東京高等裁判所 昭和63年(行ケ)105号 判決
一 請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、二(本願考案の要旨)及び三(審決の理由の要点)の事実は、当事者間に争いがない。
二 そこで、原告主張の審決の取消事由の存否について判断する。
1 本願考案の技術的背景、技術的課題(目的)及び構成が審決の取消事由1(一)ないし(三)記載のとおりであること、第一引用例には審決認定の(1)ないし(4)の記載事項が存することは当事者間に争いがない。
原告は、審決が第一引用例についてFig1及びFig3(別紙図面(二)参照)に基づいてした同(5)の記載事項についての認定は誤りである旨主張するのでまずこの点について判断する。
成立に争いのない甲第三号証によれば、第一引用例には、その技術的課題について、「この発明の課題は、処理すべき身体箇所のめざした有効な洗浄と乾燥を可能とする装置であつて、その装置が便通中に汚ごされ得ず種々の水洗ばちに使用できる装置を提供することである。」(第三欄第二一行ないし第二六行)、「この課題は、発明によると、温水ノズルと付加温風ノズルとが器具支持ハウジングで移動可能なノズル保持体に配置されることによつて解決される。」(第三欄第二七行ないし第三〇行)と記載されていること、そして、この発明の実施例として、ノズル保持体5は、温風ノズル5bと温水ノズル6を備えるものであり(第四欄第四〇行、第四一行)、利用の際に水洗便器の中心軸線A―Bを通つて延びる垂直な平面において斜めに上から下へ電気機械的に外へ移動され、下半身(でん部)の中心を洗浄し、乾燥した後は、再びその出発位置に戻るものであること(第四欄第四五行ないし第五七行)、が開示され、この温風ノズル5bと温水ノズル6とを備えたノズル保持体5の構成と作用を説明することを目的としてFig1ないしFig6(別紙図面(二)参照)が描かれていること、また、第一引用例には、特許請求の範囲9に「完全な水洗便座は器具支持ハウジング(3)を介して全ての商慣習上の水洗ばちに中間板(9)とボルト(11)により固定できる」(第一欄第五五行ないし第五八行)、実施例中に「中間板9は、あらゆる商慣習上の水洗ばちに全水洗便座の固定を可能とする形状と配置を有する」(第四欄第三二行ないし第三五行)と記載されているが、これらの記載は前述の「この装置が(中略)種々の水洗ばちに使用できる装置を提供する」との技術的課題に対応するものであること、そして、第一引用例には、衛生装置付便器における便座の有効着座面積の増大という技術的課題及びこれを解決するための構成については何ら明記されていないことが認められる。
前記認定事実に基づいて第一引用例のFig1とFig3とを検討すると、本願考案の技術的課題である便座の有効着座面積の増大に対応した便座後部下面をケース傾斜部に重合状態に配置した構成が図示されているものとは認めることはできない。Fig1の断面A―Bを示すFig3に、便座後部下面を衛生装置本体ケース傾斜部に重合状態に配置した構成が存するが、この構成はノズル保持体5の斜め上下の移動を案内する便座後方下面の中央部のみに認められるものであり、しかもこの構成は便座の有効着座面積の増大を意図したものではなく、また有効着座面積の増大に寄与するものでもないことが明らかである。
この点について、被告は、第一引用例のFig1とFig3とは平行状態で、かつ同一縮尺で描かれており、Fig1にみられる便座の平面視形状において、便座後端がほぼ直線状となつていることから、便座後端下面の左右全幅にわたつて衛生装置本体ケースの傾斜部に合わせた傾斜状部が形成されているとみるのが図面の常識的かつ客観的な解釈であつて、この解釈に基づく第一引用例記載のものの斜視図は別紙図面(五)に示すとおりであり、符号Wで示した傾斜状の重合部は決して中央部の極めて小部分とはいえない旨主張する。
しかしながら、前掲甲第三号証によれば、第一引用例には、便座後端下面の左右全幅にわたつて衛生装置本体ケースの傾斜部に合わせた傾斜状部が形成されている旨の記載も示唆も存しないことが認められ、そのFig1とFig3の図示だけから、被告主張のような傾斜状部が形成されているものとは到底認めることができない。むしろ、当業者において前記認定事実に基づいてFig1及びFig3を見た場合、便座後部下面を衛生装置本体ケース傾斜部に重合状態に配置した構成は、前記認定のとおりノズル保持体5の斜め上下の移動を案内する便座後方下面の中央部のみに存すると理解するものというべきであつて、被告の右主張は理由がない。
また、被告は、第一引用例は便座の有効着座面積の増大という技術的課題を示唆している旨主張するが、被告がその根拠として引用する第一引用例の第一欄第五四行ないし第五八行及び第四欄第三〇行ないし第三七行の記載は、第一引用例記載のものが全ての商慣習上の水洗ばちに固定できること、言い換えれば既存の種々の水洗ばちに使用できると述べているにすぎないこと前記認定のとおりであり、このことが既存の衛生装置付便座における便座の有効着座面積をいかにして増大するかという技術的課題を示唆しているものとは到底認めることができない。
