東京高等裁判所 昭和62年(行ケ)82号 判決
一 請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、二(本願発明の要旨)及び三(審決の理由の要点)の事実は、当事者間に争いがない。
二 そこで、原告主張の審決の取消事由の存否について判断する。
1 成立に争いない甲第二号証(願書添付の明細書)及び甲第一〇号証(昭和六〇年一〇月二九日付け手続補正書)によれば、本願発明の技術的課題(目的)、構成及び作用効果は次のとおりと認められる(別紙第一図面参照)。
(一) 技術的課題(目的)
本願発明は、光学的効果を生ずる薄い層の厚さを測定し、かつ制御する装置に関する。このような装置の信頼性、及びこれによつて作られる薄い層の再現性は、装置のすべての素子の光学的及び電気的安定性に依存するが、右安定性は、多数の光学素子、受光器及び増幅器のドリフト、並びにほぼ不可避である光源の不安定によつて害されやすい(昭和六〇年一〇月二九日付け手続補正書第二頁第二〇行ないし第三頁第九行)。
本願発明の課題は、長時間の蒸着過程の間も高度な安定性において優れており、したがつて多重層においても得られた結果の良好な再現性を可能にする層厚測定及び制御装置を提供することにある(同第五頁第一七行ないし第六頁第一行)。
(二) 構成
本願発明は、前記の課題を解決するために、その要旨とする構成、特にaないしeの要件を採用したものである(同第六頁第二行ないし第七頁第三行)。
(1) 要件bについて
公知の装置は測定光源と被測定物との間の測定ビームの経路が九〇度転向されるが、本願発明は測定ビーム23の経路を大体においてまつすぐに延ばしているので、基準受光器26及び測定受光器28aを測定ビーム23の光軸に対して対称に配置することができる。したがつて、測定ビーム23の一部がビーム分割器25を通過し被測定物16で反射されて同軸的にビーム分割器25へ戻りここから測定受光器28aへ供給され、他方、当初の測定ビーム23の一部はビーム分割器25で反射され基準受光器26へ直接供給されることになる(同第八頁第三行ないし第一五行)。
(2) 要件cについて
基準受光器26が出力する基準信号パルスはトリガ段43を制御し、さらに右トリガ段43によつて位相検出測光増幅器46が制御される(基準信号パルスが出力されない限り、位相検出測光増幅器46は導通制御されない。)。すなわち、二つのパルスの間の時間中は位相検出測光増幅器46は導通制御されないから、外部光によつて生ずることがあるノイズは増幅されず、その時点の位相検出測光増幅器46の出力は零となるので、位相検出測光増幅器46の出力信号の信頼度が著しく高くなる。そして、トリガ段43と並列接続した補償増幅器41によつて、いかなるノイズも完全に除去するように設計し得る。右補償増幅器41は、比較段45と共働して、その作用効果を発揮する(同第九頁第五行ないし第二〇行)。
(3) 要件dについて
光強度に関する偏差は測定信号及び基準信号において同時に生ずるから、測定信号の比較によつて、測定光源22の特性におけるいかなる偏差も遅延なく完全に補償できる。しかも、基準信号パルスの振幅は測定信号パルスの最小振幅と等しい大きさになるように設定されるから、測定信号の振幅と基準信号の振幅とが等しい場合は、測定信号と基準信号との差は零になり、そのような信号を位相検出測光増幅器46で増幅するのであるから、最大、最小を非常に良好に示す一義的な曲線が得られる(同第一〇頁第一行ないし第一三行)。
なお、基準ビームにおけるビーム減衰と測定ビームにおけるビーム減衰との差によつて、スペクトルに関する強度曲線が(似てはいるが)同一でないものとなるため、この異なつたビーム減衰は測定光源22が測定サイクルの間波長領域によつて変動しているかのように作用する。このような変動は短時間内に補償しなければならないが、要件dによつて、右変動を蒸着過程の間それぞれの時点において遅延なく完全に補償できる(同第一〇頁第一九行ないし第一一頁第八行)。
(三) 作用効果
公知のレーザー装置では、被測定物から反射した測定ビームの一部分がビーム分割器の後方で当初の測定ビームの経路を戻るとの条件は満たされないが、本願発明は、測定ビーム23を被測定物16に垂直に当てる構成によつてこれを達成し、測定結果の特に高い精度を得ることができる(同第八頁第一六行ないし第九頁第四行)。
