められる。したがつて、当初明細書に表皮部分なる用語が使用され、表皮部分が図示されていても、鉄筋コンクリートの原理に矛盾しているとは言えない。

また、前掲甲第二号証によれば、自由面あるいは表皮部分に関する先行特許として、「ヴイダールのフランス特許第二〇五五九八三号(米国特許第三六八六八七三号)」及び「フランス特許第一三九三九八八号(米国特許第三四二一三二六号)」が当初明細書に挙げられていることが認められるが、先行技術文献によつて、その出願の発明の対象が決定され若しくは認識される訳ではないから、当初明細書に自由面あるいは表皮部分に係る技術文献が引用されているからといつて、鉄筋コンクリートの原理に矛盾しているということはできない。

(三)  粒子

原告は、当初明細書においては、補強材と接する物質は第3図(FIG3)中に4として示されていて、その物質を現す模様は明らかに第4図(FIG4)、第5図(FIG5)のコンクリートを現す模様と区別して記載されており、当初明細書中に「粒子4」として説明されているので、本願発明の補強材はコンクリートと組み合わされているのではなくて、土砂などの粒子と組合わされているものであることは明らかであるから鉄筋コンクリートの原理に反する旨主張する。

しかし、当初明細書に「粒子」という用語が使用されていることは被告の認めるところであるが、鉄筋コンクリートにも砂利、砂等の粒子が含まれていることは技術常識上見易い道理であり、また、前掲甲第二号証によれば、当初明細書中において「粒子」という用語は一一頁七行の一箇所に記載されているにすぎないことが認められ、「粒子」という用語が補強土の技術を示す用語であることが自明であることを認めるに足る証拠はない。したがつて、当初明細書の「粒子」の記載及び第3図の記載をもつて鉄筋コンクリート原理に反すると断定することはできない。

(四)  補強材の材質

原告は、当初明細書の「アルミニウムを基本成分とし」との記載、「使用材料が鋼のときは」との記載及び「いかなる金属あるいはプラスチツク材、木材などのようなその他いかなる材料でできていてもよい」との記載は明らかに鉄筋コンクリートの本質と矛盾する旨主張する。

しかしながら、成立に争いのない乙第四号証(昭和三三年第一四二九号実用新案出願公告公報)及び乙第五号証(昭和四七年第二五四五三号実用新案出願公告公報)によれば、竹材及び合成繊維束ないしはガラス繊維束が、それぞれ鉄筋コンクリートの補強材として使用し得ることが認められる。右事実によれば、引張強度を有する材料であれば、それらの材料も鉄筋コンクリート用補強材として使用し得ることが認められる。そうすると、前掲甲第二号証によれば、当初明細書には右原告指摘の各記載があることが認められるが、それらの記載は必ずしも鉄筋コンクリートの本質と矛盾するとはいいきれないので、原告の前記主張は採用できない。

(五)  溝つけ

原告は、当初明細書の「周知のように・・・溝つけで簡単に荒目をつけることで形成されている」との記載は鉄筋コンクリート用補強材と解することについての矛盾点である旨主張するところ、当初明細書に原告指摘の右記載があることは被告の認めるところであるが、右記載が鉄筋コンクリート用補強材と解することについての矛盾点であることを認めるに足る証拠はないから、原告の右主張は採用できない。

(六)  防蝕

原告は、当初明細書の記載が、補強材が一般的に腐蝕の攻撃が常にあることを前提としていること及び補強材全体が腐蝕を受けることを前提にしていること等からいつて、当初明細書が鉄筋コンクリート用補強材を開示していると認定することは、鉄筋コンクリートに用いられる鋼材が実際上原則として防蝕の必要性はないとされている技術常識に反する旨主張する。

しかし、例外的にではあるが鉄筋に防蝕加工が施されることは原告の認めるところであるから、当初明細書が、仮に一般的に腐蝕の攻撃が常にあることを前提として及び補強材全体が腐蝕を受けることを前提として記載されているとしても、当初明細書が鉄筋コンクリート用補強材を開示していると認定することが技術常識に反するとまでは断定することができないから、原告の右主張は採用できない。

