東京高等裁判所 昭和61年(行ケ)97号 判決 1987年9月30日
原告
旭硝子株式会社
被告
特許庁長官
主文
特許庁が昭和54年審判第1123号事件について、昭和61年3月13日にした審決を取消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実
第1当事者の求めた裁判
1 原告
主文同旨の判決
2 被告
「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決
第2請求の原因
1 特許庁における手続の経緯
原告は、名称を「合せガラス」とする発明(以下「本願発明」という。)につき、昭和50年12月25日特許出願をしたところ、昭和53年12月7日拒絶査定を受けたので、昭和54年2月13日審判を請求した。特許庁は、これを同年審判第1123号事件として審理した上、昭和61年3月13日「本件審判の請求は成り立たない。」と審決をし、その謄本は同年4月2日原告に送達された。
2 本願発明の特許請求の範囲
ガラス板端部から1.5cm以内のガラス板周辺部に200kg/cm2乃至350kg/cm2の平面圧縮応力が形成されている一方、この平面圧縮応力の形成された周辺部に隣接した内側領域の平面引張応力が80kg/cm2以下である板厚1.5mm乃至2.5mmのガラス板2枚を、その平面圧縮応力の形成されている面を外側にして対向せしめ、その間にプラスチツク中間膜を介在させて積層したことを特徴とする合せガラス。
3 審決の理由の要点
1 本願発明の要旨は前項のとおりである。
2 ところで、周辺部を強化した2枚のガラス板間にプラスチツク中間膜を挟んだ合せガラス自体は、特公昭32-2684号公報(昭和30年3月14日出願、同32年5月1日出願公告、以下「引用例」といい、これに記載の発明を「引用発明」という。)に記載されており本願出願前公知である。
3 本願発明は、かかる合せガラスに関するといつても、その周辺部を強化したガラス板につき、板厚や強化区域及び強化区域内外の強度を数値で特定したものであるが、本願発明が特定する1.5~2.5mmとの板厚は、市販品のうち比較的薄いものというにすぎず、引用発明とてこの程度のものは当然包含していると解され、また、本願発明が特定するガラス板端部から1.5cm以内での200~350kg/cm2との平面圧縮応力、ガラス板内部での80kg/cm2との平面引張応力も、本願明細書の記載からみて、合せガラスを窓枠に嵌めこんだり運搬したりする際、たとえ端部に当たつたとしても破損を生ぜず、しかも、合せガラスを自動車のフロント窓に装着して使用する際、たとえ衝突により中央部が割れたとしても全面に亀裂しない区域と強度をいうものであるところ、引用例には、その端部を強化したガラスにつき、「その周縁部に於ては焼入れ硝子板のような長所(つまり、構造的に強く、従つて衝撃に堪えるとの長所)を持ち」、「しかも破損したとき硝子板の中央部分が微少な細片に破砕する焼入れ硝子板特有の欠点がない。」(2頁左欄2~5行、3頁右欄末行~4頁左欄1行)と説明しており、両発明が技術的意味を同じくしていることは明らかである。
そうしてみると、本願発明は、引用発明の具体的態様を数値で特定して表現しただけのものであり、まさに、引用発明と同一の発明を構成するものというべきである。
4 よつて、本願は特許法29条1項3号により拒絶されるべきものである。
4 審決の取消事由
審決の理由の要点1 (本願発明の要旨の認定)、2(引用例の記載の認定)は認める。同3のうち引用例に審決が掲記する記載部分のあることは認めるが、その余及び同4の判断を争う。
審決は、本願発明においてガラス板の板厚及び強化区域と強化区域内外の強度を数値をもつて特定した構成についての技術的意義を看過し、また、本願発明と引用発明とを対比するに当たり、引用発明を2つの点で誤認したために引用例に記載された方法によつては本願発明の右構成を具備した合せガラスは得られないにもかかわらず、本願発明は引用発明の具体的態様を数値で特定して表現しただけのもので両発明は同一であるとの誤つた判断に至つたものであるから、違法として取消されるべきである。
1 本願発明の技術的意義の看過について
(1) (本願発明の目的) 本願発明の出願当時合せガラス、特に自動車用フロントガラスとして使用される合せガラスとしては、概ね3mm乃至5mm厚程度のガラス板を合せたものが標準のものとして実用化されているところであるが、このような板厚の合せガラスは、特に自動車用フロントガラスとして使用する場合、自動車の軽量化がはかれないだけでなく、乗員の衝突時の安全性の見地からも好ましくなかつた。本願発明者等は、このような点に着目して、2.5mm以下の薄いガラス板を用いる合せガラスを開発しようとしたが、このような薄い合せガラスにあつてはエツジ部に受ける衝撃により破損する危険性が大きく、そのため取扱いに細心の注意を必要とし、生産性を大幅に低下させるという欠点があつた。本願発明はこのような欠点を解消し、主として自動車用フロントガラスとして、自動車の軽量化及び乗員の衝突時の安全性の見地から、最適な特性をもつ合せガラスを提供しようとするものである。
