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東京高等裁判所 昭和62年(ネ)2794号 判決 1989年11月22日

控訴人(反訴被告) 甲野一郎

被控訴人(反訴原告) 乙野花子

主文

原判決を取り消す。

控訴人と被控訴人とを離婚する。

控訴人は被控訴人に対し金2500万円及び内金1500万円に対する平成元年7月29日から完済に至るまで年5分の割合による金員を支払え。

被控訴人のその余の反訴請求を棄却する。

訴訟の総費用はこれを3分し、その1を控訴人の、その余を被控訴人の負担とする。

事実

一  控訴代理人は、本訴につき「原判決を取り消す。控訴人と被控訴人とを離婚する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」旨及び予備的申立て棄却の判決を、反訴につき請求棄却の判決を求め、被控訴代理人は、本訴につき控訴棄却の判決及び予備的申立てとして「控訴人は被控訴人に対し財産分与として金4000万円を支払え。」との判決を、反訴につき「控訴人は被控訴人に対し金3000万円及びこれに対する平成元年7月29日から完済に至るまで年5分の割合による金員を支払え。訴訟費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

二  当事者双方の主張は、次の三及び四を付加するほか、原判決事実摘示のとおりであり、証拠に関する事項については訴訟記録中の調書の記載のとおりであるから、これらを引用する。

三  被控訴人の主張

1  特段の事情の存在

本件上告審判決は、「相手方配偶者が離婚により精神的・社会的・経済的に極めて苛酷な状態におかれる等離婚請求を認容することが著しく社会正義に反するといえるような特段の事情」の有無につき更に審理を尽すべき旨を判示して、本件を当審に差し戻した。ところで、本件においては、次のとおり右の特段の事情が存在する。

(一)  控訴人は、虚言を弄して被控訴人の名誉を毀損するなど、目的のために手段を選ばない訴訟活動を行つている。

これは本件の著しい特色であつて、本件上告審判決にいう「離婚により精神的・社会的・経済的に極めて苛酷な状態におかれる」か否かの判断を待つまでもなく、既にこの点のみで、「離婚請求を認容することが著しく社会正義に反する」というべきである。

(1) 控訴人による虚偽事実の主張とその立証活動

イ 控訴人は、本件上告審に至るまでにも、種々の虚偽主張・虚偽立証を行つた。

ロ 右の点もさることながら、控訴人の次の主張・立証は特に許し難いものである。

<1> 控訴人の南方従軍中に被控訴人が不貞を犯した旨主張したこと。

<2> 控訴人と別居した後被控訴人が多くの男と関係した旨主張したこと。

<3> 右<1>の立証として、控訴人の実妹B子をして「被控訴人が浮気をしているのではないかと思つた」旨の証言をさせ、控訴人も当審における本人尋問において右<1>の事実を実父母から聞いた旨供述していること。

(2) 右主張・立証に係る事実は虚偽である。

イ 右<2>の事実については、控訴人は何らの証拠も提出しておらず(控訴人の供述さえ存在しない。)、事実無根である。

ロ 右<1>の事実についても、本件訴訟において初めて主張されたものであつて、当事者間の東京地方裁判所昭和26年(タ)第42号離婚請求事件(前訴)においても主張していない。控訴人は南方従軍中に実父母からの手紙によつてこの事実を知つていたと述べ、B子も右同様の証言と復員した控訴人に父母から右事実が告げられた旨証言しているが、もしそうであれば、前訴において主張・立証しないはずはない。被控訴人はこの事実を強く否認し、当審において、<イ>控訴人従軍中の留守宅に将校を間借りさせたのはB子が同居していた期間である、<ロ>昭和18年の同女の婚姻に際して嫁入り道具の準備などに尽力したとして控訴人の両親から感謝され、結婚式にも出席している、<ハ>昭和19年には控訴人の両親からの連絡で、両親の居住する北海道富良野へ出掛けて歓待されている、<ニ>控訴人が復員した後は周囲も羨む仲の良い夫婦として幸せな日々を過ごした、<ホ>控訴人の実兄C男は、被控訴人を何ら非難することなく、むしろ被控訴人に対しわびる態度を示し、丙野月子を非難する態度を見せていたなどと具体的に供述しており、これに対する控訴人側からの反証はないのであるから、控訴人の供述やB子の証言が虚偽であることは明らかである。

