東京高等裁判所 昭和63年(ネ)2165号 判決 1989年6月07日
控訴人 山田匡
右訴訟代理人弁護士 山下善久
被控訴人 松戸信用金庫
右代表者代表理事 巣黒秀男
右訴訟代理人弁護士 樋口家弘
主文
一 本件控訴を棄却する。
二 控訴費用は控訴人の負担とする。
理由
一 請求原因事実はいずれも当事者間に争いがない。
二 抗弁1項の事実のうち、本件裏書の直接の相手方が小林であること及び小林が悪意である点は当事者間に争いがない。
商法四二条二項の表見支配人の行為の相手方とは、取引の直接の相手方を指し、更にその者と取引関係に立つことになつた者は含まないものと解すべきである(最高裁判所昭和三六年一二月一二日判決・判例集第一五巻二七五六頁参照)。本件において、被控訴人の表見支配人小林の手形行為の相手方は小林久樹であるから、同人について悪意を論ずれば足りる(なお、被控訴人の表見支配人としての小林が支配人でないことにつき直接の相手方である第四裏書人小林が悪意である以上、その後の手形取得者である児島や控訴人はその点に関する善意・悪意を論ずるまでもなく、被控訴人に対する手形債権を取得することはできない。)。
この点に関して控訴人が主張する、右直接の相手方とは実質的取引関係が存する者を指す旨の考えは採用できない。なんとなれば、被控訴人と児島との間の取引の目的を決定するには、契約当事者である両者の意思の探究が必要であるが、被控訴人は無権代理における本人であつて何等の意思をも表明していないのであり、取引の目的はもつぱら無権代理人小林と児島との意思によつて決定されているのであるから、これをもつて被控訴人本人と児島との取引の目的とすることはできないというべきであるからである。
仮に、控訴人の考えを採用するにしても、本件において、小林及び藤井と被控訴人ないし児島との間の関係は単なる形式的手段的なものではなく、所謂実質的取引関係があるものというべきである。この点については、原判決の理由中五枚目裏三行目の「証人」から七枚目表一〇行目までを引用する。ただし、同七枚目表八行目の「裏書をした。」の次に、「次いで、小林及び藤井(当時の被控訴人柏支店支店次長)は、いずれも第二裏書人である赤山から各別個の裏書が必要であるとの依頼を受け、これに応じて右5判示の小林の裏書と同じ趣旨でそれぞれが保証の目的で裏書をした。」を挿入する。右に認定した事実によれば、小林及び藤井は、それぞれ自己名義の、各独立の手形行為の主体として裏書をしたことは明らかである。
なお、仮に、控訴人が主張するとおり、小林あるいは藤井が実質的取引関係のある相手方に該当せず、実質的取引関係を有するものは児島であると解し、或いは、商法四二条の取引の相手方は直接の取引関係が存する者に限定されず、広く表見支配人と法律関係に立つべき一般第三者を指し、手形の第三取得者を含むとの見解に立ち、右藤井、児島及び控訴人らがそれに該当するとしても、藤井が悪意であることは当事者間に争いがなく、右児島及び控訴人は、以下に判示するように、小林が支配人でなかつたことについて、いずれも悪意であるか、あるいは、そのことを知らなかつたことについて重大な過失が存したというべきである。
即ち、支配人とは、営業主に代り、その営業に関する一切の裁判上又は裁判外の行為をなすという包括的権限を有し、かつ、営業主がこれに制限を加えても善意の第三者に対抗できないものであるところ、信用金庫の支店長は、なるほど、その名称は支店の営業の主任者であることを示す名称ではあるものの、その支店の取引についてもその権限に多くの制約が存し、通常右の如き包括的権限を有するものではないこと、換言すれば、支配人としての代理権を授与されているものでないことは一般取引上の見地からも明らかであるというべきである。従つて、支店長の権限が右のとおり包括的なものではないことを知っている者は、その支店長が支配人でないことについて悪意であると解される。
これを本件についてみるに、原審証人小林の証言によれば、同人は支店長として本件手形の裏書については勿論、債務を保証する権限は全く与えられていないにもかかわらず、保証の目的で本件裏書をしたものであり、また、前記認定の事実によれば、児島は、小林から同人が本件裏書をする権限をないことを聞き知つていたものであるから、小林が支配人ではないことにつき悪意であつたというべきである(なお、児島が小林から右事実を聞かされていなかつたとしても、以下の理由により、児島は、右の点につき悪意であり、仮にそうでないとしても、そのことを知らなかつたことにつき重大な過失が存する)。
児島及び控訴人は、前記認定の本件手形振出及び本件裏書に至る経緯などのほか、以下に引用する事情を総合考慮すると、小林が支配人でなかつたことについて、いずれも悪意であるか、あるいは、そのことを知らなかつたことについて重大な過失が存したというべきである。この点については原判決七枚目裏二行目「前記各証拠」から九枚目裏一〇行目までを引用する。ただし、次のとおり付加訂正する。
1 同八枚目表三行目「があり、」の次に、「児島と控訴人とは昵懇の間柄にあるものであるが、両名はいずれも、」を加える。
2 同八枚目表三行目の「支店長裏書の」を「支店長名義による裏書がされた」と改める。
3 同八枚目表四行目「ないのに」を「ないうえ、」と改めたうえ、その次に、「本件手形金額は、それぞれ一億円及び五〇〇〇万円と極めて高額であり、それ自体から信用金庫の一支店長が自らの権限においてなしうる手形行為であるとは通常考えられず、しかも、その後に支店長及び支店次長の個人名義による、通常の取引では考えられない、異例の裏書が存するにもかかわらず、かつ、被控訴人に小林の本件裏書に関する権限の有無などの確認を求めることは容易であつたのに」を加える。
4 同九枚目表九行目の次に、次を加える。
「8 右のとおり児島の本件手形取得の原因関係についての控訴人の主張は変転しているところ、当審において、控訴人は、本件手形金額の総額を被控訴人に貸付けたとも主張をしているのであるが、金融機関である被控訴人が一私人である児島(しかも、成立に争いのない乙第二九、三〇号証によれば同人は暴力団幹部と窺われる。)から融資を受けることなど極めて不自然である。」
5 同九枚目表一〇行目の「8」を「9」と、裏三行目の「9」を「10」と、裏七行目の「10」を「11」とそれぞれ改める。
6 同九枚目裏一〇行目の次に、「以上の事実を認めることができる。」を加える。
以上の諸事情からすれば、児島及び控訴人が、本件手形取得に際し、小林が被控訴人の支配人でないことにつき悪意であり、仮にそうでないとしても、そのことを知らないことにつき重大な過失があつたと認めるのが相当である。
以上によれば、被控訴人の抗弁1は理由がある。
なお、右判示の事実によれば、小林は被控訴人の代理人として自己にあてて本件裏書をなしたのであるから、民法一〇八条により右裏書は無効である。そして、本件手形の券面上、小林は被控訴人からの被裏書人として表示されていないが、被控訴人の次の裏書人となつていることと、前示の事実関係とを総合すれば、控訴人は、本件手形の取得に当たり、小林が本件裏書の直接の相手方であることについて悪意であつたものと認めるべきである。従つて、この点からみても、控訴人の請求は理由がない(抗弁1の中には、右の悪意の主張も含まれているものと解すべきである。)。
三 以上の理由により、控訴人の本訴請求は失当であり、これを棄却した原判決は、その理由は異にするものの、結論において相当であるから、民訴法三八四条により本件控訴を棄却する。
(裁判長裁判官 武藤春光 裁判官 吉原耕平 池田亮一)