大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和63年(行ケ)223号 判決

一 請求の原因一ないし三の事実(特許庁における手続の経緯、本願考案の要旨及び審決の理由の要点)については、当事者間に争いがない。

二 審決を取り消すべき事由の有無についての判断

1 当事者間に争いのない本願考案の要旨及び成立に争いのない甲第二号証(昭和五五年四月二二日付実用新案登録願添付の明細書及び図面)によれば、本願考案は、二葉のプラスチツクフイルムを加熱し、その二葉のフイルムの間に封着対象のシートを挟んでフイルムを封着するラミネータの加熱装置の改良に関するものであるが、本願考案は、プラスチツクフイルムの加熱装置として回転加熱ローラを用いることによつてフイルムを滑りを生ずることなく転がり接触させながら移送するようにしてフイルム表面の摺傷の発生を避けるとともに、「プラスチツクフイルムは、回転加熱ローラで均一に融着可能な温度に加熱されるのであるが、圧着ローラに至るまでに、薄いの冷たい空気や風などで部分的に熱が奪われる均一な封着ができなくなる。またシートの挿入部には、回転する加熱ローラおよび圧着ローラが位置しているので、作業者の衣服のすそやネクタイを挟み込まれる危険があり、更にはこれらのローラは加熱されているのでシートの挿入時に手が触れて火傷を負う虞れがある。」(明細書二頁五行ないし一五行)などの問題点を同時に解消することを目的として、実用新案登録請求の範囲に記載されたとおりの構成を採択したものであることが認められ、また、本願考案に係る「加熱空間カバーを有するラミネータ」を構成する各要素には、次のような技術的な意義があるものと理解される。

(一) 回転加熱ローラ

本願考案の詳細な説明には「同型の上下一対の回転加熱ローラ3、3´は、加熱素子17を内装し、これに接触するフイルム1、1´を融着可能な温度に加熱する。この加熱ローラ3、3´の周速度とフイルム1、1´の移送速度とは同一であるから両者は滑りを生ずることなく転がり接触しつつ移送されて圧着ローラ5、5´に至る。」(明細書三頁一三行ないし一九行)との記載があることからして、本願考案において加熱ローラを回転式にした目的は、加熱素子を内装したローラがフイルムの移送速度と同一速度で回転することによつてフイルムとの間で滑りを生じることなく転がり接触させるためであることが理解できる。

(二) 圧着ローラ及びこれらを予熱する加熱部材

本願考案の詳細な説明には「圧着ローラ5、5´の近傍には、一対のストリツプヒータの如き加熱部材4、4´が配置されている。これは加熱ローラ3、3´で折角融着可能な温度に加熱されたフイルム1、1´が圧着ローラ5、5´で熱が吸収され温度を低下させないように圧着ローラ5、5´を予熱するためである。」(明細書三頁二〇行ないし四頁六行)及び「回転加熱ローラ3、3´と加熱部材4、4´から発散する熱エネルギーが送風機10、10´によつて加熱空間カバー内を対流し、フイルムが全体的に均一に加熱される。」(同五頁一九行ないし六頁二行)との記載があることからして、圧着ローラは回転加熱ローラから送られてくる加熱されたフイルムがその融着温度を維持できるように加熱されているものであり、また、その予熱するための加熱部材は、近傍に配置されている圧着ローラを加熱すると同時に、加熱部材、回転加熱ローラ、圧着ローラを一括して取り囲んで覆つている加熱空間カバー内で、回転加熱ローラから圧着ローラに送られる間のフイルムを冷めないように均一に加熱する熱源としても利用されていることが理解できる。

(三) 加熱空間カバー

「均一に加熱されたフイルム1、1´が加熱空間の外部の冷たい空気や風にさらされずに圧着ローラ5、5´に至るから均一な封着ができる。また回転加熱ローラ3、3´と加熱部材4、4´から発散する熱エネルギーが送風機10、10´によつて加熱空間カバー内を対流し、フイルムが全体的に均一に加熱される。さらにシートの挿入部の回転する加熱ローラ3、3´および圧着ローラ5、5´を覆つているので、作業者の衣服が挟み込まれたり、手に触れて火傷を負うことが防止される。」(明細書五頁一七行ないし六頁六行)効果を奏するものである。

2 引用例1に審決認定のとおりの構成をもつプラスチツクフイルム被覆装置が記載されていること、引用例1記載の被覆装置と本願考案とは、審決の指摘する三点において相違するが、その余の点では実質的に一致していること並びに引用例2に審決認定のとおりの構成をもつ無機質ウール体にフイルムを融着する装置が示されていることは、いずれも当事者間に争いがない。

3 原告は、まず、審決の取消事由として、審決が相違点(1)について引用例1に記載されたプラスチツクフイルム被覆装置の加熱装置として引用例2に示されたような回転ローラを用いることは当業者においてきわめて容易になし得ることとした判断の誤りを主張するので、この点について検討する。

