東京高等裁判所 昭和62年(行ケ)90号 判決
一 請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、二(本件考案の要旨)及び三(本件審決の理由の要点)は当事者間に争いがない。
二 本件考案について
成立について当事者間に争いのない甲第一四号証(本件考案の実用新案出願公告)によれば、本件考案の目的、構成、作用効果は次のとおりであると認められる。
1 本件考案の目的
従来から存する家庭用の油こし器は、メツシユの異なる網板を容器の上方部に置いてここに使用後の油を単に通過させるというものであるため、かす取りの作用しか行うことができなかつた。そこで、本件考案は単にかす取りだけではなく本格的な油こし器を提供し、使用後の油でも良質な油に還元することを目的とするものである(甲第一四号証1欄二七行から三三行まで)。
2 本件考案の構成
請求の原因二(本件考案の要旨)のとおり(甲第一四号証実用新案登録請求の範囲の欄)。
本件考案の構成及び作用を図面(本判決別紙本件考案図面)の実施例について説明する。
1は上容器で、油こし作用を行う容器である。この上容器1の底部周囲には鍔部2が突出している。またこの上容器1の底面は、中央部の水平面3とその周囲の上方向にやや勾配を形成した傾斜面4とから成る。この底面の水平面3部の中心には開口5が設けられている。6は多数枚の薄い紙を円形に裁断して重合したこし紙体で、このこし紙体の中心部に設けた通孔7には支軸8が挿通し、この支軸の下端部は前記底部の開口5に挿入する。この支軸8の直径は開口5の直径よりやや小さく成る(例えば、前者は三mmとして後者は五mmとする)。9は支軸8の上端が固着したこし紙体の蓋板で、この蓋板はこし紙体を支える重錘の役目をする。………(中略)………いま、下容器11の上口面11´に上容器1の底面鍔部2を載置した後、上容器1の上口面に載置した網板(図示せず)の上方から使用後の油を入れる。すると、油は上容器1の底面中央部に設置したこし紙体6にしみてゆつくり通過した後、支軸8をガイドに底面中央部に流れ集まり、その開口5部から流下して下容器11に蓄まるようになる(甲第一四号証1欄三四行から2欄二五行まで)。
本件考案の実施例の図面は本判決別紙本件考案図面のとおりである(甲第一四号証二頁図面)。
3 本件考案の作用効果
本件考案はこのように、上容器1の底面を中央部は水平面3にその周囲はやや上方向への傾斜面4に形成するとともに水平面の中心に開口5を設け、この底面の水平面部上に中心部に支軸8を挿通した多数枚の薄い紙の重合から成るこし紙体6を載置するとともに支軸の下端部を前記開口5に挿入し、前記支軸の上端に蓋板9を設け、このように成る上容器1を下容器12上に置いて使用するように成るものであるため、使用後の食用油でも単に揚げかすがこされるばかりでなく油成分中の微粒子が十分にこされるようになり、したがつて本格的な油こし作用が行われるから良質な食用油に還元されることができるようになり、食用油を長期間経済的に使用することができ、その実用的効果は大きいものである(甲第一四号証2欄二六行から3欄三行まで)。
三 取消事由第一点について
1 原告が本件実用新案登録出願前に開発したと称する油こし器が、<1>甲第六号証の一ないし四の写真に写されたもの(本判決別紙原告油こし器図面第1図ないし第3図表示のもの)、<2>甲第一〇号証の一の写真に写されたもの、<3>甲第一〇号証の二の写真に写されたもの(本判決別紙原告油こし器図面第4図表示のもの)の三種類のものであることは当事者間に争いがない。右<1>ないし<3>のものを「原告油こし器」ともいうことは請求の原因四1(一)のとおりである。
