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東京高等裁判所 昭和62年(行ケ)111号 判決 1991年4月26日

ドイツ連邦共和国六八〇〇マンハイム一

マキシミリアンストラーセ一〇

原告

ジュートドイチェ ツッカー・アクチエンゲゼルシャフト

右代表者

クラウス・ハーマン・ファゾル

ロランド・ビュッセル

右訴訟代理人弁理士

小田島平吉

深浦秀夫

江角洋治

右訴訟復代理人弁理士

米倉章

東京都千代田区霞が関三丁目四番三号

被告

特許庁長官 植松敏

右指定代理人

加藤公清

茂原正春

佐伯憲生

後藤晴男

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

3  この判決に対する上告のための附加期間を九〇日と定める。

事実

第一  当事者の求めた判決

一  原告

1  特許庁が、同庁昭和六〇年審判第七九八四号事件について、昭和六二年二月五日にした審決を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

主文1、2項同旨

第二  請求の原因

一  特許庁における手続の経緯

原告は、一九七五年五月六日にドイツ連邦共和国においてした特許出願に基づく優先権を主張して、昭和五一年四月二八日、名称を「グルコピラノシド-一・六-マンニトールの製造方法」(当初「グルコピラノシド-一・六-マンニトール、その製造方法並にその砂糖代替品としての用途」としたものを右のとおり補正したもの)とする発明(以下「本願発明」という。)につき特許出願をし(同年特許願第四七九五九号)、昭和五七年八月六日に出願公告(昭和五七年出願公告第三六九一六号)されたところ、訴外梅戸始から特許異議申立があり更に審査の結果、昭和五九年九月一〇日に拒絶査定を受けたので、昭和六〇年四月三〇日、これに対し審判の請求をした。

特許庁は、同請求を同年審判第七九八四号事件として審理した上、昭和六二年二月五日「本件審判の請求は、成り立たない。」(出訴期間として九〇日を附加)との審決をし、その謄本は、同年三月四日原告に送達された。

二  本願発明の要旨

イソマルツロースの中性水溶液を接触水素添加し、そして得られる反応混合物を、約八〇℃の温度で触媒を除去した後、〇・五~二℃/時の冷却速度での分別結晶化に付すことにより、該反応混合物からグルコピラノシド-一・六-マンニトールを純粋な形で分離することを特徴とするグルコピラノシド-一・六-マンニトールの製造方法。

三  本件審決の理由の要点

1  本願出願の日及び優先権主張の基礎となる出願の日並びに本願発明の要旨は一、二項のとおりである。

2  拒絶査定の理由となった特許異議決定の理由に引用された本願出願前頒布のクロマトグラフィア(Chromatographia)第七巻第七号(一九七四年)三六一頁から三六五頁まで(甲第五号証、以下「第一引用例」という。)には、パラチノース(イソマルツロースの別名)を水素化ホウ素カリウムで還元すると、予想される二個のジアステレオ異性体がほぼ等量ずつの割合で得られた旨記載され、その異性体に該当する六-O-α-D-グルコピラノシル-D-グルシトール(イソマルチトールの別名)及び六-O-α-D-グルコピラノシル-D-マンニトール(グルコピラノシド-一・六-マンニトールの別名)のそれぞれについて種々のイオン交換樹脂に対する分配係数を測定した結果が記載されている。

3  同じく本願出願前頒布の、日本化学会編、丸善株式会社発行、実験化学講座第二三巻、生物化学Ⅰ・三四八頁(甲第六号証、以下「第二引用例」という。)及び同じく本願出願前頒布の、食品添加物公定書注解編集委員会編、金原出版株式会社発行、第三版食品添加物公定書注解・五三八頁かち五三九頁まで(甲第七号証、以下「第三引用例」という。)には、糖類を接触還元して糖アルコールを製造する技術が記載されている。

4  そこで、本願発明と第一引用例に記載の技術とを対比すると、本願発明の接触還元による反応混合物は、実施例の記載からみて、グルコピラノシド-一・六-マンニトールとイソマルチトールとを等量の割合で含有するものであることが明らかであり、また、第一引用例においては、得られるジアステレオ異性体の各々について分配係数がそれぞれ別個に測定されているところからみて、各異性体が単離されているものと解され、してみると、本願発明と第一引用例に記載の技術は、いずれもイソマルツロースを還元してジアステレオ異性体であるグルコピラノシド-一・六-マンニトールとイソマルチトールとをほぼ等量の割合で含有する反応混合物を得、そこから各異性体を単離する点で一致しており、ただ、

(一) 還元手段が、本願発明においては中性水溶液中での接触還元であるのに対して、第一引用例においては水素化ホウ素カリウムである点

(二) 単離手段を、本願発明においては前記のとおり特定するのに対して、第一引用例には単離手段が明記されていない点

で両者は相違する。

5  つぎに、これらの相違点について、以下、検討する。

(一) 相違点(一)について

第二引用例及び第三引用例をみれば、糖類の還元手段として接触還元はよく使われるものであることが明らかであり、さらに、本願明細書に従来技術として引用されている西ドイツ特許公報第二二一七六二八号明細書(「西ドイツ特許出願公開第二二一七六二八号明細書」とあるのは誤記である。)には、イソマルツロースをアルカリ緩衝液を用いてpHを九以上に保って接触還元することによってイソマルタイト(イソマルチトールの別名)を得る方法が記載されており、ケトン糖を水添すれば二つのジアステレオ異性体が一対一の割合で得られるのが普通であるが、この方法の場合、pHを9以上に保つことによってイソマルタイトのみを得ることができたものである旨説明されているところからみて、イソマルツロースの還元に当たって、pHが九より低い中性水溶液中で接触還元すれば、第一引用例の場合と同様にグルコピラノシド-一・六-マンニトールとイソマルチトールが一対一の割合で生成するであろうということは、当業者ならば容易に想到できることである。

(二) 相違点(二)について

分別結晶化は、一般に物質の単離手段として広く行われているものであり、その際の冷却速度等の条件は、当業者が実施に当たって適宜決める程度のものである。

6  してみると、本願発明は、明細書中に引用されている従来技術を参照すれば、第一引用例から第三引用例までに記載の技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものというべきであるから、特許法第二九条第二項の規定により特許を受けることができないものである。

なお、審判請求人は、第一引用例から第三引用例までには、本願発明の目的化合物の低カロリー甘味料としての用途について触れるところがない旨主張するが、本願発明の目的化合物は、前記したとおり本願出願前公知の化合物であり、本願発明は公知化合物の製造方法に関する発明であるから、その特許要件は、目的化合物の用途によって左右されるものではない。

四  審決を取り消すべき事由

本件審決は、本願発明と第一引用例記載の技術の相違点(一)(還元手段についての相違点)についての判断を誤り(認定判断の誤り第1点)、さらに本願発明と第一引用例記載の技術の相違点(二)(単離手段についての相違点)についての判断を誤った(認定判断の誤り第2点)結果、本願発明は、第一引用例から第三引用例までに記載の技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたというべきであると判断を誤ったものであるから、違法として取り消されなくてはならない。

なお、前記三(本件審決の理由の要点)2ないし4の認定判断は認める。

1  認定判断の誤り第1点

(一) 本件審決は、「第二引用例及び第三引用例をみれば、糖類の還元手段として接触還元はよく使われるものであることが明らかである。」旨認定している。

しかし、第二引用例及び第三引用例には、少糖類に属するイソマルツロースの接触水素添加による還元については勿論、その他の手段の還元についても、全く記載がなく、示唆もない。

