大判例

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東京高等裁判所 昭和62年(行ケ)166号 判決

一 請求の原因一ないし三の事実は、当事者間に争いがない。

二 そこで、原告ら主張の本件審決を取り消すべき事由について判断する。

1 取消事由(1)について

本願発明の要旨が本件審決認定のとおりであること、引用例の記載内容が本件審決認定のとおりであること及び本願発明と引用発明との間に本件審決が挙示する一致点、相違点が存在することは、原告の認めて争わないところである。

ところで、成立に争いのない乙第二号証の一ないし三によれば、医薬において動物実験の段階において薬効が確認された物質は、人間に対しても効果を奏する蓋然性が極めて高いこと及び右事実が本願優先権主張日前当業技術者にとつて周知の技術的事項であつたことが認められる。

そうすると、特段の事情のない限り、動物実験の段階において薬効が確認された引用例記載のプロトボルフイリンを人間に対して適用し、単にその効果を確認することは、当業技術者にとつて容易になしうることと認められる。そして、右の特段の事情は、本件においてこれを認めるに足る証拠はない。したがつて、同旨の本件審決の認定判断に誤りは認められない。

原告らは、本願発明が対象としている人癌は、人類の永年にわたる克服対象であり、多くの研究者が多くの時間をかけてきた医学界における難問であり、本願発明においても、極めて具体的かつ緻密な研究が重ねられてきており、本件審決のごとき一般論をもつて結論を導くことのできるほど単純な領域ではないのであるとして、本件審決の前記認定判断が誤りである旨主張するが、仮に人癌が原告らが主張するとおりの医学界における難問であつたとしても、人癌の場合には動物実験の結果を人間に適用することができないことを認めるに足る証拠はないから、そのような事情は、前記認定判断に影響を与える特段の事情には該当しないといわなければならない。

また、原告らは、参考資料のの記載は、代謝研究や臨床研究の重要性を訴えているものであるし、また、の記載は、実験癌と人癌との間に横たわる困難な問題を雄弁に物語つているし、更に、の記載に、の記載及びの記載を併せ考慮すると、実験腫瘍の生長と増殖との間にはほとんどズレがないが、人癌の場合にはズレが存在するので、両者を一様には考えられないことを参考資料の前記記載は述べていると解するのが自然である旨主張する。しかし、の記載及びの記載は、動物の移植癌も間違いなく癌の性質を有するが、「ヒト」の体内で発育しつつある癌の全てを再現しているものではないので、人癌に関するデータは、たとえ断片的なものであつてもそれに注目すべきであるという、人癌に関するデータの重要性を強調している記載であるし、また、の記載も、人癌に生長と増殖との間にズレが存在するのは、動物の移植癌と異なり、そこになんらかの生長制御機構の介在するためであること、それ故に、そのメカニズムを明らかにし、それを人工的に制御することが可能となれば、その発育を抑制することが可能となることを述べるに止まり、いずれの記載も、動物の移植癌に関して得られた結果が、人癌の予防、治療の手立てを考える際のモデルとはなり得ないことまでを説明しているものではないことが認められる。したがつて、原告らの前記主張は採用できない。

更に、原告らは、本件審決は、参考資料中に記載されている、吉田肉腫細胞をラツトの腹腔に移植して計つたダブリングタイムのデータと人間の癌の場合とを比較した結果、癌細胞の増殖状況は人間の場合と動物の場合とでは異なるという点への認識が及んでいない旨主張するところ、動物の癌、それも経代接種を繰返された移植癌と人癌とでは腫瘍の増殖状況が異なり、吉田肉腫細胞が経代接種を繰返された移植癌に該当することは、被告の認めるところである。しかしながら、原本の存在及び成立に争いのない甲第四号証によれば、引用例には、被告が、第三請求の原因に対する認否及び主張二1において指摘する記載及び「三週間前よりpp継続投与を行つたC3H/Heハツカネズミに―――MH134腹水癌細胞を移植すると、癌の発育は遅れネズミは延命する。そこでppの作用機作を検討するため癌細胞の倍加時間を測定して細胞喪失を求めた。その結果、処置群では細胞喪失の著明な増大が見られた。しかし、免疫抑制下ではこのような現象は見られない。この実験事実はppの癌発育制御機作の一部を表わし、ppはリンパ系を介して細胞喪失を増大させ癌の発育を調節するものと考えられる。」(甲第四号証八四頁「結論」の項)との記載があることが認められ、右事実によれば、プロトポルフイリン(pp)の癌発育制御機作は、プロトポルフイリンが「リンパ系を介して細胞喪失を増大させ癌の発育を調節する」というものであり、それ故に、プロトポルフイリンは動物の悪性腫瘍、なかんずく、癌の発育に細胞喪失が重要な役割を果たす発生癌に効果のあることの知られた物質であることを示していることが認められる。したがつて、参考資料中の右原告ら指摘の点が、引用例記載のプロトポルフイリンを人間に対して適用し、単にその効果を確認することは、当業技術者にとつて容易になしうることと認められるとの前記認定判断に影響を及ぼすものとは認められないから、原告らの右主張は採用できない。

また、原告らは、動物癌での実験結果がそのまま人癌に対しても適用できるものではないとの本願優先権主張日当時の医学常識から判断すると、参考資料に記載された事実から当業技術者がプロトポルフイリンの人癌に対する制癌効果を予測することは一層困難である旨主張するが、本願優先権主張日当時、動物癌での実験結果がそのまま人癌に対しても適用できるものではないとの医学常識が存在したことを認めるに足る証拠はないから、原告らの右主張も採用できない。

よつて、取消事由(1)は採用できない。

2 取消事由(2)について

成立に争いのない乙第一号証の一ないし三によれば、医薬を液体飲食物に混ぜて服用することが、医薬の投与形態として通常行われている形態であり、右事実は、本願優先権主張日前、当業技術者にとつて周知の技術的事項であつたことが認められる。したがつて、右周知の医薬の投与形態の中から、プロトポルフイリンに最も適した投与形態として液体飲食物に混ぜる投与形態を選択する程度のことに格別の困難性があつたものとは認められないから、「本願発明は、引用例の動物実験で実施していた投与形態に代えて人間に対する投与形態として通常行われていた液体飲食物に混ぜて使用する形態に代えただけのものであるから、この程度のことは当業技術者が容易に実施しうる範囲のことである」とした本件審決の認定判断に誤りは認められない。

よつて、取消事由(2)は採用できない。

三 以上のとおりであるから、その主張の点に判断を誤つた違法があることを理由に本件審決の取消を求める原告らの本訴請求は、理由がないのでこれを棄却することとする。

〔編注〕本願発明の要旨は左のとおりである。

ポルフイリン又はその生理学的塩と液体飲食物との組成物からなる悪性腫瘍防止剤。