東京高等裁判所 昭和62年(行ケ)99号 判決
一 請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、二(本件発明の特許請求の範囲第一項)及び三(審決の理由の要点)の事実は、当事者間に争いがない。
二 そこで、原告主張の審決の取消事由の存否について判断する。
1 成立に争いのない甲第二号証によれば、本件明細書には、次のとおり記載されていることが認められる。
本件発明は、垂直方向に移動する反応床において、鉄鉱石をガス還元し、スポンジ鉄を製造する方法、詳しくは、炭化水素含有ガス、特にコークス炉ガスをかかるガス還元工程に還元剤源の一つとして用いる新規な方法に関するもの(本件発明の出願公告公報(以下、「本件公報」という。)第三欄第三六行ないし第四〇行)である。
従来、垂直シヤフト移動床鉄鉱石還元反応器による還元システムにおいては、鉱石の還元は、通常、天然ガス及び蒸気の混合物を触媒改質するすべての適当な方法によつて製造された水素及び一酸化炭素を主成分とする還元ガスによつて行われていた(同第三欄第四一行ないし第四欄第五行)が、近来、溶鉱炉への供給物の一部として、このような反応器で製造されたスポンジ鉄を用いる利点が見いだされた(同第四欄第二四行ないし第二六行)ところ、溶鉱炉はコークスを燃料及び還元剤として多量に用いるから、コークス及び還元成分を含む副産物のコークス炉ガスを製造する一式のコークス炉の近傍に通常設置されるが、スポンジ鉄を溶鉱炉供給物の一部として用いねばならない場合、溶鉱炉とスポンジ鉄プラント及びコークスプラントを結合せしめることが有利であると予想される(同第四欄第三一行ないし第三九行)。このような複合プラントの潜在的な利点は、気相鉱石還元反応器用の還元成分の一つの源として副産物のコークス炉ガスを用いることができる点であるが、解決すべき問題点の一つは、未熟なコークス炉ガスは鉄鉱石用の還元剤として効率的でないという点である(同第五欄第一行ないし第六行)。
本件発明は、前記の知見に基づき、大部分が炭化水素であるガス、すなわち、コークス炉ガスを、鉄鉱石還元剤としての効率を上昇せしめるため改質する新規な方法を提供すること、コークス炉ガス等の炭化水素含有ガスを多量の一酸化炭素及び水素を含む混合物に形成させるため改質する新規な方法を提供すること、並びに、溶鉱炉の生産性の著しい向上及び燃料効率の改良のため、一基のコークス炉及び一以上の溶鉱炉とスポンジ鉄製造プラントとの結合を容易とする鉄鉱石還元方法を提供することを目的とする(同第五欄第二〇行ないし第三四行)。
そして、これらの目的は、垂直シヤフト移動床反応器を用い、本件発明の特許請求の範囲第一項記載の構成とすることにより達成される(同第五欄第三六行ないし第六欄第一四行)。
2 本件発明の要旨が特許請求の範囲第一項記載のとおりであることは当事者間に争いがないが、審決は、その主たる特徴は、「(1) 冷却ガス閉回路にガス状炭化水素のみでなく、水蒸気を積極的に添加することにあり、それによつて、
(2) 冷却帯において、一酸化炭素と水素から成る還元ガスを生成させ、この還元ガスのみで還元帯における鉄鉱石の還元を行わしめるところにある」と認定し、原告は右認定が誤りである旨主張するので、この点について検討する。
前掲甲第二号証によれば、前記(1)に関連して、本件明細書には、「この方法によれば、冷却帯は第三の作用を行なう。即ち、下記の式に示したように、上方に流れるガスの炭化水素成分を一酸化炭素および水素に変換するのを助長するのである。CH4+H2O⇒CO+3H2この反応を進行させる水を供給するため、蒸気が反応器内に供給される。好ましくは、冷却帯の上部区域14aおよび下部区域14bの間より供給する。更に詳しく述べれば、蒸気は適当な源より、流量計72を有するパイプ70及び開閉弁76を有するパイプ74を通り、(中略)冷却帯の内部に流れ込む。蒸気は上方に流れる炭化水素含有ガスと混合され、上記の式に従つて反応する。蒸気と炭化水素は冷却帯の区域14aにおいて熱スポンジ鉄による触媒作用によつて反応する。(中略)望ましくは、好ましくない反応器への炭素沈積を妨げるため、化学量論的に過剰の蒸気を用いる。典型的な蒸気及びメタンあるいは他の炭化水素のモル比は1.0:1~1.5:1の範囲である。」(本件公報第八欄第一一行ないし第三二行)と記載されていることが認められ、炭化水素ガスを一酸化炭素と水素に変換するために水蒸気H2Oが必要であり、本件発明においてこの水蒸気を冷却ガス閉回路に新たに添加するという意味で審決が「水蒸気を積極的に添加する」と表現したのであれば、そのこと自体を不適切な表現とはいえないが、このことは本件発明の特許請求の範囲第一項に記載された必須の構成要件の一内容であつて、審決はこれを取り出してみたにすぎない。
