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東京高等裁判所 昭和62年(行ケ)172号 判決 1988年11月09日

原告

新井喜一

右訴訟代理人弁護士

松崎勝

石津廣司

右訴訟復代理人弁護士

古谷野賢一

被告

埼玉県選挙管理委員会

右代表者委員長

藤倉芳久

右訴訟代理人弁護士

田島久嵩

右指定代理人

陣内博

粟生田邦夫

被告補助参加人

山村健仁

被告補助参加人

山岸彬

右両名訴訟代理人弁護士

細田初男

田中重仁

杉村茂

島田浩孝

主文

一  昭和六二年四月二六日執行の埼玉県川越市議会議員一般選挙の当選の効力に関する原告の審査申立てに対し、被告が同年八月一七日付けでした裁決は、これを取り消す。

二  川越市選挙管理委員会のした決定の取消しを求める部分についての原告の訴えを却下する。

三  訴訟費用中、補助参加により生じた分は補助参加人らの負担とし、その余は被告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  原告

1  主文第一項と同旨。

2  昭和六二年四月二六日執行の埼玉県川越市議会議員一般選挙の当選の効力に関する被告補助参加人山岸彬の異議申出に対し、川越市選挙管理委員会が同年六月五日付けでした決定は、これを取り消す。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、昭和六二年四月二六日執行の埼玉県川越市議会議員一般選挙(以下「本件選挙」という。)に立候補した者である。

本件選挙の結果、川越市選挙管理委員会(以下「市選管」という。)は、原告を含む四四名の当選を告示した。

2  これに対し、選挙人である被告補助参加人山岸彬が市選管に当選の効力に関する異議の申出をしたところ、市選管は昭和六二年六月五日、原告の当選を無効とする旨の決定(以下「異議決定」という。)をした。

異議決定がその理由とするところは、本件選挙において、選挙会は、原告(最下位当選人)の得票数一八〇四票、同じく候補者である被告補助参加人山村健仁(落選者中最上位。以下「参加人」という。)の得票数一八〇三票と決定したのであるが、市選管は、審理の結果、原告の得票数一八〇六票、参加人の得票数一八〇八票と認め、参加人を当選人と定めるべきであるというのである。

3  原告は、昭和六二年六月一八日、異議決定を不服として被告に審査の申立てをしたが、被告は、同年八月一七日、異議決定と同一の理由をもって原告の審査申立てを棄却する旨の裁決(以下「本件裁決」という。)をし、同日、裁決書を原告に交付した。

4  しかしながら、本件裁決において他候補者に対する有効投票とされたもののうち別紙掲記の番号121の投票(以下「番号121の投票」のようにいう。)並びに無効投票とされたもののうち番号27、29、30及び58(59)の投票の合計五票は、いずれも原告に対する有効投票とすべきものであり、参加人に対する有効投票とされたもののうち番号32の投票はじめ後記の三二票は無効投票とすべきものであるから、結局、原告の得票数は一八一一票、参加人の得票数は一七七六票であって、原告が本件選挙の当選人であることは明らかである。

その理由は、次のとおりである。

(他候補者に対する有効投票とされたもののうち原告に対する有効投票とすべきもの)

(一) 番号121の投票

中央部の第一字は「ア」を不完全に記載した後縦に二本の線で抹消したものであり、その右横の二字の記載は「ア」、「イ」である。結局、「アイいき」と読めるものであり、「アイい」は原告の氏「あらい」を記載しようとしたもの、「き」は原告の名「きいち」の第一字を記載したものであって、原告に対する投票意思を認めることができる。

したがって、右投票は、斉木隆弘候補に対する有効投票と解すべきでなく、原告に対する有効投票と判断すべきである。

(無効投票とされたもののうち原告に対する有効投票とすべきもの)

(二) 原告27の投票

氏の記載は「荒井」であり、名の部分の第一字は「喜」の崩し字の「喜」、第二字は「一」である。氏の記載「荒井」は原告の氏の漢字表記を誤記憶ないし誤記したことによるものであることは、原告に対する有効投票中に同内容のものが複数存在することからも明らかである。氏の記載を音読みすれば原告の氏と一致し、名の部分の記載も原告のそれに一致している以上、原告に対する投票意思は明確である。

仮に名の部分の第一字が「喜」の崩し字とは認められないとしても、原告の氏名と四字中三字まで一致しており、いずれにしても原告に対する投票意思を認めることができる。

(三) 番号29の投票

立候補制度をとる公職選挙法の解釈としては、候補者の氏が正確に記載されたものは、たとい名の記載が候補者のそれと異なっていても当該候補者を指向する有効投票と解すべきものである。そして、この理は、名の記載が候補者のそれと類似性がなくとも同様に当てはまるものというべきである。

ところで、番号29の投票の氏の記載は「あらい」であり、名の記載は「ゆこいち」ないし「ゆこじろ」と読むことができる。本件選挙においては、氏が「新井(あらい)」である候補者は原告以外にはなく、これと類似する氏の候補者も全く存在しなかったし、その名が「ゆこいち」ないし「ゆこじろ」である候補者も全く存在しなかった。

また、原告は、本件選挙において川越市議会議員選挙に初めて立候補したものであり、それ以前には政治活動歴もなく、その知名度は決して高いものではなかった。そして、原告は、本件選挙において、選挙運動用自動車の看板に「あらい」とのみ大書し、専ら氏のみを強調して選挙人に働き掛けていた。このため、選挙人には、原告の氏のみを記憶していてその名までは知らない者が少なくなかった。

以上の点からすれば、原告の氏が正確に記載されている(しかも、名の記載を「ゆこいち」と読めば、原告の名と四字中二字が一致している。)番号29の投票は、原告に対する投票意思を認めることができる。

(四) 番号30の投票

番号29の投票と同様の理由で原告に対する投票意思を認めることができる。

ちなみに、本件選挙の選挙会においては、「山根ころち」票が山根りゅうじ候補に対する、「まにたはじめ」票が真仁田あきら候補に対する、各有効投票とされており、氏の記載が正確であれば名の記載が全く異なっていても有効投票と判定されている。

(五) 番号58(59)の投票(点字投票)

投票用紙裏面の凸部を市選管の公印を下にして右側から読むと「あらいきいい」と読むことができ、原告に対する投票意思を認めることができる。

(参加人に対する有効投票とされたもののうち無効投票とすべきもの)

(六) 番号32及び33の投票

番号32の投票は「川村ケンジ」と、番号33の投票は「川村けんじ」と記載されており、名の記載は参加人のそれと一致している。

ところで、このように投票の記載が特定の候補者の氏名の名の部分で一致し、氏の部分で一致しない場合には、名の部分が一致しているとの理由で直ちにその候補者に対する有効投票とすることは許されず、あくまでその一致しない氏の記載が特定の候補者の氏と音感上、字形上類似性を有しているときに限ってその候補者に対する有効投票と解されるものである。しかも、本件選挙においては、「栗原けん一」、「中村こうじ」、「きしきさとる(吉敷賢)」、「水村高次」という、その名が「けんじ」の音感と類似する候補者が複数存在していたことを併せ考えると、前記の各投票を参加人に対する有効投票とするためには、右の氏の類似性は相当高度のものでなければならない。

