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東京高等裁判所 昭和61年(行コ)33号 判決 1988年9月29日

控訴人

森川キャサリーン・クノルド

右訴訟代理人弁護士

野本俊輔

村上愛三

被控訴人

法務大臣

林田悠紀夫

被控訴人

右代表者法務大臣

林田悠紀夫

右両名指定代理人

金子泰輔

外一一名

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人法務大臣が、控訴人の再入国許可申請に対し、昭和五七年(一九八二年)一一月三〇日付けをもってした不許可処分を取り消す。

3  被控訴人国は、控訴人に対し、金一〇〇万円を支払え。

4  控訴費用は第一、第二審とも被控訴人らの負担とする。

二  被控訴人ら

本件控訴を棄却する。

第二  当事者の主張

当事者双方の主張は、次のとおり付加、訂正するほかは、原判決の事実摘示中「第二 当事者の主張」欄に記載のとおりであるから、これを引用する。

(原判決の訂正等)

一  原判決七枚目表末行「結婚し、」の次に「同人との間に一児をもうけ、」を加える。

二  同九枚目裏九行目「有し、」の次に「同人との間に子までもうけ、」を加える。

三  同二一枚目裏九行目「あること、」を「あり、また同人との間に一児をもうけていること、」にそれぞれ改める。

四  同二五枚目表七行目末尾「場合の許否」を「発給拒否」に改める。

(当審における主張)

一  控訴人

1 新規入国と再入国との差異について

(一) 現行入管法の手続的観点から

(1) 新規入国の場合

① 外国人が我が国に新規入国する場合、入管法に基づき、当該外国人は、原則として、以下の条件を満たさなければならない。

(イ)有効な旅券の所持(入管法三条)、(ロ)旅券上に査証を有すること(入管法六条一項)、(ハ)在留資格を有すること(入管法四条)、(ニ)上陸拒否事由に該当しないこと(入管法五条)。

② そして、当該外国人は、以下のとおりの上陸手続を踏まねばならない。

(イ)入国審査官に対する上陸の申請(入管法六条二項)。具体的には入国カードに所定事項を記入して、空港等の入国審査官に提出する。(ロ)入国審査官は前記①の(イ)ないし(ニ)の条件適合の有無を審査する(入管法七条一項)。(ハ)条件適合の場合、旅券上に上陸許可の証印をする(入管法九条一項)。(ニ)入国審査官は、右証印をする場合、当該外国人の在留資格及び在留期間を決定して、旅券上にそれらを明示する(入管法九条三項)。

③ 査証について

政府の解釈によれば、査証とは、「日本に入国しようとする外国人の申請に基づき、一定の条件下において所定の形式によりその所持する旅券に裏書すること、又は裏書そのもの」をいい、二つの意義があるといわれている。すなわち、(イ)当該外国人の所持する旅券が合法的に発給された正式の、かつ有効なものであることの確認。(ロ)出先の領事官等が、当該外国人の入国滞在は、付与する条件下において、適当であると認定したしるし、というのであり、換言すれば、査証は入国の許可そのものではないが、在外領事官等が発行する入国についての推薦状である。

④ 二重審査

右査証手続を前提として、入管法の入管審査手続を見直すと、外国人の新規入国について、(イ)在外領事官等の査証の発給審査、(ロ)入国審査官の審査と二段階の審査をしていることが明らかである。右二つの審査、すなわち外務省と法務省とのそれに大きな隔たりがあっては、不都合が生ずるので、右両省の間では査証の発給について事前協議を行い、意思の統一を図っている。もとより、事前協議の対象となった案件でも、その後に格別の事情が判明したような場合には、上陸を拒否されることがある。

(2) 再入国の場合

① 再入国許可を受けた外国人が海外渡航の後、我が国に再入国する場合の入管法上の条件は次のとおりである。

(イ)有効な旅券の所持(入管法三条)、(ロ)旅券上の再入国許可の証印(入管法六条一項但書)、(ハ)在留資格を有すること(入管法四条)、(ニ)上陸拒否事由に該当しないこと(入管法五条)。