次に、前記(2) について検討すると、前掲甲第二号証によれば、本件発明は、垂直移動床反応器を用いる方法であるが、本件発明の実施に適用される直接ガス還元システムを例示する図面(別紙図面(一)参照)を参考にすると、通常の垂直シヤフト移動床還元反応器10は、その上部に還元帯12、下部に上部区域14aと下部区域14bに分割された冷却帯14を有し、還元されるべき鉄鉱石は、導入口16を介し、反応器10の上端部より還元帯12に入り、この還元帯において上方向に流れる熱ガスによつて還元され、冷却帯14を通過し、排出口18を介し反応器10より流出する(本件公報第六欄第二〇行ないし第三三行)垂直シヤフト移動床反応器を用い、鉄鉱石をスポンジ鉄に還元する方法において、還元帯における還元をどのように行うかについて本件明細書には次のとおり記載されていることが認められる。
「鉱石の還元は一酸化炭素と水素を主成分とする混合還元ガスにより行なわれる。前記還元ガスはヒーター20により約七五〇度C~一〇〇〇度Cの温度に加熱され、内部還状調整板26及び隣接する反応器壁により形成される充填室24にパイプ22を介し流入する。この充填室24より、還元ガスは(中略)還元帯12の粒状鉄鉱石を上方に流通し、鉱石をスポンジ鉄に還元する。」(本件公報第六欄第三四行ないし第四二行)、「冷却帯におけるスポンジ鉄はガス・蒸気混合物中のガス状炭化水素の改質を行なう触媒として用いられ、生じた改質ガスは反応器の還元帯における還元ガス源として用いられる。」(第六欄第三行ないし第六行)、「冷却帯14も還元帯12と同様にガス流通回路の一部を形成している。(中略)本発明によれば、冷却帯底部にパイプ46を通り供給された冷却ガスも還元ガスであり、このガスは還元帯12に供給されたガスに類似しており、多くの一酸化炭素及び水素を含んでいる。」(同第七欄第一八行ないし第三四行)、「冷却帯を通る上方向のガス流は一酸化炭素及び水素に豊んでいるため、還元帯における還元ガスとして有益である。冷却回路を通る循環ガスの一部は流量計88を有するパイプ86を通り、回収され、パイプ44を通り、補充ガスとして還元ガス回路を流れる。」(同第八欄第四二行ないし第九欄第三行)。
本件明細書の右記載を総合すると、本件発明において、還元帯域における鉱石の還元に冷却帯よりの還元ガスを用いることは明らかであるが、この還元ガスのみを用いるとする根拠を見いだすことはできない。かえつて、前記パイプ46を通り供給された冷却ガスが還元帯に供給されたガスに類似している旨の記載は、他の還元ガスの使用を教示しているものであり、また、前記冷却帯におけるコークス炉ガス等炭化水素含有ガスからの一酸化炭素と水素の生成反応、すなわち冷却還元ガスの生成には、冷却帯に存するスポンジ鉄が触媒として用いられること、このスポンジ鉄は、鉄鉱石が還元帯において還化された結果の産物であること、そして、垂直移動床反応器での還元は、上位の還元帯から下位の冷却帯への移動床から成るものであることからみれば、少なくとも最初に還元帯へ導入された鉄鉱石を還元するための加熱されたガスが必要であり、このガスは、いわゆる冷却還元ガスでないことは明らかである。
してみれば、冷却還元ガスが生成され、循環し始めた後の工程においては還元帯における鉱石の還元を冷却還元ガスのみで行うことが可能であるとしても、本件発明における還元帯における還元を冷却還元ガスのみで行うと限定して解することはできない。
したがつて、審決認定の本件発明の主たる特徴のうち、(1)は特許請求の範囲第一項に記載された必須の構成要件の一つを取り出したにすぎず、(2)はその認定に誤りがあるというべく、結局本件発明の要旨は特許請求の範囲第一項記載のとおりであつて、第一引用例記載の発明と対比判断するに当たつても、右に記載された構成について第一引用例記載の発明と対比すべきものである。
3 次に、原告は、本件発明は第一引用例記載の発明と同一であると主張するので、この点について検討する。
