東京高等裁判所 昭和63年(う)1183号 判決 1989年2月07日
主文
原判決を破棄する。
本件を川崎簡易裁判所に差し戻す。
理由
本件控訴の趣意は、弁護人角田由紀子の提出した控訴趣意書に記載されているとおりであり、これに対する答弁は、検察官荻野壽夫の提出した答弁書に記載されているとおりであるから、これを引用する。
まず、控訴趣意中、訴訟手続の法令違反の主張の内、簡易公判手続による審理の違法をいう点について(控訴趣意第二の一)検討する。
所論は、被告人は原審第一回公判において駐車禁止区域内に自車を駐車した事実は認めているものの、本件取締が憲法違反の姿意的取締であることなど違法性阻却や違法捜査に基づく公訴提起の主張もしており、被告人が刑訴法二九一条の二の有罪である旨の陳述をしたとは認められず、本件では簡易公判手続によることが許される場合でないし、またその後の証拠の取調により被告人が有罪の陳述をする考えもないことも理解されるのであるから、同法二九一条の三により誤ってなした同手続の決定の取消をすべきであるのに、これをもなさず、簡易公判手続の決定をなし、同手続により被告人の十分な防御を尽くす機会を奪ったまま検察官の一方的主張に沿った審理をし、これに基づきなされた原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな訴訟手続の法令違反がある、というのである。
そこで、原審記録を調査して検討するに、原審での審理は弁護人を付さずになされ、かつ第一回公判で審理を終わり、第二回公判で原判決が言渡されているところ、右第一回公判においては、冒頭の「被告事件に対する陳述」において、被告人は「事実はそのとおり相違ありません。事実について処罰されても仕方ありません。ただ、駐車違反の検挙率は非常に低く、ごく一部だけをみせしめ的に取締まるのは不公平です。こういう場合は、注意又は説諭ですませるべきではないでしょうか。」と陳述し、これに対し原裁判所は簡易公判手続により審判する旨の決定をしたこと、その後検察官の冒頭陳述に引き続き、被告人も、違反する側よりも、道路交通法の不備、駐車場の不備、取締りの仕方等、行政側に問題があるのではないか、と指摘し、「言い分」と題する書面を陳述し、また被告人質問においても、所論指摘のような陳述をし、被告人のこの程度の違反に対しては厳重注意でいいのではないか、などと供述し、証拠調べの後、これらを受け、検察官の論告も被告人の主張に逐一反論し、本件取締が違法ではないことや可罰的違法性を欠くものでないことを述べ、被告人も上申書をもって、罰則の量刑に不服があり、運不運な取締りで、法の下での平等を欠くことが多々あり納得出来ぬものであるなどと最終陳述していること、更に、この間取り調べた証拠によると、本件は駐車禁止の場所と指定された道路に自車を駐車したとして検挙された被告人が、右取締に納得できないとし、検挙当日の交通事件原票中の供述書にも署名押印しておらず、その後送付を受けた通告書記載の反則金も納付せず、その後の検察官の取調に対しても違反の経緯、取締の態様等に徴し、本件違反に対しては注意だけで足りることや被告人のみ検挙することの不公平を訴え、罰金処分を受けるのは納得できないと供述し、結局本件の公訴提起に至ったもので、当初から本件違反に反則金や罰金が科されることに納得できないでいることが明白であること、以上の事実が認められる(なお、被告人は当審公判廷において前示陳述において「事実について処罰されても仕方ありません。」と述べたことはない旨供述しているが、原審公判調書の前示記載に照らし、採用の限りでない。)。
右認定事実によれば、被告人の原審第一回公判における前示「被告事件に対する陳述」は、一見刑訴法二九一条の二所定の有罪である旨の陳述をしたかの如くであるが、これを全体としてみると、被告人の真意は結局は本件の検挙がみせしめ的取締であるとしてその不公平を訴え、本件違反が刑事罰まで科する必要のない行為であり、処罰されることがうなずけないことを訴えんとしているものであることは疑いの余地がない。もともと前示陳述はそれ自体によっても右被告人の真意が肯認できるような内容であるばかりか、本件が態々刑事公判手続による審理を求めて公訴提起されていることに徴しても前示陳述をもって前同条所定の有罪である旨の陳述をしたものとは認めがたいところであり、本件は簡易公判手続によっては審判できない場合であったというべきである。また前示のとおりその後の審理によって被告人の真意がより一層明らかとなっているのであるから、少なくともその時点で同手続の決定を取り消さなければならなかったというべきである。
しかるに、原裁判所が本件につき簡易公判手続によって審判する旨の決定をし、その後もこれを取り消すことなく、同手続によって審理判決したのは、訴訟手続の法令に違反したものであり、これが判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決は破棄を免れない。
論旨は理由がある。
よって、その余の論旨に対する判断を省略し、刑訴法三九七条一項、三七九条によって原判決を破棄し、同法四〇〇条本文により、本件を川崎簡易裁判所に差し戻すこととして、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官高木典雄 裁判官福嶋登 裁判官田中亮一)