東京高等裁判所 昭和63年(行ケ)143号 判決
一 請求の原因一ないし三の事実(特許庁における手続の経緯、本願発明の要旨及び審決の理由の要点)については、当事者間に争いがない。
二 取消事由についての判断
1 審決の認定に係る「周知の製本機械」が本出願前普通に知られていたこと、この周知の製本機械と本願発明の構成とは審決の指摘する<1><2>の点で相違するのみであり、その余の構成は共通したものであること、第一引用例ないし第三引用例が本出願前に頒布された刊行物であつて、それぞれに審決認定のとおりの記載があること並びに断裁機においては、断裁寸法の調節をパルスモータを介して行うことや裁断寸法をメモリに記憶させておき作業時にそれを読出してパルスモータを介して断裁位置を自動的に設定する制御装置を設けることが本出願前に広く知られている調節、制御手段であることについては、当事者間に争いがないので、断裁機における右の周知の調節制御手段を従来の製本機械における各装置の高さ調節制御のために適用することが当業者にとつて容易と認められるか否かが争点である。
2 当事者間に争いのない本願発明の要旨に成立に争いのない甲第二号証(特公昭五六―三六〇七九号・本願公報)及び甲第五号証(昭和五八年一〇月一二日付手続補正書)を総合すると、従来の製本機械においては、表紙くるみ作業を行う対象の本の種類やサイズに従つて表紙仮付ローラや表紙を型押しするニツピング装置その他の装置の位置の調節及び更に本の紙質や厚さの違いによる再度の微調整を手動で行つていたことから、製本機械の各装置の調節には相当の時間と労力を要し、かつ製本の無駄をも生じさせていたこと、そのため本願発明は、従来の製本機械における右の欠点を除去すべく本の種類やサイズ等によつて異なる機械各部の調節を自動的に(手動によるのではなく)、しかも最適に設定することができる製本機械の提供を目的として特許請求の範囲に記載されたとおりの構成を採択したものであること(本願公報二欄一行ないし二〇行)、前記本願発明の要旨に徴すると、本願発明は特に製本機械のうちの表紙くるみ機におけるフイードテーブル、グルータンク、仮付ローラ及びニツピング装置のそれぞれの「高さ」を、高さ調節装置で設定され一つのメモリに記憶されたところを高さ設定時に読出して各パルスモータを介して自動的に設定することとした点を特徴としたものであり、審決もこの点を従来の製本機械との相違点<1><2>として指摘したものであること並びに本願発明の効果については、発明の詳細な説明欄に「本の種類及びサイズ等によつて異なる機械各部の高さをパルスモータを介して一旦最適高さに調節した後、この調節後の高さをメモリに記憶させることによつて、製本機械における機械各部の高さの自動位置決めを可能とするとともに、製本の作業能率を著しく向上させることができる効果がある。」(昭和五八年一〇月一二日付手続補正書二頁(2)・甲第五号証)と記載されていることが認められる。
3 取消事由1について
(一) 成立に争いのない甲第六号証(「日本製本紙工年鑑」昭和五二年版日本製本紙工新聞社昭和五二年一〇月七日編集発行・第一引用例)によれば、第一引用例には、審決指摘の記載のほか、製本工程においては断裁機が各所で使われているものであり、この断裁機の断裁寸法の制御のために記憶装置を用いることは昭和五二年一〇月ころには極めて普通のこととなつていて、断裁機のメーカーの関心はエレクトロニクス部品を採用する場合のコスト計算、つまり機種の統一によるコストダウン策に向いている旨の記載のあることが認められ、また、成立に争いのない甲第九号証(日本製本紙工新聞昭和五八年一〇月五日発行)によれば、本出願後のものではあるが、製本紙工の業界紙には、「製本機械のコンピユーター制御は、断裁機の記憶装置として一〇年ほど前から製本業界に普及しはじめた。」との記載のあることが認められ、更に、成立に争いのない甲第一一号証(日本製本紙工新聞昭和五四年六月五日発行)によれば、右の業界紙に、「ヨシノ式三方断裁機五四型はライン化のために開発された高速専用三方断裁機。とくに日本の製本特性を研究しつくした結果生まれた新型でありライン化製本工場に最適の高速タイプである。」との記載のあることが認められる。