東京高等裁判所 昭和63年(行ケ)165号 判決
一 請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、二(本願発明の要旨)及び三(審決の理由の要点)の事実は、当事者間に争いがない。
二 そこで、原告主張の審決の取消事由の存否について判断する。
1 成立に争いない甲第二号証(本願発明の特許出願公告公報。以下「本願明細書」という。)によれば、本願発明の技術的課題(目的)、構成及び作用効果は、次のとおりと認められる(別紙第一図面参照)。
(一) 技術的課題(目的)
本願発明は、特に低負荷運転時における運転の円滑化及び排気対策を図つたエンジンの吸気装置に関する(第一欄第一〇行ないし第一二行)。
エンジンの低負荷運転時、特に低速低負荷時は、燃焼室に吸入される混合気の充填効率が低いため、火炎の伝播速度が低く、かつ安定しない。そのため、エンジンの熱効率が低く、しかもサージングが起きて運転に円滑さを欠き、さらに不完全燃焼成分が排出される等の不都合がある。そこで、燃焼室内に適当な混合気の乱れを生じさせ、これによつて火炎の伝播速度を増加させる手法が採用されるが、その一つとして、シユラウド付きの吸気弁を使用する等して、燃焼室内に吸入される混合気にスワールと呼ばれる接線方向に旋回する運動を与える方法がある。しかしながら、この方法は、シユラウドの存在が高速運転時の吸入効率を阻害する等の不都合もあり、実用面において必ずしも十分なものとはいえない(第一欄第一三行ないし第二欄第五行)。
本願発明は、このような不都合を解決するために、極めて簡単な構成によつて燃焼室内にスワールを生じさせ、もつて、低速低負荷時においても円滑に運転され、しかも未燃焼有害物質の排出を低減したエンジンの吸気装置を提供することを目的とする(第二欄第六行ないし第一六行)。
(二) 構成
本願発明は、前記目的を達成するために、その要旨とする構成を採用したものである(第二欄第七行ないし第一一行)。
本願発明の構成を第1図に示す実施例によつて説明すると、1は複合型気化器であつて、1cは人為的に開閉される第一次絞り弁である。9は燃焼室であつて、その前後に吸気通路5、排気通路6、吸気口7及び排気口8を有する。4は、右燃焼室9を備えたシリンダヘツドである。14は、気化器1と吸気通路5とを結ぶ多岐吸気管であつて、吸気通路15を形成する(以上は、周知の内燃機関の構造と特に変わるところはない。)。16は、吸気通路15内に、開閉自在に設けられた補助絞り弁であつて、吸気通路内の圧力変動に順応して開閉制御される。17は、この開閉制御を担当するオープナであつて、吸気通路15に連通された圧力室17a、圧縮ばね17c及び作動ロツド17d等から構成される。21は、前記シリンダヘツド4の吸気口7近傍の吸気通路5に、燃焼室9方向を指向するように開口した吸気口であつて、この吸気口21は、第2図及び第3図に示されているように、燃焼室9の中心より一側に偏る方向に向かうように開口されている。そして、この吸気口21は、吸気管22及び連通管23、24によつて、吸気通路15の補助絞り弁16の上流側に連通されている(第二欄第二〇行ないし第三欄第二四行)。
したがつて、エンジン停止時及び高負荷高回転時においては、第一次絞り弁1cが開かれ、吸気通路15内の負圧が低くなるから、圧縮ばね17cの弾撥力が勝つて作動ロツド17dが引き上げられず、補助絞り弁16は解放状態にある。一方、エンジンの始動直後あるいは低負荷運転時においては、第一次絞り弁1cの開度は少なく、吸気通路15内の負圧が高くなるから、圧力室17aが吸引されしたがつて作動ロツド17dが引き上げられるので、補助絞り弁16が回動して、吸気通路15を閉塞ないし低開度とする。このように補助絞り弁16が閉じると、気化器1から供給される混合気は、連通路24、23及び通気管22を通つて、通気口21から燃焼室9に吸入される。そして、これらの連通路24、23及び通気口21は吸気路15と比較すると相対的に細く、しかも、通気口21は、燃焼室9を指向し、かつ燃焼室9の中心より偏つた位置に開口しているから、ここから供給される混合気は、高速の噴流となつて燃焼室9内に吸引され、スワールを生じさせる(第三欄第二五行ないし第四欄第一行)。
(三) 作用効果
本願発明によれば、燃焼室にスワールが生ずるため火炎の伝播が速くなり、低負荷時においても良好な燃焼が得られ、したがつてサージング等の起きない円滑の運転が期待でき、しかも未燃焼炭化水素の放出を低減することができる(第四欄第三六行ないし第五欄第一行)。