2 本件審決は、原告油こし器について、「ボール状の上容器の底面に開口を設け、この底面上の中心部に支軸を挿通した多数枚の薄い紙の重合から成るこし紙体を載置するとともに支軸の下端部を前記開口に挿入し、前記支軸の上端には蓋体を設け、このようにして成る上容器を下容器の上口面に載置するように構成したものである。旨及び原告油こし器は、「本件考案の油こし器の構成に欠くことのできない事項である「上容器の底面の中央部は水平面にその周囲はやや上方向への傾斜面に形成する」点を備えておらず、本件考案の油こし器とは明らかに相違する。(前記三3(三))と認定していること並びに本件審決が認定した原告油こし器と本件考案との相違点は右の点のみであることは当事者間に争いがない。
被写体、撮影日及び撮影者について争いのない甲第六号証の一ないし四、甲第一〇号証の一、二及び別紙原告油こし器図面によれば、原告油こし器が、前記本件審決の認定のとおり、「ボール状の上容器の底面に開口を設け、この底面上の中心部に支軸を挿通した多数枚の薄い紙の重合から成るこし紙体を載置するとともに支軸の下端部を前記開口に挿入し、前記支軸の上端には蓋体を設け、このようにして成る上容器を下容器の上口面に載置する」構成を備えたものであることが認められる。
3 そこで、本件審決が、本件考案と原告油こし器との相違点と認定する「上容器の底面の中央部は水平面にその周囲はやや上方向への傾斜面に形成する」点について検討する。
(一) 前記二(本件考案について)認定の事実によれば、本件考案の上容器の底面の水平面部はこし紙体を載置できる大きさであることを要し、底部と上口面との間の胴部ともいうべき部分は、底部と共に上容器本体として油をこす間油を蓄めることができる形態を形成することを要するものと認められるが、それ以上に底面の水平面部の中央部及びやや上方向への傾斜面に形成された周囲の大きさ及び両者の比率についての限定、周囲のやや上方向へ向かう傾斜面と水平面との角度、前記胴部ともいうべき部分が水平面に対し垂直か否か、前記底面の周囲の傾斜面と胴部ともいうべき部分との接続の態様については何ら限定のないことが認められる。
また、上容器の底面の水平面の周囲の傾斜面がこし紙体の周縁部から直ちに立ち上がるという限定のないことは当事者間に争いがない。
したがつて、本件考案の上容器の形態としては、こし紙体を載置できる大きさで中心に開口を設けた水平面部の周囲にやや上方向への傾斜面が形成された底面と、その底面から当初は底面の周囲と同じ傾斜でその後上へ行く程連続的に傾斜が増し、湾曲した傾斜面をなす胴部とを有する全体がボール状のものも含まれるものと認められる。
そして、右の形態の上容器に使用済の油を入れると、油は底部水平面部とその周囲の底面に属する傾斜面及びそれに続く胴部の傾斜面によつて把持されるものと認められる。
(二) 原告油こし器におけるボール状の上容器は、中心に開口を設けた底部水平面と、その周囲から立ち上がる湾曲した傾斜面からなること、右上容器に使用済の油を入れると、油は底部水平面と傾斜面によつて把持されることは当事者間に争いがない。
前記2認定の事実によれば、原告油こし器のボール状の上容器の底部水平面には、こし紙体を載置するものであるから、底部水平面は、こし紙体を載置できる大きさであることは明らかである。
また、「底」とは、「凹んだものや容器の下の所。」(新村出編「広辞苑」第三版・昭和五八年一二月六日株式会社岩波書店発行一四一一頁)、「器物などの下を構成する部分。またその内側の面や下側の表面をいうこともある。」(尚学図書編集「国語大辞典」昭和五六年一二月一〇日株式会社小学館発行一四八一頁)との意味であり、「底部」とは「底の部分。下の部分。(右「国語大辞典」一七〇一頁)の意味であり、「底面」とは、「底の表面。」(右「広辞苑」第三版一六四二頁)、「底の面。そこ。」(右「国語大辞典」一七〇一頁)との意味であることは当裁判所に顕著な事実であり、いずれも、厳密に容器の最も下の部分のみを指すものでないことは、本件考案の上容器において水平面部の周囲のやや上方向への傾斜面をも底面の一部としていることからも明らかであるから、原告油こし器の上容器の底部水平面の周囲から立ち上がる湾曲した傾斜面のうち下部も底部に含まれるものということもでき、底部水平面のみならず、その周囲から立ち上がる湾曲した傾斜面の下部をも底部あるいは底面と呼ぶか否かは表現の問題にすぎない。更に、原告油こし器の底部水平面の周囲から「立ち上がる」傾斜面とは、上方向へ傾斜した傾斜面を指し、「湾曲した」傾斜面とは、上へ行く程連続的に傾斜が増した傾斜面と言い換えることができる。
