東京高等裁判所 昭和62年(行ケ)145号 判決
事実及び理由
一 請求の原因一ないし三の事実及び本願考案の要旨が本件審決認定のとおりであること、引用例に本件審決認定の発明(引用発明)が記載されていることは、当事者間に争いがない。
二 そこで、原告主張の本件審決の取消事由について検討する。
1 取消事由(1)について
(一) 取消事由(1)の(一)について
前記当事者間に争いのない本願考案の要旨及び成立に争いのない甲第二号証の一ないし四(本願願書添付の明細書、図面及び昭和五七年六月七日付、昭和五八年一二月五日付、昭和五九年五月二四日付各手続補正書。以下補正後の明細書を「本願明細書」という。)によれば、本願考案は、白蟻駆除に用いる泡沫性防除剤の散布装置に関するもので、その要旨とする構成により簡単でかつ小型化、軽量化された手段により大量の泡沫を容易に散布することができるようにしたものであり、その基本的構成は、防除すべき対象物の退治に効能を有する薬液に界面活性剤を混入し、これを噴霧ノズルにより前方の多孔板に付着させ、送風機の発生風により泡沫化して圧送するものであることが認められる。
これに対し、前記当事者間に争いのない引用発明及び成立に争いのない甲第三号証によれば、引用発明は、害獣防除方法に関するもので、その基本的構成は、害獣の退治、忌避に効能を有する気体の炭酸ガス、窒素、くん蒸剤等の薬剤を、界面活性剤を用いて泡沫化し、送風機により圧送するものであることが認められる。
そうすると、両者は、防除すべき対象物の退治、忌避に効能を有する薬剤を界面活性剤を用いて泡沫化して手の届かない生息場所に圧送するという基本技術で一致しているということができ、同旨の本件審決の認定に誤りは認められない。
原告は、本願考案では有効薬剤と界面活性剤とを混合して泡沫化するのに対し、引用発明では有効薬剤を界面活性剤よりなる発泡体内に含有させるもので両者は異なる旨主張するが、仮に右に混合といい、含有ということが異なるとしても、それは、本願考案と引用発明とにおいては、有効薬剤と界面活性剤とによつて発泡体を形成させる技術手段においては、何ら相違がないから、原告の右主張は本件審決を取消すべき事由に当たらない。また、原告は本願考案の発泡体は目的の場所に一つの流れとなつて進むものであるから引用発明の圧送とは異なる旨主張し、前掲本願明細書によれば、同明細書中には、「噴霧ノズル6の後方にあるフアン5の発生風を受けると、薬液は多孔板3の裏面で泡沫化し、これが小孔2、2、……から外方に流れ出し、一つの流れとなつて、目的の場所に進んでいく」(甲第二号証の一第三頁一六~二〇行)と記載されていることが認められるが、右記載によれば、本願考案の発泡体もフアンの発生風による風圧によつて目的の場所に進んでいくものであるから、引用発明における発泡体の搬送方法と同一ということができ、これと異なる原告の主張は採用できない。
したがつて、取消事由(1)の(一)の主張は採用できない。
(二) 取消事由(1)の(二)について
本願考案は、前叙のとおり装置に関する考案であるところ、防除対象が害獣であるか白蟻であるかは、防除対象の選択換言すれば装置の使い方の問題にすぎず、装置自体の本質的な差異ではないし、また、薬剤が気体であるか液体であるかは、前記防除対象に応じて選宜選択できる程度のことであつて、このこともまた装置自体の本質的な相違点と認めることはできない。したがつて、防除の対象が白蟻であるか害獣であるかは相違点として取上げる程のことではないとし、また薬剤が液体であるか気体であるかの点も格別相違しているとすることができないとした本件審決の認定判断に誤りはない。原告は、引用発明の装置では白蟻を防除することは不可能であるから防除の対象の相違及び薬剤が気体であるか液体であるかの相違は本質的な相違である旨主張するが、後記のとおり、引用発明の装置においても液体の薬剤を使用することは可能であり、そうであれば引用発明の装置によつても白蟻を防除することは不可能とはいえないから、原告の右主張は採用できない。また、原告は、薬剤が気体であるか液体であるかは、本願考案と引用発明との間の装置自体の構成の相違に基づく旨主張するが、後記のとおり、両者の装置自体の構成に原告指摘の相違(相違点(ⅴ)(ⅵ))は認められないから、原告の右主張は採用できない。更に、原告は、装置の用途は装置の考案の構成要件である旨主張するが、仮にその点が原告主張のとおりであるとしても、用途の相違は、前叙のとおり、本願考案の構成における本質的な相違とは認められないから、原告の右主張も前記認定を左右するものではない。
したがつて、取消事由(1)の(二)の主張は採用できない。
(三) 取消事由(1)の(三)について
