東京高等裁判所 昭和63年(う)665号 判決
右伊藤義克に対する強要、公正証書原本不実記載、同行使、常習賭博、恐喝、所得税法違反、土渕孝次郎に対する強要、公正証書原本不実記載、同行使、常習賭博、恐喝、坂本忠男に対する強要、恐喝、河野義郎に対する恐喝各被告事件について、昭和六三年三月七日水戸地方裁判所が言い渡した判決に対し、各被告人から控訴の申立があったので、当裁判所は、検察官山崎基宏出席の上審理をし、次のとおり判決する。
主文
本件各控訴を棄却する。
理由
本件各控訴の趣意は、弁護人金子治男名義の各控訴趣意書(被告人の伊藤、同土渕及び同坂本関係)並びに弁護人田村徹名義の控訴趣意書及び同補充書(被告人河野関係)に、これらに対する答弁は、検察官山崎基宏名義の答弁書に、それぞれ記載されたとおりであるから、これらを引用する。
第一被告人伊藤関係
一 控訴趣意第一点(事実誤認の主張)について
所論は、要するに、原判示第一の三の事実に関し、「原判決は、被告人伊藤が、被告人土渕らと共謀の上、秋山武久から原判示土地等の同人の共有持分を喝取等した旨認定しているが、被告人伊藤には、右秋山を恐喝する意思もその行為もなく、被告人土渕らとこれを共謀したこともない。被告人坂本が昭和六〇年六月二二日に被告人河野方で、被告人伊藤が同月二四日に石岡信用金庫神栖支店で、それぞれ、右秋山を怒号等したことは、大体間違いないところであるけれども(但し、被告人伊藤は同月二二日には全く脅迫的な発言をしていない。)、これらの発言は恐喝の手段としてなされたものではなく、また、秋山武久が被告人伊藤らから脅迫されて原判示土地建物の共有持分を喝取等された訳ではないのであって、同人は被告人伊藤らとの紛争を解消するため自己の右共有持分を自発的に提供したものである。このことは、原審公判廷における被告人伊藤、被告人河野らの各供述等により明らかであるのに、原判決は、信用性の乏しい秋山武久の関係供述や被告人伊藤、被告人河野らの検察官に対する関係供述調書等を措信して、事実を誤認したものであって、これが判決に影響を及ぼすことは明らかであるから破棄を免れない。」というのである。
よって、原審記録を調査して検討するに、被告人伊藤が被告人土渕、被告人坂本及び被告人河野と共謀の上、秋山武久(以下、秋山という。)から原判示土地建物の同人の共有持分(以下、本件土地持分という。)を喝取等した旨の原判決の事実認定は、その補足説明の部分を含め正当として是認することができる。所論に鑑み、若干敷衍すると、次のとおりである。
まず、本件において、被告人伊藤とその余の各被告人との関係、被告人伊藤と秋山及び宮内實(以下宮内という。)との関係、被告人伊藤が秋山らと共同してパチンコ店「チャレンジャー」やポーカーゲーム喫茶店等を経営等するに至った経緯や原判示土地建物の所有関係、昭和六〇年三月下旬以降被告人伊藤が秋山らとの右共同経営関係等の解消を考えるに至った事情等は、原判示のとおりと認められ、更に、(1)同年六月二二日に原判示被告人河野方で、被告人坂本が、秋山に対し、「てめえ、俺らのことをなめるんじゃねえぞ。この野郎。」などと言い、被告人伊藤が、「世間では俺とお前の仲は絶対にこわれないと思っているかもしれないが、そうはいかねえんだ。」などと言ったこと、(2)同月二四日に原判示石岡信用金庫神栖支店応接室で、被告人伊藤が、秋山に対し、「大事な話をしているのに用事もくそもない。きちんと話を決めてゆけ。土地の書類はいつよこすんだ。俺を馬鹿にする気か。俺をなめているのか。この野郎。」などと言ったこと、(3)同月二七日ころ、秋山の経営する平和商事株式会社の原判示事務所において、秋山が本件土地持分に関する登記済証、白紙委任状等を被告人土渕に交付し、被告人土渕がこの登記済証等を利用して原判示のような所有権移転登記等をしたことについては、被告人らが、いずれも、捜査及び原審公判を通じ一貫して認め、所論も争っていないところであって、これらの事実関係は原判決が認定判示するとおりであると認められる。
そこで、被告人伊藤らが右(1)、(2)の各発言をした趣旨、態様等と秋山が右(3)の書類交付に至った理由、特に、被告人伊藤らの右各発言との因果関係の有無が検討されるべきところ、原判決挙示の被告人四名の検察官に対する各関係供述調書、秋山の関係供述とその余の原判示証拠を総合すれば、被告人伊藤及び被告人坂本は、秋山から本件土地持分を喝取等する意図で、(1)については被告人河野と、(2)については被告人土渕とも共謀の上、各発言をして秋山を脅迫したものであり、同人はこの被告人伊藤らの脅迫によって畏怖し、右(3)の書類交付を余儀なくされたものであると認められ、これと相容れない被告人伊藤らの原審公判廷における各供述等は到底措信することができない(なお、原判決の指摘するとおり、本件恐喝の公訴事実に対する被告人らの原審公判段階の供述には変遷がみられるが、以下、その第一九回公判期日以降の被告人らの供述を原審公判廷における被告人らの供述ということとする。)。
所論は、恐喝の実行行為を争い、前記(1)、(2)の各発言の趣旨等について、昭和六〇年六月二二日に被告人河野方で、被告人坂本が秋山を怒鳴ったのは、同人の不遜な態度に憤慨したためで、恐喝の手段ではなく、また、同日の被告人伊藤の発言は何ら脅迫的なものではなく、更に、同月二四日に被告人伊藤が秋山を怒鳴ったりしたのも、自己の都合ばかりを主張する同人の態度に激したための偶発的なものであって、そもそも、この六月二二日或いは二四日の時点では、既に秋山が「全面降伏」を約束していたというのであるから、被告人伊藤らが恐喝のために秋山を脅迫する必要はなかった筈である、というのである。しかし、被告人坂本、被告人伊藤の検察官に対する供述調書及び秋山の関係供述等によれば、被告人坂本は、六月二二日に、被告人伊藤らの恐喝の意図を知った上これに協力し、秋山を怖がらせて本件土地持分の登記手続等をスムーズに進めさせるために怒鳴ったものであると認められるし、同日の被告人伊藤の発言は、秋山を教え諭すような内容を含むとはいえ、かなり威圧的な口調であり、被告人坂本の怒号と同じ意図に基づく秋山への脅迫であったと認められる。また、被告人伊藤、被告人土渕、被告人坂本の検察官に対する供述調書等によれば、被告人伊藤の石岡信用金庫神栖支店での発言は、「全面降伏」の返事をしたのに、なおもあれこれと注文をつけたり、ぐずぐず言ったりして、登記関係の書類等の持参日を明確にしないまま所用に託つけてその場から逃げ去ろうとする秋山の様子に接したことから、本件土地持分の喝取等を確実にするためになされた脅迫であったと認められるのであって、これを否定する被告人伊藤、被告人坂本らの原審公判廷における供述等は措信できない。
