東京高等裁判所 昭和63年(行ケ)185号 判決
一 請求の原因一ないし三の事実(特許庁における手続の経緯、本願考案の要旨及び審決の理由の要点)については、当事者間に争いがない。
二 審決を取り消すべき事由の有無についての判断
1 本願考案の技術的内容
(一) 右当事者間に争いのない本願考案の要旨及び成立に争いのない甲第二号証(昭和六一―三二〇五五号実用新案公報・本願公報)並びに甲第三号証(昭和四七―二三六三四号実用新案公報・引用例1)によれば、本願考案は、「凹凸を有する天井面を形成するためのワツフルスラブ用型枠」に係るものであるが、本願明細書の考案の詳細な説明には、従来のワツフルスラブ用型枠として引用例1記載の格子梁床版用コンクリート成型用型枠が例示され、このような「スラブ仕上がり面の凹部一つ一つに対応する単体の凸部を形成する従来の構造の型枠」の問題点を改善し、「ワツフルスラブを簡易、正確かつ迅速に構築することができる型枠を提供すること」(二欄一二行ないし一四行)を目的として、本願考案の実用新案登録請求の範囲に記載した構成を採用したものであることが認められ、したがつて、本願考案は、特に、(1)方形基板に複数個の凸状突部を格子状に配設した点(以下「(1)の構成」という。)、(2)発泡樹脂で形成した点(以下「(2)の構成」という。)に構成上の特徴があるものと認められる。そして、前掲甲第二号証によれば、本願考案の詳細な説明には、本願考案の効果として、次の事項が記載されていることが認められる。
(イ) パネル面上に本願考案の型枠を隙間なく密着状に敷き詰めるだけで型枠設置作業を行うことができるので、作業を簡素化できるとともに工期を著しく短縮でき、更に凹凸面の位置出しを正確に行うことができること(四欄一五行ないし一九行)
(ロ) パネル面に対して型枠における方形基板の接する面積が広く、しかも方形基板に掛かるコンクリート圧が更に型枠をパネル面に密着させるため、パネル面と型枠との密着性が高まり、コンクリートがパネル面に侵入することが著しく少なくなるので、スラブ面の仕上がり状態が非常にきれいになること(四欄一九行ないし二六行)
(ハ) 本願考案の型枠は発泡樹脂であるため、軽量であり、かつコンクリートとの離型が簡単であること(四欄二六行ないし二八行)
(ニ) パネルとコンクリートとは、直接接触しないため、離型が容易であり、パネルを何度も再使用できること(四欄二八行ないし三〇行)
右に本願考案の効果とされるうち、(イ)、(ロ)の事項は本願考案の前記(1)の構成に基づくものであり、かついずれも型枠をパネル面に敷設する場面における効果であると認められる。(ハ)の事項は(2)の構成に基づくものであり、(ニ)の事項は、型枠を敷設する方法、すなわち、型枠を隙間なく密着状に敷き詰めることから生じることであるから、本願考案の構成に基づく効果とはいえない。
(二) ところで、本願考案の構成のうち、前記(1)の構成における「方形基板」の意義については当事者間に争いがあるので、まず、その意義について検討する。
前掲甲第二号証によると、本願考案の「方形基板」については、本願明細書においても格別の定義はなく、実施例の説明として「方形基板2に本例では四個の凸状突部3が突設されている。凸状突部3の内部は、中実、空洞いずれでもよい。方形基板2の端面から突部3までの幅は、凸状突部3どうしの間隔に対して半分の距離にとることにより、この方形基板2を天井パネル1上に密着して敷き詰めたとき、すべての突部3の間隔が等しくなるようにする。」(三欄一四行ないし二一行)と記載され、第1図が示されていることが認められる。そして、四角形を意味する一般的な「方形」の字義と右の明細書の記述を総合すると、本願考案における「方形基板」とは、(イ)凸状突部を配設した外形が正方形や長方形等の四角形をした板状体であり、(ロ)凸状突部が中実である場合には(凸状突部の内部がどのようなものであつても、本願考案の凸状突部に該当することについては、のちに認定説示する。)