② そして、当該外国人は、以下のとおりの上陸手続を踏まねばならない。

(イ)入国審査官に対する上陸の申請(入管法六条二項)。具体的には入国カードに所定事項を記入して、空港等の入国審査官に提出する。(ロ)入国審査官は前記①の(イ)ないし(ニ)の条件適合の有無を審査する(入管法七条一項)。(ハ)条件適合の場合、旅券上に上陸許可の証印をする(入管法九条一項)。(ニ)入国審査官は、右証印をする場合、当該外国人の在留資格及び在留期間を決定する必要がない(入管法九条一項但書)。

③ ところで、以上のように形式上、新規入国と再入国とは大差ないように見えるが、実質的には入国審査官の審査は、全く異なるのである。すなわち、(イ)新規入国の場合、当該外国人の所持する旅券が有効であるかどうか(偽造・変造でないかも含め)慎重に審査するのに対し、再入国の場合は、再入国の許可がある以上この点の審査はすでになされており、重ねての審査は不要である。(ロ)新規入国の場合、入国審査官は当該外国人が在留資格を有するかどうか慎重に審査しなければならず、その上、その在留資格と在留期間とを決定しなければならない。これに対し再入国の場合、当該外国人は既に在留資格を与えられているのであるから、入管法四条の審査の必要はない。(ハ)また、新規入国の場合、当該外国人が上陸拒否事由に該当する人物でないか慎重に審査(いわゆるブラックリストとの照合)しなければならない。しかし、再入国については、右のような調査は再入国の審査の段階で済んでいるので、その審査はされていない。

④ 二重審査

前記の二重審査は再入国にも形式上当てはまる。しかし、第一段階が法務大臣の再入国許可(入管法二六条)であり、第二段階のそれが入国審査官の再入国審査であって、第一のそれの影響力が大であり、実質的には第一があれば、第二はほとんど問題とされない。このことは、入管法二六条六項の規定のように、本邦にある場合に限って、数次再入国の許可を受けている外国人の再入国許可の取消ができる旨の規定にも表れている。すなわち、これは、再入国の許可の取消により当該外国人の在留資格まで直ちに失わせることのないようにとの趣旨であり、数次の再入国許可を得た外国人にあっては、多少の問題があっても再入国を認め、その在留資格が剥奪される結果となることがないようにとの配慮に基づくものである。そしてまた、入管法が通常(一次)の再入国について取消規定を置かなかったことも併せ考えると、入管法は法務大臣の再入国許可が有効である限り、入国審査官は当該外国人の上陸を許可しなければならないことを要請しているものと理解するのが自然である。

(3) 新規入国と再入国との差異

以上のとおりであって、両者は形式的には類似しているものの、実質はまったく異なるのである。

(二) 国内法上の地位との関係

(1) 外登法

外登法に基づき登録している外国人が、再入国許可を得ないで出国した場合、その出国は登録の終了原因である。そして、改めて入国しても新規に登録がなされ、従前の登録とはまったく別のものになる。ところが再入国の場合には、当該外国人の登録事項には変動はなく、居住関係にもまったく変わりがない。外登法の関係では、両者はまったく異なるのである。

(2) 国籍法

帰化の要件である「継続滞在」についても、再入国許可なしに出国すれば、いかに短期間に我が国に入国しても、そのときから改めて右期間は算定される。しかし、再入国許可を得て出国し、再入国した者については、その出国期間中も含めて、滞在期間として計算される。

(3) 国民年金など社会福祉関係法

国民年金法は、外国人にも適用されるが、これについても再入国の許可なしに出国すると、登録原票の閉鎖に伴い、当該外国人の被保険者資格はいったん喪失してしまう。国民健康保険法、児童手当法の適用についても同様である。これに対し、再入国許可を得て出国した外国人については、そのような不利益はまったくない。

(4) 地方税法等の租税関係法

同様に、再入国の許可なしに出国すると、日本国内に「住所を有する個人」でなくなり、また、国内居住者でなくなるのであるから、納税義務、関税賦課にまで影響がある。これに対し、再入国の許可を得て出国した場合には、まったく影響がない。

