東京高等裁判所 昭和63年(ネ)171号 判決 1989年3月22日
主文
一1 原判決主文第一項(原審昭和六〇年(ワ)第一九号事件)中、被控訴人敗訴の部分を取り消し、右取消に係る控訴人の請求及び当審における請求拡張部分をいずれも棄却する。
2 控訴人の本件控訴を棄却する。
二1 原判決主文第二項(原審昭和六一年(ワ)第八号事件)中、被控訴人に関する部分を次のとおり変更する。
2 控訴人は、被控訴人に対し、金三〇万円及びこれに対する昭和六二年九月一日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
3 被控訴人のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は第一、第二審を通じ、控訴人と被控訴人との間に生じた部分はこれを五分し、その一を被控訴人の、その余を控訴人の各負担とする。
四 この判決は、主文第二項2に限り、仮に執行することができる。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 控訴人(兼被控訴人甲野一郎)の控訴の趣旨
1 原判決主文第一項(原審昭和六〇年(ワ)第一九号事件)中、控訴人敗訴の部分を取り消す。
2 被控訴人は、控訴人に対し、金一三五万円及びこれに対する昭和五九年九月六日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は、第一、第二審を通じ、被控訴人の負担とする。
4 仮執行宣言。
二 被控訴人(兼控訴人乙山二郎)の答弁
控訴人の本件控訴を棄却する。
三 被控訴人(兼控訴人乙山二郎)の控訴の趣旨
1 原判決中、被控訴人敗訴の部分を取り消す。
2 控訴人の請求を棄却する。
3 控訴人は、被控訴人に対し、金六〇万円及びこれに対する昭和六一年四月二日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
4 訴訟費用は、第一、第二審を通じ控訴人の負担とする。
四 控訴人(兼被控訴人甲野一郎)の答弁
被控訴人の本件控訴を棄却する。
第二 当事者の主張及び証拠
当事者双方の主張及び証拠の関係は、次のとおり付加、訂正、削除するほかは、原判決の事実摘示中、控訴人と被控訴人に関する部分のとおりであるから、これを引用する。
一 原判決(以下同じ)四丁裏四行目の「当庁」を「新潟地方裁判所村上支部」と、同九行目の「本件答弁書」を「別件答弁書」とそれぞれ改める(以下、原判決事実摘示中の「本件答弁書」をいずれも「別件答弁書」と読み替える。)。
二 一〇丁表一〇行目、同一二行目の各「当庁」をいずれも「新潟地方裁判所村上支部」と改め、一二丁裏五行目の「さらには」の次に「被告丙川が控訴人の請求に応じなければ」を加え、一三丁表一一行目の「原告」を「被告丙川」と、同裏五行目の「請求」を「執拗かつ不当な行為」と改め、同一一行目の「なされたもの」の次に「であるから、控訴人の被告丙川に対する請求方法、請求態様の不当性を主張立証することは必要なこと」を、同一二行目の「許されざる」の次に「異常な」をそれぞれ加え、同末行の「不法行為に該当する」を「控訴人の名誉、信用、品位を毀損する」と、一四丁裏六行目の「欠くものである。」を「欠き、かつ、被告丙川が控訴人の前記訴訟における請求をもって訴訟上の請求に名を藉りて金員を脅し取ろうとしていると信じたことに過失はなく、したがってまた被控訴人にも過失はないものというべきである。」と改める。