(1) 即ち、第二引用例には、単糖類に属するグルコースの還元によるソルビットの製造について簡単に述べられているのみであり、グルコース以外の糖類一般の還元については何ら記載も示唆もされていない。なお、第二引用例に記載された水素化ホウ素ナトリウムによる還元の場合、反応溶液のpHはアルカリ性範囲にあり、原告会社の研究者の経験によれば、反応溶液のpHは約一〇にも達する。したがって、この還元時のpH条件は、本件審決が引用する西ドイツ特許公告第二二一七六二八号明細書(甲第九号証・本件審決に「西ドイツ特許出願公開第二二一七六二八号明細書」と、本願特許出願公告公報(甲第三号証)の二頁3欄六行目、三二行から三三行にかけて及び四二行から四三行にかけてに「ドイツ公開明細書第二二一七六二八号」と、各記載されているのは誤記である。)に記載の方法で使用されている還元時のpH条件に包含されるものであり、本願発明における中性水溶液中での還元とは明らかに異なるものである。

(2) また、第三引用例も、単糖類であるD-ソルビットに関する文献であり、D-ソルビットの製法について、「電解還元法と接触還元法とがある。」、「最も普通に行われる方法はグルコースを還元する方法で、一番経済的で純度の高いソルビットを得ることができる。」旨の記載が散見されるのみであって、グルコース以外の糖類一般の還元については全く開示されていない。

(3) このように、第二引用例及び第三引用例には、単糖類の一種であるグルコースの還元について記載されているにすぎず、これらの引用例の記載のみから、単糖類のみならず、少糖類、多糖類をも包含する糖類一般につき、「糖類の還元手段として接触還元はよく使われるものである。」と演繹することは到底できないことである。

特に、本願発明の出発原料として使用されているイソマルツロースのような少糖類の還元の場合、アルド基またはケト基が還元されるのみならず、単糖類には存在しないグルコシド結合もまた還元開裂されて、しばしば複雑な組成の生成物が生ずることがあるので、第二引用例及び第三引用例に記載されている単糖類のみの還元についての知識から、少糖類の還元挙動を予測することは、当業者といえども容易なことではない。

即ち、グルコースは、アルドースー単糖類であり、還元した場合に反応し得る部位は、アルド基のみである(還元によりアルド基は一つのアルコール、即ちソルビトールに変わるのみである。)。これに対し、イソマルツロースは、ケトー二糖類であり、還元した場合に反応し得る部位としては、ケト基に加えて、単糖類には存在しないグルコシド結合も存在しており、ケト基は二つの異なったアルコールに還元されるのみならず、還元条件によってはグルコシド結合も還元開裂されて、しばしば複雑な組成の生成物が生ずることがある。

例えば、ドイツ特許出願公開明細書第一九三一一一二号(甲第一〇号証)には、本願発明のイソマルツロースと同じ二糖類であるサッカロース(蔗糖)をニッケル触媒を用いて接触還元(水素添加)した場合、ケト基の還元と同時にグルコシド結合の還元開裂も起こり、ソルビトールとマンニトールが生ずることが明らかにされている(甲第一〇号証三頁八行から二三行まで、四頁一六行から一八行まで参照)。

このことは、例えば、甲第九号証において、イソマルツロースが極めて特定された条件下で還元されているにもかかわらず、少量ではあるが、グルコシド結合が開裂してソルビットとマンニットが副生していることからも明らかである。

かように、第二引用例のグルコースと本願発明及び第一引用例のイソマルツロースとは、還元反応に対する性質を比較しただけでも明確に相違する異質の物質であり、「いずれも糖類である点で共通している」という上位概念で一括して論ずることはできない。

(4) 被告は、「グルコースとイソマルツロースは、いずれも水素化ホウ素アルカリ金属化合物によっては同様に還元されることが明らかであるから、第二引用例に挙げるもう一つの還元手段である接触還元についても、グルコースとイソマルツロースの両者にともに適用できるであろうと考えることは、当業者ならば当り前のことであって、接触還元の場合には特に同様に反応するとは考えられないという理由が明らかでない。」と主張する。

しかし、イソマルツロースがケト基以外に還元を受ける可能性のある部位を持たなければ、そのようにいえるかも知れないが、前記のとおり、イソマルツロースは分子中に還元開裂し得る部位としてケト基以外にグルコシド結合が存在しており、用いる還元手段、条件等によっては、このグルコシド結合も還元開裂する可能性を秘めているのである。のみならず、水素化ホウ素アルカリ金属化合物を用いる糖の還元は、一般に室温、常圧という極めて穏和な条件下に行われるのに対し、糖の接触還元は前記甲第一〇号証からも明らかなように、通常、かなりの高温、高圧下に実施されるから、両者を同等視することはできない。

(5) したがって、本件審決の前記認定は、第二引用例及び第三引用例を不当に拡大解釈したものであり、誤りである。

(二) また、本件審決は、本願明細書が従来技術として引用する前記西ドイツ特許公告第二二一七六二八号明細書(甲第九号証)の記載を引用して、「イソマルツロースの還元に当たって、pHが九より低い中性水溶液中で接触還元すれば、第一引用例の場合と同様にグルコピラノシド-一・六-マンニトールとイソマルチトールが一対一の割合で生成するであろうということは、当業者ならば容易に想到できることである。」と認定している。

しかし、右の認定も甲第九号証の一部の記載を誤って解釈したものであり誤りである。

(1) 即ち、甲第九号証の本件審決が指摘する個所には、「水素添加により実際上イソマルチットのみを生成せしめるためには、水素添加の終点において、反応混合物のpH値を九以上に保持しなければならないことが意外にも見出だされた。というのは一般には、ケト糖の水素添加により、二つの立体異性体型が一対一の比で生成し、例えば、ツルクトースの水素添加により、ソルビット及びマンニットが生成するからである。」(甲第九号証二頁2欄五二行から五九行まで。訳文一頁一三行から二頁四行まで。)との記載がある。

右の記載から明らかなように、甲第九号証には、ケト糖を水素添加した場合、通常二つの立体異性体が一対一で生成する、例えばフレクトース(これは単糖類である)からソルビットとマンニットが生成すると述べられているだけであって、イソマルツロース(少糖類に属する)を、pH九以下で水素添加した場合に、どのような生成物がいかなる比率で生成するかについては、何ら記載も示唆もされていない。

(2) しかも、甲第九号証には、前記のとおり、ケト糖の水素添加の場合、二つの立体異性体が一般には一対一の比で生成すると述べているだけで、一体いかなるpH値で水素添加を行った場合に、二つの立体異性体が一対一で生成するかについては、全く教えるところがない。

むしろ、甲第九号証には、「本発明に従う水素添加に際して、結晶性イソマルツロースから出発すると、反応生成物は乾燥物質として、九八%以上がイソマルチットから成り、二%未満がソルビット、マンニット並びに未反応のイソマルツロース及びイソマルトースの如き他の糖である。」(甲第九号証二頁2欄六五行から三頁3欄二行まで。訳文二頁八行から一三行まで。)と記載され、イソマルツロースを甲第九号証に記載の条件下に水素添加した場合には、イソマルチトールだけが一〇〇%に近い割合で生成し、イソマルチトールの異性体であり且つ本願発明の目的生成物であるグルコピラノシド-一・六-マンニトールは生成しないことが明らかにされている。