(七)  補強材の実用性

原告は、当初明細書の「リブの間隔は少なくとも二五mmであることを特徴とする」との記載によれば、本願補強材は鉄筋としては大部分規格外となり、実用性のほとんどない発明をしたことになり常識に反する旨主張する。

当初明細書に原告指摘の記載があることは被告の明らかに争わないところであるが、補強材の表面に日本工業規格に合致しない突起を形成したものが説明されているならば、そのことから直ちに鉄筋コンクリートに係る発明が開示されていないと解すべき証拠はないから、原告の右主張は採用できない。

(八)  補強材の形状

原告は、当初明細書に「バンド状の一般的形状を有し」、「バンドの断面が矩形をなすことを特徴とする」との補強材の形状についての記載があることから、平鋼(平鋼が、バンド状の一般的形状を有し、あるいは、バンドの断面が矩形をなすことを特徴とすることは、当事者間に争いがない。)は鉄筋コンクリート用補強材として使用するということは技術常識に反する旨主張する。

しかし、前掲乙第一号証によれば、鉄筋コンクリート用の補強材の形状をバンド状とすることが鉄筋コンクリート技術において本願優先権主張日前知られていたことが認められるから、補強材の形状をバンド状としても鉄筋コンクリート用補強材として技術常識に反するとはいえない。したがつて、原告の右主張は採用できない。

(九)  仮の構造物

原告は、当初明細書が「仮の構造物」に対しても用いられるとしている点を捕らえ、鉄筋コンクリート用補強材を仮の構造物に使用することは技術常識に反する旨主張する。

しかし、例外的にではあるが、鉄筋コンクリート構造物を仮の構造物として建造することは原告の認めるところであり、前掲甲第二号証によつて認められる当初明細書の「本発明による補強材は、鋼製のときは、腐蝕の恐れのない仮の構造物として一体になるように圧延状態のままで使用してもよい。永久的構造物に関しては、補強材は例えばどぶ漬けによる高温鑛金のように防蝕を行つたほうが有利である」(同号証一五頁一五行ないし一九行)との記載によつても、鉄筋コンクリートの技術常識に反しているとまでは認めることができず、他に鉄筋コンクリート用補強材を仮の構造物に使用することが技術常識に反することを認めるに足りる証拠はない。よつて、原告の右主張も採用できない。

(一〇)  補強材の結合

原告は、当初明細書の「ボルトによるが好ましい」との記載を捕えて、そのような方法は鉄筋コンクリート構造物には用いられないし、仮に、臨時の型枠への取り付けであつたとしても、ボルト止めは用いられることはないので、当初明細書の右記載は技術常識に反する旨主張する。しかしながら、一般に、固着手段としてのボルト止めが本願優先権主張日前に周知、慣用の技術であつたことは当事者間に争いがなく、鉄筋コンクリート技術において型枠をそのまま表皮部分として使用することがあることは前叙のとおりであるから、右型枠と補強材との固着手段として従来周知のボルト止めを採用することは当業者技術者に適宜選択できる技術的事項と認められる。そうすると、本願明細書に「ボルト止めによるのが好ましい」との記載があることが技術常識に反するとまでは認められないから、原告の右主張は採用できない。

(一一)  以上のとおり、原告が科学原理上の矛盾点として指摘する点は、当初明細書の「自由面」に関する記載を除き、いずれも理由がないものである。そして、当初明細書の右「自由面」に関する記載が仮に鉄筋コンクリート用補強材の説明としては科学原理上の矛盾を生じさせるものであるとしても(右「自由面」に関する記載が本願優先権主張日当時の鉄筋コンクリートの技術分野における典型的な技術常識とは矛盾する記載であることは前記二3冒頭なお書きのとおりである。)、およそ出願願書添附の明細書中に把握困難な記載がある場合があること及びその故をもつて直ちに出願にかかる発明を否定し去ることができないことは当裁判所に顕著な事実であるから、本願において、当初明細書に「自由面」に関する記載があることから、もつて直ちに、本願発明が「鉄筋コンクリート用補強材」に関する発明ではないということはできない。

