東京高等裁判所 昭和62年(行ケ)149号 判決
一 本件に関する特許庁における手続の経緯、本願第一発明の要旨及び本件審決理由の要点が原告主張のとおりであることは、当事者間に争いのないところである。
二 取消事由に対する判断
1 本願第一発明の要旨に成立に争いのない甲第二号証(昭和五一年六月一一日付特許願書及び添付の明細書)、第三号証(昭和五八年六月八日付手続補正書)、第四号証(昭和五九年七月一〇日付手続補正書)、第五号証(昭和六〇年八月二三日付手続補正書)を総合すれば、
(一) 本願第一発明は、強塩基性アニオン交換樹脂に関する発明であつて、強塩基性アニオン交換樹脂自体は特に鉄金属と接触している水流を浄化するための水処理用に使用されているが、従来の先行技術による塩化物型から水酸化物型への変換によつては、強アニオン交換樹脂の活性塩素イオンを完全に除去することができず、右イオンが処理される液体中に浸出してその金属の腐蝕の原因となるという問題があつたところ、本願第一発明の発明者は、水酸化物型へ変換された強アニオン交換樹脂は、そのイオン交換操作に使用される前段階の貯蔵中に既に活性塩化物の増加を示すようになるとの事実を発見し、本質的に活性塩化物を含まず、しかも、活性塩化物が貯蔵中に増加することのない強アニオン交換樹脂を提供することを課題ないし目的として、本願第一発明の要旨のとおりの構成を採用し、所期の効果を奏し得たものであること、
(二) 本願第一発明の要旨中「活性塩化物」とは、本願明細書の発明の詳細な説明の欄に、<1>活性塩化物とは、塩化物がイオンの形態にあり、したがつて、樹脂から浸出可能であることを意味すること(甲第二号証第八頁第七行ないし第九行)、<2>増加する活性塩化物の発生源は、樹脂の不完全な機能化からの結果生じたポリマー網状構造における未反応塩素部位の塩素、又は通常は不活性のコポリマー母材に導入される塩素であつて、これらはその後樹脂が水酸化物型に変化する際に共有結合からイオンの形に変化する(同号証第八頁第一二行ないし第一七行、甲第三号証の別紙第一頁第四行ないし第五行)、<3>本質的に活性塩化物を含まないようにすることが可能な本願第一発明のアニオン交換樹脂は、共有結合塩素をポリマー網状構造中に有し、その移動が可能な樹脂を本質的に生じるある種の先行技法によつて造られる大型の樹脂である(甲第二号証第一四頁第一六行ないし第二〇行)との記載のあることから、塩化物型である強アニオン交換樹脂のそのポリマーの網状構造中に残留する共有結合塩素(残留非イオン塩素)が、該樹脂が水酸化物型に変化する際に、イオン性塩化物に変化したものを意味すること、また、本願第一発明の要旨中「不活性雰囲気の下で二〇℃と三〇℃の間の温度で二一日間静置させた後においても……活性塩化物含有量が増加しない」とは、前認定説示のとおり、塩化物型を水酸化物型へ変換した強アニオン交換樹脂中の活性塩化物は交換操作に供する前において活性塩化物を増加させるという知見に基づいて、該樹脂中に含まれることを許容する塩化物含有量の上限を限定する条件を規定したものであること。
(三) 本願第一発明にかかる強アニオン交換樹脂の製法に関して、本願明細書中には、形成されたアニオン交換樹脂を水性媒質で予備処理し、共有結合塩素(非イオン性塩素)をイオン性塩化物に加溶剤分解的に置換して塩化物型に変換し、引続き重炭酸ナトリウム等のアルカリ金属炭酸塩で処理し、次いでアルカリ金属水酸化物等の強塩基類で処理することによつて、右樹脂を水酸化物型に変換させる旨の記載があること、
が認められる。
2 他方、引用例に本件審決認定のとおりの事項が記載されていることは当事者間に争いがなく、また、成立に争いのない甲第六号証(引用例)によれば、引用例記載の発明は、塩あるいは酸として存在し得る塩酸塩、硫酸塩及び硅酸塩の如き陰イオンを液体より除去するに用いられた第4級アンモニウム陰イオン交換樹脂を再生するための改良方法に関する発明であつて、従来の再生においては難点であつた右樹脂中に捕捉された実質的にすべての塩素イオンを右樹脂中より除去することを課題ないし目的とし、右樹脂をアルカリ金属重炭酸塩、次いでアルカリ金属水酸化物で処理することにより右課題を解決し、目的を達し、所期の効果を奏し得たものであることが認められる。
3(一) そこで、本願第一発明と引用例記載の発明とを対比するに、前示のとおり、引用例記載の第4級アンモニウム陰イオン交換樹脂がいわゆる強アニオン交換樹脂の一種であることは当事者間に争いがないから、両者は、強アニオン交換樹脂に関する発明であるという点では一致するものの(この点も当事者間に争いがない。)、両者は、その課題ないし目的、構成及びその奏する効果を明らかに異にするものであるばかりか、引用例(甲第六号証)を精査するも、引用例には、本願発明にいう活性塩化物に関する記載はなく、したがつて当然のことながら、本願発明の課題ないし目的、構成及びその奏する効果を示唆する記載は何ら認められず、引用例記載の方法により再生された交換樹脂が本願発明にいう「活性塩化物」を実質的に含有しないものか否かは不明である。
