東京高等裁判所 昭和62年(行ケ)158号 判決 1988年4月12日
一 請求の原因一(特許庁における手続の経緯)及び二(審決の理由の要点)の事実は、当事者間に争いがない。
二 そこで、原告主張の審決の取消事由の存否について判断する。
1 本願意匠であることにつき当事者間に争いのない別紙図面(1)の記載並びに成立に争いのない甲第四号証(引用意匠が記載されている審決引用の刊行物)によると、本願意匠及び引用意匠は、意匠に係る物品を「こんろ」とする点において共通し、かつ、基本的構成態様については、円柱形の上方を略円錐台形状としたガス容器の上端に、短円筒形状のガス噴出口部を装着し、その上部に支持杆四本を十字状に設けて、円形の保護皿を載置したこんろ本体と円形の煮炊器で構成した点において共通しているが、本願意匠は、ガス容器自体の平面直径がバーナー部のそれに比してさほど短くなく、ガス容器自体で全体の安定性を持たせる形状となつているのに対し、引用意匠は、ガス容器の下端に、ガス容器を載せるため中をくり抜いた傘の形に似ている形状の台座を装着し、この台座によつて全体の安定性を持たせる形状となつている点において相違するものと認められる。
審決は、本願意匠と引用意匠との類否判断をするに当たり、引用意匠における台座の部分(別紙図面(4)に示す2a)を除いて両意匠の基本的構成態様を認定している。
しかしながら、前掲甲第四号証と引用意匠を拡大して撮影した写真であることにつき当事者間に争いない乙第一号証によれば、右台座がガス容器の下端に装着されたものとしてのみ、引用意匠が審決引用の刊行物に掲載されていることが認められる。そして、右各号証によれば、引用意匠は、携帯用として使用され、据え置く場所が不安定であることの多い戸外で使用されることが想定されるこんろに係るもので、引用意匠においては、ガス容器自体は縦長のもので、その平面直径はバーナー部の平面直径よりもかなり短いものと認められるから、台座を取り外した使用では、その上で煮炊きをするこんろにとつて極めて重要な安定性に欠けることとなり、そのため、ガス容器の下端周囲に取り付けている台座は、引用意匠に係るこんろの使用に当たり、通常、必須のもので、この台座を取り外すのは、ガス容器にガスを詰めるときとかガス容器そのものを付け替えるときあるいは携帯するときなどのような例外的な場合であると認められる。
他方、本願意匠においては、ガス容器自体の平面直径がバーナー部のそれに比してさほど短くなく、ガス容器自体でガスストーブ兼用こんろの安定性を持たせる形状となつていて、引用意匠の台座に相当するものはないのであつて、本願意匠と引用意匠とは、この台座の有無において意匠の基本的構成態様を異にしているものというべきである。
審決は、本願意匠と引用意匠の基本的構成態様が共通であるとしているが、この認定に当たつては、引用意匠につき台座の部分を除いているのであるから、両意匠が台座の有無において基本的構成態様に異なるところがあることを看過、誤認したものというべきである。
2 ところで、本願意匠及び引用意匠に共通の物品である「こんろ」は、その物品の性質上、需要者によつて主として横方から観察されるものということができ、その場合、ガス容器及びこれを支持する台座の有無並びにその形状が最も看者の注意をひきやすく、両意匠の要部をなすものと認めるのが相当である。
そこで、本願意匠と引用意匠とを対比すると、両意匠は、前記認定のとおり、本願意匠のガス容器はこれを支持する台座がなく、引用意匠のガス容器はその下端に前記認定のような傘に似た形状の台座を装置している点において看者に与える美感に著しい差異があるだけでなく、本願意匠のガス容器の部分は、椀をうつぶせにしたような形態であるから、その全体的な顕著な特徴として、安定感があり、もつこりとした感じを抱かせるという美感を与えるものであるのに対し、引用意匠のガス容器自体は、縦長のもので、その平面直径はバーナー部の平面直径よりもかなり短いものであるから、全体的にスマートな形状の美感を与えることがその特徴と認められるのであつて、本願意匠と引用意匠との類否判断に当たつてとらえるべき両意匠の要部は類似するものではないというべきである。したがつて、「ガス容器の形状の差異については、この種の物品分野においては、用途、容量等に応じてその大きさ及び高さと直径の構成比等を変更することは普遍化しており、この程度では部分的改変の範囲を超えるものでな(い)」とした審決の判断も誤りである。
3 結局、審決は右1及び2で判示した誤つた認定、判断を前提として、本願意匠と引用意匠とが類似するものとの誤つた判断をなしたものであるから、違法であつて取り消されるべきである。
