東京高等裁判所 昭和62年(行ケ)102号 判決
一 請求の原因一ないし三の事実は当事者間に争いがない。
二 本件発明について
成立に争いのない甲第二号証並びに原本の存在及びその成立に争いのない甲第三号証の一、二によれば、本件特許の明細書(以下「本件明細書」という。)及び図面には、次の趣旨の記載があることが認められる。
1 本件発明の技術的課題、目的
(一) 本件発明は、硬土質法面、もしくは、亀裂の多い軟岩法面を長期に亘り緑化保護する植生工法に係るものである(甲第三号証の二、1頁一二行から一四行まで)。
(二) 道路法面の保護として最も一般的に行われているのは、フアイバー種子吹付といわれる種子と繊維質材を中心とした吹付工法である。上記工法は、…法面が肥沃であつて、勾配の緩やかなところでは植生物の成育が長期に亘つて良好であつても、法面が瘠悪であるとか、勾配が急である、あるいは、硬質であるところは、短期間のうちに衰退していく現象が各地でみられている(甲第三号証の二、1頁一五行から2頁四行まで)。
(三) そこで、植生袋を法面に止釘で列状に張り付けた後に、法面を網体で被覆し、その上から種子、繊維材、被覆材、人工土壌、養生剤肥料等を主としたフアイバー種子を吹き付けるフアイバー種子吹付工法が一部で実施されるようになつた。しかし、右フアイバー種子吹付工法は、植生袋を法面に取り付ける位置を測定し、その位置に目印をつける作業がいる、法面のような急斜面に植生袋を搬入し、植生袋を法面に止釘を使用して固定する作業がいる、法面に張設する網体が植生袋や止釘に引つかかり、網体が法面に広げにくい、といつた問題があり、施行には熟練者を要し、熟練者をもつてしても施行性は悪く工期が長くなり、労務費が非常に高くつき、決して経済性のよい工法とはいえず、更には、止釘の打てないような法面には植生袋を固定することができないので施行不可能といつた欠点がある(甲第三号証の二、2頁五行から3頁一行まで)。
(四) 本件発明は、以上の従来のフアイバー種子吹付工法の欠点に鑑みて発明されたもので、単に多量の植生基材を吹き付けるというだけでなく、長期に亘る植生物の成育繁茂が可能で、吹付基材の崩落のない、しかも法面に植生袋を固定する位置の目印は不要、法面へいちいち植生袋を搬入して固定することも不要で、熟練者によらずして施行が簡単にして短期間に行え、非常に経済性があり、更に止釘が使用できないような法面にも施行可能な植生工法を提供することを目的としている(甲第三号証の二、3頁二行から一一行まで)。
2 本件発明の構成
請求の原因二(本件発明の要旨)のとおり。
本判決別紙本件発明図面のとおりの図面。
3 本件発明の作用効果
(一) 網状物と袋体によつて、吹き付けられた植生基材は流亡が防止され、特に厚層に植生基材を吹き付ける場合は袋体の上に網状物が位置し、網状体が吹き付けられた植生基材の中心に位置することとなり、スサの役目を十分はたすことになつて流亡は防止される(甲第三号証の二、5頁三行から八行まで)。
(二) 袋体内に種子、肥料、保水材、土壌改良材が投入されている場合は、袋体部分からは早期に確実に植生物が発芽成長し、成育のむずかしい野草、樹木類をも成育させることが可能である(甲第三号証の二、5頁九行から一二行まで)。
(三) 袋体内に遅効性の肥料が投入されている場合は、長期に亘つて肥料養分を植生物に供給できるので植生物が衰退することがなく、土壌改良剤が投入されている場合は、例えば消石灰であれば酸性地の改良に役立つことになる(甲第三号証の二、5頁一三行から一七行まで)。
(四) したがつて、従来のフアイバー種子吹付に比べて格段に効果のある緑化による法面保護が可能になり、今まで緑化には不適とされていた硬質の法面においても緑化可能になつた(甲第三号証の二、5頁一八行から6頁一行まで)。