(3) したがって、甲第九号証の右のような記載からすれば、イソマルツロースの水素添加時のpH値を、pH九のアルカリ性から中性に変えただけで、グルコピラノシド-一・六-マンニトールがイソマルチトールとほぼ一対一の比で生成するということは、全く意外なことであり、甲第九号証の記載から当業者が決して容易に想到し得るものではない。

(4) また、甲第九号証には、前記(2)に引用した記載のように、イソマルチトールのみが優先的(選択的)に生成するように特定された接触還元の条件下ですらも、わずかであるが、グルコシド結合の開裂によりソルビットとマンニットが副生することが明らかにされている。

このように、甲第九号証には、イソマルツロースを接触還元する場合、その条件次第ではグルコシド結合の開裂等の副反応が生起することが明瞭に示されている。

(5) のみならず、前記(一)(3)のとおり、甲第一〇号証には、本願発明のイソマルツロースと同じ二糖類であるサッカロースをpH九以下、即ちpH六ないし八の条件下に接触還元した場合には、ケト基の還元とグルコシド結合の開裂とが同時的に生じて、ソルビトールとマンニトールが生成することが明らかにされている。

これを具体的にみると、甲第一〇号証の一〇頁下から六行から一一頁九行までには、実施例6として、六八重量%の濃度のサッカロースの中性水溶液をニッケル触媒の存在下、且つ、一四一過気圧(ゲージ圧)の水素加圧下に一六〇℃で接触水素添加することにより、還元とグルコシド結合の開裂の二つの反応が同時的に生じて、マンニトールとソルビトールとの混合物が高収率で生成し、還元糖はほとんど生成しないことが明らかにされている。

一方、本願の実施例1には、六五重量%の濃度のイソマルツロースの中性水溶液をニッケル触媒の存在下、且つ、一〇〇Kp/cm2(約一〇〇気圧)の水素加圧下に一二〇℃で接触水素添加することにより、グルコピラノシド-一・六-マンニトールとイソマルチトールとが一対一で生成し、グルコシド結合の開裂によって生ずるソルビトールは痕跡量であったことが明らかにされている。

そこで両者の実施例における反応条件を対比すると、原料糖水溶液の濃度、pH及び触媒の種類において両者は実質的に同じであり、しかも、接触水素添加反応時の圧力及び温度においては両者の間に大きな差はない。それにもかかわらず、甲第一〇号証の実施例6では、サッカロースのグルコシド結合の開裂によるグルコース及びフルクトースの生成反応とこれら単糖類(グルコース及びフルクトース)の還元反応が主として生ずるのに対し、本願の実施例1では、イソマルツロースの還元のみが優先的に進行し、グルコシド結合の開裂反応はほとんど生じないということは、甲第一〇号証の右のような記載からは全く意外なことであり、容易には予測し得ないことである。

(6) 以上のとおり、甲第九号証及び甲第一〇号証の記載からすれば、イソマルツロースの水素添加時のpH値を、pH九のアルカリ性から中性に変えただけで、グルコピラノシド-一・六-マンニトールがイソマルチトールと略々一対一の比で生成するということは全く意外なことであり当業者が容易に想到し得るものではない。

(7) 以上の理由により、イソマルツロースを中性水溶液中で水素添加すれば、グルコピラノシド-一・六-マンニトールとイソマルチトールが一対一の割合で生成するであろうことは当業者が容易に想到し得ることであるとした本件審決の認定判断は誤りである。

2  認定判断の誤り第2点

(一) 本件審決は、本願発明の方法における分別結晶化工程について、「分別結晶化は、一般に物質の単離手段として広く行われているものであり、その際の冷却速度等の条件は、当業者が実施に当たって適宜決める程度のものである。」と認定判断している。

しかし、本件審決は、右認定判断の根拠となる証拠を何ら提示しておらず、明らかに失当である。

本件審決が「分別結晶化」という語をどのように理解して右のように認定しているのかは明らかでないが、この語によって総括的に表現される具体的操作は極めて多様である(甲第八号証(化学大辞典編集委員会編「化学大辞典」第八巻二一一頁)の「分別結晶」の項参照)。

本願発明は、単にイソマルツロースを接触水素添加してグルコピラノシド-一・六-マンニトールを製造するというだけではなく、このように接触水素添加して得られる反応混合物を、a 約八〇℃の温度で触媒を除去した後、b 〇・五~二℃/時の冷却速度での分別結晶化に付すことにより、c 該反応混合物からグルコピラノシド-一・六-マンニトールを純粋な形で分離する、点にも重要な特徴を有するものであり、これによってはじめて、食品添加物として許容され得る化学的に純粋なグルコピラノシド-一・六-マンニトールを、工業的に実施可能な方法で製造することに成功したものである。

しかるに、本件審決が引用するどの引用例にも、このような特定の操作条件下に反応混合物から糖アルコールを純粋な形で単離することについて何ら記載も示唆もされていない。したがって、第一引用例ないし第三引用例の記載から、本願発明のグルコピラノシド-一・六-マンニトールの単離、精製法を想到することは到底不可能なことである。いわんや、分別結晶化についての漠然とした一般的な知見から容易に想到することができないことは明らかである。

したがって、一般的な分別結晶化から、本願発明における反応混合物からのグルコピラノシド-一・六-マンニトールの単離法が容易に想到し得るとした本件審決の認定判断は誤りである。

(二) さらに、第一引用例の三六二頁の表1には、六-O-α-D-グルコピラノシル-D-マンニトール(グルコピラノシド-一・六-マンニトール)及び六-O-α-D-グルコピラノシル-D-グルシトール(イソマルチトール)の七五℃における容量分配係数が記載されている(同表の最後及び最後から三番目)が、この分配係数を比較することから明らかなように、右二つの化合物の分配係数は互いに近似している。したがって、この表によれば、これら二つの化合物を工業的に効率よく分離して、六-O-α-D-グルコピラノシル-D-マンニトール(グルコピラノシド-一・六-マンニトール)を純粋な形で単離するのは困難であろうと懸念するのが普通であり、それが本願出願当時の技術水準であった。

ところが、本願発明において、グルコピラノシド-一・六-マンニトールはイソマルチトールに比べて、〇~六〇℃の温度範囲内で溶解度が著しく低下するという意外な事実が見出され(甲第三号証六頁第1図参照)、このような知見に基づいて、イソマルツロースの接触水素添加によって得られる反応混合物を、前記のとおり、a 約八〇℃の温度で触媒を除去した後、b〇・五~二℃/時の冷却速度での分別結晶化に付すことにより、c 該反応混合物からグルコピラノシド-一・六-マンニトールを純粋な形で分灘する方法を確立し、これにより工業的に実施可能な方法で、比較的簡単に、化学的に純粋なグルコピラノシド-一・六-マンニトールを好収率で製造することに成功したものである。

しかるに、第二引用例、第三引用例はもとより第一引用例にも、本願発明の前記知見並びにこのような知見に基づいて開発された前記aないしcよりなるグルコピラノシド-一・六-マンニトールの分離、精製工程について何ら記載も示唆もされておらず、したがって、本願発明のグルコピラノシド-一・六-マンニトールを食品添加物として許容され得る化学的に純粋な形で単離する工業的に実施可能な方法は、第一引用例ないし第三引用例の記載からは想到することができないことは明らかである。

