東京高等裁判所 昭和62年(行ケ)55号 判決
一 請求の原因一ないし三の事実は当事者間に争いがない。そして、本願発明の要旨及び第一引用例の記載内容並びに本願発明と第一引用発明との一致点及び相違点(相違点<1>及び<2>)が本件審決認定のとおりであること、及び「ドリル部前端の二番取りされた一対の傾斜端面の尖鋭状対向部にチゼルエツジを形成すること」が本願出願前周知の事実であることは、いずれも原告の認めて争わないところである。
二 そこで、原告主張の本件審決を取り消すべき事由について判断する。
1 第二引用例について
(一) 当事者間に争いのない前記本件審決の理由の要点によれば、本件審決は、「軸芯と平行に延びる平面を基準面として、この基準面より凹曲して形成された切削面により、その切削面の前端縁及び側端縁に切刃を形成し、その切刃にすくい角を形成してなるドリルねじは、第二引用例に記載されていて、本願発明の構成の一部であるドリルねじにおいてその軸芯と平行に延びる平面を基準面として、この基準面より凹曲して形成された切削面により、その切削面の前端縁及び側端縁に形成された切刃にすくい角を形成したものは、従来から公知であつたものと認められる。」と認定判断していることは明らかである。
(二) ところで、原告は、まず、本件審決の右1(一)の認定判断中、第二引用例には「軸芯と平行に延びる平面を基準面とした切削面に切刃を形成したもの」が記載されている旨の認定が誤りであり、右認定の誤りが本件審決の結論に影響を及ぼすことは明らかである旨主張するところ、成立に争いのない甲第五号証(第二引用例)によれば、第二引用例には、「細長いシヤンク部と、該シヤンク部の後端に一体的に設けられた回転工具の係合手段を有する頭部と、前記シヤンク部の前端に形成され前記シヤンク部の直径方向に相対向して位置し且つ軸方向へ延びる二条の縦溝を有するドリル部と、前記シヤンク部の周側面に形成されたねじ山とからなるドリルねじにおいて、前記縦溝により形成される切削面が、前記軸芯を通る平面を基準面として、該基準面より凹曲して形成されるとともに該切削面の前端縁及び側端縁に形成される切刃(13、10)が該基準面に設けられ、凹曲した前記切削面により前記切刃にすくい角が形成されているドリルねじ」が記載されていることが認められる(第二引用例に「軸芯と平行に延びる平面を基準面とした切削面に切刃を形成したもの」が記載されていないことは被告の認めるところである。)。したがつて、前記1(一)の認定判断のうち第二引用例に「軸芯と平行に延びる平面を基準面とした切削面に切刃を形成したもの」が記載されている旨の認定、及びそれに基づく「ドリルねじにおいてその軸芯と平行に延びる平面を基準面とした切削面に切刃を形成したものは、従来から公知であつたものと認められる」旨の認定判断は誤りであるといわなければならない。
(三) そこで、本件審決の右認定判断の誤りが本件審決の結論に影響を及ぼすか否かについて判断する。
原告が本件審決認定のとおりであることを認めて争わない前記第一引用例の記載内容及び成立に争いのない甲第四号証(第一引用例)と前記当事者間に争いのない本願発明の要旨とによれば、第一引用発明と本願発明とは、「細長いシヤンク部と、該シヤンク部の後端に一体的に設けられた回転工具の係合手段を有する頭部と、前記シヤンク部の前端に冷間鍜造により成形され前記シヤンク部の直径方向に相対向して位置し且つ軸方向へ延びる二条の縦溝を有するドリル部と、前記シヤンク部の周側面に転造されたねじ山とからなるドリルねじにおいて、前記縦溝により形成される切削面が前記シヤンク部の軸芯に対して互いに反対側に偏倚し且つ前記軸芯と平行に延びる平面に形成されると共に、該切削面の前端縁及び側端縁に切刃を形成したドリルねじ」である点で一致することが認められる。
なるほど、前記当事者間に争いのない本件審決の理由の要点によれば、本件審決は、本願発明と第一引用発明との相違点<1>として、「本願発明が、その軸芯と平行に延びる平面を基準面としてこの基準面より凹曲して形成された切削面により、その切削面の前端縁及び側端縁に形成された切刃にすくい角を形成したのに対し、第一引用発明は、その切削面が窪むことなく平面であり、切刃にすくい角がない点で相違し」とし、右相違点<1>を判断するに当たり、前記1(一)のとおり認定判断していることが認められる。本件審決の右記載からすると、本件審決は、「軸芯と平行に延びる平面を基準面とした切削面に切刃を形成する」点も本願発明と第一引用発明の相違点とし、第一引用発明の右構成の相違する点を補うものとしても第二引用例の技術内容を引用しているかのように見えるけれども、前叙のとおり、右の点は、本願発明と第一引用発明との一致点とされるべきものである。したがつて、第二引用例に記載されたドリルねじの切刃を形成した切削面が「軸芯を通る平面を基準面としている」か、「軸芯と平行に延びる平面を基準面としている」かは、第二引用発明との対比を必要とするものではないというべきである。そうすると、相違点<1>を判断するに当たり、本件審決が、第二引用例に「軸芯と平行に延びる平面を基準面として形成された切削面に切刃を形成したもの」が記載されている旨誤つた認定をしたことは前記1(二)のとおりではあるけれども、それは、いわば本件審決の結論に到る過程にとつては不必要な認定であるということができ、そのことから、もつて直ちに本件審決の結論に影響を及ぼすことが明らかであるとは認め難いから、原告の右主張は採用できない。