三 よつて、審決の取消しを求める原告の本訴請求は正当としてこれを認容する。
〔編註その一〕 本件における主文および当事者の主張は左のとおりである。
主文
特許庁が昭和五九年審判第七二五三号事件について昭和六二年七月一日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 原告
主文同旨の判決
二 被告
「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決
第二 請求の原因
一 特許庁における手続の経緯
原告は昭和五四年一二月一二日、意匠に係る物品を「こんろ」(後に「ガスストーブ兼用こんろ」と補正)とする別紙図面(1)のとおりの意匠(以下「本願意匠」という。)について、昭和五四年意匠登録願第五一九八九号を本意匠とする類似意匠登録出願(昭和五四年意匠登録願第五一九九〇号。後に独立の意匠登録出願に変更)をしたところ、昭和五九年一月三一日拒絶査定があつたので、同年四月一六日審判を請求し、昭和五九年審判第七二五三号事件として審理された結果、昭和六二年七月一日「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は同月二九日原告に送達された。
二 審決の理由の要点
本願意匠の形態は別紙図面(1)のとおりである。
これに対して、本件出願前に国内で頒布された刊行物「EUROSPORT FREI ZELT MADE」一九七六年八月号(特許庁資料館所蔵。昭和五一年一〇月二六日受入)の第Ⅸ頁所載の「こんろ」の意匠(こんろ及び右下方の煮炊器、ただし着脱自在可能の台座は除く。特許庁意匠課公知資料番号第五一〇九四五七八号。以下「引用意匠」という。)は、同写真版の記載によれば、形態を別紙図面(2)に示すとおりとしたものである。
そこで、両意匠を比較すると、両者は、意匠に係る物品が共通しており、形態についても、円柱形の上方を略円錐台形状としたガス容器の上端に、短円筒形状のガス噴出口部を装着し、その上部に支持杆四本を十字状に設けて、円形の保護皿を載置したこんろ本体と円形の煮炊器で構成した基本的構成態様が共通しており、各部の具体的構成態様においても、下記の点に差異が認められるが、その余の、ガス噴出口において、周側に略円錐台形状とした開閉ハンドルを水平に突設している点、バーナー部を円錐台形状として周側に小円孔を多数形成したものとしている点、支持杆において、基部を垂直とし上方を略コ字状に折曲したものとしている点、保護皿において、周側を低円筒形状とし、中央にバーナー装着用の孔を形成したものとしている点、煮炊器において、周側を保護皿よりやや深い低円筒形状としている点等が共通しているものと認められる。
すなわち、両者は、各部の具体的構成態様のうち、ガス容器において、本願意匠が引用意匠と比較して、直径が太く高さが極めて低い構成比のものとしている点、本願意匠がガス容器上方に略円錐台形状のカバー体を設けているのに対して、引用意匠はそうしていない点等に差異が認められる。
以上の共通点、差異点を総合して両意匠の類否を全体として考察するに、前記の共通点は、両者の全体的まとまりとしての形態上の特徴を最も強く表している点であり、両意匠の類否判断を支配する主要部と認められる。
これに対して、上記した差異点のうち、ガス容器の形状の差異については、この種の物品分野においては、用途、容量等に応じてその大きさ及び高さと直径の構成比等を変更することは普遍化しており、この程度では部分的改変の範囲を超えるものでなく、カバー体の有無については、ガス容器上方の円錐台形状と略共通する形状であつて格別に目立つものでなく、結局、これらの差異点はいずれも部分的な差異であつて、意匠全体に大きな影響を与えて両者を別異のものとするほど顕著な差異と認められない。
以上のとおりであるから、主要部において共通している以上、両者の間に部分的な差異があつても、これを全体として観察した場合においては、両意匠は類似しているものというべきである。
したがつて、本願意匠は、意匠法第三条第一項第三号に規定する意匠に該当し、登録を受けることができない。
三 審決の取消事由
1 本願意匠では、別紙図面(1)に符号を付した別紙図面(3)に示すように、ガス容器1上にカバー2を被装し、カバー2には透孔4が設けられていて、ガス容器1とカバー2との間に空隙部が存している。そして、本願意匠はガス容器1の横幅を縦幅より大としていてずんぐりむつくり型であるのに対し、引用意匠は縦長の構成でスマート型であつて、本願意匠と引用意匠とは全体の美感を異にする。しかるに、審決はこの美感が異なることを看過、誤認したものである。