(2) 本願発明において板厚を1.5mm乃至2.5mmに限定した理由は次のとおりである。
自動車のフロントガラスとして合せガラスを用いる場合にガラス板(素板)の板厚が2.5mmを超えると、剛性、強度が増大し、衝突時破壊しにくくなるので、衝突など事故の際乗員に脳傷害が起る可能性が高く衝突時の安全性が低下すると共に、周辺部に歪を入れようとすると、歪がガラス板の断面方向に及ぶことがあり、強度が増大し、右安全性が劣るようになるとともに破損時の前方の視界を確保できなくなるので好ましくない。その上、2.5mmを超える板厚からなる合せガラスでは、自動車の軽量化に役立たないことになる。例えば、面積0.7m2の合せガラスにおいて、3.0mm厚のガラス板を用いた場合の重量は約11kgであるのに対し、2.0mm厚のガラス板を用いた場合は約7.5kg重量となり、約3.5kgの合せガラスの重量の低減を計ることができる。
一方、ガラス板の板厚が1.5mm以下であると、剛性、平坦性、2次的歪、強度等の面で不満足であり、合せガラスの素板ガラスとして供し得ない。本願の出願当時2.5mm以下の薄いガラス板を用いる合せガラスでは、この合せガラスの製造時や運搬時、あるいは、自動車窓への嵌め込み等の取扱い時に、合せガラスのエツジ部に受ける衝撃により破損する危険性が大きく、その結果、取扱いが非常に困難であるという欠点を有し、この欠点を解決する手段が開発されていなかつたために生産性が大巾に低下していたのであるが、本願発明では、1.5mm乃至2.5mmの薄いガラス板の端部周辺部のみを強化する手段、即ち、右板厚の薄いガラス板を加熱炉に入れ、590℃乃至605℃に加熱した後、徐冷域温度450℃乃至550℃の間を特定の温度勾配で急速冷却することにより、ガラス板の端部周辺部のみを強化する手段を採用することによつて、前記欠点を解決したものである。
(3) 次に、本願発明において強化区域及び強度を限定した理由は次のとおりである。
本願発明は、自動車窓への嵌め込み等の取扱い時の衝撃によるガラス板のエツジ部に発生する応力は、大部分170kg/cm2以下であるとの知見に従つて2.5mm、乃至1.5mmの薄いガラス板2枚からなる合せガラスの端部から1.5cm以内の周辺部領域に、少くとも200kg/cm2の平面圧縮応力を付与する必要があることを見出し、これによつて実用上の取扱いに対しほとんど支障がなく、かつ、端部破損が著しく減少することを見出したのである。
ところで、ガラス板の端部周辺部領域の平面圧縮応力が大であればあるほどエツジ部に対する衝撃に耐えることができるものであるが、合せガラスの端部周辺部領域のみに平面圧縮応力を形成させるときには、必然的に右強化区域の隣接内側領域に、平面圧縮応力に対応する平面引張応力が発生するものである。そして、強化区域に形成させた平面圧縮応力とその強化区域の隣接内側領域に発生する平面引張応力とは相関関係にあり、平面圧縮応力を大きくすればする程平面引張応力も大きく形成されるものであり、この平面引張応力が大であればある程、この部分のガラス板の強度が低下して、僅かの衝撃によつて直ちに破損を誘発することになる。
本願発明では、右強化区域の隣接内側領域に発生する平面引張応力が80kg/cm2以下であればガラス板の取扱い時に生ずる衝撃によつては破損することがないことを見出し、(これ以上であれば、少しの衝撃によつて破損する危険性がある。)その結果、この内側領域における平面引張応力80kg/cm2の発生に相当する強化区域の平面圧縮応力の最大値を350kg/cm2とするものである。
そして、本願発明における合せガラスの右強化区域の200kg/cm2乃至350kg/cm2の平面圧縮応力、及び、その隣接内側領域の80kg/cm2以下の平面引張応力は、徐冷域温度450℃~550℃の間を、通常の徐冷速度より速い90℃/分~130℃/分という急速な冷却速度で冷却することにより、初めて得られるものであり、90℃/分以下の冷却速度で冷却すると周辺部に200kg/cm2以上の平面圧縮応力が入らず、また130℃/分以上の冷却速度で冷却すると平面引張応力を80kg/cm2以下に抑えることができないとともに、場合によつては、ガラス板にそり、変形等が起こり、合せガラスの素板として適合したものを得ることができないのである。
(4) 以上によつて明らかなとおり、本願発明は、板厚1.5mm乃至2.5mmの薄いガラス板からなる合せガラスの端部周辺部のみを強化したものであり、この強化区域がガラス端部から1.5cm以内の領域であり、この強化区域における平面圧縮応力が200kg/cm2乃至350kg/cm2であり、この強化区域に隣接する内側領域の平面引張応力が80kg/cm2以下とする構成からなるものである。