これに対し、所論は、右に援用した被告人河野及び被告人伊藤の検察官に対する関係供述調書の信用性等を争い、右供述調書によると、六月一〇日ないし同月一六日という時点で、被告人伊藤は秋山に「全面降伏」を求めることを決意し、これを被告人河野に指示したというのであるが、当時はまだ秋山の所在が不明で同人が何時被告人伊藤らの前に出てくるか判らず、しかも、被告人河野、被告人伊藤は取り立てられた手形の決済の件で追われていたのであるから、被告人伊藤がそのような段階で「全面降伏」などということを考えたりこれを被告人河野に指示する筈はないのであって、このことに徴しても被告人伊藤らの検察官に対する関係供述調書は内容的に不自然で措信されるべきではない、というのであるが、右関係供述調書によれば、被告人伊藤は、右六月一〇日の時点では、被告人河野に対し、秋山が出てきたら手形の件と併せて全部放棄の線で話をし、同人がいないのならその父親に話して秋山を連れ戻させる方法をとる旨述べたに過ぎず、同月一六日には、被告人河野と一緒に秋山の父親の秋山武雄(以下、武雄という。)方を訪れ、同人に対して秋山の行動につきいろいろと文句を言って圧力をかけたところ、その態度に驚き被告人伊藤を恐れた武雄が、被告人伊藤に詫びると共に秋山と連絡がつき次第必ず帰るように勧めるし、連絡があれば被告人伊藤らにすぐ知らせる旨約束したことから(秋山フミ子及び武雄の検察官に対する供述調書によれば、秋山は当時妻フミ子の所に三、四日に一度の割合で定期的に電話連絡をしていたもので、武雄が秋山と連絡をとることは容易であったと認められる。)、被告人伊藤においては近く秋山が姿を現わすものと判断し、被告人河野にもその旨話して「全面降伏」を要求すべき旨指示したというのであって、この供述内容に何ら不自然な点はなく、その他被告人河野、被告人伊藤の検察官に対する供述調書は、平野、武雄らの関係供述とも整合していて、全体として十分信用できるものと認められるから(被告人河野の検察官に対する供述調書に任意性が認められることは、のちに被告人河野関係の控訴趣意に対する判断において説示するとおりである。)、これを措信した原判決に誤りはない。
次に所論は、前記(3)の書類交付の理由について、被告人伊藤らから脅迫されて恐ろしかったためである旨の秋山の関係供述の信用性を争い、同人は、捜査官にとって被告人伊藤らを訴追し処罰するための協力者であり、そのため自己の脱税事件や常習賭博事件につき有利な取扱いを受け、捜査官に迎合して虚偽の供述をしているものであって、到底信用することができず、これを措信した原判決には誤りがある、というのである。しかし、秋山の関係供述(検察官に対する各供述調書及び原審証人としての供述)を検討してみると、右供述は、宮内のほか、弁護士である白井正明や石岡信用金庫神栖支店長の平野貞夫(以下、平野という。)らの関係供述等と整合若しくは符合していて、内容的に特に不自然不合理なものが見当たらない上、記録を調査しても、秋山が、所論のように捜査官から不当に有利な取扱いを受け或はこれを期待して、本件恐喝の被害状況等につき殊更虚偽の供述等をした形跡はなく(同人の所得税法違反事件の処理や同人が常習賭博事件で起訴されなかった理由については、検察官が答弁書で指摘しているとおりであると解され、特に違法不当視すべきものは見当たらない。)、秋山が暴力団幹部の被告人伊藤らと一緒にポーカーゲーム喫茶店等を経営していた人物であること等を考慮しても、同人の関係供述の核心的部分の信用性を否定すべき具体的理由が見当たらないから、その供述は十分措信できるものと認められ、原判決がこれを信用したことは相当であり、この秋山の供述と宮内、平野、白井らの各供述に被告人伊藤らの検察官に対する関係供述調書を総合すれば、秋山が被告人伊藤らから脅迫され、畏怖して前記書類の交付を余儀なくされたことは十分に認められる。
これに対して所論は、秋山は、被告人伊藤の勢力を利用して巨額の資産を蓄積したものであり、本件の被害金額(本件土地持分の財産的価値)はその極く一部に過ぎないから、これを任意に提供することは、何ら不自然なことではなく、秋山は、被告人伊藤らとの紛争を円満に解決すべく被告人河野にその仲介を依頼した際、自ら進んで本件土地持分の提供を申し出た上、これを実行したものであって、このことは、秋山が、七月になってから被告人河野に対し、仲介の謝礼として三五〇〇万円の債務免除を行ったことからも明らかである、というのである。
しかし、仮に、秋山が巨額の資産を有し、その多くを被告人伊藤らとの共同事業によって取得したものとしても、特段の事由もないのに、少なくとも一億円を超えるという本件土地持分を進んで放棄することは考え難いところである(本件においてそのような特段の事由は見出せない。)。そして関係証拠によれば、被告人伊藤は、既に六月一一日ころから秋山を「全面降伏」させる意向を固めてこれを被告人河野に伝えていたものであり、これを聞いた被告人河野は、同月二二日ころ秋山から仲介を依頼され、どうしたらいいか、と相談を受けた際、被告人伊藤に協力する意思で、被告人伊藤は秋山の「全面降伏」を求めている旨同人に知らせた上、これに応じるのでないと自分としても仲介できないが、その代わり、これに応じれば暴力沙汰にならないように尽力する旨述べたものであること、一方、これを聞いた秋山においては、かねてから六月六日に発生したいわゆるトラック突入事件(前記平和商事株式会社の事務所にトラックが突入して同事務所が損壊等された事件)の背後には被告人伊藤らがいるものと考えて被告人伊藤らに相当の威圧を感じていたことから、被告人河野に対し、それでも仕方ないのでよろしく頼む旨の返事をしたこと(もっとも、この時点では、まだ、とにかく被告人伊藤と会うのが先決であり会えば多少交渉の余地があると考えていたこと)秋山は、更に被告人伊藤や被告人坂本から前記(1)(2)のように脅迫されたため、被告人伊藤らの「全面降伏」の要求を拒めば一層激しい危害が加えられるのではないかと畏怖し、右要求に応じて本件土地持分を被告人伊藤らに提供することとしたものであることが認められる(この点に関し所論は、被告人伊藤らがいわゆるトラック突入事件に関与した事実はなく、同被告人らがこの事件による秋山の畏怖状態を利用したこともない、というのであるが、被告人伊藤らがいわゆるトラック突入事件に関与したと認めるに足る証拠がないことは所論のとおりとしても、被告人伊藤らは、秋山が右トラック突入事件の背後には被告人伊藤の指示があると考えて被告人伊藤らから更に暴力的な攻撃等を受けるのではないかと心配していることをよく知っていたと認められるから、被告人伊藤らの側に秋山のこの心理状態を利用する意思が全くなかったとはいえず、現に、被告人河野は、仲介を依頼しようとした秋山に対して、右トラック突入事件を挙げて同人の譲歩を促していることが認められるのである。)。したがって、秋山の方から本件土地持分の提供を言い出し、進んでこれを実行したとの所論は、採ることができない。なお、所論指摘の秋山の被告人河野に対する債務免除が必ずしも本件恐喝の被害を否定するものでないことは、後に被告人河野に関する控訴趣意に対する判断において説明するとおりである。
更に所論は、被告人伊藤は、秋山に対し一億四〇〇〇万円を支払う意思があり、現にその準備をしたし、パチンコ店の経営は秋山にやらせるつもりで、被告人河野を介し、また、直接自分の口から、その旨秋山に伝えた位であったが、同人の方からこれを断ったため、改正された風俗営業関係の法律の規定上被告人伊藤らに名義を変更することができず、やむなくこの店を廃止することにしたもので、効果的には全部被告人伊藤が取る形になったものの、秋山の意思に反して恐喝しようとした訳ではなく、また、この行為によって被告人伊藤が経済的利益を得たものでもない、というのである。なるほど、関係証拠によれば、被告人伊藤は、当初、秋山との関係を精算するためには同人に対し、本件土地持分の評価額一億三〇〇〇万円にパチンコ店「チャレンジャー」の同人の出資金一〇〇〇万円を加えた一億四〇〇〇万円を支払うほかないと考え、その旨同人にも申入れをして、そのための金策をしたものであるが、その後、右パチンコ店の営業名義の変更が困難と知り、そうなると同店を閉鎖するほかないと考えて、右金員を支払う気持ちをなくし、また、秋山が被告人伊藤との関係の精算の交渉を白井弁護士に依頼したり、被告人河野に対する手形取立という対抗的な行動をとったりしたことから、秋山の行動に憤慨し、ついに同人を「全面降伏」させる決意をしたことが認められるのであって、このような経緯は原判決も認定判示しているところである。しかし、このことは、被告人伊藤の本件土地持分喝取の犯意を否定する証左となるものではない。確かに、仮にパチンコ店の営業を廃止した上で同店の開業資金として借入した石岡信用金庫からの二億二〇〇〇万円の弁済の責任を被告人伊藤だけが負うことになれば、被告人伊藤にとっても相当の経済的損害であることは否定できないが、被告人伊藤の検察官に対する供述調書等によれば、被告人伊藤はその損害を少しでも補填すべく秋山から本件土地持分を無償で取り上げる、つまり、同人からこれを喝取等することを決意したものであると認められるのであり、また、右供述調書の記載からも窺われ、原審の弁論で金子弁護人が指摘しているように、本件には、被告人伊藤が秋山の所業に立腹し何としても同人を謝らせたいという気持ちから自己の損失をも覚悟の上で、秋山に対する男としての意地で行った犯行という一面がないとはいえないから、経済的な損得を根拠として被告人伊藤の恐喝の犯意を否定することは相当でなく、この所論は採用できない。