(5) 以上のように、国内法上の外国人の法的地位に影響を及ぼすかどうかは、外登法上登録が抹消されるかどうかに関わっている。そのことは、外国人にとって、あらゆる生活に影響があるといってよい。このように、再入国と新規入国とでは、当該外国人の帰国後の法的扱いはまったく異なってくるのである。

(三) 再入国不許可処分は事実上外国人の海外旅行を断念させる。

再入国の許可なしに、出国は勿論可能である。しかし、その場合の不利益は、前記のとおり大きいので、当該外国人は海外旅行を断念せざるを得ない。事実控訴人も、このまま一生アメリカに戻ることもできないのではないかとの不安に取りつかれているのである。

2 「再入国不許可処分」と一時的海外旅行との関係

(一) 外国人の一時的海外旅行の実際

我が国に在留する外国人の一時的海外旅行という行為を実質的に把握すれば、一定の在留資格を得て我が国に滞在し、我が国と何らかの生活上又は社会的な関係を有する外国人が、その在留期間の満了の日以前に我が国に再度入国する意図で一旦出国するが、旅行終了後以前の在留資格のまま再度入国し、その後は前の在留が継続する、という一連かつ不可分の行為である。

(二) 右旅行の規制方法

ところで、このような外国人の旅行にさいして、入管法は三段階の規制をしている。すなわち、(イ)法務大臣の再入国許可、(ロ)出国時の出国審査、(ハ)再入国時の入国審査官の再入国審査である。

(三)(1) 本件の問題は右(イ)のそれである。(ハ)段階の規制ではない。

(2) 仮に、在留外国人に我が国への帰国の自由が絶対的に保障されていないという立場に立っても、(ハ)段階での再入国の規制が可能ということであり、(イ)段階の規制の自由を意味しない。日本国民に帰国の自由が絶対的に保証されていることから導き出せることは、右(ハ)に相当する規制で帰国を不許可にできないということであり、(イ)、(ロ)の段階の規制はそれと関係がない。

(3) 再入国許可を申請する外国人は、現に我が国に滞在している者である。右申請が不許可となっても、海外旅行はできなくなるが、当該外国人はそのまま我が国に滞在し得ることには変わりはない。右の海外旅行は、「外国に行ってくることができる」との利益であり、日本国民が享受する利益とまったく等しい利益である。

3 在留外国人の再入国の自由

(一) 日本国憲法との関係

(1) 在留外国人についても、憲法二二条二項の保障が与えられるべきである。すなわち、在留外国人の一時的海外旅行という行為の実質を把握するならば、それは一定の在留資格を得て国に滞在し、我が国と何らかの生活上または社会的な関係を有する外国人がその在留満了の日以前に我が国に再度入国する意図でいったんは出国するが、所期の海外旅行が終了すれば、以前の在留条件のまま再度我が国に入国し、その後は以前の在留が継続する、という一連の、かつ、不可分の行為である。

再入国許可を求める外国人は、我が国の領土主権の下にあり、我が国の法規の適用を受ける地位にある。当局としても、当該外国人の居住関係、経歴、人柄等をある程度把握しうる状態にあるので、退去強制を受けることなく適法に在留を継続している以上特に問題がないと考えられるわけであり、再入国拒否の審査にさいしても、日本国民の海外旅行に準じた取扱がなされるべきである。

前記のように再入国時の入国審査官の再入国審査は、新規の入国と共通な面も存するが、法務大臣の再入国許可を有している点で、再入国は、新規入国と根本的に異なるものである。そうでなければ、在留外国人にとっては、「出国」と、権利ないし自由として保障されることのない「(再)入国」しか存在しないことになり、そもそも「一時的海外旅行」という概念すら否定されることになる。

全世界的な規模において国際交流が活発化し、我が国においても多様な目的を有する多数の外国人が活躍している今日、一時的海外旅行を否定するような見解はまったくの時代錯誤である。

