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東京高等裁判所 昭和63年(人ナ)5号 判決 1989年1月25日

請求者 甲野花子

代理人弁護士 伊井和彦

拘束者 甲野太郎

代理人弁護士 村山眞

被拘束者 甲野春子

代理人弁護士 竹川忠芳

主文

一  被拘束者を釈放し、請求者に引き渡す。

二  手続費用は拘束者の負担とする。

事実

第一申立

一  請求者

主文同旨

二  拘束者

1  請求棄却

2  手続費用は請求者の負担とする。

三  被拘束者

相当な裁判を求める。

第二当事者の主張

一  請求の理由

1  昭和五六年夏、請求者は甲田大学工学部一年に在学中、乙田大学経済学部二年に在学中の拘束者と知合い、間もなく深く交際し、妊娠し、同年暮から大阪府丙田市の拘束者の両親宅に同居した。

同五七年二月一三日、両人は婚姻し、同年七月七日、両人の長女として被拘束者が生まれた。被拘束者は現在六才六か月余である。

同五九年四月、拘束者は丁田(ないし丁川)株式会社に就職した。

同六〇年三月、請求者は前記大学を卒業した。

同年七月、拘束者は会社の東京営業所に転勤し、これに伴い請求者、被拘束者も上京し、東京都日野市乙川のアパートへ転居した。右転勤は、請求者と拘束者の母甲野竹子との折合いが悪いことなどを拘束者の父甲野松夫が心配して配慮したことによる。

同六一年一月、被拘束者は乙川保育園に入園した。

同六二年三月、請求者は、株式会社甲川に就職し、コンピューターのプログラミング技術者として働いている。

同六三年三月二日、請求者は、被拘束者が静岡の請求者の実家に一時的に預けられていた間に乙川のアパートを出、同月二〇日、東京家庭裁判所八王子支部に離婚調停の申立をした。

同年四月七日、請求者は、被拘束者を実家から連れ帰り、同児と共に日野市甲川のアパートに入居して前記勤務を続け、被拘束者は乙川保育園への通園を続けた。

同年四月下旬、拘束者は会社を辞めて、大阪の両親宅へ帰った。離婚調停は不調に終わった。

同年八月、請求者は、東京地方裁判所八王子支部に離婚等請求訴訟を提起し、現在係属中である。

2  拘束者は、帰阪したのち、被拘束者との面接を求めるなどしなかったが、昭和六三年一一月二四日午後三時四〇分頃、母竹子とともに突然、乙川保育園に現れ、保母らの制止を暴力をもって振り切り、被拘束者を連れ去った。保育園から急を知らされ、請求者は、JR東京駅にかけつけ被拘束者を取り戻そうとして拘束者らともみ合いになったが、拘束者が請求者を羽交絞にするなどしたため取り戻せず、拘束者らは被拘束者を拘束者両親宅へ連れ去った。

翌二五日、請求者とその父乙山五郎は、被拘束者を取り戻すため、大阪府丙田市の拘束者の両親宅へ赴いたが会えず、二七日になってようやく拘束者とその父松夫に会えたが、被拘束者と会うことは拒まれ、取り戻すことはできなかった。

被拘束者はその後現在まで拘束者の両親宅に拘束されている。

3  請求者は、被拘束者の出生以来同人と一緒に暮らし同人を膝下で監護、養育してきたのであり、今後もその監護、養育をすることを強く希望しているところ、被拘束者は六才半の女児であり、母である請求者の監護、養育されることがもっとも自然であり、幸福である。請求者は、仕事をもっているが、保育園への送り迎えをきちんとして、被拘束者と接する時間を多くとるよう努めるなど細かな気配りをしており、監護、養育者として欠けるところはない。また、経済面においても請求者は一か月約一三万円の収入があり、静岡県の実家からの援助も期待でき、不安はない。

これに反して、拘束者は、生来怠惰であり、被拘束者の世話をしたことはほとんどなく、今後も期待できない。また、現在拘束者は休業中であり経済的にも不安定である。拘束者の両親はいずれも老令であり、丈夫でもなく、年金を受けながら大学の寮の管理人などをしており、被拘束者の監護、養育者としては適当でない。また、同人らは、被拘束者を溺愛することはあっても真に適切な養育をすることはできない。

