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東京高等裁判所 昭和63年(ラ)671号 決定 1989年2月15日

抗告人(債権者) 高見恭司

相手方(債務者) 河原コンクリート工業株式会社 外二名

原審 長野地方諏訪支部昭和六二年(ヨ)第一二号(昭和六三年九月三〇日決定、本書三〇頁参照)

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

一  抗告人は「1 原決定を取り消す。2 相手方らは、各自別紙物件目録記載のU字溝を製造し、販売し、または販売のために展示してはならない。」との裁判を求めた。

当事者双方の主張は、当審における抗告人の主張が別紙「抗告人準備書面(五)」写し記載のとおりである他、原決定の、「第二 当事者の主張」の項のとおりであるから、これを引用する。

二  当裁判所は、原審における当事者双方の主張及び疎明に、当審における抗告人の主張及び疎明を合わせ考えても、イ号製品が本件考案の技術的範囲に属しないものであり、イ号製品が本件考案の技術的範囲に属することを前提とする抗告人の本件仮処分申請は理由がないと判断するものであるが、その理由は、次のとおり付加する他、原決定の、「第三 当裁判所の判断」の項のとおりであるから、これを引用する。ただし、原決定二〇枚目表九行目(編注、本書四四頁八行目)「イ号製品のねじ山が係止穴にねじ山が形成された吊り金具」とあるを、「イ号製品のねじ山(雌ねじ)は、それがその内周面に形成された係止穴に、外周面に右ねじ山(雌ねじ)に対応するねじ山(雄ねじ)が形成された吊り金具」と訂正する。

1  当審における抗告人の主張一について

ねじ山は、連続状の凹部と凸部により形成された凹凸部と言うことができるが、その凹部と凸部の連続の態様が極めて特殊で、独立の基本的機械要素となつていることは技術常識である。したがつて、「抜け防止粗面」あるいは「凹凸部」という文言が、ねじ山を含まない趣旨で使用されることも十分考えられるところである。

本件考案の明細書中には、実用新案登録請求の範囲に記載された「抜け防止粗面」の意味についての定義もなく、明細書中にも図面中にも、ねじ山が形成されている状態が「抜け防止粗面」に含まれることを示唆する記載がないことは、原決定が認定したとおりであるから、ねじ山が、凹凸部により形成されているからといつて、直ちにこれを「抜け防止粗面」に当たると解釈するのは相当でなく、イ号製品のねじ山が本件考案の抜け防止粗面に当たると解することができるか否かは、本件考案の「抜け防止粗面」及びイ号製品のねじ山の、それぞれの目的、作用効果及びその目的、作用効果達成の手段として各構成が採用された技術的意義を比較考察して判断すべきものである。

右と同じ見解を採るものと解される原決定の判断は正当である。右のような比較考察をするまでもなく、イ号製品のねじ山は本件考案の凹凸部に含まれるので、イ号製品の構成要素<3>は本件考案の構成要素<3>を充足し、イ号製品は本件考案の技術的範囲に属する旨の抗告人の主張は採用できない。

2  当審における抗告人の主張二について

(一)  本件考案が、吊上げ用係止穴の内周面を「抜け防止粗面」と形成する構成を採用した目的、作用効果は、右係止穴に吊り金具を挿入してU字溝を吊り上げた際、右係止穴の内周面と吊り金具の外周面との間の摩擦抵抗を増大させて係止穴から吊り金具の抜け出しを防止するという点にあること、イ号製品が、吊上げ用係止穴の内周面の奥約二分の一にねじ山を形成する構成を採用した目的、作用効果は、右ねじ山(雌ねじ)に対応してその外周面にねじ山(雄ねじ)を形成してある吊り金具を右係止穴に螺入し、両者を螺合することによつて係止穴から吊り金具の抜け出しを防止するという点にあること、したがつて、本件考案の「抜け防止粗面」とイ号製品のねじ山とは、吊上げ用係止穴から吊り金具の抜け出しを防止するという目的、作用効果を同じくすることは、原決定が認定したとおりである。

(二)  本件考案の明細書中の考案の詳細な説明の欄には、従来の技術につき、「係止パイプAと吊り金具Bとの係止は面接触による摩擦力で係止されているので十分でない。」(疎甲第二号証1欄二〇行から二二行まで参照。)と記載されていることも原決定認定のとおりである。

右従来技術の作用効果を検討するに、右の場合においては、係止パイプ(吊上げ用係止穴)の内周面も、吊り金具の外周面も凹凸がなく、U字溝を吊り上げた際、水平な吊上げ用係止穴に吊り金具が水平に挿入されていれば、吊り金具の上側の外周面に対し、係止穴の上側の内周面を介し、鉛直方向から、即ち、吊り金具の軸方向に対し垂直な上方向からU字溝の荷重がかかるのである。

そして、何らかの理由で、吊り金具またはU字溝に、その吊り金具が係止穴から離脱する方向にも力が加わつた場合には、吊り金具の上側の外周面と係止穴の上側の内周面との間(吊り金具の外径が係止穴の内径よりかなり小さいとすれば、係止穴の出口付近の上側の内周面とこれに接する吊り金具の上側の外周面との間及び吊り金具の先端付近の下側の外周面とこれに接する係止穴の下側の内周面との間)に働く摩擦力によつて、吊り金具が係止穴から抜け出すのを係止するが、吊り金具が係止穴から離脱する方向に働く力が右の摩擦力を上回る状態になれば、吊り金具は係止穴から抜け出してしまうこととなることは技術常識である。

(三)  本件考案においては、吊上げ用係止穴の内周面及び吊り金具の外周面が抜け防止粗面として形成されている場合と吊上げ用係止穴の内周面または吊り金具の外周面が抜け防止粗面として形成されている場合とが含まれること、本件考案の公報に記載された考案の詳細な説明の欄には、右「抜け防止粗面」について実施例に則する説明として、「孔6の内周面には凹凸部が全面に設けられている」旨の記載があることは、原決定が認定したとおりである。

(1) そこで、まず、吊上げ用係止穴の内周面または吊り金具の外周面が抜け防止粗面として形成されている場合の内、実施例に則し、吊上げ用係止穴の内周面に抜け防止粗面として凹凸部(比較のため、ねじ山を含まないものとする。)が全面に形成されており、吊り金具の外周面は抜け防止粗面として形成されていない場合の作用効果を検討する。

右の場合においては、吊り金具の外周面には凹凸がなく、吊上げ用係止穴の内周面には凹凸部があるので、吊り金具の外周面と係止穴の内周面が全面的に接触するものではなく、係止穴の内周面の凸部の頂部(その形状は、凸部の形態により面状の場合、線状の場合、点状の場合がある。)が吊り金具の外周面と接触することになる。したがつて、U字溝を吊り上げた際、水平な吊上げ用係止穴に吊り金具が水平に挿入されていれば、吊り金具の上側の外周面に対し、係止穴の上側の内周面の凸部の頂部を介し、鉛直方向から、即ち、吊り金具の軸方向に対し垂直な上方向からU字溝の荷重がかかるのである。

