東京高等裁判所 昭和62年(ネ)1757号 判決 1988年10月24日
昭和六二年(ネ)第一七五七号事件控訴人、同年(ネ)第一七四七号事件被控訴人(以下「第一審原告」という。)
金子物産株式会社
右代表者代表取締役
金 子 昌 夫
右訴訟代理人弁護士
津 田 玄 児
同
安 藤 朝 規
昭和六二年(ネ)第一七四七号事件控訴人、同年(ネ)第一七五七号事件被控訴人(以下「第一審被告」という。)
国
右代表者法務大臣
林 田 悠紀夫
右指定代理人
遠 山 廣 直
同
町 田 弘 文
同
三 谷 和 久
昭和六二年(ネ)第一七五七号事件被控訴人(以下「第一審被告」という。)
東京都
右代表者知事
鈴 木 俊 一
右指定代理人
小 林 紀 歳
同
小 沼 文 和
主文
第一審原告及び第一審被告国の控訴をいずれも棄却する。
第一審原告の控訴により生じた訴訟費用は第一審原告の、第一審被告国の控訴により生じた訴訟費用は第一審被告国の、各負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 第一審原告
1 原判決を次のとおり変更する。
第一審原告に対し、第一審被告国は金二九四〇万円、第一審被告東京都(以下「第一審被告都」という。)は金九八〇万円、及びこれらに対するいずれも昭和五八年六月一〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 第一審被告国の控訴を棄却する。
3 訴訟費用は第一、二審とも第一審被告らの負担とする。
二 第一審被告国
1 原判決中第一審被告国の敗訴部分を取り消す。
2 第一審原告の第一審被告国に対する請求を棄却する。
3 第一審原告の控訴を棄却する。
4 訴訟費用は第一、二審とも第一審原告の負担とする。
三 第一審被告都
第一審原告の控訴を棄却する。
第二 当事者双方の主張及び証拠関係
次のとおり付加、訂正するほかは、原判決事実摘示並びに当審記録中の書証目録及び証人等目録の記載と同一であるから、これを引用する。
一 原判決五枚目裏二行目の「同年五月二九日」を「同年五月二六日」と改める。
二 原判決九枚目裏四行目の次に行を改めて次のとおり加える。
「なお、不動産の現実の所有者を確認するためには、登記簿の閲覧だけでなく、固定資産税を納税しているか否かの調査が重要である場合もある。固定資産税は当該不動産所在地を管轄している市区町村等が当該不動産の所有者に対し課税するものであるから、納税者は当該不動産の真実の所有者と考えてほぼ間違いない。その意味で、本件両土地の固定資産課税台帳に所有者として藤田が記載されたことは、第一審原告にとって本件両土地の所有者が藤田であると信ずるにつき決定的であった。更に、固定資産課税台帳に不実記載がなされず真実の権利関係等が記載されていたならば、容易に登記簿原本が偽造されたことが判明し、第一審原告が藤田に九八〇万円を貸し付けることはなかった(また、永興産業と藤島住宅が本件両土地の買受けの意思を表示することもなかった。)のであるから、都税事務所の担当官の過失と第一審原告の九八〇万円の損害との間に因果関係が存在することは明らかである。」
三 原判決一一枚目裏七行目の末尾に「更に、職員に対しては、手洗いに立つときは閲覧場所を通っていくよう指導、要請していた。」と加える。
四 原判決一三枚目裏四行目の次に行を改めて次のとおり加える。
「また、偽造された登記簿の記載内容を見ると、原判決添付物件目録一記載の土地については、梶隆蔵から梶光伸に昭和五六年四月二八日受付をもって昭和五四年八月五日相続を原因とする所有権移転登記がなされ、その後昭和五六年九月四日受付をもって同年八月三〇日売買を原因として藤田に所有権移転登記がなされているのに対し、同目録二記載の土地については、梶隆蔵から直接に同じく同年九月四日受付をもって同年八月三〇日売買を原因として藤田に所有権移転登記がなされているのであって、右両者の登記簿の記載内容は明らかに不自然であるのに、第一審原告は、これらを注意して検討することなく貸付けを行ったものである。」
五 原判決一八枚目表一〇行目の次に行を改めて次のとおり加える。
