東京高等裁判所 昭和63年(ラ)113号 決定 1989年11月10日
抗告人
井澤幹夫
右代理人弁護士
大石徳男
相手方
阿部孝雄
右代理人弁護士
寺尾寛
同
佐藤忠宏
主文
原決定を取り消す。
相手方の申立てを棄却する。
手続費用は、原審、当審とも相手方の負担とする。
理由
一本件抗告の趣旨は、主文同旨の裁判を求めるというのであり、その理由は、要するに、抗告人と相手方との間の原決定添付物件目録一記載の土地(以下「本件土地」という。)についての賃貸借契約(以下「本件賃貸借契約」という。)は平成二年六月三〇日にその存続期間が満了するが、抗告人は更新を拒絶する意向であり、この更新拒絶には正当の事由が存するので、建物の構造に関する本件借地条件変更の申立ては棄却されるべきである、というのである。
二そこで、検討するに、一件記録によれば以下の事実を認めることができる。
1 抗告人の先代は、昭和二五年七月一日、相手方の先代に対し、目的を非堅固な建物の所有、存続期間を二〇年とする定めで本件土地を賃貸した(本件賃貸借契約)。相手方の先代は、同年九月ころ、本件土地上に原決定添付物件目録二記載の建物(以下「本件建物」という。)を建築し、昭和三五年にはこれを増築して、同所に居住してきた。本件賃貸借契約は、昭和四五年七月に右と同一の条件で更新され、平成二年六月三〇日にその期間が満了する。
2 相手方は、昭和六〇年一二月一八日に相続により本件建物の所有権及び本件土地の借地権を取得したもので、他に所有する不動産はない。相手方は、本件建物が建築された昭和二五年九月から昭和四八年まで本件建物に居住し、結婚して同所を離れたが、昭和六二年三月末から再び本件建物に居住している。本件建物は既に相当程度老朽化しているが(ただし、その残存耐用年数などは明らかではない。)、相手方は、これを取り壊した上、本件土地上に鉄筋コンクリート造五階建の居宅兼共同住宅を建築しようと計画しており、今般、右の借地権を堅固な建物所有を目的とするものに変更する旨の裁判を求めて本件申立てに及んだ。
3 一方、抗告人は、昭和五六年四月二二日に相続により本件土地を取得したもので、他に所有する不動産はない。抗告人は、現在、約二〇坪の賃貸マンションの一区画を賃借して居住し、家賃・共益費として一か月一二万三〇〇〇円を支払っている。抗告人は、平成二年六月三〇日に本件賃貸借契約の期間が満了したときは、その更新を拒絶し、相手方から本件土地の明渡しを得た上、本件土地上に居住兼共同住宅を建築する意向である。
4 原審における鑑定委員会は、昭和六二年一〇月一五日現在の本件土地の更地価格を三億八〇三七万円と査定した(ただし、その後東京都内の地価が下降に転じたこともあって、現時点における価格については当事者間に争いがある。)。本件土地付近の標準的借地権価格割合は、更地価格の七〇パーセントとされている。抗告人は、相手方に対し、立退料として、原審において一億円、当審において七〇〇〇万円の支払を申し出ている。
5 そのほか、本件賃貸借契約成立の経緯(抗告人は、本件土地は抗告人の先代が相手方の先代に対し一代限りとの約束で好意により賃貸したものである。と主張している。)、権利金授受の有無、その額等については、当事者間に争いがある。
三ところで、借地契約の存続期間が近い将来に満了する借地契約につき、借地権者から堅固な建物所有を目的とするものへの借地条件変更の申立てがなされた場合において、土地所有者が、右存続期間満了の際には契約の更新を拒絶する意向を予め明らかにしているときに、その借地非訟事件手続において、更新拒絶に正当の事由が認められないと判断した上、右借地条件変更の申立てを認容し、これに伴って借地権の存続期間を変更の効力発生時から三〇年に延長するとの形成的処分を行うときは、土地所有者は、対審公開の民事訴訟手続において借地権の存否(更新の成否)の確定を求める途を与えられないまま、実際上極めて長期間にわたり借地を回復し得ない結果となるから、現時点において、将来の更新の見込みが確実であるといえる場合であるか、更新の成否について本案訴訟による確定を待つことなく、借地条件を堅固な建物所有を目的とするものに変更しなければならない特段の事情の存する場合でない限り、右借地条件変更の申立てを認容するのは相当でない、と解される。
本件についてこれを考えると、本件賃貸借契約は平成二年六月三〇日にその存続期間が満了するものであるから、本件申立ての時期(昭和六二年五月二一日)から見ても、その満了まで三年を残すにすぎないものであったところ、存続期間満了の際に、抗告人がその更新を拒絶して相手方に対し本件土地の明渡しを求め、相手方がこれに応じないとき、抗告人がその決着を求めて訴訟の提起に至ることは、これまでの経緯に照らして推認するに難くないが、さきに認定したとおり、本件土地は抗告人の所有する唯一の不動産であって、抗告人自身は現在賃貸マンションに居住しており、他方、本件建物は築後約四〇年を経過し、既に相当程度老朽化していること等の事情にかんがみると、更新の拒絶に当たり、少なくとも抗告人が正当の事由を補完するに足りる相当額の立退料を相手方に提供した場合には、抗告人の本件土地明渡しの請求は認められるべき筋合のものであるし、抗告人が現時点で支払を申し出ている立退料の額が直ちに正当の事由を補完するに足りるものであるかどうかはしばらく措き、少なくとも、他の事情の主張・立証のいかんによっては、右金額又はこれと格段の相違のない金額をもって相当額と判断される可能性も存するものと考えられる。そうすると、本件においては、将来の契約更新の見込みが確実なものであるとは認められないし、その他、一件記録によっても、借地権の満了時期が目前に迫っている現時点において直ちに借地条件を変更しなければならない特段の事情が存するものとは認められない。
してみると、相手方の本件借地条件変更の申立ては理由がないことに帰するから、これを棄却すべきである。
四よって、これと異なる原判決は失当であって、本件抗告は理由があるから、原判決を取り消した上、相手方の申立てを棄却することとし、手続費用の負担につき民事訴訟法九六条、八九条を適用して、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官吉井直昭 裁判官小林克巳 裁判官河邉義典)