そして、何らかの理由で、吊り金具またはU字溝に、吊り金具が係止穴から離脱する方向に力が加わつた場合には、吊り金具の上側の外周面と係止穴の上側の内周面の凸部の頂部との間(吊り金具の外径が係止穴の内径よりかなり小さいとすれば、係止穴の出口付近の上側の内周面の凸部の頂部とこれに接する吊り金具の上側の外周面との間及び吊り金具の先端付近の下側の外周面とこれに接する係止穴の下側の内周面の凸部の頂部との間)に働くより強い摩擦力によつて、吊り金具が係止穴から抜け出すのを係止するが、吊り金具が係止穴から離脱する方向に働く力が右の摩擦力を上回る状態になれば、吊り金具は係止穴から抜け出してしまうこととなることも技術常識である。

(2) 次に、吊上げ用係止穴の内周面及び吊り金具の外周面が抜け防止粗面として形成されている場合につき、実施例に則し、吊上げ用係止穴の内周面及び吊り金具の外周面に抜け防止粗面として凹凸部(比較のため、ねじ山を含まないものとする。)が全面に形成されている場合の作用効果を検討する。この場合、係止穴の内周面の凹凸と吊り金具の外周面の凹凸が完全に係合するという限定はないから、吊り金具の外周面及び係止穴の内周面の一方の凸部の頂部(前記同様その形状は、凸部の形態により面状の場合、線状の場合、点状の場合がある。)が他方の凸部の頂部、凸部の立ち上がり面(斜面を含む。以下同じ。)または凹部と、一方の凸部の立ち上がり面が他方の凸部の立ち上がり面と接触する可能性があり、その接触の態様は、双方の凹凸部の形状、双方の位置関係により多様である。

したがつて、U字溝を吊り上げた際、水平な吊上げ用係止穴に吊り金具が水平に挿入されていれば、吊り金具に対し、その上側の外周面と係止穴の上側の内周面の接触部分を介し、鉛直方向から、即ち、吊り金具の軸方向に対し垂直な上方向からU字溝の荷重がかかるのである。

そして、何らかの理由で、吊り金具またはU字溝に、吊り金具が係止穴から離脱する方向に力が加わつた場合には、吊り金具の上側の外周面と係止穴の上側の内周面の接触部分の間(吊り金具の外径が係止穴の内径よりかなり小さいとすれば、係止穴の出口付近の上側の内周面とこれに接する吊り金具の上側の外周面との接触部分の間及び吊り金具の先端付近の下側の外周面とこれに接する係止穴の下側の内周面との接触部分の間)に働く更に強い摩擦力によつて、吊り金具が係止穴から抜け出すのを係止するが、吊り金具が係止穴から離脱する方向に働く力が右の摩擦力を上回る状態になれば、吊り金具は係止穴から抜け出してしまうこととなることもまた自然法則上容易に判断できるところである。

(四)  イ号製品のように、吊上げ用係止穴の内周面の奥約二分の一にねじ山を形成し、右ねじ山(雌ねじ)に対応してその外周面にねじ山(雄ねじ)を形成してある吊り金具を右係止穴に螺入し、両者を螺合する場合の螺合部分の作用効果について検討する。右の場合においては、吊り金具の外周面のねじ山(雄ねじ)と係止穴の内周面のねじ山(雌ねじ)は、対応して形成されていて、両者を螺合してあるから、吊り金具の外周面の雄ねじのねじ山の斜面とこれに対応する係止穴の内周面の雌ねじのねじ山の斜面が連続的に接触しているものである。したがつて、U字溝を吊り上げた際、水平な吊上げ用係止穴に吊り金具が水平に挿入されていれば、吊り金具の上側の外周面の雄ねじのねじ山の斜面に対し、係止穴の上側の内周面の雌ねじのねじ山の斜面を介し、鉛直方向から、即ち、吊り金具の軸方向に対し垂直な上方向からU字溝の荷重がかかるのである。

そして、何らかの理由で、吊り金具またはU字溝に、吊り金具が係止穴から離脱する方向に力が加わつた場合にも、雄ねじのねじ山の外径は雌ねじの内径よりも大きいから、単にそのような方向に力が加わつただけでは、吊り金具が係止穴から抜け出すことはなく、吊り金具の軸の周囲に雄ねじを緩める方向に回転させる力が加わつても、雄ねじのねじ山の斜面と雌ねじのねじ山の斜面との間に働く強い摩擦力によつて、雄ねじが緩む方向に回転するのを係止し、雄ねじが緩む方向に回転するよう働く力が右の摩擦力を上回る状態になり、雄ねじと雌ねじの螺合が外れる状態まで回転して初めて吊り金具が係止穴から抜け出すことになることも技術常識である。

(五)  以上認定判断したところによれば、ねじ山とねじ山以外の「抜け防止粗面」とは、吊上げ用係止穴から吊り金具の抜け出しを防止するという目的、作用効果を同じくするとはいえ、その効果を達成する技術的手段、具体的作用の技術的意義を詳細に検討すれば、右(三)、(四)に認定したように、係止穴から吊り金具の抜け出しを防止する摩擦力が働く箇所、吊り金具が係止穴から抜け出すに至るのに働く力の方向、程度に顕著な相違があることは明らかであり、ねじ山とねじ山以外の「抜け防止粗面」との構成の差の技術的意義は異なるものである。

右の事実と前記1に説示したところを考え合わせると、本件考案の「抜け防止粗面」にはイ号製品のねじ山は含まれないものというべきである。

原決定が、「本件考案の「抜け防止粗面」が係止穴の内周面とこの係止穴に挿入した吊り金具の外周面との摩擦力を増大させるものであるのに対し、イ号製品のねじ山が係止穴にねじ山が形成された吊り金具を螺入し両者を螺合させるものであつて、両者は、右目的、作用効果を達成するための技術思想、手段を異にしていることが明らかである。」と判断するのも、右と同じ趣旨であると解される。

原決定の「技術思想、手段」という用語の意味、用法の誤りを主張する抗告人の主張は、原決定の趣旨を正しく解しないもので失当である。

また、本件の場合「螺合」は摩擦力を増大するための一手段に過ぎず、「抜け防止粗面」と「ねじ山」は技術思想・手段として見ても同一である旨の抗告人の主張も、前記認定判断したところに照らし採用できない。

3  当審における抗告人の主張三について

抗告人は、イ号製品はその係止穴に外周面にねじ山が形成されていない吊り金具又は係止穴の内径より外径が小さい吊り金具を挿入して用いられるのが通常である旨主張するが、右事実を認めるに足りる疎明はない。