(3) 控訴人の訴訟活動を考慮すると、本訴請求を認容することは著しく社会正義に反することとなる。

イ 控訴人の右(1)の主張・立証活動は訴訟における信義則にもとるばかりか、公開の法廷における故意の虚偽主張・虚偽立証であつて、名誉毀損罪に該当し、民法上の不法行為を構成する。

ロ 控訴人は、昭和24年に不貞行為をし、被控訴人を遺棄して約40年間、精神的、物質的を問わず何らの謝罪、慰籍の措置をも講ぜず、前記のとおり手段を選ばず、不法行為を犯してまで訴訟の結果を有利に導こうとする態度は許されず、この事実のみによつて、「離婚請求を認容することが著しく社会正義に反するといえるような特段の事情」に該当する。

(二)  被控訴人は、離婚により精神的・社会的・経済的に極めて苛酷な状態に置かれる。

(1) 控訴人は、離婚が認められれば、丙野月子と婚姻する意向である。被控訴人は、控訴人ともとの同棲生活について、甲野一郎の妻は自分であるとの自負により辛くも耐えて今日に至つた。離婚請求の認容により、被控訴人は最後の自負をも奪われ、精神的に苛酷な状態に置かれる。

(2) 控訴人の強度の背信性が明らかであるから、被控訴人の意思に反して離婚を認めるべきでない。

<1>控訴人は、本件上告審判決後においても、前記(一)のとおり不法行為を敢行し、被控訴人に対して更に精神的苦痛を与えていること、<2>控訴人には破綻した婚姻関係の調整や整理につき真剣な努力の跡がうかがえないこと、<3>控訴人は、別居中の○○町の被控訴人方あるいはその後被控訴人が身を寄せた実兄方から物品を持ち去る行為をしていたこと、<4>被控訴人は高齢であり、同じく高齢でさしたる資産・収入のない実兄夫婦の許に身を寄せており、自らの収入も年間110万円余の年金のみという経済的に不安定な境遇にあることなどの事情があつて、控訴人に強度の背信性が存し、それが増大していることは、「特段の事情」に当たるというべきである。

2  予備的申立ての理由

本件離婚請求が認容される場合には、被控訴人は、仮定的予備的に財産分与の申立てをする。

(一)  共有財産の清算として2000万円

(1) 別居当時に存し、夫婦共同して取得した財産は次のとおりである。

イ 文京区○○町所在の建物(昭和24年当時24万円)

ロ 豊島区○△×丁目の宅地二筆(昭和27年の購入価格合計13万2000円)及び地上建物(昭和27年当時の評価額82万6000円)の購入、建築資金、この土地、建物は月子名義になつているが、北区○×町に控訴人名義で所有していた宅地75坪の売却代金等によつて購入、建築したものであつて、控訴人の所有物であつた。

ハ 相当多額の現金

ニ 株式(別居当時の額面で合計6万9500円)

(2) 控訴人は右のうちイのみを被控訴人に与えた。しかし、ロないしニを考えると十分な財産分与とはいえない。そこで、共有財産の清算として相当な金額を考えると、2000万円を下回ることはない。

(二)  離婚後の生活費として900万円

(1) 離婚に際しては、相手方当事者の扶養的要素を重視し、現在のあるべき婚姻費用分担額を基礎にして平均余命を参考にして金額を算定し、これを財産分与として給付を命ずべきものである。

(2) 被控訴人について、現在のあるべき婚姻費用分担額は月額10万円を下回らない。

(3) 被控訴人は現在71歳で、平均余命は10.57年である。そこで、年額120万円に、平均余命10年に対応するライプニツツ係数7.7217を乗じると926万6040円となる。

100,000×12×77,217 = 9,266,040

被控訴人は右のうち900万円を請求する。

(三)  婚姻費用分担義務不履行分の清算として2900万円

(1) 控訴人は、現在さしたる収入がないと主張するが、株式会社○○、株式会社○△及び有限会社○×の代表者であり、有限会社○×は○○に土地(前記(一)(1)(ロ)の土地であつて月子名義から所有権移転登記をしたもの)、建物を所有し、現在約3億円をかけてビル建築中であるなどの事実に照らし、真実ではない。