(五) 本件発明は、法面に植生袋を固定する位置の目印は不要となり、法面へいちいち植生袋を搬入して固定することも不要で、熟練者によらずして施行が簡単にして短期間に行え、非常に経済性があり、更に止釘が使用できないような法面にも施行可能な産業性の高い植生工法である(甲第三号証の二、6頁二行から一四行まで)。
三 認定判断の誤り第1点について
(一) 第一引用例に、「法面に網を施し、その上から植物種子、堆肥、化学肥料、植物性の長短繊維等を混合して作つた表土用混合物を吹付けることを特徴とする法面緑化工法」が記載されていること、第二引用例に、「種子、肥料等を内蔵した緑化包を編組体に付帯し組合せてなる斜面緑化用基礎網を斜面に展張施工する」構成が記載されていることは当事者間に争いがない。
右事実によれば、右第一引用例及び第二引用例各記載の技術は、いずれも、法面(傾斜面)に種子、肥料等を配置することにより、法面の緑化を行う方法、手段に関するものである点において技術分野を同じくするものと認められる。
また、両引用例記載の各技術は、法面に種子、肥料等を配置するに当たつて網体を利用した点でも共通している。
更に、肥料や種子等を充填、収容した袋を網体に取り付けた植生材が第三引用例及び第四引用例に記載されているように従来周知であることは当事者間に争いがなく、成立について当事者間に争いのない甲第五号証、甲第一一号証によれば、右第三引用例及び第四引用例記載の植生材は法面緑化を目的とするものであることが認められる。
そして、法面に施した網体に、種子、堆肥、化学肥料、植物性の長短繊維等を混合して作つた表土用混合物を吹き付ける技術において、その網体に種子、肥料等を内蔵する緑化包を付帯させた場合、それぞれの種子、肥料等の効能が損なわれることを認めるに足りる証拠はない。
右の各事実によれば、第一引用例の網体に、第二引用例記載の「種子、肥料等を内蔵した緑化包を、編組体(網体)に付帯し組合せてなる斜面緑化用基礎網」を適用して、第一引用例の網体を種子、肥料等の一種以上を収容した緑化包を装着した構成とすることは、当業者が容易にできることであると認めることができる。
(二) 原告は、「第一引用例記載の法面緑化工法は、その工法自体により法面の緑化が可能なものであつて、その網3に更に種子、肥料、保水材、土壌改良剤等を収容した部材を取り付ける必要はなく、第二引用例に前記の開示があるからといつて、直ちに、第一引用例の網体に、第二引用例記載の基礎網を適用することは当業者が容易になし得たとすることはできない。」旨主張する。
しかし、技術改良、技術開発においては、従来の一つの技術に他の技術を適用することにより、これら両技術の特徴を取り入れて新しい一つの技術とすることは、常套手段である。この場合、その従来の技術がその技術のみで実用可能であつても、そのことがその技術に他の技術を適用することの妨げとはならない。
これを本件についてみると、第一引用例記載の法面緑化工法が、その工法自体により法面の緑化が可能なものであつても、これに更に改良を加えようとして、更に他の技術を適用することを想定することが可能なことは当然であつて、第一引用例記載の網体に、第二引用例記載の基礎網を適用することが当業者にとつて容易でないことの理由にはならない。
原告の前記主張は採用できない。
四 認定判断の誤り第2点について
1 第三引用例に「帯状の袋の中に肥料を充填した肥料帯と種子帯を適当な間隔をおいて別個に網に取り付けてなる植生網帯」が記載されていること及び第四引用例に「種子及び栄養基材の充填された細長い植生袋を平行に網片等で連結した植生基体」が記載されていることは当事者間に争いがない。
また、肥料や種子等を充填、収容した袋を網体に取り付けた植生材が第三引用例及び第四引用例に記載されているように従来周知であることは当事者間に争いがなく、前記甲第五号証、甲第一一号証によれば、右第三引用例及び第四引用例記載の植生材は、法面の緑化に用いられるものであり、法面に該植生材を張設もしくは敷設することにより、該植生材に取り付けた種子もしくは肥料等の内蔵されている入れ物(袋)を法面に配置させるものであることが認められる。