本願考案と引用発明とが、多孔板等の泡発生部材に向け、界面活性剤を含む液体と気体との混合物を吹き付けて気泡を形成するものであることは原告の自認するところであるから、同旨の本件審決の認定に誤りはない。原告は、本願考案は有効薬剤と界面活性剤とを混合した液体を空気により多孔板に吹き付けることにより気泡を形成するのに対し、引用発明は界面活性剤を炭酸ガス等の有効気体により泡発生部材に吹き付けることにより気泡形成を行うもので、技術手段が異なる旨主張するが、それは、本願考案と引用発明とにおいては、泡発生部材に向け、界面活性剤を含む液体と気体との混合物を吹き付けて気泡を形成させる技術手段においては何ら相違はないから、原告の右主張は本件審決を取消すべき事由に当たらない。また、本願考案も引用発明も発泡体が圧送されるものであることは前叙のとおりであり、圧送が搬送の概念に含まれることは技術常識上明らかであるから、形成された気泡を搬送する点で本願考案も引用発明も一致する旨の本件審決の認定に誤りはなく、これに反する原告の主張は採用できない。
したがつて、取消事由(1)の(三)の主張は採用できない。
2 取消事由(2)について
(一) 相違点(ⅰ)について
相違点(ⅰ)は、防除対象についての相違をいうものであるところ、前記当事者間に争いのない本件審決の理由の要点3によれば、本件審決は、「防除の対象が白蟻であるか害獣であるか自体はともに手の届かない場所に生息する害のある生物であつてこれを相違点として取り上げる程のことではなく」と認定しているのであつて、これを虚心坦懐に読めば、本件審決は、防除対象について本願考案と引用発明とが一応相違することを認定した上で、その相違は相違点として取り上げる程のことではないとしたものと認めることができ、しかして前叙のとおり、防除対象の相違は両者の装置における構成上の本質的な相違とは認められないことを併せ考えれば、本件審決の前記認定に誤りはなく、本件審決に相違点(ⅰ)の看過誤認はない。
(二) 相違点(ⅱ)について
引用発明の泡発生部材の構成につき引用例に具体的記載がないことは、当事者間に争いがない。しかし、引用発明の泡発生部材が多孔板又は網等多孔を有するものであることは当業技術者の技術常識から明らかであるとする被告の主張については原告の明らかに争わないところであるから、相違点(ⅱ)なるものはこれを相違点として認めるに由ない。
(三) 相違点(ⅴ)について
本願考案の装置に送風機の気体吸込側に炭酸ガス等の供給タンクを設けることが記載されていないことは、被告の明らかに争わないところである。しかし、本願考案の装置も、特に泡沫を発生させる気体として炭酸ガス等の使用を排除していると認めるに足りる証拠はない。そして、本件口頭弁論の全趣旨によれば、この炭酸ガス等を収容するタンク等の設置、省略は、白蟻防除機能を増強するか又はそれ程の必要がないかに即応した装置の使用態様により任意になし得る単なる設計変更の域を出ないと認められるから、相違点(ⅴ)は相違点として取り上げる程のものとは認められない。本願明細書に炭酸ガス等の供給タンクを設けることが記載されていないことから直ちに相違点の看過誤認ということはできず、これに反する原告の主張は採用できない。また、原告は、本願考案について送風機の気体吸込側に炭酸ガス等の供給タンクを設ける場合があると認定するのであれば、その認定を審決において示さなければならない旨主張するが、単なる設計変更にかかる場合まで本願考案の要旨として認定しなければならない根拠はないから、原告の右主張は採用できない。更に、原告は、引用例の炭酸ガス等の供給タンクを省略することは、引用例の装置の本質を変更するもので、単なる設計変更ではない旨主張するが、前叙の設計変更の問題は、本願考案についてのことであつて、引用例について炭酸ガス等の供給タンクの省略を問題としているのではないから、原告の右主張は失当である。
(四) 相違点(ⅵ)について
引用発明においても薬剤として液体のものを使用することを排除していると認めるに足る証拠はなく、したがつて、引用発明において、液体の薬剤を使用する場合には、薬剤は後記のとおり、タンク4内に収容され、その結果ノズル6は薬剤の噴霧ノズルとなるのであるから(別紙(二)参照)、構成上本願考案との間に相違点(ⅵ)なるものの相違はない。
以上のとおり、相違点(ⅰ)(ⅱ)(ⅴ)(ⅵ)は、いずれも相違しているとはいえないか、相違しているとしても相違点として取り上げる程のものではないと認められるのであるから、本件審決を取消すべき相違点の看過誤認とはいえず、取消事由(2)の主張は採用できない。
3 取消事由(3)について
(一) 取消事由(3)の(一)、(二)について