また、前掲甲第六号証及び第九号証並びに成立に争いのない乙第一号証(「製本界」昭和五一年五月一日発行の東京都製本工業組合の機関紙)をみると、製本業界における新聞や雑誌には、断裁機に関する記事や数値制御断裁機の広告が多数掲載されていることが認められる。これらの事実によれば、断裁機は製本作業の工程において不可欠な断裁工程に必要な機械であり、表紙くるみ機などとともに製本作業を行う者にとつて重要な機械としてみられていることが明らかである。一方、製本機械と断裁機の製造業者の面についてみても、成立に争いのない乙第三号証(前掲「製本界」昭和五〇年一月一日号)及び乙第四号証(昭和五一年一一月一日大阪府製本工業組合発行「製本と紙工一五七・五八合併号)から明らかなように、表紙くるみ機(本願発明の「製本機械」も表紙くるみ作業を行う機械である。)と断裁機のいずれもが同一の企業により製造され、販売されていることが認められる。
以上の事実を総合すると、製本機械と断裁機の技術とは極めて相近接した技術分野に属するものと認められる。したがつて、この点の審決の認定には何ら誤りはなく、相近接した技術分野に属するものとはみられないとする原告の主張は到底採用できない。
(二) 右のとおり製本機械と断裁機の技術とが極めて相近接した技術分野に属するものと認められ、かつ断裁機においては裁断寸法の調節をパルスモータを介して行うこと及び断裁寸法をメモリに記憶させておき作業時にそれを読出してパルスモータを介して断裁位置を自動的に設定する制御技術が本出願前すでに周知であるとの事実(この点は原告の認めるところである。)によれば、断裁機において広く行われているパルスモータを用いて位置決めするという周知の調節制御手段を適用し、手動で行つていた従来の製本機械における各装置、すなわち、フイードテーブル、グルータンク、仮付装置である仮付ローラ及びニツピング装置の各高さを調節するためにそれぞれ別個にパルスモータを設け、これによつてそれぞれの高さを調節することは当業者において容易に想到し得ることと認められ、また、製本機械の各装置の高さを調節するためにパルスモータを用いるに当たり、「裁断寸法をメモリに記憶させておき作業時にそれを読出してパルスモータを介して断裁位置を自動的に設定する」という断裁機における右の周知の制御技術を適用することは、当業者において適宜なし得ることと認められる。
(三) 原告は、本出願当時のマイクロコンピユータの技術水準が未だ4ビツト主流であつたこと及び前記断裁機における周知の制御技術が単純な一軸制御であることを根拠として、右の断裁機の周知の制御技術を手動によつて調節していた従来の製本機械に適用することの困難性を主張するので、以下、検討する。
ところで、本願発明が表紙くるみ作業の工程における各装置の「高さ」を、高さ調節装置で設定され一つのメモリに記憶されたところを高さ設定時に読出して各パルスモータを介して自動的に設定することとした点を特徴としたものであることは前記説示したとおりであるが、成立に争いのない乙第六号証(昭和四二年二月二五日日刊工業新聞社発行「数値制御入門」)によれば、本出願前において、すでにサーボ機構としてパルスモータを用いた工作機械等の位置決め数値制御装置において複数のパルスモータの回転位置を一つのメモリに記憶させるとともに、位置設定時に読出して各パルスモータを回転制御して各装置の位置を自動的に設定する技術が周知の事項であつたことが認められ、また、成立に争いのない乙第七号証(昭和五二年一〇月一二日公開の公開特許公報)及び乙第八号証(昭和五一年三月二二日公開の公開特許公報)によれば、顕微鏡や工業用ロボツトの技術分野においても複数のパルスモータを一つのマイクロコンピユータ(一つのメモリ)で制御して所定の位置の調節制御をする手段が広く用いられていることが認められる。これらのことからみても、本出願前において、すでに複数のパルスモータを一つのメモリで制御する技術は、工作機械その他の機械装置における位置制御の手段として広く用いられている汎用性のある技術手段となつていたものといえる。したがつて、従来の製本機械の各装置の高さ調節のために、断裁機における前記周知の制御手段を適用するに当たつて、複数のパルスモータを一つのメモリで制御する構成とすることには、格別の困難性があるものとは認められない。