(2) 在留外国人の滞在状況はさまざまであるが、実際に再入国が問題となるのはある程度以上の期間我が国に滞在している外国人であり、観光や一時の商用など、ごく短期間しか我が国に滞在しない外国人について、再入国の必要を生ずることは、極めて例外的である(入管の実務においても、短期滞在者については、再入国の許可を原則として与えていない。)そして、再入国許可を求める必要の生ずる外国人は、当然のことながら我が国との間に何らかの社会的又は生活上の関わりを有しているのであり、これらの者が海外旅行することは、例えば自国との往来ということを考えても、日本国民が海外旅行する場合と比較し、優るとも劣らない意義と重要性をもつものである。

すべての在留外国人が再入国の必要性があるのではなく、それを度外視して、一律に再入国の自由を論ずるのは相当でない。

(3) ところで、控訴人も在留外国人について、日本国民とまったく同様の海外旅行の自由を保障すべきであるとまで主張するものではない。

近時我が国の国際的地位の高まり、国際的な相互依存関係の深まりの中で、いっそうの国際化の進展を図るうえで、国際的な人的交流、国際交通を活発化させることが極めて重要であることは明らかである。むしろ今日においては、海外旅行の自由(国際交通の自由)の意義と重要性は、国内旅行の自由との間に質的な区別を設けることが不合理と感じられるほど、急速に高まっている。日本国民の海外旅行の自由も、在留外国人の再入国の自由も、その根底には右のような国際交通の自由という理念が存しているのである。

さらに今日、海外旅行の自由は、単に経済活動の一環としての意味に止まらない。国際的な交流の中で様々な知識、経験を獲得し、自己を形成していくという意味では、それは思想、学問の自由、表現の自由などの精神的自由と密接に関連しているのであり、むしろ本然的自由としての人心の自由の一属性として把握されるべきものである。

このような意味で、海外旅行の意義と必要性は日本国民、在留外国人を問わず共通、普遍のものであり、二者を画然と区別するのは誤りである。

(二) 国際人権規約との関係

国際人権規約B規約一二条四項の自国とは、一定の在留資格に基づき、その国に生活の本拠を有してある程度長期間定住している外国人にとっての、当該定住国も含むと解すべきである。

(1) 国連の人権委員会における原案審議の段階で、右入国の自由については、「自国」とするか、「国籍国」とするか議論があり、「国籍国」と表現するのは、国籍は有しないが、自国に定住している者に帰国する権利を付与している国にとっては不満足なものであり、その点が考慮されて、「国籍国」が「自国」と置き換えられることによって、妥協が成立したのである。

(2) 「自国」の概念は国籍国の概念を含み、これを取り込むより広義の概念として、認識されているものである。

4 入管法二六条の解釈と本件処分の違法性

(一) 入管法二六条は、在留外国人にも保障されている一時的海外旅行の自由を、公共の福祉の観点から例外的に保障する場合の根拠及び手続を規定しているものと解すべきであり、法務大臣が再入国を不許可となしうる場合は、可能なかぎり限定的に、かつ、厳格に運用されねばならず、不許可とする場合は、在留外国人の一時的海外旅行の自由を制限してもやむを得ないだけの合理的根拠がなければならない。そして、その判断の基準としては、憲法一四条、国際人権規約B規約二条、二六条が保障している内外人平等の要請から、日本人について旅券発給拒否により海外渡航の自由を制限しうる場合を具体的に定めた旅券法一三条の規定に準じて取り扱われるべきであり、特段の理由がないのに在留外国人に対して同条の趣旨以上の厳しい制限を課すことは許されない。

また入管法二六条には再入国拒否についての処分要件ないし裁量権の範囲が規定されていないとしても、右条項が憲法及び国際人権規約により保障された在留外国人の一時的海外旅行の自由に対する重大な制限規範として機能する以上、法務大臣の裁量の範囲は極めて厳格に解釈されねばならない。