そもそも本願意匠は、意匠に係る物品が「ガスストーブ兼用こんろ」と補正されたものである。本件出願当時の意匠法施行規則において、ガスストーブは別表第一の第九区分に属し、単なる「こんろ」と意匠法上における物品を異にする。本願意匠においては、ガス容器1の横幅が縦幅に比して大きく、カバー2、透孔4及び空隙部の相互補足関係により対流が生じ、保護皿5の下方とカバー2との間の大気中に熱気のわだかまりが生じてうずを巻き、そこにガスストーブの機能を果たすものであつて、引用意匠の単なる「こんろ」とは意匠法上の物品の種類を異にする。
2 引用意匠の台座(別紙図面(2)に符号を付した別紙図面(4)に示される2a)は引用意匠の物品構成に不可欠のものである。本願意匠、引用意匠は共に、大半は登山等に際し山腹、山上等において食事時に使用するものである。それらを据える地表は傾斜し凹凸面があつて小石が多数存在し、十分な安定性に乏しく、突風のある時は横倒れする危険をはらんでいる。したがつて、引用意匠の台座は物品構成上不可欠のものである。殊に煮炊器を載せて食品を煮炊するものであることに照らせば、台座は動かすことのできない意匠対象部分である。
意匠法の物品は描写的芸術、すなわち、描写的工芸美術であり、かつ、実用目的適合性を有する応用芸術でもあるから、物品全体に意味を有する。しかるに、台座を除外した物品は、安定性において大きく異別のものを生じ、道具としての価値の相違を招く。本願意匠と引用意匠との対比上、引用意匠から台座を除くことは論理上不可能である。
したがつて、審決が引用意匠から台座を除いて本願意匠と引用意匠との類否判断を行つたのは誤りである。
3 審決は以上の認定、判断の誤りに基づき、本願意匠が引用意匠と類似するとの誤つた判断をなしたものであるから、違法であつて取消しを免れない。
第三 請求の原因に対する認否及び被告の主張
一 請求の原因一及び二の事実は認める。
二 同三は争う。審決の認定、判断は正当であり、審決に原告主張の違法はない。
1 ガス容器とカバーの間の空隙部については、本件出願に際して中央縦断面図等が提出されていないため必ずしも明確でなく、また小さい一個の透孔を通じて空気の対流が生じることについても不明である。仮にそうであるとしても、これらの点については、実用新案的な作用効果に関するものであつて、意匠上の要部とはいえない。
カバーの有無については、審決でも認定しているように、カバーがガス容器上方の円錐台形状とほぼ共通する形状であるから格別に目立つものとはいえない。ガス容器の構成比の差異について述べると、バーナー下方周側を円形の保護皿で囲んでいるため、輻射熱による影響はそれほど大きいものでなく、その使用目的、用途等に応じて、その直径、高さ、容量の異なる種々のガス容器の中から選択可能な範囲のものであつて、この種物品の意匠の創作上格別に大きな要部に関わる差異とはいえない。
原告は、意匠法施行規則について触れるが、「物品の区分」とは同規則別表第一の下段に示すものであつて、上段及び中段は物品の区分を示すものではなく、単なる物品群に分けた見出し欄にすぎず、類似意匠の範囲を示すものではない。物品が異なるからといつて、物品が類似しないものではなく、物品を越えて類似意匠登録されているものも多くみられる。そして、昨今のように発達し分化するまでに至らない単純な構成の物品にあつては、従来からその用途を兼用することが慣習化されているのであり、「ガスストーブ」と「こんろ」はこのような類型に属する物品である。
2 引用意匠における着脱可能の台座については、使用態様によつては、台座がなくても使用可能であり、また台座を他の物で代用することも可能であつて、必ずしも不可欠のものでなく、あくまで付加的なものであり、それを本願意匠との類否判断上除くことに誤りはない。
〔編註その二〕 本件に関する意匠は左のとおりである。
別紙図面(1)
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別紙図面(2)
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別紙図面(3)
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別紙図面(4)
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