東京高等裁判所 昭和62年(行ケ)63号 判決
一 請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、二(本願考案の要旨)及び三(審決の理由の要点)の事実は、当事者間に争いがない。
二 そこで、原告主張の審決取消事由の存否について判断する。
1 成立に争いない甲第二号証及び第三号証によれば、本願明細書及び昭和五九年一二月二四日付け手続補正書には、本願考案の技術的課題(目的)、構成及び作用効果について、次のとおり記載されていることが認められる。
本願考案は、中空糸膜を使用した中空糸型人工肺に関する(本願明細書第二頁第一行及び第二行)。
従来知られた人工肺は、気泡型と膜型に分類されるが、最近は、血液の損傷が少ないことから、膜型のものが推奨されている。この膜型の人工肺は、シリコーンゴムからなる平担膜を用いて、その平担膜の一側面側に酸素を供給し、他側面側に血液を供給することにより、平担膜を介して酸素と二酸化炭素の交換が行われるようになつている。しかし、この形式のものは、平担膜を使用することから、装置自体が大型化するし、平担膜は、膜支持体との接触等により破損しやすく、強度的に不安なものであつて、その取扱いに細心の注意を払わなければならなかつた(同第二頁第三行ないし第一五行)。
本願考案の目的とするところは、ガス交換率の向上を図ると共に、膜強度が強く、コンパクトな構成で、その取扱いも容易な中空糸型人工肺を提供することにあり、この目的を達成するために、考案の要旨記載のとおりの構成を採用したものである。(同第二頁第一六行ないし第二〇行、前記手続補正書第二頁第六行ないし第三頁第七行)。
本願考案の一実施例を別紙第一図面に基づいて説明すると、1は中空糸型人工肺のハウジングであり、このハウジング1は、筒状体2の両端部に、それぞれ環状の取付けカバー3、4を取り付けてなり、このハウジング1内には、全体に広がつて多数の、例えば一〇、〇〇〇~六〇、〇〇〇本のガス交換用中空糸膜5……が並列的に設置されている。そして、このガス交換用中空糸膜5……の両端部は、取付けカバー3、4内において、それぞれ隔壁6、7により支持されている。前記各隔壁6、7は、中空糸膜5……の外周面と、前記ハウジング1の内面との間によつて形成される酸素室8を閉塞し、かつ、前記ガス交換用中空糸膜5……の内部から形成される血液流通用空間(図示しない。)と酸素室8を隔離するものである。なお、一方の取付けカバー3には、酸素を供給する入口9が設けられ、他方の取付けカバー4には、酸素室8内の気体を排出する出口10が設けられている。一方、前記隔壁6、7の外面には、それぞれヘツドカバー11、12によつて覆われており、このヘツドカバー11、12の内面と、前記隔壁6、7の表面とが、それぞれその間に、血液の流入室13と流出室14とを形成している。さらに、ヘツドカバー11には血液の入口15が形成されており、ヘツドカバー12には血液の出口16が形成されている(本願明細書第三頁第四行ないし第四頁第一〇行)。
ハウジング1内の筒状体2の内面には、軸方向の中央に位置して突出する絞り用拘束部17が設けられている。すなわち、拘束部17は、前記筒状体2の内面に筒状体と一体に形成されていて、筒状体2内に挿通される多数の中空糸膜5……からなる中空糸束18の外周を締め付けるようになつている。そして、前記中空糸束18は、第1図で示すように、軸方向の中央において絞り込まれ、絞り部19を形成している。したがつて、中空糸膜5……の充填率は、軸方向に沿う各部において異なり、中央部分において最も高くなつている(本願明細書第四頁第一一行ないし第五頁第八行)。
中空糸膜5は、多孔性ポリオレフイン系樹脂、例えばポリプロピレン、ポリエチレンといつたものからなり、特にポリプロピレンが好適である。この中空糸膜5は、壁の内部と外部を連通する細孔が多数存在するものが得られる。そして、その内径は約一〇〇~一〇〇〇μ、平均孔径は約二〇〇~一〇〇〇Å、かつ、空孔率は約二〇~八〇%とするものである。したがつて、従来のシリコーン樹脂のように気体の移動が溶解、拡散というものとは異なり、気体の移動が体積流として行われるため、気体の移動における膜抵抗が少なくそのガス交換性能が著しく高くなるものである(同第五頁第一〇行ないし第六頁第三行、手続補正書第三頁第一四行ないし第一八行)。ところで、中空糸膜5の内部空間に血液を流しガス交換を行う場合には、その内径が特に問題となる。一般に、内径が約一〇〇μ以下になると、流体力学的な抵抗が大きくなり、また目詰まりを起こしやすくなる。このため、内径はそれ以上のものが望ましい(本願明細書第六頁第四行ないし第九行)。