(二) 控訴人の指紋押捺拒否について

昭和三〇年から実施された指紋押捺制度は、密入国者が正規に在留する既登録外国人になりすまして不正登録することを防止することに狙いがあった。

控訴人は、昭和四八年九月に第一回の指紋押捺をして以来、昭和五一年、同五四年と三回にわたり指紋押捺に応じていたが、同五七年九月の四回目の機会に、指紋押捺制度に疑問を強く持ち、押捺を拒否するに至った。その拒否の心情は、「(イ)外国人だけが義務付けられる。(ロ)犯罪人でもないのに指紋押捺を強制されるのは屈辱的で、国際人権規約に反している。(ハ)回転式指紋を強制されて犯罪人扱いをされる。(ニ)一人一人が拒否をすれば、この制度が変わるのではないか。」という点にあり、それは控訴人の良心に基づく行為であった。そしてまた、控訴人が指紋押捺を拒否したことで、なんら実害はなく、また拒否の動機も同情、理解できるものである。控訴人の指紋押捺は、あらゆる点からみて極めて軽微な法違反というべきである。

そして、前記昭和五七年九月以後、外登法及び関連法令はたびたび改正され現在に至っている。

すなわち、まず確認申請の機会が五年毎に伸長され、指紋押捺の仕方も「単純押捺式」に改められた。そして、指紋押捺をめぐる内外の問題を踏まえて、昭和六二年九月二六日外登法を改正する法律が公布され、基本的に指紋押捺を一回だけにするという改正がなされた。控訴人は、もはや重ねて指紋押捺を要求されることもなくなった。

控訴人に対して再入国許可が認められない理由は、控訴人の前記指紋押捺拒否にあることは明らかである。控訴人は、前記のように、日本人の夫との間に昭和六二年五月長女をもうけたが、同女を連れて母国に帰り、アメリカにいる親族らに紹介したいと願うのは、人間としてごく自然な感情である。本件の再入国不許可処分は、報復のためのバランスを欠いた措置である。

(三) 裁量権の濫用

本件の再入国不許可処分は、指紋押捺拒否に対する報復を再入国させないことでするという、目的、動機において不正な処分であり、平等原則に反し、行政の基本原理である比例原則にも違反するものであり、仮にその裁量の幅がある程度大きいとしても、被控訴人に裁量権の濫用があることは明らかである。

二  被控訴人

1 まず新規入国と再入国との手続は、以下に述べるとおり大差がない。

(一) 一般上陸申請の受理

一般上陸の申請は、これをしようとする申請人が入国審査官に対し、新規入国者にあっては外国人入国記録、再入国の許可を受けている者にあっては再入国入国記録をそれぞれ提出して行われなければならない(入管法六条二項、同法施行規則五条)。

(二) 右により申請人である外国人が一般上陸の審査の対象となる者と判明した場合、入国審査官は、入管法七条一項各号に定める上陸条件に適合しているか否かについて、次のとおり審査を行う。

(1) 旅券の所持及び有効性(入管法六条一項、七条一項一号)

旅券の有効性は、原則として、国際慣行上の旅券の有効要件、すなわち、(イ)日本国政府の承認した外国政府又は権限のある国際機関の発行権限を有する当局によって発行されていること、(ロ)旅券名義人の氏名・性別・生年月日の記載があること、(ハ)名義人の写真が貼付される等所持人と名義人とが同一人物であることが確認できるものであること、(ニ)有効期間内のものであること等の要件に合致するか否かにより判断される。右の旅券を所持していない者は、仮に再入国許可を得ていても、原則として上陸は認められない。再入国の場合は、再入国許可申請を受けて許否を審査するさいに、旅券の有効性について審査はしているが、それはあくまで同時点までで、その後の事情は審査されていないから、前記の各要件のうち、(ニ)の有効期間内であるかどうかの審査は、再入国申請のさいも重要であるばかりか、その他の要件の審査も不要であるとはいい難く、結局は改めて上陸申請時にも各要件について審査を行うものである。

(2) 査証の有無及び有効性(入管法六条一項、七条一項一号)

査証とは、日本国領事官等が本邦に入国しようとする外国人に対し、その所持する旅券も有効であり、査証上に表示された条件のもとでその者が本邦に入国し滞在することは差し支えない旨の一応の推薦状であると解されている。

本邦へ一般上陸を行おうとする外国人は、例外の場合を除きその所持する旅券等に査証を受けていなければならない。査証がなく上陸できる例外の一つに、入管法二六条による再入国の許可を受けている者が含まれていることになる。入国審査官は、新規入国の場合には、当該外国人が所持する旅券に与えられた査証の有無及びその有効性について審査し、再入国の場合には、同じく当該外国人が所持する旅券に記載された再入国の証印を確認するのである。