三 一四丁裏一一行目から一二行目にかけての「……不法行為その一」を削り、同末行と一五丁表三行目の各「当庁」を「新潟地方裁判所村上支部」といずれも改め、同六行目から七行目にかけての「……不法行為その二」を削り、同丁裏四行目の「書面」を「通知書(内容証明郵便)」と改め、同七行目と同八行目との間に改行して「なお、右の懲戒申立ては昭和六〇年一二月一六日付で取下げられた。」を、同一〇行目「請求原因1」の次に「(前記事実摘示第二の一の請求原因1)」をそれぞれ加え、一六丁表三行目の「次のとおりである。」から二三丁表二行目末尾までを「前記事実摘示第二の一において、被控訴人が本件係争の原因として述べたとおりである。」と、同五行目の「別件訴訟」から二五丁裏一行目末尾までを「前記事実摘示第二の一において、被控訴人が控訴人の請求の不当性として述べたとおりである。」とそれぞれ改める。
四 二五丁裏二行目冒頭から二六丁表四行目までを次のとおりに改める。
「5(控訴人の被控訴人に対する不当な懲戒申立、告訴)
(一) 控訴人は、昭和六一年二月一五日付申立書をもって、新潟県弁護士会に対し、被控訴人の懲戒申立をなし、右事由として「添付書類1記載のとおり、明らかに極めて悪質な犯罪に絡む事件であることを承知の上で、弁護士法第一条に違背する弁護活動を公然行っていることは絶対に許されない。新潟地方裁判所村上支部裁判官と癒着して、目に余る不公平な裁判を行わしめている行為は断じて許されない。……」としている。
そして、控訴人が右申立書添付書類1(昭和六一年一月二七日付通告書と題する控訴人から被控訴人宛内容証明郵便)には、被控訴人が新潟地方裁判所村上支部昭和六〇年(ワ)第七号事件、同年(ワ)第一七号反訴事件において、これら事件の被告、反訴原告小町区の、また、同年(ワ)第一九号事件(本件原審)において、被告丙川の各訴訟代理人をしていると指摘した上で、「乙山が第七、第一七号事件の審理において確定した文書提出命令に関し、その撤回を裁判所に働きかけたのではないかとの疑いを抱いている。このことは公正であるべき裁判所が丙川代理人と癒着の関係にあるものと解さざるを得ないものです。……新潟地方裁判所村上支部と貴職との癒着は評判以上の実態であることに驚かざるを得ない。……。」等と記載されている。
被控訴人が右各訴訟において訴訟代理人となっていることはいずれも事実である。
右第七号事件は、控訴人が村上市小町区に対し、小町区がその住民たる控訴人を村八分にしているとして金三〇〇万円の慰藉料と謝罪広告を求めた事件である。しかし、小町区住民は右訴訟提起当時、新潟県職員として勤務している控訴人となじみが薄く、その勤務先はもとより控訴人の顔さえ知らないものが大半であった。このような状況下において小町区(あるいは小町区住民)が控訴人を村八分にすることはありえないし、また、その必要もないものであり、右訴訟は不当訴訟である。新潟地方裁判所村上支部は昭和六二年一二月一一日、控訴人の請求を棄却した。
小町区は、右訴訟の応訴を被控訴人に委任した際支払った着手金及び勝訴時に支払うと約束した報酬について、不当訴訟に伴う小町区の損害として控訴人に支払を求める前記反訴事件を提起したのであって、被控訴人が右第七、第一七号事件の訴訟代理を小町区から受任したことは、弁護士の正当な業務であり、なんら懲戒事由に該当するものではない。また、被控訴人は右各事件の審理において、担当裁判官に不当に働きかけたことはないし、担当裁判官及び新潟地方裁判所村上支部と癒着をしているようなことはない。更に、被控訴人が第一九号事件(本件原審)を受任していることは、何ら懲戒事由に該当しない。
新潟県弁護士会綱紀委員会は、昭和六二年八月二七日、控訴人の主張する事由は懲戒事由に該当しないと議決した。
(二) 控訴人は、昭和六二年八月二九日付申立書をもって、新潟県弁護士会に対し、被控訴人の懲戒申立をなし、右理由として「申立人は新潟地方裁判所村上支部において丁沢三郎と訴訟中であるが、乙山二郎は丁沢三郎が悪質な窃盗常習犯であることを知りながら丁沢三郎の委任を受けて代理人となり、悪質な隠蔽工作を続け、丁沢から泥棒の分け前を受領している。右は弁護士法第五六条一項に該当する。」としている。
