東京高等裁判所 昭和62年(行ケ)104号 判決
一 請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、二(本願発明の特許請求の範囲)及び三(審決の理由の要点)の事実は、当事者間に争いがない。
二 そこで、原告主張の審決の取消事由の存否について判断する。
1 成立に争いのない甲第二号証の二(本願明細書)、甲第二号証の三(昭和六〇年一〇月一七日付け手続補正書、以下「第一補正書」という。)、甲第二号証の四(第二補正書)によれば、本願発明は、数値制御装置の分野に関し、特にエネルギ供給が中断した後に機械要素を自動的に所定位置に再整列させる方法及び装置に関するものであるところ(本願明細書第一二頁第一一行ないし第一四行)、従来の数値制御される機械の大部分はエネルギ供給が中断すると、供給が回復した後に再整列を行わなければならず、大型フライス盤等の大型の装置では、再整列動作は複雑で非常に時間がかかり、能率が悪くなるため、最近の制御装置として、エネルギ供給が中断されても、持久記憶装置が所望位置を示す指令信号と機械要素の実際の位置を示す帰還信号を記憶し、エネルギ供給が再開されると指令及び帰還信号が記憶装置から読み出され、所望位置に対する機械要素の存在する位置が確認されるものがあるが、この形式のものも、大型機械ではエネルギ供給が停止した後も機械要素は慣性によつて動き続けたり、駆動機構が消勢安定状態になるまでゆつくりと動き続け機械要素を少し動かすこととなつて、不適当であるという問題点があり、本願発明は、右問題点を解決するべく、エネルギ供給中断後において機械要素を正確な位置に自動的に再整列させる装置を提供することを目的とし(本願明細書第一二頁第一五行ないし第一五頁第九行)、本願発明の特許請求の範囲(請求の原因二の項)一記載のとおりの構成を採用したものであること(第一補正書第一頁第一行ないし第七頁第一六行)が認められる。
2 審決は、「駆動機構への動力の中断中は補間回路の増分動作は停止しているので補間回路から指令信号発生器に供給される信号は変化せず一定であり、第二信号に応じて帰還信号より決定される時点において指令信号を検出しても、検出される指令信号は第一信号に応じて検出されたときの値と変化していない。したがつて、第二信号に応じて検出された検出値は基準信号に対する指令信号の位相シフトの大きさを示すだけであるから、なぜ、この検出値が所定時間後の誤差信号となるのか不明である」と判断しているところ、原告は、第二信号に応じて検出された検出値が誤差信号であることは本願明細書の記載から明らかである旨主張するので検討する。
(一) 前掲甲第二号証の二、三、四によれば、本願明細書、第一補正書及び第二補正書には、次の記載があることが認められる。
(1) 通常の制御状態における動作について
「通常の状態において、機械要素を移動させる場合には、CPU10の出力信号が入出力データインターフエース装置11を通つて補間回路20に与えられる。補間回路はこの出力信号に応じてサーボ機構回路22にデジタル信号を出力する。サーボ機構回路はまた機械要素26に機械的に結合されている帰還トランスデユーサ24に応動して、駆動機構28に誤差信号を出力する。サーボ機構回路は、駆動機構が機械要素26をある位置まで移動させ、帰還トランスデユース24が補間回路から発生するようになるまで誤差信号を発生し続ける。絶対位置記憶装置30もまた補間回路20に応動して機械要素の絶対位置を記憶する(本願明細書第一八頁第一五行ないし第一九頁第八行)。」「指令信号発生器46はオアゲート48を介して入力される補間回路20の出力信号に応じて動作する。指令信号発生器は機械要素の所望の位置を示す指令信号を信号線50に発生する。弁別回路52はこの指令信号と帰還要素24から信号線54を介して与えられる帰還信号とに応じて動作する。帰還信号は機械要素の実際の位置を示すものである。弁別器52は誤差信号を信号線56を介して駆動機構28に加え、駆動機構28に機械要素を指令信号に相当する帰還信号が発生される位置まで移動させるようにする。基準信号発生器58は帰還要素24に基準信号を与える(第二一頁第一三行ないし第二二頁第四行)。」
(2) 駆動機構28への動力供給が中断した場合について
「ここでは、機械への電力供給の中断は駆動機構28への電力供給が中断したものとして扱う。(中略)このような場合でも、制御装置には電力が供給され続けているので、サーボ機構は依然として誤差信号を発生するが、駆動機構はこの誤差信号に応答できず機械要素を移動させることができない。機械への電力供給停止後、機械要素を自動的に整列させるために、プログラム記憶装置15は機械インターフエースプログラム32と再整列プログラム34を包含している。