疎甲第五九号証ないし疎甲第六二号証には土木建設業者の代表者の報告として、自社における作業については、抗告人の右主張のような態様であることが大半である、多い、又はそのような態様で行うことがある旨、他社の作業についても自社と同じ方法が多いのではないかと思う旨の記載がある。しかし、右の記載の内、他社の作業状況に関する部分は、そのように認識する根拠も明らかではなく信用できない上、それらはいずれも、愛知県又は三重県の業者についての記述であり、両県の業者が特に島根県の業者である相手方らが製造販売するイ号製品を使用していることを認めることのできる疎明もない。右愛知県、三重県の業者が使用しているU字溝が、相手方らがイ号製品に用いているものと同種の係止穴を用いて製造された、イ号製品と同様のU字溝であつたとしても、係止穴のねじ山に吊り金具のねじを螺入する本来の用法でない便宜的な使用方法が、施工業者の間では通常の用法になるか否かは、U字溝を製造販売する業者がそれを推奨するか否かの態度、工事発注者や監督行政機関の指導方針、施工業者の作業慣行等により、地域によつて差があることが十分に予想されるから、前記各疎明をもつて、イ号製品の通常の使用方法が抗告人主張のような態様であつたと認定することはできない。

抗告人の主張は採用できない。

4  当審における抗告人の主張四について

イ号製品の係止穴の内周面の奥約二分の一に形成されたねじ山では、実際的には、構成、目的・作用効果はもとより、技術思想・手段においても本件考案と同一であることを認めるに足りる疎明はない。抗告人の主張は失当である。

5  当審における抗告人の主張五、六について

イ号製品が本件考案の技術的範囲に属しない以上、抗告人の右五の主張について判断するまでもない。

原決定は正当である。

三  よつて、本件抗告を棄却することとし、抗告費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 秋吉稔弘 西田美昭 木下順太郎)

物件目録

外部に向つて開口する吊上げ用の係止穴(4)をU字溝(1)の両側外壁(2)の長手方向略中央位置でかつ両側外壁間の対向位置に設け、前記係止穴の内周面の全部あるいは一部を係止穴に挿入した吊り金具の抜け防止のためのネジ山とした吊上げ穴付きU字溝

右U字溝の構造の図面による説明

図1は、斜視図(以下図1、同2、同3の斜視図は、図5のB型U字溝で示す)

図2は、U字溝の吊上げ状態を示す斜視図

図3は、係止具(A)の埋設状況を示す斜視図

図4は、U字溝のA型の正面図、平面図、左側面図

図5は、U字溝のB型の正面図、平面図、左側面図

図4及び同5において、右側面図は左側面図と対称にあらわれる。

各図中の番号、英文字は部材名称を示す。

昭和六三年(ラ)第六七一号

抗告人 準備書面(五)

抗告人(債権者) 高見恭司

被抗告人(債務者) 河原コンクリート工業株式会社

同 波多コンクリート工業株式会社

同 八束コンクリート工業株式会社

昭和六三年一二月二〇日

抗告人代理人

弁護士   影山光太郎

右輔佐人弁理士 伊藤儀一郎

東京高等裁判所

第一三民事部 御中

抗告人(債権者)は、長野地方裁判所諏訪支部昭和六二年(ヨ)第一二号仮処分事件についての昭和六三年九月三〇日付決定(以下単に決定という)について反論をすると同時に、抗告人の主張について資料に基づいて新たな説明を加える。

一、決定の構成の解釈についての反論

決定は、本件考案の構成を決定書二丁裏ないし三丁表に記載の<1>、<2>、<3>、<4>、イ号製品の構成を決定書一六丁裏<1>、<2>、<3>、<4>とし、右のうち、イ号製品の<1>、<2>、<4>は本件考案の<1>、<2>、<4>を充足しているとして、イ号製品が、本件考案の<3>を充足するか否かについて検討している(決定書一七丁表以下)。

これは、本件考案の<3>における「抜け防止粗面」にイ号製品の<3>における「ねじ山」が含まれるかという問題となる。

これについて、本件考案の抜け防止粗面については、決定書一七丁表一二、一三行目にもあるように、明細書(本件公報)の考案の詳細な説明の項に、「凹凸部」であることが示されている。そして、ねじ山は連続した凹凸部といえるので、ねじ山は抜け防止粗面に含まれることになる。

しかるに、決定書は、ねじ山は連続した凹部と凸部とによつて形成されていることを認めながら(一七丁裏七ないし九行目)、ねじ山以外にも種々の凹凸部が考えられるとし、凹凸部であればすべてが抜け防止粗面に含まれるとは解し難く、イ号製品のねじ山についてもこれが凹凸部により形成されているからといって直ちに抜け防止粗面に含まれると解することは相当でないとしている(一七丁裏七ないし一八丁表一行目)。

しかし、右の決定の論理は誤っている。

ここで本件考案の意味内容の解釈との関係で問題とすべきは、「凹凸部」にねじ山が含まれるかどうかだけで足りるのである。そもそも実際に、考案、発明などの記載に当たっては出願人はなるべく権利範囲を広くとれるように文言に工夫をこらして考案、発明を明細書に示し、これに対して特許庁は、権利の成立する要件を厳格に審査し、権利として認められる範囲で登録がなされるわけである。従って、ここでは、権利として認められた「凹凸部」にイ号製品の「ねじ山」が含まれるかどうかだけが問題であり、その逆、即ちねじ山以外に凹凸部があるかなどについて考察してねじ山が本件考案の権利範囲に含まれるか否かを判断するなどという論理展開は誤りである。

つまり、本件考案の権利範囲(凹凸部)にイ号製品のねじ山が入るか否か(必要条件)のみが問題なのであって、ねじ山以外にも凹凸があるかどうかなどは、イ号製品が本件考案の技術的範囲に属するか否かを考える上で関係がないことである。確かにねじ山以外に凹凸部というものがなければ、ねじ山は凹凸部であることの十分条件ともなり(同時に、前記三頁七、八行目で述べたようにねじ山は凹凸部に含まれるので、ねじ山は凹凸部であることの必要条件となっている)、凹凸部とねじ山とは正に一致する(必要十分条件)。

判決書の論理によれば、実用新案権などの権利の構成とイ号物件の構成とが必要十分条件とならなければ権利の抵触が生じないことになり、これは権利の範囲を不当に狭める解釈であって誤っている。

以上、本件においては、イ号製品のねじ山は本件考案の凹凸部に含まれるので、前記イ号製品の構成要素<3>は本件考案の構成要素<3>を充足し、従って、イ号製品は本件考案の技術的範囲に属する。

二、技術思想手段の意味及びその異同についての反論

次に、決定は、本件考案における「抜け防止粗面」とイ号製品における「ねじ山」の目的・作用効果について比較し、いずれもU字溝の係止穴から吊り金具の抜出を防止するためであり、目的・作用効果を同じくすると正しく指摘している(決定書一九丁表一ないし一二行目。二〇丁表一ないし三行目)。

しかるにその後に、本件考案及びイ号製品においては、目的・作用効果を達成するための技術思想・手段を異にしているとして、イ号製品のねじ山は本件考案の抜け防止粗面には含まれないとしている(二〇丁表一一ないし一三行目)。そして、右技術思想手段が違うということの説明として、本件考案の抜け防止粗面では、係止穴の内周面と吊り金具の外周面との摩擦力を増大させるものであるのに対し、イ号製品の係止穴のねじ山では、ねじ山が形成された吊り金具を螺入し両者を螺合させるものである旨を言う(二〇丁表七ないし一〇行目)。

