東京高等裁判所 昭和63年(行ケ)121号 判決
一 請求の原因一ないし三(特許庁における手続の経緯、本願考案の実用新案登録請求の範囲第一項の記載及び審決の理由の要点)は当事者間に争いがない。
二 取消事由に対する判断
1 本願考案の要旨が前記実用新案登録請求の範囲第一項の記載のとおりであることは当事者間に争いがなく、右事実に成立に争いのない甲第二号証(本願考案の願書並びに添附の明細書及び図面)、第三号証の二(昭和六一年八月二九日付手続補正書)、第五号証の二(昭和六二年七月一八日付手続補正書)(以下総称して「本願明細書」という。)を総合すれば、本願考案は、従来から海難時の救命に用いられてきた救命挺や救命筏には、乗込みが困難で、転覆の危険があり、長時間の漂流にも適さない等の欠点があつたことに鑑み、海難に際し、乗込みやすく、激しい風波やタンカー火災等による海面の炎上等の悪条件下にあつても安全で、かつ、長時間の寒気や風波の中での漂流にも耐え得るような海難用救命器を提供することを目的として、前記本願考案の要旨のとおり(実用新案登録請求の範囲第一項の記載に同じ。)の構成を採用したものであることが認められる。
2 また、審決の理由の要点2及び被告の主張に徴すれば、審決指摘の拒絶理由は、要するに、本願明細書の記載によつては、その海難救命器を母船たる船舶に繋止する止着具の具体的な構成ないし危急時の外し方が明瞭でないという点にあると解されるところ、本願考案の要旨が前項記載の目的を達成できるような救命器の構造自体にあることは前項で認定したところから明らかであり、したがつて、拒絶理由指摘の点は本願考案の要旨を構成するものではないというべきであつて、この点は被告も認めて争わないところである。
3 しかして、被告は、本願考案は海難用救命器に関するものであるから、審決で指摘した点はその作用効果に関連する重要な事項であり、要旨外の事項ではあつても、少なくとも実施例中にその具体的な構成等が記載されているのでなければ、当業者が考案を容易に実施し得る程度の記載があるものとはいえない旨主張するので、その当否について判断する。
前掲甲第二号証によれば、本願明細書の考案の詳細な説明の項には「本考案装置は…平時は甲板上の所定位置に適宜の止着具を使用して不動状態に載置されている。しかして、緊急時発生の場合、直ちに天蓋15を開放して内部容器内に乗込むのであり、天蓋15を閉鎖したのち…内部から操作して止着具との係合を外すことにより海上に落下するようになすのであり」(七頁六行ないし一三行)との記載があることが認められ、右記載によれば、本願考案の装置を実用に供する際は、平常時は止着具で母船たる船舶上に固定しておき、事故発生時に、船舶上で救命器内に乗込んだ後、内部から操作して止着具を外して本船を離れるようにすることを予定しているものと解される。しかし、この点が本願考案の要旨を構成するものではないことは前記のとおりであり、本願明細書によれば、本願考案は、海難に遭遇し、船上において乗客又は乗員を収容した海難用救命器に、海上の漂流に耐え、救命器としての本来の機能を果たし得る構造を備えさせることをその主要課題としているものであるから、止着具の構成、取り外しの点は、それ自体実用上重要であることは否定し得ないとしても、本願考案の課題に照らし、考案の使用に関する付随的な事項というべきである。そして、本願明細書によれば、本願考案の海難用救命器に関する構成や作用効果等の記載に不備がなく、考案自体の理解に格別の支障はないものと認められるし、また、止着具の構成、取り外しについても、前記の程度の記載があれば常識に照らしても、当業者が原告主張のような種々の方法を採用し得るであろうことも容易に推測し得るところであるから(成立に争いのない甲第八号証によれば、縛りひもを利用する方法や鎖とレバー又はハンドルを利用する方法等により得ることが窺われる。)、単にこの点に関する記載が具体的でないことのみを捉えて、被告主張のように、本願明細書には当業者が考案を容易に実施し得る程度の記載がなく、したがつて明細書の記載に不備(実用新案法五条三項)があるとすることは到底できないものというべきである。
4 そうであれば、原告主張の取消事由には理由があり、また、これが審決の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから、審決は違法として取り消されるべきである。
三 よつて、原告の本訴請求を認容する。
〔編注〕本願考案の実用新案登録請求の範囲(第一項)の記載は左のとおりである。
球状の外部容器と内部容器とからなり、外部容器は上部と下部の二つのお椀を結合させて形成すると共に、上部には出入用の天蓋を底部にはコンクリートなどの固定バラストを設けしめ、且つ内部容器は半球状に形成すると共に複数個の吊具を使用して外部容器の天井壁から外部容器の内底壁面に対し一定の間隙下で複数のチエンを介し吊下げ状態に配設し、該間隙の下方周辺部には適当数のベアリングを、また上方周辺部は外部容器内の一方向(左右方向)へ揺動自在に軸支させたリングを介し、内部容器を上記方向と直交する他方向(前後方向)へ揺動自在なる如く軸支せしめて内部容器の水平が保たれるようになさしめ、一方内部容器の中心部には消防ポンプ或は水流発生ポンプなどを設置しポンプ周りは人の居住空間となさしめると共に、上記ポンプの吐出管は分岐して外部容器外周壁の対称位置に導くようになすのほか、各吐出口は同方向となるようにし、更に分岐管の一つを天蓋に導いて該部に設けしめたウオーターカーテン用ノズル孔と連結せしめたことを特徴とした海難用救命器。