4  請求者が拘束者と離婚することを決意せざるをえなくなった事情は次のとおりである。

拘束者は、日野市へ転居後毎日帰宅が夜おそく家庭をかえりみない生活を続けていたが、昭和六二年九月頃からは更に帰宅がおそくなり、休日にも外出し、同年一二月には外泊もするようになり、同六三年一月には甲原のピンクサロンへ通いその巨額の代金についてローン会社からの請求書が送付されるようになり、同ピンクサロンの女性との不貞行為が判明した。そこで、請求者は、拘束者の家庭をかえりみない態度と裏切り行為に絶望し、被拘束者への悪影響をも考え、拘束者と離婚することを決意し、家を出たのである。

5  以上のとおりであり、拘束者は被拘束者を拘束し、その拘束の違法性は顕著であるから、人身保護法に基づきその釈放と請求者への引渡しを求める。

二  拘束者の答弁

1  請求の理由1の事実は認める。

2  請求の理由2の事実中、請求者主張の日時に拘束者と母竹子が乙川保育園から被拘束者を連れ出し、大阪・丙田市の拘束者の両親宅へ連れて来たこと、拘束者らが保育園の保母らの制止を振り切ったこと、JR東京駅で拘束者らと請求者がもみ合ったこと、請求者とその父が被拘束者の返還を求めて拘束者両親宅に来たこと、拘束者らはこれを拒むことはもとより、会わせることもしなかったことなどは、いずれも認めるが、その余は争う。

3  請求の理由3の事実中、拘束者の父、母が年金をもらい、大学の寮の管理人をしていることは認めるが、その余は争う。請求者は、家事や育児を嫌い、満足な監護、養育をしたことはない。

4  請求の理由4の事実中拘束者の帰宅が遅いことが多かったこと、甲原のキャバレーに行ったこと、相当高額の代金の請求書が来たことなどは認めるが、その余は争う。拘束者は家庭の平穏、夫婦の円満が欠けるため苦悩し、慰藉を求めて同店に通ったが、不貞行為はない。

三  拘束者の主張

1  拘束に顕著な違法性があるか否かは、拘束者と請求者のいずれによって監護、養育されるのが被拘束者にとってより幸福であり、その成長に適切であるかによって決められるべきであるとするのが判例、通説であるところ、次の諸事情によると、被拘束者は拘束者により監護、養育されるのが相当であるから、本件拘束には違法性がないか、少くとも顕著な違法性はない。

(一) 請求者は、家事や育児を好まず、大学在学中は、拘束者やその母にこれらをゆだねることが多く、日野市へ居住してからも、保育園の迎えの時間におくれたり、被拘束者をおいたまま夜間外出をしたり、あるいは連れて外泊をしたりするなど、十分な監護、養育をせず、被拘束者はよく風邪をひいたりした。

(二) 請求者は、元来、性についての道徳意識が薄く、拘束者と婚姻する以前に、男子学生と遊んだり、いかがわしい本を読んでいた形跡があるが、日野市へ居住したのちも、夜おそくまで遊び歩いたり、外泊したりした。

特に、昭和六三年春ころから、会社の丙川秋夫と深い関係を生じ、同年秋ころから被拘束者を連れて丙原市にある丙川のマンションで同棲したりした。しかも、請求者は被拘束者に丙川を「お父さん」と呼ばせ、これに従わないと同児を殴るなどしていた。

(三) 請求者は粗暴であり、被拘束者に暴力を振い、怪我をさせることもあり、被拘束者も「ママはこわい。」とおそれている。

(四) 拘束者と被拘束者は拘束者の両親宅で居住しているが、拘束者の父、母、兄らが同居している。拘束者は、外食産業株式会社戊田に勤務し、一か月一五万円の給料をえ(但し、現在交通事故受傷により休業中)、父(六三才)、母(五六才)は年金のほか、大学の寮の管理人をし相当の収入がある。拘束者の母が主となり、家族一同協力して被拘束者を手厚く養育し、被拘束者は幸福な毎日を送り、「東京に帰りたくない。」といっている。