なお、第一引用例の三六二頁の表1に記載された糖アルコールの容積分配係数は、分配クロマトグラフィーにより糖アルコールが吸着したイオン交換樹脂(固相)を溶離液としてのエタノール水溶液(液相)と接触させたときに、イオン交換樹脂に吸着されている糖アルコールがどの程度脱着してエタノール水溶液に分配するかの目安となるパラメーターであり、本願発明における水を溶媒とする特定条件下での分別結晶化とは全く概念の異なるものである。したがって、第一引用例記載のグルコピラノシド-一・六-マンニトール及びイソマルチトールの分配係数が近似しているとはいえ差があることから、分別結晶による単離の際に問題となる、両者の水に対する溶解度に差があることを推定できるものではない。

(三) しかも、グルコピラノシド-一・六-マンニトールは従来ほとんど知られておらず、この物質の理化学的性状は全く知られていないに等しく、グルコピラノシド-一・六-マンニトールがどのような溶解挙動を示すかは、従来全く知られていなかったことである。ことに、イソマルツロースの還元によって副生するイソマルチトールとの間にどのような溶解度の差異があるかということは、皆目知られていなかったことである。

糖及び糖アルコールは一般の化合物と異なり、数種類の異性体があり、溶液中で互変異性体を形成する等の特殊性があって、一般の溶解度及び結晶化技術の知識だけでは、糖又は糖アルコールの異性体混合物の溶液から、特定の立体配置の糖又は糖アルコールを満足に単離精製するのは困難であり、特に本願発明が意図している工業的規模での単離精製をするためには、それ相当の技術的検討を要することである。

本願発明においても、グルコピラノシド-一・六-マンニトール及びイソマルチトール並びに原料のイソマルツロースの理化学的性質を詳細に検討し、その結果、反応混合物の冷却速度をコントロールするという極めて簡単な操作だけで、工業的規模で高純度のグルコピラノシド-一・六-マンニトールを好収率で製造することのできる方法を世界で初めて確立したものである。

(四) 被告は、ジアステレオマー相互の分離に当たっては、分別結晶が最も代表的な分離手段であるとして乙第一号証を引用する。

本願発明の還元反応生成物であるグルコピラノシド-一・六-マンニトールとイソマルチトールとが互いにジアステレオマーの関係にある化合物であることは認める。

しかし、乙第一号証に「光学的に安定なラセミ体と光学活性試薬(いわゆる分割剤)を結合させて生成する二種のジアステレオマー(対掌体でないから物理的性質を異にする)を通常溶解度の差を利用して分別結晶によって分離し・・・」(乙第一号証五一七頁三行から五行まで)と記載されていることから明らかなとおり、乙第一号証に記載のジアステレオマーの分別法は、ラセミ体と分割剤を結合させて生成する二種のジアステレオマーを分別結晶により分離する方法であり、そのような分割剤を用いない本願発明の分別結晶化とは全く相違するものである。

したがって、本願発明における分別結晶化による反応混合物からのグルコピラノシド-一・六-マンニトールの分離、精製は、乙第一号証からは何ら示唆されるものではない。

また、乙第一号証には、「あるラセミ体の分割にこの方法を実施するに当っていかなる分割剤を選択すべきか、またはこれを用いた場合対掌体のいずれの方が難溶性の結晶をあたえるかについては一般則はない。したがって新しい合成ラセミ体を分割するには通常種々の分割剤と種々の溶媒を用いて相当予備的の実験が必要である。分割は溶解度の適当な差によるものであるから実施に当たって困難に遭遇することが多く、二つのジアステレオマーの完全な分別に成功することは比較的まれであって、最もよい方法が見つかるまでには時日を要する」(乙第一号証五一七頁二一行から二七行まで)との記載があり、かように、ジアステレオマーの分別操作は当業者にとっても決して容易なものではなく、相当の困難を伴うものであり、二つのジアステレオマーの完全な分離に成功することは比較的まれなことである。

したがって、ジアステレオマーの分別における困難性を解決する手段について具体的に開示されていない乙第一号証から、本願発明における反応混合物からのグルコピラノシド-一・六-マンニトールの分離工程を想到することは到底不可能なことである。

本願発明の還元反応生成物であるグルコピラノシド-一・六-マンニトールとイソマルチトールとの間にどの程度の溶解度の差があるか全く知られていなかった本願出願当時の技術水準によれば、ジアステレオマーの関係にあるこれら二つの化合物が、乙第一号証に記載されている分割剤を用いる一般的手法ではなく、反応混合物の冷却速度をコントロールするという極めて簡単な操作だけで分離することができ、工業的規模で高純度のグルコピラノシド-一・六-マンニトールを好収率で製造することができたということは、当業者といえども決して容易に想到し得ることではない。

(五) 以上の理由により、本願発明の方法は、従来技術から当業者が容易に想到し得るものでないことは明らかである。

第三  請求の原因に対する認否及び被告の主張

一  請求の原因一ないし三は認めるが、同四は争う。本件審決の認定判断は正当であり、原告主張の取消事由はない。

二  認定判断の誤り第1点について

1  第二引用例には、ソルビットの製造について、「大量にはグルコースの電解還元または接触還元でつくられるが、少量にはナトリウムアマルガムまたは水素化ホウ素ナトリウムで還元するとよい。」(甲第六号証三四八頁七行から九行まで)と記載されており、グルコースの還元手段として、接触還元と水素化ホウ素ナトリウムの両者を並べてあげている。

ただ、第二引用例の原料グルコースは単糖類であるのに対して、本願発明及び第一引用例の原料イソマルツロースは二糖類であるが、いずれも糖類である点で共通しており、その反応は、いずれも糖類のオキソ基を還元してアルコールに変えるものである。そして、第二引用例にあげる還元手段のうち、水素化ホウ素ナトリウムは、第一引用例の還元手段である水素化ホウ素カリウムと同等の手段であり、したがって、グルコースとイソマルツロースは、いずれも水素化ホウ素アルカリ金属化合物によっては同様に還元されることが明らかである。

してみると、第二引用例にあげるもう一つの還元手段である接触還元についても、グルコースとイソマルツロースの両者にともに適用できるであろうと考えることは、当業者ならば当たり前のことであって、接触還元の場合には特に同様に反応するとは考えられないという理由が明らかでない。

2  本願明細書に従来技術として引用されている甲第九号証には、イソマルツロースを接触還元して糖アルコールを得る方法が記載されており、その際、グルコシド結合の開裂等の副反応がみられないところからみても、第一引用例の方法において、還元手段を接触還元に置き代えることは、当業者ならば容易に想到できることである。

さらに、甲第九号証には、ケト糖(イソマルツロースもケト糖である。)を水素添加すれば、一般には二つの立体異性体(ジアステレオマー)が一対一の比率で生成する旨記載され(甲第九号証訳文二頁一行から二行まで)、イソマルツロースの還元においては、pHを九以上に保持することによって、意外にもイソマルチトールのみを生成させ得ることが見出された旨記載されている(甲第九号証訳文一頁本文一三行から末行まで)。この記載をみれば、甲第九号証においてはpH条件を種々に変えて還元を行い、九以上にしたときに初めてイソマルチトールのみを生成させ得たものであって、九以下では、ケト糖の水素添加一般どおりに二つのジアステレオマー、即ち、イソマルチトールとグルコピラノシド-一・六-マンニトールの両方が生成したであろうことを充分窺知することができる。