「更に、固定資産課税台帳に登録される所有者名義は、地方税法三八二条に基づき登記所からの通知により登録されるものであるから、登記簿上の所有者名義について変更の手続がとられていなければ、当該不動産の新所有者名義が固定資産課税台帳に登録されることは一般にあり得ない。また、これとは逆に、登記簿上新たな所有者名義への変更の手続がとられたとしても、固定資産課税台帳にその新たな所有者名義が登録されるまでには、事務手続上、ある一定の期間を要することになり、この期間中は登記簿と固定資産課税台帳の所有者名義が異なることになる。
それゆえ、固定資産課税台帳に登録された納税者が当該不動産の真の所有者であるとは必ずしもいい得ないものであるから、右課税台帳に基づいて発行される固定資産課税台帳登録証明書も、前記のとおり、当該不動産の真の所有者を証明するための資料として利用されているものではない。」
六 原判決二〇枚目裏一〇行目の「主張は否認する。」を「主張は争う。」と改め、その次に行を改めて次のとおり加える。
「第一審被告国は、第一審原告が一九六〇万円を貸し付けるに当たり藤田と名乗る男について本人確認の措置をとらなかったと主張するが、そもそも藤田と名乗る男がたとい藤田本人であったとしても詐欺の被害は免れないのであるから、本人確認の意味はない。また、この点は別としても、第一審原告は、かねて取引のあった半田からこの者が藤田本人であると紹介されているし、運転免許証以上に確実な本人確認の手段である印鑑登録証明書の交付を受けているのであるから、それ以上に本人かどうかを確かめる注意義務はない。
更に、本件両土地は抵当権等が設定されていない更地にもかかわらず銀行融資を受けずに借金を申し入れている事情等についても、銀行融資は銀行取引を前提とするものであって、だれでも受けられるというものではなく、本件のように土地を換金処分するまでのつなぎ資金を得るために金融業者を利用することは珍しくないのであるから、それ以上、動機その他借主側の事情を問いただす注意義務はない。
次に、九八〇万円の貸付けについては、第一審原告は、第一審被告らの指摘するような不審、不自然な状況を踏まえて、本件両土地の固定資産課税台帳登録証明書を取り寄せ、間違いなく藤田が本件両土地の所有者であることを再度確認しているのであり、登記簿及び固定資産課税台帳の双方がそろって偽造されることはまずあり得ないことであるから、本件両土地の所有者が藤田であると確信するに至ったものである。
したがって、第一審原告には、第一審被告らの主張するような相殺されるべき過失はない。
七 第一審被告国の当審における補足的主張
1 登記官の職務行為に関する国家賠償法上の過失の存否を判断するに当たっては、当該職務行為の内容、性格及び当該具体的に職務の実情に照らし、当該登記官の具体的に期待し得る内容の注意義務を基準とするのが相当であり、その際には、特に当該登記所における繁忙の程度及び迅速な事務処理の必要性が考慮されるべきである。登記簿の閲覧監視義務についても、登記官としては、人的、物的、場所的な諸制約の中で社会通念に照らして是認され得る監視を実施しておれば、法的な懈怠を問われるものではない。その範囲を超えた厳重な閲覧監視義務を基準として過失の存否を判断するのは、登記官に不可能な義務の履行を強いるものであって、不当である。
2 そこで、東京法務局城北出張所の繁忙の程度について見るに、同出張所における昭和五七年度の不動産登記、商業登記、その他の登記の甲号事件の総件数は一一万二二八六件、総個数は一八万八三八九個であり、また、同年度の謄本交付、抄本交付、閲覧、証明、印鑑証明等の乙号事件の総件数は二六五万六〇六三件であり、これを所長以下四三名で処理しているのであって、同出張所は東京法務局管内でも最も繁忙な庁である。そして、同出張所三階における足立区の不動産登記簿の閲覧申請件数は、一日当たり五〇〇ないし六〇〇件くらいとなり、これに謄本、抄本交付申請に対する処理を加えると、これらを担当する権利第四係(認証係官一名、受付一名、簿冊搬入搬出係三名)は多忙を極めていたことが明らかである。