したがつて、原告油こし器のボール状の上容器は、こし紙体を載置できる大きさで中心に開口を設けた水平面部の周囲に上方向への傾斜面が形成された底面と、その底面から当初は底面の周囲と同じ傾斜でその後上へ行く程連続的に傾斜が増し、湾曲した傾斜面をなす胴部とを有するものと表現することができるものと認められる。
右上容器に使用済の油を入れると、油は底部水平面とその周囲の底面に属する傾斜面及びそれに続く胴部の傾斜面によつて把持されるものと認められる。
(三) よつて、前記(一)に認定した本件考案の上容器では、周囲のやや上方向へ向かう傾斜面と水平面との角度について何ら限定のないことを考慮し、同(一)に認定したとおり本件考案の上容器に含まれる全体がボール状のものと、前記(二)の最後に認定した原告油こし器のボール状の上容器とを対比すると、両者は実質的に同一であることが認められ、原告油こし器も「上容器の底面の中央部は水平面にその周囲はやや上方向への傾斜面に形成する」構成を備えているものと認められる。
したがつて、本件審決の、原告油こし器は、「本件考案の油こし器の構成に欠くことのできない事項である「上容器の底面の中央部は水平面にその周囲はやや上方向への傾斜面に形成する」点を備えておらず、本件考案の油こし器とは明らかに相違する。」との認定判断は誤りである。
(四) そして、本件考案も原告油こし器も「上容器の底面の中央部は水平面にその周囲はやや上方向への傾斜面に形成する」構成を備えている以上、右構成によつて奏することのできる効果も、本件考案と原告油こし器との間に差異はないものと認められる。
また、本件審決が、請求の原因三3(一)のとおり、実用新案法第三条の二についての判断において、本件考案が、「上容器の底面のこし紙体を載置する水平面の周囲をやや上方向への傾斜面にする」構成を採用することにより、「こし紙体の周囲の油も底面部中央に集中して集めることができるというだけでなく、こし紙体は底面中央に安定的に載置できるという、単に油の流れを良好にするために容器底面を傾斜面に形成したものでは奏し得ない効果を奏するものと認められる」旨認定していることは当事者間に争いがない。
しかし、前記甲第一四号証によれば、右本件審決認定の効果は、本件明細書に記載されたものではないことが認められる。
しかも、「こし紙体は底面中央に安定的に載置できる」ということが、底面中央部がこし紙体を載置できる大きさで水平面を形成しているからこし紙体を安定的に載置できるという趣旨であれば、原告油こし器も底部水平面がこし紙体を載置できる大きさで水平面を形成していることは前記(二)に認定したとおりであるから、原告油こし器も同様に奏することのできる効果である。
また、「こし紙体は底面中央に安定的に載置できる」ということが、こし紙体の周縁部から直ちに傾斜面が立ち上がり、こし紙体の下部をその周囲から支えるようにできるからこし紙体を安定的に載置できるという趣旨であれば、前記(一)認定のとおり、本件考案の「上容器の底面のこし紙体を載置する水平面の周囲をやや上方向への傾斜面にする」構成には、こし紙体の周縁部から直ちに傾斜面が立ち上がるという限定はないから、本件考案は右「こし紙体は底面中央に安定的に載置できる」という効果を奏するものではなく、その点では原告油こし器と同じである。
したがつて、本件審決の前記認定判断も誤りである。