(四) また、原告は、前記1(一)の認定判断に関して、第二引用例のものは、「切刃13及び10の全長にわたつてすくい角が形成されているかどうかは明らかではない」旨主張する。しかし、前掲甲第五号証の図面の第3図の記載によれば、第二引用例の第1図のA―A線断面において切削面が軸芯を通る基準面より凹曲していることが認められ(右断面箇所においては、切削面が軸芯を通る基準面より凹曲し、切刃にすくい角が形成されていることは原告の認めるところである。)、更に、同号証によれば、第二引用例には、「刃先10、13からはスパイラル状に屑排出溝14が走行することにより効果的に屑を排除する。」(同号証四枚目二八行ないし三〇行。同訳文5頁四行ないし六行参照)、「スパイラル状の屑排出溝14は穿孔ねじの対称軸に対して昇り勾配のすくい角α1をもつて逃がされる。」(同五枚目七行ないし九行。同訳文5頁一四行ないし一六行参照)と記載されていることが認められる。右認定事実によれば、第二引用例記載のものは、両切刃の全長にわたつてすくい角が形成されていると認めるのが相当である。したがつて、原告の右主張も採用できない。
なお、原告は、本願発明の主要な構成である「シヤンク部の軸芯と平行に延びる平面を基準面として、この基準面より凹曲して形成された切削面により、その切削面の前端縁及び側端縁に形成された両切刃の全長にわたつてすくい角を形成し、特に加工材に対する初期進入に重大な関係を有する前記切刃の先端部分にまで十分なすくい角を形成したこと」については、第二引用例には記載されていないとし、そのことを理由に、本件審決が第二引用例記載のものの認定を誤つたかのような主張をするが、切削面が形成された基準面の認定及び両切刃の全長にわたつてすくい角が形成されている点については既に述べたとおりであり、「切刃の先端部分にまで十分なすくい角を形成したこと」が本願発明の主要な構成であるとの点は、前記当事者間に争いのない本願発明の要旨に照らせば、本願発明の要旨に基づかない主張というべきであり、かつ、第一引用例のものにおいて切刃の先端部分にまで十分なすくい角を形成するか否かは、当業技術者にとつて必要に応じ適宜選択できる設計事項にすぎないと認められるから、いずれにしても原告の右主張は採用することができない。
2 本願発明のいわゆる進歩性について
(一) 本願発明の要旨及び第一引用例の記載内容並びに本願発明と第一引用発明との一致点及び相違点(ただし、相違点<1>中、「軸芯と平行に延びる平面を基準面とした切削面に切刃を形成する」点は本願発明と第一引用発明との一致点であることは、前叙のとおりである。)が本件審決認定のとおりであること、及び「ドリル部前端の二番取りされた一対の傾斜端面の尖鋭状対向部にチゼルエツジを形成すること」が本願出願前周知の事実であることは、いずれも原告の認めて争わないことは、前記一のとおりである。
(二) そして、第二引用例に、「細長いシヤンク部と、該シヤンク部の後端に一体的に設けられた回転工具の係合手段を有する頭部と、前記シヤンク部の前端に形成され前記シヤンク部の直径方向に相対向して位置し且つ軸方向へ延びる二条の縦溝を有するドリル部と、前記シヤンク部の周側面に形成されたねじ山とからなるドリルねじにおいて、前記縦溝により形成される切削面が、前記軸芯を通る平面を基準面として、該基準面より凹曲して形成されるとともに該切削面の前端縁及び側端縁に形成される切刃(13、10)が該基準面に設けられ、凹曲した前記切削面により前記切刃にすくい角が形成されているドリルねじ」が記載されていることは前記1(二)のとおりであり、第二引用例に、「刃先10、13からはスパイラル状に屑排出溝14が走行することにより効果的に屑を排除する。」、「スパイラル状の屑排出溝14は穿孔ねじの対称軸に対して昇り勾配のすくい角α1をもつて逃がされる。」と記載されていることは、前記1(四)のとおりであり、前掲甲第五号証によれば、第二引用例のドリルねじは、転造又は切削の何れの方式によつても製造することのできる旨(同号証二枚目二行ないし五行参照。同訳文1頁六行ないし九行参照)記載されていることが認められる。そうすると、第一引用発明のドリルねじにおいて、その穿孔性能を高める目的で、「その切削面がシヤンク部の軸芯に対して互いに反対側に偏倚し且つ前記軸芯と平行に延びる平面を基準面として該基準面より凹曲して形成されると共に、この凹曲した切削面により両切刃にすくい角が形成されたものとすること」は、当業技術者が容易に想到しえたものと認められる。