しかし右の論理展開も誤っている。

先ず、考案(発明でも同様)における「手段」は、構成、目的、作用効果と同一レベルの概念であり、本件考案においては実用新案登録請求の範囲及び考案の詳細な説明のうち、本件公報1欄二七行目ないし2欄九行目、同欄一五ないし一七行目などに十分に述べられている。他方「技術思想」は、保護されるべき実用新案権の本質として、これら構成(手段)、目的、作用効果を包括したそれらより上位の概念である。従って、決定のように、「技術思想・手段」などと一括して論じられるものではない。

そして、本件考案の抜け防止粗面とイ号製品のねじ山とが目的・作用効果を同一にすると解する以上、手段を異にするというのであればその具体的な説明が必要である。技術思想については、正に「思想」の説明がなければならない。

しかるに前記決定の説示では、「技術思想・手段」などとして一括して論じられているばかりか、「摩擦力の増大」の代りに「螺合」と単に言葉を置き換えて違うと言っているに過ぎない。因みに、「螺」とは、「うずまき。らせん。ねじ」の意であり(疎甲第七一号証)、正にねじのことである。

結局、決定は、技術思想、手段は違うなどとしながら、これについての何ら具体的及び思想的な説明などなし得ていない。

それのみか、目的、手段、作用効果或いは特に技術思想として見ても、本件の場合においては、「螺合」は、「摩擦力を増大」するための一手段に過ぎない。このことは、既に抗告人が債権者準備書面(三)一で詳しく述べたところであるが、ここで新たに資料を基に説明を加える。

先ず、ねじは摩擦を利用してその抜出を防ぐ機械要素である(疎甲第七二号証六頁)。これはねじの基本的な技術思想を示している。このことは釘との比較で考えると良く分り、釘も材との間の摩擦によってその抜出が防止されることによって機能が発揮されるものであるが(疎甲第七三号証一二〇頁。疎甲第七四号証六二四頁)、釘にねじ山を切った木ねじでは一層強く、釘に比し二倍程度の摩擦力が生ずる(疎甲第七三号証一二一、一二二頁。疎甲第七四号証六二五頁。ここからも分かるように、「抜け防止粗面」を「ねじ山」として抜出防止を図ってもその効果は一般には程度の問題である。そして、本件のような場合においては、債権者準備書面(三)一の2において、疎甲第三一号証の試験結果に基づいて説明したように、吊り金具が係止穴から抜出し難いという効果において実際に差異はない)。右疎甲第七三、第七四号証では釘との比較で木ねじの特長、用法などについて述べられているが、同時にねじの技術思想が示されている。なお、釘にらせん状に溝を切った(凹凸部を設けた)らせん釘では、普通の釘に比し、三倍の抜出防止力があるとされている(疎甲第七五号証五六八頁、第七六号証一二―二八頁)。

このように、ねじはその摩擦力を利用して抜出の防止を図るという思想を持ち、そのための手段として生まれた技術要素なのである。

決定は、本件考案における抜け防止粗面とイ号製品におけるねじ山の目的・作用効果は同一と言いながら、更に、技術思想・手段などという基準を採り入れた上、根拠もなく、右両者において、これが違うなどとしている。しかし、技術思想・手段として見ても同一であることは以上述べた通りである。

以上、イ号製品のねじ山は本件考案の抜け防止粗面(凹凸部)に含まれるので、イ号製品は本件考案の構成要素<3>を充足し、本件考案の技術的範囲に属する。

三、イ号製品の吊り上げの実施態様について

イ号製品は、債権者準備書面(三)二に、疎甲第五九ないし第六二号証などをあげて述べたように、その係止穴に外周面にねじ山が形成されていない吊り金具または右係止穴の内径より外径が小さい吊り金具を挿入して用いられる。

これについて、決定は、一九丁裏七ないし九行目で、吊り金具を螺入するための不便手間を回避するため便宜的に行っているもので、本来の用法でない旨を言う。しかし、前記疎甲各号証によれば、このような用法は通常のことである(疎甲第五九号証では「大半であるのが実情」(一七行目)、同第六〇号証では「使うことが多くあります」(一九行目)、同第六一号証では「多い」(二頁目八行目)、同第六二号証でも「多い」(二頁目三行目)とされている)。そして、この場合は螺合はされず(決定書一九丁裏四行目)、前記二記載の決定の論理を採っても、イ号製品は本件考案の構成要素<3>を充足することになる。

このようなケースにおいて実用新案権の抵触を認めないと、権利の抵触を回避するために形式上一部要素を少し変えておけば実際にはその本来の用い方をしなくとも権利に抵触しないということになって大変に不合理な結果となってしまう。

四、イ号製品における態様のねじ山について

多くのイ号製品においては、その係止穴の内周面の奥略半分にねじ山が形成されている。しかも、このねじ山は当初は係止穴の奥行方向全面に形成されていたのが次第に少なくなって来たものである(債権者準備書面第一の一の五頁六行目ないし八頁九行目)。これは、穴の奥まで螺入させることは作業上不便で、そのため実際には余り奥まで螺入させないので落下事故を起こして危険なことに加えて、そんなに長くねじ山がなくても足りるということから実際的技術的に落ち着いて来たものである。

しかるに、右の程度のねじ山では、単に吊り金具をU字溝の係止穴に引っかけて摩擦力を高めているに過ぎず、文字通り吊り金具の抜出防止が図られているに過ぎない。

従って、仮に決定の言うようにねじ山と抜け防止粗面とがその「技術思想・手段」において差異があるとしても、形式的概念的に、「ねじ山」一般と「抜け防止粗面」一般との比較をすることは誤りで、工業所有権が産業上のものである以上、実際的に考え、本件イ号製品の態様においては、そのねじ山は正に抜け防止のためであり、構成、目的・作用効果はもとより、技術思想・手段においても本件考案と同一であると解すべきである。

右主張は、債権者準備書面(四)第三の二において予備的になされているにも拘らず、決定においては、この点についての判断がなされておらず、不当である。

五、被抗告人(債務者)の抗弁の主張の法律構成について

決定は、被抗告人による、本件考案が実用新案法三条二項及び同法三条の二第一項に違反する旨、或いはそのために抜け防止粗面の解釈を明細書及び図面に実施例として具体的に明示されたものに限定して解釈さるべき旨の主張を抗弁としているが(一一丁裏、一三丁裏)、これは根拠のない法律構成である。

六、結語

以上、決定は、その論理展開においても、事実認定においても多くの誤りを含んでおり、イ号製品は本件考案の技術的範囲に属するものである。貴裁判所におかれては、これらの点について正しい判断をされ、被抗告人による本件実用新案権侵害行為差止の仮処分決定をされたく、お願いいたします。

原審決定の主文及び理由

主文

本件申請を却下する。

申請費用は債権者の負担とする。

理由

第一当事者の求めた裁判

一 申請の趣旨

債務者らは、各自別紙物件目録記載のU字溝を製造し、販売し、または販売のために展示してはならない。

二 申請の趣旨に対する答弁

主文第一項と同旨

第二当事者の主張

一 申請の理由

1 債権者は次の実用新案権(以下「本件実用新案権」といいその考案を「本件考案」という。)の所有者である。本件実用新案権は故高見昭司の所有であつたところ、債権者が譲渡によりこれを取得したものである。