(5) これに対し、引用発明における合せガラスは単に周縁部(周辺部)に圧縮帯(平面圧縮応力)を生じさせたに過ぎないものであつて、前叙の本願発明の目的及び構成についての技術的意義を有しないものである。しかるに審決はこの点を看過している。
2 引用発明の合せガラスにおける平面圧縮応力の誤認(引用発明の誤認その1)について
引用発明における合せガラスの製造方法は次に述べるとおりのものであり、この方法によつては本願発明の構成要件である平面圧縮応力の値が得られるものではない。
(1) 引用例には、①「本発明方法による硝子板の製造工程に於ては焼入れ硝子板の製造工程に於ける硝子板を冷却する工程の必要がなく硝子板は単に通常の風除け硝子を製造する場合と同じ方法で焼なまし域を通過させるだけでよい。」(甲第4号証2頁左欄6~10行)、②「このように硝子板を屈曲する際該ガラスを……成形面上に保持したまま温度が漸次低下するよう制御した領域内で該硝子板を冷却または焼なましを行うようするのが通例である。」(同号証1頁右欄8~14行)と記載されていることからも明らかなとおり、引用発明は、焼なまし域を特別な冷却工程を設けることなく通常の風除け硝子の製造法と同様に冷却するものであり、引用例には他の冷却方法を示唆する記載はない。
ところで、通常の風除け硝子の製造法では、好ましくない永久歪の発生を抑止するために焼なまし域を通過する際に徐冷、即ち「焼なまし」を行う。従つて、引用例記載の平面圧縮応力形成方法は「徐冷法」、即ち焼なまし法を前提としている。
また、引用例には、③「炉の焼なまし域に運ばれると、硝子板の突出した周縁部は型と接触することなくまた型の残留熱によつて影響されることもない。型のレールの質量はそこに接触している硝子板部分の質量よりも大きいので型のレールは硝子板だけの場合のように急速には冷却せず、そこに接触している硝子板部分を高温に保持できる。それ故型のレールに接触していない硝子板の周縁部は型のレールに接触している硝子板部分よりも急速に冷却することになる。」(同号証3頁右欄20~29行)と硝子板周縁部の冷却のメカニズムを説明しており、この冷却により周縁部に平面圧縮応力を形成しているのである。即ち、硝子板の周縁部を型より外方に突出させることにより、周縁部をその内側より急速に冷却させて、周縁部に平面圧縮応力(圧縮帯)を形成させているのである。
(2) そこで、板ガラスの徐冷法についてみる。まず、板ガラスの膨脹係数(線膨脹率と同義)について甲第9号証33頁表2・5「板ガラスの一般的性質」をみると、(9~10)×10-6/℃であることがわかる。次いで、同号証451頁図3・133「歪のあるガラスをなますための加熱スケジユール」と、該スケジユールの具体的条件を例示した同号証449頁表3・32「なましの加熱スケジユール」をみる。焼なまし処理は、図中、徐冷点及び歪点を通過するc工程の冷却速度により律せられるので、表中、c工程の冷却速度を、前記板ガラスの膨脹係数と関連付け、かつ、合せガラス素板2枚の合計の厚さ(仮に、3mm乃至6mmを想定)を考慮してみると、冷却速度は14℃/分~4℃/分と読むことができ、この程度の板厚の板ガラスを徐冷するときの冷却速度は大きく見積つてもおよそ20℃/分以下であると考えることができる。そうすると結局、引用発明の冷却速度は、およそ20℃/分以下であると言える。
(3) そこで、ガラス板をこのような冷却速度によつて冷却した場合にどのような平面圧縮応力が生ずるかについて述べる。
甲第10号証は、本願発明と引用発明の合せガラスの製造法を想定して合せガラス素板を製造し、その物性を調べた実験報告書である。引用発明の合せガラス素板に相当するのは同号証9頁第4表及び10頁第6表である。第4表は合せガラス素板の端面を型から4mm突出させて冷却速度を右記の徐冷法の範囲内の12℃/分乃至18℃/分で冷却させたもので、板厚が2mm乃至3mmの合せガラス素板の周辺部に120乃至142kg/cm2の平面圧縮応力が発生した。
同号証9頁第5表は本願発明の冷却速度範囲内の冷却速度で右記第4表と同様に合せガラス素板を製造したものであるが、平面圧縮応力の測定値は266乃至318kg/cm2であつた。
即ち、引用発明の徐冷法により製造した合せガラスの平面圧縮応力の値は本願発明の冷却速度によるもののおよそ半分の大きさを得るに過ぎず、合せガラスのエツヂ部に加わる衝撃に十分に耐えるといえないものである。
なお、第6表は、型からの突出距離を0mm乃至8mmに変化させて第4表と同様に徐冷法により合せガラス素板を製造したもので、周辺部の平面圧縮応力は104kg/cm2から147kg/cm2の値を示した。このことは、引用発明の方法(徐冷法)ではたかだか147kg/cm2の平面圧縮応力が得られるに過ぎず、本願発明のそれに遠く及ばないものであることを示している。
3 引用発明の合せガラスにおける板厚の誤認(引用発明の誤認その2)について