しかし、「川村」という氏の記載と参加人の氏「山村」との間には音感上も字形上も全く類似性を認めることができず(「山」と「川」とは全く異なるものであり、関連性を認めることができない。)、結局、前記の各投票は、候補者でない者の氏名を記載したもの、あるいは、候補者の何人を記載したかを確認し難いものとして無効というべきである。

(七) 番号34、45及び90の投票

右の各投票はいずれも「山本けんじ」と記載されており、名の記載は参加人のそれと一致しているが、氏については、右の氏の記載「山本」と参加人の氏「山村」とでは、全体として音感が異なっているし、字形としても「本」と「村」とでは画数が異なるほか「村」が偏と旁から成るなど全く異なっていて、両者の間に相当高度の類似性を認めることはできない。

また、本件選挙においては、他に「本山修一」候補が存在していたところ、「山本」と右の「本山」とでは音感上、字形上極めて類似しており、現に本件選挙においては、「本山修一」候補に対する有効投票として「山本修一」と記載されたものが七票、「山本修二」と記載されたものが一票、「山本」を抹消して「本山」と記載されたものが一票存在していた。したがって、「山本」の記載は「本山修一」候補の氏の誤記と解すべきである。

更に、本件選挙においては、参加人と同一政党(共産党)に所属する候補者として「本山修一」及び「杉山英夫」の二名が存在し、ポスター掲示場におけるこれら三名のポスター掲示箇所は、参加人の右隣に「本山修一」候補、同候補の真上に「杉山英夫」候補が来るように配置されていた。そして、これら三名のポスターは同色であり、しかも、氏を大書してあったため、一見すると「山本」なる候補者が存在するかのような誤った印象を与えていた。このような事情からすると、前記の各投票は、選挙人が「山本」という実在しない候補者が存在するものと誤解して記載した可能性も高い。

したがって、前記の各投票は、いずれにしても参加人に対する有効投票とすることはできず、候補者でない者の氏名を記載したもの、あるいは、二人以上の候補者の氏名を記載したもの、ないしは、候補者の何人を記載したかを確認し難いものとして無効というべきである。

(八) 番号76、87及び88の投票

番号76の投票は「村山ケンじ」と、番号87及び88の投票は「村山けんじ」と記載されており、右の氏は参加人の氏の記載順序を逆にしたものであるが、このような氏が逆記された投票は無効投票であると解される。

また、参加人は、昭和四六年に川越市議会議員に初当選して以来、本件選挙で落選するまで連続四回も当選している著名人であり、単に、右の各投票の氏名がいずれも達筆で書かれていることを考えれば、選挙人が参加人の氏を逆に記憶したとか、誤って逆に記載したとか解する余地はない。

したがって、前記の各投票は、参加人に対する有効投票とすることはできず、候補者でない者の氏名を記載したもの、あるいは、候補者の何人を記載したかを確認し難いものとして無効というべきである。

(九) 番号77の投票

第二字「村」の下に記号と考えられる記載があり、これは、その態様からして誤字の抹消とは考えられない。また、第三字「け」の上部には明確に二つの点が記載されており、これも、その位置、態様からして句読点とは考えられない。したがって、右の各記載は有意の他事記載であり、右の投票は無効というべきである。

(一〇) 番号78の投票

右の投票は「山林」と氏だけが記載されており、その一字のみが参加人の氏と一致しているものであるが、このような投票は無効投票であると解される。

また、本件選挙においては、「山下」、「山根」、「山口」、「山の内」、と氏の第一字に「山」のつく候補者が他に四名も存在していた。特に「山根」候補については氏の第二字の偏が「木」であるから、「山林」の記載は同候補を指向していると解する余地もあり、参加人の氏の誤記ないし誤記憶と断定することはできない。

したがって、右の投票は、いずれにしても参加人に対する有効投票とすることはできず、候補者でない者の氏名を記載したもの、あるいは、候補者の何人を記載したかを確認し難いものとして無効というべきである。

(一一) 番号79及び85の投票

右の各投票はいずれも「山林けんじ」と記載されており、名の記載は参加人のそれと一致しているが、氏については、右の氏の記載「山林」と参加人の氏「山村」とでは、全体として音感が異なっているし、字形としても「林」と「村」とでは画数が異なっていること等からして「林」を「村」の誤記ないし誤記憶と認めることはできず、両者の間に相当高度の類似性を認めることはできない。

また、前記のとおり、本件選挙においては、他に「山根りゅうじ」候補が存在していたところ、同候補の氏名と右の「山林けんじ」との記載を対比すると、氏の第一字が一致し、氏の第二字も偏が一致して旁が異なるだけであり、名の部分も末尾が一致しているなど、類似性を有しているのであり、「山林けんじ」の記載は参加人の氏名の誤記ないし誤記憶と断定することはできない。

したがって、右の各投票は、いずれにしても参加人に対する有効投票とすることはできず、候補者でない者の氏名を記載したもの、あるいは、二人以上の候補者の氏名を記載したもの、ないしは、候補者の何人を記載したかを確認し難いものとして無効というべきである。

(一二) 番号80の投票

氏の第二字は、まず「ス」と記載され、これが抹消されてその右横に「村」と記載されている。しかし、この抹消されている「ス」の記載は、その形状からして参加人の氏名とは何らの関連もないから、単なる書き損じとは認められず、有意の他事記載であって、右の投票は無効というべきである。

(一三) 番号81の投票

右の投票は「山おけんじ」と記載されているが、前記のとおり、他に「山根りゅうじ」候補が存在していたことからすれば、右の記載は同候補の氏名の誤記とも考えられる。

したがって、右の投票は、二人以上の候補者の氏名を記載したもの、あるいは、候補者の何人を記載したかを確認し難いものとして無効というべきである。

(一四) 番号82の投票

氏の第二字「村」の中央部に丸印の記載がある。これは有意の他事記載であり、右の投票は無効というべきである。

(一五) 番号83の投票

名の第三字「じ」に接して、明確に「一」の記載がある。この記載は、参加人の氏名の完全明確な記載のほかに記入されたものであり、氏名の記載の一部と認められないのはもとより、氏名の一部を書きかけて中断したものでもないし、また、筆勢が余って不用意に記載されたものとも認めることができず、有意の他事記載であって、右の投票は無効というべきである。

(一六) 番号84の投票

氏の第一字「山」の右下に複数の点の記載がある。これは、不用意に記入されたものではなく、有意の他事記載であって、右の投票は無効というべきである。

(一七) 番号86の投票

右の投票は「山竹けんじ」と記載されており、名の記載は参加人のそれと一致しているが、氏については、右の氏の記載「山竹」と参加人の氏「山村」とでは、全体として音感が異なっているし、字形としても「竹」と「村」とでは著しく異なっていて、両者の間に相当高度の類似性を認めることはできない。

