東京高等裁判所 昭和62年(行ケ)66号 判決
一 請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、二(本件発明の要旨)及び三(審決の理由の要点)の事実は、当事者間に争いがない。
二 そこで、原告ら主張の審決の取消事由の存否について判断する。
1 成立に争いのない甲第二号証によれば、本件明細書(本件公報)には、本件発明の技術的課題(目的)、構成及び作用効果について次のとおり記載されていることが認められる。
(一) 本件発明は、無接点ロータリーシーケンサに関するもの(第一欄第一八行、第一九行)であつて、従来この種のロータリーシーケンサとしては、機械的に回転する円板と、この円板の周辺に形成された凹部とに嵌合するリミツトスイツチとを組み合わせて、前記の円板の回転に応じて回転量とデイジタル信号として検出するいわゆるロータリーカムスイツチが開発されているが、機械的方法により所定の角度位置に応じてデイジタル信号を発生するように構成されているため、構造が複雑であること、所定の角度に対応して信号を発生せしめる場合に精度高く信号を取り出すことが困難であるなどの欠点を伴つている(同欄第二〇行ないし第三一行)との知見に基づき、右欠点を改善するために提案されたもので、従来品に比較して、取扱いが容易であること、角度設定変更が容易であること、設定個所の拡張が容易であることを目的とするものである(同欄第三一行ないし第三五行)。
(二) 本件発明は、右目的を達成するため、その要旨とする特許請求の範囲の構成を採用したものであつて、本件発明のロータリーシーケンサは、(1)回転角検出器、(2)オン位置を指定する回転角設定器、(3)オフ状態を指定する回転角設定器、(4)前記回転角検出器及び各回転角設定器からの各出力A、B、Cが入力されA≧B,A<C,B>C,B<Cの出力を与えるコンパレータ、(5)前記コンパレータの出力が与えられてD={(A≧B)×(A<C)×(B<C)}+{((A≧B)+(A<C))×(B>C)}の出力が与えられる論理回路、(6)前記論理回路の出力により作動するリレー、とからなるものである。
(三) 本件発明は、前記構成によつて、(イ)回転角検出器としてアブソリユートエンコーダを使用しているため、回転角は絶対値記憶性を有している、(ロ)回転軸に対しては、アブソリコートエンコーダを結合するのみでよいので、構成が簡単である、(ハ)設定値の変更は機械の動作中でもよく、容易に行い得るのみならず、短時間に行うことができる、(ニ)設定器は任意の場所に設置できるとともに設定数の増加は自由に行うことができる、(ホ)電子回路はゲート論理回路でできているので、不安定要素が少なく、かつ耐雑音性において優れている、などの作用効果を奏する(第三欄第三一行ないし第四欄第一九行)。
2 原告らは、審決が相違点(1)について、「(A<B)×(A>C)なる出力をインバータ回路を介して(A≧B)+(A≦C)なる出力を得る論理回路を用いることに代えて、(A≧B)+(A≦C)なる出力を得る論理回路を用いることは当業者が適宜選択すべき選択事項にすぎない」と認定、判断したのは誤りである旨主張する。
本件発明においては、A、B、Cの三個の入力に基づき、AがBより小さくないとき、AがCより小さいとき、BがCより大きいとき、BがCより小さいとき、それぞれの場合に出力を与えるコンパレータ(都合四個の出力を生ずる比較器)と、さらにこれらのコンパレータ出力を受けて、次の条件下で出力を出す論理回路を要件とすることは、特許請求の範囲の前記(4)、(5)の記載から明らかである。
D={(A≧B)×(A<C)×(B<C)}+{((A≧B)+(A<C))×(B>C)}。
そして、前掲甲第二号証によれば、本件明細書には、本件発明の実施例として、「第2図は本発明のブロツク図を示すもので、1は回転角検出器であつて、回転体が一定の角度だけ回転すると、デジタル絶対値信号を発生するものであつて、この機械軸の回転角検出器としてアブソリユートエンコーダを用いる。(中略)2、3は夫々回転角設定器であつて、2はオン状態を設定する位置で信号Bを出し、3は設定値においてオフ状態を設定する位置で信号Cを出す(中略)4はコンパレータであつて、回転角検出器1からの出力信号はバツフアアンプ5を介してA信号としてコンパレータに入力せしめられる。回転角設定器2、3よりの出力信号は夫々B´、C´の信号としてコンパレータ4に与えられる。該コンパレータにおいて入力信号A、B´、C´の信号を比較し、A≧B´、,A<C´,B>C´,B<C´の四種類の信号として出力する。6はウインドコンパレータ論理回路で入力される四個の入力信号によつて次式すなわちD={(A≧B)×(A<C)×(B<C)}+{((A≧B)+(A<C))×(B>C)}の出力が得られるような論理回路である。(中略)しかして論理回路6よりの出力をバツフアアンプ7を介して無接点リレー8に与える。尚第2図において回転角設定器22,32………2n,3nは前記の2、3に対応するものであり、コンパレータ42……4n、論理回路62………6nについても同様である。バツフアアンプ72………7n、無接点リレー82………8nについて同様である。」(第二欄第二四行ないし第三欄第一七行)と記載されていることが認められ、右記載事項に第2図(別紙図面(一)参照)を併せ検討すれば、右実施例記載のものは、オン位置を指定する回転角設定器、オフ状態を指定する回転角設定器、コンパレータ及び論理回路をそれぞれ複数個(n個)設けたものであることが明らかである。