、四角形全体がパネルと接し、(ハ)凸状突部が空洞である場合には、四角形のうち空洞下部周辺を囲む部分がパネルと接する。換言すれば、本願考案の「方形基板」とは、外形が四角形であり、天井パネル面に密接し得る敷設面を有する板状体をいうものと解するのが相当である。なお、実施例には、本願考案における「方形基板」と凸状突部との相対的な大きさが示されていることは前記認定のとおりであるが、実用新案登録請求の範囲には、「方形基板に複数個の凸状突部を格子状に配設してなり」と規定されているのみであるから、「方形基板」とそこに設けられる複数個の凸状突部との相対的大きさについては、特に限定的に解釈すべきものではなく、前記認定に係るイロの効果を奏し得る範囲において自由に定め得る事柄であると解するのが相当である。
(三) 前記(1)の構成のうち、「凸状突部」については、実用新案登録請求の範囲に格別の限定規定はなく、かつ前記認定のとおり本願考案の詳細な説明には「凸状突部3の内部は、中実、空洞いずれでもよい」とする記載があることからして、「凸状突部」の内部がどのようなものでも、本願考案の凸状突部に包含されるものと認められる。また複数個の凸状突部を「格子状に配設した」構成とは、複数の凸状突部が縦横に間をすかして配置された構成をいうものであるから、実用新案登録請求の範囲における「複数個」というのも、格子状の配設を可能にするところの少なくとも四個以上の凸状突部をいうものと解される。
2 取消事由1の主張について
(一) 前掲甲第三号証によれば、引用例1は、「格子梁床版用コンクリート成型用型枠」に係る実用新案公報であり、そこには、コンクリート構造物を建造するに際し格子梁床版の天井ないし床構造に使用する箱型椀状のコンクリート成型用型枠が示されており、その箱型椀状の型枠は全体が繊維補強合成樹脂によつて形成され、外観は実施例として第1、2図に示されたごとく箱型椀状部とこの箱型椀状部の下部周辺部で外方に伸びる四角形の周縁部分で、施工時に型枠を支持部材上に載置する平板状の部分(原告のいう「フランジ部」)とからなるものであること、引用例1記載の考案は、不使用時の保管場所を節約することを目的としていることから、箱型椀状部は、積み重ねができるように中空構造となつていることが認められる。
(二) 原告は、引用例1記載の型枠における右のフランジ部及び箱型椀状部は本願考案の方形基板及び凸状突部に相当するものではないから、審決が、本願考案と引用例1記載の型枠はともに「方形基板に凸状突部を設けてなる」ワツフルスラブ用型枠である点で一致するものとした判断が誤りであると主張する。しかしながら、前記認定のとおり本願考案における「方形基板」とは、外形が四角形であり、天井パネル面に密接し得る敷設面を有する板状体をいうものと解され、かつ、本願考案の態様のうち凸状突部が中空の場合を考えてみれば、天井パネル面に接する敷設面も狭くなるものであるところ、前掲甲第三号証によれば、引用例1記載の型枠におけるフランジ部も外形が四角形をし、かつ型枠を支持部材に密接し得る敷設面を有する板状体とみることができ、かつ引用例1に図示されたような箱型椀状部を本願考案の態様のうちの凸状突部が中空のものと対比してみれば、両者の凸状突部に実質的な差異があるとも認められないから、審決が引用例1に、「方形基板に箱型椀部を設けてなる」格子梁床版用コンクリート成型用型枠が記載されていると認定したうえ、本願考案と引用例1記載の型枠は「方形基板に凸状突部を設けてなる」ワツフルスラブ用型枠である点で一致するとした認定には何ら誤りはない。