被控訴人が右訴訟において丁沢三郎の訴訟代理人となっていることは事実である。しかし、丁沢三郎は窃盗行為などしたことはないものであり、控訴人の主張は失当である。被控訴人が右事件の訴訟代理を受任したことは弁護士の正当な業務であり、何ら懲戒事由に該当するものではない。
新潟弁護士会綱紀委員会は、昭和六三年二月一〇日、控訴人の主張する事由は懲戒事由に該当しないと議決した。
(三) 控訴人は、昭和六一年一一月一三日付告訴状をもって、被控訴人を虚偽診断書作成罪の教唆罪で新潟警察署長に告訴した。右告訴の理由は、被控訴人が新潟地方裁判所村上支部に期日変更申請の添付書類として提出した新潟大学附属病院医師戊谷四郎作成にかかる昭和六一年九月三日付診断書に被控訴人の病名が「胆石症」と記載されているところ、右診断書は内容が虚偽であり、被控訴人は戊谷医師に右虚偽診断書の作成を教唆したと推定されるというものである。
控訴人が右診断書の内容が虚偽であるとする根拠は、被控訴人はすでに同年八月に胆石症の手術をしているものであるから、診断書の発行時には「胆石症」ではありえなく、したがって「胆石症」と記載した右診断書は虚偽の内容であり、虚偽診断書作成罪にあたり、被控訴人は右教唆罪にあたるというものである。しかし、被控訴人は同年八月に新潟大学医学部附属病院で「胆石症」の手術を受け、同年九月三日当時未だ同病院に通院し加療を受けていたものであり、右診断書の内容は何ら虚偽ではない。
6(控訴人の故意過失)
控訴人は、被控訴人が別件答弁書を提出し陳述したこと及び前記昭和五六年一月三一日付通知書(内容証明郵便)を出したことが何ら不法行為に該当するものではないし、被控訴人が被告丙川及び丁沢三郎の訴訟代理人として弁護活動を行ったことは弁護士として依頼者を守るためにした当然の行為であり、また、被控訴人が提出した診断書の内容が虚偽ではなく、これら被控訴人の行為が不法行為、懲戒事由及び告訴事由に該当しないことを知りながら、また、仮に知らなかったとしてもわずかの注意を払えばこのことを知ることができたにも拘らず右注意を払わなかった過失により、右訴訟の提起、四度にわたる懲戒申立て、さらには告訴をしたものである。
7 控訴人の右一連の行為は一つの不法行為として評価されるべきものである。」
五 二六丁表五行目冒頭の「6」を「8」と、同裏六行目の「二度」を「四度」とそれぞれ改め、同八行目の「とともに」の次に「右告訴により新潟地方検察庁に取調べのため呼出を受けるなど」を加える。
六 二八丁表二行目の「同5の事実」から「争う。」までを「同5の事実中、控訴人が各懲戒申立及び告訴をしたことは認めるが、その余は否認する。同6、7は争う。」と、同三行目と同五行目の各「同6」をいずれも「同8」とそれぞれ改める。
七 二八丁表六行目の「本件」の次に「原、当審」を加える。
理由
(理由中において摘示する証拠は、弁論分離前の昭和六〇年(ワ)第一九号、昭和六一年(ワ)第八号事件において取調べた証拠である。)
一 控訴人の被控訴人に対する損害賠償請求(原審昭和六〇年(ワ)第一九号事件)について
1 請求原因1の事実は当事者間に争いがない。
2 <証拠>及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められ、控訴人(甲野)本人尋問の結果中この認定に反する供述部分は前掲各証拠に照らし採用できない。
(一) 控訴人は、昭和五四年四月から昭和六一年三月まで新潟県村上土木事務所に地方公務員として勤務していた者であるが、昭和五三年二月訴外組合との間で、甲野宅である本件建物の建築を代金八九五万円で訴外組合に請負わす旨の契約を締結した。そして、訴外組合の組合員であった被告丙川が実際の建築工事を施行し、前記事実摘示第二の一において、被控訴人が本件係争の原因としてその(一)ないし(三)に主張する経緯により、昭和五三年一〇月一一日までに本件建物の完成引渡、表示登記、保存登記手続並びに右請負代金の支払いはすべて完了した。
