東京高等裁判所 昭和63年(う)197号 判決
被告人 小林健二
〔抄 録〕
所論は、原判決は、収入の除外が少額でないことを挙げて本件逋脱額や逋脱率が大である旨判示するが、(1)暴力団員らに対し警備費の名目で支払われた金員は、いわゆる税法の中立性の観点からしても、法人税法三七条二項により損金算入の出来る寄付金に当たるので、その一定限度内の金員は損金に算入されるべきであり、また、(2)リベートや従業員定着等のため支出した費用、(3)交際接待費・募集費等も簿外経費として、小林エンタープライズ、鎌倉御殿及び被告人の本件各事業年度における損金ないし経費に算入されるべきであり、その上でそれぞれその所得額を算出すると、各逋脱額が原判決の認定した額より相当少なくなることは明らかであって、このことは売上高やそれに対する経費率等につき、本件各事業年度分とその後の各事業年度分を比較し、更に、原判決が本件各所得金額の認定を損益計算法によっているので、財産法によって検算すれば、本件係争年度の所得がその売上高に照らし、過大に認定された可能性が大きいので、刑の量定に当たり、これらの点を十分考慮すべきである旨主張する。
そこで、まず、所論(1)について検討するに、小林エンタープライズ及び鎌倉御殿が暴力団員らに支払った金員が法人税法三七条所定の寄付金に該当しないとした原審の判断は、正当として是認することが出来るのであって、原判決に所論の税法解釈ひいては逋脱犯の法的評価に誤りは存しない。所論に鑑み、若干補足して説明する。
法人税法上の寄付金とは、寄付金、きょ出金、見舞金その他いずれの名義をもってするかを問わず、法人が金銭その他の資産又は経済的な利益の贈与又は無償の供与をするものをいうが、寄付金は対価を伴わないことを本質とするが故に、広告宣伝及び見本品の費用その他これらに類する費用並びに交際費、接待費及び福利厚生費とされるべきものはこれから除かれることになる(昭和六二年法律第九六号による改正前の法人税法三七条五項参照)。そして、金銭でした贈与は、原則として寄付金に当たると考えられるとしても、およそ寄付金は、事業に直接関係ないか、事業の利益に貢献することのない者あるいは貢献させてならない者に対し、贈与や無償の供与をするものであって、この点で交際費とは全く異なるものであり、ここにいう寄付金に当たるか否かの判定は、個々具体的な場合の実態により判断されなければならない。
ところで、所論は、小林エンタープライズ、鎌倉御殿及び被告人が暴力団会津小鉄会浜本組組長浜本敏郎らに警備費の趣旨で月々経常的に多額の金銭を支払っていたので、これが法人税法三七条にいう寄付金に当たると主張し、大塚政則(原審記録一七一八丁)、引地武(同三六九二丁、三九八七丁)及び被告人(同六一九〇丁)の検察官に対する各供述調書、原審における証人引地武、同鈴木泰一、同浜本敏郎、同豊川敏雄及び被告人の各供述中には、小林エンタープライズ等の経営する特殊公衆浴場で問題が生じたような場合、それを解決してもらうため警備費の名目で、(一)昭和五四年一月ころから同五七年九月ころまでの間、毎月、会津小鉄会中川組会長高山登久太郎に対し、小林エンタープライズが一六〇万円、鎌倉御殿が一〇万円、被告人が一七〇万円の合計三四〇万円(但し、同五五年五月は合計五四〇万円)を支払っていたこと、(二)被告人が、昭和五四年ころから同五七年ころまでの間、会津小鉄会浜本組組長浜本敏郎に対し、毎月五〇万円を、同五五年ころから同五七年ころまでの間、稲川会碑文谷一家豊川組組長豊川敏雄に対し、毎月一〇〇万円をそれぞれ支払っていた旨所論に副う供述部分が存する。しかしながら、所論自体、右金員の支払時期について矛盾(控訴趣意書一七頁、三六頁参照。)が存するばかりでなく、その支払をした者の特定も欠いていること、右の支払時期や金額に関する大塚政則らの各供述は必ずしも一致しておらず、その供述内容も曖昧かつ不自然な部分が多いこと、右金員の支払いを証する書面も作成されていないこと、本件査察後、小林エンタープライズ等において、右暴力団員らに対し警備費その他の名目で金員の支払いをしていないが、暴力団員らから営業を妨害されたり、あるいは金銭を要求されたようなことがないことなどに徴し、所論に副う右各供述はにわかに措信することが出来ない。