東京高等裁判所 昭和61年(行コ)50号 1986年11月26日
控訴人
甲野一郎
鈴木仁植こと
右特別代理人
宋仁植
被控訴人
船橋労働基準監督署長三倉好三
右指定代理人
窪田守雄
同
岩井明広
同
山岡秀博
同
山畠賢造
同
渡辺賢爾
右当事者間の休業補償不支給処分取消請求控訴事件について当裁判所は次のとおり判決する。
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
一 控訴代理人は「原判決を取り消す。被控訴人が控訴人に対し昭和五五年九月一一日付けでなした労働者災害補償保険法による休業補償給付を支給しないとの処分を取り消す。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。
二 当事者双方の主張並びに証拠の提出、援用、認否は、次に付加するほかは、原判決事実摘示並びに原審及び当審における書証目録及び原審における証人等目録記載のとおりであるから、これをここに引用する。
1 控訴代理人において「控訴人は、昭和五二年七月一八日本件負傷を受ける前においては、現在のような精神的疾患はなかったのであり、右疾患は右負傷との間に相当因果関係があり、業務起因性が存在する。」旨陳述した。
2 被控訴代理人において「控訴人が本件負傷前においてその主張の疾患があったことは知らない。その余の主張事実は否認する。」と陳述した。
理由
一 当裁判所は控訴人の本訴請求を棄却すべきものと判断する。その理由は次のとおり付加、訂正するほかは原判決理由説示のとおりであるから、これをここに引用する。
1 原判決七枚目中、表二行目「第五号証」の次に「(第二号証は原本の存在とも)」を、同三行目「一、二、」の次に「「不支給」との記載部分を除き成立に争いがなく、その記載部分につき弁論の全趣旨により真正に成立したものと認める乙第一号証の一、」を、同五行目「結果」の次に「及び弁論の全趣旨」を、それぞれ、加える。
2 原判決八枚目裏二行目〔労判四八〇号49頁1段21行目―編注〕中、「これを不服として、」の次に「同年一〇月六日」を加える。
3 原判決一三枚目表一〇行目冒頭から一五枚目表五行目末尾まで〔同50頁2段20行目~4段17行目〕を次のとおり改める。
「およそ、控訴人の精神分裂病が業務上の疾病であるというためには、右疾病と業務との間に相当因果関係がなければならないのであるが、その前提として、右疾病と業務との間に事実上の因果関係がなければならず、また業務と疾病との間に負傷が介在するときには、業務と負傷との間のほかに負傷と疾病との間にも事実上の因果関係が存しなければならないことはいうまでもない。
ところで、本件においては、控訴人の本件負傷と精神分裂病との間に直接の因果関係を認めるに足りる証拠はない。控訴人は、本件負傷前には精神的疾患はなかったのであるから、控訴人の現在の精神的疾患は本件負傷によるものである旨主張するが、仮に控訴人が本件負傷前に精神的疾患がなかったとしても、このことからただちに、前示の因果関係を認めることはできず、右主張は採用することができない。また、(証拠略)によれば、浜田医師は控訴人の本件負傷と心因反応との間に因果関係がある旨の診断をしていることが認められるのであるが、これらの書証を同医師の診断を記載した(証拠略)と対比するときは、同医師は、負傷と心因反応との間に直接の因果関係があるとしたものではなく、将来に対する生活不安、不眠などを介して負傷と心因反応との間の因果関係があるとしたものであるから、(証拠略)は、前示の直接の因果関係を認める資料とはなしえない。しかも、控訴人が精神分裂病を発病したのは、負傷後約一年を経過した後のことであり、精神分裂病が負傷によるショックによって誘発される例は多くないことは前示認定判断したとおりであるから、控訴人の本件負傷と精神分裂病との間に直接の因果関係があると推認することもできない。
もっとも、前記のとおり、精神分裂病は患者にその自我をゆるがせるような体験があり、これが精神的誘因となって発病することもあると考えられており、将来の生活に対する不安も右体験の一つということができるというのであるから、本件負傷によって右のような体験をし、その体験によって精神分裂病が生じたとするのであれば、本件負傷と精神分裂病との間に事実上の因果関係を肯定することができる。ところが、控訴人において本件負傷後右のような体験をしたことを認めるに足る証拠はない。(証拠略)によれば、釜石精神病院に勤務していた浜田医師は、「控訴人が本件負傷により、将来どうなるかなどの不安感から不眠を来し、心因反応を生じたのである」旨の判断を示していることが認められるのであるが、その「心因反応」との診断が採用できないことは前記認定判断のとおりであるばかりでなく、(証拠略)によれば、同病院の診療録には、医師が控訴人又はその両親から控訴人において将来の生活に不安を感じたことその他その自我をゆるがせるような体験をした旨を聴取したことを窺うに足る事項の記載はなく、昭和五四年一二月七日の欄には、東洋電業からの問合せの電話に対し、医師が本件負傷と心因反応との因果関係は不明であると返答をした旨及び心因反応としたが調べれば外傷性神経症も考えられる旨の記載のあることが認められるのであって、前記の浜田医師の判断があることをもって、控訴人に前記のような体験があったとすることはできない。なお、(証拠略)のうちには、「控訴人が負傷部位への不安や同僚、担当医の死亡、本件事故による恐怖心から不眠を生じた」旨の記述があるが、これのみをもってしては、控訴人に精神分裂病の誘因となるべき前記の体験をしたことを認めることはできない。
以上のほか、当事者双方の提出、援用する全立証をもってしても、控訴人がいかなる原因によって精神分裂病に罹患するに至ったかを定めることはできず、また前記のとおり精神分裂病の原因は医学上も未だ解明されていないというのであるから、何らかの原因を推定することもできないのである。のみならず、前記認定の事実によれば、控訴人が本件負傷当時従事していた業務は出荷係として鋼管をトラックに積み込む作業であり、本件事故は控訴人が吊荷と積荷との間にはさまれたというものであり、負傷は前歯二本欠損、左大腿骨開放骨折等の傷害であって頭部に傷害はなかったというのであるから、控訴人の業務又は本件事故ないし負傷と精神分裂病との間に相当因果関係があると認めることはできないものといわざるをえない。」
二 よって、控訴人の本訴請求を棄却した原判決は相当であって、本件控訴は理由がないから、民訴法三八四条によりこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき同法九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 柳川俊一 裁判官 三宅純一 裁判官 林醇)