(三) また、「ドリル部前端の二番取りされた一対の傾斜端面の尖鋭状対向部にチゼルエツジを形成すること」が本願出願前周知の事実であることは、前記一のとおりである。そうすると、第一引用発明のドリルねじのドリル部前端の切刃の先端部分について、ドリル部前端の二番取りされた一対の傾斜端面の尖鋭状対向部にチゼルエツジが形成されたものとすることは、当業技術者が容易になしえたものと認められる。
(四) したがつて、相違点<1>及び相違点<2>にかかる本願発明の構成は、いずれも第二引用例記載のもの及び本願出願前周知の事実に基づいて当業技術者が容易になしえたものと認められる。
3 本願発明の効果について
(一) 本願発明が原告主張の(a)ないし(c)の効果(以下、「効果(a)」ないし「効果(c)」という。)を奏することは、当事者間に争いがない。
(二) 成立に争いのない甲第二(本願公報)、第三号証(昭和五九年一二月八日付手続補正書)によれば、(1)「効果(a)」は、ドリルねじにおいて、切削面の前端縁及び側端縁に形成される切刃にすくい角が形成されていることによる効果であること、(2)「効果(b)」は、ドリルねじにおいて、ドリル部前端にチゼルエツジが設けられかつ前記両切刃にすくい角が設けられていることによる効果であること、及び(3)「効果(c)」は前記両切刃及び切削面がシヤンク部の軸芯を通る平面と平行して延びる二つの平面を基準として画定されていることによる効果であることが、いずれも認められる。
そうすると、これまでに認定した事実によれば、右(1)については第二引用例記載のものも有する構成であるから、「効果(a)」は、第二引用例記載のものの奏する効果をでるものではなく、右(2)については、第二引用例記載のものは前記両切刃にすくい角が設けられており、また、ドリルねじにおいて、ドリル部前端にチゼルエツジを設けることは本願出願前周知の事実であるから、「効果(b)」は第二引用例記載のもの及び右周知事実より当然に予測可能な効果であるにすぎないものであり、(3)については、第一引用発明は前記両切刃及び切削面がシヤンク部の軸芯を通る平面と平行して延びる二つの平面に形成された構成を有するから、「効果(c)」は第一引用発明の奏する効果にほかならないと認められる。
(三) したがつて、「効果(a)」ないし「効果(c)」が特段のものとすることはできないので、本件審決に本願発明の特段の効果の看過誤認はないので、これに反する原告の主張は採用できない。
4 以上の次第であるから、本願発明は、第一引用発明、第二引用発明及び本願出願前周知の事実に基づいて当業技術者が容易に発明をすることができたものと認められ、同旨の本件審決の判断に誤りはないので、原告の本件審決を取り消すべき事由は採用できない。
三 以上のとおりであるから、その主張の点に判断を誤つた違法があることを理由に本件審決の取消を求める原告の本訴請求は、理由がないのでこれを棄却することとする。
〔編注1〕本願発明の要旨は左のとおりである。
細長いシヤンク部と、該シヤンク部の後端に一体的に設けられた回転工具の係合手段を有する頭部と、前記シヤンク部の前端に冷間鍜造により成形され前記シヤンク部の直径方向に相対向して位置し且つ軸方向へ延びる二条の縦溝を有するドリル部と、前記シヤンク部の周側面に転造されたねじ山とからなるドリルねじにおいて、前記縦溝により形成される切削面が前記シヤンク部の軸芯に対して互いに反対側に偏倚し且つ前記軸芯と平行に延びる平面を基準面として該基準面より凹曲して形成されると共に、該切削面の前端縁及び側端縁に形成される切刃が前記基準面上に設けられ、凹曲した前記切削面により前記両切刃にすくい角が形成されていること、及び前記ドリル部前端の二番取りされた一対の傾斜端面の尖鋭状対向部にチゼルエツジが形成されていることを特徴とするドリルねじ。(別紙(一)参照)
〔編注2〕本件における図面は左のとおりである。
別紙(一)
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別紙(二)
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別紙(三)
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