ところで、前掲乙第六号証にみられる位置決め数値制御装置は指令テープ(さん孔テープ)によつて工作機械を操作するものであり、そこでは指令テープとテープリーダが「記憶装置」を構成しているものと認められる(図2・6制御回路のブロツク線図参照)が、この記憶装置も、データを蓄積記憶するとともに必要に応じてこれを取り出して利用する記憶装置の一態様であり、本願発明におけるメモリ(本願発明においてもメモリ、すなわち記憶装置の蓄積手段や記憶媒体は限定されていない。)に相当するものであるから、前掲乙第六号証にみられる制御の技術が本願発明を構成する制御手段と別次元のものとする原告の主張は理由がない。また、前記説示のとおり本出願前にすでに複数のパルスモータを一つのメモリで制御する技術は、工作機械その他の機械装置における位置制御の手段として広く用いられる汎用性のある技術手段となつていたものといえるから、仮に、本出願当時のマイクロコンピユータの技術水準が4ビツト主流であつたとしても、このことをもつて、複数のパルスモータを一つのマイクロコンピユータ(一つのメモリ)で制御することが実施困難であつたと解することはできない。更に、原告は、製本機械の需要者に当たる一般的製本業者の導入技術に対するレベルの低さや本出願当時の製本業者の関心が高速量産指向であつて、工程替えに伴うセツト時間をいかに短縮するかという課題に関心が向いていなかつたことを根拠として断裁機における周知の制御手段の適用の困難性を主張するが、前記説示したとおり製本機械と断裁機の技術とが極めて相近接した技術分野に属するものであり、これらを製造販売する業者も比較的共通することや断裁機においては断裁寸法をメモリに記憶させておき作業時にそれを読出してパルスモータを介して断裁位置を自動的に設定する制御技術が本出願前すでに周知であつたこと、複数のパルスモータを一つの記憶装置で制御する手段が汎用性のある技術であること及び手動によつて調節していた従来の製本機械に前記認定のとおり「各装置の調節には相当の時間と労力を要し、かつ製本の無駄をも生じさせていた」という欠点があつたことなどを併せ考えれば、原告の指摘する事項を勘案しても、特に製本機械の製造分野において、断裁機における前記周知の技術や前記多軸一制御の汎用技術を適用することが困難であつたとは認められない。したがつて、断裁機における周知の制御手段を従来の製本機械に適用することの困難性をいう原告の取消事由1の主張は採用の限りでない。
4 取消事由2について
前記認定のとおり本願発明の効果として発明の詳細な説明欄に「本の種類及びサイズ等によつて異なる機械各部の高さをパルスモータを介して一旦最適高さに調節した後、この調節後の高さをメモリに記憶させることによつて、製本機械における機械各部の高さの自動位置決めを可能とするとともに、製本の作業能率を著しく向上させることができる効果がある。」と記載されているが、右の事項は、手動によつて高さを調節していた従来の製本機械の構成に、前記の断裁機における周知の制御手段を適用することによつて当然に予測されることであるから、これをもつて格別の効果と評価することはできない。
三 以上のとおりであるから、審決に認定判断を誤つた違法があることを理由にその取消しを求める原告の本訴請求は、失当としてこれを棄却することとする。
〔編注〕本願発明の要旨は左のとおりである。
チエーンに取付けられた折本クランプ・アンクランプ用クランパのチエーン軌道に沿つて回動途上に対して、クランパにクランプされる折本の背を揃えるフイードテーブルと、クランパにクランプされた折本の背を削るカツタ装置と、カツタ装置上を通過した折本の背にグルーを塗布するグルータンクと、表紙送りから送られて来た表紙を折本の背面に仮付けする表紙仮付装置の仮付ローラと、仮付けされた表紙と折本を型押しするニツピング装置とのそれぞれを設け、かつ、前記フイードテーブル、グルータンク、仮付装置の仮付ローラ及びニツピング装置に対してそれぞれの高さをパルスモータを介して調節する高さ調節装置を設け、更に、折本の種類に対応して決定されるフイードテーブル、グルータンク、仮付装置の仮付ローラ及びニツピング装置の前記高さ調節装置で設定された各高さをメモリに記憶させるとともに高さ設定時に読出して各パルスモータを介してそれぞれの高さを自動的に設定する高さ制御装置を設けることを特徴とする製本機械