そうすると、被告人伊藤が被告人土渕らと共謀の上、秋山から本件土地持分を喝取等した旨認定判示した原判決は正当であり、更に所論に鑑み記録を精査しても、原判決に事実の誤認はない。論旨は理由がない。
二 控訴趣意第二点(量刑不当の主張)について
所論は、要するに、原判決の被告人伊藤に対する量刑は、重過ぎて不当である、というのである。
そこで、記録を調査し、当審における事実取調べの結果を加えて、検討するに、本件は、被告人伊藤が、被告人土渕らと共謀して敢行した恐喝(原判示第一の三)及び強要、公正証書原本不実記載、同行使(原判示第一の一、二)並びに自己の経営する喫茶店に設置したポーカーゲームの機械を使用して多数の顧客との間で実行した三件の常習賭博(原判示第二の一ないし三)の事案のほか、昭和五七年から同五九年までの三年間にわたる合計約七億円の所得税ほ脱(原判示第三の一ないし三)の事案であるところ、被告人伊藤は、ポーカーゲームなどの賭博用機械を設置した喫茶店やパチンコ店を経営等する一方で、茨城県鹿島、行方両郡下に大きな勢力を誇る博徒松葉会常磐連合会国井一家の三代目総長として活動していたものであって、本件恐喝、強要等の犯行は、かかる暴力団組織の勢威を背景に敢行されたものと認められ、犯行の結果、秋山に対しては、少なくとも一億円を超える損害を与えたものであること、被告人伊藤はこれらの犯行の首謀者であり、かつ、自らも実行行為に及んでいること、常習賭博の犯行も、長期間の営業的行為の極く一部であって、たやすく軽視することはできないこと、更に、被告人伊藤の脱税は、その額が巨額に達している上、ほ脱率も極めて高いこと、被告人伊藤には、殺人未遂、暴力行為等処罰に関する法律違反の罪等による懲役前科二犯と賭博罪等による罰金前科二犯があること等に鑑みると、被告人伊藤の刑事責任はかなり重大といわなければならない。
してみると、秋山、宮内は、いずれも、被告人伊藤と一緒にポーカーゲーム喫茶店の経営等の違法不当な事業に関与していたものであり、恐喝及び強要等の犯行については、利害の対立と感情のもつれから生じた仲間割れ的な側面を否定できないこと、右両名との間には、示談が成立し、既にその条件が実行済であって、両名の被害感情は概ね宥和されたものと認められ、両名からはその趣旨の上申書も提出されていること、所得税法違反の点に関し、被告人伊藤は、その実所得の存在を素直に認め、原判決言渡時までに、四億三五〇万円を納付し、原判決後、更に、合計二億一〇〇〇万円を納付した上、残余分についても、借金するなどして、早急に完納するよう努力する旨約束していること等所論指摘の首肯できる諸般の情状を十分に考慮しても、被告人伊藤を懲役六年及び罰金一億三〇〇〇万円に処した原判決の量刑が、重過ぎて不当であるとは思料されない。論旨は理由がない。
なお、原判決は、その罪となるべき事実の第三(所得税法違反)において、被告人伊藤の昭和五七年の総所得金額を二億二一一四万九五七九円、正規税額を一億五〇二九万四二〇〇円、ほ脱税額を一億四九九八万二二〇〇円と各認定判示しているが、原判示関係証拠によると、同年の共同店収入金額の中ホームラン店の収入金額(被告人伊藤分)は、一九九七万円の三分の一ではなく、一九九九万円の三分の一の六六六万三三三三円であり、したがって、同年の総所得金額は、二億二一一五万六二四六円、正規税額は、一億五〇二九万九五〇〇円、ほ脱税額は、一億四九九八万七五〇〇円であると認められ、原判決は、総所得金額を六六六七円過少に、正規税額とほ脱税額をそれぞれ五三〇〇円過少に認定したことになる。また、原判決は、昭和五八年の総所得金額を四億一一二七万九七六二円、正規税額を二億九二六二万一七〇〇円、ほ脱税額を二億九二二九万二五〇〇円と各認定判示しているが、原判示関係証拠によると、同年の支払利息金額(被告人伊藤分)は、一三六万六八九〇円ではなくて一三五万一八九〇円であり、したがって、同年の総所得金額は、四億一一二九万四七六二円、正規税額は、二億九二六三万三〇〇〇円、ほ脱税額は、二億九二三〇万三七〇〇円であると認められ、原判決は、総所得金額を一万五〇〇〇円過少に、正規税額とほ脱税額をそれぞれ一万一二〇〇円過少に認定したことになる。しかし、原判決のこれらの誤認は判決に影響を及ぼすものではないと解される。
第二被告人土渕関係
控訴趣意(事実誤認の主張)について
所論は、要するに、原判示第一の三の事実について、「原判決は、被告人土渕が、被告人伊藤らと共謀の上秋山から本件土地持分を喝取等した旨認定しているが、被告人土渕は、被告人伊藤らと恐喝を共謀したことはなく、これを実行したこともないのであって、被告人土渕の関与した登記手続の実行は恐喝に当たらないから、原判決は、事実を誤認したものであり、これが判決に影響することは明らかであるから破棄を免れない。」というのである。
しかし、被告人土渕が被告人伊藤らと共謀の上秋山から本件土地持分を喝取等した旨の原判決の事実認定が正当として是認できることは、既に被告人伊藤に関する控訴趣意第一点に対する判断において説明したとおりである。
所論は、被告人土渕には、恐喝の共謀も実行行為もない、というのであるが、原判示関係証拠によれば、被告人土渕は、被告人伊藤の出資を受け東洋商事の名前で金融業を行っていたものであるところ、昭和六〇年六月二四日の昼ころに被告人伊藤から、被告人伊藤らが秋山から本件土地持分を喝取しようとしている事情等の説明を受けてこれを了知し、その後石岡信用金庫神栖支店において、被告人伊藤が秋山を脅迫する現場に同席して、被告人伊藤らの犯行を目撃した上で、被告人伊藤の指示に従って、秋山から、恐喝の目的物件たる本件土地持分に関する登記関係書類の交付を受け、更に、これを使用し、山口司法書士や鈴木文男を介して、本件土地持分の実質的所有者を被告人伊藤にするための行為を担当、実行していることが認められるから、被告人土渕は、事情を知りながら被告人伊藤らの恐喝の犯行に途中から参加し、その実行行為の一部を自ら分担した者であって、所謂承継的共同正犯の理に従い、恐喝の共同正犯としての刑責を免れないものである。
所論は、被告人土渕は、被告人土渕が原審公判廷で供述するように、被告人伊藤から、話がついたので秋山から書類を受け得るようにと言われただけで、それ以上の説明を受けなかったから、被告人伊藤らの犯行意図を了知したわけではないし、六月二四日は別の用件で石岡信用金庫神栖支店に行ったものであり、被告人伊藤らと秋山と話し合いの場に同席したものの被告人伊藤らの犯行に加担する意思があった訳ではない、というけれども、被告人土渕、被告人伊藤の検察官に対する関係供述調書、秋山の原審における供述等によれば、被告人土渕は、既に右二四日の前から被告人伊藤と秋山との三月下旬からの紛争の経緯やこれに関する被告人伊藤の意向を大体知っていたものであり、この二四日の昼には、詳細ではないとしても、被告人伊藤らを恐れた秋山がついに「全面降伏」に応じる旨言い出した旨の説明を受けたことが認められ、被告人土渕が被告人伊藤らの犯行意図を了知したことは否定できないところであって、これに反する被告人土渕の原審公判廷における供述等は措信できない。右所論は採用できない。