(1) 1の(1)に述べたとおり、本願発明の出願当時自動車用フロントガラスとして使用される合せガラスとしては概ね3mm乃至5mm厚程度のガラス板を合せたものが実用化されていたものであり、引用発明(昭和30年出願)もまたこのような比較的厚い(少くとも3mm程度の)ガラス板を素材として用いていたものである。このことは先に述べた引用発明の製造方法及びその強度の関係に照らして明らかである。
(2) これに対し、本願発明は1に詳述したとおり1.5mm乃至2.5mmという薄いガラス板を使用して実用化することに成功したものである。
(3) なお、合せガラス素板のギヤツプは、小さいうち(例えば7mm以下)は中間膜の接着力により2枚の素板を長期にわたり一体の状態に維持することができるが、大きなギヤツプ(例えば10mm以上)では合せ加工が困難となり、また、合せ加工されたとしても一時的には一体性を保つものの、使用時における化学的、機械的な影響により中間膜の接着力が低下し、剥離を来すことは当業者の熟知していることである。
甲第10号証9頁第5表をみると、本願発明の冷却速度の範囲内である101℃/分乃至126℃/分で板厚2mm乃至3mmの合せガラス素板を冷却したものであるが(比較実験である以上、冷却速度を同じにすることが好ましいが、制約の多い実験炉を用いた実験では、板厚の違いによる板ガラスの熱容量の違いと相まつて冷却速度を任意に設定することが困難であつた。)、周辺部の平面圧縮応力は266乃至318kg/cm2と本願発明で規定する範囲内である。しかし、2枚の合せガラス素板の中央に生ずるギヤツプの大きさは、板厚2mmのもののギヤツプが3.6mm、板厚2.5mmのもののギヤツプが6.5mmであるのに対して、本願発明で規定する板厚1.5mm乃至2.5mmの範囲を出る板厚3mmのものについては12.8mmと大きなギヤツプを示した。
してみると、3mmの板厚の合せガラス素板のギヤツプは12.8mmであり、許容範囲を越えていることがわかる。即ち、所定の平面圧縮応力を付与するために本願発明のような比較的急速な冷却速度を選択するときには、3mm以上の板厚についてはギヤツプが許容範囲を越え、実用に供し得ないことがわかる。
第3請求の原因に対する被告の認否及び主張
1 請求の原因1ないし3の事実は認める。同4のうち、引用例に原告が主張する①ないし③の記載があることは認めるが、その余は争う。
2 原告主張の審決取消事由はいずれも失当であり、審決に違法の点はない。
1 本願発明の技術的意義の看過の主張について
本願発明は特許請求の範囲に記載されたことを要旨とするものであり、一方引用例には、周縁部を強化した2枚のガラス板間にプラスチツク中間膜を挟んだ合せガラスが記載されており、両発明は基本とする技術思想を全く同じくするものである。ただ引用例には、周縁部を強化したガラス板につき板厚及び強化区域、強化区域内外の強度についてこれを具体的数値で説明したところがないに過ぎない。本願発明は、引用発明の具体的態様を数値で特定しただけであり、従つて両発明が技術的思想を異にしていることを前提とする原告の主張は誤つている。
2 引用発明における合せガラスの平面圧縮応力の誤認(引用発明の誤認その1)の主張について
(1) なるほど、引用例には原告主張の①、②の記載がありこの記載からみると引用発明が主として「焼なまし」なる冷却法によるものであることは事実である。
しかし、引用発明のガラス板が「焼なまし」によるものであり、さらに、いわゆる「焼なまし」なる技術用語が、通常、加熱されたガラス製品を極めてゆつくりと徐々に冷却すること、例えば、冷却速度20℃/分以下の冷却法(徐冷法)を意味するからといつて、これとは冷却目的を全く異にする引用発明の「焼なまし」までも、右通常の意味の「焼なまし」と冷却速度を同じくすると解さなければならないことはない。なぜなら、通常の意味での「焼なまし」が、ガラス製品にできるだけ歪を形成させないことを目的とした冷却法であるのに対し、引用例でいう「焼なまし」は、引用例に、「焼なましの間に硝子板の冷却を制御してその周縁部に圧縮帯を生じさせ」(甲第4号証、2頁左欄30~32行)、それによつて「その周縁部に於ては焼入れ硝子板のような長所(つまり、周縁部は構造的に強く、従つて衝撃に堪えるとの長所)を持ち、しかも破損したとき硝子板の中央部分が微少な細片に破砕する焼入れ硝子板特有の欠点がない。」(同号証、2頁左欄2~5行及び3頁右欄末行~4頁左欄1行)と説明していることから明らかなように、ガラス板の周辺部に圧縮帯という歪を形成させることを目的とするものであるから、当然、冷却速度も異なると解すべきだからである。即ち、引用発明でいう「焼なまし」にあつては、加熱されたガラス板を極めてゆつくりと徐々に冷却しなければならないことはなく、むしろ積極的にそれ以上に、ガラス板周辺部に圧縮帯なる歪を形成させる程度の冷却速度を要する、というべきである。もつとも、引用発明での「焼なまし」に、焼入れガラス板を製造する場合のような非常に急速な冷却速度まで必要としないであろうが、板厚1.5mm乃至2.5mm程度の比較的薄いガラス板なら、いかに急速に冷却をしようとも、焼入れのできる歪すら生じない以上、かような板厚のガラス板に対しては、それ以下の冷却速度で温度を漸次低下させること即ち本願明細書でいうような「徐冷域温度450℃~550℃の間を90℃/分~130℃/分の冷却速度で冷却される様に、重ね合わされた2枚のガラス板の周辺部の上下方向あるいは横方向より空気を吹付けるか、あるいは冷却室へ移すかあるいは上記加熱されたガラス板を加熱炉から取出し放冷する。」(甲第2号証、9頁7~13行)といつた態様を包含しているものであることは明らかである。