(3) 在留資格該当性(入管法四条、七条一項二号)

入国審査官は、当該申請人について、申請にかかる在留資格が虚偽のものでなく、かつ、入管法四条一項に定める在留資格の一に該当するのか否かを審査する。

再入国許可を得ている者が再入国しようとする場合の同法七条の審査は次のとおりである。再入国許可は、本邦に在留する外国人が一時外国へ向けて出国した後、再度入国して従前と同一の目的、資格をもって在留しようとする場合に与えられるものであり、したがって、再入国のさいの申請にかかる再入国目的(再入国入国記録に記載された再入国目的)が従前の在留目的、在留資格と同一でなければならず、入国審査官は当然この点を審査する。その結果同一性がなければ、同法七条一項二号に適合しないものとして特別審理官に引き渡されるのであるから、結局、再入国の場合も、新規入国の場合と実質的に異ならない在留資格の審査がなされるのである。

(4) 上陸拒否事由該当の有無(入管法五条一項、七条一項四号)

入国審査官は、申請人が入管法五条一項各号(入国拒否事由)に該当する者であるか否かを審査し、その結果申請人がこれらの一に該当すれば同法七条一項四号に該当しない者として特別審理官に引き渡される。

再入国許可を得ている者については、その許可時点における審査は既になされてはいるが、その後に新たな上陸拒否事由が発生することもありうるので、同法五条一項に該当するか否かは、再入国時に改めて新規入国者と同様に入国審査官の審査を受けなければならない。

(三) 上陸許可

入国審査官は、申請人が入管法七条一項各号に規定する上陸のため条件に適合していると認定したときは、旅券に上陸許可の証印をし、その所定欄に許可年月日、上陸港名、在留資格、在留期間を記入して、その一般上陸を許可する(入管法九条)。

再入国許可を得た者に上陸を許可する場合であっても、右証印に在留資格及び在留期間を記入する必要はないとの差異があるだけで、その他の上陸許可手続は新規入国の場合と同様である。

要するに再入国の場合も、入国審査官の再入国審査は、新規入国の場合の審査と比較して、大差ないものといえる。

2 国内法との関係

本件訴訟において、外国人の新規入国と再入国における基本的差異の有無は、本来入管法について検討されるべきであり、他の国内法上いかなる差異があるかという点は、本件訴訟と直接の関係を有しないというべきである。のみならず、控訴人の指摘する国内法は外登法を除き、再入国許可にかかる規定を置いていないのであり、単に運用する行政機関において控訴人の主張するような運用がなされているというに過ぎない。そして右のような運用がなされるべきか否かは、各国内法制定の趣旨、目的及び関係する法条の文言、立法趣旨等を参酌して決定されるべき事柄であって、再入国拒否処分の法的性質とは、なんら関係しないというべきである。もっとも、控訴人の主張する趣旨が、再入国許可処分の性質について論ずるものでなく、再入国の場合と比較して新規入国の不利に言及するというものであれば、それは在留外国人の本邦への再入国の必要性、重要性を指摘するものに過ぎず、再入国制度の存在理由を説明するものであっても、それからただちに再入国の事由が憲法上保障されているとか、法務大臣が再入国申請を不許可とし得るのは、一時的海外旅行を制限してもやむを得ない合理的根拠がある場合に限られるとの結論を導くことはできないというべきである。

なお、外登法上、在留外国人が再入国の許可を得ないで出国した場合は登録原票が閉鎖されるのに対し、右許可を受けて出国した場合は登録の終了原因とならないことは、控訴人の指摘するとおりである。しかし、右両者の違いは、再入国許可処分が、新たな在留資格及び在留期間を付与するものではなく、その後、当該再入国許可の有効期間内に実際に再入国した場合に、先の在留資格及び在留期間が継続するものとみなすという再入国許可の性質自体に由来し、外国人登録事務の観点からもうけられた差異に過ぎず、それ以上の意味はないというべきである。

