東京高等裁判所 昭和62年(行ケ)20号 判決
一 請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、二(本願発明の要旨)及び三(審決の理由の要点)の事実は、当事者間に争いがない。
二 そこで、原告主張の審決の取消事由の存否について判断する。
1 成立に争いのない甲第二号証、第三号証及び第一一号証によれば、本願明細書には、本願発明の技術的課題(目的)、構成、作用効果について、次のとおり記載されていることが認められる。
(一) 本願発明は、感熱記録紙、特に高温多湿下における保存性を改良した染料画像を形成する感熱記録紙に関するものである(本願明細書第一頁第一三行ないし第一五行)。
感熱記録紙の代表的なものは、二成分発色系感熱記録紙と呼ばれるものであつて、二種類の熱反応性化合物を微粒子に分散し、これに、バインダー等を混合して二種類の熱反応性化合物をバインダー等により隔離して生じる発色反応を利用して記録を得るものであり、金属化合物の画像を形成するものと、染料画像を形成するものがあり、後者には、右二種類の熱反応性化合物のうち、電子供与性化合物として電子供与性無色染料を用い、電子受容性化合物としてフエノール類その他の酸性物質を用いたものがある(同第二頁第六行ないし第三頁第一六行)。これら二成分発色系感熱記録紙は、(1)一次発色であり、現像が不要である、(2)紙質が一般紙に近い、(3)取扱いが容易であるなど記録紙として利点が多く、特に、電子供与性化合物として無色染料を用いたものは、さらに、(4)発色濃度が高い、(5)種々の発色色相の感熱記録紙が容易にできる等の利点があり利用価値が大きいため、感熱記録材として最も多く利用されている。とりわけ、電子受容性化合物としてビスフエノール誘導体を用いたものは、特に感度が高く、また発色濃度も高い利点があるが、その反面いくつかの欠点がある。その一つは高温多湿下に保存した場合、発色反応を生じる温度以下であつても湿度を高くすると地カブリが増大することであつて、この傾向は、支持体として紙を用いたとき特に顕著で感熱記録紙の品位を低下させる大きな欠点となつている(同第三頁第一七行ないし第五頁第四行)。
本願発明は、以上の知見に基づき、高温多湿下での保存性の優れた感熱記録紙を提供することを目的とするものである(同第五頁第五行、第六行)。
(二) 本願発明は、前記目的を達成するために種々の手段を検討した結果、支持体となる紙の熱水抽出pHを六ないし九とすることにより極めて高温多湿下の保存性の良い感熱記録紙が得られることを見いだし(同第五頁第六行ないし第一一行、昭和五六年五月二七日付け手続補正書第二頁第九行、第一〇行)、その要旨とする特許請求の範囲記載の構成(昭和五八年七月一九日付け手続補正書第三頁第三行ないし末行)を採用したものである。
右認定事実によれば、本願発明は、従来、電子供与性無色染料と電子受容性化合物からなる二成分発色系感熱記録紙において、電子受容性化合物としてビスフエノール誘導体を用いたものは、特に発色感度が高く、また発色濃度も高い利点があるが、その反面高温多湿下に保存した場合、地カブリが増大するという欠点があり、この傾向は、特に支持体として紙を用いた時に顕著であつたとの知見に基づき、支持体として熱水抽出pHが六ないし九の紙を用いることにより、該欠点が解消され極めて高温多湿の下でも保存性の良い感熱記録紙が得られることを見いだしたことによりなされたものと認められる。
2 原告は、審決は、第一引用例記載の技術内容を誤認した結果、本願発明と第一引用例記載の発明との相違点を看過した旨主張する。
そこで、第一引用例記載の技術内容について検討すると、成立に争いのない甲第四号証によれば、第一引用例には次のとおり記載されていることが認められる。