したがって、右の投票は、参加人に対する有効投票とすることはできず、候補者でない者の氏名を記載したもの、あるいは、候補者の何人を記載したかを確認し難いものとして無効というべきである。

(一八) 番号89の投票

氏名の上部に記号と思われる記載がある。これは有意の他事記載であり、右の投票は無効というべきである。

(一九) 番号91の投票

候補者氏名欄中央部に「file_3.jpg」の記載がある。これは、何らかの文字の記載を抹消したものではなく、記号の記載と解すべきであり、有意の他事記載であって、右の投票は無効というべきである。

(二〇) 番号92の投票

氏の第二字「村」の左側に斜線の記載がある。この斜線は、氏の第一字「山」の第三画及び第二字「村」の第一画から離れた位置より始まっており、氏名を記載する際に運筆の誤りによって付けられた汚損ではなく、氏名の記載動作とは直接に関連のない動作で付けられたものであり、選挙人が何らかの意図をもって意識的に記載したと解するほかはない。

したがって、右の斜線は有意の他事記載であり、右の投票は無効というべきである。

(二一) 番号93及び99の投票

いずれも氏の第一字「山」の右下に「、」の記載がある。この記載は、その位置、形状からして句読点と解することができないのはもとより、強く濃く記載されていることから、氏名を記載する際に運筆の誤りによって付けられた汚損と解することもできない。しかも、右のとおり、全く同様の記載のある投票が二票も存在することからすれば、偶然の一致とは考えられず、選挙人が何らかの意図をもって意識的に記載したと解するほかはない。

したがって、右の記載は有意の他事記載であり、右の投票は無効というべきである。

(二二) 番号94の投票

候補者氏名欄中央部に「山村けんじ」と正確に氏名を記載した後に、氏の第二字「村」を抹消し、その右横に「村」と記載してある。これは、わざわざ正確に記載された字を抹消し、その横に重ねて同じ字を記載したものであるから、誤記の訂正ではなく、選挙人が何らかの事柄を暗示する意図をもって意識的に記載したと解するほかはない。

したがって、右の記載は有意の他事記載であり、右の投票は無効というべきである。

(二三) 番号95の投票

候補者氏名欄中央部に「やまむらけんじ」と正確に氏名を記載した後に、名の第一字「け」を抹消し、その右横に「け」と記載してある。前記番号94の投票と同様の理由により、右の記載は有意の他事記載であり、右の投票は無効というべきである。

(二四) 番号96の投票

候補者氏名欄中央部に「石塚政一」と記載した後に、これを抹消し、その右横に「山村」と記載してある。しかし、この抹消されている「石塚政一」の記載は、この氏名に合致し、又はこれに類似する氏名の候補者は本件選挙においては存在しなかったから、単なる書き損じとは認められず、有意の他事記載であって、右の投票は無効というべきである。

(二五) 番号97の投票

候補者氏名欄中央部に「山村けんじ」と正確に氏名を記載した後に、これをすべて抹消し、その右横に「山村けんじ」と記載してある。前記番号94及び95の投票と同様の理由により、右の記載は有意の他事記載であり、右の投票は無効というべきである。

(二六) 番号98の投票

名の第一字「け」の右横に「し」の記載があり、名の第二字「ん」に「ん」と右下がりの斜線の記載があり、名の第三字「じ」に「じ」と右下がりの二本の斜線の記載がある。右の各記載は有意の他事記載であり、右の投票は無効というべきである。

(二七) 番号100の投票

名の第二字「ん」と第三字「二」との中間に点の記載がある。これは有意の他事記載であり、右の投票は無効というべきである。

(二八) 番号101の投票

名の第二字「ん」の左横に黒く塗りつぶした丸印の記載がある。これは有意の他事記載であり、右の投票は無効というべきである。

(二九) 番号102の投票

候補者氏名欄中央部に三文字からなる記載をした後に、これをすべて抹消し、その右横に「山村けんじ」と記載してある。しかし、この抹消されている三文字のうち第三字は「商」と読むことができるところ、その氏名が三文字から成り、「商」のつく候補者は本件選挙においては存在しなかったから、この抹消されている記載は有意の他事記載であって、右の投票は無効というべきである。

(三〇) 番号103の投票

名の第一字「け」の左横に黒く塗りつぶした丸印の記載がある。これは有意の他事記載であり、右の投票は無効というべきである。

5  また、本件裁決には、次のような手続的違法がある。

(一) 原告は、本件裁決の審理手続において、被告に対し、本件選挙の全投票につき物件提出要求申立て及び閲覧請求を行った。しかるに、被告は、市選管より本件選挙の全投票を提出させていながら、これを原告に閲覧させず、また、右の申立て及び請求に対して何ら応答しないまま本件裁決をした。

したがって、本件裁決は公職選挙法二一六条二項、行政不服審査法三三条二項に違反する。

(二) 原告は、本件裁決の審理手続において、被告に対し、本件選挙の全投票につき原告立会のうえ検証を実施するよう申し入れた。しかるに、被告は、原告の右立会要求を拒否したまま、昭和六二年七月二四日、本件選挙の全投票の検証を実施した。

したがって、本件裁決は公職選挙法二一六条二項、行政不服審査法二九条二項に違反する。

(三) 原告は、本件裁決の審理手続において、被告に対し、「投票の開披点検記録」の閲覧請求を行った。これに対し、被告は、右記録の開示権限は埼玉県行政情報公開条例により埼玉県総務部公文書センター所長に委任されており、被告には右権限がないとしてこれを拒否し、更に、同センター所長も、右記録は争訟に関する情報である等の理由で表示を拒否した。

しかし、右記録は、市選管が異議決定をなす際の証拠資料とした全投票を被告において写真撮影する等して調整したものであり、行政不服審査法三三条二項前段の「処分庁から提出された書類その他の物件」に該当する。したがって、原告の右記録の閲覧請求を拒否したままなされた本件裁決は、公職選挙法二一六条二項、行政不服審査法三三条二項に違反する。

6  よって、前記「当事者の求めた裁判」に記載のとおりの判決を求める。

二  請求原因に対する認否並びに被告及び参加人の主張

1  請求原因1ないし3の事実はいずれも認める。

2  請求原因4については、本件選挙における投票中に別紙掲記の合計三七票の投票が存在し、本件裁決において、番号121の投票が他候補者に対する有効投票と、番号27、29、30及び58(59)の投票四票が無効投票と、番号32の投票はじめ原告抽出の三二票が参加人に対する有効投票と、それぞれ判定された事実は認めるが、右各投票の効力に関する原告の主張は争う。

右各投票の効力に関する被告及び参加人の主張は、次のとおりである(以下、特に参加人の主張として記載するもの以外は、被告及び参加人の共通の主張である。)。

(一) 番号121の投票

右の投票は、字の稚拙な選挙人が中央に「サいき」と書いたが、「サ」の字がよく書けなかったため、右側に念のため「サイ」と書いたものであり、氏の一部が並記されたものと判断すべきである。