しかしながら、本件発明の特許請求の範囲においては、「オン位置を指定する回転角設定器」、「オフ状態を指定する回転角設定器」、回転角検出器及び各回転角設定器からの各出力A、B、Cが入力され「A≧B,A<C,B>C,B<Cの出力を与えるコンパレータ」、「前記コンパレータの出力が与えられてD={(A≧B)×(A<C)×(B<C)}+{((A≧B)+(A<C))×(B>C)}の出力が与えられる論理回路」と規定されているのみであつて、それぞれの個数、組数については何ら限定されておらず、前掲甲第二号証を検討しても、前記実施例に関する記載以外にそれぞれの個数、組数についての具体的な記載は存せず、また、本件発明における前記1認定の目的を達成し所定の作用効果を奏するために前記各回転角設定器、コンパレータ及び論理回路をそれぞれ複数個設けることを要するものとは認められないから、結局、本件発明のロータリーシーケンサは、機械軸の回転角〇ないし三六〇度中の任意の点より任意の点までを接点オン状態に保つこと、逆にオフ状態に保ち得ることを可能とするために前記(1)ないし(6)の各構成要件を必須の要件とするものにつきるのであつて、これらの各手段からなる装置をさらに複数個(n組)設けることを発明の構成に欠くことができない事項とするものではない。
一方、成立に争いのない甲第三号証によれば、引用例記載のものは回転制御装置に関し(第二頁左上欄第四行)、その第3図(別紙図面(二)参照)に示された実施例(同頁右下欄第九行ないし第四頁右下欄第一五行)には、位置検出器15の出力C(本件発明の「回転角検出器絶対値出力A」に相当する。)と、動作開始点設定器11の出力A1(本件発明の「オン位置を指定する回転角設定器の出力B」に相当する。)と、動作終了点設定器12の出力B1(本件発明の「オフ状態を指定する回転角設定器の出力C」に相当する。)とが加えられて、A≧B,A≦C,B≧C,B<C,A<B,A>Cの出力を与える比較器26、27、28(本件発明の「コンパレータ」に相当する。)と、前記の比較器の出力が与えられて、D={(A≧B)×(A≦C)×(B≦C)}+{(A≧B)×(A≦C)×(B>C)}の出力が与えられる論理回路と、前記の論理回路よりの出力により作動する出力制御器35(本件発明の「リレー」に相当する。)とを備えた構成が開示されていることが認められる。
そして、本件発明も引用例記載のものも、それぞれの回路から得られる出力は、等価の演算(本件発明における前記(5)の演算及びこれと等価の引用例記載のものにおける前記演算)に用いるものであるから、引用例に記載された三個の比較器を本件発明の四個の出力を与える一個のコンパレータとすることは回路設計に当たつて用いる電子部品その他の要件を考慮して適宜選択決定する程度の事項であり、当業者にとつて、本件発明のように構成することに格別な困難があるとはいえない。
したがつて、相違点(1)について、引用例記載のものに基づいて、「該出力Dを得るために、(A<B)×(A>C)なる出力をインバータ回路を介して(A≧B)+(A≦C)なる出力を得る論理回路を用いることに代えて、(A≧B)+(A≦C)なる出力を得る論理回路を用いることは当業者が適宜選択すべき選択事項にすぎない」とした審決の認定、判断に誤りはない。
3 原告らは、相違点(2)について、本件発明の「ロータリーシーケンサ」と引用例記載のものの「回転制御装置」は、表現上の差異にすぎないとした審決の認定、判断、及び本件発明がn組(複数組)のオン・オフ信号を得るものとは認められないとした審決の認定、判断はいずれも誤りである旨主張する。
成立に争いのない甲第四号証によれば、シーケンス制御とは、あらかじめ定められた順序又は一定の論理によつて定められる順序に従つて、制御の各段階を逐次進めていく制御をいうことが認められ、これに前掲甲第二号証によつて認められるシーケンサについての技術的事項を総合すると、シーケンサとは、シーケンス制御に用いられるあらかじめ定められた順序又は一定の論理によつて定められる順序に従つて制御の各段階を逐次進めていく制御信号を発する手段、具体的には、右シーケンス制御に用いられるスイツチ装置であり、それぞれの多段からなる複数の各工程のスイツチのオンあるいはオフを指定するオン位置指定値(B1,B2,B3………Bn)あるいはオフ位置指定値(C1,C2,C3………Cn)によつて複数個の工程を制御するものであり、これら値と位置検出器の絶対値出力Aとをそれぞれ比較し、論理演算回路により各工程のスイツチのオンあるいはオフの制御を順次行うものであること、多段からなる複数個の工程は、同時に複数個の装置を並行に制御し、あるいは右複数個の装置を経時的に制御し、またこれら両者の組み合わせた制御を実行するものということができる。
