大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和63年(行ケ)177号 判決

一 請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、二(本願発明の要旨)及び三(審決の理由の要点)の事実は、当事者間に争いがない。

二 そこで、原告主張の審決の取消事由の存否について判断する。

1 成立に争いのない甲第二ないし第五号証によれば、本願発明は、海底ケーブル、特に広帯域通信に適する中継海底ケーブルに関するもの(本願明細書第三頁第九行、第一〇行)であつて、海底ケーブルに光フアイバを用いる場合、湿気に対する密閉保護の必要性があり、かつ光フアイバに湿気と応力とが共存すると急速に機械的破壊が生じるため敷設及び修復時に海底ケーブルに加わる機械的応力のための密閉保護が特に重要であるが、従来単一構造海底ケーブルにおいて右要求を満たすものは存在せず、例えば、ケーブルの形態に整えられた複合光フアイバアレー構造のものは、海中における作業時の圧力及び応力に十分耐えることができないし、フアイバへの水分の浸透を防ぐ防水機構も十分でなかつたという問題点を同時に解決することを技術的課題(目的)とし(同第三頁第一八行ないし第五頁第一行)、特許請求の範囲第一項(本願発明の要旨)記載の構成(昭和六二年六月二四日付け手続補正書第三頁第二行ないし第一〇行)を採用したものであることが認められる。

一方、成立に争いのない甲第六号証によれば、引用例記載のものは機械強度を大にした光伝送用ケーブルに関するもの(第一頁左下欄第一三行、第一四行)であつて、従来の光伝送用ケーブルは、第1図(別紙図面(二)参照)に示すように光伝送用フアイバを高分子被覆層で覆うか、また、第2図に示すように右高分子被覆層の上を金属被覆層等で覆つている構造であるため機械的強度が弱く、所定の引張り強度を維持できないという欠点があり、右欠点を除くために第3図に示すように高分子被覆層の中に抗張力線を配置した構造のものも断面が円対称とならないため曲げ特性に不都合が生じる欠点があつたので、抗張力線と光伝送用フアイバとを一体化することによつて右欠点を除去することを技術的課題(目的)とし(第一頁左下欄第一五行ないし右下欄第八行)、特許請求の範囲記載の構成、すなわち、「中心抗張力体の外周に複数の格納用溝を軸方向に設け、前記格納用溝中にそれぞれ光伝送用フアイバを収納し、さらに前記中心抗張力体および光伝送用フアイバの外周に複数本の抗張力体を配置し、その外側を金属殻で密閉するとともに、前記金属殻を絶縁体の外被で被覆したことを特徴とする光伝送用ケーブル」(第一頁左下欄第五行ないし第一一行)を採用したものであることが認められる。

2 原告は、審決は本願発明と引用例記載のものとを対比判断するに当たり、「耐負荷構造」の点に関して本願発明及び引用例記載のものの技術内容を誤認した結果、両者の一致点の認定を誤つた旨主張する。