2 右認定事実によれば、本願発明は、エンジンの低速回転時は燃焼室に吸入される燃料と空気の混合気の充填効率が低く不都合を生ずるとの知見に基づいて、高速回転時(すなわち、通常運転時)は補助絞り弁16が開かれた吸気通路15及び5を通じて混合気を吸入させるが、低速回転時(例えば、始動時)には、補助絞り弁16を絞つて吸気通路15及び5を通ずる吸入を止め、補助絞り弁16の上流から分岐させたいわばバイパスである連通路24、23及び通気管22を経由して混合気を吸入させることを基本的技術思想とし、かつ、右バイパスの出口である通気口21の位置及び方向を、混合気にスワールが発生するように設定したものである。そして、右通気口21は、再び吸気通路5に戻つて開口され、かつ、固有の吸気弁を備えるものでないから、連通路24、23及び通気管22それ自体は吸気通路として機能し得るものでないことが明らかである。
3 一方、成立に争いない甲第三号証(別紙第二図面参照)によれば、引用例記載の発明は、エンジンの性能は吸気及び排気の開閉時期によつて左右され、しかも開閉の最適時期は回転速度によつて変化するが、エンジンの回転速度に応じて吸気及び排気の開閉時期を変化させることは技術的に困難であるとの知見に基づき(第一欄第二一行ないし第二六行)、低速から高速にわたつて十分な性能を発揮でき、かつ大気汚染の問題も生じないようなエンジンの吸気装置を提供することを目的として(第二欄第一八行ないし第二一行)、吸気通路を、主絞り弁6の下流で一対の通路、すなわち、主吸気通路3と副吸気通路4とに二分して、主吸気通路3の吸気口1は主吸気弁10によつて開閉し、副吸気通路4の吸気口2は主吸気弁10より早く開口する副吸気弁11によつて開閉するようにし、かつ、副吸気通路4に、通常は絞られているがエンジンの回転数が所定値以上になつた時のみ開かれる副絞り弁5を設けたものであり(第二欄第二二行ないし第三欄第一八行)、したがつて、主絞り弁6が所定開度以上になれば副絞り弁5も開いて主吸気弁10及び副吸気弁11が共に働き、高速回転時(すなわち、通常運転時)にも高出力を得ることができ(第四欄第一二行ないし第二〇行)、一方、エンジンの低回転時(例えば、始動時)には副絞り弁5が絞られるので、吸気は主吸気弁10のみによつて行われ、高い出力トルクを得ることができるものと認められる(第三欄第三六行ないし第四欄第一二行)。
そうすると、引用例記載の発明においては、主吸気口1と副吸気口2は、いずれもそれ自体が吸気通路として機能し得る主吸気通路3と副吸気通路4の燃焼室への出口であつて、そのいずれかを主とし他をバイパスとすることはできない。のみならず、副絞り弁5(本願発明の補助絞り弁16)より上流の吸気通路から分岐させた連通路の出口という意味では本願発明の通気口21と対比され得る主吸気口1は、副吸気通路4を介することなく直接燃焼室7に開口され、したがつて固有の弁である主吸気弁10を必須のものとして備えていることが明らかである。
4 以上のとおりで、本願発明の通気口21と引用例記載の発明の主吸気口1とは、その構成及び作用効果を著しく異にするものといわざるを得ず、単に補助絞り弁ないし副絞り弁より上流の吸気通路から分岐させた連通路の出口であるという視点のみから両者を実質的に一致すると認定した審決は、本願発明と引用例記載の発明との一致点の認定を誤つたものであり、この誤りが審決の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから、その余の取消事由の存否を検討するまでもなく、違法として、取消しを免れない。
三 よつて、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は正当であるからこれを認容することとする。
〔編注1〕本願発明の要旨は左のとおりである。
吸気口に連なる吸気通路に、絞り弁と、その下流に位置して低負荷時にのみ吸気通路を閉じる補助絞り弁とを設け、これら両絞り弁間と、
吸気口近傍の吸気通路に燃焼室方向を指向しかつ燃焼室内の中心より一側に偏つた位置に開口した一個の通気口とを連通させたことを特徴とする、エンジンの吸気装置(別紙第一図面参照)。
〔編注2〕本件における図面は左のとおりである。
別紙第一図面
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別紙第二図面
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