機械インターフエースプログラム32は機械への電力供給時に存在する指令信号を記憶するように動作する第一ルーチンと、機械への電力中断後に誤差信号を記憶するように動作する第二ルーチン38とからなる(本願明細書第二〇頁第一行ないし第二一頁第四行)。」「CPU10が押しボタンパネル14あるいは機械制御接点17から駆動機構28への動力供給が中断されたことを示す信号を受けると、補間回路20が直ちに電力供給停止時の指令位相シフトの増分を停止するが、基準信号に対する記憶した指令位相シフトは補間の中止あるいは駆動機構への電力供給の中断によつては消去されない。帰還信号と比較された指令信号はサーボ機構の次の誤差を示している。この次の誤差の大きさも補間の中止あるいは駆動機構への電力供給の中断によつては消去されない(本願明細書第二二頁第五行ないし第八行、第二補正書第二頁第五行ないし第一四行)。」
(3) 第一信号に応じて検出される指令信号について
「CPU10は第一信号を信号線60を介して状態選択回路62中のアンドゲート61に印加する。状態選択回路62は第一信号に応じてオアゲート67を介して状態レジスタ64にクロツク信号を送出して基準信号により決定される時点において指令信号を検出する。この第一信号に応じて検出された指令信号は実際には基準信号に対する指令信号の位相シフトの大きさを示している。この時点において、指令信号は状態レジスタ64に入力し、信号線66を介して持久記憶装置18に転送される(本願明細書第二二頁第八行ないし第一六行、第二補正書第二頁第一五行ないし第一九行)」
(4) 第二信号に応じて検出される信号について
「CPU10により決定される所定時間後、第二信号が信号線63に発生され、状態選択器62中のアンドゲート65に加えられる。状態選択器62は第二信号に応じて動作し、オアゲート67を介して状態レジスタ64にクロツク信号を与えて信号線54の帰還信号により決定される時点において指令信号を検出し、この指令信号は信号線66を介して持久記憶装置18に転送される。この時点において指令信号は状態レジスタ64の入力となる。誤差信号は指令信号と帰還信号との差として定義され、第二信号に応答して発生するように帰還信号に応答して検出された時に指令信号の大きさと同じである。帰還信号に関連づけて指令信号を検出することは所定時間後に誤差信号を検出することと等価である(本願明細書第二二頁第一六行ないし第二三頁第八行、第二補正書第二頁第二〇行ないし第三頁第五行)。」
(二) そして、本願明細書には「指令信号発生器46はオアゲート48を介して入力される補間回路20の出力信号に応じて動作する。指令信号発生器は機械要素の所望の位置を示す指令信号を信号線50に発生する(第二一頁第一三行ないし第一六行)。」と、また第二補正書には、「補間回路20が直ちに電力供給停止時の指令位相シフトの増分を停止するが、基準信号に対する記憶した指令位相シフトは補間の中止あるいは駆動機構への電力供給の中断によつては消去されない(第二頁第七行ないし第一〇行)。」との記載があることは前記認定したとおりである。右記載からすると、指令信号発生器46が発生する機械要素の所望の位置を示す指令信号は、指令位相シフトについての信号であると解される。そして、数値制御装置におけるサーボ機構として、位相シフトが関与するものとして位相サーボがあることは技術常識といえることからして、第2図(別紙図面参照)に示されたサーボ機構回路は位相サーボによるものであると認められる。
(三) 前記(一)で認定した明細書の記載事項及び前記(二)の認定によれば、以下のことが理解される。
(1) まず、第二信号が信号線63に発生され、状態選択器62中のアンドゲート65に加えられると、状態選択器62は第二信号に応じて動作し、65はアンドゲートであるので、第二信号の時点で信号線54からの帰還信号が、アンドゲート65を通過し、オアゲート67を介して状態レジスタ64に加えられるということが明らかである。このことは、本願明細書における「状態レジスタ62は第二信号に応じて動作し、オアゲート67を介して状態レジスタ64にクロツク信号を与えて(第二二頁第一九行ないし第二三頁第一行)」の記載に相当するものであり、第2図にはクロツク信号に関する記載は何もないから、右記載におけるクロツク信号は、信号線54を経てアンドゲート65に入力される帰還信号を指すものであるといわざるを得ない。