また、不動産登記簿の閲覧は、不動産登記の公示の要請に基づく基本的な制度であって、より多くの人の閲覧に供せられるよう迅速に処理する必要があり、謄本、抄本の交付申請も同様に迅速、的確な処理が要請されている。
3 そして、本件偽造が行われた当時の同出張所における不動産登記簿閲覧の監視状況は前記(原判決摘示「請求原因に対する認否」1(四))のとおりであって、右のような事務の繁忙状況及び迅速な事務処理の必要性をも考慮すると、登記官に社会通念上要求される監視態勢は十分にとられていたというべきであり、これ以上に例えば専門の監視員を配置するようなことは、予算、定員上のみならず社会経済上も不可能であった。
4 一方、本件の登記簿原本の抜取りの態様について見ると、実務において数冊の登記簿冊の公図を複数の者が同時に閲覧申請することは決して珍しいことではなく、登記簿、公図の大きさ、利用方法、閲覧用の机の大きさ等からすれば、登記簿冊を下にして公図の調査をすることも格別奇異な行動ではない。そのほか、本件の抜取りの態様は、登記簿の閲覧上、何ら不審な行動を伴ってはいない。
結局、本件の抜取りは、巧妙に計画され瞬時に敢行された(バインダーから登記簿原本を抜き取るには数秒と要しない。)ものであって、登記官をして何らの疑念を抱かしめるものではなく、仮に専門の監視員を一人や二人配置し得たとしても、また、担当の係を増員したとしても、これを防止することは著しく困難であったというべきである。
5 以上の点にかんがみると、本件においては、登記官に登記簿の閲覧監視義務違反の過失があったということはできない。
理由
当裁判所も、原審と同じく、第一審原告の第一審被告国に対する本訴請求は、原判決が認容した限度で理由があるから認容すべきであるが、その余は失当であって棄却すべきであり、第一審原告の第一審被告都に対する本訴請求はすべて失当であるから棄却すべきであると判断するものである。そして、その理由は、次のとおり付加、訂正するほかは、原判決理由説示と同一であるから、これを引用する。
一原判決二三枚目裏一〇行目の「登記申請書」を「登記済証」と、原判決二四枚目裏七行目の「貸し渡し」を「貸金名義で交付し」と、原判決二五枚目表二行目の「印鑑証明」を「印鑑登録証明書」と、同三行目の「評価証明」を「固定資産課税台帳登録証明書」と、それぞれ改める。
二原判決二五枚目裏一〇行目の「藤田の所有である」の次に「(少なくとも藤田らにおいて処分する権限を有している)」と加える。
三原判決二六枚目裏一、二行目の「昭和四六年三月一五日法務省民事局長通達民事甲第五五七号」を「昭和五二年九月三日法務省民事局長通達民三第四四七三号」と改める。
四原判決二七枚目表一、二行目の「閲覧場所を登記官の面前の常時監視できる場所に設置し、」を「閲覧場所を登記官の面前の常時監視できる場所に設置するなど、適切な監視態勢をとることにより、」と改める。
五原判決二七枚目表九、一〇行目の「並びに証人小室重信(以下「小室」という。)の証言」を「、昭和六二年九月一〇日当時の東京法務局城北出張所内の写真であることに争いのない乙第一三号証の一ないし一一並びに原審証人小室重信(以下「小室」という。)及び当審証人白藤公男の各証言」と改める。
六原判決二八枚目表四行目の末尾に「また、職員に対しては、手洗いに立つときは閲覧場所を通っていくようにとの指導、要請もなされていた。」と加える。
七原判決二八枚目裏三行目の「その利用を極力要請していた。」を「その利用を要請してはいたが、実際には右のロッカーは余り利用されておらず、筆記用具以外の物の閲覧場所への持込みは事実上黙認されといた。」と改める。
八原判決二八枚目裏八行目の「第二号証」の次に、「、成立に争いのない乙第一四号証の一ないし三」を加え、同九行目の「三〇〇件」を「五〇〇件」と改める。
九原判決二九枚目裏九行目ないし末行の括孤内を「弁論の全趣旨によれば、横六〇センチメートル、縦五〇センチメートルの大きさであることが認められる。」と改める。
一〇原判決三〇枚目表四、五行の「監視が必ずしも十分にゆき届かない位置にも閲覧机を置いたままにして十分な監視を怠った過失」を「監視が必ずしも十分に行き届かない位置にも閲覧机を置いたままにしていたなど、適切な監視態勢をとることを怠った過失」と改める。