3  グルコシド結合は、加水分解によっては開裂するが、還元剤の作用は受けない。この点については、甲第一〇号証においても、「サッカロースが加水分解されてグルコースとフルクトースの混合物になり、さらに接触還元されてソルビットとマンニットの混合物が得られることは、たとえば、米国特許第二六〇九三九九号明細書に記載されている。また、米国特許第二二八〇九七五号明細書に記載されているように、サッカロースは、酸性水溶液中で水素と反応させると、同じ反応器中で加水分解反応と還元反応の両方が起こってソルビットとマンニットの混合物が得られる。」(甲第一〇号証一頁下から三行ないし二頁七行)と記載されており、グルコシド結合が開裂する反応については「加水分解」と明記している。

原告が指摘する甲第一〇号証の三頁八行から二三行まで及び四頁一六行から一八行までをみても、グルコシド結合が加水分解によって開裂したのではなく、還元によって開裂したと解される記載はない。

一般に糖類のグルコシド結合の加水分解反応は、酸、アルカリ又は酵素の存在によって促進されることが知られているが、そのことはサッカロースについての甲第一〇号証の各実施例についての記載からみても明らかであり、pH六ないし八の実質的中性でも一六〇℃ないし一九〇℃の高温で反応させれば、還元と同時にグルコシド結合の加水分解も起きることは認められるが、同じ二糖類でもイソマルツロースの場合には、pH九以上の水溶液を一二〇℃ないし一三〇℃で水素化しても、単に還元反応が起こるのみで、グルコシド結合の加水分解反応はわずか二%未満であることが甲第九号証に記載されているのであるから、より緩和な中性で反応を行う場合には、グルコシド結合の開裂はほとんど起こらないことは、当業者に明らかであった。

三  認定判断の誤り第2点について

1  化合物相互の分離手段として、分別結晶が当業者によく知られたものであることは、甲第八号証のようなきわめてポピュラーな辞典にこれが載せられている点からみても明らかである。

特に、ジアステレオマー相互の分離に当たっては、分別結晶が最も代表的な分離手段であることは、乙第一号証に記載されており、本願発明の還元反応生成物であるグルコピラノシド-一・六-マンニトールとイソマルチトールも、互いにジアステレオマーの関係にある化合物である。

そして、冷却の温度、速度等の実施条件は、溶解度等の物性に基づくものであるから、適用しようとする化合物に適する条件を選ぶ程度のことは、当業者ならば何ら創意を要することではない。

2  原告は、本願発明の分離工程は、分割剤を用いない点で乙第一号証の方法と全く相違する旨主張する。

しかしながら、乙第一号証には、二種のジアステレオマーは、対掌体ではないから物理化学的性質を異にし、通常溶解度の差を利用して分別結晶によって分離する旨記載されており、乙第一号証において分割剤を使用するのは、物理化学的性質を同じくする対掌体を、このままでは分離できないから、人為的にジアステレオマーに変換するためである。

これに対して、本願発明においては、還元工程によって、ジアステレオマー混合体が生成するのであるから、分割剤を結合させて人為的にジアステレオマーにする必要がないことは当然であり、したがって、分割剤を使用しないことを根拠に、本願発明の分離工程が乙第一号証の方法と全く相違するとはいえない。

3  原告は、本願発明の還元工程の生成物である二種のジアステレオマーは、どの程度溶解度に差があるか従来全く知られていなかったのであるから、これを分別結晶により分離することは、当業者の容易に想到し得ることではない旨主張する。

しかし、溶解度等の物性の測定は、周知の技術であり、しかも本願発明によって得られるジアステレオマーは、第一引用例に記載されて本願出願前公知の化合物であるから、その物性も、たとえ文献に明記されていなくても、すでに知られているというべきである。

また、第一引用例には、グルコピラノシド-一・六-マンニトール及びイソマルチトールの分配係数には明らかに差異があり、このことは両者の物性の相違を表すものであり、水に対する溶解度にも差があることを推定させる。

したがって、本願発明のジアステレオマーの溶解度が文献に記載されていないことを根拠に、本願発明の分離工程が容易に想到できないとはいえない。

4  原告は、乙第一号証には、ジアステレオマーの分別結晶化による分離は、成功するまでにかなりの努力と日時を要する旨記載されている点を根拠に、その困難を解決するための手段を何ら具体的に示していない乙第一号証に基づいて、本願発明の分離工程に想到することは不可能である旨主張する。

なるほどジアステレオマーを分別結晶によって分離するに当たっては、どの溶媒を用いれば効率よく分離できるか、相当数の溶媒を試してみなければならないことが多く、相当の労力を要することは事実である。

そこで、もしもこの労力を省くために何らかの工夫をしたというのであれば、それは進歩性ある技術といえようが、本願発明の分離工程をみても、何ら工夫のあとは見当らないところからみて、本願発明の分離工程は、相当の労力を要するかも知れない従来技術を、単に労をいとわずに試みたというだけのものと解され、進歩性あるものということはできない。

第四  証拠関係

証拠関係は、本件記録中の書証目録の記載のとおりであるからこれを引用する。

理由

一  請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、同二(本願発明の要旨)及び同三(本件審決の理由の要点)は当事者間に争いがない。

二  認定判断の誤り第1点について

1(一)  成立について当事者間に争いのない甲第六号証によれば、第二引用例にはソルビットについて、「ナナカマドの果実中にL-ソルボースおよびL-イジットとともに含まれる。大量にはグルコースの電解還元または接触還元でつくられるが、少量にはナトリウムアマルガムまたは水素化ホウ素ナトリウムで還元するとよい。ことに水素化ホウ素ナトリウムを用いると容易に短時間で定量的に還元できる。」と記載されていることが認められる。

右事実によれば、第二引用例にはグルコースを還元してソルビットを大量に製造するに当たって、接触還元が用いられることが記載されていることが明らかである。

(二)  また、成立について当事者間に争いのない甲第七号証によれば、第三版食品添加物公定書注解である第三引用例にはD-ソルビットの項の製法についての注解として、「電解還元法と接触還元法とがあるが、現在では、欧米諸国およびわが国においてほとんどが接触還元法を採用している。・・・原料面から分類すると(1)デンプン、デキストリン、麦芽糖のごとき多糖類の分解還元法、(2)ショ糖の転化、還元による法、(3)フルクトースを還元する法、(4)グルコースを還元する法などがあげられるが、最も普通に行われる方法は(4)のグルコースを還元する方法で、一番経済的で純度の高いソルビットを得ることが出来る。その製造工程は、約五〇%グルコース溶液に触媒としてラネーニッケルを添加懸濁し、pHを調整したのち、水素圧五〇~一八〇kg/cm2、温度五〇~一五〇℃で激しくかき混ぜて反応させる。反応終了後還元液中から触媒を除き、ついで・・・さらに脱イオン液は濃縮してソルビット液とする。本品はソルビット液をさらに濃縮して、ほとんど水分を含有しない乾燥物としたものである。」との記載があることが認められる。