なお所論は、被告人土渕が登記手続に関与した行為は、公正証書原本不実記載罪等に該当し得るに過ぎない、というが、本件において、被告人土渕の実行した行為は、公正証書原本不実記載、同行使には該当せず、恐喝罪を構成する喝取の一部と認められるのであるから、この所論には到底賛成できない。
そうすると、原判決が、被告人土渕は被告人伊藤らと共謀の上秋山を恐喝した旨認定判示したことは、正当であって、所論に鑑み更に記録を精査しても、この結論に変わりはない。論旨は理由がない。
第三被告人坂本関係
控訴趣意(事実誤認の主張)について
所論は、要するに、原判示第一の三の事実に関し、「原判決は、被告人坂本が、被告人伊藤らと共謀の上秋山から本件土地持分を喝取等した旨認定しているが、被告人坂本は、被告人伊藤らと恐喝を共謀したことはなく、これを実行したこともないのであって、原判示の被告人河野方における被告人坂本の発言は、秋山の不遜な態度等に怒ったための偶発的行為に過ぎず、恐喝の手段としてなされたものではない。原判決挙示の被告人坂本の検察官に対する供述調書は、被告人坂本が、自己を起訴してもらうためにわざと嘘をついたもので、任意性も信用性もないが、この調書中でも、被告人坂本は被告人伊藤の意向を酌んで出過ぎたことをした旨供述しているに過ぎず、被告人伊藤の指示や被告人伊藤との共謀の事実を否定しているのである。原判決は、事実を誤認したものであり、これが判決に影響することは明らかであるから破棄を免れない。」というのである。
しかし、被告人坂本が被告人伊藤らと共謀の上で秋山から本件土地持分を喝取等した旨の原判決の認定が正当として是認できることは、既に被告人伊藤に関する控訴趣意第一点に対する判断において、説明したとおりである。
所論は、まず、被告人坂本の検察官に対する昭和六〇年一一月九日付け供述調書の任意性及び信用性に疑いがあるというけれども、その理由とするところは、被告人坂本が強要、恐喝等の事件について取調べを受けながら一人だけ処分保留のまま釈放され所属する組の事務所で恰好が悪かったために自己の訴追を求めて嘘をついたのであって、このことは、被告人坂本が保釈許可決定のあったのちも被告人伊藤を憚って暫く出所しなかったことからも裏付けられる、というものであり、検察官に対する供述調書の任意性に疑いを差し挾む事由とは認め難い上、関係証拠と対比して検討しても、被告人坂本の供述調書の信用性を阻害すべき具体的理由は見当たらないから、原判決が被告人坂本の検察官に対する供述調書を採用しこれを措信したことは相当である。
所論は、被告人坂本は、被告人伊藤と恐喝を共謀したことはない、というのであるが、被告人坂本、被告人伊藤の検察官に対する関係供述調書等によれば、被告人坂本は、被告人伊藤の付き人として日頃から被告人伊藤と行動を共にしていたものであり、六月二二日より前から、被告人伊藤と秋山との三月下旬からの紛争の経緯やこれに関する被告人伊藤の意向を知っていたところ、右二二日に被告人河野方に向かう自動車の中で、被告人伊藤から、秋山がようやく「全面降伏」に応じるようになったらしいのでこれから会う旨説明され、暗に必要な場合の協力方を求められた際、被告人伊藤の意向に従って恐喝の犯行に加担することを決意したものと認められるから(これを否定する被告人坂本、被告人伊藤の原審公判廷における供述等は措信できない。)、恐喝についての共謀がなかったとはいえない。
また、所論は、被告人坂本が秋山を怒鳴ったのは、被告人坂本が何処にいたのか、と質問したのに対し、温泉へ静養に行っていたなどといい加減な返事をした秋山の態度に憤慨したためで、偶発的なものに過ぎず、被告人伊藤らの犯行への加担ではない、というのであるが、被告人坂本、被告人伊藤の検察官に対する供述調書等によれば、被告人坂本は、「全面降伏」したものと聞かされていた秋山が不遜な態度を示したりしたため、被告人伊藤からの具体的な指示こそなかったものの恐喝の犯行をより確実にするためには秋山を脅す必要があると判断し、右犯行に加担する意思で秋山を脅迫したものであり、被告人伊藤においても配下である被告人坂本が被告人伊藤らに加担の意思で怒号したものと理解した上自己らの犯行に利用する意思で黙認したものと認められるから、被告人坂本の怒号が被告人伊藤との共謀に基づく恐喝のための脅迫であることは否定できず、これを偶発的なものという所論には賛成できない。
そうすると、原判決が、被告人坂本は被告人伊藤らと共謀の上秋山を恐喝した旨認定判示したことは、正当であって、所論に鑑み更に記録を精査しても、この結論に変わりはない。論旨は理由がない。
第四被告人河野関係
控訴趣意(事実誤認等の主張)について
所論は、要するに、原判示第一の三の事実に関し、「原判決は、被告人河野が、被告人伊藤らと共謀の上秋山から本件土地持分を喝取等した旨認定しているが、被告人河野は被告人伊藤らと恐喝を共謀したことはなくこれを実行したこともない。被告人河野は、秋山から被告人伊藤との和解の仲介を依頼され、その際、秋山が自発的に「全面降伏」を申し出てきたので、この意向を被告人伊藤に伝えただけである。このことは、秋山が被告人河野に対し、昭和六〇年六月二二日ころに三五〇〇万円の債務免除を約束し、同年七月五日にこれを実行したことからも明らかであり、原判決挙示の被告人河野の検察官に対する供述調書は、任意性も信用性もなく、また、秋山の関係供述等も措信されるべきではない。原判決は、証拠の取捨選択や評価を誤って事実を誤認し、ひいては法令の適用を誤ったものであって、これが判決に影響することは明らかであるから破棄を免れない。」というのである。
しかし、被告人河野が被告人伊藤らと共謀の上秋山から本件土地持分を喝取等した旨の原判決の認定が正当として是認できることは、既に被告人伊藤に関する控訴趣意第一点に対する判断において説明したとおりであり、それ故、被告人河野に恐喝の共謀正同正犯の成立を認めた原判決に所論の法令適用の誤りは存しない。
これに対し所論は、まず、被告人河野の検察官に対する供述調書の任意性や信用性を争い、右供述調書は、検察官による偽計、脅迫、不起訴約束等の違法不当な取調べによって作成されたものであって、任意性がないだけでなく、信用性もない、というのであるが、記録を精査して検討しても、被告人河野につき所論のような取調状況は窺われず、所論に副う被告人河野の原審公判廷における供述はたやすく措信できない(なるほど、被告人河野の昭和六〇年一一月三日付け供述調書中には、署名が乱雑なものが一通存在するが、右供述調書の前後に作成されたその余の供述調書とその記載内容を対比してみると、右署名の乱雑が所論のような違法不当な取調べを受けたことによる自棄のためとは到底解されない。)。そして、右供述調書の内容は、秋山、宮内、武雄、平野らの関係供述と核心的部分において整合していて、矛盾や不自然な点も認められず、全体として十分に信用できるものと認められるから、これを措信した原判決に所論の証拠の取捨選択や評価の誤りは存しない。また、所論は、秋山の関係供述の信用性についてもこれを争うが、秋山の供述が信用できるものと認められることは、既に被告人伊藤関係の控訴趣意第一点において説示したとおりであって、秋山の関係供述を措信した原判決に証拠評価の誤り等はない。