仮に、原告の主張するように右の投票を「アイいき」と読むのであれば、原告に対する投票意思を認めることはできず、無効投票と解すべきである。

(二) 番号27の投票

右の投票は、「荒井習一」に記載されたものと認められ、原告の主張するように「荒井喜一」と記載されたものではない。そして、名の部分の記載は全体として原告の名と類似性がなく、氏の「荒井」の記載も原告の氏を誤記憶又は誤記したと判断する合理的理由がない。

また、本件選挙の選挙区内には「荒井習一」という氏名の者が実在しており、しかも、同人は、川越市議会議員選挙に四期連続当選し、昭和四二年五月二日から昭和五五年九月四日まで同市議会議員の地位にあった著名人である。文字も右投票の記載と全く共通であることにかんがみると、投票者は右の実在する「荒井習一」に投票する意思を有していたと解するのが妥当である。

(三) 番号29の投票

右の投票は「あらいゆこじろ」と記載されているところ、確かに候補者中「新井」なる氏を有する者は原告しかいないが、名の記載が原告のそれとは全く類似性がなく、原告の名を誤記したものと認めることはできない。

(四) 番号30の投票

番号29の投票と同様、名に全く類似性がないから、原告に対する投票意思を認めることはできない。

(参加人の主張)

仮に、番号29及び30の投票についての原告の主張を前提とするならば、無効投票とされている「山村修」票(検証調書一写真38参照)は当然参加人に対する有効投票と解されるべきである。

(五) 番号58(59)の投票(点字投票)

点字は、右横書きで裏の凸面を左から右へ読む一方式しかなく、この方式で読むと「なかあれつお」と読むことになる。原告は、右方式を無視し、右から左へ読んで独自の見解を主張しているにすぎない。

(六) 番号32及び33の投票

右の各投票については、参加人の名「けんじ」が完全に又は片仮名で記載されており、氏も、第二字「村」は一致し、第一字「山」が「川」と記載されているが、記載された文字を全体的に考察すれば、参加人の氏名に類似している。また、他に「川村」という氏又は「けんじ(ケンジ)」という名の候補者は存在せず、「山」と「川」はしばしば対として使用されることから、単なる誤記か誤記憶と解され、参加人に対する有効投票とすべきものである。

(七) 番号34、45及び90の投票

右の各投票については、参加人の名「けんじ」が完全に記載されており、氏も、第一字「山」は一致し、第二字は相違しているものの「本」と「村」で字形的には似ており、投票の記載を全体的に見れば、参加人の氏名に類似している。また、他に「山本」という氏又は「けんじ」という名の候補者は存在せず、原告の主張する「本山修一」候補とは、名が全く違ううえ氏も逆転しており、その類似性は参加人のそれに遠く及ばない。したがって、右の各投票は参加人に対する有効投票とすべきものである。

(八) 番号76、87及び88の投票

右の各投票については、参加人の名「けんじ」が完全に、又は上二字が片仮名で下一字が平仮名で記載されており、氏も「山村」と全く同一文字が使われている。また、他に「村山」という氏又は「けんじ(ケンじ)」という名の候補者は存在せず、氏の第一字が「村」の候補者もいない。したがって、右の各投票は参加人に対する有効投票とすべきものである。

(九) 番号77の投票

第二字「村」の下にある記載は、記号ではなく、書き損じを訂正したものであり、第三字「け」の上部の二つの点は何かの拍子についたものであり、いずれも有意の他事記載ではない。

(一〇) 番号78の投票

「山林」という氏の候補者は存在せず、氏に「林」のつく候補者もいない。原告の主張するとおり、氏の第一字に「山」のつく候補者は参加人のほかに四名いたが、「林」と「村」とが字形、視感において極めて類似しているのに対し、他の四名の氏の第二字は「林」とは全く類似していない。したがって、「山林」は「山村」の誤記と解するのが自然であり、右の投票は参加人に対する有効投票とすべきものである。

(一一) 番号79及び85の投票

前記のとおり、「山林」は「山村」の誤記と解するのが自然であるうえ、右の各投票については、参加人の名「けんじ」が完全に記載されている。したがって、右の各投票は参加人に対する有効投票とすべきものである。

(一二) 番号80の投票

氏の第二字「村」を書き損じて抹消したものであり、有意の他事記載ではない。

(一三) 番号81の投票

氏の第二字は「村」を崩して書いたものと認められる。仮にそうでないとしても、参加人の名「けんじ」が完全に記載されており、氏も、第一字「山」は一致し、第二字も「村」に酷似している。したがって、右の投票は参加人に対する有効投票とすべきものである。

(一四) 番号82の投票

丸印のように見える記載は、運筆の際に付いたもの、又は旁の撥と点を続けて書いたものにすぎない。

(一五) 番号83の投票

名の第三字「じ」の下部をていねいに書き直したものにすぎない。

(一六) 番号84の投票

原告の主張する複数の点がいかにして付いたかは定かではないが、特に意識的に何かを記載したものとは認められず、有意の他事記載ではない。

(一七) 番号86の投票

右の投票については、参加人の名「けんじ」が完全に記載されており、氏も、第一字「山」は一致し、第二字は相違しているものの「竹」と「村」で視感、字形からはよく似ており、投票の記載を全体的に考察すれば、参加人の氏名に極めて類似している。また、他に「山竹」という氏又は「けんじ」という名の候補者は存在しない。したがって、右の投票は参加人に対する有効投票とすべきものである。

(一八) 番号89の投票

氏の第一字「山」を書き損じて抹消したものであり、有意の他事記載ではない。

(一九) 番号91の投票

氏を書き損じて、又は他の候補者の氏を記載したが意を翻して強く抹消したものであり、有意の他事記載ではない。

(二〇) 番号92の投票

運筆の際に誤って付いた汚損であり、有意の他事記載ではない。

(二一) 番号93及び99の投票

「、」は「山」の第三画の一部であり、鉛筆を強く押し付けたときなどにその芯が折れてできたものである。

(二二) 番号94の投票

書き損じたと思ったか、又はもっとていねいに書こうと思って、氏の第二字「村」を書き直したものであり、有意の他事記載ではない。

(二三) 番号95の投票

書き損じたと思ったか、又はもっとていねいに書こうと思って、名の第一字「け」を書き直したものであり、有意の他事記載ではない。

(二四) 番号96の投票

投票者はいったん他の者に投票する意思で書いたが、その記載の誤りに気付いて抹消し、参加人の氏を書いたものであり、特に投票者にふまじめな態度もうかがわれず、有意の他事記載ではない。

(二五) 番号97の投票

参加人の氏名を記載した後に意を翻してこれを抹消し、他の候補者を記載しようとしたが、思い直して再び参加人の氏名を記載したものか、又は書き損じたと思って氏名全体を書き直したものであり、有意の他事記載ではない。