右事実によれば、第三引用例にはD-ソルビットを製造する方法として、電解還元法と接触還元法とがあるが、現在では、ほとんどが接触還元法を採用していること、原料面から分類すると、フルクトースを還元する方法、グルコースを還元する方法等があるが、最も普通に行われる方法は、グルコースを還元する方法であることが記載されていることが明らかである。

(三)  右のような、第二引用例及び第三引用例の記載は、単糖類のグルコース及びフルクトースの接触還元に関するものであり、これらの記載のみから直ちに少糖類(本願発明における原料のイソマルツロースは少糖類のうちの二糖類である)、多糖類を含む糖類一般について、「糖類の還元手段として接触還元はよく使われるものであることが明らかであり」ということはできない。

その意味では、「第二引用例及び第三引用例をみれば、糖類の還元手段として接触還元はよく使われるものであることが明らかであり」との本件審決の認定は誤りである。

しかし、単糖類のグルコース及びフルクトースのカルボニル基(アルド基又はケト基)を還元し糖アルコールであるD-ソルビットを製造するのに、ほとんどが接触還元法を採用していることは、少糖類、多糖類についてもそのカルボニル基を還元して糖アルコールを製造する方法として接触還元を採用できる可能性を示唆しているものと認められる。

そして、成立について当事者間に争いのない甲第九号証(西ドイツ特許公告第二二一七六二八号明細書、一九七三年一〇月三一日公告)によれば、少糖類のうち二糖類に属するイソマルツロースを還元して糖アルコールであるイソマルチット(イソマルチトール)を製造する方法として接触還元が採用されている(詳細については後記2認定のとおり)ことが認められ、前記示唆が的外れでないことは、本願出願当時裏づけられており、成立について当事者間に争いのない甲第三号証によれば、前記甲第九号証は、本願明細書中にも、「イソマルチトールはイソマルツロースからアルカリ水溶液中での水素添加により製造しうることはドイツ公開明細書第二二一七六二八号から既知である。」(「公開明細書」とあるのは「特許公告明細書」の誤記と認める。)として引用されていることが認められる。

(四)  他方、少糖類を還元しようとする場合、カルボニル基(アルド基又はケト基)が還元される場合のみではなく、単糖類には存在しないグルコシド結合が開裂する場合のあることが予測されることは原告主張のとおりである。

成立について当事者間に争いのない甲第一〇号証(ドイツ特許出願公開明細書第一九三一一一二号、一九七〇年一月二日公開)によれば、同号証には次のとおりの記載があることが認められる。

(1) 本発明は、サッカロース溶液の水素化によりマンニトールとソルビトールの混合物を製造する方法に関する(甲第一〇号証訳文二頁七行から九行まで)。

(2) 例えば、米国特許明細書第二六〇九三九九号明細書に記載の如く、サッカロースを加水分解して転化糖として知られているグルコースとフルクトースの混合物とし、触媒により水素化してソルビトールとマンニトールの混合物とすることができることは知られている。米国特許明細書第二二八〇九七五号に記載の如く、酸性溶液中のサッカロースを水素化することができ、その際に加水分解及び還元が同じ反応器で生じ、そしてその際ソルビトールとマンニトールの混合物が生成する。これらの方法のどれも、特に水素化を連続的に得う場合に、糖残留物及び他の多価の物質を実質的に含まないマンニトールとソルビトールの混合物の製造には好適ではない。サッカロースの加水分解及び水素化を一段階で行おうとすると、経済的で連続的な方法で許容される短い反応時間内での完全な加水分解に必要な酸性度は、還元が行われる前に、生成した単糖の部分的異性化をもたらす。この異性体は還元の後マンニトール及びソルビトール以外の生成物を形成する(甲第一〇号証訳文二頁一七行から三頁一八行まで)。

(3) 本発明の方法に従ってサッカロースから製造されたマンニトールとソルビトールの混合物は、残留糖及び多価の物質を実質的に含まず、そして実質的に中性のサッカロース溶液を水素化触媒及び水素の存在下に約一六〇℃乃至一九〇℃の温度で加熱することを特徴とする。本発明の好ましい態様に従えば、サッカロース約五〇%乃至七五%を含有するサッカロース水性溶液の連続供給物を・・・(中略)・・・担体上のニッケル水素化触媒と混合し・・・(中略)・・・オートクレーブ内で一〇五乃至一七五過気圧(atu)の圧力下で水素の存在下に一六〇℃乃至一七五℃で1/4時間乃至一時間加熱する。水素化生成物を・・・(中略)・・・例えば分別結晶化によって、ソルビトール成分とマンニトール成分に分離することができる。・・・(中略)・・・本発明の方法の出発物質として使用されるサッカロース溶液は、実質的に中性であり、即ち、六乃至八のpH値を有する(甲第一〇号証訳文四頁八行から六頁六行まで)。

右甲第一〇号証の記載によれば、二糖類に属するサッカロースの実質的に中性の溶液をニッケル触媒を用いて前記のとおりの条件で水素化すると、グルコシド結合の開裂とケト基の還元が同時に生じてソルビトールとマンニトールが生成することが認められる。

しかし、そのことは、前記(三)認定の第二引用例及び第三引用例が示唆し、甲第九号証が裏づける、少糖類、多糖類についてもそのカルボニル基を還元して糖アルコールを製造する方法として接触還元を採用できる可能佳を否定することにはならず、接触還元が採用できない場合があることを示すにすぎない。

2(一)  前記甲第九号証によれば、同号証には、「本発明に従うイソマルチットの製造に際し、乾燥分四〇%に蒸発濃縮されたイソマルツロース溶液又は結晶性イソマルツロースの四〇%水溶液から出発すると、炭酸ナトリウムと炭酸マグネシウムのアルカリ性緩衝剤混合物(重量比一対一で一緒に混合された)及び触媒としてラネーニッケル・・・(中略)・・・を添加して、温度を一三〇℃に徐々に上昇させ且つ水素圧を三〇kg/cm2から一〇〇kg/cm2まで増加させて水素添加がなされる。・・・(中略)・・・水素添加により実際上イソマルチットのみを生成せしめるためには、水素添加の終点において、反応混合物のpH値を九以上に保持しなければならないことが意外にも見出された。というのは一般には、ケト糖の水素添加により、二つの立体異性体が一対一の比で生じ、例えば、フルクトースの水素添加により、ソルビット及びマンニットが生成するからである。水素添加を終了させた後、ラネーニッケルを反応混合物から除去し・・・(中略)・・・本発明に従う水素添加に際して、結晶性イソマルツロースから出発すると、反応生成物は乾燥物質として、九八%以上がイソマルチットから成り、二%未満がソルビット、マンニット並びに未反応のイソマルツロース及びイソマルトースの如き他の糖である。」(甲第九号証抜粋訳文一頁四行から二頁一三行まで)との記載があることが認められる。

したがって、本願明細書に従来技術として引用されている西ドイツ特許公報(「西ドイツ特許出願公開」とあるのは誤記と認める。)第二二一七六二八号明細書には、「イソマルツロースをアルカリ緩衝液を用いてpHを九以上に保って接触還元することによってイソマルタイト(イソマルチット、イソマルチトールの別名)を得る方法が記載されており、ケトン糖を水添すれば二つのジアステレオ異性体が一対一の割合で得られるのが普通であるが、この方法の場合、pHを九以上に保つことによってイソマルタイトのみを得ることができたものである旨説明されている」旨の本件審決の認定(請求の原因三5(一)参照)に誤りはない。