所論は、被告人河野と被告人伊藤との共謀の事実を否定し、そもそも「全面降伏」というのであれば、パチンコ店の営業権が含まれている筈であり、原判決が秋山から喝取した目的物として本件土地持分のみを認定判示しているのは矛盾であるし、被告人河野はパチンコ店の営業にこそ重大な関心があるが本件土地持分については利害関係がないのであるから、このような物件を目的とする恐喝の犯行を共謀する筈がない、というのであるが、本件において、訴因とされているのは、本件土地持分の恐喝であって、パチンコ店の営業権の恐喝は訴因ではないのであるから、原判決が、この営業権について何らの認定をしていないのは当然である。そして、被告人河野が本件土地持分に直接的な利害関係を有しないとしても、被告人河野は、従来から被告人伊藤と行動を共にすることが多く、殊に、本件当時は、秋山から突然手形の取立を受けその決済につき被告人伊藤から援助を受けていた者であって、被告人伊藤と利害関係を共通にしていたものと認められるから、被告人河野に犯行に加担する動機がなかったとはいえない。
所論は、「全面降伏」は、いわゆるトラック突入事件を被告人伊藤らの行為と誤解して脅えていた秋山が自発的に言い出したもので、被告人河野はこれを被告人伊藤に取り次いだだけであって、被告人河野が事件終了後の七月五日の時点で、秋山から仲介の謝礼の趣旨で三五〇〇万円の債務免除を受けた事実はその有力な証左である、というのである。しかし、既に、被告人伊藤に関する控訴趣意第一点に対する判断において説明したように、「全面降伏」ということは、秋山が自発的に言い出したものではなく、被告人伊藤が考えて被告人河野に指示し、被告人河野がこれを秋山に伝え、秋山はやむなくこれに承諾の返事をしたものと認められる。所論指摘の秋山が被告人河野に対し三五〇〇万円の債務免除をしたとの点については、被告人河野及び被告人伊藤が原審の公判廷において初めて供述したものであるところ(但し、その金額は三〇〇〇万円である。)、仮に被告人河野の供述するとおりとしても、秋山が、かかる債務免除をした理由の中には、被告人河野から既に貸付金の利息の名目で多額の金員を受け取っていること及び秋山が被告人河野振出の満期(白地の手形の満期)を勝手に補充して一度に取立を行って被告人河野に多大の迷惑をかけたことへのお詫びの意味が含まれていたというのであり、そうであれば、秋山は、この二点に加え、被告人伊藤との紛争については自分の方からも被告人河野に仲介を依頼したものであり、その際、謝礼の約束をしたことから、結果的には本件土地持分を喝取等されたものの、右約束を履行するほかないものと考えて、債務の免除をしたものと解するのが相当である。したがって、この債務免除を理由として本件恐喝の成立を否定することは相当でないものといわなければならず、この所論は採り得ない。
次に、所論は、六月二二日や二四日には、既に秋山が「全面降伏」を決意しているのであり、それ故、六月二二日にも、同月二四日にも、被告人伊藤らと秋山との間では「全面降伏」の話が出ていないし、被告人伊藤らにはその必要もなかったのであって、この両日になされたという被告人坂本、被告人伊藤の脅迫行為は、喝取との因果関係がないことになるし、右二四日の脅迫は登記書類の交付に向けられていて、財物の喝取そのものに向けられたものではないから、この意味でも喝取との因果関係がない、というのである。しかし、先に被告人伊藤に関する控訴趣意第一点に対する判断において説明したとおりで、被告人伊藤らとしては、「全面降伏」した筈の秋山が、その後の段階で、これを渋るような態度を示したり、抵抗的な言動に及んだりすれば、「全面降伏」を早く確実に履行させるために更に同人を脅迫する必要があるのであって、現実にも、被告人坂本、被告人伊藤は、秋山が六月二二日に不遜な態度を示したため、更に同人を脅す必要を感じて前示の脅迫に及び、また、同月二四日の時点でも、被告人伊藤は、登録手続書類の交付等に曖昧な態度をとり、途中でその場から逃れ去ろうとする秋山に対し、本件土地持分の喝取等をより確実にするために前示の脅迫をしたものであると認められるのである。秋山に対する被告人伊藤らの各発言と本件土地持分の喝取との間に因果関係がないといえないことは明らかであって、この所論は理由がない。なお、所論は、被告人伊藤や被告人坂本には恐喝の実行行為がなく、特に被告人伊藤は「怒号」していないのであって、原判決が、被告人伊藤が「怒号した」と判示しているのは誤認である、というのであるが、被告人坂本や被告人伊藤が恐喝の意思で秋山を脅迫したと認められることは既に被告人伊藤に関する控訴趣意第一点等において説明したとおりである。所論指摘の原判決書の当該部分は、被告人河野方における被告人坂本の発言内容と被告人伊藤の発言内容を列記した上、前者を「怒号」と判示し、後者については「など」と判示したものに過ぎないのであって、このことは、判文自体から容易に理解できるところであるから、この点の所論は失当である。
更に所論は、秋山を「全面降伏」させると、被告人伊藤は、パチンコ店の廃業に伴う二億二〇〇〇万円の債務を負担するために差引五〇〇〇万ないし七〇〇〇万円の損失ということになるから、被告人伊藤が、そのような経済的損失を招来する「全面降伏」を秋山に求める筈はない、というのであるが、そのような経済的損得を理由に、被告人伊藤らに犯行の動機がないとか故意がないなどということが相当でないことは、既に被告人伊藤に関する控訴趣意第一点に対する判断において説明したとおりであって、この所論も採用できない。
そうすると、原判決が、被告人河野は被告人伊藤らと共謀の上で秋山から本件土地持分を喝取等した旨認定したことは、正当であって、所論に鑑み更に記録を精査しても、原判決に事実の誤認はなく、論旨は理由がない。
以上のとおりであるから、刑訴法三九六条により、本件各控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 寺澤榮 裁判官 堀内信明 裁判官 新田誠志)
○ 控訴趣意書
被告人 伊藤義克
右の者に対する所得税法違反、恐喝等控訴審被告事件についての次の通り控訴の趣意を申立てる。
昭和六三年七月二三日
右弁護人 金子治男
東京高等裁判所第一刑事部 御中
控訴の趣意
第一、事実誤認の主張
原審は被告人の恐喝有罪の認定をなしたが、事実誤認であり恐喝行為は存在していない。
一、原審が恐喝行為と認定した基本となる点は、秋山が自分の全財産とも言うべき本件財産、を無償で伊藤に渡すはずが無い、と言う事、即ち、それは伊藤の脅迫なくしてはその様な事はあり得ないということである。しかし、真実は秋山が河野に対して「全面放棄するから伊藤さんと話をつけてくれ」と依頼し、河野がこれを伊藤に伝え、それを聞いた伊藤は秋山に対して「パチンコ店はお前がやれよ」と勧めたものであるがこれに対し秋山がそれを断って伊藤に全面的に共有財産の権利を移転したというのが粗筋である。
こう述べるといかにも被告人の言訳の様に取られるかも知れないが、決して言訳でなく、これが真実である事を理解していただきたい。
即ち、秋山及び宮内は別件所得税法違反においても多額の脱税を摘発されて有罪となっている通りであり、本件被害財産は秋山にとって極めて一部分であること、又、伊藤は秋山に一億四〇〇〇万円を渡して二人の共有関係を清算しようとして銀行に借入申込をして銀行でも融資の決定をしていたこと、又、伊藤は秋山に対し秋山がパチンコ店をやる様に再三勧めていること、又、然るに秋山はそれを断ったためその結果として伊藤としてはパチンコ店をつぶすほかないという立場に立たされてしまい、そうなればパチンコ店設立の際借入れた銀行借入金の二億二〇〇〇万円は伊藤が一人で支払わなければならなくなり、そのため秋山に対して清算して渡す金銭・財産は無くなってしまい逆に秋山の共有持分全部を伊藤が取得しても伊藤は赤字がでてしまうという事態に到っていたということ、等々の諸事情を正しく理解すれば、右伊藤の主張は言訳ではなく、真実を述べているものであるという事が理解していただけると思う。
二、前記主張を証拠により検討してみる。
1、本件放棄財産は秋山にとって極めて一部の財産である。
秋山の本件共有財産が自分の全財産であるという点。