(二) ところで、本件審決は、引用例記載の交換樹脂に関して、<1>引用例に記載のような第4級アンモニウム陰イオン交換樹脂は種々の過程で製造されるものであり、不可避的に塩素が入り込むハロアルキル化等でない過程で製造される場合等にはいわゆる活性塩化物は含まれていない旨、また、<2>一度塩素イオンを捕捉して含むものについても、引用例記載の発明の方法で処理される場合には、塩素イオンは実質的にすべて炭酸イオンと置換されるわけであるから、いわゆる活性塩化物はその樹脂中に実質上含まれていないことになる旨、更に、<3>引用例記載のものも不活性雰囲気の下であれば、二〇℃と三〇℃の間の温度で、しかも二一日間静置されていても活性塩化物含有量が増加することは有り得ない旨認定している。しかしながら、<1>の認定については、引用例記載の発明は陰イオン除去に用いられた使用済みの第4級アンモニウム陰イオン交換樹脂の再生方法に関するもので、使用前の右交換樹脂の製造方法に関するものではなく、また、引用例にはその製造方法についての記載は全くないのであるから、引用例の記載に基づく認定と解することはできず、そのような対比方法自体失当である。また、<2>の認定については、前記1及び2において認定説示したとおり、本願第一発明における「活性塩化物」とは、強アニオン交換樹脂のそのポリマーの網状構造中に残留する共有結合塩素(残留非イオン塩素)が、該樹脂が水酸化物型に変化する際にイオン性塩化物に変化したもの、すなわち、樹脂に本来含有されている塩化物を意味するものであつて、引用例記載の樹脂が捕捉した塩素イオンとは別異のものであり、引用例記載の方法によつて右樹脂中に捕捉された塩素イオンが実質的に除去されるとしても、本願第一発明の強アニオン交換樹脂と同様の活性塩化物をも実質的に含んでいない交換樹脂が再生されるものであるかは不明であるから、塩素イオン除去の事実から直ちに引用例記載の交換樹脂においても本願第一発明の強アニオン交換樹脂と同様活性塩化物が実質的に含まれていないものであるとはいえない。また、前認定のとおり、引用例の記載からは、そこに記載された交換樹脂が本願第一発明にいう活性塩化物を実質的に含有しないものであるか否かは明らかではなく、この点を明らかにすることなく、<3>のように断定することはできない。
そうだとすれば、本件審決の<1>ないし<3>の判断は、いずれも誤りであるといわざるを得ない。
(三) 被告は、引用例記載の陰イオン交換樹脂においても、該樹脂中に活性塩化物は含まれていないか、又は実質的に含まれていないものを狙つているものである旨主張するが、右主張は、前記(二)で認定したとおり誤りであつて、採用することができない。また、被告は、本願第一発明の要旨とする特許請求の範囲の記載をみるに、交換操作中に捕捉した塩素イオンを置換除去した強アニオン交換樹脂を排除しているとはいえないし、また、活性塩化物を除去するのに二段階再生法のみでなく、更に加溶剤分解的置換を組合せるという構成を有するものでもないし、本願第一発明は強アニオン交換樹脂中に残存する活性塩化物量を限定しているにすぎないものであると主張するが、前認定説示のとおり、本願第一発明における活性塩化物の意味するところから、本願第一発明が、交換操作中捕捉した塩素イオンを除去した再生強アニオン交換樹脂を対象とするものでないことは明白であり、本願第一発明が活性塩化物の含有量の増加しない強アニオン交換樹脂に係るものであることは、本願明細書の特許請求の範囲の記載から明らかであり、右樹脂の具体的な製造例も右明細書の発明の詳細な説明の欄に明瞭に記載されているのであるから、被告の右主張は失当であつて、採用することはできない。
4 叙上の事実によれば、本件審決は、引用例に本願第一発明の課題ないし目的、構成及び効果を示唆する記載が何もない点並びに本願第一発明の強アニオン交換樹脂に含まれる活性塩化物は交換に供する前に既に増加するとの事実を看過し、かつ、引用例記載の発明の塩素イオンが本願第一発明における右活性塩化物に当たるものと誤解したことから、引用例記載の交換樹脂も活性塩化物は含まれないか、又は実質上含まれていないものであり、引用例記載のものも不活性雰囲気の下であれば、二〇℃と三〇℃の間の温度で、しかも二一日間静置されていても活性塩化物含有量が増加することは有り得ないと誤認したものというべく、右認定の誤りが本件審決の結論に影響を与えることは明らかであり、原告の取消事由(一)は理由がある。
三 以上のとおりであるから、その主張の点に判断を誤つた違法のあることを理由に、本件審決の取消しを求める原告の請求は、理由があるものということができる。よつてこれを認容することとする。
〔編注〕本願発明の明細書の特許請求の範囲(1)記載の発明の要旨は左のとおりである。
活性塩化物が樹脂の全イオン交換容量を基にして〇・一当量%より少なく、その樹脂は不活性雰囲気の下で二〇℃と三〇℃の間の温度で二一日間静置させた後においても樹脂の全イオン交換容量を基にして〇・一当量%以上に活性塩化物含有量が増加しない、強アニオン交換樹脂。(以下「本願第一発明」という。)