(二六) 番号98の投票

名の第一字「け」を書き直したが、その一部を抹消し残し、また、名の第二字「ん」及び第三字「じ」を記載した上からていねいになぞったものにすぎない。

(二七) 番号100の投票

点の記載は何かの拍子に付いたものであり、有意の他事記載ではない。

(二八) 番号101の投票

名の第二字「ん」を書き損じて抹消したものであり、有意の他事記載ではない。

(二九) 番号102の投票

いったん氏名を記載した後に、その誤りに気付いて抹消したものであり、有意の他事記載ではない。

(三〇) 番号103の投票

名の第一字「け」を書き損じて抹消したものであり、有意の他事記載ではない。

3  請求原因5(一)については、被告が原告の物件提出要求申立て及び閲覧請求に対して何ら応答しないまま本件裁決をしたことは否認するが、その余の事実は認める。同5(二)の事実は認める。同5(三)については、投票の開披点検記録が行政不服審査法三三条二項前段の「処分庁から提出された書類その他の物件」に該当することは否認するが、その余の事実は認める。

同5(一)ないし(三)のいずれについても、本件裁決に原告の主張するような手続的違法が存在することは争う。

三  被告及び参加人の主張に対する原告の認否及び反論(番号27の投票について)

本件選挙の選挙区内に「荒井習一」という氏名の者が実在しており、同人が、川越市議会議員選挙に四期連続当選し、昭和四二年五月二日から昭和五五年九月四日まで同市議会議員の地位にあった者である事実は認める。

しかしながら、仮に、番号27の投票の記載が「荒井習一」であってこれが右の実在人の氏名と一致しているとしても、当該実在人が社会的、政治的に極めて著名度が高いなどの特段の事情がない限り、当該投票の記載と高い類似性を有する氏名の候補者に対する有効投票と解すべきであり、右の特別の事情の存否は当該選挙の時点で判断すべきものである。しかるところ、右の実在する「荒井習一」は、昭和五五年九月四日に川越市議会議員を辞職して以降、政治活動を全く行っておらず、右日時以降に市議会、県議会等の議員選挙をはじめとする公職の選挙に自ら立候補したことがないのはもとより、他の候補者の選挙運動に関与したことすらない。また、同人は、右日時以降は、自宅で農業を営んでいるだけであり、公職についたことはなく、農業協同組合、町内会等の公的団体の役員になったこともない。

そうすると、右の実在する「荒井習一」は、昭和五五年当時にはともかく、その後七年を経過した(その間の昭和五八年に川越市議会議員選挙が行われている。)本件選挙の時点においては、番号27の投票の記載が候補者ではない同人を表示したものと推認すべき特段の事情が存在するとするに足りるほどの高い知名度を有していたとはいうことができない。

第三  証拠<省略>

理由

一請求原因1ないし3の事実はいずれも当事者間に争いがない。なお、<証拠>によれば、本件選挙において、原告及び参加人は、公職選挙法施行令八八条六項に基づきそれぞれ選挙長から「新井きいち」、「山村けんじ」との通称を使用することの認定を受けていた事実が認められる。

二請求原因4については、本件選挙における投票中に別紙掲記の合計三七票の投票が存在し(別紙掲記の投票が原票を電子写真複写したものであることは、記録上明らかである。ただし、別紙掲記58(59)の点字投票は、原票の表面(裏面)を複写した後、当裁判所において点の位置に印をつけ、これを明確にしたものである。)、本件裁決において、番号121の投票が他候補者に対する有効投票と、番号27、29、30及び58(59)の投票四票が無効投票と、番号32の投票はじめ原告抽出の三二票が参加人に対する有効投票と、それぞれ判定された事実は、当事者間に争いがない。

そこで、以下、右各投票の効力に関する原告並びに被告及び参加人の主張について検討する(なお、以下、投票の文字の位置、形状等はいずれも検証の結果に基づいて認定したものであるが、この限りにおいてはいちいちこれを認定の根拠として挙示することはしない。)。

1  他候補者に対する有効投票とされたもののうち原告が自らに対する有効投票とすべきであると主張する番号121の投票について

中央の第一字は、その形状からして片仮名の「サ」の不完全な記載と認めるのが相当であり、原告の主張するように、いったん「ア」と記載された後にこれが縦の二本の線で抹消されたものと解するのは困難である。中央の第二字、第三字がそれぞれ「い」、「き」と記載されていることは明らかである。

中央の「サ」の右隣りの二字は、その位置からすると「サ」を訂正し、あるいは、これを補足する記載であって、字形の全体的印象からすれば「アイ」と見るのが自然である。しかし、これが極めて稚拙な筆致によるものであり、また、「ア」の第一面の左下方向への撥の部分が右端から幾分離れて独立に記載されていることからすると、字形の上でも「サイ」の不完全な記載と見ることができないではない。そして、候補者制度をとる現行の公職選挙法の下においては、選挙人は候補者のいずれかに投票する意思をもって投票を記載したと推定すべきであるところ、前掲丙第一号証によれば本件選挙において「アイいき」ないしこれに近似する氏名の候補者は存在しなかったことが認められ、前記のとおり訂正(補足)前の記載が「サいき」と判続し得ることをも併せ考慮すると、いささか明確を欠くところはあるものの、被告らの主張するように、同票の記載を「サイいき」と読み、斉木隆弘候補を指向する投票であると判断することにも十分な合理性が認められるというべきである。なお、原告は「アイいき」との記載から原告に対する投票意思を認めることができると主張するが、到底左袒し難く、もし「アイいき」と記載されているとすれば、候補者の何人を記載したかを確認し難いものとして無効投票とするほかはない。

2  無効投票とされたもののうち原告が自らに対する有効投票とすべきであると主張する各票について

(一)  番号27の投票

名の第一字はその形状からして「習」の崩し字と見るのが自然であり(これを「喜」の草書である「喜」の不完全な記載と見ることには無理がある。)、同票は「荒井習一」と記載されているものと解される。

そして、これを原告の氏名と対比してみると、氏については、読み方が同一であり、第二字は符合しており、相違する第一字は、検証の結果により原告に対する有効投票とされているものの中に存在することが認められる三票の「荒井きいち」と記載された投票(検証調書一写真66、71、75参照)と同様に、原告の氏の漢字表記を誤って記憶し、又はこれを誤記したものと考えることができる。また、名については、第一字の「習」と「喜」との間には観念上の関連性も字形、字音の上での類似性も認めることはできないが、第二字の「一」が符合していることから、名の全体としては、形状面の印象と語感において共通性がないではなく、前記の氏とあいまって、同票の記載と原告の氏名との間には相当程度の類似性を肯認することができるというべきである。

ところで、被告及び参加人は、本票の投票者は実在する「荒井習一」なる人物に対して投票する意思を有していたと解すべきである旨主張しており、本件選挙の選挙区内に「荒井習一」という氏名の者が実在し、同人が、川越市議会議員選挙に四期連続当選して、昭和四二年五月二日から昭和五五年九月四日まで同市議会議員の地位にあった者である事実は、当事者間に争いがない。