これは本件伊藤らの常習賭博事件の関係調書を見れば明白である。秋山はワールド通商、その他秋山個人でゲーム賭博を経営しており、ワールド通商の利益は伊藤と折半して個人のゲーム店は秋山が全部取得している。
秋山は伊藤と同じ程度の利益を得ていたが、実際に所得税法違反で起訴された金額は伊藤より少なく一億余であった。
しかし、常習賭博に関する本件刑事記録から推察しても伊藤と比べて見ても伊藤の八分の一程度という事はあり得ない事である。
この様に一見明白な不平等な事態が生じたのは、その理由として秋山は伊藤の刑事訴追について重要な証人であり、検察、大蔵にとって秋山が唯一で最大の味方であるべき者であるという理由による。
そのため、秋山は検事の強い保護の下で、取調べを受け、検事も秋山を起訴するについては最大のサジ加減をしている。
例えば、常習賭博について秋山は中心人物であり、伊藤と共に起訴されるべき者であるが起訴を免れ、逆に秋山の下で働いていた鈴木が起訴されているという不条理なことが堂々と通されている。
所得税法違反事件についても然りである。秋山に対しては任意搜査で(伊藤は再逮捕されている)且、金額も銀行関係に表われたごく一部のものに限って搜査して、その結果一億余円の起訴に止めている。
しかしこの様な金額であると信ずる事は出来ない。前記常習賭博事件については貴刑事部に係属しているので裁判所で見ていただければ明らかなことである。
この様に刑事事件に表われている資料から見ただけでも秋山の財産は莫大である。
被告人河野は「三〇億も四〇億ももうけた(秋山が)。そのあぶく銭の一部で買ったものである」(記録六三九頁、河野の公判調書)
証人大塚康男は「秋山の財産は一〇億に近い金額になる」(第一六回公判)
と証言している。
このほかにも、秋山は金融競馬のノミ屋をしていた。その結果秋山が放棄した財産は秋山にとって一部にすぎない。(土渕第二一回公判)
2.秋山は自ら共有財産持分を全面放棄して伊藤とのトラブルを解消しようとした。これ等秋山の隠された莫大な財産は伊藤という暴力団組長の島内で伊藤の背後の力を利用して築き上げたものである。
その蓄財の性質からみても又秋山の全財産の額からみても、秋山にとって本件共有物分を放棄して、伊藤と円満に手を切ることが出来ればそれは秋山の望むところである。
秋山が、伊藤とのトラブルを避ける為に自らの意思で河野に対して全面放棄の申出をして来ることは十分あり得る事である。
秋山が全面放棄を決心した原因の一つとして、トラック突入事件がある。秋山は伊藤又はその輩下の者がしたものと思い込んでいたので早急に伊藤との話し合いをしてトラブルの解消を願っていた。しかしトラック事件と伊藤を結びつける証拠はなく、又、伊藤がトラック事件を脅迫材料として利用して秋山に権利放棄させたという証拠は一切ない。
トラック事件の発生(六月六日)後、直ちに秋山の父武雄が伊藤と会いたいと言いだし(六月一八日)ている。この日時が接近していることからみても秋山がトラック事件を契機として自らの意思で伊藤と会う事を希望したことは明らかである。
原判決はその補足意見の末尾で、
「秋山の様に利にさとい者が全部放棄する事はあり得ない」
旨のべている。
しかし、秋山が利にさといが故に、伊藤とのトラブルを解消する為に自ら申し出たと言う事ができる。
3.全面放棄の申出は秋山から河野に対してなされた。
河野の公判廷での証言(第二一回)によると、検事からの主尋問に対して河野は、
「伊藤さんから秋山が出てきたら全面放棄する様にと頼まれたことは一切ありません。むしろ秋山に頼まれて伊藤さんに伝えたというのが事実です」
とのべている。 さらに、
検事…「君はどうして検事の前で、この様な供述をしたのか」(伊藤に頼まれた旨の供述を指す)
河野…「一方的に調べ検事さんがそうだろう、こうだろうと私が幾ら否定してもいやそんなはずはないというんで…一方的に書いたものです。」
「…私が勾留されていると銀行もストップされるし家族一二人、従業員二〇人弱の問題もあり頭が一杯になってどうしようもない……どうにでもなれ と思って認めました」
と証言している。
問題は河野、秋山の検面調書を信用するかそれとも河野の公判証言を信用するかという問題に帰着する事であるが、この点について弁護人は重大な立証を予定している。
…………
河野の検面調書の任意性の欠如については河野の控訴趣意書で明らかにされると思う。
秋山は検面調書の評価についてこの調書が特別の状況下で作成されていることを述べる。
まず第一審の搜査及び、公判段階では秋山、宮内自体も常習賭博及び所得税法違反の刑事被疑者であり検事の取調べを受けながら片方で伊藤の公判で証人として証言するという変則的な立場に立たされていた為、検事側に不利となる様な証言は証言出来にくい立場であった。
しかし、現在では秋山、宮内も刑が確定(有罪)したので、ある程度自由な立場で話せる様になっている。私が直接秋山、宮内から聞いたところ(第一審判決後)宮内は秋山に対して、
「秋山さんにはパチンコ店を秋山がやれーと伊藤が言っている」旨伝えていたと言い秋山は、「河野さんからそういう話しを聞きました」と認めた上で
「ともかく伊藤と縁を切りたかった」
の述べている。
今後第二審において共有財産の全面放棄ということは秋山が河野に申し出たものであるという事が必ずや立証されるものと思う。
4.今までは秋山が自ら河野を通じて伊藤に全面放棄を申し出たと言う事を述べた。次に、逆に、その申出を受けた伊藤の側においてはそれを受ける意思が無かったこと。しかし秋山がどうしてもパチンコ店の経営を辞退したので、やむなく全面放棄をさせて、損害の填補をしようとしたものである、ということについて述べる。
伊藤は秋山が逃げ出す前の(六〇年三月二四日)河野と会った時河野に対し、
「俺はパチンコ店を降りるよ」
といっている。(伊藤の第一九回公判調書一一丁目)
六月二四日石岡信用金庫神栖支店において伊藤と秋山が会った時にも伊藤は秋山に対して、
「とにかくパチンコ店をやるから(秋山にやるという意味)お前やれよ と言ったら やらないということで……」(伊藤第一九回公判調書末尾)
と言っている。
又、土渕の昭和六〇年一一月二日付検面調書第三項で「伊藤は秋山に対して”お前自分のことばかり考えて…それじゃパチンコ店をおめえやってみろ、その代り借金もお前が払うんだぞ」と言いこれに対して秋山は「パチンコ店はやりません」と答えたと述べている。
伊藤に秋山が逃げ出していた時点で宮内を通じて秋山に対して伊藤の意向として、
「パチンコ店は秋山がやるしかない。名義が秋山になっているから自分達はやれない。秋山がやれ、」と伝えている。
(これは現時点では、証拠上でていないが私(金子)が宮内に直接聞いたところ宮内もその様なことを秋山に伝えたことを認めている)
右の様に伊藤としては一貫してパチンコ店は秋山がやる事を秋山に勧めており
(石岡信用金庫においてすらそれを勧めている)
伊藤には全部を取り上げるという意思は存在していなかった。
即ち、犯罪により財物、財産上の利益を取得する意思は存在していなかった。
5.それが結果的に全面放棄をさせることになったのはパチンコ店の経営は秋山しか出来ないので秋山からパチンコ店の経営を辞退されるとパチンコ店の経営が成立たず、その為の石岡信用金庫に対する借入金二億二〇〇〇万円の返済をする為にはどうしても秋山に全面放棄をしてもらいそれで借金の返済に充てるしか他に方法がないという事態に到ったからである。
即ち、風俗営業法によると、
第三条(営業の許可制)第七条 相続による営業許可の承継 第一一条(名義貸の禁止)との諸規定がある。許可名義は許可を受けた本人かその相続人のみに限られ他に営業の譲渡をすることは出来ない旨定められている。