(二) ところが、控訴人は、本件建物の引渡、表示登記、保存登記がされてから二年以上も経過した昭和五五年一一月二五日ころ、訴外組合と被告丙川に対し、実際に確かめもせずに、本件建物の建築工事には建物の基礎と土台をアンカーボルトで固定していないなどの欠陥ないし手抜きがあると主張し始め、同年一二月一八日ころ訴外組合と被告丙川に対し、本件建物の間口を狭めたことにより完成した建物の坪数が請負契約で定めた建坪数より減少しているから、減少坪数に相当する額を請負代金額から減額すベきであると主張して、請負代金の過払いを理由に一〇〇万円余の金員の返還を請求し始めた。
控訴人は、訴外組合と被告丙川が控訴人主張の手抜きの事実はなく、請負代金は控訴人との合意に基づくものであるとして、右の各要求に応じないとみるや、昭和五六年一、二月ころ右両名に対し、新潟県建設工事紛争審査会への仲裁の申請、訴訟手続、建設業法三〇条の規定による手続をとる予定である旨、また、被告丙川が悪質業者であることを報道機関を通じて広く一般に周知させるなどと再三通告し、実際に昭和五八年二月二一日日本経済新開の読者相談室欄に「水増し請求された訴訟」として控訴人の投稿が掲載された。
(三) 一方、訴外組合及び被告丙川は、弁護士である被控訴人を代理人として、右の再三の通告が脅迫行為に等しいものである旨控訴人に抗議するとともに、直接、控訴人に対し、建物の基礎と土台とはアンカーボルトで固定してある旨を何度も返答したにも拘らず、控訴人がその要求を撤回しなかったことから、昭和五六年二月二五日、控訴人立会の上で控訴人指示地点の基礎と土台がアンカーボルトで固定されているかどうかの確認を行なったところ、控訴人主張の欠陥と目すべき点はなかったことが確認され、控訴人は従前の手抜き工事の主張が誤りであったことを認め、被告丙川らに対し、謝罪文書を差入れると約したが、その約束は履行されることがなかった。
(四) その後、約三か月間は、控訴人から訴外組合及び被告丙川に対する前記通告ないし請求はなかったが、昭和五六年五月一七日頃以降、控訴人は、被告丙川が建築業者として、控訴人の当時勤務していた村上土木事務所から実際上指導監督を受ける立場にあったことを奇貨として、執務時間中に同事務所に、被告丙川を呼び出すべく、同事務所の住所名称を刻した同事務所備付のゴム印を葉書に押印し、その「村上土木事務所内甲野一郎を差出人名義とした」葉書に「同所にご来所の節は必ずお立寄り下さい。」などと記載して、被告丙川に再三連絡する一方、同事務所内から電話で頻繁に被告丙川の家族に対し、同事務所職員であることを告げて、前示(二)において認定したと同様の通告を行い、被告丙川に同事務所に立寄ることを求めた。
控訴人は、更に昭和五六年六月、本件建物工事につきアルミサッシの網戸を取りつけなかった点を手抜き工事であると主張し始めた。しかし、右の点は、請負代金清算時にその分に相当する代金が差引かれ、これを取りつけなかったことについては控訴人も了解済の事項であった。
(五) 当時、建築業者として同事務所から実際上指導監督を受ける立場にあり同事務所に対する信用保持に腐心していた被告丙川は、同事務所職員としての地位にある控訴人の右のような執拗な行為に、家族ともども苦慮困惑し、不安に陥り、その解決を求めて、同年六月二三日、被控訴人を訴訟代理人として、控訴人を相手取り、新潟地方裁判所村上支部に控訴人が主張する債務の不存在確認請求訴訟を提起し(同庁昭和五六年(ワ)第一九号事件)、本件建物の請負契約は控訴人と訴外組合の間で締結された旨及び控訴人の主張する欠陥工事、手抜き工事はなく水増請求はしていない旨を主張した。そして、本件建物の請負契約締結の際作成された工事請負契約書には、注文者控訴人、請負者訴外組合と明示され、その各名下に控訴人及び訴外組合理事長の捺印がされており、被告丙川の名は施行組合員として表示されているにすぎないから、前示土木事務所に公務員として勤務していた控訴人は、右請負契約を締結したのは被告丙川ではなく、訴外組合であることは十分に了知していたものと認められるのに、控訴人は、右請負契約を締結したのは被告丙川であると主張して、請負代金の過払等を理由に不当利得金返還請求の反訴を提起した(同庁同年(ワ)第三〇号事件)。