2  拘束者と請求者は、被拘束者につき共同して親権、監護、養育権を有しているところ、請求者は、拘束者が請求者の乱れた生活態度を改めさせ同人との生活の建て直しを図る目的で被拘束者を一時的に静岡の請求者の両親宅に預けていた間に、拘束者に全く無断で突然、家出し、その後、被拘束者を右両親宅から引き取って同児と同居し、拘束者からの被拘束者との面会要求を一切拒否して一方的に被拘束者の独占的、排他的監護養育をしてきたものであり、そのこと自体、拘束者の前記権利を侵害する違法な行為である。

3  拘束者らが、保育園から被拘束者を連れ去ったのは、次のような経緯による。

請求者が家出し、被拘束者と同居したのち、拘束者は、しばらく被拘束者の所在をつかめなかったが、昭和六三年七月ころ、乙川保育園に通園していることを知り、電話をかけた。拘束者は、同年一〇月末ころ上京し、三沢保育園に行き被拘束者に会ったところ、被拘束者に、拘束者のところへ行きたい旨の言動があったし、そのころ、請求者と丙川との不倫関係があったし、丙川のマンションと保育園は遠いため、被拘束者の生活環境が悪く放置できないと考え、同年一一月二四日連れ出しを決行したものである。

4  請求者は丙川秋夫と同棲しており、裁判所が請求者へ被拘束者を引渡すことを命ずることは、裁判所が違法な生活、そのもとでの違法な監護、養育を命ずることにほかならない。

四  請求者の反論

請求者が、昭和六三年一一月ころ、被拘束者を連れて丙川秋夫のマンションで同棲したことは事実である。しかし、請求者が丙川と深い関係になったのは、同年夏からであり、拘束者主張のように、同年三月請求者が乙川のアパートを家出する前から不倫関係にあったものではない。請求者は、離婚を決意して家出したのち勤務先の先輩である丙川に相談にのってもらったり、健康保険証の手続をしてもらったりしている間に、同人と仲良くなり、拘束者との離婚が成立したら、その際乙川と婚姻することとして同棲したものである。拘束者との離婚を決意している以上、その手続完了後に婚姻をすることを約することは格別非難されるべきことではない。

しかし、丙川に迷惑のかかることを考え、請求者は、同月末日ころ丙川宅を出て丙原市丙山町の弟宅へ、その後更に肩書マンションに転居した。

第三疎明資料《省略》

理由

一  請求の理由1の事実は当事者間に争いがない。

二  拘束者と請求者が昭和五七年に婚姻した夫婦であり、被拘束者が同年七月出生した拘束者、請求者らの長女であり、現在六才と約半年の女児であること、請求者が昭和六三年三月二日ころ、拘束者とそれまで暮していた東京都日野市乙川のマンションを家出し、同年四月七日ころから被拘束者と共に同市甲川のアパートに入居したこと、その間請求者は、離婚調停を申立て、その後離婚訴訟を提起し、係属中であること、被拘束者は、かねて乙川保育園に通園しており、右甲川へ転居後も通園していたこと、拘束者は同年四月中大阪府丙田市の両親宅に引きあげたこと、同年一一月二四日午後三時四〇分ころ、拘束者とその母竹子は、突然同保育園に現れ、保母らの制止を力をもって振り切り、被拘束者を同園から連れ去り、更に急を知らされ、取り戻そうとJR東京駅にかけつけた請求者ともみ合った末、被拘束者を大阪府の前記拘束者両親宅へ連れ去ったこと、翌二五日から二七日にかけて同宅を訪れ被拘束者の返還を求めた請求者とその父に対し返還を拒み、また被拘束者と面接させることをも拒んだこと、現在にいたるまで被拘束者の拘束は続いていることは、いずれも当事者間に争いがない。

三  右経緯、被拘束者の年令に照らすと、被拘束者の現状が人身保護法にいう「拘束」されているものであることは明らかであるので、次に右拘束に「顕著な違法性」があるか否かを判断する。