秋山はトラック事件もあり、又、パチンコ店の名義を自分名義にした事で河野や、伊藤を裏切っていたこともありともかく、伊藤と一切縁を切りたいと思っていたので伊藤の勧告を聞かず、強硬にパチンコ店の譲り受けを断ったものである。その結果、パチンコ店は営業不能となる事は明らかである。その際の石岡信用金庫に対する借金の返済について共有財産をもって充てる事になり、その事情は秋山も伊藤も分かっていたことである。その様な状況の下で秋山は河野に全面放棄を申し出ており、石岡信用金庫においても全部放棄すると言ったものである。
伊藤の立場から見ると、秋山が全面放棄しても石岡信用金庫に対する借金を返済すれば取得財産だけでは不足を生じる事になるので、決して得をする話ではない。
パチンコ店から秋山を排除して得をすることは一切無い。
これらのことからみても伊藤が自分の利益の為に秋山を排除したという原審の前提事実認定を誤っている。
6.以上の通り伊藤は全面放棄をさせる意思もなく、利害関係からも何等の利得もなく、秋山にそれを強要する必然性も存在していない。
三、河野との共謀、河野への指示の不存在
1.原審判決分一〇丁「六月一〇日右手形の満期を補充して…………秋山を恐喝して共有している不動産を取得することを決意し……六月一一日全部放棄させる線で話をつけるしかないなどと話し………」。
原審判決分一一丁「六月一六日ころ…秋山武雄宅の帰途同被告人にこれなら秋山も出てきそうだ全面降伏の線で話を進めろ。それ以外は話しに応じない。」旨指示し……云々
という認定しているこれらが事実誤認であることを述べる。
2.前記共謀について検討する。
右共謀を認定する証拠は伊藤の六〇年一一月六日付検面調書第三項末尾。
「私は秋山の態度が許せませんでした(手形を振込んだことを指す)何が何でも秋山を連れ戻して共有土地の持分やパチンコ店の持分について全部放棄させて私に頭を下げさせないと許せないという気持ちになっていたのです」
同調書第四項
「本当のところは私が河野義郎に共有土地の持分やパチンコ店の持分を無条件で私に引渡すのでなければ勘弁しないから、その線で話しをつける様に指示した」
河野義郎の検面調書六〇年一一月二日付第四項
伊藤が河野に対して、六月一〇日手形の振込まれた直接において、
「社長の手形の件もあるし俺の共有土地についても全部放棄させる線で話しをつけるしかない。
秋山が居ないなら秋山の親父に話しをして秋山を連れ戻させるしかない」
河野義郎の六〇年一一月二日付検面調書第三項
六月一六日かそのころ伊藤さんと秋山武雄の行った時の帰りに伊藤が私に車の中で、
「この分なら秋山も出てきそうだ。秋山が出てきたら全面降伏の線で話しを進めろ……」
という一連の検面調書がある。
しかし、公判では河野、伊藤共に否認し、
第二一回公判河野証人
「(前記検面調書の様な)事実は全くありません。
……私がいくら否定しても検事さんがそうだろう。そうだろうと
……一方的に書いた」
「六月一〇日前七日前後だと思いますが…秋山と秋山の親父さんと二人で私のうちに来て伊藤さんとの仲を取りついでもらいたいと。……まあせがれに内容を聞いて取りついでもらいたいと」
「秋山がそれ程いやなら私になぜ七月七日の三〇〇〇万円の謝礼をくれるはずがない」
と供述しさらに、
伊藤義克も、公判廷で自分の検面調書を否認している。
伊藤義克第一九回公判調書二八丁目、
秋山の父親と会った帰り道の車中で河野に対して全面降伏させろという事は言っていない 旨証言しさらに、
「河野に対し社長よかったな、親が分かってくれて三〇〇〇万円の不渡を出さずに済んで」
という会話であったと証言している。
従ってこの点については検面調書をとるか、公判廷の証言をとるかという問題となる。
刑事裁判の根本は逮捕、勾留下で取調官から取調べされている状況下の供述より、公判廷の証言が信用性が高いというのが公理だと思う。
そこで右検面調書の不自然性、信憑性を疑わせる点を指摘する。
イ、六月一〇日という段階では秋山は行先不明の時点である。
しかもそれは三月以来三ケ月余りに渡り、秋山との交渉は第三者の宮内を通じてなされているものであった。伊藤にとって秋山がもう伊藤の前には現われないという事は大よそ覚悟して、宮内の土地に保全策(本件強要事件となった抵当権の設定)をとったりしている状態であった。その様な状況下で伊藤にとっては秋山から逆に河野の九五〇〇万円という高額の手形を振込まれ、河野が事業の倒産をするか否かという非常緊急の事態であった。しかも判示六月一〇日と言えば金策の見通しもついていない段階である。
この時点で、判示前記三の1記載の様に河野に対して秋山に対する全面放棄を指示すると言うことはあり得ないことである。
逃亡して居場所も分からない者に対してその者から財産をとり上げる様に指示する等ということはあり得ない事である。
前記検面調書は検事の創作により書き綴られたとしか言い様がない。殊に六月一〇日と言えば伊藤は秋山の父とも会う予定すらない時点である。
ロ、六月一六日という時点では伊藤は秋山の父と会ってその帰りの日の事である。
しかし伊藤が秋山の父と会ったのは手形の決済について会ったものであり、その時は秋山が出て来るという事は父親も誰も言っていない。秋山が姿を隠し手形を一方的に振込んで来られて、その手形決済の事で頭がいっぱいの時である。
伊藤が秋山が出て来ると言う事を知ったのは、その後六月一九日河野の家に秋山の父武雄が行き伊藤との仲介を頼んだ時である。
従って検面調書、及び、原判示事実の前記車中における共謀の認定は無理な認定をしたと言うべきである。
常識的に見ても、河野と伊藤の共謀があるとすれば、その日即ち六月一九日以後でなければならない。
ハ.伊藤がパチンコ店を秋山にやらせる意思であること。
それを再三秋山に伝えている事は前述した。
この事からみても全面放棄を要求するという事はない。
ニ、伊藤は秋山に対して一億四〇〇〇万円を支払うべく融資をうける準備をしていたことも前述した。
その支払が出来なくなったという理由も合理的なものであることは前述した。
これらの伊藤の態度からみても、全面放棄をさせるという事はあり得ない。
ホ、七月七日、秋山は河野に仲介の謝礼として貸金債権の免除をしている。
秋山が伊藤と河野に恐喝されたのであれは、秋山から河野に対し大金の謝礼をするはずがない。
3.右の通りの諸点を総合すれば伊藤が河野に対し秋山の共有持分、パチンコ店の経営権を全部放棄させるべく、命令したとか共謀したという事はあり得ない事である。
秋山が自発的に全面放棄により伊藤とのトラブルを解消する事を希望してこれを河野に依頼して、河野が依頼の趣旨の通りに解決したのでそれ謝礼として秋山から謝礼が支払われたと認定すべきである。
四、脅迫行為の不存在
1.六月二二日夜、河野の家において伊藤・坂本が秋山と会った時には、伊藤から秋山に対して脅迫的な言葉は一切発していない。
この事は関係者全員の認めているところである。
問題は坂本が帰り際に、
「てめえ俺のことをなめるんじゃねえぞ。この野郎」
と大声でどなったことである。
原判決は右坂本の言葉を本件恐喝罪の脅迫行為と認定している。
しかし右坂本の発言は坂本が伊藤と秋山の会話、対応、とは別に、即ち坂本個人の秋山に対する感情の表現として発言したものである。
(この点は坂本の趣意書において述べられているので参考にしていただきたい)
2.イ.六月二四日昼すぎころ石岡信用金庫神栖支店応接室において伊藤が秋山に対して、
「大事な話をしているのに用事もくそもない。きちんと話を決めてゆけ。土地の書類はいつよこすんだ。俺を馬鹿にする気か。俺をなめているのか。この野郎」
と怒号した件について。
この趣旨の発言をしている事は伊藤も認めている。(但し内容はやや異なるが)しかしこの時点で、秋山は全面放棄という事を河野に約束しておりそのことは河野から伊藤に伝えられていたのであるから伊藤も秋山が全面放棄するという事は知っていたものである。