原告は、引用例1記載の型枠におけるフランジ部の目的が「型枠を支持する根太等の部材の上に型枠を支持、固定すること」にあると主張し、パネル面に密着状に敷き詰めることを前提とした本願考案の方形基板とは目的が異なる旨主張するが、次に認定説示するように、引用例1記載の型枠は、原告の主張するように型枠を根太等に支持、固定する施工法にのみ使用できるものとは解されず、本願考案の型枠と同様、パネル面に敷設され得るものと認められるから、引用例1記載の型枠におけるフランジ部の目的が「型枠を支持する根太等の部材の上に型枠を支持、固定すること」のみにあることを前提とし、その目的及び効果の相違の観点から、引用例1記載の型枠のフランジ部が本願考案の方形基板に相当しないとする原告の主張は採用できない。すなわち、引用例1自体には、そこに記載されている型枠がどのような施工法によつて天井構造部所に配設されるか明記されてはいないが、本願明細書においては引用例1記載の型枠を従来のワツフルスラブ用型枠として挙げていることは前記認定のとおりであり、前掲甲第二号証によれば、この従来例とされた引用例1記載の型枠について、「この台形状の型枠をパネル面に整列配置し、型枠間に配筋を施し、コンクリートを打設することにより、配筋の部分に格子梁床版を構築し、他の部分のスラブの厚みを薄くしようとするものである。「(一欄一八行ないし二三行)と説明していることが認められるうえに、その型枠のフランジ部も箱型椀状部の四周辺に配設され全体として四辺形をなし、かつ下面が平坦で型枠を支持する部材と密接し得る敷設面であるという具体的な構成からみても、引用例1記載の型枠は、本願考案の型枠と同様に、パネル面上に敷き詰める施工法にも適用され得るものとみるのが相当であり、原告主張のように「根太等の部材の上に保持固定する施工法」にのみ使用できるものとは解せられない。そして、本願考案の具体的な構成のうち、凸状突部が中空の場合についてその空洞の大きさの点を勘案するにしても、この点に格別の限定がなく、引用例1にみられる箱型椀状体と実質的な差異が認められないことは前記説示したとおりであるから、結局、本願考案の方形基板と引用例1記載の型枠におけるフランジ部とを実質的に判然と区別することはできず、両者における凸状突部にも実質的な差異を見いだすことはできない。このように、引用例1記載の型枠も本願考案における型枠と同様にパネル面上に密着状に敷き詰められ得るものであるから、引用例1記載の型枠におけるフランジ部及び箱型椀状部も、本願考案の方形基板及び凸状突部と同等の作用効果を奏するものと認められるので、この点に原告主張のような差異が生ずるものとは認められない。
(三) 右のとおりであるから目的及び作用効果等の観点から、引用例1記載の型枠におけるフランジ部及び箱型椀状部が、本願考案の方形基板及び凸状突部に相当しないとする原告の主張は採用の限りでない。
3 取消事由2について
(一) 成立に争いのない甲第五号証(昭五〇―一五二三二三号公報・引用例3)によれば、引用例3は、昭和五三年五月二〇日出願の「ワツフルスラブ工法用型枠」に係る公開特許公報であるが、その発明の詳細な説明には、「近時、鉄筋コンクリート建築の内装天井形式として、格縁(リブ)を格子形に組んで仕上げた格天井が採用されるに至つている。この格天井は、格縁(リブ)を所定形状に縦横配列して天井面を格子形に構成するものであるため、単調となりがちなコンクリート建築の内装にデザイン上の興味のあるアクセントを付与し得るものである。」(一頁右欄四行ないし一一行)との記載があり、本願考案の出願前にすでに天井内装面にデザインを付するという装飾的な目的ないし機能を期待しての型枠の利用が行われていたことが認められる。右の記載によつても明らかなごとく、ワツフルスラブ用型枠は、本来、鉄筋コンクリート構造物の軽量化のために天井面に凹凸を形成するのに用いられるものである(前掲甲二号証・本願公報一欄七行ないし一三行)が、他面、単調になりがちなコンクリート建築の内装面をデザインしてアクセントを付するという装飾的な目的での使用も期待されているものである。