一一原判決三三枚目裏六行目の次に行を改めて次のとおり加える。
「なお、藤田と名乗る男がたとい藤田本人であったとしても詐欺の被害を免れるものでないことは、第一審原告の主張するとおりであるが、この種詐欺事件においては本件のように契約当事者を偽ることが少なからずあり、少なくともそのような場合においては本人確認の手段を講ずることによって損害を未然に防止することが可能である。また、印鑑登録証明書は、本人確認の一つの有力な手段ではあるが、盗用、印鑑登録カードの冒用等によって本人以外の者でも入手することが可能であるから、万全なものとはいい難く、特に本件のように一九六〇万円もの大金を貸し付ける場合には、写真によって端的に同一性を確認することのできる運転免許証その他の手段により、一層慎重に本人確認の措置をとるべきであった(原審における第一審原告代表者尋問の結果により認められる、半田と第一審原告との従前の関係にかんがみると、半田からの紹介も必ずしも十分な本人確認の手段であるとは認め難い。)。」
一二原判決三四枚目表七行目の次に行を改めて次のとおり加える。
「そのほか、第一審被告国は、偽造された登記簿の記載内容が不自然であるのに、第一審原告はこれらを注意して検討することなく貸付けを行ったものであると主張する。確かに、原判決添付物件目録一記載の土地の登記簿によれば昭和五四年八月五日に死亡したことになっている梶隆蔵が、同目録二記載の土地の登記簿では昭和五六年八月三〇日付けの売買により直接藤田に同土地の所有権を移転したことになっているのであるが、不動産登記は専門的、技術的な面を有するうえ、登記簿の記載が実体的な権利変動の態様、過程と必ずしも一致するものでないことは一般的な認識となっていると考えられるから、不動産登記に通暁しない者が右のような登記簿の記載内容に不審な感を抱かなかったからといって異とするに及ばない(現に、成立に争いのない乙第八ないし第一〇号証によれば、右の各登記簿謄本を見た者は不動産業者などかなりの数に上るのに、右の点に疑問を持った者は司法書士のみであることが認められる。)。」
一三原判決三六枚目表末行の末尾に「なお、第一審原告は、後記のとおり、九八〇万円の貸付けを行うに先立って、所有権移転登記手続のため半田に本件両土地の固定資産課税台帳登録証明書を持って来させ、同証明書においても所有者名義が藤田となっていることを確認しているのであるが、たとい登記簿や固定資産課税台帳が偽造されたことにまで思いが及ばないとしても、右(一)ないし(六)の認定事実に照らすと、第一審原告としては、単に公の書類上の所有者名義人を確かめるだけでなく、所有者名義人とされている藤田に真実本件両土地の所有権ないしは処分権限があるかどうかについて不審の念を持ち、十分な調査をして然るべきであったと考えられる。」と加える。
一四原判決三七枚目裏三行目の次に行を改めて次のとおり加える。
「一方、成立に争いのない甲第三九号証及び弁論の全趣旨によれば、一般の不動産取引においては、固定資産課税台帳登録証明書が不動産の所有関係を確認するための一つの補助的な手段として利用されていることが認められるが、前記のとおり、本来固定資産課税台帳は不動産の権利関係を公示するために備え付けられているものではなく、同登録証明書も右の関係を証明するために交付されているものではないから、仮に、固定資産課税台帳及び同登録証明書に不実の権利関係の記載がなされ、これを真実と誤信したために損害を被ったとしても(なお、本件においてはこのような事実上の因果関係も認め難いことは、後記のとおりである。)、両者の間に相当因果関係は存在しないというべきである。」
一五原判決三七枚目裏七行目の「印鑑登録証」を「印鑑登録証明書」と、原判決三八枚目表七、八行目の「原告代表者尋問及びこれにより真正に成立したものと認められる甲第三二号証」を「原審における第一審原告代表者尋問の結果及びこれにより原本の存在とその真正な成立が認められる甲第三二号証」と、それぞれ改める。