中空糸型人工肺は、例えば開心術などにおいて使用されるもので、患者の大静脈から血液を取り出し、この血液を再び患者の大動脈に戻す血液循環回路(図示しない。)の途中に設置される。なお、血液は、通常四l/minの流量で取り出される。そして、人工肺の使用時において、血液は、血液用入口15から流入室13内に流入した後、流入室13に臨む開口端から各中空糸膜5……内に分かれて流入し、その中空糸膜5……内部空間を流出室14側に向かつて流れる。そして、流出室14側において再び集められ、血液用出口16から流出する。一方、酸素室8には、後述するように酸素ガスの供給が行われているため、その各中空糸膜5……を介してガス交換が行われる。すなわち、血液中の二酸化炭素ガスが酸素室8側に移行し、酸素室8側の酸素ガスが中空糸膜5……内の血液に移行するのである。この場合、血液は、各中空糸膜5……の内部空間を均一に流れ込むように規制がなされているため、血液のチヤネリング(偏流)は起こらない。しかし、酸素室8内の流れはガス流であるため、ガス交換用中空糸膜5……の分布が均一でないと、たちまちチヤネリングが起こり、ガス交換作用に支障を来たす。人工肺の場合、ガス移動の推出力(Driving force――血液側とガス側の分圧較差)は、酸素ガスで約六八〇mmHg、炭酸ガスで約四六mmHgである。したがつて、酸素室8内でのチヤネリングは、特に炭酸ガスの移動度合に大きく影響する(同第一〇頁第一八行ないし第一二頁第七行)。
しかしながら、前記実施例では、中空糸束18の中央部分が拘束部17によつて絞り込まれ、両端において拡げられているため、絞り部19では中空糸膜5……の充填率が大きくなると共に、筒状部では各中空糸膜5……が均一に分散する。したがつて、絞り部19を形成しない場合に比べ、酸素ガスが均一に分散する安定した流れを形成する結果、酸素、炭酸ガスの交換効率が高まる。また、ハウジング1の内断面積が、その中央の絞り部19において急激に変化するため、この部分での流速が急激に変化し、その結果流れに乱れが起こり、ガスの移動速度を増長する作用も生ずる(同第一二頁第八行ないし第二〇行)。
なお、絞り部19での中空糸膜5……の充填率は約六〇~八〇%とすることが望ましいが、その理由は次のとおりである。すなわち、充填率を六〇%以下とする、と拘束部17によつて絞り込めない部分が生じ、中空糸膜5……の分布が不均一になつてチヤネリングを起こし、性能を悪くするうえ、中空糸束18を筒状部の中央に位置させるのが困難になり、加工上の問題を生ずる。一方、充填率を約八〇%以上とすると、拘束17に接する中空糸膜5……が強く押されて潰れが起き、血液が流れなくなり、効率の低下を招くのみならず、残血の原因となるし、加工上、中空糸束18を挿入する際きつく、作業がしにくくなるからである。また、筒状体2内での充填率を約三〇~六〇%としたが、その理由は、充填率を三〇%以下とすると、中空糸膜5……が筒状体2内で片寄り、その結果、交換効率の低下を招くうえ、加工がしにくくなる一方、充填率を約六〇%以上にすると、中空糸膜5……同志の密着が起こり、やはり性能に悪い影響を与えるからである。なお、隔壁6、7の外面における充填率は約二〇~四〇%としたが、その理由は、約二〇%以下とすると、中空糸膜5……の開口端の分布が加工上不均一になりやすく、その結果、血液分布の不均一、血栓等の問題が起こる一方、充填率を四〇%以上にすると、中空糸膜5……同志の密着が起こり、隔壁6、7の材料であるポツテイング剤が充填されない部分が現れ、リークの原因となるからである(同第一三頁第一行ないし第一四頁第一〇行)。