昭和五九年四月一二日にされた右訴訟の第一審判決において控訴人の右主張は排斥され、被告丙川の請求が認容され、控訴人の反訴請求は棄却された。
控訴人は右訴訟につき控訴を提起する一方、被控訴人からの控訴人の言い分は裁判所を通じ、あるいは代理人である被控訴人宛にするようとの要請を無視して、直接被告丙川に対し、同月二三日には「被告丙川が背任罪に該当することが確実に立証されますので……近日中に刑事責任を追及する手続をとる」などと記載した内容証明郵便による書面を、また、同年六月一一日には「被告丙川が新潟県土木部に対する怨恨があって、その仕返しとして土木部職員である控訴人に意図的に、あえて不法行為を継続的に行っている」、「被告丙川が新潟県建設業協会村上市岩船郡支部全組合員を煽動して控訴人に対する嫌がらせをしている」、「新潟県土木部に対する根強い怨恨を晴らす目的をもって、土木部職員に対する嫌がらせを意図的に行っている」、「被告丙川が……悪意をもって控訴人の居宅に火災を発生させることを意図的に企んだものではないかと疑わざるを得ない事実が発覚した」、「被告丙川の厚顔無恥、札つきの悪質業者であることを……嫌という程、深く味わされた」などと記載した内容証明郵便による書面を送付した。
(六) 以上の控訴人の執拗な行為により、被告丙川及びその家族は困惑のあまり不安に耐え得なくなり、特に右訴訟で控訴人が敗訴した後に送付された右二通の書面に接し、被告丙川は、控訴人が裁判では金員を請求することができないので、訴訟外で脅して金員を出させようとしているものと考え、その旨を被控訴人に伝えた。
被控訴人は、右訴訟の控訴審における答弁書(別件答弁書)を作成するに当たり、控訴人の右訴訟における請求が理由のないことをいうために、控訴人の右執拗かつ不当な行為を明らかにして被告丙川が真実感じていたところを代弁するとともに、控訴人に対しその行動の不当性につき反省を求める意図の下に、原判決添付別紙一の主張を記載した。
右の訴訟は、控訴審、上告審とも控訴人の上訴は退けられ、昭和六〇年一〇月二八日、第一審判決のとおり確定した。控訴人は、さらに再審の訴えを提起したが、右訴えは却下された。
3 以上の事実によれば、控訴人の被告丙川に対する右一連の行為は、控訴人がその主張する請負代金過払い分を被告丙川からあくまでも取立てる意図の下に、自己が新潟県土木事務所の職員の地位にあることをも利し、あるいは被告丙川が悪質業者であることを報道機関を通じて広く一般に周知させる旨を被告丙川に通告する等社会常識上相当と目される手段の範囲を超えて、被告丙川及びその家族に不当な圧迫を加えるために行ったものと評価されてもやむを得ないものと認められるのであって、被告丙川がその家族を含め、控訴人の右一連の行為に苦慮困惑し不安に陥り、被告丙川において本来支払うべき理由のないものと確信し別件訴訟の第一審判決においても理由のないものと判断された金員を控訴人が債権取立名下に脅し取ろうとしていると考えたことは無理からぬものと認められる。そして、<証拠>によれば、別件答弁書中の原判決添付別紙一の記述は、控訴人提出の準備書面記載の主張に対する認否、反論に加え、被告丙川の主張として、事実関係に基づき控訴人の請求が理由のないことを述べた後に、更に控訴人の請求が不当であることを裏づけるために、前示認定の事実に即して記載したことが認められ、これをもって、別件訴訟と無関係ないし不必要な主張ということはできない。