そこで、まず、本願発明において耐負荷構造を与えるものはどの部材であるかについて検討すると、前記認定の特許請求の範囲には、「該ケーブル心の周囲を取り囲み耐負荷構造を与える複数の撚り外側金属ワイヤ」と記載されており、ほかに耐負荷構造についての記載はない。そして、前掲甲第二号証によれば、本願明細書の発明の詳細な説明中には、(a)「実施例では、ケーブルは第一の中心補強線条と複数の第二の撚つた鋼製ワイヤとを有する二重補強部材システムを含む。第二のワイヤは環状絶縁心部によつて中心線条から放射状に分離されている。」(第五頁第二行ないし第八行)、(b)「ケーブルの第二の外部補強部材(15)は、第1図に示されているように外側の層内で、心(11)の外径部のまわりを連続的におおう複数の撚られた鋼製のワイヤ(16)からなる。特にその外部補強部材中の撚られた鋼製ワイヤ(16)は、心(11)と直接に接触する八本のワイヤーの内側の層とその内側の層に接触する一六本のワイヤーの外側の層とに分けることができる。」(第六頁第一八行ないし第七頁第六行)、(c)「下記の第1表は前の内容にかなう海底フアイバガイドケーブル(10)のいくつかの要素の一般的寸法を示す。第1表 中心鋼製ワイヤの直径一・〇mm 環状絶縁心部の外径二・五六三mm(中略)撚つた鋼製ワイヤから成る八本のワイヤの内部層の外径五・六七一mm 撚つた鋼製ワイヤから成る一六本のワイヤの外部層の外径七・八八二mm」(第九頁第一九行ないし第一〇頁第一二行)と記載されていることが認められ、右記載によれば、本願明細書の発明の詳細な説明には、複数の撚り外側金属ワイヤ、すなわち、第二の外部補強部材(15)が耐負荷構造を与えるという明示的な記載はないが、第二の外部補強部材(15)は撚つた八本のワイヤから成る内側の層とその内側の層に接触する一六本のワイヤから成る外側の層から構成され、しかも右内側の層の外径及び右外側の層の外径は、それぞれ中心の鋼製ワイヤの直径の約五・七倍及び七・九倍の太さであつて、かつ環状絶縁心部の外径の約二・二倍及び三・〇倍の太さになるように選定されていることが認められるから、本願発明のケーブルにおいて、耐負荷構造を与える部材は、中心鋼製ワイヤ、すなわち、内部補強部材(12)ではなく、複数の撚り外側金属ワイヤ、すなわち、第二の外部補強部材(15)であると理解することができる。

したがつて、本願発明において、耐負荷構造を与える部材は、ケーブル心の周囲を取り囲んでいる複数の撚り外側金属ワイヤであるというべきである。

一方、引用例記載のものにおいて、耐負荷構造を与える部材はどの部材であるかについて検討すると、前記認定の引用例の特許請求の範囲には、耐負荷構造との用語は用いられてなく、ただ「中心抗張力体」、「複数本の抗張力体」との記載があり、この用語はその語義からみて、耐負荷構造と略等価又は類似の特性を示す用語であると一応理解することができる。そこでさらに引用例記載のものの技術内容を、その発明の詳細な説明及び図面(別紙図面(二)参照)に基づいて検討すると、前掲甲第六号証によれば、引用例には、(イ)「引張強度を高めるために第3図に示すように抗張力線4を高分子被覆層2内に配置した構成のものが考えられているが、このような構造の場合には断面が円対称とならないために曲げ特性上不都合が生じる欠点があつた。この発明は、これらの欠点を除去するため、抗張力線と光伝送用フアイバを一体化したものである。」(第一頁右下欄第一行ないし第八行)、(ロ)「11は金属線からなる中心抗張力体で、その外周縁部には適宜数の格納用溝12が軸方向に形成されており」(同頁右下欄第九行ないし第一一行)、(ハ)「14は抗張力体で、介在テープ15を介して前記中心抗張力体11の外周面に密接してらせん状に巻かれる。」(同頁右下欄第一三行ないし第一五行)、(ニ)「抗張力体14によつて抗張力強度の高い、曲げ特性にすぐれた機械特性を得ることができる。また、金属殻16はパイプ状のものを引きおとすなどの方法で抗張力体14に密着させることにより、抗張力体14の巻き返し力をおさえ、かつ外気、外圧を完全にしや断することができる。このため、光伝送用フアイバ13の周囲の環境を一定に保つことが可能になると共に周囲からの圧壊力に対して光伝送用フアイバ13を保護する効果が高くなる。」(同頁右下欄第一七行ないし第二頁左上欄第六行)、(ホ)「中心抗張力体の外周に格納用溝を軸方向に設け、この格納用溝内に光伝送用フアイバを収納し、その外側に複数本の抗張力体を配置し、さらにその外側を絶縁体の外被で被覆した構成を有するから、引張強度を向上させることができ、それに伴い光伝送用フアイバの長尺ケーブル化が可能となり、さらに圧壊力に対しても充分な強度を維持できることから、直埋も可能となる。また、機械強度が向上することによつて海底ケーブルとしての適用も可能となる。」(第二頁左上欄第一六行ないし右上欄第五行)と記載されていることが認められる。右記載のうち、(ニ)の記載によれば、引用例記載のものにおいて、耐負荷構造を与えるのは、抗張力体14であるかのようにみられるが、(イ)の記載にあるように、引用例記載のものは、従来の光伝送用ケーブルの引張強度が弱いという欠点を除去するために抗張力線と光伝送用フアイバを一体化したものであつて、右光伝送用フアイバと一体化された抗張力線とは、(ロ)及び(ハ)の記載並びに第4図によれば、格納用溝12に光伝送用フアイバ13が収納されているところの中心抗張力体11であることが明白であるのに対して、抗張力体14は中心抗張力体11の外側面、換言すれば光伝送用フアイバ13の外側面にテープを介して密接して巻かれているものであつて、光伝送用フアイバを基準にして、構造上それと抗張力体14とが一体化されているとは到底認めることができず、(ホ)の記載も右のような理解を妨げるものではない。