一六原判決三九枚目表二、三行目の「固定資産課税台帳の偽造がなされたという事実の有無にかかわらず」の次に、「(固定資産課税台帳に不実記載がなされず、その所有者名義が登記簿上の前所有者である梶光伸又は梶隆蔵のままとなっていたとしても、一般に、直ちに不審の念を抱くものではないと考えられる。)」と加える。
一七第一審被告国の当審における補足的主張について
不動産に関する権利関係等を公示し、不動産取引の安全と円滑を図るという不動産登記制度の果たすべき役割の重大性にかんがみると、登記簿の管理が厳重かつ慎重な注意の下になされなければならないことはいうまでもなく、この要請は、事務の繁忙や迅速な事務処理の必要性を理由としていささかも軽減されるものではない。そして、登記官は、前記(原判決理由説示五項)のとおり、登記簿を閲覧させるに当たっては、閲覧場所を登記官の面前の常時監視できる場所に設置するなど適切な監視態勢をとることにより、閲覧者が登記簿の偽造などをしないように厳重に監視すべき注意義務を負っているといわなければならない。しかし、もとより法は不可能な義務の履行を要求するものではなく(例えば、多数の閲覧者の一挙手一投足を常時監視するようなことは、実際上不可能であり、法の要求するところではない。)、国家賠償法一条一項の過失の存否を判断するに当たっては、以上のような一般的な要請を前提としながらも、当該個別的、具体的な状況の下において最善、適切な監視態勢がとられ、監視義務が尽くされたかどうかを検討すべきであると考えられる。
これを本件について見るに、前記のとおり、半田らが登記簿を抜き取った机は、三階事務室の責任者である総括第一登記官の方からは見えにくい位置にあって、監視が必ずしも十分に行き届いていなかったものであるうえ、閲覧場所の巡視は、本件事故発覚後に行われるに至ったものと比較して、当時は十分になされていたとはいい難いし、筆記用具以外の物の閲覧場所への持込みも、ロッカーが設置されていたものの余り利用されておらず、事実上黙認されていた状態にあった(昭和六二年九月一〇日当時の東京法務局城北出張所内の写真である前掲乙第一三号証の一ないし四によれば、右撮影当時は、鞄等の閲覧場所への持込みがむしろ常態となっており、閲覧中にこれらを閲覧机の上に置いておくことさえ特に禁じられていなかった事実が認められるが、このことからも本件事故当時の状態が窺知される。)。また、当審証人白藤公男の証言によれば、閲覧者の大半は信用性の高い司法書士あるいはその事務員等であって、登記所の職員と面識のない者は閲覧者のごとく一部にすぎないことが認められるのであるから、例えば、閲覧席を司法書士等の一般の者とに分け、後者については監視を強化するというような措置をとることも、事故の発生防止に効果的であると考えられるのに(このような監視態勢をとっている登記所があることは、当裁判所に職務上明らかである。仙台高等裁判所昭和六三年一月二七日判決・判例時報一二六七号四四頁参照)、本件の東京法務局城北出張所においてこのような措置をとるなど、前記のような監視態勢の不備を補うための努力がなされた形跡は認められない。
そして、前記のような監視態勢の不備を是正する措置等は、いずれも本件事故当時の同出張所の人的、物的な条件の下において実施が可能なものであり、また、これらを実施したとしても本来の事務の処理に特に支障が出るとも考えられない。一方が半田らによる登記簿の抜取り等は計画的かつ巧妙に行われたものであって、右の措置等は個々的には直ちにその防止に結び付くものではないとしても、右の措置等が実施され適切な監視態勢がとられていれば、右の抜取り等を発見し、あるいは、これを抑止することが必ずしも不可能であったとは認められない。
そうすると、本件においては、事故当時の具体的な状況の下において講じ得る手段を尽くして最善、適切な監視態勢がとられていたとは認められず、担当の登記官に登記簿の閲覧監視義務違反の過失があったことを否定することはできない。
以上によれば、原判決は相当であり、第一審原告及び第一審被告国の控訴はいずれも理由がないからこれらを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官森 綱郎 裁判官小林克已 裁判官河邉義典)