<1> 実用新案登録番号 第一六一九五四〇号

<2> 考案の名称    吊上げ穴付きU字溝

<3> 出願日、出願番号 昭和五七年三月五日(昭五七―三一〇四九号)

<4> 公告日、公告番号 昭和六〇年六月八日(昭六〇―一九一〇二号)

<5> 登録日      昭和六〇年一二月一六日

2 本件実用新案権の実用新案登録請求の範囲は次の通りである。

外部に向つて開口する吊上げ用の係止穴を両側外壁に設けてなると共に該係止穴は前記両側外壁の長手方向の略中央位置で、かつ両側外壁間の対向位置に各々形成されてなり、前記係止穴の内周面及び/またはこの係止穴に挿入される吊り金具の外周面を抜け防止粗面として形成してあることを特徴とする吊上げ穴付きU字溝。

3 本件考案の構成要件及び作用効果は次の通りである。

(一) 構成要件

<1>外部に向つて開口する吊上げ用の係止穴をU字溝の両側外壁に設けてあり、

<2>右係止穴は右両側外壁の長手方向の略中央位置でかつ両側外壁間の対向位置に各々設けてあり、

<3>前記係止穴の内周面及びこの係止穴に挿入される吊り金具の外周面を、或いは前記係止穴の内周面またはこの係止穴に挿入される吊り金具の外周面を抜け防止粗面として形成してある

<4>ことを特徴とする吊上げ穴付きU字溝

(二) 作用効果

(イ) U字溝の外壁長手方向中央位置でかつ両外壁の対向位置に係止穴が設けられていることから、一対の吊り金具を右係止穴に挿入してU字溝をワイヤーによつて吊り上げれば、逆U字状に寝かせて載置されておかれるU字溝を係止穴部を支点として容易に一八〇度反転させ、またこれを移送し、現場に打重(敷設)することができ、

(ロ) 係止穴の内周面及びこれに挿入される吊り金具の外周面、或いは係止穴の内周面または吊り金具の外周面が抜け防止粗面とされている(凹凸部が設けられている)ことから、前記吊り金具を係止穴に挿入してU字溝を吊り上げた際や、表向きに反転させる際などに、係止穴の内周面と吊り金具の外周面との間に大きな摩擦抵抗が生じ、U字溝の係止穴から吊り金具が抜けることはない。

よつてU字溝の施工作業を安全かつ迅速を行うことができる。

4 債務者河原コンクリート工業株式会社(以下「債務者河原コンクリート」という。)、債務者波多コンクリート工業株式会社(以下「債務者波多コンクリート」という。)、債務者八束コンクリート工業株式会社(以下「債務者八束コンクリート」という。)は、いずれも、遅くとも昭和六〇年二月ころから、別紙物件目録記載のU字溝を製造、販売している。

5 債務者ら製造、販売になる吊り上げ穴付きU字溝の構成及び作用効果は次の通りである。

(一) 構成

<1>外部に向つて開口する吊上げ用の係止穴をU字溝の両側外壁に設けてあり、

<2>右係止穴は右両側外壁の長手方向の略中央位置でかつ両側外壁間の対向位置に各々設けてあり、

<3>前記係止穴の内周面の全部或いは一部を抜け防止のための凹凸部からなるねじ山として形成してある

<4>吊上げ穴付きU字溝

(二) 作用効果

(イ) 一対の吊り金具をU字溝の外壁に設けた係止穴に挿入してU字溝をワイヤーによつて吊り上げ、これを係止穴部を支点として容易に一八〇度反転させ、移送し、現場に敷設することができ、

(ロ) 係止穴の内周面が抜け防止のための凹凸部からなるねじ山とされているので、係止穴の内周面と吊り金具の外周面との間に大きな摩擦抵抗が生じてU字溝の係止穴から吊り金具が抜けることはない。

このように、製品の吊上げ作業が安全且つ簡単にできる。

6 本件実用新案権と債務者らのU字溝とを比較すると次の通りであるから、債務者らのU字溝は本件実用新案権の技術的範囲に属する。すなわち、

(一) 本件考案の構成要件<1>、<2>、<4>と債務者らのU字溝の構成<1>、<2>、<4>とは同じである。

(二) 本件考案の構成要件<3>と債務者らのU字溝の構成<3>とを比較すると、前者では、「(U字溝の)係止穴の内周面を抜け防止粗面として形成してあ」り、後者では、「(U字溝の)係止穴の内周面の全部或いは一部を抜け防止のため凹凸部からなるねじ山として形成してある」。

ところで、本件考案において、U字溝の係止穴の内周面を抜け防止粗面にしたのは、この係止穴に吊り金具を差し込んでU字溝を吊上げて反転する際、内周面と吊り金具との間の摩擦抵抗を増大させて吊り金具の抜出を防止したものである。そして、「抜け防止粗面」については、その一実施態様として、本件実用新案公報(以下「本件公報」という。)の考案の詳細な説明2欄九、一四、一六行目及び二一行目に孔の内周面に「凹凸部」を設ける旨の記載がなされている。

他方、債務者らのU字溝の係止穴の内周面には「ねじ山」が形成されているが、「ねじ山」は、連続状の凹部と凸部により形成された「凹凸部」と言えるので、「凹凸部」、従つて「抜け防止粗面」の概念に含まれる。

また、係止穴の内周面にねじ山を形成する目的、効果を考察しても、係止穴に吊り金具を差し込んでU字溝を吊り上げて反転する際、吊り金具が係止穴から抜出しないようにするために他ならず、このような目的、効果以外の目的、効果は全く考えられない。