その趣旨で、原告が、引用例記載の「焼なまし」につきいう20℃/分以下の冷却速度は、引用例記載の製造法に沿うものとはいえず、これに基づき原告が製造していう平面圧縮応力147kg/cm2以下なる実験結果も、引用発明でのガラス板周辺部の強度を表わしたものとみることはできない。しかも、もともと、引用発明の周辺部を強化したガラス板は、通常の衝撃に耐えるに十分な強度をもつている筈なのに、右実験結果には、「この程度の平面圧縮応力では合せガラスの取扱い時に発生する衝撃に確実に耐えるものとは言えない。」(甲第10号証、11頁9~11行)と記載されていることも、このことを裏付けている。
3 引用発明における合せガラスの板厚の誤認(引用発明の誤認その2)の主張について
(1) 原告は、本願発明が用いる板厚1.5mm乃至2.5mmの薄いガラス板は、本願出願当時、合せガラスの素板として実用化されていなかつた旨主張する。
しかし、引用発明の素板であるガラス板は、これによる合せガラスを自動車の安全ガラスに適用しようとするものである以上、自動車用窓ガラスとして利用できる材質、寸法、重量のガラス板でありさえすれば足り、それが、本願出願当時に実用化されていなかつた板厚のものであるからといつて、引用発明の対象外ということにはならない。通常、自動車用ガラス板には、建築用と同じ材質のものが用いられており(甲第8号証、74頁)、建築用ガラス板として、板厚2mm乃至19mmのものが市販されている(乙第1号証、26頁、図下の3~4行及び12行)事実からすれば、市販品のうち比較的薄いガラス板というにすぎない板厚1.5mm乃至2.5mm程度のものを、引用発明とて当然に対象とし包含しているというべきである。しかも、本願出願当時において、板厚2.159mm乃至2.667mmあるいは板厚1.8mm乃至4mmといつた板厚1.5mm乃至2.5mmの範囲内のガラス板を自動車用合せガラスの素板とする例さえ、すでに知られているのである(乙第2号証、第3頁左上欄第4~5行および乙第3号証、第14頁右上欄第17~18行)。
なお、原告はほかに、合せガラスの素板たるガラス板の板厚が本願発明で特定するような2.5mm以下でないと、ソリや変形によるガラス板間のギヤツプが大きくなりすぎ、実用に供し得ないというが、本願明細書を見ても、「130℃/分以上の冷却速度で冷却すると……ガラス板にソリ、変形等が起こり、合せガラスの素板として適合したものが得られない」(甲第2号証、10頁1~6行)とあるだけで、かような板厚とギヤツプの関係を説明した記載は見当たらない。恐らく、これは当業者にとつて自明の事実だからこそ主張するのであろうが、それなら、引用発明とて実施に当り当然に採用する筈の具体化態様にすぎない。
第4証拠関係
本件記録中の書証目録の記載を引用する。
理由
1 請求の原因1ないし3の事実、審決の理由の要点1(本願発明の要旨の認定)、2(引用例の記載の認定)並びに請求の原因4のうち引用例に原告が主張する①ないし③の記載があることは当事者間に争いがない。
2 そこで、審決取消事由について検討する。
1 本願発明の技術的意義の看過の主張について
(1) 本願発明は、前掲特許請求の範囲に記載されたところを発明の要旨とするものであるところ、成立に争いのない甲第2号証、第3号証(本願明細書及びその補正書)によれば、本願明細書の詳細な説明の項には、「2枚のガラス板をプラスチツク中間膜で積層した合せガラスは、特に自動車の風防窓のフロントガラスとして広く使用され、右合せガラスとしては2.5mm乃至5mm厚程度の2枚のガラス板が標準的なものとして実用化されている。しかしこのような厚い板ガラスは自動車の軽量化、乗員の衝突時の安全性の見地から問題があり薄い板ガラスの開発が要望されてきたが、2.5mm以下のガラス板を積層した合せガラスにあつては、製造時、運搬時あるいは窓への嵌め込み等の取扱い時にエツジが衝撃により破損し易く実用に供し難く、この難点を解消するのに風冷強化方法が考えられるが、冷却能が不足し充分な強化が行えず、そのためイオン交換強化方法など特殊な強化方法を利用しなければならなく、莫大な設備がかかり経済的に不利である欠点がある。本発明は、このような欠点のない合せガラスであつて、安価に大量に生産することができ、自動車用のフロントガラスとして最適な特性を持つ合せガラスを提供することを目的とする。」