したがつて、引用例記載のものにおいて、本願発明でいうところの耐負荷構造を与える部材は、中心抗張力体であるというべきである。

この点に関して、被告は、引用例記載のものは、中心抗張力体と抗張力体との間にテープが介在できる間隔があり、右間隔の存在によつて金属殻を抗張力体に密接するに当たり、抗張力体同士を接触させてその断面円形状の径の縮小を抑えており、また、抗張力体は、金属殻によつてその動きを規制されているため、引張り力だけでなく、半径方向に働く負荷をも支えるものであつて、本願発明の撚り外側金属ワイヤに相当する旨主張する。

しかしながら、前掲甲第六号証によれば、引用例には、僅かにその第4図に複数の抗張力体14の隣接するもの同士が接触している構造が図示されているだけで被告主張の作用に関する記載は引用例中に全く見いだすことができないことが認められるから、引用例記載のもののケーブルが被告主張のような作用を呈するものであるとの技術的根拠は極めて薄弱であり、むしろ前述のとおり、ケーブルに加わる引張り力と、その半径方向に働く負荷の大部分を支えるという作用は、主として中心抗張力体が受け持つているとみるのが極く普通であると考えられ、被告の前記主張は採用できない。

したがつて、引用例には、「ケーブル心の周囲を取り囲み耐負荷構造を与える複数の抗張力体」が記載されているとの審決の認定は誤りであり、この誤つた認定を前提に引用例記載のものにおける「中心抗張力体」と「抗張力体」とはそれぞれ本願発明の「補強中心ワイヤ」、「撚り外側金属ワイヤ」に相当し、両者は右構成において一致するとした審決の認定もまた誤りというべきである。

3 次に、原告は、審決は、本願発明と引用例記載のものとの相違点について判断するに当たり、引用例記載のものの技術内容を誤認した結果、引用例記載のものに周知のケーブル心の構造を適用することが格別困難であるとは認められないと誤つて判断した旨主張する。

成立に争いのない甲第七号証によれば、周知例記載のものは、低損失光フアイバを伝送媒体とする光フアイバケーブルの構造とその製造方法に関するもの(第一頁左下欄第一七行ないし第二〇行)であつて、低損失光フアイバケーブルは、通常ガラス等の脆い材料で作られているため光フアイバが破断しないように機械的強度を増す必要があるが、従来の光フアイバケーブルは機械的強度、特に耐圧縮強度の面で十分でなく光フアイバが破断するおそれがあつたので、外圧をフアイバにほぼ一様に作用させ、局部的に作用する圧力でフアイバが破断するのを防止することを技術的課題(目的)とし(同頁右下欄第一行ないし第二〇行)、特許請求の範囲(1)記載の構成、すなわち「少なくとも相互に接触することのない間隔で配置された複数の光フアイバ間を該光フアイバ材質より小なるヤング率の物質からなる保護体で充填してなることを特徴とする光フアイバケーブル」(同頁左下欄第五行ないし第九行)を採用したものであることが認められる。