したがつて、本件考案の構成要件<3>と債務者らのU字溝の構成<3>とは同一である。

(三) 債務者らのU字溝の作用効果(イ)、(ロ)は、本件実用新案権の作用効果(イ)、(ロ)に対応し、両者は同一である。

(四) 以上、債務者らのU字溝の構成、作用効果は、本件実用新案権の構成要件、作用効果と同一であるから、債務者らのU字溝は本件考案の技術的範囲に属するものである。

7 債務者らは、前記のように、遅くとも昭和六〇年二月ころから、故意または過失により前記U字溝の製造、販売をしており、昭和六〇年一二月ころ以降だけでも、

(一) 債務者河原コンクリートについて

<1> 島根県斐川町直江北土地区画整理事業第二工区整備工事 金額二四六万五七九〇円

<2> 島根県出曇市発注武志一の谷線道路改良工事      金額 一一万六三〇〇円

<3> 広島県東城町始終森線道路工事            金額四〇八万〇〇〇〇円

など、少なくとも四九件以上の工事で、計金四〇二二万円以上の売り上げがある。

(二) 債務者波多コンクリートについて

<1> 島根県大田市発注柿田線道路改良工事一工区      金額一八四万五一〇〇円

<2> 島根県発注仁摩町宅野港港湾改修工事         金額 八〇万九二〇〇円

など、少なくとも二七件以上の工事で、計金一二一九万円以上の売り上げがある。

(三) 債務者八束コンクリートについて

<1> 島根県宍道町発注町道砂子原線改良工事        金額 九九万六一〇〇円

<2> 島根県発注湖陵掛合線特殊改良一種工事        金額 九三万一〇〇〇円

など、少なくとも二八件以上の工事で、計金一八〇八万円以上の売り上げがある。

債務者らのU字溝の製造、販売による粗利(売上利益)は、売上高の少なくとも四割はあると考えられる。

従つて、昭和六〇年一二月ころ以降だけでも、現在までに、

(一) 債務者河原コンクリートによるU字溝の売上高は四〇二二万円以上であるので、同債務者は少なくとも約一六〇八万円の利益を得、

(二) 債務者波多コンクリートによるU字溝の売上高は一二一九万円以上であるので、同債務者は少なくとも約四八七万円の利益を得、

(三) 債務者八束コンクリートによるU字溝の売上高は一八〇八万円以上であるので、同債務者は少なくとも約七二三万円の利益を得、

それぞれ債権者に同額の損害を与えた。

8 保全の必要性

債権者は債務者らを被告として本件実用新案権侵害禁止及び損害賠償請求の訴を長野地方裁判所諏訪支部に提起した。

しかるに、債務者らは、現に債権者の本件実用新案権を侵害して前記U字溝の製造、販売を行つており、将来も右製造、販売を継続する予定である。

したがつて、債務者らによる侵害が継続すると、債権者の損害は一層増大し、債権者が前記訴訟において勝訴の判決を得ても、それだけでは回復し難い損害を被るおそれがあるので本申請に及ぶ次第である。

二 申請の理由に対する認否

1 申請の理由1及び2は認める。

2 同3の(一)、(二)(イ)は認める。(二)(ロ)のうちU字溝の係止穴から吊り金具が抜けることはないとの点は否認し、その余は認める。

3 同4のうち、債務者らがU字溝を製造販売していることは認めるが、債務者らが製造販売する右U字溝は、「外部に向つて開口する吊上げ用の係止穴をU字溝の両側外壁の長手方向略中央位置でかつ両側外壁間の対向位置に設け、前記係止穴の内周面の奥約二分の一にねじ山が形成してある吊上げ穴付きU字溝」と特定すべきである。

4 同5の(一)<1>、<2>、<4>は認めるが、<3>は否認する。債務者らのU字溝は、「係止穴の内周面の奥約二分の一にねじ山が形成してある」ものである。(二)(イ)のうち、「係止穴に挿入して」とある点を否認し、その余は認める。債務者らのU字溝は係止穴に吊り金具を挿入するものではなく、螺入するものである。(ロ)のうち、「U字溝の係止穴から吊り金具が抜けることはない」との点及び「製品の吊上げ作業が安全且つ簡単である」との点は認めるが、その余は否認する。債務者らのU字溝において吊り金具が係止穴から抜けないのは、内周面の奥約二分の一にねじ山が形成された係止穴に外周面にねじ山が形成された吊り金具を螺入し、両者を螺合することによる完全止着効果のためである。

5 同6の(一)は認める。(二)のうち、本件考案において、U字溝の係止穴の内周面を抜け防止粗面として形成してあること、右抜け防止粗面にしたのは、係止穴に吊り金具を差し込んでU字溝を吊上げて反転する際、内周面と吊り金具との間の摩擦抵抗を増大させて吊り金具の抜出を防止するためであり、右抜け防止粗面の実施態様として本件公報の考案の詳細な説明欄に債権者主張のとおりの記載があることは認めるが、その余は否認する。(三)、(四)は否認する。

6 同7のうち債務者らがU字溝を製造販売していることは認めるが、その余は否認する。

7 同8のうち債権者がその主張の本訴を提起したことは認めるが、その余は否認する。

8 債務者らのU字溝は、次のとおり、その構成、作用効果を対比すると、本件考案のそれと相違するから、本件考案の技術的範囲に属さないというべきである。

(一) 構成の対比

本件考案の構成要件<3>にいう「抜け防止粗面」は「粗面」であり、U字溝において一般に「粗面」というときは、本件考案の実施例にも記載されているように表面に無数の突起が散点状に並んだ、いわゆるザラザラの面を指すのが技術常識であるから、債務者らのU字溝の係止穴内周面の奥約二分の一に形成されたねじ山を指して「粗面」といわないことは明白である。更に本件考案の構成要件<3>においては、係止穴に吊り金具を挿入するとされているところ、一般に「挿入」というときは、すべり入れるようにして「差し込み入れる」ことを意味し、ねじを回しながら入れる「螺入」は含まれないのが技術常識である。これに対し、債務者らのU字溝はねじ山を切つた係止穴にねじ山を切つた吊り金具を螺入するものであり、この点においても本件考案の右構成要件と相違している。

(二) 作用効果の対比

本件考案は、U字溝の吊り上げ用の係止穴の内周面及びこの係止穴に挿入される吊り金具の外周面或いは右係止穴の内周面または右吊り金具の外周面を粗面化することによる摩擦力増強効果を狙つたものであり、そのために右吊り金具が右係止穴から抜けにくくなるという効果を奏するものであるのに対し、債務者らのU字溝は、U字溝の吊り上げ用の係止穴の内周面と吊り金具の外周面にそれぞれねじ山を切り、両者を螺合することによる完全止着効果を狙つたものであり、そのために右吊り金具が右係止穴から抜けなくなるという効果を奏するものである。更に本件考案の効果として、「U字溝の施行作業を安全かつ迅速に行うことができる。」とされるが、これは前記のとおり吊り金具を係止穴に挿入するという本件考案の構成から生ずる効果であるのに対し、債務者らのU字溝は前記のとおり係止穴に吊り金具を螺入するため、それに時間がかかり、施行作業を迅速に行うことはできない。

以上のとおり、債務者らのU字溝は、本件考案の構成要件<3>を欠くうえ、その作用効果においても本件考案のそれとは格段の差異を有するから、本件考案の技術的範囲に属さない。

三 抗弁

1 仮に本件考案の構成要件<3>にいう「抜け防止粗面」にねじ山が含まれるとするならば、本件考案は実用新案法三条二項に違反している。すなわち、右条項は、出願前当業者が極めて容易に考案できたものである場合は、登録を受けることはできない旨規定しているところ、本件考案は、(イ)昭和五五年二月二五日公開の実開昭五五―二八六四三号及び(ロ)昭和五四年九月二七日公告の実公昭五四―三〇七六六号の各考案において示されたU字溝に、(ハ)昭和五〇年七月二一日公告の実公昭五〇―二五四七七号、(ニ)昭和五四年一二月四日公開の実開昭五四―一七一二三七号及び(ホ)昭和五四年一二月二六日公告の実公昭五四―四五四〇〇号の各考案において示されたねじによる抜け防止技術を単に転用することによつて出願前当業者が極めて容易に考案することができたものであるから、明らかに前記規定に違反して登録されたものであり、無効理由がある。したがつて、本件考案を有効なものとして取扱うとするならば、その構成要件<3>にいう「抜け防止粗面」の解釈については、本件考案の明細書及び図面に実施例として具体的に明示された「散点状の突起」に厳密に限定して解釈されるべきである。