成立に争いのない乙第四号証(以下「第四周知例」という。)によれば、第四周知例には、泡消火液(薬剤)を筒体の前面の海綿状の多孔質成形体8(多孔性スクリーン)に向けて噴射ノズル7(噴霧ノズル)により吹きつけ、後方からフアン3により送風する型式の泡消火装置用発泡装置(気泡発生装置)が、成立に争いのない乙第五号証(以下「第五周知例」という。)によれば、第五周知例には、消火用泡原液(薬剤)を筒状筐体2(筒体)の前面の泡発生用網6(多孔性スクリーン)に向けて消火用泡原液噴射ノズル4(噴霧ノズル)により吹きつけ、後方から送風機3(フアン)により送風する型式の消火用泡発生機(気泡発生装置)がそれぞれ記載されていることが認められ、右事実によれば、薬液を筒体の前面の多孔性スクリーンに向けて噴霧ノズルにより吹きつけ、後方からフアンにより送風する型式の気泡発生装置は本願出願当時消火装置の技術分野における当業技術者にとつて周知の装置であつたことが認められる。そして、成立に争いのない乙第三号証(以下「第三周知例」という。)によれば、第三周知例には、前記周知の気泡発生装置とは、多孔性スクリーン(泡発生体6)の位置が筒体(送風管2)の前面ではなく適宜の位置に設けられている点でのみ異なる気泡発生装置(泡発生装置)が記載され、更に同明細書の「考案の詳細な説明」には、「本案は農作物の凍結防止、薬剤混合による害虫防除又は消火等に使用される泡発生装置の改良に係るものである。」(一欄一五行ないし一七行)と記載されていることが認められる。この記載によれば、前記周知の気泡発生装置は、本願出願当時消火装置の技術分野のみならず、少なくとも害虫防除及び農作物の凍結防止装置の技術分野においても周知であつたと認められる。そうすると、右周知の気泡発生装置が本願出願前かなり多数という意味での種々の技術分野で使用されていることを認めるに足る証拠がないことは原告指摘のとおりであるが、前叙のとおり右周知の装置は害虫防除、農作物の凍結防止のほか消火の各技術分野において周知と認められるから、この点の本件審決の認定の誤りは本件審決の結論に影響を及ぼすものとは認められない。なお、原告は、第五周知例の装置は筒体の前面に多孔性スクリーンを設けた装置ではない旨主張するが、前掲乙第五号証によれば、第五周知例は、消火用泡発生機と送泡筒との接続装置に関するもので、その第一図、第二図は送泡筒9を接続した実施例を図示したもので、泡発生機自体には、筒状筐体2の前面に相当する開口部5に泡発生用網6が設けられていることが右第一、第二図及び第五周知例の明細書上明らかであるから、原告の右主張は採用できない。
そうすると、害虫防除、農作物の凍結防止及び消火の各技術分野において周知の前記気泡発生装置を白蟻防除用に用いることは、当業技術者にとつて格別の創意工夫を要しないと認められるから、同旨の本件審決の判断に誤りはなく、結局取消事由(3)の(一)、(二)の主張はいずれも採用できない。
(二) 取消事由(3)の(三)について
成立に争いのない乙第一、第二号証によれば、白蟻防除薬剤や病害虫菌の防除用薬剤等を、木材構造物や植木など対象物に、長時間にわたり多量に保持させる方法として、薬剤を泡状にして付着させる方法が本願出願当時周知の技術手段であつたことが認められる。そうすると、原告主張の本願考案の効果は、仮にそれが本願考案において奏すべき効果として認められるとしても、右周知の薬剤散布方法による直接間接の効果であることが明らかであり、それはひいては前記周知の泡発生装置による各効果の単なる総和の効果の域を出ないものということができ、してみれば「本願考案の効果が本願出願前周知の装置そのもののもつ効果であつて予期以上の顕著なものとはいえない」とした本件審決の認定、判断に誤りは認められない。本願考案の効果の顕著性の存否を判断するに当たり、引用発明のほか、周知技術による効果をも斟酌してはならない根拠はないから、これに反する原告の主張は採用できない。なお、原告は、乙第一ないし第三号証は審判には現れなかつた証拠であるから審決取消訴訟では証拠になり得ない旨主張するが、本願出願当時における当業技術者の技術常識ないし周知技術を認定する証拠として右書証を使用することができないとする根拠はないから、原告の右主張も採用できない。
したがつて、取消事由(3)の(三)の主張は採用できない。
三 以上のとおりであるから、その主張の点に判断を誤つた違法があることを理由に本件審決の取消を求める原告の本訴請求は、理由がないのでこれを棄却することとする。
〔編註〕本願考案の実用新案登録請求の範囲は左のとおりである。
「筒体の先端に、該先端の開口部の全面を覆うように多孔板または網を取り付け、前記筒体の基部には軸流式の送風機を取り付けると共に、該軸流式の送風機のフアン前部に、基端をポンプに接続した薬剤の噴霧ノズルを、噴霧状の前記薬剤が前記多孔板または網の裏面に一様に付着するように、少くとも一個取り付けたことを特徴とする泡沫性白蟻防除剤散布装置」