「本発明は、記録シートに関する。更に詳細には発色剤と反応して発色像を形成する顕色剤シートに関する。」(第一頁左下欄第七行ないし第九行)、「ほぼ無色の有機化合物(以下発色剤と称する。)、例えばマラカイトグリーンラクトン(中略)又はこれらの混合物と、この発色剤と接触して発色する吸着又は反応性化合物(以下顕色剤と称する)、例えば酸性白土(中略)フエノール化合物の如き有機酸(中略)との着色反応を利用した記録シートは一般によく知られている」。(第一頁左下欄第一〇行ないし右下欄第四行)、「この現象を具体的に利用した記録シートには、感圧複写紙(中略)及び感熱記録紙(例えば、特公昭四三―四一六〇号、米国特許二、九三九、〇〇九号)などがある。」(第一頁右下欄第九行ないし第一六行)、「感熱記録紙は、発色剤をアセトアニリドの如き熱可融性物質と共に支持体に塗布することによつて得られる。(中略)他方、顕色剤はバインダーと共に水又は有機溶剤に溶解又は分散され、支持体に塗布又は、含浸される。(中略)一般に発色剤及び顕色剤は支持体の同一面又は、反対面或いは異なる支持体面に塗布される。」(第二頁左上欄第一〇行ないし右上欄第一行)、「本発明の目的は、第一に、優れた顕色能を有する記録シートを提供することにあり(中略)、第三に、強度について経時安定性の優れた記録シートを提供することにある。本発明の上記の目的は、紙支持体のpH(熱水抽出pH)を六~九にすることにより達成される。」(第二頁左下欄第一一行ないし第一七行)、「本発明における顕色剤は前述した当業界において知られたすべての顕色剤を含む。」(第三頁右下欄第一四行、第一五行)、「発色剤には、例えば、ジアリールメタン系(中略)トリアリールメタン系(中略)フルオラン系(中略)など当業界でよく知られたものから適宜選択して使用できる。本発明において発色剤は特に重要でないが、トリアリールメタン系及びジアリールメタン系発色剤に対して本発明の効果が特に顕著である。」(第四頁左上欄第一七行ないし右上欄第一一行)。
右認定事実によれば、第一引用例記載の発明は、感圧記録紙及び感熱記録紙のいずれも対象とする記録シートに係るものであつて、支持体面に塗布した顕色剤層が支持体である紙の酸性成分の影響により生ずる顕色剤の顕色能の低下を改善することを目的とすること、第一引用例記載の発明における記録シートは、発色剤と顕色剤の二成分の着色反応を利用するものであつて、発色剤(本願発明の「電子供与性無色染料」に相当する。)としては、トリアリールメタン系、ジアリールメタン系などを用い、一方、顕色剤としては、当業界で知られたすべてのものが使用でき、フエノール化合物が具体的に例示されていること、そして右発色剤と顕色剤とは支持体の同一面に塗布されるものを含むこと、第一引用例記載の発明における支持体は、その目的を達成するため熱水抽出pHが六ないし九の紙を用いることが明らかである。
したがつて、第一引用例には、発色剤、すなわち電子供与性無色染料と顕色剤であるフエノール化合物とを熱水抽出pH六ないし九の紙の同一面に塗布した二成分発色系感熱記録紙が開示されているというべきである。
ところで、二成分発色系感熱記録紙について、成立に争いのない甲第五号証によれば、第二引用例には、例えば、その実施例1(第九欄第三二行ないし第一〇欄第一五行)に、成立に争いのない甲第六号証によれば、第三引用例には、例えば、第三頁左上欄第五行ないし第一五行に、成立に争いのない甲第七号証によれば、第四引用例には、例えば、その実施例1(第三頁左下欄末行ないし第四頁左下欄第三行)に、成立に争いのない甲第八号証によれば、第五引用例には、例えば、第七欄第一九行ないし第二二行に、成立に争いのない乙第一号証によれば、昭和四三年特許出願公告第四一六〇号公報には、例えば、第二頁左欄第三〇行ないし末行に、いずれも二成分発色系感熱記録紙を製造する際には、電子供与性無色染料と電子受容性化合物であるビスフエノール等フエノール化合物の混合したものを支持体上に塗布し乾燥することが記載されており、かつ、これらの刊行物は、いずれも第一引用例の頒布時(前掲甲第四号証によれば、第一引用例は昭和五二年七月一九日に公開されたものと認められる。)より前に頒布されたことが認められる。
右認定事実によれば、電子供与性無色染料と電子受容性化合物、すなわち、発色剤と顕色剤をともに含有する感熱記録層を有する感熱記録紙が、発色剤層と顕色剤層を順次支持体上に塗布して作製したものと同様、第一引用例の頒布時において、既に当業者にとつて周知の事項であつたことが明らかである。
したがつて、第一引用例の前記「発色剤と顕色剤は支持体の同一面(中略)に塗布される」の記載には、該両剤が混合物の状態で塗布されるものも当然に含まれているものと解するのが相当である。