2 また、仮に本件考案の構成要件<3>にいう「抜け防止粗面」にねじ山が含まれるとするならば、本件考案は実用新案法三条の二第一項に違反している。すなわち、右条項は、出願に係る考案が、当該出願日前の他の実用新案、特許出願であつて、当該実用新案出願後に出願公告又は出願公開がなされたものの、願書に最初に添付した明細書又は図面に記載された考案又は発明と同一であるときは、その考案については登録を受けることができない旨規定しているところ、本件考案の先願に係る昭和五六年八月一三日出願の実願昭五六―一二〇五〇九号(昭和五八年二月二二日公開実開昭五八―二七二七号、以下「本件先願」という。)の出願当初の明細書及び図面には、本件考案の全ての構成要件が開示されている。

まず、本件考案の構成要件<1>、<2>、<4>が本件先願の出願当初の明細書及び図面に明瞭に記載されていることについては全く疑問の余地はない。次に、本件考案の構成要件<3>が本件先願の出願当初の明細書及び図面に記載されているか否かをみると、本件先願の当初の明細書二頁一四ないし一五行等には、U字溝Aの吊上げ穴Bに挿入される「加工ボールト5」の文言が明瞭に記載されており、「加工ボールト5」とは雄ねじを有する「加工ボルト」の意味であるから、ねじを切つた部位に何の限定もない以上、右加工ボルトのU字溝内に位置する部分にもねじ山が形成されていると考えるのが技術常識である。

また、本件先願を原出願としてなされた分割出願(実願昭五九―九〇四七六号)の明細書には、「差込み棒5はその長手方向に連結するねじ山を有する加工ボルトからなる差込み棒本体15と、この差込み棒本体15を前記一対の吊り上げ杆4、4に回動可能にして係止しうる鍔部11及びナツト状の止め部9とを有して構成されているものである。」と記載され、図面にも加工ボルトの外周面にねじ山が描かれている。そして、右分割出願について出された拒絶理由通知に対して、出願人は意見書を提出し、「ところで「ボールト」は「ボルト」の意味であり、・・・たしかに図面(原出願の図面、債務者ら代理人注)にはねじ山を有する加工ボルトは描画されていません。しかしこれは出願人自ら図面を描画したからであり、出願人はこの「加工ボルト」をねじ山のある部材として認識していたのであり、その様に解釈できる図面の記載であります。・・・すなわち、前記ねじ山が抜け防止の役目を果たすことになるからであります。」と主張したところ、審査官も右主張を入れ、前記分割出願の考案と本件先願の考案との同一性を認めるに至つている。したがつて、右出願人及び審査官の見解からしても、本件先願には「加工ボールト5」のU字溝内に位置する部分にもねじ山が切つてあることが実質的に記載されていたといわなければならない。

以上のとおり、ねじ山が本件考案の構成要件<3>にいう「抜け防止粗面」に当たるとするならば、結局、本件先願の出願当初の明細書及び図面には本件考案の構成要件<3>についても記載されていたといわなければならないから、本件考案が実用新案法三条の二第一項の規定に違反していることは明らかで無効とされるべきものである。したがつて、本件考案を有効なものとして取扱うとするならば、その構成要件<3>にいう「抜け防止粗面」の解釈については、本件考案の明細書及び図面に実施例として具体的に明示された「散点状の突起」に厳密に限定して解釈されるべきである。

四 抗弁に対する認否

1 抗弁1は争う。債務者ら主張の(イ)、(ロ)の各考案には本件考案の構成要件<1>、<2>、<4>が示されているが、本件考案は、単に右構成要件<1>、<2>、<4>にその要旨があるのではない。また、(ハ)、(ニ)、(ホ)の各考案は本件考案の構成要件<3>に関するものであるが、(ハ)は「ケーブル用ドラム」、(ニ)は「金属性建具の支持装置」、(ホ)は「垂直平板ライナーの吊り具」の各考案であつて、その属する技術分野が本件考案とは全く異なるものであるから、本件考案の進歩性の判断に引用できないものである。そもそも、本件考案は、構成要件<1>ないし<4>の構成要件に基づき申請の理由3(二)記載の優れた作用効果が生まれるところに特色があるものであるから、実用新案法三条の二項に違反していない。

2 同2は争う。本件先願の明細書及び図面を見ても「加工ボールト」なる文言のみしか記載されておらず、右記載からのみでは、本件考案の要旨の一つをなすU字溝の側壁略中間位置に設けた吊上げ穴の内周面をねじを切るなどして「抜け防止粗面」としたことの技術思想は何ら開示されていない。実用新案法三条の二第一項が先願により後願を排除する効力を規定している以上、同条項に規定された「先願の願書に添付された明細書又は図面に記載された考案」とは、極めて明確かつ当業者の誰が判断しても分かるように客観的に記載されていることが必要であつて、本件先願の明細書及び図面に本件考案と同一の考案が記載されているとはとうてい言えない。

五 再抗弁

仮に本件考案に実用新案法三条の二の適用を考えるとしても、同条一項本文かつこ書によると、先願の考案または発明をした者が当該実用新案登録出願の考案者と同一である場合には、同条一項本文の適用が除外され、先願の願書に添付した明細書または図面に記載された考案または発明について、実用新案登録を受けることができるところ、形式的には、本件先願の考案者は「高見秀司」であり、後願となる本件考案の考案者は「高見昭司」であるが、本件考案の考案者は実質的には高見昭司であり、同人は、子を思う気持から本件先願の権利を長男の高見秀司の所有にしようと考えその出願人を高見秀司名義としたものである。したがつて、本件考案は、前記の実用新案法三条の二第一項本文の適用除外の場合に該当する。

六 再抗弁に対する認否

否認する。

七 再々抗弁

仮に本件先願の考案者が高見昭司であつたとすると、同人は、自ら真の考案者が高見秀司でないことを知りながら、故意に本件先願の考案者を高見秀司であると偽つて本件先願を出願したわけであるから、本来高見昭司は本件先願が登録される前に、すなわち、本件先願が特許庁に係属している間に考案者の記載を訂正する責任があつたといわなければならない。しかるに、同人は、これを放置したまま登録を受け、同人の相続人である債権者は、債務者らとの係争が起こつた後に初めて本件先願の考案者は実は高見昭司であつたと再抗弁において主張しているのである。かかる債権者の主張が認められるとすれば、本件先願の考案者が高見昭司であると信じ、これに基づいて本件考案が実用新案法三条の二の規定に違反するものであると信じた債務者らに著しい不利益が及ぶこととなる。したがつて、債権者の右主張は信義則にもとり、禁反言の原則に反するものである。

八 再々抗弁に対する認否

否認する。

第三当裁判所の判断

一 債権者が本件実用新案権を所有していること及び本件考案の実用新案登録請求の範囲が債権者主張(申請の理由1、2)のとおりであることは、いずれも当事者間に争いがない。

二 右争いのない本件考案の実用新案登録請求の範囲及び疎明資料によれば、本件考案は、吊上げ穴付きU字溝に関するものであつて、債権者主張(申請の理由3(一))の<1>ないし<4>の各構成要件からなるものと認められる。