このように投票の記載が候補者の氏名に類似していると同時に当該選挙区内に実在している人物の氏名と合致している場合は、その実在人が当該選挙に立候補していると誤認されるような状況が存在していたなど、投票の記載が特に当該実在人を表示したと推認すべき特段の事情があるときは、その記載が当該実在人を指向するものと認めることになるが、このような特段の事情が存在しない限り、右の投票は、その記載と類似する氏名をもつ候補者に投票する意思で記載されたと判断すべきものである。これを本件について見るに、実在人である「荒井習一」は、右の当事者間に争いのない事実のとおり昭和五五年九月に川越市議会議員の職を辞するまで一三年余りにわたる公職歴を有していたことから、本件選挙当時においても相当程度の知名度を有していたものとうかがわれるが、他方、弁論の全趣旨によれば、同人は、昭和五五年九月以降は市議会、県議会の議員選挙その他の公の選挙に立候補したことはないものと認められ、また、この間、他の候補者の選挙運動に関与したり、公私の分野において社会的な活動をしていたというような事実は、これを認めるに足りる証拠がない。そうすると、原告の主張するように、その後七年近くを経過した(弁論の全趣旨によれば、この間に一度川越市議会議員選挙が行われていることが認められる。)本件選挙当時には、同人の知名度は、もはや同人が本件選挙に立候補していると一般に誤認されるほど高いものではなかったものと見受けられる。そして、このことに加えて、弁論の全趣旨によれば、原告は、本件選挙において川越市議会議員選挙に初めて立候補したものであって、それ以前は格別政治活動歴もなく、本件選挙当時はいまだその氏名が広く知れわたっていなかったものと認められるから、選挙人の中には、原告の氏名の漢字表記を「荒井習一」の漢字表記と誤認、混同していた者もいたものと推認され、現に、前記のとおり「荒井きいち」と記載された投票が三票存在していたことも斟酌すると、本票については、これが実在人である「荒井習一」を指向していたとするには躊躇せざるを得ないところであって、結局、いまだ前記のような特段の事情があると認めるには足りないといわなければならない。

そうすると、本票は、選挙人が原告に投票する意思をもってその氏名を誤記したものと認めるのが相当であり、原告に対する有効投票と解すべきものであって、この点についての原告の主張は理由がある。

(二)  番号29の投票

氏名の第六字は、その右上の二つの点は濁点と見るのが自然であるから、「じ」と判読すべきものであり、第七字はその形状からして「ろ」であって、同票は「あらいゆこじろ」と記載されているものと解される。原告の主張に基づいて観察してみても、名が「ゆこいち」と記載されていると解することはできない。

ところで、投票に記載された氏名が候補者の氏名と一致しない場合であっても、その記載から当該選挙人の意思がいかなる候補者に投票したかを判断し得る以上、これを当該候補者に対する有効投票と認めるべきである。そして、氏と名の双方が記載されている投票については、その両者の文字を全体的に考察して右のような選挙人の意思を判断すべきものであって、一般に他人間の呼称としては氏のみを使用する習慣があることから、名よりも氏についての記載を重視すべきであるとはいい得るとしても、原告の主張するように専ら氏のみに依拠するのは相当ではない。

これを本件について見るに、前記の投票の記載は、氏においては原告のそれと一致するが、名においては字数、字形、字音のすべての点で異なっていて全く類似性がなく、「ゆこじろ」が原告の通称、旧名、幼名その他原告と何らかの関連のある表示であると認めるべき証拠もないから、これが原告の名の誤記又は誤記憶によるものと考える余地はない。そうすると、他方で、前掲丙第一号証によれば、本件選挙においては、「あらい」という氏の候補者は原告がいるのみであり、「ゆこじろ」ないしこれに近似する名の候補者も存在しなかったことが認められ、また、本件選挙運動期間中である昭和六二年四月に撮影された写真であることに争いのない甲第四号証及び弁論の全趣旨によれば、原告は、選挙運動用自動車に平仮名で「あらい」と大書した看板を掲げ、選挙人に氏を強く印象づける方針で選挙運動を行っていたことが認められるが、これらの事情を考慮に入れたとしても、本票は、選挙人が原告に投票する意思をもって名を誤記したものと認めることはできず、結局、候補者の何人を記載したかを確認し難いものとして無効とすべきである。

(三)  番号30の投票

本票は「新井藤五郎」と記載されていることが明らかであるが、番号29の投票の場合と同様、この名と原告の名との間には全く類似性も関連性も認めることができないから(なお、前掲丙第一号証によれば、本件選挙においては「沢田勝五郎」という氏名の候補者が存在していたと認められるところ、本票に記載された名と同候補の名との間にはかなりの類似性を認めることができる。)、本票は、二人以上の候補者の氏名を記載したもの、あるいは、候補者の何人を記載したかを確認し難いものとして無効とすべきである。

(四)  番号58(59)の投票

本票は点字投票であり、別紙掲記58は投票用紙の表面で点字の凹部が表示されているもの、同59は投票用紙の裏面で点字の凸部が表示されているものであるが、公職選挙法施行令別表第一(第三八条関係)に照らし、投票用紙の裏面の凸部を市選管の公印を下にして左から右へ読むと、本票は「なかあれつお」と記載されているものと認められる。もっとも、第三字については、留置した原票の表面を子細に見ると点が少しずれてもう一回やや弱めに打たれているから、「い」と記載しようとしたと考える余地もないではない。なお、点字の記載を見ると点字器が二度にわたってずれたことがうかがわれ、そのため第四字については点の位置関係に必ずしも明確でないところがあるが、同字は右のとおり「れ」と読むのが自然であると考えられる。

一方、同じく投票用紙の裏面の凸部を市選管の公印を上にして左から右へ読んだ場合には、第一字、第二字及び第五字はそれぞれ「を」、「ほ」、「か」であると認めることができるものの、これ以外については対応する文字又は記号を見付けることができないので、本票の投票者は、前記のとおり公印を下にして読むように点字を打ったものと判断される。

そして、前記の「なかあれつお」又は「なかいれつお」という氏名を前掲丙第一号証によって認められる本件選挙の候補者の氏名と対比してみると、原告の氏名とはもとより、どの候補者の氏名とも類似性を見いだすことができないから、本票は、候補者の何人を記載したかを確認し難いもの、あるいは、候補者の氏名以外の他事を記載したものとして無効とすべきである。なお、原告は、投票用紙裏面の凸部を市選管の公印を下にして右側から読むと「あらいきいい」と読むことができる旨主張するが、成立に争いのない乙第三ないし第五号証及び弁論の全趣旨によれば、そもそも点字の凸部を右から左へ読むことができないことは明らかであるから、右は独自の主張であって採用することはできない。

3  参加人に対する有効投票とされたもののうち原告が他事記載以外の理由で無効投票とすべきであると主張する各票について

(一)  番号32及び33の投票

番号32の投票は「川村ケンジ」と、番号33の投票は「川村けんじ」と記載されているが、参加人の名(通称。以下同じ。)が完全に又は片仮名で記載されているうえ、氏名全体として見ても、氏の第一字が相違するだけで、五文字中四文字までが参加人の氏名と符合している。しかも、「川」と「山」とは、観念上の関連性があるとはいいにくいにしても、二音節とも母音を共通にしていて音感に類似する面があり、字画の数は同じであり、字形も全体的な印象において似通ったところがあって、相互に誤記又は誤記憶の対象になり得るものと考えられる。したがって、前記の各票の記載と参加人の氏名との間にはかなりの類似性が認められるというべきである。