(2) そして、本願明細書の「状態選択器62は第二信号に応じて動作し、(中略)信号線54の帰還信号により決定される時点において指令信号を検出し、この指令信号は信号線66を介して持久記憶装置18に転送される。この時点において指令信号は状態レジスタ64の入力となる(第二二頁第一九行ないし第二三頁第五行)」の記載から明らかなように、指令信号は状態レジスタ64に入力されているから、第2図において、状態レジスタ64から信号線66を介して持久記憶装置に転送される信号、すなわち状態レジスタ64の出力信号は、信号線54の帰還信号より決定される時点において指令信号を検出した信号であり、この検出した指令信号は、本願明細書の「帰還信号に関連づけて指令信号を検出することは所定時間後に誤差信号を検出することと等価である(第二三頁第六行ないし第八行)。」との記載からして誤差信号であると認められる。
(3) 本願明細書の「信号線54の帰還信号により決定される時点において指令信号を検出し(第二三頁第一行、第二行)」との記載における検出した指令信号は、本願明細書の「基準信号により決定される時点において指令信号を検出する。この第一信号に応じて検出された指令信号は実際には基準信号に対する指令信号の位相シフトの大きさを示している(第二二頁第一二行、第一三行、第二補正書第二頁第一五行ないし第一九行)」との記載に対応して読めば、帰還信号に対する指令信号の位相シフトの大きさを示しているものと解される。このことは、指令信号と帰還信号との差として定義される誤差信号は、指令信号と帰還信号との位相差であることが位相サーボにおける技術常識であることと符合するものであつて、状態レジスタ64から信号線66を介して取り出される信号が誤差信号であることを示すものといえる。
状態レジスタ64から信号線66を介して転送される信号が誤差信号であることは、本願明細書の「次に、状態レジスタ中の誤差信号は信号線66を介して持久記憶装置18に転送される(第二三頁第一〇行、第一一行)。」との記載とも符合するものである。
してみると、第一信号から所定時間後に発生される第二信号に応じて検出された検出値が誤差信号であることは、本願明細書の記載から明らかである。したがつて、明細書の記載からは、第二信号に応じて帰還信号により決定される時点において指令信号を検出することによつてなぜ誤差信号が検出できるのか不明であるとした審決の判断は誤りであるといわざるを得ない。
被告は、位相サーボにおいて、指令信号の大きさを検出するということは、基準信号と指令信号との位相差(位相シフト)の大きさを検出することを意味するものであることは当業者において周知のことであり、指令信号の大きさと誤差信号とは別異のものであつて、どちらもエネルギ供給の停止中であるところの、第一信号に応じて検出した指令信号の大きさと、第二信号に応じて検出した指令信号の大きさとは同じ値を示すものであつて、第二信号に応じて検出した指令信号の大きさが誤差信号と等しくなるという原告の主張は根拠がない旨主張する。
なるほど、指令信号の大きさと誤差信号とは別異のものであることは明らかなことではあるが、前記認定したとおり、状態レジスタ64に入力されるクロツク信号は第一信号の時と第二信号の時で異なるのであるから、状態レジスタ64の出力結果が同じにならなければならない理由はなく、第二信号に応じて検出された検出値が誤差信号であることは、明細書の記載から明らかであり、被告の前記主張は採用できない。
また、被告は、レジスタというのは、一般に電子計算機の一語長分の記憶素子であつて、クロツク信号と入力信号との位相シフトの大きさを検出する機能は有しておらず、状態レジスタなる用語で示される回路によつて通常のレジスタとは全く異なる機能を奏させるためには、その機能を奏するための具体的な構成を開示すべきであつて、単にブロツクで示された状態レジスタによつて特別の機能を主張することはできない旨主張する。
なるほど、レジスタという用語には、一般に電子計算機の一語長分の記憶素子の意味があるが、本願発明の実施例で用いられているのは「状態レジスタ」であり、その機能については、単にブロツク図のみでなく、明細書の記載から、当業者が第二信号に応じて誤差信号を検出する機能を有したものであると理解できるものであること前記認定したとおりであつて、状態レジスタを具体的にどのような回路で構成するかは、また別の問題であるから、被告の前記主張は採用し得ない。
次に、被告は、第二補正書の「この第一信号に応じて検出された指令信号は実際には基準信号に対する指令信号の位相シフトの大きさを示している」という記載は、位相サーボにおいては、指令信号の大きさは基準信号に対する指令信号の位相シフトの大きさとして与えられるという指令信号の定義を表現しているだけであつて、状態レジスタ64が指令信号と基準信号の位相差を直接検出していることを述べているものとは認められず、このことは「実際に……」という表現で記述されていることからも明らかである旨主張する。