したがって、所論のような警備費が真実支払われたか否かは極めて疑わしいのであるが、仮に、所論のような金員の支出が認められるとしても、その金員中、被告人個人が支払ったとする部分は、そもそも法人税法三七条に規定する寄付金に該当しないことが明らかであるから、この点に関する主張は失当といわざるを得ない。また、小林エンタープライズ及び鎌倉御殿が暴力団員らに支払ったとする所論の右金員は、金銭による無償の供与に当たるので、一見同条の寄付金に該当するかのように見えないでもない。しかしながら、これを同条に規定する寄付金に当たるとして、その支出を右各法人の損金に認容すると、その支出が暴力団の活動を助長する資金となるだけでなく、その分だけ国が法人税を徴収することが出来なくなり、結局、国が企業を介し暴力団に経済的な助成をすることと同じ結果になるので、正規に算出された税額が確実に納入されることを期待し、その実現に罰則をもって臨んでいる法人税法の立法趣旨に悖るばかりか、そのこと自体自己矛盾であって、その不当なことは明らかであるから、所論の支出を法人の損金に算入することにつき、法人税法がこれを是認しているものとは到底解されない。≪中略≫
所論は、小林エンタープライズ等の本件各所得額を計算するに当たり、原判決が損益計算法によっているので、これを財産法によって検算すれば、その所得額が相当少なくなることが明らかである旨主張する。なるほど、すべての取引につき、正規の簿記の原則に従い、正確な会計帳簿が作成されているとすると、一切の資産・負債・資本の増減、収益・費用の発生が一定の原則によって記帳されるので、その結果算出される純利益の額が損益法及び財産法のいずれによっても一致することは、会計理論によって承認されているところであり、このことは所論指摘のとおりである。したがって、本件の場合においても、損益法によって算出された所得額を更に財産法によって検算し、その結果、両者間の数値が一致すれば、その所得額の認定に誤りのないことが一層明確になることは明らかである。しかしながら、法人税法二二条一項には、「内国法人の各事業年度の所得の金額は、当該事業年度の益金の額から当該事業年度の損金の額を控除した金額とする。」と規定されており、また、所得税法三六条一項には、「その年分の各種所得の金額の計算上収入金額とすべき金額又は総収入金額に算入すべき金額は、別段の定めがあるものを除き、その年において収入すべき金額とする。」と、同法三七条一項にも、「その年分の不動産所得、事業所得又は雑所得の金額の計算上必要経費に算入すべき金額は、別段の定めのあるものを除き、これらの所得の総収入金額に係る売上原価その他当該総収入金額を得るため直接に要した費用の額及びその年における販売費、一般管理費その他これらの所得を生ずべき業務について生じた費用の額とする。」とそれぞれ規定されている。これらの規定の趣旨からすれば、法人税法は勿論、所得税法も所得金額の計算方法を原則として損益法によるべきことを規定したものということが出来、たとえ逋脱犯の所得額を認定する場合であっても、更に財産法によって検算しなければ、その所得額を認定することが出来ないものとは到底解されない。要は、財産法によって検算するか否かの問題ではなく、損益法によって算出された所得額の認定に合理的な疑いを挾む余地が存するか否かの問題に過ぎないものというべきである(この点に関し所論の引用する裁判例は、「税法上は、所得金額の正確な計算方法は、損益計算法によって行い、かつ貸借対照表によって検算するのが妥当と解される。しかしながら、税法は損益計算法によって所得金額を正確に計算することができない事情が存すれば、推計課税をなし得る旨規定(法一三一条)されているので、従って、かかる事情があれば、右推計課税によって得られる数値よりも、より一層正確な所得金額を計算し得る方法によって所得金額を立証できれば、それ自体、税法の趣旨に反しないということができる。」と判示しているに過ぎず、必ず財産法による検算をしなければならない旨を判示したものではなく、その趣旨とするところは、損益法に限らず財産法によっても所得計算が出来る旨を判示したものと理解すべきであって、所論とも趣旨を異にしているものである。)。そして、本件の場合、関係各証拠によると、原審の認定した小林エンタープライズ等の所得額を優に認定することが出来、その認定に合理的な疑いを挾むべき事情は全く存しない。
(寺澤 朝岡 新田)