成立に争いのない甲第三号証によれば、第一引用例記載の発明は、「金属化製品の製造方法ならびに酸化金属の還元方法」に関する発明であつて、その特許請求の範囲第一項には、「(a) 上部還元帯と下部冷却帯とを有する概ね垂直な炉の上方部に粒状の酸化金属物質を装入し、かつ炉底から金属化生成物を除去することにより、粒状の酸化金属物質の重力流を確立し、(b) 還元ガスと上記物質との間の還元反応を促進するために十分な温度下還元ガスを、炉の両端の中間にある第一の流入口において上記物質の重力流中に導入し、;(c) この還元ガスをして上記物質の重力流内をこれに対して向流に流れさせ、酸化金属の実質的部分と反応させてこれを還元し、頂部ガスを生成させ;(d) この頂部ガスを炉の上方部から抜出し;(e) この頂部ガスを冷却し、;(f) 冷却ガスを炉の下方端に近い第二の流入口に導入し;(g) この冷却ガスの一部を上記の第一および第二の流入口の中間の位置において炉から抜出し;(h) この抜出した部分を冷却し;(i) この抜き出されかつ冷却された部分を上記の第二の流入口に導入し、冷却帯を包含する循環路を形成し;(j) 冷却された頂部ガスを上記循環路に添加し、かつ(k) 上記冷却ガスの第二の部分を上記物質の重力流内を上方に流出させ、それによつて加熱されそして還元帯内で還元ガスとして作用させる(これによつてこの部分は廃頂部ガスよりも高い還元能力を有しまた有効な還元剤である)ことからなる金属化製品の製造方法」(第一頁左欄第六行ないし右欄第一五行)と記載され、さらに、発明の詳細な説明中には次のとおり記載されていることが認められる。
「廃頂部ガスを冷却ガスとして用い、しかも冷却ガスの一部を高炉の還元帯内の還元剤としてさらに利用する、粒状の酸化金属物質を金属化製品へと高炉内で直接に還元するための方法を提供することが本発明の主な目的である。冷却帯からの上昇して流れるガスを還元ガスへと改質する方法を提供することが本発明の他の一目的である。(中略)廃頂部ガスをガス状炭化水素で富化し、その後で、富化されたガスを冷却ガスとして利用する方法を提供することもまた本発明の目的である。」(第六頁左上欄第一行ないし第一四行)、「第2図の第二の別態様においては、弁106が閉じられまた弁35が開かれ頂部ガスが管110に導入される。源泉112からの天然ガスまたは他の炭化水素蒸気が管114を経て管110に導入される。この炭化水蒸気の流れは弁116により調整される。管72および110を経て冷却帯回路に導入される、頂部ガスの一部分はCO2と残留水蒸気とを含有し、これらの両方ともメタンのような炭化水素を改質してCO2とH2とを生成するための改質酸化剤である。周知のメタン改質反応は以下のごとくである;CH4+CO2⇒2H2+2CO CH4+H2O⇒3H2+CO」(第九頁右上欄第一三行ないし左下欄第五行)
前記認定事実に基づき第一引用例記載の発明と本件発明とを対比すると。両者は、炭化水素ガスを補充ガスとして冷却ガス閉回路に導入し、これを冷却帯内で一酸化炭素COと水素H2に変換し、還元能力の高められたガスを冷却ガスとして用いること、かつこの冷却ガスの一部を還元帯内の還元剤として用いることを意図している点で同一である。
そして、両者の構成についてみると、両者は「熱還元ガスが、鉄鉱石をスポンジ鉄に還元するため、移動床の一部を流れるようにした還元帯を上部に有し、かつ前記スポンジ鉄を冷却するための冷却帯を下部に有する垂直移動床反応器で粒状鉄鉱石をスポンジ鉄粒子へ還元する方法」であることは、当事者間に争いがなく、その還元方法については、第一引用例記載の発明における、特許請求の範囲第一項の「(f) 冷却ガスを炉の下方端に近い第二の流入口に導入し;(g) この冷却ガスの一部を上記の第一および第二の流入口の中間の位置において炉から抜出し;(h) この抜出した部分を冷却し;(i) この抜き出されかつ冷却された部分を上記の第二の流入口に導入し、冷却帯を包含する循環路を形成し」の事項で構成される冷却ガス閉回路、すなわち、Fig2(別紙図面(二)参照)における40―42―39―40から成る回路は、本件発明における「スポンジ鉄と接触させ、炭化させるために前記冷却帯を流通せしめる炭素含有冷却ガスを前記反応器の一方の端部近傍に供給する工程;前記冷却帯の他の端部近傍より前記冷却ガスを除去する工程;前記除去した冷却ガスを冷却し、冷却ガス閉回路を形成せしめるため前記冷却帯を循環せしめる工程」、すなわち、図面(別紙図面(一)参照)における46―56―64―46の回路に相当するものである。