(一) 前叙のとおり引用例2に、審決認定のとおり無機質ウール体にフイルムを加熱融着する装置として複数のロール状加熱装置を併用する技術が開示されており、一例として「第一の加熱ロールでまずフイルムをその融点以下の温度に予熱し、次いで、第二、第三の加熱ロールで該フイルムをその融点以上に加熱し、これを軟化もしくは溶融させて、無機質ウール体に融着させること」が記載されていること自体は争いがなく、また、審決が、引用例2に示されたごとき「ロール状加熱装置を用いるという公知の技術手段」を根拠として、本願考案のごときラミネータのプラスチツクフイルムの加熱装置として、引用例1に開示されているほぼ半円柱状のものに代えて回転ローラを採用することが当業者にとつてきわめて容易なことであると判断したことは、前記審決の理由の要点における説示に照らし明らかである。しかしながら、以下に詳述するように、審決が根拠とする右の公知の技術手段から、本願考案のごとく加熱ローラを回転式にすることによつて、加熱素子を内装したローラがフイルムの移送速度と同一速度で回転してフイルムとの間で滑りを生じることなく転がり接触しながら移送されることによつてプラスチツクフイルムの表面が加熱過程で傷つくおそれなどの不都合を回避できるという技術的事項を着想することは、当業者にとつてきわめて容易なこととみることはできない。引用例2に開示された「無機質ウール体にフイルムを融着する装置」における加熱ロールからは、プラスチツクフイルム被覆装置における右の技術的課題もしくはその解決手段が何ら示唆されるものとは認められないうえに、引用例2に示された加熱ロールは本願考案のようにプラスチツクフイルムとシートを接触させる前に予めプラスチツクフイルムを直接加熱するものではなく、プラスチツク被覆装置の加熱装置とはその目的を異にするものであり、プラスチツク被覆装置におけるフイルムの表面の傷の発生を防止するなどの技術的課題の解決を何ら示唆するものでないからである。引用例2の記載内容を検討してみても、そこに示されたロール状加熱装置がプラスチツク被覆装置の回転加熱ローラとして転用され得ることを示唆する記載は何ら見いだせない。すなわち、成立に争いのない甲第六号証(特開昭五〇―四一七三号公報)によれば、引用例2は、「無機質ウール体にフイルムを融着する装置」に係る明細書であるが、そこに開示された装置においては、加熱ロールとしての機能を有する第1主ロールがコンベヤーベルトと協働してフイルムとウール体とを重ね合つた状態に圧接しながら、これをコンベヤーベルトと一体的に移送する役割を果たすとともに、コンベヤーベルトを介してフイルムを所定の温度に間接的に加熱するものであることが認められるから、引用例2に示された加熱ロールは、本願考案のようにフイルムを単独で、しかも直接融着可能な温度まで加熱するものではないことは明らかである。また、引用例2の記載内容をみても、フイルムとの間に滑りが生じることのない状態で移送するようにしてフイルムの表面を傷つけないようにするという技術思想を示唆する記載は全くない。したがつて、引用例2に示された公知の技術手段は、加熱対象が熱可塑性のプラスチツクフイルムである場合に特有の技術的問題点を、回転加熱ローラを採用することによつて解消しようとすることが、当業者にとつてきわめて容易なこととみるべき合理的根拠となり得るものではない。

(二) 被告は、引用例2の第3図の実施例を援用して、三本の加熱ロールのうち第1主ロール4´はフイルムの融点以下の温度に保たれ、フイルムを予熱し、その後の二本の加熱ロール12により軟化もしくは溶融されるものであるから、引用例2にも、フイルムを予熱することが開示されている旨主張するが、第3図にみられる加熱ロール(第1主ロール4)も、第1、2図の加熱ロールと同様に、コンベヤーベルトと協働してフイルムとウール体とを圧接させながら、予熱から加熱圧着段階を経て冷却固化が終了するまで一体移送するために不可欠の要素であり、引用例2の装置における加熱ロールは、本願考案の加熱回転ローラとは異なる目的ないし機能を期待したものであるから、この点の被告の主張は採用できない。

また、被告は、プラスチツクフイルムを加熱処理するに際し、加熱装置として加熱ロールを用いることは、本出願前周知の事項であると主張して、乙第一号証ないし第四号証を援用するので、これらについて検討する。