(2) そこで、勤労者世帯の平均実収入を基礎とし、扶養すべき者が被控訴人のほか養子2名、実子2名の5名であること、いわゆる労研方式により各人の消費単位に対応して各人の生活費を計算すると、被控訴人の婚姻費用が算出され、昭和24年から昭和62年までの婚姻費用の合計は2992万9996円となる。

よつて、控訴人は被控訴人に対し2992万9996円の支払義務があるから、被控訴人はそのうち2900万円を請求する。

(四)  以上合計5800万円のうち、控訴人は4000万円の支払を請求する。

3  反訴請求の原因

(一)  不貞行為

(1) 控訴人は昭和23年丙野月子と情交を結び、そのために被控訴人との婚姻関係を破綻させた。

(2) 控訴人の不貞行為は、<1>その相手方である丙野月子が控訴人と被控訴人の養子である春子と夏子の実母であること、<2>不貞行為を反省、中止するどころか、丙野月子とともに被控訴人に離婚を強要したこと、<3>被控訴人が離婚を拒否し、同意しないことが判明すると、控訴人は昭和24年8月被控訴人を棄てて丙野月子と同棲生活に入り、その後同女との間に2人の子をもうけて認知届をしており、これらの事情を考慮すると、背信性が極めて強いものである。

(3) 控訴人は昭和26年被控訴人に対して離婚請求訴訟を提起し、昭和29年2月に敗訴した。

(4) 控訴人は、右敗訴判決確定後も、被控訴人に対し何らの精神的、物質的慰籍の措置を講じないまま、今日まで約40年余にわたつて丙野月子との関係を継続してきた。

(5) 以上の事実は、控訴人の被控訴人に対する継続的不法行為を構成するものであり、被控訴人が受けた精神的苦痛による損害は1500万円を下回ることはない。

(二)  悪意の遺棄

(1) 控訴人は昭和24年8月丙野月子と同棲するため、被控訴人を遺棄した。

(2) 控訴人は被控訴人に対し東京都文京区○○町の建物1棟を給付したのみで、何らの経済的給付もせず、今日まで約40年間にわたつて遺棄を継続している。

(3) 以上の事実は、控訴人の被控訴人に対する継続的不法行為を構成するものであり、被控訴人が受けた精神的苦痛による損害は1300万円を下回ることはない。

(三)  名誉毀損又は侮辱行為

(1) 控訴人は公開の法廷において、前記被控訴人の主張1(一)(1)ロの<1>ないし<3>の主張、立証をし、もつて、虚偽の事実を摘示して被控訴人の名誉を毀損し、又は公然侮辱した。

(2) 右行為は、控訴人の被控訴人に対する不法行為を構成するものであり、被控訴人が受けた精神的苦痛による損害は200万円を下回ることはない。

(四)  よつて、被控訴人は控訴人に対し不法行為による損害賠償として合計3000万円及びこれに対する不法行為の日の後であり、反訴状送達の日の翌日である平成元年7月29日から完済に至るまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。

四  控訴人の認否等

三1(一)(1)のうち、<1>ないし<3>は認め、その余は否認する。(2)のうち、<1>の事実が本訴において初めて主張されたことは認め、その余は否認する。(3)は否認する。同(二)は否認する。

2の(一)のうち、(1)イの事実、(2)のうちイの建物を被控訴人に与えたことを認め、その余の(一)の事実は否認する。(二)、(三)は否認する。

3のうち、(一)(1)の控訴人が昭和23年丙野月子と情交を結んだこと、(2)のうち、控訴人が昭和24年8月丙野月子と同棲生活に入り、その後同女との間に2人の子をもうけて認知届をしたこと及び(3)の事実は認め、その余の(一)の事実は否認する。(二)(2)のうち、控訴人が被控訴人に対しその主張建物を結付したことは認め、その余の(二)の事実は否認する。(三)(1)のうち、控訴人が<1>ないし<3>の主張、立証したことは認め、その余の(三)の事実は否認する。

なお、被控訴人は昭和24年5月に控訴人所有の○○町の住宅を無断で処分して実兄A男宅に身を寄せたので、控訴人は丙野月子宅に同居せざるを得なくなつたものであり右同居は昭和58年11月3日までであつて、その後の同女のことは知らない。また、控訴人は、二男三郎とは昭和57年11月末以降何の接触もない。控訴人の設立した△△株式会社も内容は零であり、控訴人が代表取締役又は取締役をしている有限会社○×その他の会社からの給料も薄給又は無給である。