そうとすると、被控訴人が控訴人の右一連の行為を社会常識上相当でなく法的にも許されないものと判断し、依頼者である被告丙川の考えを代弁して、右の記述に及んだことには十分首肯し得る根拠があったというべきであり、その記述中の「金員を脅し取ろうとしている」、「脅し行為」との表現は、弁護士である被控訴人がしたものとしていささか断定的に過ぎ不適切とのそしりを免れないにしても、これをもって事実無根のもので真実に反するものと直ちにいうことはできず、したがって、被控訴人が別件訴訟において別件答弁書を提出し陳述した行為は、民事訴訟における弁論活動として許容される範囲を超えて控訴人に対する不法行為を構成するに足りる違法性を帯びたものと認めることはできない。
以上のとおりであるから、控訴人の本訴請求はその余の点について判断するまでもなく理由がない。
4 よって、控訴人の本訴請求を一部認容した原判決主文第一項1の部分は不当であるから被控訴人の控訴に基づきこれを取消し、右取消に係る控訴人の請求(原審における控訴人の請求は更正決定により被控訴人に対する七五万円の支払請求であることが明らかである。)及び当審における請求拡張部分を棄却することとし、控訴人の本件控訴は理由がないからこれを棄却することとする。
二 被控訴人の控訴人に対する損害賠償請求(原審昭和六一年(ワ)第八号事件)について
1 控訴人の本案前の主張についての当裁判所の判断は、原判決四四丁表八行目から同一一行目までの理由説示と同じであるから、これを引用する。
2 そこで、本案について検討する。
(一) 請求原因1及び2(一)の事実は当事者間に争いがない。また、同2(二)、同5(一)ないし(三)の各事実中控訴人が被控訴人主張の各懲戒申立及び告訴をしたことは当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、請求原因5(二)の懲戒申立書が新潟県弁護士会に受理されたのは昭和六二年九月一日であること、右各懲戒申立及び告訴の理由として控訴人が主張したところが被控訴人主張のとおりであることが認められる。
そして、本件全証拠によっても、請求の原因5(一)につき、被控訴人が明らかに極めて悪質な犯罪に絡む事件であることを承知の上で弁護活動を行っていること、新潟地方裁判所村上支部裁判官と癒着して目に余る不公平な裁判を行わしめていること、同5(二)につき、丁沢三郎が悪質な窃盗常習犯であること、被控訴人が悪質な隠蔽工作を続け丁沢から泥棒の分け前を受領していること、同5(三)につき、医師戊谷四郎が虚偽診断書を作成したこと、被控訴人がこれを教唆したことの各事実はこれを認めることができず、また、仮に通常の判断力を有する第三者が控訴人の立場にあったとして、この第三者が右懲戒申立及び告訴の時点で右各事実の存在を信じるに足りる根拠となるべき徴憑があったことも認めることはできない。
また、<証拠>によれば、請求の原因2(一)の第一回懲戒申立は昭和六〇年一二月一六日取下げられ、同2(二)の第二回懲戒申立については、昭和六二年八月二七日、「被控訴人乙山が係属中の訴訟手続において、事件となんら関連性のない事項について虚偽の事実を捏造し、悪意に基づいて請求人を陥れようとしたと認めるに足りる証拠はなく、かつ、訴訟手続における攻撃、防禦の目的、手段を超えてことさら請求人の名誉を毀損し、信用や品位を損ねようとしたものとは認められない。」との理由で、請求原因5(一)及び(二)の第三、第四回懲戒申立については、右同日及び昭和六三年二月一〇日に、いずれも懲戒事由として控訴人が主張した事実は認められないとの理由で、新潟県弁護士会綱紀委員会がそれぞれ「懲戒しないことを相当と認める。」との議決をし、<証拠>によれば、同(三)の告訴についてはこれと同内容の告発についてであるが、新潟地方検察庁が昭和六二年一二月二八日、不起訴処分としたことが認められる。
(二) 右のとおり、控訴人は、被控訴人に対し、右訴訟の提起、四度の懲戒申立及び告訴を昭和六〇年七月三一日から昭和六二年九月一日までの間に行っているが、これに関連して次の事実が認められる。