以上のように、本願考案は、ハウジング内の酸素室に配置される多数の中空糸膜からなる中空糸束の中間部分の周面を拘束部によつて絞り込んで構成されるから、その絞り部を中心として中空糸膜の充填率が大きくなり、かつ、中空糸膜が均一に分散することになる。したがつて、酸素ガスが均一に分散する安定した流れを形成する結果、酸素、炭酸ガスの交換効率が高まる。また、絞り用拘束部を設けたことにより、この部分での流速の急激の変化が起こり、これによつてガスの移動を促進する。そして、前記各作用により、チヤネリング現象を防止しながら、中空糸膜全表面における均一なガス交換を行うことができると共に、そのガス交換効率を高めることができる。また、絞り用拘束部で中空糸束の中央部を絞り込み、中空糸膜を均一に分布させるため、絞り用拘束部を設けない場合に比べて、高い製作精度が要求されず、かつ、その製作が容易になる。例えば、両端における分布が比較的不均一であつても、全体的に均一化することができる。また、本願考案の中空糸型人工肺は、前述したような構成であるから、全体的にコンパクトで、取扱いが容易であり、しかも、平担膜を使用するものとは異なり、強度の向上を図ることができる等、すぐれた実用的効果を奏するものである(本願明細書第一四頁第一七行ないし第一六頁第三行)。
以上のとおり認められ、これに反する証拠はない。
2 中空糸の材料、内径、平均孔径及び空孔率について
(一) 審決が、本願考案の中空糸と引用例1記載の中空糸とは、中空糸の材料及びその機能が同一であると認定しているのに対し、原告は、引用例1記載の中空糸は選択透過性を有するものであるから、中空糸の壁内に液体中の物質が拡散し透過する、いわゆる拡散膜であり、一方、本願考案は中空糸膜の細孔を介して行われるもので、拡散膜を用いるものではないから、審決の認定は誤つていると主張する。
成立に争いない甲第四号証によれば、引用例1には、「液体に対して選択透過性を有する多数の中空糸と該中空糸が流密状態で貫通してその外部に開口する如くなした樹脂壁とを有する柱状の中空糸組立体を筒状ケーシングの内部に備えた膜分離装置であつて、前記中空糸組立体の外面をおおう筒状の非透過性シートと、該非透過性シートと前記筒状ケーシング内壁との間を流密状態に保持する環状体とを備えることを特徴とする中空糸型膜分離装置」が記載(第一頁左下欄第五行ないし第一三行)されているところ、該装置の「具体的な応用例としては(中略)人工肺などの気体透過(中略)を挙げることができる」(第二頁左下欄第九行ないし第一七行)こと、及び、「本発明で用いる中空糸は外径が一〇~一〇〇〇ミクロン、中空率が三~八〇%であり、その膜壁が流体に対して選択透過性を有するものであれば特に限定はないが、例えば、酢酸セルロース、ヒドロキシエチルセルロース(中略)ポリエチレン、ポリプロピレン(中略)などから得られる中空糸を挙げることができる。」(第二頁右下欄第九行ないし第三頁左上欄第一八行)ことが記載されている。
右の記載によれば、引用例1には、審決認定のとおりの中空糸型膜を備えた膜分離装置が人工肺に応用し得るものであること、該中空糸は、その外径が一〇~一〇〇〇ミクロン、中空率が三~八〇%であり、また、中空糸の材料としてポリエチレン及びポリプロピレンを用いることが開示されていると認められる。しかしながら、中空糸の材料に関しては、流体に対して選択透過性を有するものであれば特に限定はない旨の記載があるのみで、透過機構等についての具体的な記載はない。
ところで、選択透過性についてみると、成立に争いない甲第八号証(日本化学会編「化学便覧応用化学編Ⅱ材料編」丸善株式会社昭和六一年一〇月一五日発行)によれば、同号証は、本件出願後に刊行されたものであるが本件出願当時の技術水準を示すものであることは当事者間に争いがないところ、同号証には、「二種以上の成分からなる混合物から、特定の物質を選択的に分離する機能をもつ膜が分離膜である。(中略)透過とは、その機構がどうであろうと、膜を通して物質が移動することを意味する。(中略)選択性、分離性は二種以上の透過する物質の透過速度の比を意味する用語である」(第一一七五頁右欄第一六行ないし第二三行)との記載があり、同頁の表一五・一一〇(高分子膜と膜分離過程)をも参照すると、多孔質膜と非多孔質膜とは、分離機構は異なるが、選択透過性という事項は、そのいずれにもいえることが明らかである。したがつて、引用例1記載の中空糸膜が選択透過性を有するとしても、これを拡散膜と限定して解する必然性はないことになる。