原告は、第一引用例記載の記録シートにおける顕色剤層は発色剤層を含まないものであること、発色剤層と顕色剤層とは支持体の同一面に塗布されたときでも別々に塗布されたものであることは、第一引用例の記載、特に前記「一般に、発色剤及び顕色剤は支持体の同一面又は、反対面或いは異なる支持体内に塗布される」(第二頁左上欄第一〇行ないし右上欄第一行)との記載、活性白土を含有する顕色剤塗布液を塗布した顕色シートにクリスタルバイオレツトを含有するマイクロカプセルシートに重ね、上より圧力をかけて発色している実施例(第四頁右下欄第一二行ないし第五欄右上欄第四行)の記載から明らかであるから、第一引用例には、電子供与性無色染料とビスフエノール化合物をともに含有する感熱記録層を有する感熱記録紙については記載されていないと主張する。
しかしながら、第一引用例記載の発明は、前記認定のとおり、支持体に塗布された顕色剤層の問題点(支持体である紙の酸性成分による顕色剤の顕色能の低下)の解決にあるから、支持体上に顕色剤層の存することを前提とするものであるが、該顕色剤層が支持体の全面に塗布されていると同じように、顕色剤と発色剤とを含有したものを記録層として支持体に塗布した場合も顕色剤部分に注目すれば当然に支持体の影響を受けることは明らかであるから、前記「発色剤と顕色剤は支持体の同一面(中略)に塗布される」を、混合した感熱記録層を含むと解して何ら不都合はなく、原告主張のように発色剤層と顕色剤層とを別々に塗布されたものと限定して解する必要はない。また、明細書の発明の詳細な説明に記載された実施例は、出願人が最良の結果をもたらすと思うものを記載するものであつて(特許法施行規則第二四条、様式第一六備考14ロ)、第一引用例に開示された技術的事項を解釈するに当たつて、一実施例の記載を根拠にこれを限定的に解釈すべき理由はない。
したがつて、「第一引用例の記載は電子供与性無色染料とフエノール性化合物を混合して含有する感熱記録層を熱水抽出pH六ないし九の中性紙の同一面に塗布することにより顕色能の経時劣化を防止した二成分発色系感熱記録紙について開示しているというべきである。」とした審決の認定に誤りはなく、審決に本願発明と第一引用例記載の発明との相違点の看過は存しない。
3 次に、原告は、審決は、本願発明と第一引用例記載の発明との相違点を判断するに当たり、両者は相反した技術的課題(目的)を有するものであり、審決認定の第四ないし第六引用例には本願発明における基紙の組成について地カブリを抑制することは開示されていないのに、二成分発色系感熱記録紙の支持体として熱水抽出pH六ないし九の紙を採用して地カブリを抑制することは、当業者にとつて容易に想到できることと誤つて判断したものである旨主張する。
まず、原告が本願発明と第一引用例記載の発明とは発色剤と顕色剤との反応という観点からみれば、目的、作用効果を異にするものであり、二成分発色系感熱記録紙において熱水抽出pH六ないし九の基紙を用いることは、第一引用例記載の発明に基づいて容易に想到できるものではない、と主張する点については、前記1及び2認定事実によれば、本願発明における発色剤と顕色剤との反応は、感熱記録紙の保存時の未記録部分も含めての記録紙の地発色を意味するものであり、一方第一引用例記載の発明における記録紙の顕色能は、本来の発色、すなわち、加圧又は加熱により顕色剤と発色剤とが接触した際の発色能力を意味するものであつて、反応による発色の意味合が異なるものにすぎないから、相反して矛盾はないものであり、審決は、この点を両者の相違点として把握し、第四ないし第六引用例記載の技術事項を引用して、二成分発色系感熱記録紙の支持体として熱水抽出pH六ないし九の紙を採用して地カブリを抑制することは当業者にとつて容易に想到できることと判断しているものである。