従って伊藤はあえて秋山を脅迫する必要はない。
又この時、同応接室においても伊藤から秋山に対して、パチンコ店を秋山がやる旨を勧めていることは前述の通りである。
この時点ではむしろ、伊藤から秋山に対して秋山の申し出た全面放棄という申立てに対しパチンコ店だけは秋山がやった方が良いと言っている状況である。
ロ、この状況下で伊藤が秋山に対して大声を出したのは、秋山の態度に伊藤が立腹した為であった。
秋山から財産を取得する為ではない。
即ち、太平洋観光株式会社(代表者秋山武久)はチャレンジャーパチンコ店を創る時同信用金庫に対して金二億二〇〇〇万円也の借金をしているが借入れの際、パチンコ店店舗に右借入金の担保として抵当権の設定をする事を約束していた。
それが秋山の突然の行先不明により実行出来なくなり、同信用金庫に対して迷惑をかけている状況であった。
秋山は逃亡三ケ月後初めて同信用金庫に姿を現したにもかかわらずその日の話も途中で退席しようとした。
秋山が退席しようとした時には、同信用金庫にパチンコ店店舗を抵当に入れるという手順は何ら具体的に実行する話しが進められていなかった。
同店舗は秋山個人の名義となっていたのでこれを太平洋観光株式会社名義に登記名義を変更して、然る後に太平洋観光株式会社(代表者秋山武久)を債務者とする抵当権設定登記をする手順となる。
その手順方法について秋山は何ら具体的な方法を示さず、一方的に中途退席しようとしたものである。伊藤にして見れば、今まで同信用金庫に対し約束を実行出来ずにいて迷惑をかけ申し訳なく思っていたのに秋山が久し振りに現れても秋山はそれを急いで実行する様子がないばかりか、逆に中途で帰ろうとする態度を示し、突然一人が棒立ちになって「これから帰る」と言いだしたので、これに立腹したものである。
伊藤が怒って実行を求めたのは右抵当権の設定、建物登記の名義変更についてである。言わば、秋山がなすべき、当然の義務の履行を求めたものである。
秋山は無断で店舗を自分の個人名義で登記し、本来の権利者たる太平洋観光株式会社に対しては、横領の様な事をなし、且信用金庫に対しては契約違反の状態で放置している立場の人間である。この不誠実な秋山に対しある程度強い言葉、大きな声で抗議し、その態度をなじる事は、社会生活上許されたことである。
仮に伊藤が暴力団総長という立場でなければ、誰もが伊藤に理解を示し、秋山を非難するであろう。
ハ、問題は伊藤が組長という肩書を有している者であるという点である。この点について特に配慮願いたいことは秋山という男は暴力団の準構成員の様な人間であるという点である。
秋山は伊藤と知り合う前から暴力団と深く交わり賭博ゲーム店を経営していた者である。
大塚康男証人(第十六回公判)によると
「(秋山は)私と伊藤さんと秋山の三名でゲームを始める半年か一年前にゲームをやっていた」
「下館でやっていた」
と証言し、さらに
「ゲームをやるにしても伊藤さんに加入してもらえばトラブルが起きた時にも伊藤さんの名前を使えばよい」
と秋山が言っていたと証言している。
秋山武久証人第十三回公判調書第九丁目、
「下館に手掛かりといいますか下館をやった時には、古河の小林さんという方を紹介され、その小林さんにいろんなところを紹介していただいた」
「小林さんというのは国粋会の方です。」
と証言している。
又土渕は第二一回公判調書第四丁で
「秋山と宮内がスポンサーになって私が競馬のノミをしていました」
「一日五〇〇万円位の規模です」
鈴木文男証人第一七回公判でも同証人は右同様の証言をしている。
伊藤義克第一九回公判調書第五丁によると
「私(伊藤)の友人で同じ家業をしている安藤という人がいるんですが、イギリスの車で二四〇〇万円くらいするパンサーという車を抵当でとって七〇〇万円か何か貸してそれを自分で乗っていたんですね。
それを私に注意されて……」
と各証言している。
これ等から見とる、秋山は伊藤以外にも国粋会、住吉連合などヤクザ者との交流があり、ヤクザ者相手に金融をしたりゲーム賭博をもしている人間である。
又伊藤自ら秋山には「秋山さん」と敬称をつけて呼んでおり、他のヤクザの組長と同格の扱いを受けている人間である。
秋山はヤクザの社会を利用し、そこで生活している者であり、準構成員と言うことが出来る。このような人間に対し、伊藤が前記応接室で大声を出したとしても相手が相手だけに脅迫行為と言うべきものではない。
脅迫行為に該当するか否かという事は、脅迫を受ける者の立場、住んでいる社会により違いがある。本件の刑事記録では、伊藤が犯人で秋山が恐喝の被害者であるという筋書きで記録が作成されているから秋山が「恐ろしかった」と言えばそのまま採用され秋山の言う事に何らの検討が加えられていない。
しかし、秋山の実際の行動は実にふてぶてしい所がある。
例えば、逃亡について伊藤の持分に到るまで一切の共有財産の権利関係書類を持ち逃げし、その後、最後まで返還しないで強硬に抵抗している。伊藤が最も困っていたパチンコ店の登記の名義の件、許可名義の件、信用金庫に対する抵当権設定の件、も一切無視して抵抗し続けている。
我々の常識から判断しても、この態度は伊藤を恐れてやっている事ではない。恐ろしいのなら恐ろしい人の財産まで持って逃げはしないし、恐ろしい人の最も困っている事を無視し続ける事は出来ないはずである。
いみじくも宮内証人は次の様に証言している。
第九回宮内公判調書第一五丁
問、 秋山が帰ってくる様にあなたが話した時、今帰ると不利になるから帰れないという話しがありましたか。
答、 (宮内)それは真ん中ごろだと思います。
と証言している。
この意味するところは、秋山が伊藤との交渉を有利に運ぶ為には伊藤と直接話しをしないで、このままの状態(即ち、パチンコ店の名義や、信用金庫の抵当権の問題を解決出来ない様な立場に伊藤を置いている状態)で共有財産の分割の話しをする方が有利であるから「今は出て行かない」と言っているものである。
これは伊藤を恐れて逃げ出したという人間の考える事ではない。
ところが本件の刑事記録では秋山が単に「恐ろしい」「恐ろしい」と言えば、その言葉を鵜飲みにして一方的に伊藤が秋山を脅迫して秋山が恐怖におびえているという筋書を作り上げてしまっている。従って、秋山という人間がヤクザ者以上の悪であり、ヤクザ者でさえも五分に渡り合える人間であるという事を分かっていただきたい。
その上で石岡信用金庫での伊藤の発言を評価すべきである。
伊藤の怒っている理由は十分に正当な理由があり、それに対し秋山が一筋縄では納得しない人間であるということ、そして急に中途で帰ろうとしたり、一度帰ってしまうと再び姿を現わさないかもしれないという状況の中で伊藤が大声を上げたものである。
その様な状況を評価すれば例え伊藤がヤクザ者であるとしても
右発言は脅迫には当たらず正当な抗議であると言うべきである。
原審が右行為を恐喝行為と認定しているのは誤認である。
五、以上の通り伊藤の恐喝罪について無罪である。
第二、量刑の不当
原審は被告人に懲役六年の判決言渡しをなした。しかし重きに過ぎるものであり減刑されるべきである。
一、量刑の不当性については第一審の弁論要旨で詳しく述べた通りである。
二、所得税法違反についてその後納付の努力をしており、二審判決までには完納できる様に努力している。
三、秋山は伊藤が一億四〇〇〇万円を実際に支払う意思があって実際に石岡信用金庫から融資の承諾があったこと、それが、パチンコ店の名義を秋山にしたままであった為に結局金銭を支払うことが出来なくなってしまったと言う事を最近になり理解した様である。
秋山は伊藤が一銭も支払う意思を一貫して持っていなかったものと誤解して捜査や公判で証言していたものであった。
秋山も右の伊藤の本心を知った事から伊藤に対する感情も、好転している。
四、因って刑の減刑を求める。
以上