これに対し、引用例記載のものは、前記認定のとおり、従来知られていた光伝送用フアイバを高分子被覆層で覆う構造のケーブルは、機械的強度が弱く所要の引張強度を維持できない等の欠点があつたため右欠点を除去することを技術的課題(目的)とし、光伝送用フアイバを高分子被覆層で覆う構造のケーブル心の代わりに、中心抗張力体に格納用溝を形成し、その中に光伝送用フアイバを収納して成る構造のケーブル心を採用しているものであつて、光伝送用フアイバを高分子(エラストマー)被覆層で覆う構造の従来のケーブル心の使用を否定しているのであるから、当業者において、右のような構造を持つた従来のケーブル心の技術的欠陥を何ら指摘することなしに、しかも右構造を持つた従来のケーブル心に何ら改良を加えることなしに、引用例記載のもののケーブル心として、再び高分子(エラストマー)被覆層で覆う構造を持つた周知のケーブル心を適用することは、引用例が開示している技術的思想に反するものであつて、右適用に格別困難がないとすることはできない。

この点に関して、被告は、引用例記載のものの抗張力体が耐負荷構造を与えること、及びエラストマーを使用したケーブル心が周知であることを考慮すれば、周知のケーブル心の構造を引用例記載のもののケーブル心に適用することが格別困難であるとは認められない旨主張する。

しかしながら、引用例記載のものの抗張力体は、本願発明における耐負荷構造を与える部材でないことは前述のとおりであり、本件出願当時エラストマーを使用したケーブル心が周知であつたとしても引用例記載のものの持つ技術的思想に反し、中心抗張力体に格納用溝を形成し、その中に光伝送用フアイバを収納して成る構造のケーブル心に代えて、高分子(エラストマー)被覆層で覆う構造を有する周知のケーブル心を適用することができないことも前述のとおりであるから、被告の右主張は理由がない。

したがつて、本願発明と引用例記載のものとの相違点、すなわち、ケーブル心が、本願発明ではエラストマー緩衝部の中心部を補強中心ワイヤが貫通して延び、光フアイバが該エラストマー緩衝部内に埋め込まれたものであるのに対して、引用例記載のものにおいてはエラストマー緩衝部を具備せず、光フアイバが補強中心ワイヤの外周に軸方向に設けられた格納用溝中に収納されたものである点について、周知のケーブル心の構造を引用例記載のケーブル心に適用し、右相違点に係る本願発明の構成を得ることが格別困難であるとは認められない、とした審決の判断は誤りである。

4 以上のとおりであつて、審決は、本願発明と引用例記載との一致点の認定を誤り、かつ両者の相違点の判断を誤つた結果、本願発明は引用例記載のものに基づいて当業者が容易に発明をすることができたとしたものであるから、違法として取消しを免れない。

三 よつて、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は正当としてこれを認容する。

〔編注1〕本願発明の要旨は左のとおりである。

エラストマー緩衝部の中心部を補強中心ワイヤが貫通して延び、光フアイバが該エラストマー緩衝部内に埋め込まれているケーブル心と;該ケーブル心の周囲を取り囲み耐負荷構造を与える複数の撚り外側金属ワイヤと;該外側金属ワイヤを接触包囲し、高電力伝送に適用される無孔の防湿導電性管と;より成る海底通信用光学ケーブル。

(別紙図面(一)参照)

〔編注2〕本件における図面は左のとおりである。

別紙図面(一)

<省略>

<省略>

別紙図面(二)

<省略>

<省略>

<省略>

<省略>

(以下省略)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!