との趣旨の記載(甲第2号証1頁16行~3頁12行)、「本発明は、取扱い時に衝撃としてエツジ部に発生する応力は大部分170kg/cm2以下であり、従つて周辺部の平面圧縮強度を200kg/cm2とするだけで、実用上の取扱いにほとんど支障なく、かつ破損が著しく減少するということを各種実験の繰返の結果統計的に見出した知見にもとずくものである。」との趣旨の記載(同3頁13行~4頁1行)、「本発明によれば、ガラスの外側の面の周辺部に200kg/cm2乃至350kg/cm2の平面圧縮応力が与えられエツジ強度が向上されているので、取扱い時の破損を著しく減少させることができ、また、本発明の合せガラスは2枚のガラス板の板厚方向の断面歪がほとんど与えられないので、自動車のフロント窓に使用されている際に、たとえ割れても通常の全面強化ガラスの様に亀裂が全面に入らないので、運転者の前方の視界を確保でき、更に周辺部領域のみに平面圧縮応力を与えるので、従来の曲げ加工設備あるいは風冷強化設備を改良するのみで行え、安価に大量に、しかも容易に強化を行い得る。」との趣旨の記載(同4頁10行~5頁7行)、「本発明でガラス板の板厚を1.5~2.5mmとした理由は、2.5mm以上である場合には、剛性、強度が増大し衝突時に衝撃による脳傷害が起る可能性が生じ、また本願明細書に記載の方法により周辺部に歪を入れようとすると歪がガラス板の断面方向に及ぶようになり不都合が生じること、一方1.5mm以下であると、剛性、平坦性、2次的歪、強度等の面で不満足であり合せガラス用の素板ガラスに供し得ないことによる。」との趣旨の記載(同6頁2~19行)、「本発明において、ガラス板の少くとも外面側の周辺部には、取扱い時において、かつ窓に嵌め込まれた後においても充分な強度をもつて保持できるように少なくともガラス板の端部から1.5cm程度の周辺領域まで少なくとも200kg/cm2以上の平面圧縮応力が与えられる必要がある。」との趣旨の記載(同7頁2~9行)、「本発明では平面圧縮応力の形成された周辺領域に隣接するガラス板の内側領域の面に形成される平面引張応力は80kg/cm2以下であることが好ましく、80kg/cm2以上であると合せガラスはその外面に衝撃が加わつた時割れ易くなり安全性が低下し実用面で満足が行かなくなり、そして80kg/cm2以下の周辺部内側の平面引張応力は周辺部の平面圧縮応力を350kg/cm2以下にすることにより得られる。」との趣旨の記載(同7頁10行~8頁4行)があることが認められる。
(2) 以上の事実によれば、本願発明は主として自動車の風防窓のフロントガラスに用いる合せガラス素板として軽量化、衝突等事故の際の乗員の脳傷害防止等安全性の見地から、板厚1.5mm~2.5mmのガラス板を用いるものであること、しかしこのような厚さのガラス板の場合は取扱い時に衝撃によりエツジが破損し易いので、その周辺部に平面圧縮応力を形成させるものであるが、その平面圧縮応力は200kg/cm2以上にすれば、実際上その取扱いに殆んど支障がないとの知見に基づき、右平面圧縮応力の下限を200kg/cm2とし、また、周辺部に隣接した内側領域の平面引張応力を80kg/cm2以下にすると、合せガラスの外面の衝撃による破損を防ぐことができ実用上支障がなくなること、そして平面引張応力を80kg/cm2以下にするには、周辺部の平面圧縮応力を350kg/cm2以下にするとよいとの知見に基づき平面圧縮応力の上限を350kg/cm2にしたものであることが認められる。
(3) 一方、引用例には審決認定の記載があることは前叙のとおり当事者間に争いがなく、また、成立に争いのない甲第4号証によれば、引用例の特許請求の範囲には、「屈曲しようとする硝子板を所望の輪廓に成形切断することと、この成形切断した硝子板を屈曲型の上に支持し、この硝子板をその屈曲温度に在る間に屈曲させて該屈曲型の曲率に合致させることと、この屈曲した該硝子板の焼なましを行なうに当つてこの焼なましの間に硝子板の冷却を制御してその周縁部に圧縮帯を生じさせることとの各工程の結合を特徴とする、周縁の破損に対し大きな抵抗力を有する屈曲硝子の製造法」(4頁左欄3~11行)との記載が、また、発明の詳細な説明の項には、④「本発明は屈曲すべき硝子板の全周縁部が一様に冷却されて該硝子板内に連続した圧縮帯を生じこれにより破砕、亀裂、破損に対し構造上一層抵抗力を有する強い縁部が得られるように、前記周縁部を型に関係的に配置するものである。本発明方法によつて製造した硝子板はその周縁部に於ては焼入れ硝子板のような長所を持ち、しかも破損したとき硝子板の中央部分が微少な細片に破砕する焼入れ硝子板特有の欠点がない。」(1頁右欄28行~2頁1行)との記載及び⑤「以下図面につき本発明の詳細を説明する。第1図に所望の輪廓に成形切断した硝子平板20を示す。かかる2枚の硝子板が光学的に調和した一対として結合される時屈曲装置すなわち後記するような型の上で2枚の硝子板は同時に屈曲されて第2図に例として示した縦方向の曲率を得る。