大判例

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東京高等裁判所 昭和63年(う)349号 判決

第1 所論は,被告人らが,原審公判廷で事実を全面的に認めて争わなかったのは,被告会社については軽い罰金刑に,被告人らについては刑の執行猶予が付せられた判決を獲得した方が得策であると考えたからであるところ,原判決が被告人に懲役の実刑を言い渡すなど予期に反して重かったため,被告会社及び被告人は,それまで事実を全部認めて来た態度を翻して,被告会社の対象年度の実際の総所得金額がもっと少額であるとの真実を述べる心境になったものである旨主張し,被告人の右のような新たな供述を被告人質問の形で提出しようとした上,その新供述を裏付ける証拠として,証人A及び同B並びに「集計メモ」,「売上表」等の書証82点の取調べを請求したというのであるが,弁護人ら主張のような右事情があったとしても,そのような事情は同法382条の2にいう「やむを得ない事由」に当たらないから,所論の右各主張はもはや控訴審においては主張立証出来ないものというべきである。

以上のとおり,弁護人らが当審において取調べを請求する証拠は,いずれも同法382条の2第3項後段所定の疎明を欠くものであって,採用の限りではなく,これらの証拠によって証明することの出来る事実を援用する論旨は,同条第1項,382条による控訴趣意として不適法である。

租税逋脱事件については,訴追側は,一般に多数の人手と,時間を掛けて証拠物や関係者の供述調書,回答書などの証拠を収集し,被告人側の主張・弁解に対しても裏付け捜査を行うなど多数の証拠資料を入手した上で公訴提起をするものの,公判審理においては収集した証拠を全部証拠請求するとは限らず,検察官の証拠請求の程度は,原審における被告人側の公訴事実に対する認否,争う範囲,争い方等に対応して,立証に必要かつ十分な限度でなされる。そして,所得の確定及び税額計算の基礎事実を証明するための会計証拠としては,争いのない勘定科目に関する限り原始資料を調査取りまとめた国税査察官作成の調査書類で足りることが多く,これが取調べ済みとなればその勘定科目の立証は十分とされる場合が少なくないのであって,被告人側がその勘定科目を争いあるいは右の調査書の取調べに同意しない場合には,原始資料に遡って立証するというのが通常である。そしてまた,被告人側から反証が提出されれば,これを減殺しあるいは検察官提出証拠を増強する証拠を提出することになる。しかるに,被告人側は,原審で本件公訴事実を全面的に認めて争わず,検察官から本件公訴事実を立証するために必要な証拠として取調べ請求された大蔵事務官作成の各種調査報告書,被告人らの検察官に対する供述調書等を全部同意して取調べ済みとなっており,被告人側から格別の主張も反証の提出もなく,それ以上の証拠の取調べも必要とせずに結審されている。もし,被告人側が原審で争い,あるいは当審で主張しているような主張をしておれば,当然検察官はそれに対応して公訴事実立証のための原始証拠を証拠請求し,あるいは原審で証拠請求した以上の多数の関係証拠の取調べ請求をし,被告人側の主張に対しても裏付調査をした上でその主張を認めるか争うかを決定し,争う場合には被告人側が証拠請求した証拠を減殺するための証拠の取調べ請求を検討した筈である。

弁護人らは,当裁判所が,検察官の書証の取調べ請求を認めながら,弁護人側がした証拠取調べ請求を却下したのは,不公平であると非難するけれども,原審において,被告人側が事実を全面的に認めて争わず,検察官請求の証拠も全部認め,その証明力も争わなかったので,検察官としては原始証拠の取調べ請求をするまでの必要はなかったところ,控訴趣意で原審で取調べ済みの証拠の一部につきその証明力に疑問を呈する主張をしたので,検察官はこれに答える形で,その証拠の原始証拠を提出したのであって,右検察官の証拠請求は,被告人側の態度の豹変に起因するものであって,右経過に照らし,右は,原審で取調べ請求することが出来なかったやむをえない事由にあたるものというべく,弁護人が取調べ請求した証拠とは事情が異なるから,弁護人の非難は当たらない。

第2 逋脱所得金額の算定方法の適否は,逋脱犯における逋脱に係る税額の算出の根拠である課税標準の金額の確定という刑訴法上の事実認定の問題であり,逋脱所得金額を認定するに当たり,一定期間の期首と期末の財産状態を比較することを基本にしてその期間の利益すなわち所得金額を算定するいわゆる財産増減法を用いることも許容されており(最高裁昭和60年11月25日第二小法廷決定・刑集39巻7号467頁),本件において検察官が財産増減法に依拠して,債券,預金,金銭信託,役員借入金等の各勘定科目について各期末の金額から期首の金額を差し引いて当期の増減額を算出し,各対象年度の所得額を確定したことになんら問題はなく,原判決が所論のいう損益計算法的手法を採らなかったからといって違法不当とはいえない。確かに,すべての取引につき,正規の簿記の原則に従い,正確な会計帳簿が作成されていれば,損益計算法及び財産増減法のいずれによっても算出される純利益の額は一致することが会計理論として承認されている。したがって,財産増減法によって算出された所得額を更に損益計算法によって検算し,その結果両者の数値が一致すれば,その所得額の認定に誤りがないことが一層明確になることは明らかである。しかし,逋脱犯の所得額を認定するに当たり,両者の方法で算出し,あるいは一方の方法で算出したのを他の方法で検算しなければ,その所得を確定出来ないとか,正確でないということは出来ない。要は,検算の要否ということではなく,財産増減法によって算出された本件所得額の認定に合理的な疑いを差し挟む余地が存するか否かの問題に過ぎない。

しかも,本件においては,被告会社のハッピー文庫店においては,現実の売上金額を記載した実際の売上表と売上除外をした後の公表売上表を作成し,点検後公表売上表のみを残し実際の売上金額を記載した売上表は廃棄処分にしていた上,ハッピー文庫店の収支を正確かつ継続的に記帳した帳簿書類等総収入金額及び必要経費の実額を直接算定することができる資料は残していなかったのであるから,本件の実際の総所得金額,逋脱所得金額を損益計算法によって確定することは不可能であったことが明らかであって,本件の所得金額の算出が財産増減法によって行われたことはやむを得ないところである。そして,原審では本件につき財産増減法が用いられたことを含めなんら争われなかったのであり,同計算法の下においては,立証上「売上表」は必須の証拠ではなく,それが原審で証拠請求されず取り調べられなかったからといって非難するには当たらない。

したがって,本件においては,被告人側が検察官主張の所得額を争うには,検察官主張の財産増減法上の特定の勘定科目の内容について争い,反証を提出するというのが道理であって,検察官主張の勘定科目に結び付かない主張・反証は関連性がないといわざるを得ない。しかるところ,所論は,損益計算法的手法と称するものによって各対象年度の売上除外金を算出し,これに金利を加えたものが逋脱所得であるとするものであり,検察官主張の財産増減法上の勘定科目につき争うものでも,反証を提出するものでもないから,所論は関連性がない主張というべく,当裁判所が職権でこの関係の証拠を取り調べる必要性はなく,かつ,論旨は理由がないといわざるを得ない。

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