一方、第二引用例に、「種子、肥料等を内蔵した緑化包を編組体に付帯し組合せてなる斜面緑化用基礎網を斜面に展張施工する」構成が記載されていることは当事者間に争いがないから、第二引用例記載の「基礎網」も、法面の緑化に用いられるものであり、法面に該基礎網を張設することにより、該基礎網に取り付けた種子もしくは肥料等の内蔵されている入れ物(緑化包)を法面に配置させるものであるということができる。
したがつて、第三引用例、第四引用例に記載された周知の「植生材」と第二引用例記載の基礎網とは、法面の緑化という同じ用途に用いられるものであり、法面に網を張設する等により、網に取り付けた種子、肥料等の内蔵されている入れ物を法面に配置させるという施工手段においても格別差異がないから、第二引用例記載の種子、肥料等を内蔵した緑化包を、第三引用例及び第四引用例記載の従来周知の肥料や種子等を充填した袋に変更することは、当業者にとつて容易なことと認められ、本件審決の、「(第二引用例の)…種子、肥料等を内蔵した緑化包を、第三引用例及び第四引用例に記載された肥料や種子等を充填した袋に変更して本件発明のような構成とすることは、当業者が容易にできることである」旨の認定判断に誤りはない。
2 原告は、「第三引用例記載の植生網帯は積極的に肥料帯と種子帯とに分離することを必須の要件とするものであるから、肥料や種子等を一緒に緑化袋に充填するという技術思想は読み取ることができない。」旨及び「第二引用例の植生工法と第四引用例の植生工法とは明らかに異なるから、第二引用例記載の基礎網を、別異の植生工法である第四引用例に適する植生基体に容易に変更できない。」旨主張する。
しかし、第三引用例、第四引用例に記載された周知の「植生材」と第二引用例記載の基礎網とは、法面の緑化という同じ用途に用いられるものであり、法面に網を張設する等により、網に取り付けた種子、肥料等の内蔵されている入れ物を法面に配置させるという施工手段においても格別差異がないから、種子、肥料等の内蔵されている入れ物を第二引用例記載の緑化包から、第三引用例及び第四引用例記載の従来周知の袋に変更することは、当業者にとつて容易なことと認められることは前記のとおりである。第三引用例記載の植生網帯が積極的に肥料帯と種子帯に分離することを必須の要件とすること、第二引用例の植生工法と第四引用例の植生工法とは明らかに異なるとはいえないものの具体的な施工方法に差があることは、種子、肥料等の内蔵されている入れ物を第二引用例記載の緑化包から、第三引用例及び第四引用例記載の周知の袋に変更することを当業者にとつて困難なものとする理由にはならない。
五 認定判断の誤り第3点について
1 前記二(本件発明について)の認定によれば、本件発明は本件明細書に記載された、前記二3の(一)ないし(五)の効果を奏するものと認められる。
2 成立について当事者間に争いのない甲第六号証によれば、第一引用例には、第一引用例記載の法面緑化工法の効果として、「このような表土(植物種子、堆肥、化学肥料、植物性の長短繊維等を混合して作つた表土用混合物に該当する。)を、不良地盤の法面1に張られた網3………の上から、強力なポンプを備える吹付装置6で吹付けるので、よく法面1に平均に吹付けられ、機械的保持手段2(網3はその一種。)と接着剤とによりよく法面に定着できて剥がれず………五mmないし五〇mmの厚さに吹付けられるから植物種子の理想的な苗床となり、種子はよく育成され、法面の緑化が容易に、廉価に行え………」との記載があることが認められ、本件発明の前記二3(一)の効果の内、網状体を使用することによる効果は、当然第一引用例記載のものも奏するものである。