そして、前掲丙第一号証によれば、本件選挙においては、「川村」という氏の候補者は存在せず、また、参加人のほかに「けんじ(ケンジ)」という名の候補者もいなかったものと認められる。更に、右丙第一号証によれば、本件選挙においては、原告が本票の記載との類似性をいう「栗原けん一」、「中村こうじ」、「きしきさとる(吉敷賢)」、「水村高次」という氏名の候補者が存在していたことが認められるが、「中村こうじ」以外の三名の氏名と本票の記載との間にはほとんど類似性を認めることはできず、「中村こうじ」についても、名が二字異なっていて、参加人の氏名に比べて類似性は相当劣っているから、本票の記載をもって、これらの候補者を指向するものと解するのはもとより、参加人の氏名とこれらの候補者の氏名が混記されたものということもできない。

そうすると、本票は、選挙人において参加人に投票する意思をもって氏の第一字を誤記したものと認めるのが相当であり、参加人に対する有効投票とすべきものである。

(二)  番号34、45、79、85、86及び90の投票

番号34、45及び90の投票は「山本けんじ」と、番号79及び85の投票は「山林けんじ」と、番号86の投票は「山竹けんじ」と記載されているが、いずれも参加人の名が完全に記載されているうえ、氏名全体として見ても、氏の第二字が相違するだけで、五文字中四文字までが参加人の氏名と符合している。しかも、相違する第二字についても、「本」は「村」の偏と近似し、「林」は字形、画数において「村」に類似しているほか、「竹」と「村」も字形の全体的な印象において似通ったところがあり、氏名全体としての類似性は前記の番号32及び33の投票の場合より高い。

そして、前掲丙第一号証によれば、本件選挙においては「山本」、「山林」、「山竹」という氏の候補者は存在しなかったものと認められる。また、右丙第一号証によれば、本件選挙においては原告が「山本けんじ」との類似性をいう「本山修一」という氏名の候補者及び同じく「山林けんじ」との類似性をいう「山根りゅうじ」という氏名の候補者が存在していたことが認められるが、氏だけについて比較するのであればともかく、氏名を全体的に考察した場合には、その類似性は参加人の氏名にはるかに及ばない。

そのほか、本件選挙運動期間中である昭和六二年四月に撮影された写真であることに争いのない甲第三号証によれば、原告が右の「山本けんじ」と記載された投票について主張する、ポスター掲示場におけるポスターの配置、色、氏の記載の大きさに関する事実を認めることができるが、このような事実のみをもってしては、いまだ右の投票が「山本」という実在しない候補者を指向していると認めるには足りず、結局、前記の各投票はいずれも参加人に対する有効投票とすべきものである。

(三)  番号76、87及び88の投票

番号76の投票は「村山ケンじ」と、番号87及び88の投票は「村山けんじ」と記載されているが、参加人の名が完全に又は片仮名交じりで記載されているうえ、氏の二字も参加人の氏を構成する二字と一致していてその記載順序が逆になっているにすぎず、氏だけを比較した場合には視感を異にするところはあるものの、氏名を全体的に考察した場合には双方の氏名の間にかなりの類似性を認めることができる。

そして、前掲丙第一号証によれば、本件選挙においては、「村山」という氏の候補者、更には氏の第一字に「村」のつく候補者は存在しなかったものと認められるから、結局、「村山」は「山村」の誤記憶か、投票に際して誤って第一字と第二字を逆記したものと認めるのが相当であり、本票は参加人に対する有効投票とすべきものである。

(四)  番号78の投票

本票は「山林」と氏だけが記載されているが、参加人の氏とは、その第一字が一致し、第二字の「林」も前記のとおり字形、画数において「村」に類似していて、全体としてもかなりの類似性を認めることができる。

そして、本件選挙において「山林」という氏の候補者が存在しなかったことは前記のとおりであり、また、前掲丙第一号証によれば、原告の主張するように、本件選挙においては、氏の第一字に「山」のつく候補者として他に「山下」、「山根」、「山口」及び「山の内」の四名がいたと認められるところ、「山下」、「山口」及び「山の内」の三名の氏は、本票の「山林」とは第一字以外の字形が全く異なっていて類似性に乏しい。一方、「山根」と「山林」とは、第二字の偏が同じであって、全体として相当程度の類似性が認められることは否定することができないが、第二字の旁の形状を考慮した場合、参加人の氏の類似性に及ぶものではない。これに加えて、前記のとおり、本件選挙の投票中には「山林けんじ」と記載されたものが二票あるのに対し、証拠上「山林りゅうじ」と記載された投票が存在するという事実は認められないことにもかんがみると、本票は、参加人と「山根りゅうじ」のいずれの候補者を指向したものかが全く判断し難いものとして無効とすべきではなく、参加人に投票する意思をもって氏の第二字を誤記したものと認めるのが相当であり、参加人に対する有効投票とすべきものである。

(五)  番号81の投票

第二字は、その形状からすれば平仮名の「お」に近似しているが、いささか平らな印象を受けるうえ、右下の撥が筆勢が余ったというには内側に曲がりすぎているから、漢字の「村」の癖のある崩し字と見ることもできる。そして、第一字が「山」と、第三字以下が「けんじ」と記載されていることを考えると、むしろ、右は参加人の氏の第二字である「村」と判読するのが自然であり、本票は参加人に対する有効投票とすべきものである。

4  参加人に対する有効投票とされたもののうち原告が他事記載を理由として無効投票とすべきであると主張する各票について

(一)  番号77、80、89、91、94、95、97、101、102及び103の投票

原告の指摘する各記載は、その位置、形状等からすると、参加人の氏名の全部若しくは一部を書き、又はその文字の一部を書きかけたものの、正確、完全に書くことができなかったため書き損じた部分を抹消したものか、いったん他の候補者の氏名を書いた後、翻意してこれを抹消したもののいずれかであると認められる(抹消されている部分に候補者以外の者の氏名が記載されていたと認めるには足りない。例えば、番号102の投票の抹消されている三文字のうち第三字は前出候補者「水村高次」の第三字である「高」と判読する余地もある。)。したがって、これらがいわゆる他事記載に当たるものでないことは明らかである。

なお、番号77の投票については、原告の指摘するように、名の第一字「け」の上部に二つの点を認めることができ、これが抹消された文字の一部であるとも運筆の途中でできたとも直ちに判定し難いが、いずれにしてもその位置、形状等からして暗号的表示その他、これによって投票をした選挙人の何人であるかを推知せしめるに足りる意識的な記載ということはできない。