しかして本発明によれば硝子板20、21がこのように屈曲され、また第3図に見られるような平面図の形をとる時、その周縁部は色フイルターをもつた偏光器で検査するとaの陰影部によつて表わされているように連続の圧縮域を表わす。換言すると屈曲した硝子板はその全周縁にまたこれに沿つて拡がる部分に連続した圧縮帯を有する。この圧縮帯の内側に周知の伸張域があり、またさらにその内側は硝子板の中心部全体に互つて最後に冷却した硝子板部分に安定しているように思われる伸張および圧縮の混合した部分となる。このようにして一対の成形切断した硝子板は屈曲された後ポリビニルブチラール樹脂のような熱可塑性物質の中間層で層成して、第5図に示したようなプラスチツク中間層22を有する2枚の硝子板20,21から成る層成安全硝子の構造を提供し得ることは明らかである。かかる層成構造は自動車用風除け硝子の形をとることが出来、色フイルターを有する偏光器で見るとプラスチツク中間層22の両側にある硝子板20、21の周縁部は第5図のaで示されているように圧縮力が働いてそのため破損に対し構造上一層強くまた抵抗力を有する連続した硝子部分となる。」(2頁右欄4~32行、なお別紙図面参照)との記載があることが認められる。
(4) 右事実によれば、引用発明は屈曲しようとするガラス板を屈曲型の上に載置して加熱し曲げ加工を行い、次いでこの曲げ加工をしたガラス板を冷却するに当たり、この冷却を焼なましで行うのであるが、この焼なましの間にガラス板の冷却を制御してその周縁部(周辺部)に圧縮帯(平面圧縮応力域)を生じさせる方法に係るものである。そして引用発明の合せガラスは、右圧縮帯の内側部分に伸張域(平面引張応力域)を、更にその平面引張応力域の内側全体にわたつて平面引張応力と平面圧縮応力とが混在する部分を形成させ、こうして右ガラス板で合せガラスを製造した際にその周縁部に平面圧縮応力が働いて破損に対して構造上一層強くして抵抗力を保持するものであることが認められる。
(5) 以上(1)ないし(4)に述べたところを合せ考えると、本願発明も引用発明も共に合せガラスの素板であるガラス板の周辺部に平面圧縮応力を付与しこれに応じて右周辺部に隣接した内側領域に平面引張応力を形成し、このガラス板で製造した合せガラスの周辺部に、破損に対して抵抗性を持たせようとする技術思想において同一であることが認められる。従つて、審決が本願発明と引用発明を対比し、両発明を同一であるとした点は右の範囲において誤りはないということができる。
2 そこで、引用発明の合せガラスにおける平面圧縮応力の点について検討する。
(1) 前掲甲第4号証によると、引用例には、引用発明の合せガラスにおいてその圧縮帯(平面圧縮応力域)の応力がいかほどの値を有するものであるかを直接明らかにした記載はない。原告は、この点に関して、引用発明における合せガラスの製造方法、特に冷却速度からすれば本願発明の構成要件である平面圧縮応力の値は得られない旨主張するので、引用発明における右冷却速度について考える。
(1) 引用例には原告が主張する①ないし③の記載があることは当事者間に争いがなく、これらの記載及び引用発明に関する前記認定の事実(1の(4))によると、引用発明は前記のとおり屈曲しようとするガラス板を屈曲型の上に載置するに当り、重ねられたガラス板を、屈曲型の上に載置して加熱し、ガラス板を屈曲型の支持面(成型面)上に落着かせて加熱により曲げ成型を行い、その後焼なましを行う通例の方法において、この焼なましの間にガラス板の冷却を制御しその周縁部に圧縮帯(平面圧縮応力域)を生じさせるものであること、即ち、右屈曲型の上で加熱して曲げ成形したガラス板の周縁部が屈曲型のレールから突出した状態にして焼なまし域を通過させて冷却し、右屈曲型のレールに接触しているガラス板部分とこれより突出して右屈曲型のレールに接触していないガラス板部分との間に冷却の温度差を生じさせ、これによつてガラス板周縁部に圧縮帯即ち平面圧縮応力域を生じさせることを意味するものであることが認められる。そして前掲甲第4号証を検討しても右冷却速度を具体的にどのような値とするかについての記載は見当らない。
そうすると、引用発明における屈曲成形後のガラス板の冷却速度は、圧縮応力域の形成とは関係がないので、焼なましにおける冷却速度であると解するほかはない。
(2) そこで、焼なましにおける冷却速度について検討する。
成立に争いのない甲第12号証の1(「化学大辞典」共立出版株式会社昭和37年7月31日初版第1刷発行1巻「焼なまし」(アニーリング)」の項)によると焼なましとは、一般に金属材料、ガラス、プラスチツク成形品などを加熱した後、徐々に温度を降下させる操作をいい、ガラスにあつては、製品が急冷されてできるときひずみが残り、それを除く必要がある場合に軟化点近くまで再加熱して、再び徐冷する操作を行うことを指すものであり、このことは当業者において技術常識であることが認められる。そして、成立に争いのない甲第9号証(「ガラスハンドブツク」株式会社朝倉書店昭和50年9月30日初版発行)には、「5徐冷」の章の「5・1徐冷点と歪点」の項に、「徐冷点は板ガラス、びんガラスでは550℃くらい……である。