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東京高等裁判所 昭和62年(行ケ)105号 判決

事実及び理由

一  請求の原因一ないし三の事実は当事者間に争いがない。

二  そこで、原告主張の本件審決の取消事由について検討する。

1  前記当事者間に争いのない本願考案の要旨及び成立に争いのない甲第二号証の一ないし三(本願願書、昭和五九年八月九日付、昭和六〇年七月一二日付各手続補正書)によれば、本願考案は、環状をなす筆記具先端部材の内側に弾性体により細杆体を出入自在に内装した形式の筆記具に関するものであること、本願明細書の考案の詳細な説明の欄には、先行技術である引用例に記載のものの欠点について、「この構造は、弾性体の前方に空気孔を設けていたため、例えば筆記先端部材を上向きにしてポケツトに差していたとすると、筆記先端部材と細杆体との間隙に充満していたインキは重力により下がつてしまい、このため、使用に際しては何度か細杆体を押圧して先端までインキが充分供給されるのを待つ必要があつた」(甲第二号証の二の二頁八行~一五行)と説明され、本願考案について、「本考案の目的は上記した欠点を解消することにある。本考案は、弾性体の押圧変形時に形成されるインキ溜り部に空気孔が直接開口することがないようにすることによつて、上記の目的を達成したものである。」(同二頁一九行~三頁四行)と、その目的、構成及び効果が説明されていることが認められる。右説明によれば、本願考案は、筆記先端部材を上向きにしているときのインキ下がりを防止することを目的として、「空気孔がインキ溜り部に直接開口することがない」構成としたもので、その構成を採ることにより、右インキ下がり現象が防止できたという関係が認められる。そして、引用例に記載のものにおけるインキ下がり現象は、細杆体の後端の膨出部付近の空気が空気孔によつて外界に通じているので、インキを下げようとする力が作用するとこれに応じて細杆体の後端の膨出部付近の空気が空気孔を通じて自由に外部に流出してしまい、インキ下がりを防ぐ作用をしないことによるものであることは当事者間に争いがない。そうすると、本願考案がインキ下がり現象を防止する効果を奏するためには、本願考案のインキ溜り部は空気孔が直接的にも間接的にも開口しない構成でなければならないことは見易い道理である。そして、前掲甲第二号証の一ないし三によれば、本願明細書には、空気孔がインキ溜り部に間接的に開口している場合を本願考案の構成から除外する旨の明示の記載は認められないものの、本願図面(別紙(一))の第1図、第4図には、インキ溜り部14が弾性体8によつて空気孔15と遮断された密封室構造の実施例が示され、右実施例について、考案の詳細な説明の欄に、「第4図には細杆体7の膨出部6の周囲に形成されるインキ溜り部14を示している。このインキ溜り部14は、弾性体8に細杆体7の膨出部6に相当する凹所を形成している場合などにあつては、非使用状態において存在しないこともある。しかし、少なくとも使用時、細杆体7が後方に押され、摺動することによつて弾性体8を圧縮変形するときには形成されるものである。弾性体8が非使用時にも細杆体7に力を加えるよう当接させておくと、インキ吐出を安定させる……弾性体8押圧変形時に少なくとも形成され、かつ細杆体7の膨出部6が位置するインキ溜り部14に直接空気孔15が開口しないように、空気孔15は弾性体8よりは後方に設けている。」(甲第二号証の二の四頁末行~五頁末行)と説明されていることが認められる。右図及び説明によれば、本願考案においては、インキ溜り部が密封室であることを表現するのに、「インキ溜り部に直接空気孔が開口しない」との表現を採つたことが窺われるのである。以上検討したとおり、本願明細書及び図面全体の記載から、本願考案の要旨における「空気孔15は前記インキ溜り部14に直接開口することがない」との構成は、インキ溜り部が「密封室」構造であることを意味するものと解するのが相当である。したがつて、これに反する、インキ溜り部が密封室であることは本願考案の必須の構成要件ではない旨の被告の主張及び本願考案の空気孔をインキ溜り部に直接開口することがないようにした構成はインキ溜り部に間接的に開口(即ち連通)する構成も含まれる旨の被告の主張はいずれも採用できない。

2  前記当事者間に争いのない本件審決の理由の要点によれば、本件審決は、引用例に記載のものの空気孔を形成した部分について、「該芯保持具4を、前記多孔質発泡体5の押圧変形時に少なくとも形成されるインキ溜り部に位置せしめるとともに空気孔は前記インキ溜り部に直接開口するように設けた」と認定していることが認められる。そして、被告は、引用例に記載のものにおいてはインキ誘導芯体3の芯保持具4は使用時弾性多孔質発泡体を押圧し、それによつてインキを搾出させるもので、その搾出されたインキの全量が直ちに紙面に吸引されるものではないから、インキは一旦空室内に溢れ、空室下部の濾斗状部に溜るので、右空室は実質的にインキ溜り部となる旨主張する。