第三  証拠関係<省略>

理由

一当裁判所も、控訴人の請求はいずれも理由がなく、これを棄却すべきものと判断する。その理由は、次のとおり付加、訂正、削除するほかは、原判決の理由説示のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決四七枚目裏六行目末尾の次に「なお、控訴人は、昭和六一年五月、森川純との間に一児をもうけ、現在三人で肩書住所地に一緒に住んでいる。」を、同四九枚目表九行目「海外旅行の自由」の次に「、換言すれば、日本を出国し、一時的に海外旅行をしたうえ、帰国する自由」をそれぞれ加え、同九、一〇行目「解されるが」を「解され、また、外国人についても、国際人権規約B規約一二条との対比や、国際慣習法上からいっても、出国の自由は、憲法上保障されているものといえるが」に改め、同一〇行目「それとを」の次に「入国又は帰国の点に着目して」を加える。

2  同四九枚目裏二行目「海外旅行の自由」の次に「、換言すれば再入国の自由」を加える。

3  同五〇枚目表四行目「あくまでも、」の次に「憲法上保障されていると考えられる」を加え、同八行目「全く」を削除し、同九行目「出入国」を「入国」に改める。

4  同五〇枚目裏三行目、同六行目「海外旅行」を「再入国」に改め、同一〇行目冒頭「から、」の次に「結局」を、同五一枚目表一行目「外国人の」の次に「再入国の自由又は」をそれぞれ加える。

5  同五一枚目裏三行目「している」の次に「し、それは入国の手続にも表れている」を、同九行目「結婚し、」の次に「同人との間に一児をもうけ、」をそれぞれ加え、同末行末尾「できないと主張」を以下のとおり改める。

「できない。④仮に在留外国人一般について対比するのが相当でないとしても、そもそも在留期間の短い外国人は再入国の必要性に乏しいが、少なくとも、控訴人のように我が国と深い係わりを有し、むしろ永住の可能性も高い者については、その国内法で与えられているさまざまな権利からしても、再入国と新規入国とは本質的に異なるとの趣旨の主張を」

6  同五二枚目表七行目「許可」の前に「一応の」を加え、同裏二行目冒頭「差異」の前に「実質上あるいは審査手続上さまざまの」を、同八行目「あって、」の次に「控訴人の主張するように」をそれぞれ加え、同九行目「根を下ろした」を「根を下ろし、国内法上も種々の保護を与えられている」に改める。

7  同五三枚目表一行目末尾「すなわち、」を以下のとおり改める。

「もっとも、控訴人は、仮に短期在留外国人については別としても、少なくとも控訴人のような長期在留外国人で、我が国と深く係わり、今後もそれを継続する可能性の高い者については、憲法上の保障が与えられていると解すべきであるとも主張するようである。しかし、在留が長期化することにより憲法上の保障が生ずると解する根拠はないばかりでなく、」

8  同五三枚目表五行目「保障されないとする」を「保障されないというように解する」に改め、同行目「ことは」の次に「、憲法の人権保障条項の解釈上も」を、同九行目冒頭「日本国内」の前に「いったん入国し、」を、同行目「在留する」の次に「ことになった」を同末行「ように」の次に「との見地から」をそれぞれ加える。

9  同五三枚目裏一行目「ほとんど」から同二行目「結果」までを、「、そしてそれは国際慣習法上も一般的に容認されている権利であるが、これが失われかねないという結果」に改める。

10  同五三枚目裏六行目「原告は、」の次に「近時の我が国の国際的地位の高まり、国際的相互依存関係の深まりのなかで、」を、同八行目「いるのであるから、」を「いるのであり、むしろそれは人心の自由の属性として把握すべきもので、」を、同九行目「主張するが、」の次に「海外での見聞が思想、学問の自由等と係わりを有していることは否定できないとしても、」を、同一〇行目「権利と別に、」の次に「再入国の自由を前提とする」をそれぞれ加える。

11  同五五枚目表二行目「備えていない」を「備えておらず、事実上、出生や長期間の居住をもって、自国民であることの証左とせざるを得ない」に、同三、四行目「備えている」を「備えていて、自国民であるかどうかを極めて容易に識別しうる」にそれぞれ改め、同一〇行目冒頭「できず、」の次に「外国人の入国及び在留制度の一環として在留外国人の再入国につき、我が国との係わりに応じどのような保護を与えるべきかも含め、」を加え、同行目「これを」を「これらを」に改める。