しかしながら、前掲甲第二号証の二によれば、本願明細書には、右記載の前に「CPU10は第一信号を信号線60を介して状態選択回路62中のアンドゲート61に印加する。状態選択回路62は、第一信号に応じてオアゲート67を介して状態レジスタ64にクロツク信号を送出して基準信号により決定される時点において指令信号を検出する(第二二頁第八行ないし第一三行)。」と記載されていることが認められ、右記載において、基準信号により決定される時点において指令信号を検出するのは状態レジスタ64であることは明らかであるから、被告の指摘する前記記載は、状態レジスタ64の機能を説明しているものと解するのが自然であつて、被告主張のように解さなければならないという理由はない。
さらに、被告は、明細書の「誤差信号は指令信号と帰還信号との差として定義され、第二信号に応答して発生するように帰還信号に応答して検出された時に指令信号の大きさと同じである(第二補正書第三頁第二行ないし第五行)。」との記載、及び「帰還信号に関連づけて指令信号を検出することは所定時間後に誤差信号を検出することと等価である(本願明細書第二三頁第六行ないし第八行)。」との記載は、誤差信号をE、指令信号をS、帰還信号をFとすると、F=S―F=Sで表わされることとなり、論理的に矛盾するものであり、これら記載そのものが技術的に矛盾するものであつて、審決において不明とする根拠となるものである旨主張する。
なるほど、第二補正書第二頁第二行ないし第六行の記載は、「誤差信号は指令信号の大きさと同じである」との意味に受け取れるようであるが、前記認定したように、誤差信号とは指令信号と帰還信号との差であると定義されることからすると、前記記載を右のように理解することは適切ではなく、明細書の前後の記載の趣旨からして「誤差信号は指令信号と帰還信号との差として定義され、第二信号に応答して発生するように帰還信号に応答して検出された指令信号の大きさと同じである」との意であると読み取るのが相当であり、また、後者の記載部分の内容は単なる指令信号についていうものではなく、帰還信号に関連づけて検出された指令信号についてのものであるから、被告のいう式が当てはまるものとはいえない。
3 以上のとおりであつて、審決は、明細書記載の技術内容を誤認した結果、第二信号に応じて検出された検出値がなぜ所定時間後の誤差信号となるのか明細書の記載からは不明であるとして、本願発明の構成及び作用効果が当業者が容易に実施できる程度に記載されているとは認められないと誤つて判断したものであるから、違法として取消しを免れない。
第三 よつて、審決の取消しを求める原告の本訴請求は正当としてこれを認容する。
〔編注〕本願発明の特許請求の範囲は左のとおりである。
1 動力供給の中断時を表す第一機械信号と、駆動機構への動力供給を開始する第二機械信号とに応答して、機械要素に連結される駆動機構への動力供給の中断の前に指令された位置へ機械要素を自動的に再整列させる装置であつて、前記駆動機構が、機械要素の所望の位置を表す指令信号と機械要素の実際の位置を表す帰還信号とに応答して指令信号及び帰還信号により決定される位置の偏差を示す誤差信号を発生するサーボ機構回路により制御されるとともに、左記(a)(b)(c)を備えることを特徴とする機械要素自動再整列装置。
(a) 前記サーボ機構回路と前記第一信号とに応答して駆動機構への動力供給中断の間の機械要素の変位を表す誤差信号を検出する検出器(10 11 62)
(b) 前記検出器に応答して誤差信号を記憶するデータ記憶装置(13)、及び
(c) 前記サーボ機構回路に接続され、第二の機械信号と記憶された誤差信号とに応答して、機械要素を動力供給中断時に指令されている位置へ移動させる再整列信号を発生する再整列回路(10 11 76 48)(別紙図面参照)。
2 機械要素に連結される駆動機構への動力供給の中断時に指令されている位置へ機械要素を再整列する方法であつて、駆動機構が、指令信号発生器により発生された機械要素の所望の位置を示す指令信号と、機械要素と機械的に連通した帰還トランスデユーサにより発生され機械要素の実際の位置を示す帰還信号とに応答する誤差信号を発生する弁別回路を有するサーボ機構回路により制御され、かつ左記(a)(b)(c)(d)(e)(f)の過程を有する機械要素自動再整列方法。
(a) 前記駆動機構への動力供給の停止を検出する過程、
(b) 前記駆動機構への動力供給の中断の間に機械要素の変位を示す誤差信号を検出する過程、
(c) 誤差信号を記憶する過程、
(d) 前記駆動機構に動力を再供給する過程、
(e) 誤差信号に応答して再整列信号を発生する過程、及び
(f) 再整列信号を指令信号発生器に転送する過程。