東京高等裁判所 昭和62年(行ケ)168号 判決
一 請求の原因一(特許庁における手続の経緯)の事実は、当事者間に争いがない。
二 審決の理由
その方式及び趣旨により公務員が職務上作成したものと認められるから真正な公文書と推定すべき乙第五号証によれば、本件審決の理由の要点は、左記のとおりと認められる。
本願発明の要旨は、特許請求の範囲1に記載された、「中空グラスフアイバーの中空部の空気を抜き取り真空として、その真空中を光を通す方法」にあるものと認める。なお、特許請求の範囲1の末尾の「真空グラスフアイバーの方法」は、「方法」と文言の整理をして、本願発明の要旨を右のように認定した。
これに対して、一九七一年六月八日特許の米国特許第三五八三七八六号明細書(「引用例」)には、中空のガラスチユーブの外表面上に金属層を設けた、三層から成る導波管が記載されているほかに、そのガラスチユーブの中空部は、チツ素ガスのような不活性ガスを入れるか、あるいは排気してあるものから成ること、導波管は光線源に光の伝導ラインとして接続されていること等が記載されている。
本願発明と引用例の記載内容とを対比すると、引用例の「導波管」は、本願発明の「中空グラスフアイバー」に相当するから、両者は、中空グラスフアイバーの中空部の中を光を通す方法である点で一致するものであるが、本願発明が、中空部の空気を抜き取り真空にして、その真空中を光を通しているのに対して、引用例には、そのような構成が記載されていない点において、相違が認められる。
そこで、右相違点について検討してみると、引用例には、中空部を排気することが記載されているのであるから、中空部の空気を抜き取り真空にして、その真空中を光を通してみる程度のことは、当業者が容易になし得ることと認められる。
そして、本願発明により、格別顕著な効果を奏したとも認められない。
したがつて、本願発明は、引用例の記載内容に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第二九条第二項の規定により、特許を受けることができない。
三 そこで、原告主張の審決の取消事由の存否について判断する。
1 本願発明の要旨の認定について
審決は、本願発明の要旨を、前記のとおり「中空グラスフアイバーの中空部の空気を抜き取り真空として、その真空中を光を通す方法」と認定している。
しかしながら、弁論の全趣旨によつて成立を認め得る乙第八号証によれば、昭和五九年三月二六日付け手続補正書には、本願発明の特許請求の範囲として、
1 中空グラスフアイバーの中空部の空気を抜き取り真空として、その真空中を光を通す真空光グラスフアイバーの方法
2 特許請求の範囲1の方法による真空中を光を通す真空・光グラスフアイバーの装置
と記載されていることが認められるのであつて、右1(以下「本願第一発明」という。)が方法の発明であり、同2が物の発明であり、両者はカテゴリーを異にする二つの発明であることは明らかであるから、本願発明の要旨を、本願第一発明のみに基づいて前記のとおりであるとした審決の認定は誤りというべきである。
しかしながら、本件出願は、特許法第三八条ただし書の規定(昭和六二年法律第二七号による改正前の規定)に基づき、二以上の発明について一通の願書で特許出願をしたものであり、これに対する特許法上の処分は一個のものでなければならない。したがつて、審査及び拒絶査定に対する不服の審判手続においても、併合出願された二以上の発明は一体として取扱うべきであつて、その一発明について拒絶理由があるときは、同法第四九条の規定により併合出願全部について拒絶をすべき旨の査定をしなければならないところ、本願第一発明は、後記のとおり同法第二九条第二項の規定によつて特許を受けることができないものであるから、本件出願は併合出願された発明全部について拒絶されるべきものであり、審決の前記誤りは、その結論に影響を及ぼさないことが明らかである。
ところで、本願第一発明の特許請求の範囲のうち「真空光グラスフアイバーの」との部分は、それより前の部分の技術内容を概括的に繰り返しているにすぎず、本願第一発明の構成に欠くことができない事項は、「中空グラスフアイバーの中空部の空気を抜き取り真空として、その真空中を光を通す方法」のみといえるから、本願第一発明に関する限り、審決の要旨の認定に誤りはない。
2 引用例の適格性について
(一) 原告は<1>引用例は公開明細書原本であつて特許法第二九条第二項にいう同条第一項第三号に規定する刊行物に該当しない、<2>特許公報は同法第三〇条第一項の規定からみて<1>の刊行物に該当しない旨主張する。
しかしながら、弁論の全趣旨により成立を認め得る乙第九号証によれば、引用例は米国特許公報であつて、明細書原本でないことは明らかであるところ、特許法第二九条第二項が規定する「前項各号に掲げる発明」における同条第一項第三号の「特許出願前に日本国内又は外国において頒布された刊行物」は、広く公開を目的として複製された文書等を意味し、特許公報がこれに該当することは、同条が公知の発明と同一又はこの発明から容易に発明をすることができるものについては独占的権利である特許権を付与しこれを保護する必要がないとする趣旨から設けられていることにかんがみると、疑う余地がないことであつて、原告の右主張はいずれも採用することができない。