12  同五六枚目裏五行目「再入国の」の次に「許可を受けている」を加える。

13  同五八枚目表四行目の次に改行して以下のとおり加える。

「もっとも、控訴人は、新規入国と再入国とは実質的にまったく異なる制度であり、これを同一に論ずることはできないとしてるる主張する。確かに、再入国許可の審査の段階で、たとえば上陸許否事由(入管法五条一項)該当の有無等の審査はなされ、しかも新規入国の場合より豊富な資料に基づいて審査されるであろうことは推測するに難くないが、しかし、再入国の場合にも、入管法四条一項各号の審査は、再入国を許可された在留資格、在留目的と同一であるかの点に重点があるとはいえ、一応はなされることになるし、また、再入国許可時以降の事情についても、当時判明しなかった事情も含め審査の対象となり、しかも上陸拒否事由等が判明した場合には、法務大臣の再入国許可の取消等の手続を要せずして、新規入国の場合と同様に、当該外国人の上陸を拒否することができると解せられるのである。してみると、両者の審査手続及びその実体に、法的評価として重大な相違があり、長期在留外国人については、入国に関しむしろ自国民に準じた扱いがなされるべきであるとする控訴人の主張は採用することができない。」

14  同五八枚目表五行目冒頭「右の」を「前記」に、同九行目「点も」を「点及び控訴人が指摘する国籍法、国民年金法、税法上の点も」に、同裏一〇行目「入管法及び外登法上」を「入管法、外登法等上」にそれぞれ改め、同末行「手続上の」を削除する。

15  同六〇枚目表五行目の次に改行して以下のとおり加える。

「近時の国際的な人的交流の高まりのなかで、より広い知識、情報、経験等を獲得する手段としての海外旅行の自由が、日本人、外国人を問わず、重要な意味を有していることは否定できないが、しかし反面出入する人員が激増し、出入国管理上さまざまな問題が生じていることから、法務大臣の的確、迅速な対応を要求される場面も増えていることもまた否定できないと考えられ、いずれにしても、控訴人の主張する事実から、ただちに再入国許可についての法務大臣の裁量の幅を極めて限定的に解すべきであるとすることもできない。

16  同六四枚目表六行目及び同六七枚目表五行目各「二〇万円」を各「三万円」に改める。

17  同六七枚目表末行「現に効力を有する」を「当時効力を有していた」に改める。

18  同六七枚目裏九行目の次に改行し、「(四)」として以下のとおり加える。

「(四) もっとも、<証拠>によると、外登法は昭和六二年九月二六日公布された法律第一〇二号により改正され、指紋の押捺は原則として一回かぎりとされ、控訴人のように既に指紋を押捺している者は、以後まず押捺を求められることはなくなり、同じようなことで処罰を受ける可能性もなくなったこと(改正前の行為についての罰則の適用については、従前の例によるとされてはいるが)、しかも右改正案の採決に当たっては、国会において、『指紋押捺拒否者に対する行政上、刑事上の措置に関して、法改正の趣旨及び具体的事情を勘案し、人道的立場に立った柔軟な対応を行うこと。』との趣旨の附帯決議が採択されたことが認められる。

右の事実や、原審における控訴人本人尋問の結果から窺われる押捺拒否の心情、改正前の外登法の指紋押捺が横転式で、採取される者にとって不快感を与えるものであったこと等も考慮すると、現在の時点において、再入国の許可の申請がなされた場合、法改正前に指紋押捺を拒否したとの理由で、これを不許可とするのは、法改正の趣旨にも反し、裁量の範囲を越えるのではないかと考えられないでもない。しかし、本件不許可処分の適否の判断の基準時は右処分時と解せられるから、右の事情も前記判断を左右するものではない。」

二よって、これと同旨の原判決は相当であり、本件控訴は理由がないからこれを棄却することにし、訴訟費用の負担について民訴法九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官越山安久 裁判官鈴木經夫 裁判官浅野正樹)

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