(1) <証拠>によれば、控訴人は、前示一において認定した控訴人敗訴に終った別件訴訟の第一審につき弁護士工藤和雄を訴訟代理人として訴訟追行を委任していたところ、訴訟の途中で同弁護士を解任し、その訴訟委任終了後三年近く経過した昭和六一年中に、何らその理由がないと認められるのに拘らず、右敗訴の原因は同弁護士が悪意に基づき控訴人を故意に敗訴させる目的で相手方の裁判上の自白の撤回に同意したと主張して、同弁護士に対し不法行為に基づく損害賠償請求訴訟を新潟地方裁判所に提起する(同庁昭和六一年(ワ)第六四一号事件、なお、同事件はその後請求棄却の判決がなされ、これに対し、控訴人は当庁に控訴したが(昭和六二年(ネ)第三三四一号)、昭和六三年七月一八日右控訴も棄却されたことは当裁判所に顕著である。)とともに、新潟県弁護士会に対し、懲戒申立をし、昭和六二年六月には、同じ理由で同弁護士を告訴し、右懲戒申立につき懲戒をしない旨また、右告訴につき不起訴処分とする旨の通知を受けた後の昭和六三年三月二四日には、再び同弁護士会に対し、同弁護士の懲戒申立をした。
(2) <証拠>によれば、請求原因5(一)の第三回懲戒申立に関連して、控訴人は、被控訴人とともに小町区の委任を受けて訴訟代理人となった弁護士山田寿に対しても、昭和六一年、新潟県弁護士会に対し、極めて悪質な犯罪にからむ事件であることを承知の上で弁護士法一条に違反する弁護活動を公然行っているとして懲戒申立をしたが、同弁護士会綱紀委員会は、昭和六二年八月二七日、「懲戒しないことを相当と認める」との議決をした。
(3) <証拠>によれば、控訴人は、請求原因5(三)掲記の新潟大学医学部付属病院第一外科所属の医師戊谷四郎作成の診断書の内容が何ら虚偽と認められる根拠もなく、このことは通常の知識を有する者であれば当然に知り得るのに拘らず、昭和六一年九月一〇日、同医師に対して、右診断書に疑義があるので照会する旨の文書を送付し、これに対し同医師から右診断書は純粋に医学的見地から作成した旨の回答が寄せられるや、同年一一月九日、更に右回答書の内容に疑義があるとして第二回の照会書を発送するとともに、同月一三日、虚偽診断書を作成した疑いがあるとして同医師を、右作成を教唆したとして被控訴人を新潟警察署に告訴し、同月一五日には右付属病院長あてに戊谷医師が虚偽診断書を作成したと断定する内容の厳重抗議と題する書面を、同月二〇日には新潟県警察本部長あてに右告訴が受理されなかったとして厳重抗議と題する書面を、昭和六二年七月二〇日には新潟中央警察署長あてに「被疑者とグルになることを止めることを求める(依頼)」と題する書面を、新潟県知事あてに「住民税等納税拒絶について(通告)」と題する書面を送付する等し、同年八月一一日、戊谷医師と被控訴人を右と同じ理由で新潟地方検察庁に告発し、昭和六三年一月三〇日、右と同じ理由を挙げて被控訴人を被告として不法行為に基づく損害賠償請求訴訟を新潟地方裁判所に提起し、同年三月二六日、右の理由で再び新潟県弁護士会に懲戒申立をし、同年七月一二日には、前示付属病院第一外科の医師三名を戊谷医師との関係で新潟地方検察庁に告発し、同年八月三日、右の理由を挙げて戊谷医師を被告として不法行為に基づく損害賠償請求訴訟を新潟地方裁判所に提起し、同年一〇月三日、この訴訟で同医師の訴訟代理人となった弁護士二名に対し、公然に犯罪擁護の弁護の依頼を受けたとして新潟県弁護士会に懲戒申立をし、これに加えて、同年六月から一〇月までの間に、前示付属病院長、新潟県知事、戊谷医師等に対して多数回「新潟大学医学部付属病院ぐるみの極めて悪質な犯罪事件について(通告)」等と題する書面や「犯人戊谷四郎行」と宛名に記した同医師を誹謗する葉書を送付する等し、同年一〇月二七日、三一日には、右付属病院長他二名の者を戊谷医師と共謀していること等を理由として、新潟地方検察庁あてに告発した。