(二)  番号82、92、93及び99の投票番号82の投票の氏の第二字「村」の中央部に見られる丸印様の記載(なお、原告の指摘は、旁の下部の撥と点が続けて書かれたものと見られる記載をいうのではなく、偏の第四画付近の淡い記載をいうものと思われる。)及び番号92の投票の氏の第二字「村」の左側に見られる斜線は、その位置、形状、これらが他の字に比較して色が淡く、弱い筆勢によるものであること等からすると、いずれも運筆の際に不用意に鉛筆の先が投票用紙に触れてできた筆痕であると認められる。

また、番号93及び99の投票の氏の第一字「山」の右下にあるという「、」は、その位置、形状等からして、いずれも本来「山」の第三画の一部を成すものであって、運筆の際に鉛筆の芯が折れたために第三画が途切れ、点様の記載ができたものと認められる。

したがって、原告の指摘する記載はいずれも意識的な他事記載には当たらない。

(三)  番号83の投票

原告の指摘する「一」の記載は、その位置、形状等からして、名の第三字「じ」を記載したが下部の撥が小さかったことから、その部分のみを書き加えたものと認められ、意識的な他事記載には当たらない。

(四)  番号84の投票

原告の指摘するように、氏の第一字「山」と第二字「村」の中間部の右側に淡い微細な点を数個認めることができ、運筆の途中で付いたとも考え難いことからこれができた原因は判然としないが、いずれにしてもその位置、形状等からして暗号的表示その他の他事記載とは認められない。

(五)  番号96の投票

本票は、中央の四文字が抹消され、その右隣に「山村」と記載されているものであるところ、抹消されている部分の第二字と第四字はそれぞれ比較的はっきりと「塚」、「一」と判読することができる。第一字と第三字は正確に読み取ることは難しいが、第三字は「政」と記載されている可能性が強く、第一字は、更に明瞭を欠くものの、原告の主張するように「石」に似ているものということができる。

ところで、右の「(石)塚(政)一」なる氏名は、これを前掲丙第一号証によって認められる本件選挙の候補者の氏名と対比してみると、右のとおり必ずしも正確に判読し得ない部分があるため読み方に幅をもたせて比較検討した場合においても、参加人の氏名とはもとより、どの候補者の氏名ともほとんど類似性を見いだすことができない(ちなみに、氏名の最後の字が「一」である候補者は数名いるものの、第一字に「石」のつく候補者は「石川良三郎」のほかはおらず、第二字、第三字にそれぞれ「塚」、「政」のつく候補者は存在しない。)。そうすると、本票については、選挙人は候補者に投票する意思をもって投票を記載したものとの推定を及ぼし、前記の記載がいずれかの候補者を指向し、誤記又は誤記憶によりその氏名を不完全に記載したものと見ることは、困難であるといわなければならない。そのほか、「(石)塚(政)一」なる者が本件選挙に立候補していると誤認されるような状況が存在していたと認めるべき証拠もないから、本票は、選挙人が意識的に自己の氏名又は候補者以外の第三者の氏名を記載したものと考えるほかはない。

一方、選挙人が投票に自己の氏名を記載することはもとより(公職選挙法四六条三項参照)、これに意識的に候補者以外の氏名を記載することも、公職選挙法六八条一項五号の「他事を記載したもの」に該当し、その投票が無効とされることは明らかである。そして、同号にいう「他事」とは、投票者の何人であるかを推知させる機縁となり秘密投票制を侵害するおそれのある意識的な記載を指すものと解されるから、これが抹消されている場合においても、殊に本票のように、投票用紙の候補者氏名欄内に容易に投票者の何人であるかを推知させる機縁となり得る候補者以外の者の氏名が記載されていて、その抹消後も従前の記載がなお氏名の特定が一応可能な程度に判続し得るものであるときは、依然として他事記載であることを失わないというべきであって、これを前記4(一)の各票のように単に書き損じ等に係る候補者の氏名が抹消されている場合と同視して有効な投票と扱うことは相当ではない。

したがって、本票は他事記載があるものとして無効とすべきであり、この点についての原告の主張は理由がある。

(六)  番号98の投票

原告の指摘する名の第一字「け」の右横に認められる「し」のような記載は、書き損じて抹消した「け」の一部が抹消されずに残ったものであり、名の第二字「ん」と第三字「じ」のところにあるという斜線は、被告らの主張するように記載した字を重ねてなぞったためにできたものか、あるいは、いったん片仮名の「ン」と「ジ」(又は「シ」)を書いた後、これに重ねる形で平仮名の「ん」と「じ」を書いたために残った記載のいずれかであって、いずれも意識的な他事記載には当たらない。

(七)  番号100の投票

原告の指摘するように、名の第二字「ん」と第三字「二」の間に小さな点を一つ認めることができるところ、右は、その位置、濃淡等からして、名の第三字を平仮名又は片仮名で書こうとして起筆後すぐ中止したためにできた筆痕ではないかと推測されるが、いずれにしても格 別特徴的な記載ではなく、暗号的表示その他の意識的な他事記載とは認められない。

5  そのほか、検証の結果によれば、有効投票の一束の計算に誤りがあったなどの事実は認められず、結局のところ、本件選挙における原告の得票数は、被告が判定した一八〇六票に前記認定に係る有効投票一票(番号27の投票)を加えた一八〇七票となり、また、参加人の得票数も、被告が判定した一八〇八票から前記認定に係る無効投票一票(番号96の投票)を減じた一八〇七票となって、両者は同数ということになる。

三なお、原告は、本件裁決の取消しを求める理由として、これに手続的違法が存在することをも主張するが(請求原因5)、以上のとおり当選の効力そのものについて実体的な審理判断がなされた以上、もはや裁決の手続上の瑕疵を理由としてその取消しを求める利益はないと解されるので(なお、最高裁判所昭和五九年(行ツ)第二三一号昭和六〇年三月一日第二小法廷判決・判例自治一五号三八頁参照)、その余の点について判断するまでもなく原告の右の主張は失当である。

四以上によれば、選挙会において最下位当選人とされた原告と落選者中最上位とされた参加人の得票数は同じであるから、いずれを当選人とするかは公職選挙法九五条二項の定める手続により決すべきものであって、この手続を経ることなく決定された原告の当選は無効というべきところ、本件裁決は、原告の当選を無効と判断する点においては右と結論を同じくするものの、参加人の得票数が原告のそれを上回るから参加人を当選人と定めるべきであるとの理由をもって原告の当選を無効と判断し、原告の審査申立てを棄却したものであるから、その理由判断に違法があり、取り消されるべきであるといわなければならない。

更に、原告は市選管のした異議決定の取消しをも求めているが、公職選挙法二〇七条二項、二〇三条二項によれば、地方公共団体の議会の議員の当選の効力に関する訴訟は都道府県選挙管理委員会のした裁決等に対してのみ提起し得るものであるから、右の部分についての原告の訴えは不適当として却下されるべきである。

よって、本件裁決の取消しを求める原告の請求は理由があるからこれを認容することとし、市選管のした異議決定の取消しを求める部分についての原告の訴えを却下することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九二条、九三条、九四条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官森綱郎 裁判官友納治夫 裁判官河邉義典)

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