本願発明は、光学素子の数が可能な限り少ないという点において優れており、かつ、これらの光学素子は非常にコンパクトに、互いに固定して配置できる。また、受光器、増幅器及び測定光源22によつて生ずる変動は、蒸着過程のそれぞれの時点において補償されるので、多層蒸着の際もそれぞれ個々の層の被着後ごとに0平衡調整を行う必要はない。そして、それまで積層されたすべての層の光学的な作用全体が測定できるので、多層系を一つの試験ガラス又は試験ガラスの同じ位置に蒸着することができ、自動的にいわゆる光学自動補償が行われ得る。測定された特性曲線の最大及び最小の分解能は、従来公知の方法及び装置によつては不可能である(同第一一頁第九行ないし第一二頁第八行)。
本願発明によれば、層系が再現可能に製造できるので、所定の限界内の特性を得るためになりゆきに任せた多量の光学製品を製造する必要がなく、したがつて、ほぼ同一の特性を有する最終生産品を多数の作業結果から選び出す必要はない(明細書第一一頁第一三行ないし第一八行)。
2 一方、成立に争いない甲第一一号証によれば、引用例1記載の発明は「幾つかの単色光に対する監視用試料基板の反射率を連続的に電気信号で出力する機構と所望の膜厚でのそれぞれの単色光に対する予め設定した反射率を電気信号で出力する機構とを有し、それぞれの電気信号を比較演算するか、同時にデイスプレイ装置に出力するかにより多層薄膜の膜厚の制御を行うようにした膜厚制御装置」(別紙第二図面参照)であつて、審決認定の技術的事項が記載されており、本願発明との間に審決認定の一致点及び相違点を有することは原告も認めて争わないところである。
3 相違点の認定及び相違点<2>の判断について
前掲甲第一一号証によれば、引用例1記載の発明に係る別紙第二図面には、光源16から出射されたビーム21がビームスプリツタ17を透過して監視用試料基板10に入射することが示されており、右ビーム21が、本願発明の「ビーム分割器25の後方に進行する測定ビーム23の一部」に相当することは図面上明らかである。そして、同図の光源16からビームスプリツタ17に至るビーム21は、本願発明の「測定光源22から到来する測定ビーム23」に相当し、ビームスプリツタ17の後方に進行するビーム21の光軸と、光源16から到来するビーム21光の光軸とは一直線状で図示されているのであるから、結局、引用例1には本願発明の要件bの前半、すなわち「ビーム分割器25の後方に進行する測定ビーム23の一部と、測定光源22から到来する測定ビーム23の光軸とが一直線を成す」との構成が開示されているというべきである。
もつとも、別紙第二図面においては、光源16から出射したビーム21は監視用試料基板10に対して斜めに入射し、監視用試料基板10で反射されたビーム23はビーム21と光軸を異にして戻るのであつて、この点を審決は相違点<2>として摘示しているのである。ところで、本願発明が薄膜の表面における反射光と裏面における反射光との干渉を利用して膜厚の測定制御を行う装置であることはその要旨から明らかであるが、干渉が波動の重なり合いによつて生ずる現象である以上、薄膜表面における反射光と裏面における反射光との間に干渉を生じさせるには両反射光を同一の光路に通す必要があることは当然の事項である。そして、薄膜に対して光が垂直に入射されれば薄膜表面における反射光と裏面における反射光が同一の光路を通ることも自明の事項であるから、干渉現象を利用する膜厚測定において、薄膜に対し光を垂直に入射すること、そしてその結果として「反射した測定ビームが該反射したビームの光軸とビーム分割器25の後方に進行する測定ビームの一部の光軸とを一致させてビーム分割器25へ戻るように被測定物16に方向付け」ること(本願発明の要件bの後半)は、当業者ならば容易に想到し得たことにすぎない。なお、このように反射光を入射光と同一の光路に戻す場合、膜厚測定のためには反射光を別個に取り出す必要があることは当然であるが、その機能を果たす部材として、マイケルソン干渉計において使用されている光路を直交させるビームスプリツタを適用することに何らかの困難があつたとは認められない。マイケルソン干渉計が本件優先権主張日前に周知であつたことは原告の争わないところであり、また、マイケルソン干渉計が本願発明とは測定原理を異にすることは、そのビームスプリツタを本願発明に適用することの予測性を妨げるものではないというべきである。
ちなみに、原告は、本願発明の要件bを採用し測定ビーム23の光軸に対して基準受光器26と測定受光器28aとを対称に配置したことによつてもたらされる効果の顕著性を主張するが、本願発明は基準受光器26と測定受光器28aとを測定ビーム23の光軸に対して対称に配置することを要旨とするものではないから、原告の右主張は失当である。
したがつて、相違点<2>に関する審決の判断に誤りはない。
4 相違点<3>の判断について