(二)  右(一)認定の事実によれば、甲第九号証には、本願発明の出発物質と同じイソマルツロースを同所記載の条件で本願発明と同じく水素添加により接触還元すれば、そのカルボニル基を還元した糖アルコールの二つの異性体の内の一つであるイソマルチット(イソマルタイト又はイソマルチトールと同じ)が反応生成物の九八%を占め、グルコシド結合が開裂したことによる生成物と認められるソルビット、マンニットは二%未満であること、一般には、ケト糖の水素添加により、二つの立体異性体が一対一の比で生ずるものであるのに、意外にも、水素添加の終点において反応混合物のpH値を九以上に保持することにより、このように実際上イソマルチットのみを生成させることが見出されたことが開示されているものと認められる。

また、甲第九号証に、イソマルツロースを、pH九より低い条件で水素添加した場合に、どのような生成物がいかなる比率で生成するかについて直接記載されていることを認めるに足りる証拠はないが、前記「水素添加により実際上イソマルチットのみを生成せしめるためには、水素添加の終点において、反応混合物のpH値を九以上に保持しなければならないことが意外にも見出された。というのは一般には、ケト糖の水素添加により、二つの立体異性体が一対一の比で生じ、・・・」との記載は、イソマルツロースをpHを九より低くして水素添加した場合、一般の例のとおり二つの立体異性体、イソマルチットとグルコピラノシド-一・六-マンニトールが一対一の比で生ずることを示唆しているものと解することができる。

右記載に続く部分には、「例えば、フルクトースの水素添加により、ソルビット及びマンニットが生成するからである。」と記載されているが、前記の両記載を通読すれば、フルクトースを水素添加すると、ソルビット及びマンニットが生成することのみと対比して「意外にも」と表現しているのでなく、一般には二つの立体異性体が一対一の比で生ずるはずであるという予測と対比して「意外にも」と表現していることは明白である。

3  本件審決の認定判断中、第一引用例には、イソマルツロース(パラチノース)を水素化ホウ素カリウムで還元すると、予想される二個のジアステセオ異性体、即ちイソマルチトール及びグルコピラノシド-一・六-マンニトールがほぼ等量ずつの割合で得られた旨記載されていること(請求の原因三2参照)は、原告の自ら認めるところである。

そして、前記1(三)のとおり、第二引用例、第三引用例に、単糖類のグルコース及びフルクトースのカルボニル基を還元し糖アルコールであるD-ソルビットを製造するのに、ほとんどが接触還元法を採用していることが記載されていることから、少糖類についてもそのカルボニル基を還元して糖アルコールを製造する方法として接触還元を採用できる可能性が示唆されており、現に甲第九号証には二糖類に属するイソマルツロースを還元して糖アルコールであるイソマルチトールを製造する方法として接触還元が採用されており前記示唆が的外れでないことが裏づけられており、更に、前記2(二)のとおり、甲第九号証には、イソマルツロースをpHを九より低くして水素添加した場合、ケト糖の水素添加により、二つの立体異性体が一対一の比で生ずるという一般の例のとおり、二つの立体異性体、イソマルチットとグルコピラノシド-一・六-マンニトールが一対一の比で生ずることが示唆されているものと解することができる。

したがって、イソマルツロースの還元に当たって、pHが九より低い溶液中で接触還元すれば、第一引用例の場合と同様にグルコピラノシド-一・六-マンニトールとイソマルチトールが一対一の割合で生成するであろうということは、当業者ならば容易に推考できるところであり、pHが九より低い条件の中から中性と限定することは当業者が適宜実験を繰り返すことにより容易に行うことができるものと認められるから、「イソマルツロースの還元に当たって、pHが九より低い中性水溶液中で接触還元すれば、第一引用例の場合と同様にグルコピラノシド-一・六-マンニトールとイソマルチトールが一対一の割合で生成するであろうということは、当業者ならば容易に想到できることである。」との本件審決の認定判断に原告主張の誤りはない。

前記1(三)認定の、第二引用例及び第三引用例の記載事項についての本件審決の誤認は、右の結論に影響を及ぼすものではない。

4  前記2(一)(二)に認定したとおり、甲第九号証には、イソマルチトールのみが生成するように特定された接触還元の条件下でも、二%未満とわずかではあるが、グルコシド結合の開裂によりソルビットとマンニットが副生することが記載されており、イソマルツロースを接触還元する場合、その条件次第ではグルコシド結合の開裂等の副反応が生起する可能性があることが示されている。しかし、甲第九号証には、イソマルツロースをpH九より低くして水素添加した場合、ケト糖の水素添加により、二つの立体異性体が一対一の比で生ずるという一般の例のとおり、二つの立体異性体、イソマルチットとグルコピラノシド-一・六-マンニトールが一対一の比で生ずることも示唆されているものと解することができることは前記3に判断したとおりである。

また、前記1(四)認定のとおり、甲第一〇号証には、本願発明のイソマルツロースと同じ二糖類であるサッカロースを、pH九以下に含まれるpH六ないし八の条件下に接触還元した場合には、グルコシド結合の開裂とケト基の還元とが同時的に生じて、ソルビトールとマンニトールが生成することが明らかにされており、前記甲第一〇号証によれば、甲第一〇号証には、前記1(四)認定の記載の後に、実施例6として、六八重量%のサッカロースの中性水溶液をニッケル触媒の存在下、一四一過気圧の水素加圧下に一六〇℃で接触水素添加することにより、乾燥重量で計算して、二七%のマンニトールと七一%のソルビトールとの混合物が生成することが記載されている(甲第一〇号証訳文一三頁四行から一四頁四行まで)ことが認められる。

一方、前記甲第三号証及び成立について当事者間に争いのない甲第四号証によれば、甲第三号証記載の明細書を甲第四号証(昭和五八年七月一五日付手続補正書)によって補正したもの(以下「本願明細書」という。)には、本願発明の実施例1として、六五重量%の濃度のイソマルツロースのpH七の中性水溶液をラネーニッケル触媒の存在下、一〇〇KP/cm2(約一〇〇気圧)の水素加圧下に一二〇℃で接触水素添加することにより、グルコピラノシド-一・六-マンニトールとイソマルチトールとが一対一で生成し、ソルビトールは痕跡量であったことが記載されている(甲第三号証四頁8欄三二行から五頁10欄一三行まで)ことが認められる。

前記甲第一〇号証記載の実施例6と本願発明の実施例1の両者の反応条件を対比すると、原料のイソマルツロース水溶液の濃度、pH及び触媒の種類において両者は実質的に同じであり、しかも、接触水素添加反応時の圧力及び温度においては両者の間に大きな差はないにもかかわらず、甲第一〇号証の実施例6では、サッカロースのグルコシド結合の開裂によるグルコース及びフルクトースの生成とこれら単糖類(グルコース及びフルクトース)の還元反応が主として生ずるのに対し、本願発明の実施例1では、イソマルツロースの還元のみが優先的に進行し、グルコシド結合の開裂反応はほとんど生じないことは明らかである。

