東京高等裁判所 昭和63年(行ケ)103号 判決
二 そこで、原告主張の本件審決を取り消すべき事由について判断する。
1 本件意匠を記載した図面であることが当事者間に争いがない別紙(一)並びに成立に争いのない甲第一〇号証(本件意匠登録出願記録一式(包袋とも))及び原本の存在及び成立に争いのない同第六号証(先の判決の判決正本)によれば、本件意匠の形態は、筒体の口部を朝顔状に拡開した花立部の下端に、脚筒を有する伏皿状の台座を嵌合した基本的構成態様のものであり、その具体的態様は、花立部は口径一、高さ約二、底径約〇・五の比率とした逆円錐台形状の有底筒体の口部を拡開して朝顔状にしており、底部に一回り小さい径の短円筒状の突出部を設け、その外周にネジ山を現したものである。台座は、伏皿状の環状鍔部と脚筒部とからなり、環状鍔部は、直径が花立部の口径の約〇・八、同じく高さが約〇・一の比率のもので、断面形状が1/4円弧状の凸弧面状に形成したものであつて、平面の中央に花立部の突出部と嵌合する大きさの円孔を設けたものであり、脚筒部は、高さが花立部の口径の約〇・三の比率の、上下の径を違えた有底円筒で環状鍔部の円孔から下垂させており、上半分の内周にネジ山を現し、下半分は上半分より一回り小さい径とし、底板の中央に正方形の孔を穿つたものであつて、花立部と台座とを螺着したものであることが認められる。
これに対し、前記当事者間に争いがない本件審決の理由の要点(請求の原因二)によれば、本件審決は、本件意匠の形態について、「基本的構成態様について、全体が、有底のやゝ上広がりの円筒であつて口縁をさらに拡開させた花立部の底部にほぼ伏皿状の台座を嵌合した態様であり、その具体的態様についてみると、花立部が、底部から上辺にかけて漸次太くなつて、口縁においてゆるやかなカーブでさらに拡開させており、台座が、口縁の径よりわずかに小さい径のやゝ深皿様の伏皿状であつて円筒の底部の際より外方に張り出した態様に形成されたもの」と認定していることが認められる。
そこで、本件意匠の形態について、前記認定したところと本件審決の右認定とを対比すると、本件意匠の形態についての本件審決の認定は、少なくとも、<1>基本的構成態様の認定において台座が脚筒を有するものである点(以下、「看過点<1>」という。)及び<2>具体的態様の認定において花立部がその底部に一回り小さい径の短円筒状の突出部を設けその外周にネジ山を現したものである点(以下、「看過点」<2>」という。)を看過したものであり、また、<3>台座の脚筒部の前記具体的態様(以下、「看過点<3>」という。)についての認定を全く欠いているものであつて、誤つた認定であるといわなければならない。そして、先に認定した本件意匠の形態からすると、右看過点<1>ないし<3>は、本件意匠の意匠に係る物品である墓前花立筒の台座の墓台石に対する定着手段及び花立部と台座との嵌合手段を形成する態様であると認められる。
2 ところで、前記当事者間に争いのない本件審決の理由の要点によれば、本件審決は、本件意匠と引用意匠との比較検討の頃(請求の原因二3)において前記看過点<1>ないし<3>を差異点として取り上げないで比較検討をし、本件意匠と引用意匠とは基本的構成態様が一致し、具体的態様もほとんど一致していると認め、ひいて本件意匠は引用意匠に類似すると認定判断したものであることが認められるところ、原本の存在及び成立に争いのない甲第七号証(昭和三四年実用新案出願公告第一八〇八〇号公報)によれば、同公報には、名称を「琺瑯製墓地用花立」とする考案について記載されており、その意匠の内容は別紙(三)記載のとおりであつて、花立部の筒体の口部は朝顔状に拡開し、台座は伏皿状のものであることが認められ、右事実によれば、本件意匠に係る物品と同種の物品において花立部の筒体の口部を朝顔状に拡開し、台座を伏皿状とした形態は本件意匠の意匠登録出願前によく知られたものであると認められる。そうすると、本件意匠における花立部の筒体の口部を拡開して朝顔状にし、右花立部に嵌合した台座を伏皿状にした基本的構成態様は、特に看者の注意を引く部分ではないと認められ、一方、墓前用花立筒の写真であることが当事者間に争いのない甲第九号証及び本件口頭弁論の全趣旨によつて認められるところの花立部と台座とを分離した状態で取引がなされるという墓前花立筒の取引の実態並びに後述のこの種物品の主たる需要者は墓石業者である事実とを併せ考えると、本件意匠においては、花立部と台座とを嵌合して墓前花立筒を墓台石に設置した状態における花立部及び台座の具体的態様とともに、前叙の台座の墓台石に対する定着手段及び花立部と台座との嵌合手段を形成する態様も看者の注意を引き本件意匠の要部を構成するものと認めるのが相当である。