そこで、第四ないし第六引用例についての原告の主張、すなわち、「第四引用例は、基紙として酸性紙を用いたことの開示はなく、また、添加する水溶性アルカノールアミンが何と作用するか、特に硫酸アルミニウムとの関連は全く示されていない。また、第五引用例の記載事項は、二成分発色系感熱記録紙の地カブリと何ら関連性がなく、第五引用例に開示された酢酸は酸性紙にある硫酸アルミニウムと同列に論じられるものではない。そして、第六引用例は、別に水性で無色透明な記録用液体を用いることにより記録できる記録紙に関するものであつて、二成分発色系感熱記録紙に係るものでないから、第四ないし第六引用例に基づいて二成分発色系感熱記録紙において紙の中に定着剤として使用されている硫酸アルミニウムが紙に吸着されている水分の存在とあいまつて地カブリを起す顕色剤として働いていること、また、硫酸アルミニウムを含まない中性紙である熱水抽出pH六ないし九の紙を支持体として用いれば地カブリの抑制されることは、当業者において容易に想到できることではない」旨の主張について、判断する。
前掲甲第七号証によれば、第四引用例には、同引用例記載の発明は、フエノール性化合物及びフエノール性化合物と反応して発色する通常無色ないし淡色の発色性化合物を感熱組成とする感熱記録材料の地発色の防止に関するもの(第一頁左下欄第一二行ないし第一五行)であつて、用いられる基紙の種類についての明示的な記載は存しないが、「フエノール性化合物およびフエノール性化合物と反応して発色する発色性化合物を感熱組成とした組合せはもともと不安定で、結合剤に分散した形の液状あるいはこれを塗布乾燥したのちにも、長期間常温で放置すると徐々にであるが発色する性質を有している。」(第一頁右下欄第一四行ないし第一九行)、「フエノール性化合物およびフエノール性化合物と反応して発色する通常無色または淡色の発色性化合物を用いた感熱組成中に炭素数が二~一〇個の水溶性アルカノールアミンを添加することによつて地発色の非常に少ない感熱記録材料を得ることができた。」(第二頁左上欄第一一行ないし第一六行)との記載があることが認められるから、第四引用例には、二成分発色系感熱記録紙の地カブリは、発色剤と顕色剤との反応によるものであること(従来、二成分発色系感熱記録紙において、高温高湿下に保存した場合の発色剤と顕色剤との反応による地カブリが本件出願前問題となつていることについては、本願明細書にも記載されていることは前記1認定のとおりである。)が開示され、二成分発色系感熱記録紙の地発色(地カブリ)は、水溶性アルカノールアミンの添加、すなわち、アルカリ性物質の存する状態とした場合、減少することが示唆されているというべきである。
また、前掲甲第八号証によれば、第五引用例には、同引用例記載の発明は、特定のフルオラン誘導体の一種又は二種以上と電子受容性物質とを緊密に接触させて該フルオラン誘導体を発色させることを特徴とする記録方法に関するもの(第二欄第二二行ないし第三欄第二二行)であつて、「既知のフルオラン誘導体にくらべて、本発明の一般式(Ⅰ)で表わされるフルオラン誘導体が1自己発色性の少ないこと、2希酸水溶液に溶解して発色する度合が少ないことを見出し」(第五欄第二四行ないし第三〇行)、「例えば、感熱紙あるいは感熱複写紙を製造する際には、これらの色素原体を電子受容性物質例えばビスフエノールAと混合微粉砕して紙面上に塗布するものであり、このような比較結果は感熱紙あるいは感熱複写紙の製造時または長期間の保存において、(A)、(B)および(C)物質を使用した紙面の自然発色による汚れが(D) (E)および(F)の物質を使用した紙面のそれにくらべて著しく大となることを示すものである。」(第七欄第一九行ないし第二七行)と記載され、第五引用例の記載事項から、右の(A)、(B)及び(C)の物質が既知のフルオラン誘導体、(D)、(E)及び(F)の物質が同引用例記載の発明の一般式(Ⅰ)で表されるフルオラン誘導体を指すことが認められる。さらに、成立に争いのない甲第九号証によれば、第六引用例には、同引用例記載の発明は、特定のロイコ染料の有機溶媒溶液を、紙面が酸性を示すサイズ紙に塗布乾燥することを特徴とする記録用紙に関するもの(第一頁右下欄第一九行ないし第二頁左上欄第四行)であつて、「本発明は、ジフエニルメタン系誘導体、ラクタム化合物、トリフエニルメタン系ラクトン化合物の中から選ばれたロイコ染料が酸性物質水溶液により発色することを利用したものである。」(第二頁左上欄第一四行ないし第一七行)、「ロイコ染料の有機溶媒溶液を紙面が酸性を示すサイズ紙に塗布乾燥する。」