しかしながら、同号証には、さらに、「多孔質膜の分離機構の発現は、膜にいかに均一な孔径の細孔が分布しているかによる。」(第一一七六頁左欄第九行ないし第一一行)、「多孔質膜はミクロフイルターや限外濾過膜として用いられ、平均細孔径と多孔度が分離機構を決定する。」(同頁左欄第一八行及び第一九行)、「多孔質膜の気体透過性は、膜を構成している高分子の化学構造にはほとんど影響を受けず、細孔径と多孔度できまる。」(第一一七七頁左欄第四行ないし第六行)とも記載されており、多孔質膜においては、膜壁の孔径及び空孔率が必須の要件事項であると認められる。ところが、引用例1には、これらについて何ら具体的な記載がないことは前記のとおりであるから、引用例1における中空糸材料としてのポリエチレンあるいはポリプロピレンの開示は、直ちに多孔質膜の使用を教示するものではないというべきである。
この点について、被告は、本願考案の中空糸は、ポリエチレンあるいはポリプロピレンに代表されるポリオレフイン系樹脂を材料とし、人工肺に用いられて血液中の酸素と炭酸ガスの交換に関与する点において、引用例1記載の中空糸と同一であると主張する。
しかしながら、引用例1の前掲記載は、中空糸材料としてポリエチレンあるいはポリプロピレンを、また、その考案を人工肺に応用し得ることを、それぞれ個別に開示しているにとどまる。のみならず、引用例1の膜分離装置を具体的に示す第1図ないし第5図(別紙第二図面参照)、及びその説明部分を参照すると、該装置は、処理流体が中空糸層の外側に沿つて軸方向に流れ、出口から排出される間に、中空糸内に浸透した透過流体が樹脂層を通過して排出される構造であるから、この記載は、本願考案の、中空糸層の外側に沿つて軸方向に流れる酸素とガス交換を行う構造を示すものでないことはいうまでもない。したがつて、引用例1には、ポリオレフイン系樹脂から成る中空糸を人工肺に使用することが示唆されているとは認められないのであつて、被告の右主張は首肯できないものである。
そうすると、本願考案の中空糸の材料は引用例1記載の中空糸の材料と同一であり、かつ、両中空糸は同一の機能を有するものとした審決の認定、判断は、誤つているといわざるを得ない。
(二) また、審決は、本願考案における中空糸の材料、内径、平均孔径及び空孔率は、その構造上の効果において、本願考案の他の構成要件と直接の関連を有するものとは認められないと判断している。
しかしながら、本願考案が、「ガス交換率の向上を図ることができるとともに、平担膜に比べ膜強度の強く、コンパクトな構成でその取扱いも容易な中空糸型人工肺を提供すること」(本願明細書第二頁第一七行ないし第二〇行、手続補正書第二頁第六行)を目的としてなされたものであるが、「中空糸膜5の内部空間に血液を流しガス交換を行う場合には、その内径が特に問題になる」(本願明細書第六頁第四行ないし第六行)ことは、前記のとおりである。そして、中空糸膜の内径と血液量及び酸素添加能との関係を示す別紙第一図面第2図、中空糸膜の内径と血液量及び酸素飽和度との関係を示す同第3図、さらに中空糸膜の内径と血液の処理に要する中空糸膜の膜面積及びプライミング量並びにコンタクトタイムとの関係を示す本願明細書表Ⅰ(第七頁)によつて明確にされている実験結果は、本願考案における中空糸膜と、「ハウジング内に該中空糸膜から成る中空糸束と、該中空糸膜の外表面とハウジングの内面との間によつて形成される酸素室と、この酸素室に連通する入口及び出口と、該中空糸膜の各端部をそれぞれ支持しこの中空糸膜の開口端を前記酸素室から隔離する隔壁と、各中空糸膜の内部空間に連通する血液用入口及び出口」を備える構成とを採用したことによるものと認めるに十分である。のみならず、本願考案における中空糸束とその拘束部との関連は、前記のとおり、本願明細書の「中空糸束18の中央部分が拘束部17によつて絞り込まれ、両端において拡げられているため、絞り部19では中空糸膜5……の充填率が大きくなると共に、筒状部では各中空糸膜5……が均一に分散する。したがつて、絞り部19を形成しない場合に比べ、酸素ガスが均一に分散する安定した流れを形成する結果酸素、炭酸ガスの交換効率が高まる。」(第一二頁第八行ないし第一六行)との記載、及び、絞り部における中空糸膜の充填率を選択する理由の記載(第一三頁第一行ないし第一四頁第一行)によつて明確にされているから、本願考案における中空糸の材料、内径、平均孔径及び空孔率と、本願考案の他の構成要件とは、その目的を達成する上で、直接の関連を有するものといわなければならない。
このように、本願考案が採用した構成による作用効果は明瞭であり、これは、各構成要件が直接に関連している結果にほかならないから、前記の審決の判断は正当ではない。