理由

一  控訴人の離婚請求について

1  控訴人は、自己が南方に従軍していた間に被控訴人が不貞を犯し、後に控訴人がこれを知るに及び婚姻関係の破綻が始まつた旨主張し、当審において証人B子と控訴本人は右主張に副う供述をするけれども、一方、乙第2号証(判決謄本)及び弁論の全趣旨によれば、控訴人・被控訴人間の前訴離婚請求訴訟(東京地方裁判所昭和26年(タ)第42号)において右不貞行為は離婚原因とされておらず、本訴において突如として主張されたものであることが明らかであり、この事情と原審及び当審における被控訴本人の供述とに照らし、控訴人の主張に副う前記供述部分はにわかに措信し難く、その他右主張を認める証拠はない。

2  控訴人と被控訴人との婚姻の経緯等については、原判決理由一(同判決書5丁表6行目から9丁表3行目まで)に説示するとおりであるからこれを引用し、甲第1号証の1(戸籍謄本)によれば、控訴人は明治45年3月27日生まれ、被控訴人は大正5年6月20日生まれであること、当審における控訴本人の供述によれば、控訴人は昭和17年から昭和21年まで約4年間南方で従軍していたこと、控訴人と丙野月子は現在同居して生活していることが認められる。

右の事実関係によれば、控訴人はいわゆる有責配偶者というべきところ、有責配偶者からされた離婚請求であつても、夫婦の別居が両当事者間の年齢及び同居期間との対比において相当の長期間に及び、その間に未成熟の子が存在しない場合には、相手方配偶者が離婚により精神的・社会的・経済的に極めて苛酷な状態に置かれる等離婚請求を認容することが著しく社会正義に反するといえるような特段の事情の認められない限り、当該請求は、有責配偶者からの請求であるとの一事をもつて許されないとすることはできない。そして、右認定の婚姻の経緯等によれば、控訴人と被控訴人とは昭和12年2月1日婚姻届をし、控訴人が昭和17年から昭和21年まで南方で従軍した約4年間を除き平穏に同居生活を続けてきたが、被控訴人が昭和24年ころ控訴人と月子との間に継続していた不貞な関係を知つたのを契機として不和となり、同年8月ころ控訴人が月子と同棲するようになり、以来今日まで40年間別居の状態にあり、控訴人は現在月子と同居して、被控訴人と共同生活を営む意思を確定的に失い、夫婦として円満な婚姻関係を回復する見込みはなく、両者の婚姻関係は既に破綻して久しく経過していること、控訴人は77歳、被控訴人は73歳の高齢に達し、両者の間に子が生まれなかつたことを考慮すると、特段の事情の存しない限り、控訴人の離婚請求は認容されるべきである。

3  そこで、進んで特段の事情の有無について判断する。

被控訴人は、特段の事情として、<1>控訴人が虚言を弄して被控訴人の名誉を毀損するなど、目的のために手段を選ばない訴訟活動を行つていること、<2>被控訴人は離婚により精神的・社会的・経済的に極めて苛酷な状態に置かれること、その具体的根拠として、<イ>被控訴人は、控訴人と月子の同棲生活について自分が控訴人の妻であるという自負で耐えてきたのに、最後の自負も奪われること、<ロ>控訴人には強度の背信性が存することを主張する。