また、前記甲第一〇号証によれば、第二引用例には、第二引用例記載の斜面緑化用基礎網に付帯して組合わせる緑化包を、基礎網との関係で上下いずれの位置に組合わせるのか、斜面との関係で、例えば傾斜に沿つた方向とか傾斜に対してほぼ直角の横方向というように、どのような方向に組合わせるのか等の限定は記載されていないこと、しかし、第二引用例の図面には、細長い形状の緑化包が、法面の傾斜の方向に対しほぼ直角の横方向に長く取り付けられている状況が図示されている(本判決第二引用例図面第2図ないし第4図参照)ことが認められ、第一引用例記載の網体に、第二引用例記載の緑化包を組合わせた基礎網を適用すれば、緑化包の位置と方向及び吹き付けられる表土用混合物の厚さの違いによつて差はあるとしても、それらの違いに応じて、緑化包があることにより、吹き付けられた表土用混合物の流亡が防止される程度が向上することは、当業者であれば容易に予想できることと認められる。
したがつて、前記二3(一)の効果は、第一引用例記載の法面緑化工法も奏する効果と第一引用例記載の法面緑化工法に第二引用例記載の緑化包を組合わせた基礎網を単に適用することから容易に予測できるものであり、格別のものとは認められない。
3 前記二3(二)、(三)の効果は、第二引用例記載の種子、肥料等を内蔵した緑化包、第三引用例記載の肥料を充填した肥料帯及び第四引用例記載の種子及び栄養基材の充填された植生袋からそれぞれの内容物に応じて奏することのできる効果であると認められ、格別の効果ではない。
4 前記二3(四)の効果中、従来のフアイバー種子吹き付けに比べて格段に効果のある緑化による法面保護が可能になり、との点は、前記二3(一)ないし(三)の効果をまとめたものと解されるから、前記二3(一)ないし(三)の効果が格別の効果とは認められない以上、右の点も格別の効果とはいえない。
前記二3(四)の効果中、今までは緑化には不適とされていた硬質の法面においても緑化可能になつたという点は、前記二3(一)ないし(三)の効果をまとめる他に、止釘が使用できないような法面にも施行が可能であることを指しているものと解されるところ、止釘が使用できないような法面にも施行が可能であることは、第一引用例記載の網を使用した法面緑化工法及び第二引用例記載の緑化包を付帯した基礎網も秦する効果と認められるから、結局右の点も格別の効果とは認められない。
5 前記二3(五)の効果は、種子、肥料、保水材、土壌改良剤の一種以上を収容した袋体が網体に装着された袋体装着網状体を法面に張設することによつて奏することのできる効果であると認められるから、第二引用例記載の緑化包を付帯した基礎網も奏することができる効果であり、格別のものとは解されない。
6 原告は、本件発明の前記二3(一)ないし(四)又は同(一)ないし(五)の効果は、袋体装着網状体を法面に張設すること及び更にその上から植生基材を吹き付けることの相乗効果であり、第一引用例ないし第四引用例自体が奏することができないことはもちろん、それらから到底予測できない効果である旨主張するが、右2ないし5に判断したように、前記二3(一)ないし(五)の効果は、第一引用例ないし第四引用例記載のものが有している効果あるいはそれらから容易に予測できる効果の域を出るものではないものと認められるから、原告主張のような相乗効果とは認められない。したがつて、原告のこの点の主張は採用できない。
7 したがつて、本件審決の「本件発明の要旨とする構成によつてもたらされる効果も、第一引用例ないし第四引用例に記載されたものから、当業者であれば、予測し得る程度のものと認められる」旨の認定判断に誤りはない。
六 よつて、その主張の点に判断を誤つた違法のあることを理由に、本件審決の取消しを求める原告の本訴請求は理由がないから棄却する。
〔編注〕本件発明の要旨は左のとおりである。
種子、肥料、保水材、土壌改良剤の一種以上を収容した袋体が網体に装着された袋体装着網状体を法面に張設し、そのうえから種子、肥料、有機質を主体とした植生基材を吹き付けることを特徴とする袋体を装着した網体による法面植生工法。