(4) <証拠>によれば、控訴人は昭和六二年一二月から昭和六三年一〇月にかけて、控訴人の提起した訴訟を担当した各裁判官、書記官に対し、告訴、告発、裁判官罷免訴追を行いあるいは裁判官の行為が不法行為に当たるとして国家賠償請求訴訟を提起し、控訴人に不利益な判決は担当裁判官の不法行為に基づいてなされたことが明白であるから当然無効であるとして判決正本の受領を拒絶した。
(三) 以上認定の事実と前示一に認定した事実によれば、控訴人は、自己の主観的判断、意見のみが正当であり、自己の言い分に従わない者はすべて自己に敵対する者として、これらの者に対し執拗に抗議又は攻撃的言辞を弄し、通常人であるならば当然に自省してしかるべきところを自省せず、相手方の迷惑や控訴人の行為によって生じる種々の不利益を顧慮することなく、あらゆる手段を用いて、相手方を弾劾糺弾して止まない性癖のある者であって、このような性癖は遅くとも昭和六一年以降顕著に見られるところとなったと認められる。
このことを前提として、前示控訴人の被控訴人に対する各行為を見ると、請求原因1の訴訟提起、同2(一)(二)の第一、第二回懲戒申立については、その請求原因、懲戒申立事由として控訴人の挙げる事由に照らせば、いまだこれらをもって裁判制度もしくは弁護士懲戒制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠き被控訴人に対する違法な行為と認めることはできないが、同5(一)(二)の第三、第四回懲戒申立、同(三)の告訴については、懲戒申立もしくは告訴事由として控訴人の挙げる事由が認められず、通常人であるならばこのような事由の存在を信じることはなかったと認められること前叙のとおりである以上、控訴人の右行為は、前示控訴人の攻撃的言動と一連のものとして、被控訴人に不当な負担を余儀なくさせることを容易に知り得たのに拘らず、これを顧みることなくしたものと認めざるを得ない。従って、被控訴人が一つの不法行為に該当すると主張する控訴人の行為中、昭和六一年以降控訴人がした第三、第四回懲戒申立及び告訴に係る行為は、弁護士懲戒制度、告訴制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠き、少なくとも過失に基づく一連の違法な行為として被控訴人に対する不法行為を構成し、控訴人は被控訴人に対し被控訴人がそのために被った損害を賠償すべき義務を負うというべきである。
3 そこで、被控訴人の被った損害について検討するに、被控訴人(乙山)本人尋問の結果(原、当審)によれば、被控訴人は、昭和四七年四月から新潟県弁護士会に所属する弁護士であることが認められ、前記控訴人の第三、第四回目の懲戒申立及び告訴によって、被控訴人は名誉感情を害されるとともに弁護士としての社会的名誉を傷つけられ、これにより精神的苦痛を被ったことが明らかである。
そして、前記認定の諸事情、特に懲戒申立事由として摘示された事実、用いられた表現、告訴の内容、被控訴人の社会的地位等に照らせば、被控訴人の精神的苦痛を慰藉すべき金員としては金三〇万円をもって相当と認める。
そうすると、被控訴人の本訴請求は、右慰藉料三〇万円及びこれに対する右不法行為に該当する一連の行為のうち最後の行為が行なわれた昭和六二年九月一日以降完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める部分は正当として認容すべきであるが、その余は失当として棄却すべきものである。
4 従って、被控訴人の本件請求を全部棄却した原判決主文第二項は相当でないから、被控訴人の控訴に基づきこれを変更することとする。
三 結論
よって、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、九五条、八九条、九二条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 牧野利秋 裁判官 前島勝三 裁判官 笹村將文)