(なお、以下、1、本件においては全書証につきその成立は争いがないから、その点の記載はしない。2、本来「一応認める」とすべきところ、単に「認める。」と記載する。)

1  《証拠省略》によると、拘束者とその母が本件行為に及んだのは、同人らの被拘束者に対する父あるいは祖母としての愛情感情に基づくものであることは認められる。

しかし、離婚訴訟が係属し、別居中の夫婦の一方が子を監護、養育している場合において、他方がその子を実力をもって連れ去り、拘束するようなこと(以下「略取、拘束行為」という。)は、決して許されてはならない。それは、かかる略取、拘束行為は、子の生命、身体に不測の危険を生ぜしめるおそれがあり、また、現に監護、養育している者はもとより、広く社会に限りない不安と恐怖を与えるからである。数多くの離婚訴訟が起こり、夫婦間で熾烈な子の取り合いが行われ、監護、養育の現状に強い懸念と不安を抱いている者が多いにもかかわらず、略取、拘束行為はきわめて稀にしか起きないことは、当裁判所に顕著なところであり、これによると、多くの者が、前述の理をわきまえ、盛り上る激情を強く自制して良識ある行動をとっているからであると考えられる。このような見地に立って、前述の本件略取、拘束行為をみると、連れ去り方の態様においても、その後の対応の点においても(なお、《証拠省略》によると、被拘束者の国選代理人に対して拘束者の母竹子は「子を返すぐらいなら一緒に死んでもかまわない。」などといっており、略取、拘束行為についての反省が足りない。)、違法性は強いといわざるをえない。

拘束者は、種々弁疏するが、前述のとおり、被拘束者に差し迫った直接の生命、身体の危険があったのでないのに(このようなときでも、警察力によるべきであるが)、保育園から同児を連れ去った本件略取、拘束行為を右弁疏によって正当化することは到底できない。なお、拘束者は、請求者が家出後、静岡の両親宅に一時預けられていた被拘束者を引き取って監護、養育してきたことをもって、それも略取、拘束行為のように主張するが、離婚を決意して家出した妻が、それまで監護、養育してきた子を一時的に預けられていた実家から引き取って監護、養育する行為と本件略取、拘束行為を同列に論じえないことは明らかである。また、拘束者は、請求者が粗暴であり、被拘束者に暴行を加えると主張し、《証拠省略》はこれにそうが、信用し難く、また《証拠省略》によってもこれを認めることができず、他にその疎明はない。更に、《証拠省略》によると、請求者は、家出したのち昭和六三年夏ころ、勤務先の先輩丙川秋夫と深い関係になり、秋には被拘束者とともに丙原市の丙川のマンションで丙川と同棲したこと、請求者は、拘束者との離婚が成立した折りに丙川と結婚するつもりでいること、その後丙川に迷惑のかかることをおそれ、肩書住所に転居したこと、右同棲中被拘束者に丙川を父と呼ばせていたことが認められる。請求者の右行為は軽率なものというべきであるが、そのため、本件略取、拘束行為を正当化することもできない。

2  拘束に「顕著な違法性」があるとして、被拘束者を釈放し、請求者に引渡しを命ずるにあたっては、被拘束者が請求者に監護、養育されることが相当であるか否かも考慮されなければならず、その意味で、被拘束者が拘束者のもとで暮らすことと請求者のもとで暮らすことの優劣を検討しなければならない。

(一)  《証拠省略》によると、被拘束者は、拘束者両親宅に連れて行かれたのち、拘束者の母が主として同児を養育し、拘束者の父、兄らも協力し、手厚く遇され、同児自身「東京へ帰りたくない、ここでパパといるのがよい」などというにいたっていることが認められる。

(二)  しかし、父、母のいずれに監護、養育されるのが相当であるかを判断するにあたっては、遠く広い視野のもとでやや長期的に、より客観的に考えなければならない。

(1) 《証拠省略》、当事者間に争いない事実によると、次のとおり認定、判断される。《証拠判断省略》

(イ) 昭和五七年、被拘束者が生まれた時は、請求者は大学二年、拘束者は大学三年に各在学中で、拘束者の両親宅に同居しており、以後大阪府在住中、被拘束者の養育は、請求者と拘束者の母の協力によってなされた。拘束者も被拘束者を幼稚園に送迎するなどの協力をした。