そこで、右主張を検討するに、まず、<1>については、訴訟当事者、特に離婚訴訟の当事者は相手方の行動に疑いを抱く傾向が強く、その疑いが次第に確信に高まることは避けられないものであり、控訴人は被控訴人が不貞をし、多くの男性と関係したことを主張し、B子及び控訴人が法廷において右主張に副う供述をしていることは記録上明らかであるけれども、控訴人が積極的に事実をねつ造し、これに合致する証拠を作出したということは認められず、その立証も控訴人とその妹が記憶に基づき推測的に述べるものであり、右の訴訟活動が直ちに名誉毀損罪あるいは不法行為を構成するものとは認め難く、その訴訟活動が常軌を逸する程度に悪質であるとは認められない。それゆえ、<1>の主張は失当である。次いで、<2>の<イ>は、本件離婚請求が認容されると、被控訴人の最後の自負も奪われるというものであるが、それは、結局、自己の意思に反して離婚が強制的に認められる精神的苦痛にほかならないものである。これは裁判離婚一般に認められる範囲のものであつて、殊更これを重視するべきではなく、特段の事情には当たらない。更に、<ロ>の強度の背信性の存する理由として、控訴人には破綻した婚姻関係の調整ないし整理に真剣な努力の跡がうかがえず、被控訴人は経済的に不安な状態に置かれると主張するけれども、右事情は離婚と同時又は離婚後において請求することが認められる財産分与又は慰籍料により解決されるべきものであるから、殊更に重視するべきではなく、それ自体直ちに特段の事情に該当するものとはいえないというべきである。

被控訴人は、これまでの訴訟経過、特に調停・和解手続を通じて控訴人に本件離婚問題を誠実に解決する気持がなく、本件離婚請求が認容されたならば、これと同時に解決を予定されている財産分与又は慰籍料給付の判決が無視されることを恐れているもののようである。確かに、控訴人は被控訴人に対し別居の際に文京区○○町所在の建物を与えてはいるものの、弁論の全趣旨によれば、別居後被控訴人に対して生活費を支弁したことがなく、自らすすんで財産的給付をしようとの態度をみせなかつたことが認められるけれども、他方、被控訴人も控訴人に対して別居後積極的に婚姻費用分担の請求をしなかつたこともまた事実である。これらを総合勘案すると、現時点において、控訴人が被控訴人の心配する行動に出ると断定してしまうことも難しく、結局のところ、特別の事情が存するとすることもできないというに帰着する。その他、控訴人は被控訴人方からその留守中に物品を持ち出したと主張するけれども、それ自体特段の事情に当たらないことは明らかである。

4  以上によれば、被控訴人主張の特段の事情は存在せず、控訴人の本件離婚請求は認容されるべきである。

二  財産分与について

1  共有財産の清算

控訴人と被控訴人が昭和12年2月1日婚姻届をして昭和24年の別居に至るまでの間に文京区○○町所在の建物(昭和25年当時の価格24万円)を取得したことは、弁論の全趣旨により明らかである。

被控訴人は、そのほかに、豊島区○△×丁目の宅地二筆と地上建物、更に多額の現金と株券があり、右巣鴨の土地建物は北区○×町に控訴人名義で所有していた宅地75坪を売却した代金等によつて購入、建築したものである旨主張し、当審において、被控訴本人は右主張に副う供述をしている。一方、甲第18号証の1ないし5(登記済証)及び弁論の全趣旨によれば、巣鴨の土地は丙野月子が買主となつて昭和25年11月29日13万2000円で買受け、その地上に木造モルタル塗瓦葺2階建居宅を建築し、昭和27年10月17日丙野月子名義で所有権保存登記を申請し、当時の建物評価額は82万6000円であつたことが認められるが、当審における尋問に際し、控訴本人は、丙野月子が同女の父から15万円、控訴人の父から10万円をもらい、これらを資金として買い受けた旨、北区○×町の土地を買い受けたことはあるがこれを売却した代金は○○町所在の建物の買受代金に充てた旨供述していること、当審における双方本人の各供述によれば、控訴人と被控訴人が共有財産を形成できたのは控訴人が南方から復員した昭和21年5月から約3年間であり、控訴人は○○株式会社に勤務していたこと、乙第2、第6号証(判決謄本、正本)によれば、控訴人は被控訴人に対し昭和25年被控訴人が○○町所在の建物の売却代金24万円等の支払を求める訴訟を提起し、続いて、昭和26年に離婚訴訟を提起し、控訴人は被控訴人が前記売却代金24万円を取得するならば、被控訴人は離婚に応ずべきであると考えていたことが認められること、これらの点を考慮すると、○△の土地、建物が共有財産であつたと断定することは困難であり、被控訴人の主張によつても、現金の額も明確ではなく、株券の券面額も約7万円であることからすると、控訴人が別居に当たり○○町所在の建物を与えたことは共有財産の主要なものを既に分与していたというべきであるから、被控訴人には他に共有財産の清算として請求できるものはなく、右請求は失当である。