成立に争いない甲第一三号証によれば、周知例記載の発明は、ガスレーザ発振装置から放射されるレーザ光の分布を測定しレーザビームの中心位置を求めることによつて精度の高い直線基準を得る装置に関するものであり(第一欄第二〇行ないし第三二行)、レーザ光を直流的に光電変換する従来の方法では、信号のドリフトが大きくなるのみならず、外乱光も混入しやすい難点があるとの知見に基づいて(第一欄第三五行ないし第二欄第六行)、レーザ光を交流的に変調する光学チヨツパを利用する構成を採用したものと認められる。そして、この構成によつて、受光した後の電気信号の容易かつ安定的な増幅が可能となり、検出感度の調整も増幅器の増幅度を変えることによつて簡単にできるのみならず、外乱光が混入しても交流レーザ光に同期していない成分は同期整流(同期検波)回路において除去されるので、S/N比を向上し得ることが記載されていることも認められる(第四欄第一五行ないし第二三行)。
右のとおり、周知例には、光ビームに対する外乱光の影響を除去するために光ビームをチヨツパによつて変調してから同期整流(同期検波)を行う技術が開示されているが、本願発明及び周知例記載の発明はいずれも外乱光から影響を受ける光学装置であるから、当業者が周知例記載の技術を本願発明に適用することに何らかの困難があつたとは認められない。そして、周知例記載の技術の適用に当たつて、同期をとるための信号(すなわちトリガ信号)を基準受光器26から得ることは、基準受光器26の役割からみて当然の事項にすぎない。
なお、本願発明の要旨によれば、本願発明の基準受光器26の出力信号は、一方では補償増幅器41を経由し比較段45において測定受光器28aからの信号に減算的に作用し、他方ではトリガ段43を経由し位相検出測光増幅器46の制御信号(トリガ信号)として作用することが明らかであるが、両者が共働、すなわち相乗的に作用して顕著な作用を奏することを認めるべき証拠はない。そして、前者の作用が引用例記載の発明の差動増幅器29の作用に対応し(この点は原告も争つていない。)、後者の作用は前記のとおり周知のものであるから、相違点<3>に係る本願発明の構成によつてもたらされる作用効果として原告が主張するところは、格別のものということはできない。
したがつて、相違点<3>に関する審決の判断にも誤りはない。
5 以上のとおりであるから、本願発明は各引用例記載の技術的事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたとした審決の認定及び判断は正当であつて、審決に原告主張の違法はない。
三 よつて、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は失当としてこれを棄却することとする。
〔編注1〕本願発明の要旨は左のとおりである。
集束された測定ビームを送出するための測定光源、さい断装置、及び基準ビームを初期測定ビームから分離するために測定ビームの光軸内に四五度の角度で配置されたビーム分割器が設けられており、
入力増幅器が後置接続された測定受光器、及び測定光源の輝度変動の補償のために補償増幅器が後置接続された基準受光器が設けられており、
並びに、測定及び蒸着過程の停止装置の制御用の評価回路が設けられていて、
真空蒸着装置内における薄い層の形成中に、実質的に単色光の測定光の波長の数分の一と数倍との間の層厚の反射特性を検出することにより、また、所定の層厚に達した際に蒸着過程を停止することによつて、光学的効果を生ずる薄い層の厚さを測定かつ制御する装置において、
a 実質的に単色光の測定光の変化調整のために、可変のモノクロメータ29が測定受光器28aに直接対応して設けられており、
b ビーム分割器25の後方に進行する測定ビーム23の一部と、測定光源22から到来する測定ビーム23の光軸とが一直線を成すと共に、反射した測定ビームが、該反射したビームの光軸とビーム分割器25の後方に進行する測定ビームの一部の光軸とを一致させてビーム分割器25へ戻るように被測定物16に方向付けられており、
c 基準受光器26の出力信号が、補償増幅器41に供給されるのみならず、これに対して並列の位相検出測光増幅器46のトリガ用のトリガ段43にも加えられるように構成されており、
d 補償増幅器41及び入力増幅器39の各出力信号が、比較段45を介して、位相検出測光増幅器46に加えられ、
e 位相検出測光増幅器46の出力側が、微分素子49、及び後続の停止装置14の制御用0検出器52に接続されていることを特徴とする、光学的効果を生じる薄い層の厚さを測定かつ制御する装置。(別紙第一図面参照)
〔編注2〕本件における図面は左のとおりである。
別紙第一図面
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別紙第二図面
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