したがつて、審決認定の第一引用例の(5)の記載事項のうち、「水洗便座部1の後部下面は前記の傾斜部(器具支持ハウジング3の上面側に水洗陶磁製ばち前部へ向けて下向きに形成された傾斜部)に合わせて傾斜状に形成されており、前記傾斜部と重合状態に配置されている」との認定は誤りというべきである。
そして成立に争いのない甲第二号証の一、二によれば、本願考案はその要旨とする前記構成、殊に「衛生装置本体(A)が便器本体(1)への載置部分(A-a)及びその一端から下方に伸延する垂下部分(A-b)を有しかつ載置部分(A-a)上面側に便器本体(1)前部側へ向けて下向きの傾斜部(5g)及び該傾斜部(5g)と上面とを結ぶ縦面(5h)を両側部に設けて凹部(5c)を構成するケース(5)を有し」、「ケース(5)の両縦面(5h)に便座(3)及び便蓋(4)の取付基部(3a)、(4a)を支持する枢軸(30)を(中略)設けるとともに、同枢軸(30)間に支持される便座(3)の後部下面をケース(5)の傾斜部(5g)に合わせて傾斜状に形成し、便座(3)後部下面を該傾斜部(5g)に重合状態に配置」する構成によつて、洗浄水タンク(2)を配置して衛生装置本体(A)及び便座(3)の取付スペースが十分でない便器であつても、便座(3)の有効着座面積は衛生装置を備えた場合でも通常と同様に大きくすることができるので、快適な坐り心地で使用できるとともに十分な洗浄を行うことができるという顕著な作用効果を奏する(本願公報第七欄第五行ないし第一一行)ことが認められ、この作用効果は右構成を欠く第一引用例記載のものにおいて同様の程度には奏し得ないことが明らかである。
以上の認定事実によれば、第一引用例には、「便座及び便蓋(水洗カバー2)の取付基部を支持する枢軸(リンク10)間に支持される便座の後部下面をケースの傾斜部に合わせて傾斜状に形成し、便座後部下面を該傾斜部に重合状態に配置して成る便器」は記載されていないから、この点を本願考案と第一引用例記載のものとの一致点とした審決の認定は誤りであり、また、両者の相違点(ロ)について判断するに当たり、「第一引用例記載のものにおいても便座と便蓋との後部は衛生装置本体ケース上面の傾斜部に本願考案とほぼ同様の位置関係をもつて配置されること」を前提として、「本願考案において衛生装置本体上面に凹部を構成するということ自体に本願考案独自の技術的意義はないことになり、相違点(ロ)は結局のところ傾斜部と上面を結ぶ両側の縦面の有無に帰着する」とした審決の判断は、その前提において既に誤つているというべきである。
2 以上のとおりであるから、審決は、本願考案と第一引用例記載のものとの一致点の認定を誤り、かつ相違点(ロ)についての判断を誤つた結果、本願考案は第一引用例及び第二引用例の記載事項に基づいて当業者がきわめて容易に考案をすることができたとしたものであるから、その余の取消事由について判断するまでもなく、違法として取消しを免れない。
三 よつて、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は正当としてこれを認容する。
〔編注1〕本願考案の要旨は左のとおりである。
局部に温水を噴出して洗浄する噴出部(A-1)と、水を加熱して噴出部(A-1)に温水を供給する温水供給部(A-2)と、空気を加熱して局部に温風を吹出す温風部(A-3)を備えた衛生装置本体(A)を便器本体(1)後部側に載置しかつ便座(3)を同衛生装置本体(A)に開閉自在に枢着して成る便器であつて、
前記衛生装置本体(A)が、便器本体(1)への載置部分(A-a)及びその一端から下方に伸延する垂下部分(A-b)を有しかつ載置部分(A-a)上面側に便器本体(1)前部側へ向けて下向きの傾斜部(5g)及び該傾斜部(5g)と上面とを結ぶ縦面(5h)を両側部に設けて凹部(5c)を構成するケース(5)を有して前記温水供給部(A-2)を垂下部分(A-b)内に収容して成り、さらに前記ケース(5)の両縦面(5h)に便座(3)及び便蓋(4)の取付基部(3a)、(4a)を支持する枢軸(30)を前記傾斜部(5g)の傾斜面よりも上方の位置で向かい合うように設けるとともに、同枢軸(30)間に支持される便座(3)の後部下面をケース(5)の傾斜部(5g)に合わせて傾斜状に形成し、便座(3)後部下面を該傾斜部(5g)に重合状態に配置して成ることを特徴とする便器。
(別紙図面(一)参照)
〔編注2〕本件における図面は左のとおりである。
別紙図面(一)
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別紙図面(二)
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