4(一) 被告は、請求の原因に対する被告の認否及び反論二2において、甲第六号証及び甲第一〇号証に示されたものは、それぞれ用途の異なる既存の様々な物を買い集めて撮影したものにすぎず、これを油こし器と自称しても、その全体は完成された一物品というにはあまりにもお粗末なものであり、これらの寄せ集められた既存の物によつて、原告が本件考案の油こし器と同一の考案をしたものと考えることはできない旨主張する。
前記甲第六号証の一ないし四、甲第一〇号証の一、二によれば、甲第六号証の一ないし四、甲第一〇号証の一、二に写された原告油こし器は、少なくとも一部に既存の他の目的のための容器等を利用して製作されたものであるが、油こし器として一物品をなしており、その構成、技術思想を認識するに十分なものであると認められる。
本件審決が、本件考案と原告油こし器との唯一の相違点と認定した点が実質的に同一であることは右3に判断したとおりである。被告の右主張は採用できない。
(二) 被告は、請求の原因に対する被告の認否及び反論二3のとおり、原告油こし器の上容器がありふれた台所用ボールであることを理由に、原告が考案したものとはいえない、原告主張の作用効果を奏するか疑わしい等と主張する。
前記甲第六号証の一ないし四、甲第一〇号証の一、二によれば、原告油こし器の上容器の原材料は台所用ボールのようではあるが、台所用ボールをそのまま使用しているのではなく底部水平面の中央に開口を設けるように加工したものであり、しかもその上容器を、下容器、こし紙体、支軸付きの蓋体等と組み合わされて独立した考案としての原告油こし器を構成しているのであり、上容器に台所用ボールを使用していることを理由に原告の考案とはいえないとの右主張は理由がない。
また、本件審決が、本件考案と原告油こし器との唯一の相違点と認定した点が実質的に同一であることは右3に判断したとおりであり、その実質的に同一の構成が奏する効果も本件考案と原告油こし器との間に差異はないものと認められる。被告の右主張は採用できない。
(三) 被告は、原告油こし器のボール状上容器の底部はその全体が水平面になり、その中央部にこし紙体を載置してもその周囲はなお広い水平面になるから、油は容器底部に残留し易くなり、その残留油はこし紙体を完全に通過することができなくなる旨主張するが、本件考案においても、こし紙体の周縁部から直ちに傾斜面が立ち上がるという限定はないから、底面の中央部水平面の中央に載置したこし紙体の周囲はなお広い水平面になる場合があることは原告油こし器と同じであり、その結果、原告油こし器が油は容器底部に残留し易くなり、その残留油はこし紙体を完全に通過することができなくなるとすれば本件考案も同様であり、逆に、本件考案にそのような問題が生じないとすれば、本件考案と実質的に同一の構成である原告油こし器も、そのような問題は生じないものと認められる。
被告の右主張は採用できない。
四 以上のとおり、本件審決は、原告油こし器は本件考案と実質的に同一であるのに両者は明らかに異なると認定を誤つた結果、本件実用新案登録が考案者でない者であつてその考案について実用新案登録を受ける権利を承継しないものの出願に対してなされたか否かの審理をしないままに冒認の主張は認められない旨判断した違法があるとして、本件審決の取消を求める原告の本訴請求は、その余の取消事由について検討するまでもなく理由があるからこれを認容する。
〔編注1〕本件考案の要旨は左のとおりである。
上容器の底面を、中央部は水平面にその周囲はやや上方向への傾斜面に形成するとともに水平面の中心に開口を設け、この底面の水平面部上に、中心部に支軸を挿通した多数枚の薄い紙の重合から成るこし紙体を載置するとともに支軸の下端部を前記開口に挿入し、前記支軸の上端には蓋板を設け、このように成る上容器を下容器の上口面に載置するように成ることを特徴とする油こし器。(本件考案につき、以下本判決別紙本件考案図面参照)
〔編注2〕本件における図面は左のとおりである。
別紙1 本件考案図面
<省略>
別紙2 原告油こし器図面
<省略>