2  過去の婚姻費用の清算

被控訴人は過去の婚姻費用として2900万円を請求するけれども、被控訴人が別居に際し○○町所在の建物を取得したこと、昭和25年に右建物を売却した後は実兄の家の1部屋を借りて住み、人形製作の技術を身に着け、昭和53年ころまで人形店に勤務するなどして生活を立ててきたこと、被控訴人はこれまで婚姻費用分担の申立てをしたことはなく、自力で生活してきたことは既に述べたとおりであり(一部は、原審及び当審における被控訴本人の供述により認められる。)、これらの事情を考慮すると、過去の婚姻費用の清算として財産分与を命ずることは相当ではなく、控訴人が被控訴人を悪意で遺棄してきたことは後記のとおりであるから、慰籍料算定に当たり考慮すれば足りるものというべきである。

3  離婚後の生活費

本件離婚請求が認容されたならば、被控訴人は将来の配偶者としての相続権を失い、また、現在は請求していないものの、事情が変更した場合の婚姻費用分担申立ても不可能となることから、老後の不安が増大することは避けられないというべきである。前記控訴本人の供述中には、控訴人は現在年間320万円ないし330万円の収入しかないとする部分もあるけれども、その余の供述部分及び弁論の全趣旨によれば、株式会社○○の代表取締役、有限会社○×の取締役をし、丙野月子との間に2人の男子に恵まれ、一家によつて右二つの会社のほか、株式会社○△を経営しており、少なくとも平均以上の経済生活を送つていることが推認される。他方、前記被控訴本人の供述によれば、被控訴人は現在年間110万円余りの厚生年金の収入しかなく、73歳の高齢で自活能力が全くないことが認められ、これらの事情を考慮すると、被控訴人が主張する月額10万円ずつを少なくとも平均余命の範囲内である今後10年間の生活費として負担を命じることは相当というべきであり、本件記録にあらわれた一切の事情を考慮すると、右生活費にかかわる財産分与として控訴人に1000万円の支払を命ずるのが相当である(被控訴人主張額900万円を超えるけれども、財産分与であることからしても、またその申立ての総額4000万円の範囲内であることからしても、右程度の超過は許されてしかるべきである。)。

三  被控訴人の慰籍料請求について

控訴人は、昭和24年8月ころから丙野月子と同棲し不貞行為を継続しているものであり、しかも被控訴人と別居するに際して文京区○○町所在の建物(当時の価格24万円)を与えたほかには40年間何らの経済的給付をせずに今日に至つたのであつて、被控訴人を悪意で遺棄したものというべきであるから、控訴人には民法第709条に基づき被控訴人が受けた精神的損害を賠償する義務がある。

なお、被控訴人は控訴人の訴訟活動により名誉を毀損され、侮辱を受けたと主張するけれども、控訴人の訴訟活動が、不法行為を構成しないものと認むべきものであることは前記のとおりである。

そこで慰籍料の金額について検討するに、被控訴人は破綻の原因を作出していないのに自己の意思に反して強制的に離婚させられ、控訴人が不貞の相手方たる丙野月子と法律上の婚姻ができる状態になることは被控訴人に多大の精神的苦痛を与えることは明らかであり、控訴人が丙野月子と生活して2人の子供も生まれ、一家によつて会社を経営し、相当程度の生活を営んでいることは前記のとおりであり、一方、被控訴人は実兄の家に身を寄せ、今日まで単身生活を送つてきたこと、その他一切の事情を斟酌するならば、被控訴人の精神的苦痛(控訴人が破綻原因を作つてから本件慰籍料請求反訴状が控訴人に送達された平成元年7月28日まで)を慰籍するには1500万円をもつて相当というべきであり、控訴人は被控訴人に対し右金員及びこれに対する不法行為の後である平成元年7月29日から完済に至るまで民法所定年5分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

四  以上のとおり、控訴人の本訴離婚請求は理由があるから認容すべきであり、これを棄却した原判決を取り消し、併せて控訴人に対し財産分与として1000万円の支払を命じ、被控訴人の反訴慰籍料請求は1500万円とその遅延損害金の支払を求める限度で正当として認容し、その余は失当であるから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第96条、第89条、第92条に従い、主文のように判決する。

(裁判長裁判官 賀集唱 裁判官 安國種彦 安齋隆)

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