(三) 以上のとおり、引用例1の記載は、多孔性のポリオレフイン系樹脂から成る中空糸を用いる人工肺を教示するものとはいえない。
また、成立に争いのない甲第五号証によれば、引用例2に記載されている考案は、スクリーン型多孔膜を利用した人工肺に関するものであるから、多孔性膜の人工肺への応用を開示するものであるが、該人工肺は、「多孔膜の片面に血液を流すための回路を設け、他面に酸素を含む気体を流すための回路をそれぞれ設けて成る膜型人工肺」(第一頁左下欄第五行ないし第七行)である上、使用する多孔膜の素材としては、「セルロースおよびその誘導体、ポリ塩化ビニル、ポリアクリロニトリルなど本発明の要求を満足する多孔膜が作製可能で、かつ、人体に無害なものであれば特に限定されない。」(第三頁右下欄第一行ないし第四行)との記載があるのみであることが認められる。
したがつて、引用例1及び引用例2の記載を併せてみても、当業者にとつて、本願考案の中空糸型人工肺における多孔性ポリオレフイン系樹脂製中空糸の採用に想到することが、きわめて容易であつたということはできない。
3 人工肺の構造について
成立に争いない甲第六号証によれば、引用例3には、人工腎臓装置において、多数の毛細管が血液の流通口に連結されて集束状態で収められ、該集束状態が筒体の内径が径小に狭められた部位、すなわち、毛細管の束のほぼ中間部分において密にされた構造が開示されているところ、該構造は、本願考案の人工肺において中空糸束の中間部分が絞り込まれている構造と類似のものであると認められる(別紙第三図面参照)。
しかしながら、人工肺と人工腎臓とがいずれも膜を介して物質移動を行う点において共通し、かつ、本願考案の人工肺のハウジング内に設けられた中空糸束の構造が、引用例3記載の人工腎臓における毛細管の束の構造と類似のものであるとしても、そのことから直ちに、本願考案の人工肺の構造が極めて容易に想到し得たとすることはできない。すなわち、本願考案が対象とする人工肺は、前記のとおり、例えば開心術等において使用されるもので、患者の大静脈から血液を取り出しこれを大動脈に戻す血液循環回路の途中に設置され、ガス交換膜を介して血液層とガス層との間のガス交換を行うものである。これに対し、人工腎臓は、慢性腎不全患者の血液の透析を行うものであつて、半透膜(透析膜)を介して血液と透析液とを接触させることにより、透析の原理を応用して老廃物及び水分を透過させるものである。
このように、人工肺と人工腎臓とは、その使用目的、使用態様、移動する物質の内容、膜材質など、技術的に相違する点が多々あるのであつて、人工腎臓装置を人工肺に代替し得るものでないことは明らかである。したがつて、両者が中空糸膜型分離装置としての構造において類似しているとしても、本願考案の人工肺と引用例3記載の人工腎臓装置とを対比して、両者の構造が同一であるとすることは誤りであり、本願考案の人工肺における拘束部の構造の限定をもつて、単なる設計変更ということもできない。
4 以上の理由によつて、本願考案は引用例1、引用例2及び引用例3の各記載に基づいて当業者が極めて容易に考案をすることができたとする審決の結論は誤りであるから、審決は違法として取消しを免れない。
三 よつて、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は正当としてこれを認容することとする。
〔編註その一〕 本願考案の要旨は左のとおりである。
ハウジングと、このハウジング内に並べて配列された内径約一〇〇ないし一〇〇〇μ、平均孔径約二〇〇ないし一〇〇〇Å、かつ、空孔率二〇ないし八〇%を有する多孔性ポリオレフイン系樹脂製の多数のガス交換用中空糸膜からなる中空糸束と、前記各中空糸膜の外表面と前記ハウジングの内面との間によつて形成される酸素室と、この酸素室に連通する入口及び出口と、前記中空糸膜の各端部をそれぞれ支持し、この中空糸膜の開口端を前記酸素室から隔離する隔壁と、前記各中空糸膜の内部空間に連通する血液用入口及び出口と、前記ハウジング内面又は内面上に設けられ前記中空糸束の中間部分の周囲を絞る拘束部とを具備し、さらに、該拘束部における中空糸膜の充填率が六〇~八〇%であつて、かつ、隔壁外面における中空糸膜の充填率が前記拘束部における充填率の1/4倍ないし2/3倍であることを特徴とする、中空糸型人工肺(別紙第一図面参照)。
〔編註その二〕 本件に関する図面は左のとおりである。
別紙第一図面
<省略>
(以下省略)