(二) 引用例2(昭五五―一四二五九号公報)に審決認定のとおりの記載があることは当事者間に争いがなく、更に、成立に争いのない甲第四号証によれば、引用例2記載の発明は、「コンクリート用型枠の内面に配置されるコンクリートの表面に一定の凹凸模様を形成する建築用型紙に関するものである。」(一頁左欄一六行ないし一八行)ところ、引用例2には、コンクリート打ちのままで一定の美的外観をもつ表面を形成するためのそれまでの従来技術が紹介され、それらの欠点を解消するためのものとして複数個の凸部を配設してなる合成樹脂製コンクリート建築用型紙が開示されており、その建築用型紙は、コンクリート型枠に用いられ、その表面にコンクリートを流し込むことによりコンクリートの表面に凹凸模様を形成し、その凹凸模様によつてデザイン的にも十分な美的外観を得ることができるものであることが認められる。
(三) 右のとおり引用例1記載の「格子梁床版用コンクリート成型用型枠」と引用例2記載の「建築用型紙」は、ともに、コンクリートを打ち込む型枠のコンクリートと接する面に配設する部材であり、かつ凸部の存在によつてコンクリート表面に凹凸面を形成することにより、仕上がり面のコンクリート表面にデザインを施すべく使用されるという点で共通しているものである。その点で引用例1記載の型枠と引用例2記載の建築用型紙とは使用される技術分野を同じくするとともに、仕上がり面のコンクリート表面にデザインを施して美的な外観を得るという使用目的においても共通するものということができる。したがつて、引用例2には、コンクリート表面に型枠による凹凸模様を形成するという観点から、型枠に凸状突部を複数配設するという技術的思想は十分に示唆されているというべきである。この点、原告は、引用例1記載の型枠と引用例2記載の建築用型紙との目的、構成及び作用効果の差異を根拠として引用例2記載のものの「凸部」及び「コンクリート建築用型紙」は、本願考案の「凸状突部」及び「型枠」に相当するものではないと主張するが、原告の右の主張は、本願考案及び引用例2記載の発明のもつ技術や効果の一面のみを強調し、前記認定のような両者の共通点を考慮に入れない主張であり、到底採用できない。引用例1及び3にみられるワツフルスラブ用型枠は、本来、単体で使用されるものではなく、多数個を縦横に配設することによつて、格子梁床版の天井面等を形成し得るものであるから、引用例2に開示され示唆されたところの一つの型紙に複数個の凸状突部を配設する手段を、引用例1記載の格子梁床版用コンクリート成型用型枠に適用して、方形基板に凸状突部を複数個配設した構成とすることは、当業者がきわめて容易に想到し得ることと認められる。そして、引用例1記載の型枠は、前記のとおり格子梁床版用の型枠であり、格子状の天井構造を建築するものであることから、一つの方形基板に複数個の凸状突部を配設するに当たつては、当然、複数個の凸状突部を格子状に配設することになるものである。したがつて、引用例2に示唆された手段を引用例1記載の型枠に採用して本願考案のように構成することは、当業者がきわめて容易に想到し得ることと認められ、本願考案の作用効果も、引用例1及び2に記載された技術事項から予測できる範囲をでないものとみざるを得ない。相違点イについての審決の判断は正当であり、この点の原告の主張は採用できない。
4 引用例3に審決認定のとおりの記載のあることは、原告も争わないところであり、ワツフルスラブ用型枠の全体を発泡樹脂によつて一体に形成することに格別の困難性があるものとも認められないから、本願考案は、引用例1ないし3記載のものに基づいて当業者がきわめて容易に考案をすることができたものと認められるとした審決の認定判断は正当である。
三 以上のとおりであるから、審決に認定判断を誤つた違法があることを理由にその取消しを求める原告の本訴請求は、理由がないものとしてこれを棄却することとする。
〔編注〕本願考案の要旨は左のとおりである。
方形基板に複数個の凸状突部を格子状に配設してなり、かつ全体を発泡樹脂によつて一体に形成したことを特徴とするワツフルスラブ用型枠。