(第二頁左上欄第二行、第三行)、「酸性を示す紙を使用している場合には、発色に必要な酸が既に原紙表面に存在するので新に酸を供給する必要がなく、単に発色反応の媒体として水を使用して(中略)鮮やかな発色を得ることができ、」(第二頁左下欄第一六行ないし右下欄第二行)、「紙面上にロイコ染料と酸とが共存する場合には、吸着水分のために、保存中に未記録部分にも僅かながら発色が起る(中略)このような保存中の僅かな発色を望まない場合には、あらかじめ、無色透明のアルカリ性物質水溶液を塗布乾燥し、紙面pHを中性乃至アルカリ性とした紙にロイコ染料を塗布する。」(第二頁右下欄第三行ないし第一二行)と記載されていることが認められる。
右第五引用例及び第六引用例の記載事項は、記録紙における発色は、フルオラン誘導体、ジフエニルメタン誘導体等のロイコ染料(電子供与性無色染料)の酸性物質(酸性紙中の酸性成分も含めて)との反応によるものであること、そして、この不要の発色が、アルカリ物質の添加、また、ロイコ染料を塗布する基紙を中性又はアルカリ性にすることで防止し得ることを教示しているというべきである。そして、前掲甲第九号証によれば、第六引用例記載の発明においてロイコ染料を塗布する紙面は、「表面が酸性を示すサイズ紙としてロジンサイズあるいは石油系サイズをバン土で定着させたところの紙面pH三・五~五・〇の筆記用上質紙が適当である。」(第二頁右上欄第九行ないし第一二行)と記載されていることが認められるから、第六引用例の記載事項に基づきバン土(硫酸アルミニウム)が酸性成分であり、これが水の存在とあいまつてロイコ染料を発色せしめるものであることが明らかであつて、二成分発色系感熱記録紙における紙が酸性紙(酸性紙がバン土をサイズ助剤として用いることが一般的であることは原告も認めるところである。)である場合、紙の中に存するバン土が同様の作用を奏していると理解することに不都合はない。
以上の認定事実によれば、第四引用例には、二成分発色系感熱記録紙の基紙として酸性紙を用いることについての積極的な開示がなく、また、第五引用例及び第六引用例は二成分発色系感熱記録紙を直接対象とするものではないが、電子供与性無色染料を含有する二成分発色系感熱記録紙においても、支持体である紙が感熱記録紙において通常用いられる酸性紙(このことは、当事者間に争いがない。)であれば、その酸性成分の影響を受けるであろうことは推察し得るところであり、酸性紙に代えて中性又はアルカリ性の紙を用いることによつて地発色の抑制されることも容易に想到し得るところである。
そして、熱水抽出pH六ないし九の紙が二成分発色系感熱記録紙における顕色剤を塗布する支持体として適当なものであることは第一引用例に示され公知の事実であることは前述のとおりであることと併せ考えれば、電子供与性無色染料と顕色剤であるビスフエノール化合物とを含有する二成分発色系感熱記録紙の支持体として熱水抽出pH六ないし九の紙を用い地カブリを抑制することは、当業者ならば容易に想到し得ることと認められ、審決が両者の発明の技術的課題(目的)の相違点について示した右と同旨の認定、判断に誤りはないというべきである。
4 原告は、審決は、本願発明の奏する顕著な作用効果を看過誤認した結果、本願発明において顕色剤として特定のビスフエノール化合物を選択使用して熱水抽出pH六ないし九の基紙と組み合わせることが当業者にとつて容易に想到し得ることと誤つて判断したものである旨主張する。
本願発明が、従来、発色感度が高く、また、発色濃度が高い利点があるところから最も多く利用されている電子受容性物質として周知のビスフエノール誘導体を用いる二成分発色系感熱記録紙(本件出願当時、本願発明で用いるビスフエノールAが電子供与性無色染料と組み合わせて用いられる顕色剤であることは、原告も認めて争わないところである。)の保存時の地カブリの抑制を技術的課題(目的)としていることは前述のとおりである。