(ロ) 昭和六〇年夏上京以後は、主として請求者において被拘束者の育児にあたってきた。昭和六二年に請求者が就職したのち、帰宅がおそくなることが多かったが、ベビーシッターをやとい、保育園の出迎えをさせるなどした。被拘束者は、大むね、順調に育っており、請求者の育児に格別の問題は認められない。

(ハ) 請求者は、夜おそく帰宅したり、夜外出したりすることがあったようであるが、前記丙川秋夫との関係は別として、他に明確な不倫関係があったとは認められないし、また、それらのことが育児に著しい悪影響を及ぼしたことも認められない。

(ニ) 丙川との関係は前記のとおりであり、育児上も相当でないが、今後は離婚成立までは自制することとし、その実行も見込まれる。

(ホ) 請求者と拘束者は上京後間もなく不仲となり、請求者は、夫である拘束者に対しては冷く、やさしさを欠き粗野に対応するが、被拘束者に対する愛情は濃く、養育する意思も強い。また、職業や生活向上の意欲も盛んで、昭和六一年には情報技術者二種、同六三年には同一種の資格を取得している。

(ヘ) 請求者は月約一四万円の収入をえ、肩書住居も安定している。なお、乙川保育園に通園させうるか否かは、たしかでないが、そのことは監護、養育について決定的な問題ではない。

(ト) 拘束者は被拘束者に対する愛情をもち、自己において養育したいと希望している。

(チ) しかし、拘束者自身の育児能力はきわめて疑問であり、現在はその母の力に依存して被拘束者を養育している。拘束者は将来は、これから結婚する兄の嫁に依頼する旨述べるが、そのような依頼は相当でない。

(リ) 拘束者は、元来やさしさのある人柄であるが、反面、親への依頼心が強く自立性に欠け、性格は脆弱である。請求者と不仲になり、家庭が面白くなくなると甲原のキャバレーへ通い、巨額(月八〇万円)の支払を求める請求書を送られ、しかもこれを父親に支払ってもらい、また、請求者が家出すると、間もなく会社をやめて父母宅へ帰ってしまうとの事跡があり、これらはそのような性格のあらわれというほかない。

(ヌ) 拘束者は、帰阪後昭和六三年五月から外食産業に勤め、昭和六三年の収入一〇五万円余をえているが、交通事故により休業したためとはいえ、給料による収入は低く、また両親宅は別として自らの住居があるとは認められず、経済的に十分な安定性があるか不安である。

ル 拘束者の母竹子は、五六才であり、大学の寮の管理人をしているが、被拘束者に対する愛情は深く、現在も力を尽くして同児の養育にあたっている。

しかし、子の監護、養育は、父、母においてこれをすべきであり、祖母の力をあまり顧慮すべきではないのみならず、本件略取、拘束行為の経緯により明らかなとおり、竹子は感情的であり、良識を欠く面があり、冷静、理性的な愛情による育児は期待しがたく、到底幼児の育児に適している者とはみられない。

(ヲ) 第一回審問期日に、小部屋で、裁判官立会のもと被拘束者と請求者を面接させたが、被拘束者が母である請求者を嫌悪、畏怖している様子はなかった。

(三)  一般に幼児を監護、養育するには父よりも母が適しているとされ、裁判実務においても大多数の例において母がこれにあたるのが相当とされており、本件においても右(二)の(イ)ないし(ヲ)に列挙した諸事情を総合して考えると、母である請求者に監護、養育させる方が父である拘束者にこれをさせるより、被拘束者の成育や幸福にとってより相当である。

3  以上のとおりであって、本件拘束には「顕著な違法性」があり、本件請求は理由があるから、これを認容し、被拘束者を釈放し、同児を請求者に引き渡すことを命じ、手続費用の負担につき人身保護法一七条、同規則四六条、民事訴訟法八九条に適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 田尾桃二 裁判官 仙田富士夫 市川頼明)

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