歪点は徐冷点より30~100℃低い。」(448頁)と記載され、また、「5・3永久歪の除去」の項の「5・3・2対策」の部分には、「歪のあるガラスをなますための加熱スケジユールとして図3・133のようなものとする。それは表3・32のようにガラスの膨脹係数と肉厚とによつて変わる。即ち、徐冷点より5℃高い温度までは比較的急速に加熱し、その温度に5~30分保持して、応力を消失させる。次に歪点のやや下までゆつくり冷却し、以後熱衝撃応力によつて破壊がおきない範囲で速度を適当に早めながら冷やす。」(451頁)と記載されている。これらの記載と前記表3・32及び図3・133によれば、ガラス板の焼なましは、徐冷点すなわち約550℃よりも約5℃高い温度から歪点すなわち徐冷点より30~100℃低い温度のやや下まで徐々に冷却し、その後は適当に冷却速度を速めて冷やす操作を行うものであること、そして、右の徐々に冷却する工程である約550℃(徐冷点)から歪点(520~450℃)のやや下までの冷却工程は、表3・32及び図3・133において符号cで示される部分の冷却工程であり、その冷却速度は表3・32からしてガラスの膨脹係数(10-7/℃)が33、50、90の場合、厚さ3mmのガラスにあつては39℃/分、26℃/分、14℃/分であり、厚さ6mmのガラスにあつては12℃/分、8℃/分、4℃/分であることが認められる。そして、引用発明は前記のとおり主として自動車の風除けガラスを対象とするものであるところ、成立に争いのない甲第8号証(「ガラスの事典」)朝倉書店発行)によると引用発明の出願当時(昭和30年)自動車の風除けガラスにおいて、合せガラスの場合1枚のガラス板の厚さは概ね3mmであつたことが推認され、これをくつがえすに足りる証拠はない。成立に争いのない乙第2号証(特願昭47-49520号公開公報)、同乙第3号証(特願昭46-56082号公開公報)には自動車の風除け合せガラスの素板として厚さが3mmよりも低い例が記載されているが、これらはいずれも引用発明の出願時よりも相当後のものであり、右認定を左右しない。
(3) 以上に認定した事実によると、引用発明にあつては、厚さ約3mmの板ガラスに屈曲成形加工をした後これを冷却するに当り、550℃~450℃の間を14℃/分~39℃/分の冷却速度で行うと認めるのが相当であり、この認定を左右するに足りる証拠はない。
(4) 被告は、引用発明は本願発明と同様ガラス板の周辺部に圧縮帯という歪を形成させることを目的とするものであるから、歪を作らないことを目的とする通常の焼なましとは冷却速度を異にすることを理由として、引用発明の冷却速度は本願発明のそれを包含する旨主張する。
しかし、既に詳述したとおり、引用発明のガラス板周縁部の圧縮帯は、ガラス板を焼なましする際の屈曲型レールとの接触の有無による温度差によつて生じさせているのであつて、冷却速度はこれとは関係がないから、被告の右主張は採用できない。
(2) そこで進んで、このような冷却方法を採用した引用発明の合せガラスの平面圧縮応力の大きさについて考える。
成立に争いのない甲第10号証(実験報告書)には、ガラス板の厚さが2.0mm、2.5mm及び3.0mmのもの2枚を重ねて曲げ型(屈曲型)の上にその周縁部が支持リング(屈曲型レール)から4mm突出するように載置し、590℃に加熱して屈曲成形した後、板厚2.0mmについては12℃/分、2.5mmについては18℃/分、3.0mmについては17℃/分の各冷却速度で約250℃まで冷却した場合におけるガラス板周縁部に生じた平面圧縮応力を測定したところ、それぞれ120kg/cm2、140kg/cm2、142kg/cm2であつた旨の実験結果が記載されており、右に記載されたガラス板と屈曲型との配置関係は前記認定の引用発明の方法(1の(3)、(4))に合致するものである。
(3) 右の実験結果によれば、引用発明の合せガラスにおける平面圧縮応力の大きさは本願発明の特許請求の範囲に記載された要件を充たさないことが推認される。被告は、引用発明の合せガラスは通常の衝撃に耐えるに十分な強度をもつている筈であると主張するが、右推認を覆えし、引用例に記載された方法によつて本願発明の平面圧縮応力に関する要件を充たす合せガラスが得られると認めることのできる証拠はない。
3 以上述べたところにより明らかなとおり、引用発明は、本願発明の要件である「ガラス板周辺部に200kg/cm2乃至350kg/cm2の平面圧縮応力が形成されている」との構成を具備しているということができず、この点で本願発明と引用発明とは同一であるとはいえない。従つて、両発明は同一であるとして本願を拒絶すべきものとした審決は、その余の点について判断するまでもなく誤つており、取消を免れない。
3 よつて、原告の本訴訟請求を認容し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して主文のとおり判決する。
(瀧川叡一 清野寛甫 木下順太郎)
<以下省略>