(二) また、原告は、引用例はn3の記述に関して特許請求の範囲と発明の詳細な説明との間に矛盾があると主張する。
しかしながら、前掲乙第九号証によれば、その第二欄第一一行及び第一二行には「屈折率n3を有する第三の外側中空誘電円筒22」と記載されていることが認められ、n3が第三の外側中空誘電円筒22の屈折率であることが明らかにされているのであるから、同欄第二一行ないし第二五行に記載されている第二の中空誘電円筒21に関する数式にn3の記載が含まれていないことは、当然というべきである。また、同号証によれば、その第三欄第五二行ないし第五四行には、特許請求の範囲1として、「前記他の円筒の両者のそれより大きい屈折率を有する材料から成る最も外側の円筒」と記載されていることが認められ、第三の外側中空誘電円筒22の屈折率について明瞭に開示されているのであるから、そこにn3の用語が使用されていないからといつて、引用例記載の発明の特許請求の範囲と発明の詳細な説明との間に矛盾があるとすることはできない。
したがつて、引用例についての原告の右主張も、採用することができない。
3 引用例記載の技術内容の認定について
原告は、引用例には導波管の中空部を「排気」してあるものが記載されているとした審決の認定は、誤りである旨主張する。
しかしながら、弁論の全趣旨により成立を認め得る乙第三号証(小稲義男ほか編「新英和大辞典」株式会社研究社昭和五五年一一月発行)第七一九頁及び第四号証(中島文雄編「英和大辞典」株式会社岩波書店昭和四五年一月二〇日発行)第五六六頁によれば、「evacuate」の語に「排気する」という意味があることは明らかである。したがつて、審決が、前掲乙第九号証(引用例)の第二欄第一三行ないし第一六行の記載に基づいて、引用例には三層から成る導波管のガラスチユーブの中空部を排気してあるものが記載されていると認定したことに、誤りはない。
4 本願第一発明と引用例記載の発明との一致点の認定について
原告は、本願発明と引用例記載の発明とは構造を全く異にしており、審決の一致点の認定は誤りである旨主張する。
そこで検討するに、本願第一発明の要旨は、前記1の項に判示のとおりであり、弁論の全趣旨によつて成立を認め得る乙第七号証によれば、昭和五四年一二月一四日付手続補正書には、本願発明の詳細な説明として、次のとおり記載されていることが認められる(別紙第一図面参照)。
光グラスフアイバーの場合、いくらグラスの品質を良いもの、透明度の高いものにしても、物質がある限り限界があり、それ以上光の透過性を良くすることはできない。したがつて、物質を媒介とせず、また気体も存在しない方が、透過度が増すのは当然である。そこで、グラスフアイバーを中空として、中の空気を抜き、真空グラスフアイバーとすることにより、最も光の透過度の高いものを得ることができる。あとは、光の反射及び屈折の度合いと、光の光度の問題で、光の到達距離が決まるのである(第一頁末行ないし第二頁第八行)。
一方、前掲乙第九号証によれば、引用例記載の導波管は、中空のガラスチューブ21と、その中空部20と、光を反射屈折させるための外被22とから構成され、かつ、右中空部20に光を通すもの(別紙第二図面参照)であることが認められる(第二欄第八行ないし第一二行)。
そうすると、引用例記載の「導波管」が、本願第一発明の「中空グラスフアイバー」に相当することは明らかであつて、両者は、中空グラスフアイバーの中空部の中を光を通す方法である点で一致するとした審決の認定に、誤りはない。
5 本願第一発明と引用例記載の発明の相違点について
引用例には、前記3のとおり、導波管のガラスチユーブの中空部を排気してあるものが記載されている。
したがつて、この中空部の排気を更に進めて真空にしてみる程度のことは、当業者ならば容易に想到し得ることと考えられるから、審決の相違点の判断を誤りということはできない。
6 本願第一発明が奏する作用効果の予測性について
原告は、本願発明が奏し得る顕著な作用効果として、前記事実欄第一の四6のとおり五点を挙げるが、これらはいずれも、中空グラスフアイバーの中空部を真空にしたことに直接起因する作用効果と考えられる。
しかしながら、前掲乙第九号証によれば、引用例第二欄第一五行及び第一六行には「この領域は損失を最少化するために排気されることもできる」とされていることが認められ、原告主張の作用効果は、右記載に基づいて、当業者が容易に予測し得る範囲内のものといえるから、審決の「本願発明により格別顕著な効果を奏したとは認められない。」との判断も、是認することができる。
7 以上のとおりであるから、本願第一発明は引用例の記載内容に基づいて当業者が容易に発明をすることができたとする審決の判断は正当である。そして、本願第一発明の特許出願が拒絶されるべきものである以上、これと併合出願された特許請求の範囲2記載の発明について論ずるまでもなく、本件出願を拒絶した原査定を維持した審決は結論において誤りはない。
四 よつて、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は失当としてこれを棄却することとする。
〔編注〕本願発明の要旨は左のとおりである。
1 中空グラスフアイバーの中空部の空気を抜き取り真空として、その真空中を光を通す真空光グラスフアイバーの方法。
2 特許請求の範囲1の方法による真空中を光を通す真空光グラスフアイバーの装置。