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東京高等裁判所 昭和62年(ラ)768号 決定 1987年12月21日

抗告人

谷口ヨシエ

右代理人弁護士

鈴木隆

主文

本件抗告を棄却する

理由

一本件抗告の趣旨及び理由は、別紙執行抗告状記載のとおりである。

二そこで検討するに、一件記録中の本件建物等に関する昭和六一年一〇月三一日付現況調査報告書及び同年一一月二一日付評価書によれば、本件借地権付建物(以下、単に「本件建物」という。)の敷地の賃貸借契約に関しては、昭和六一年一〇月現在、その賃料債務(同月現在の月額金七万八四五〇円)につき、同六〇年四月分から同六一年八月分までの長期間にわたり合計金七七万〇七三〇円にものぼる多額の延滞の生じていることが記載されているほか、本件物件明細書の備考欄にも「地代の滞納あり」という記載がなされており、従って、本件競売手続においては、これらの記載により、本件建物の買受申出人等に対し、その敷地の賃貸借契約については、右賃料債務の延滞を理由として契約解除のなされるおそれのあることが十分に警告されていたこと、一方、本件建物は、昭和六〇年二月に新築された堅固な建物で、残存耐用年数も三八年あり、そのいわゆる場所的利益も相当の価額にのぼると考えられるにもかかわらず、本件競売手続における最低売却価額は、前記敷地の賃料債務の不履行の現状を考慮して本件建物の通常価格から六〇パーセントにも及ぶ大幅な減価を行ない、更に、通常は行なわれない右延滞賃料相当金額の減価をもしたうえ、格別低額に決定されていることが認められる。

そこで、以上のような事実関係のもとにおいてなされた本件売却許可決定については、たとえ本件建物の買受人による買受申出後に右敷地の賃貸借契約が解除されたとしても、その買受人は、その買受申出の当時から右敷地の賃貸借契約が解除されるおそれのあることを十分に覚悟していたものというべきであるから、もはや民事執行法一八八条により準用される同法七五条所定の損傷が生じたことを理由として、右売却許可決定の取消しを求めることはできないものと解すべきである。従って、抗告人の抗告理由は、失当であって、採用することはできない。

三よって、本件抗告は理由がないから、これを棄却することとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官奥村長生 裁判官加藤英継 裁判官笹村將文)

別紙 執行抗告の理由

一、東京地方裁判所昭和六一年(ケ)第一六六三号不動産競売事件において、執行抗告人は別紙物件目録記載の建物(以下、本件建物という)を競売により買い受け、昭和六二年一〇月一四日、同裁判所において、執行抗告人に対する売却を許可する旨の売却許可決定が為された。

二、本件建物は借地権付建物であるところ(土地賃貸人池田正孝・土地賃借人神田輝男・賃貸借土地江戸川区南小岩六丁目一四七六番一宅地91.90平方メートル)、上記売却許可決定の日である昭和六二年一〇月一四日に、右土地賃貸人池田正孝代理人弁護士宮崎正明の土地賃借人神田輝男に対する内容証明郵便による停止条件付賃貸借解除の意思表示が上記神田輝男に到達した。この停止条件は、「この内容証明到達後三日以内に滞納賃料全額の支払をしないこと」である。解除の原因は、昭和六〇年四月分以降の地代の不払いである。

而して、本件競売事件記録にもあるとおり、昭和六〇年四月分以降の上記地代不払は事実のようである。

そして、昭和六二年一〇月一七日を経過しても、土地賃借人神田輝男は土地賃貸人池田正孝に対し、右滞納地代の支払をしなかった。

よって、上記土地賃貸借は、昭和六二年一〇月一七日の経過をもって解除され消滅した。これは本件売却許可決定後のことである。

三、上記の土地賃借権の消滅は、民事執行法七五条一項の「損傷」にあたるというべきであり、右損傷の事情は物件明細書の記載、最低売却価格の決定に反映されず、(解除の時期が前記のとおりであるから反映されようもない)、買受人たる執行抗告人が解除前に解除の事実を知っているわけもないから、本件売却許可決定は取り消されるべきである。

別紙 物件目録

一、所在

江戸川区南小岩六丁目一四七六番地一

家屋番号 一四七六番一の五

種類 店舗、事務所

構造 鉄骨造陸屋根4階建

床面積 一階 81.70平方メートル

二階 83.23平方メートル

三階 83.23平方メートル

四階 74.75平方メートル

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