さらに、第一引用例のFig2において源泉112から冷却ガス閉回路に導入される天然ガス又は他の炭化水素蒸気、及び炭化水素を改質するための廃頂部ガス中の水蒸気は、本件発明において冷却ガス閉回路に添加するガス状炭化水素を含む補充ガス及び蒸気に相当することは明らかであり、この廃頂部ガス中の水蒸気は冷却ガス閉回路に導入されて炭化水蒸気と反応して一酸化炭素と水素を生成するものであり、この生成ガスが前記還元帯での鉄鉱石の還元に用いられるものであるから、結局、両者は構成においても差異を認めることができない。
被告は、第一引用例記載の発明では、廃頂部ガスを冷却ガスとして使用するために、冷却器より残留水蒸気は除去されるのであり、わざわざ水蒸気を除去した廃頂部ガスを冷却ガスとして冷却ガス閉回路に加えているのに対し、本件発明では還元ガスを得るために冷却ガス閉回路に水蒸気を添加しているのであつて、水蒸気を除去している第一引用例記載の発明との比較でいえば、まさに「積極的」に水蒸気を添加していることにほかならない旨主張する。
前記認定事実によれば、本件発明はコークス炉ガスを積極的に利用し、このコークス炉等のガス状炭化水素を含む補充ガスの還元剤としての効率の上昇を主たる技術的課題としているのに対し、第一引用例記載の発明は廃頂部ガスを冷却ガスとして利用することを主たる技術的課題としており、この課題の相違が水蒸気に対する認識の度合の差を生じさせているということができる。しかしながら、第一引用例記載の発明において、水蒸気は前記廃頂部ガスを冷却ガスとして用いるためにその一部が除去されるのであつて、一部は残留してこの残留水蒸気が廃頂部ガスに含有された状態にあり、冷却ガスを富化すべく冷却ガス閉回路に導入された炭化水素ガスを一酸化炭素と水素に変換せしめるために用いられることは前述のとおりであるから、両者は水蒸気を供給する源に差異があつても、冷却帯内で冷却ガス閉回路より導入された炭化水素ガスと水蒸気より一酸化炭素と水素とが生成する反応の進行する構成において差異がないから実質的に同一であり、被告の前記主張は採用できない。
また、被告は、本件明細書には還元ガスの他の供給源はどこにも記載されておらず、本件発明では還元ガスの供給源は冷却ガス閉回路で生成されたガスのみであつて、この点において第一引用例記載の発明と相違する旨主張する。
しかしながら、明細書に他の供給源が記載されていないからといつて他の供給源を必要としないとはいえないのであつて、むしろ、本件発明においては他の供給源が必要であり、冷却ガス閉回路よりのガスのみによるとする根拠を見いだせないこと前述のとおりであるから、被告の前記主張も採用できない。
したがつて、第一引用例記載の発明は本件発明と実質的に同一というべきである。
4 以上のとおりであるから、本件発明は第一引用例記載の発明と同一であるとは認めることができないとした審決の判断は誤りであり、審決は違法として取消しを免れない。
三 よつて、審決の違法を理由としてその取消しを求める原告の本訴請求は、正当としてこれを認容する。
〔編注1〕本件発明の特許請求の範囲第一項は左のとおりである。
熱還元ガスが、鉄鉱石をスポンジ鉄に還元するため、移動床の一部を流れるようにした還元帯を上部に有し、かつ前記スポンジ鉄を冷却するための冷却帯を下部に有する垂直移動床反応器で粒状鉄鉱石をスポンジ鉄粒子へ還元する方法であつて、前記還元方法は、スポンジ鉄と接触させ、炭化させるために前記冷却帯を流通せしめる炭素含有冷却ガスを前記反応器の一方の端部近傍に供給する工程;前記冷却帯の他の端部近傍より前記冷却ガスを除去する工程;前記除去した冷却ガスを冷却し、冷却ガス閉回路を形成せしめるため前記冷却帯を循環せしめる工程;を含む粒状鉄鉱石のスポンジ鉄粒子への還元方法において、ガス状炭化水素を含む補充ガスを前記閉回路に添加し、さらに蒸気を前記冷却帯で蒸気とガス状炭化水素とを反応せしめて一酸化炭素と水素を生成させるために前記回路に添加し、前記回路よりのガスの一部を前記還元帯での鉄鉱石の還元に用いることを特徴とする粒状鉄鉱石のスポンジ鉄粒子への還元方法
(別紙図面(一)参照)
〔編注2〕本件における図面は左のとおりである。
別紙図面(一)
<省略>
別紙図面(二)
<省略>
<省略>
<省略>