そして、本願発明の奏する作用効果について検討すると、前掲甲第二号証によれば、本願明細書の発明の詳細な説明中には、実施例として、第一四頁末行ないし第二〇頁末行に、熱水抽出pH七の支持体A上に特許請求の範囲記載の電子供与性無色染料とビスフエノール化合物よりなる塗液a、b、a´、b´を塗布した塗布紙試料1、2、3、4と、熱水抽出pH四・二の支持体B上に、右塗液a、b、a´、b´を塗布した塗布紙比較試料1、2、3、4、及び右支持体B上に、塗液a´、b´に水酸化ナトリウム1N溶液を加え、pH一〇・〇に調整したものを塗布した塗布紙比較試料5、6、ならびに、支持体B上に、塗液a´、b´において用いたカオリンに代えて塩基性酸化マグネシウムを用いたものを塗布した塗布紙比較試料7、8を、それぞれ五〇度Cで三分間乾燥し「初期のカブリ濃度」を測定し、さらに一五〇度Cに加熱したスタンプを五〇〇g/cm2の圧力で一秒間印加して「発色濃度」を求め、また、スタンプ温度を変化させ、発色が認められる温度の下限をもつて「発色温度」とし、「地カブリ濃度」は、五〇度C、RH八〇%の高温多湿下に一週間保存して濃度測定をした結果は表―1(別紙参照)のとおりであつて、試料1ないし4は、比較試料1ないし8に比べ高温多湿下での地カブリ濃度が低く、地カブリの少ない感熱記録紙が得られる旨記載されていることが認められる。
しかしながら、本願明細書中の右実施例の記載により、地カブリが本願発明において見いだされた構成である、支持体として熱水抽出pH六ないし九の紙を用いたことにより抑制されることは確認できるとしても、前記3認定事実によれば、右作用効果は本件出願当時当業者において通常予測できる作用効果にすぎないというべきである。また、成立に争いのない甲第一〇号証によれば、フエノール性化合物として、ビスフエノールAを用いた場合とビスフエノールAと同じ範ちゆうのP―フエニルフエノールを用いた場合の実験結果を対比しても、地カブリ抑制の効果については、後者は前者と同等の作用効果を奏すること、すなわち、例えば、d1)のビスフエノール系の液処方Ⅰ―1)及びd2)のP―フエニルフエノール系の液処方Ⅱ―1)のWT(感熱記録紙を四〇度C九〇%RHの雰囲気下に二四時間放置した場合)において地カブリが原紙No.1(熱水抽出pH六・三)、No.2(熱水抽出pH七・〇)の中性紙について、それぞれ〇・一二、〇・一二及び〇・一二、〇・一一とほぼ同等の数値を示していることが認められ、その他の実験結果を検討しても両者の間に地カブリ抑制について格別の差異があることを示す数値は認めることができないから、P―フエニルフエノール系を用いても地カブリが抑制されることは明らかで、特に本願発明において特定のビスフエノール化合物を選択したことによつてのみ地カブリの抑制をすることができたとはいえない。
原告は、右実験結果から、本願発明におけるビスフエノール誘導体を用いたものは特に発色濃度が高いという本願明細書記載の作用効果が裏付けられる旨主張するが、前記1認定のとおり、二成分発色系感熱記録紙においてビスフエノール誘導体を用いたものが特に発色濃度が高い利点があることは、本願明細書にも記載されているように、本件出願前当業者に周知の事項にすぎないから、これをもつて格別のものとすることはできない。
したがつて、本願発明の奏する作用効果は、特定の二成分発色系感熱記録紙組成物と熱水抽出pH六ないし九の紙とを組み合わせたことによる本願発明の特有の作用効果とはいえないから、審決に本願発明の奏する顕著な作用効果の看過は存しない。
5 以上のとおり、審決に本願発明と第一引用例記載の発明との相違点の看過はなく、両者の相違点についての審決の認定、判断は正当であつて、本願発明の構成は第一ないし第三引用例記載の発明に基づき、また、その目的、作用効果は、第四ないし第六引用例記載の発明に基づき、いずれも当業者において容易に想到できることであるから、審決に原告主張の違法は存しないというべきである。
三 よつて、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は失当として棄却することとする。
〔編註〕 本願発明の要旨は左のとおりである。
電子供与性無色染料と、左記一般式で表されるビスフエノール化合物を含有する感熱記録層を熱水抽出pH六ないし九の基紙上に設けたことを特徴とする二成分発色系感熱記録紙。
<省略>
右式中R1及びR2は水素原子又は炭素数一ないし一二までのアルキル基を表し、R1とR2で環を形成してもよい。