しかし、甲第九号証には、本願発明と同じイソマルツロースをpHを九より低くして水素添加した場合、ケト糖の水素添加により、二つの立体異性体が一対一の比で生ずるという一般の例のとおり、二つの立体異性体、イソマルチットとグルコピラノシド-一・六-マンニトールが一対一の比で生ずることが示唆されていること、第一引用例に、イソマルツロース(パラチノース)を水素化ホウ素カリウムで還元すると、予想される二個のジアステレオ異性体、即ちイソマルチトール及びグルコピラノシド-一・六-マンニトールがほぼ等量ずつの割合で得られた旨記載されていることからすれば、イソマルツロースの還元に当たって、中性水落液中で接触還元すれば、第一引用例の場合と同様にグルコピラノシド-一・六-マンニトールとイソマルチトールが一対一の割合で生成するであろうということは、当業者ならば容易に予測できることであり、容易に予測できない意外なことではない。

この点についての原告の主張は採用できない。

三  認定判断の誤り第2点について

1(一)  化学的によく似た性質の構成成分の混合物の分別単離の方法として、各構成成分の溶解度のわずかの差を利用する分別結晶法があることは、例えば成立について当事者間に争いのない甲第八号証(化学大辞典編集委員会編「化学大辞典8」昭和三八年二月二八日共立出版株式会社発行、二一一頁)により同号証にその趣旨の記載があることが認められるとおり、技術常識である。

(二)  また、成立について当事者間に争いのない乙第一号証(日本化学会編「実験化学講座18」昭和三二年一一月二五日丸善株式会社発行、五一七頁)によれば、同号証には、等量ずつの対掌体を成分とする結果、旋光性を失っている物質であるラセミ体を、それを構成する対掌体に分割する方法について、「光学的に安定なラセミ体と光学活性試薬(いわゆる分割剤)を結合させて生成する二種のジアステレオマー(対掌体でないから物理的性質を異にする)を通常溶解度の差を利用して分別結晶によって分離し、それぞれを再結晶法で精製したのち分割剤を離脱させて光学活性対掌体を得る方法(Pasteurの第二法)はすべての分割法のうち最も有用かつ一般的なものである。」との記載があることが認められ、同号証の図書の性質、発行時期からすれば、右記載事項は本願出願当時技術常識であったものと認められる。

(三)  また、本願発明の還元反応生成物であるグルコピラノシド-一・六-マンニトールとイソマルチトールとが互いにジアステレオマーの関係にある化合物であることは当事者間に争いがない。

2  右1の各事実によれば、互いにジアステレオマーの関係にある本願発明の還元反応生成物であるグルコピラノシド-一・六-マンニトールとイソマルチトールとの溶解度の差を利用して分別結晶によって単離することは、技術常識に属する分別結晶法の適用にすぎないものと認められる。

そして、分別結晶法を採用する以上、各物質の溶解度等物性に基づき初期温度、冷却速度等につき適した実施条件を選定することは別段創意を要することではなく適宜行えることであり、しかも、本願発明における初期温度(八〇℃)、冷却速度(〇・五~二℃/時)は分別結晶化の条件として特異なものとも認められない。

また、反応終了後、単離のために分別結晶に付する前に触媒を除去することは前記二1(二)に認定のとおり第三引用例に、更に、前記二2(一)認定のとおり甲第九号証にも記載されており、事柄の性質上からも技術常識と認められる。

したがって、前記の技術常識に基づいて、「分別結晶化は、一般に物質の単離手段として広く行われているものであり、その際の冷却速度等の条件は、当業者が実施に当たって適宜決める程度のものである。」とした本件審決の判断は正当であり、原告主張の誤りは認められない。

3  原告は、第一引用例の三六二頁の表1に記載されたグルコピラノシド-一・六-マンニトール及びイソマルチトール容量分配係数は互いに近似しているから、この表によれば、これら二つの化合物を工業的に効率よく分離してグルコピラノシド-一・六-マンニトールを純粋な形で単離するのは困難であろうと懸念するのが普通であり、それが本願出願当時の技術水準であった旨、及び、グルコピラノシド-一・六-マンニトールとイソマルチトールとの間にどの程度の溶解度の差があるか全く知られていなかった本願出願当時の技術水準によれば、反応混合物の冷却速度をコントロールするという極めて簡単な操作だけで分離することができ、工業的規模で高純度のグルコピラノシド-一・六-マンニトールを好収率で製造することができたということは、当業者といえども決して容易に想到できることではない旨主張する。

しかし、化学的によく似た性質の構成成分の混合物の分別単離の方法として、各構成成分の溶解度のわずかの差を利用する分別結晶法があること、また、ジアステレオマーは物理的性質を異にし、通常溶解度の差を利用して分別結晶によって分離できることは技術常識であることは前記認定のとおりであり、物質の溶解度を測定する方法も技術常識と認められるから、グルコピラノシド-一・六-マンニトール及びイソマルチトールの溶解度を測定し、その結果に基づいて分別結晶法を採用しかつその条件を選択することは、当業者が技術常識に基づいて適宜行えることであり、原告の右主張は採用できない。

また、原告は、乙第一号証は、ラセミ体と分割剤を結合させて生成する二種のジアステレオマーを分別結晶により分離する方法であり、分割剤を用いない本願発明の方法とは全く相違し、本願発明における分別結晶化によるグルコピラノシド-一・六-マンニトールの分離、精製は、乙第一号証からは何ら示唆されるものではない旨、及び乙第一号証の記載からジアステレオマーの分別操作は当業者にとっても決して容易なものではなく、二つのジアステレオマーの完全な分離に成功することは比較的まれなことである旨主張する。

確かに、前記1(二)認定のとおり乙第一号証はラセミ体を、それを構成する対掌体に分割する方法についての記載であり、分割剤を用いるものであるが、分割剤を用いるのはラセミ体からジアステレオマーを生成するためであり、本願発明の反応混合物は既にジアステレオマーが生成されているのであるから分割剤を用いる必要がないものにすぎず、ジアステレオマーを分別結晶によって分離、精製する点においては、乙第一号証の記載は本願発明の方法と共通しているものである。

更に、前記乙第一号証によれば、同号証には、「あるラセミ体の分割にこの方法を実施するに当っていかなる分割剤を選択すべきか、またこれを用いた場合対掌体のいずれの方が難溶性の結晶をあたえるかについては一般則はない。したがって新しい合成ラセミ体を分割するには通常種々の分割剤と種々の溶媒を用いて相当予備的の実験が必要である。分割は溶解度の適当な差によるものであるから実施に当って困難に遭遇することが多く、二つのジアステレオマーの完全な分別に成功することは比較的まれであって、最もよい方法が見つかるまでには時日を要する。」との記載もあることが認められるけれども、本願発明の場合既にジアステレオマーが溶液の状態で生成されているのであるから、分割剤の選択や溶媒の選択の問題はなく、二つのジアステレオマーの溶解度の測定と、その結果により分別結晶法の採用の可否を判断し、初期温度、冷却速度等の条件を選択することは技術常識の適用にすぎず、それに日時がかかるとしてもそのことにより進歩性があるということはできない。

原告の主張はいずれも採用できない。

四  よって、その主張の点に判断を誤った違法のあることを理由に、本件審決の取消を求める原告の本訴請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条を、上告のための附加期間を定めることにつき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第一五八条第二項を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 元木伸 裁判官 西田美昭 裁判官 島田清次郎)

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