そして、このように、あらかじめ定められた順序で制御されるシーケンス制御にあつては、一連のシーケンス制御がその目的を達成するように作動すればよいものであり、これらの一連のシーケンス制御のすべてが一つのシーケンサによつて行われなければならないものではない。複数の段階を実行する第一のシーケンサによつて一定のシーケンス制御が行われた後、第二のシーケンサによつて次の一つの段階のシーケンス制御が行われ、さらに第三のシーケンサによつてこれに続くシーケンス制御が行われる態様があることも当業者には当然理解できることである。そして、このような場合の各シーケンサはそれぞれシーケンサとしての働き、すなわちシーケンサ制御を行うものであるから、一つの段階のみを実行するシーケンサをシーケンサということは何ら妨げのないことである。
ところで、ロータリーシーケンサとは、前記のシーケンサであつて、あらかじめ定められた順序又は一定の論理によつて定められる順序が回転に基づく手段、例えば本件発明における回転角設定器によつて設定されるものであつて、シーケンサが一組の段階のみを実行するシーケンサを排除するものでない以上、ロータリーシーケンサという用語から当然に一組の場合を排除するということはできない。
一方、引用例記載のものの構成は前記2認定のとおりであり、引用例に示された回転制御装置も軸の回転にともなつてオン・オフするスイツチを有する装置であるから、前記認定のシーケンサとしての要件を具備することが明らかである。
この点について、原告らは、引用例記載のものは、制御対象物の回転を制御するものであるのに対し、本件発明はその制御対象としては一直線状あるいは回転状のいずれでもよい旨主張する。
しかしながら、前掲甲第二号証によれば、本件明細書には直線運動及び直線運動に使用する場合に必要な付加手段について何らの記載も示唆も存しないことが認められ、本件発明及び引用例記載のもののいずれにおいても回転角度から制御の基礎となるデータを得るものであるから、回転のない直線運動だけの場合にはそのままでは(付加的手段を設けない状態では)シーケンス制御に利用できない点において共通しており、原告らの右主張は理由がない。
また、原告らは、本件明細書の発明の詳細な説明中の記載を援用して、本件発明におけるシーケンサは、多段からなる複数個の各工程のスイツチのオン・オフによつて複数個の工程を制御するものである旨主張するが、本件発明が特許請求の範囲に記載された前記(1)ないし(6)の各手段からなる装置をさらに複数個(n組)設けることを発明の構成に欠くことができない事項とするものでないことは前述のとおりであるから、原告らの右主張も理由がない。
したがつて、本件発明の「ロータリーシーケンサ」と引用例記載のものの「回転制御装置」は、表現上の差異にすぎないとし、かつ、本件発明は、オン位置を指定する回転角設定器、オフ状態を指定する回転角設定器、コンパレータ及び論理回路をそれぞれn個設けて、n組のオン・オフ信号を得るものとは認められない、とした審決の認定、判断に誤りはない。
さらに、原告らは、審決が仮に本件発明がn組のオン・オフ信号を得るものであるとしても、「同一の回転軸に複数個のカムを設けてn個のオン・オフ信号を得ることは、本件出願前周知である」ので、「n組のオン・オフ信号を得るような発明も引用例に記載の事項及び周知の事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたもの」と認定、判断したのは誤りである旨主張する。
本件発明が、各回転角設定器、コンパレータ及び論理回路をそれぞれn個設けることを構成要件とするものでないことは前述のとおりであるから、審決の右仮定的認定、判断の当否は審決の結論に影響するものでないが、審決認定のとおり同一の回転軸に複数個のカムを設けてn個のオン・オフ信号を得ることが本件出願前周知であつたことは当事者間に争いがないから、当業者にとつて複数の出力を得る必要がある場合において、引用例記載のものの検出機構及びこれに基づいて論理演算する回路を必要に応じ複数組配設することは格別困難なこととはいえない。
したがつて、原告ら主張のようなn組のオン・オフ信号を得る発明も引用例記載の事項及び周知の事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められるとした審決の認定、判断にも誤りはない。
4 以上のとおりであるから、本件発明は引用例記載の事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとした審決の認定、判断は正当であつて、審決に原告ら主張の違法はない。
三 よつて、審決の違法を理由にその取消しを求める原告らの本訴請求は失当としてこれを棄却することとする。
〔編註〕 本願発明の要旨は左のとおりである。
回転角検出器絶対値出力Aと、オン位置を指定する回転角設定器の出力B、オフ状態を指定する回転角設定器の出力Cとが加えられて、A≧B,A<C,B>C,B<Cの出力を与えるコンパレータと、前記のコンパレータの出力が与えられてD={(A≧B)×(A<C)×(B<C)}+{((A≧B)+(A<C))×(B>C)}の出力が与えられる論理回路と、前記の論理回路よりの出力により作動するリレーとを備えることを特徴とする無接点ロータリーシーケンサ