4  このように、当初明細書の記載から、本願発明は文理的には「鉄筋コンクリート用補強材」に関する発明と理解されるよりほかないものであり、実質的にも「鉄筋コンクリート用補強材」に関する発明であるとみることができる場合には、当初明細書に記載された発明は、文理に従い「鉄筋コンクリート用補強材」に関する発明と一義的に理解されるよりほかないのであつて、これをその記載上一言も言及されていない「補強土」に関する発明が開示されているとみることはできないのである。そうでなければ、審査官(審判官)は、本来出願人の自由に任されかつその責任において記載されるべき明細書を、その記載文言にもかかわらず、その明細書から直ちには看取することのできない他の発明に係わる技術常識をもつてみれば、明細書の記載文言とは異なる他の何らかの発明が記載されているものとして取扱わなければならないとすることとなり、審査官(審判官)に過度の責任を負わせる反面、後願者の地位を不安定なものとするおそれがあり、妥当ではないからである。

原告が、補正が特許法五三条一項の、願書に添附した明細書又は図面の要旨を変更するか否かの基準について述べる際に引用した第一判例及び第二判例並びに審決例は、本件と事案を異にし本件に適切でない。

5  原告は、当初明細書の「鉄筋コンクリート」及び「コンクリート」の正しい記載が「補強土」及び「土」であることは容易かつ一義的に認識できると主張し、これは日本内外における土木工学及びコンクリート工学の、学会及び業界における高名な鑑定人の結論であるとして、甲第六、第七、第一四、第一八号証を提出してこれを引用する。そして、成立に争いのない甲第六、第七、第一四、第一八号証によれば、補強土に関する通常の専門的知識を有する者が当初明細書を見た場合、本願発明が「鉄筋コンクリート用補強材」に関する発明ではなく、「補強土」に関する発明であることは容易に理解できる旨意見を述べる者がいることが認められる。しかしながら、右の意見が述べられるもととなつた経緯につき、たとえば、意見を求めるに当たつてどのような方法・形式を採つたかは、右甲号各証によつても必ずしも明らかでないし、他にこれを知るに足る証拠はないのみならず、右のような意見を述べた者が、「当初明細書」のみを読んで必然かつ疑いもなく当然に「コンクリート」を「土」と読み、「鉄筋コンクリート」を「補強土」と読むべく、他に読みようがないと判断した結果の意見であると肯認すべき証拠がないので、右甲号各証をもつて、本願発明が「鉄筋コンクリート用補強材」に関するものではなく、「補強土」に関するものであることが容易に理解できるとは断じ難いのである。却つて、右甲号各証を素直に読みくだすときは、右甲号各証に記載された意見は、原告が請求の原因五において主張している「科学原理上の矛盾」なる事項を事前に指摘され、これを前提として導き出されたことを窺い知りうるのであるところ、それらの指摘は、「自由面」に関する記載を除き理由がなく、また当初明細書に「自由面」の記載があることからもつて直ちに本願発明が「鉄筋コンクリート用補強材」に関する発明ではないということはできないことはいずれも前叙のとおりであるから、右甲号各証に記載された意見は、いずれも当初明細書の記載を離れた意見というべきであり、採用できない。したがつて、原告の前記主張も採用できない。

6  以上認定判断したところによれば、「当初明細書の記載にあつては、本願発明を鉄筋コンクリート用補強材として専ら説明されており、補強土に係る発明が開示されていたとは認められないから、本件補正は明細書の要旨を変更するものと認める。」とした本件決定の認定判断に誤りは認められない。

三  以上のとおりであるから、その主張の点に判断を誤つた違法があることを理由に本件決定の取消を求める原告の本訴請求は、理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担及び上告のための附加期間につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、一五八条二項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 秋吉稔弘 西田美昭 木下順太郎)

別紙第一、第二目録<省略>

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