三 疎明資料によれば、債務者らは、次の構成からなる吊上げ穴付きU字溝(以下「イ号製品」という。)を製造販売していることが認められる。

<1> 外部に向つて開口する吊上げ用の係止穴をU字溝の両側外壁に設けてあり

<2> 右係止穴は右両側外壁の長手方向の略中央位置でかつ両側外壁間の対抗位置に各々設けてあり

<3> 前記係止穴の内周面の奥約二分の一にねじ山が形成してある

<4> ことを特徴とする吊上げ穴付きU字溝

四 債権者は、イ号製品の構成は本件考案の技術的範囲に属する旨主張するので検討する。

1 まず、イ号製品が本件考案の構成要件<1>、<2>、<4>を充足していることは明らかであつて、この点は当事者間にも争いがない。

2 そこで、次にイ号製品が本件考案の構成要件<3>を充足するか否かについて検討する。

本件考案の構成要件<3>とイ号製品の構成とを対比すると、本件考案は、U字溝の吊上げ用係止穴の内周面が「抜け防止粗面」として形成されているという構成であるのに対し、イ号製品は、U字溝の吊上げ用係止穴の内周面の奥約二分の一にねじ山が形成されているという構成である。

しかるところ、債権者は、本件考案の右「抜け防止粗面」にはイ号製品の右ねじ山も含まれる旨主張する。しかしながら、疎明資料によれば、本件公報には、本件考案にいう「抜け防止粗面」の意味について特に定義されておらず、本件公報の考案の詳細な説明の項には、右「抜け防止粗面」について、実施例に則し、「孔6の内周面には凹凸部が全面に設けられている」と記載され、添付図面第五図にも係止穴の内周面の全面に多数の小突起が形成されている状態が図示されているに止まり、ねじ山が形成されている状態が「抜け防止粗面」に含まれることを示唆するような記載は存しないことが認められる。

もつとも、債権者は、ねじ山は連続状の凹部と凸部により形成された凹凸部と言えるので、本件考案にいう「抜け防止粗面」の概念に含まれる旨主張しており、なるほどねじ山はその山の頂と谷底の部分をみれば連続した凹部と凸部とによつて形成されているといえるけれども、ねじ山以外にも凹凸部の形状には種々のものが考えられるところであり、凡そ凹凸部であればその全てが本件考案にいう「抜け防止粗面」に含まれるとは解し難いから、イ号製品のねじ山についてもこれが凹凸部により形成されているからといつて直ちに右「抜け防止粗面」に含まれると解することは相当でなく、そう解し得るか否かは、更に右「抜け防止粗面」とイ号製品のねじ山との目的、作用効果及びその目的、作用効果達成の手段として右構成が採用された技術的意義を比較考察して決する必要がある。

しかして、疎明資料によれば、本件公報の考案の詳細な説明の項に「この考案は、吊上げ用の穴を有する吊上げ穴付きU字溝に関する。U字溝施行に際し、現場に運び置いて行く場合、第1図に示すように置いていくがこれを反転させるために、また移送、打重を行なうためU字溝には、係止パイプAが設けられている。そしてこの係止パイプAに第2図に示すように吊り金具Bを挿入し、この吊り金具Bにワイヤーを取付け吊上げる。しかし、係止パイプAと吊り金具Bとの係止は、面接触による摩擦力で係止されているので十分でない。そのため係止パイプAから吊り金具Bが抜け出ることがあり、非常に危険で、またU字溝が破損することもある。この考案は前記事情に鑑み工夫されたものであり・・・・」「このような構成からなるU字溝1の反転、移送、打重を行なうための吊上げには、吊り金具9を穴4に挿入しワイヤー10によつて吊上げる。この時、吊り金具9には、係止パイプ5の孔6に設けられている凹凸部8により抜けにくい。吊り金具9は、係止パイプ5の孔6に挿入されている部分に凹凸部を設けたものでもよい。このようにするとさらに抜けにくくなる。」「U字溝に埋設されている吊上げ用の係止パイプに凹凸を設けることにより、吊上げ用の吊り金具が抜けにくくなり反転、移送、打重等のU字溝の施行作業が安全かつ迅速に行える。」との記載があり、右各記載によれば、本件考案が吊上げ用係止穴の内周面を「抜け防止粗面」と形成する構成を採用した目的、作用効果は、右係止穴に吊り金具を挿入してU字溝を吊り上げた際、右係止穴の内周面と吊り金具の外周面との間の摩擦抵抗を増大させて係止穴から吊り金具の抜出しを防止するという点にある。

これに対し、疎明資料によれば、イ号製品が吊上げ用係止穴の内周面の奥約二分の一にねじ山を形成する構成を採用した目的、作用効果は、右ねじ山(雌ねじ)に対応してその外周面にねじ山(雄ねじ)を形成してある吊り金具を右係止穴に螺入し両者を螺合することによつて係止穴から吊り金具の抜出を防止するという点にある(なお、疎明資料によると、施行業者の中には、イ号製品と同じく吊上げ用係止穴の内周面にねじ山の形成されたU字溝を吊り上げるに際し、右係止穴に外周面にねじ山が形成されていない吊り金具又はねじ山が形成されていても右係止穴の内径より外径が小さい吊り金具を挿入し両者を螺合しない場合があることが認められ、この事実によると、イ号製品についても右と同様の使用方法が採られる場合がありうると考えられるが、他方、右使用方法は施行業者が係止穴に吊り金具を螺入するための不便手間を回避するため便宜的に行なつているものであつて、本来の用法でないことも認められるから、右使用方法が施行業者間で採られていることをもつて、イ号製品が吊上げ用係止穴の内周面にねじ山を形成している目的、作用効果が前記のとおりでなく、本件考案の「抜け防止粗面」のそれと同一であるとすることはできない。)。

以上によれば、本件考案の「抜け防止粗面」とイ号製品のねじ山とは、吊上げ用係止穴から吊り金具の抜出を防止するという目的、作用効果を同じくするといえるけれども、同一の目的、作用効果を有するからといつて直ちにイ号製品のねじ山が本件考案の「抜け防止粗面」に含まれるといえないことはいうまでもなく、かかる目的、作用効果を達成するために、本件考案の「抜け防止粗面」が係止穴の内周面とこの係止穴に挿入した吊り金具の外周面との摩擦力を増大させるものであるのに対し、イ号製品のねじ山が係止穴にねじ山が形成された吊り金具を螺入し両者を螺合させるものであつて、両者は、右目的、作用効果を達成するための技術思想、手段を異にしていることが明らかである。そうだとすると、本件考案の「抜け防止粗面」にはイ号製品のねじ山は含まれないというべきであるから、イ号製品は、本件考案の構成要件を<3>充足せず、本件考案の技術的範囲に属しないものといわざるを得ない。

五 以上の次第で、イ号製品が本件考案の技術的範囲に属することを前提とする債権者の本件申請は、その余の点について判断するまでもなく理由がないから、これを却下することとし、申請費用につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり決定する。

別紙物件目録<省略>

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