しかしながら、フエルトペン、サインペン、万年筆、細杆式筆記具などの各種筆記具には、内外気圧を平衡にしてインキのボタ落ちやインキ切れを防ぐため、空気孔が設けられるもので、もし、この空気孔に直結する軸筒内の個所が空室でなく、インキが溜つていると、筆記具が暖められて内部圧力が高まつたり、筆記具に衝撃や振動が加わつたりしたとき、インキが空気孔から溢出して、手指、衣服や紙などを汚すおそれがあるものであり、したがつて、空気孔を設けた筆記具では、軸筒内の空気孔が開口している個所を必ず空室とし、普通の状態では、そこにインキが溜らないようにしているのであり、これが技術上要請されるところであり、引用例記載の考案の出願前当業技術者にとつて技術常識であつたことは、本願考案及び引用例に記載のものを除いた筆記具については当事者間に争いがない。そして、前掲甲第二号証の一ないし三及び成立に争いのない甲第三号証(引用例)によれば、本願考案及び引用例に記載のものはともに細杆式筆記具の一種であることが認められ、両者はともに空気孔を設けたものであることは本件口頭弁論の全趣旨により明らかである。そうすると、引用例に記載のものの空気孔を設けた空室も右技術常識に従つたものと認めるのが相当であり、これに反する証拠はない。そうであれば、引用例に記載のものの「空気孔が開口した部分」を本願考案の「インキ溜り部」とした本件審決の認定は、明らかに前叙の技術常識とは異なる認定判断であるといわざるをえず、誤りであり、これと同旨の被告の主張も採用できない。

3  前記当事者間に争いのない本件審決の理由の要点によれば、本件審決は、筆記具内外の気圧調整のために形成される空気孔を有するこの種の筆記具において、細杆体の後方のインキ溜り部に対しその後方に空気孔を設けることが常套手段である旨認定判断していること及び右の点を示す資料として周知例を引用していることが認められる。そして、被告は、インキ溜り部に対しその後方に空気孔を設けることが仮に常套手段とは認められないとしても、周知例は本願出願前公知であるから本件審決の結論に影響しない旨主張し、周知例の図面(別紙(三))の第1図の19と引出線で示した部分の逆濾斗状の空室(以下、単に「逆濾斗状空室」という。)がインキ溜り部に当たる旨主張するところ、周知例が本願出願前公知であることは当事者間に争いがない。しかしながら、周知例の逆濾斗状空室が、空気孔と連通していることは当事者間に争いがないので、右濾斗状空室は密封室とはいえず、そうすると濾斗状空室が本願考案にいう「インキ溜り部」に相当するものとは認められず、他に空気孔をインキ溜り部に対し後方に設けることが常套手段であることを認めるに足りる証拠はないので、前記本件審決の認定判断は誤りといわなければならず、前記被告の主張も前提を欠き採用できない。

4  そして、本願考案がその要旨に記載の構成を採つたことにより、原告主張のように、少なくとも、筆記先端部材を上向きにしているときのインキ下がりを防止するという引用例に記載のものには見られない特段の効果を奏することは、前叙の本願明細書の目的、構成及び効果の記載から明らかである(被告引用の乙第一号証五頁九行ないし一三行の記載は、右認定判断を左右するものとは認められない。)。

5  以上のとおり、引用例に記載のものに、本願考案におけるインキ溜り部があると認定判断し、それを前提として本願考案と引用例に記載のものとを対比判断し、本願考案は引用例及び常套手段に基づき当業技術者が極めて容易に考案することができたとした本件審決の認定判断は誤りであり、違法として取消されなければならない。

三  以上のとおりであるから、その主張の点に判断を誤つた違法があることを理由に本件審決の取消を求める原告の本訴請求は、理由があるのでこれを認容することとする。

〔編註その一〕本願考案の要旨は左のとおりである。

「環状をなす筆記先端部材(1)の内側に細杆体(7)を弾性体(8)によつて出入自在に内装した形状の筆記具において、表面にインキ吐出促進用の連続溝(13)を有し、前記筆記先端部材(1)から突出する先端(9)をもつ上記細杆体(7)の基端部に膨出部(6)を一体形成し、該膨出部(6)を、前記弾性体(8)の押圧変形時に少なくとも形成されるインキ溜り部(14)に位置せしめるとともに、筆記具内外の気圧調整のために形成される空気孔(15)は前記インキ溜り部(14)に直接開口することがないように前記弾性体(8)よりは後方に設けたことを特徴とする筆記具」(別紙(一)参照)

〔編註その二〕本件に関する図面は左のとおりである。

別紙(一)

<省略>

(以下省略)

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