3 被告は、墓前花立筒を購入する際には、台座より下の脚筒部は墓台石に埋め込まれてしまうのでほとんど無視され、したがつて脚筒部は本件意匠の類否判断の要部となり得ない旨主張するので検討するのに、本件意匠及び引用意匠の意匠に係る物品がともに墓前花立筒であつて意匠に係る物品が一致することは当事者間に争いがなく、本件口頭弁論の全趣旨によれば、本件意匠及び引用意匠の意匠に係る物品である墓前花立筒の取引関係において主たる需要者の立場に立つのは墓石業者であることが認められる(これに反する墓石業者以外の一般需要者が主たる需要者である旨の被告の主張は採用できない。)ところ、墓前花立筒なる物品の性質上、墓石業者は、墓前花立筒を購入するかどうかの選択に当たつては、前記花立部と台座とを嵌合して墓前花立筒を墓台石に設置した状態における視覚を通じての美感を選択の基準とするとともに、通常、当該墓前花立筒の台座の墓台石に対する定着手段がどのように講じられているかという点及び花立部と台座との嵌合手段がどのように講じられているかという点についても、それらの形状について視覚を通じての美感の面から関心を持つて臨むものと認めるのが相当である。したがつて、右定着手段及び嵌合手段の形状がどのようなものであるかは墓前花立筒を購入する際の重要な選択の基準となるものであるから、墓前花立筒の脚筒部は無視され、本件意匠の要部となり得ない旨の被告の主張は採用できない。
また、被告は、台座の墓台石への定着手段がどのように講じられているかについては技術的観点からは着目されるが美的観点からは着目されない旨主張するが、右定着手段自体は技術的事項であるとしても、右各手段が形状的に現されたものが意匠であつて、前叙のとおり需要者は定着手段に係る意匠の部分についても注意を払うと認められるから、被告の右主張も採用できない。
4 そうすると、本件審決は、本件意匠と引用意匠との間に存し、本件意匠の要部を構成する前記看過点<1>ないし<3>を看過誤認した結果、本件意匠と引用意匠との類否判断において前記台座の墓台石への定着手段及び花立部と台座との嵌合手段の形状につき比較検討をせずに本件意匠は引用意匠に類似すると認定判断したものであるから、前叙の本件審決の認定判断の誤りが本件審決の結論に影響を及ぼすことは明らかであり、本件審決は違法として取消を免れないものである。
三 以上のとおりであるから、その主張の点に判断を誤つた違法があることを理由に本件審決の取消を求める原告の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく理由があるのでこれを認容する。
〔編注1〕本件における特許庁における手続の経緯は左のとおりである。
原告は、意匠に係る物品を「墓前花立筒」とする別紙(一)に記載のとおりの構成からなる登録第五五〇七〇九号意匠(昭和五二年四月一四日出願、昭和五五年一二月二五日登録。以下「本件意匠」という。)の意匠権者であるところ、被告は、原告を被請求人として昭和五六年五月三〇日特許庁に対し本件意匠の意匠登録を無効にすることの審判を請求した。特許庁は、これを同庁昭和五六年審判第一一五五九号事件として審理したうえ、昭和六〇年七月一一日、本件意匠の意匠登録を無効とする旨の審決(以下、「第一回審決」という。)をしたので、原告は、東京高等裁判所に対し第一回審決の審決取消の訴を提起し(当庁昭和六〇年(行ケ)第一三八号事件。以下、「先の取消訴訟」という。)、同裁判所は昭和六二年二月二四日第一回審決を取り消す旨の判決(以下、「先の判決」という。)をした。特許庁は、先の判決後、さらに審理をしたうえ、昭和六三年四月一五日、本件意匠の意匠登録を無効とする旨の審決(以下、「本件審決」という。)をし、その謄本は同年五月一一日原告に送達された。
〔編注3〕本件における別紙(一)、(二)は左のとおりである。
別紙(一) 本件意匠
<省略>
別紙(二) 引用意匠
<省略>
(以下省略)