成立に争いのない乙第一号証(特開昭四八―五九九一〇号公報)によれば、乙第一号証は、「熱可塑性プラスチツクフイルムの谷染印刷方法」の発明に係る公開特許公報であるが、「谷染印刷が施される熱可塑性プラスチツクフイルムのフイルム単体1はまず熱ドラム2により加温され、さらに熱ロール3および4により表面および裏面を極力均一にかつ谷染印刷の成型時に充分な塑性変形をし得る温度に加温される。」(二頁右下欄一行ないし五行)との記載に徴して、そこに設置されている熱ドラムは、熱可塑性プラスチツクフイルムに対して谷染印刷の成型時に塑性変形ができるような塑性を付与するために加熱するものであることが明らかであり、本願考案のラミネータのように加熱過程においてプラスチツクフイルムの表面に滑りが生じることなく転がり接触しながら移送されるものとも断定し得るものではない。成立に争いのない乙第二号証(特公昭四八―三三二七三号公報)によれば、乙第二号証は、「凹凸面を有するプラスチツクシートに平板状プラスチツクシートを熱接着する方法」の発明に係る特許公報であり、その実施例について「上下の凹凸面を有する成形ロール3、4によつて凹凸面を形成して送り出されたプラスチツクシート1の一面に、加熱ロールにより予備加熱して送られた平板のプラスチツクシート2を重層して、これらをゴムロール6と表面に細線による網状の小突起8を有する圧接ロール7との間に送り込むときはプラスチツクシート1、2はプラスチツクシート1の凸部において熱接着せられて送り出され、プラスチツクシート1の凹部においては溶融による歪曲が起らない。而して凸部に接着せられた平板プラスチツクシート2の外面には網状の小突起8による粗面模様9が残るが、これはサンドブラスト、グラインダー等によつて容易に修正することができる。」(二欄一四行ないし二八行)との説明のあることが認められるが、平板プラスチツクシートの予備加熱を回転式の加熱ロールで行うこととした技術的意義についての説明はなく、また右に引用した記載に照らして加熱ロールによる加熱の目的はシートに対して圧接着可能な程度に塑性を付与することにあるものと理解されるから、乙第二号証の記載には、プラスチツクシートの予熱時にその表面に傷が生ずることを防止するために加熱ロールを回転式にするという技術的思想が示唆されているとみることはできない。また、成立に争いのない乙第三号証(特開昭五〇―一一二四七五号公報)によれば、乙第三号証は、「積層製品を製造する方法」の発明に係る明細書であるが、そこには、少なくとも三条のプライのヒートシールされた積層製品を製造する方法が開示されており、その好適な実施例についての説明として、「構造体12ははくを展延しかつしわの無い状態で次のはく予熱ロール9へ送出するのに、機械加工された、例えばヘリグボーンの形を表面に有し、かつ水蒸気、油または電気で加熱されることのできるはく予熱ロール8をも、回転可能装架位置に保持している。ロール9は水蒸気、油または電気で加熱されることができ、かつこのロールもしわの無い加熱されたはくシートを成層ニツプ20へ送出す展延ロールとして作用するのに、機械加工された例えばヘリングボーンの形を表面に有している。」(一四欄一五行ないし一五欄五行)との記載のあることが認められるので、乙第三号証に示されている予熱のための加熱ロール8及び9は、ともにその表面にヘリングボーンの形を有していることからみて、予熱の対象物であるはくをしわのない状態で加熱し、送出すことを目的とし、そのために回転式にしたものであると理解される。したがつて、乙第三号証にみられる回転式の加熱ロールの構成から、加熱過程において、フイルムの表面に傷がつくという従来のプラスチツクフイルム被覆装置に特有の不都合を避けるために加熱素子を内装した回転加熱ローラを採用することが示唆されるとみることもできない。更に、成立に争いのない乙第四号証(技報堂出版株式会社・昭和五三年二月一日発行「プラスチツクフイルム―加工と応用―一六三頁ないし六五頁)によれば、乙第四号証には、厚めのフイルムを数本のロールで予備加熱し、その後、加熱延伸を行う技術が開示されているが、そこには、予備加熱の際に加熱面での滑りによるフイルム表面の傷の発生という技術的課題を解決するために加熱回転ローラを使用することができることを示唆する記載は全く見いだせない。確かに、これまで検討してきたところから明らかなように、本出願前にあつても、種々の技術目的のためにプラスチツクフイルムを加熱処理する装置として回転加熱ロールが用いられていたことは認められるが、本願考案と引用例1記載のものとの相違点1についての判断に当たつて、回転加熱ローラの採用を想到することが当業者においてきわめて容易であるといい得るためには、プラスチツクフイルムの予備加熱の過程における滑り等によつて生ずる表面の傷の発生を避けるためには回転式の加熱ローラを用いることができるという技術事項が、引用例に開示ないし示唆されているかもしくは本出願前に当業者において周知の技術として広く知られていなければならないものである。技術的課題や加熱回転ローラの使用目的の共通性こそが右の相違点についての容易想到性の判断の合理的な根拠となり得るからである。しかるに、すでに認定説示したとおり引用例2には、そのような開示ないし示唆があるとはいえず、また、すでに認定したところから明らかなごとく前掲乙号各証によつても、加熱面での滑りによつてプラスチツクフイルムの表面に生ずる傷の発生を避けるためには回転式の加熱ローラを用いることができるという技術事項が本出願前に周知であつたとは認められない。したがつて、この点についての被告の主張は採用の限りでない。

4 右のとおりであるから、相違点(1)についての判断に当たつて、引用例1に記載されたプラスチツクフイルム被覆装置の加熱装置として引用例2に示されたような回転ローラを用いることが当業者にとつてきわめて容易なこととした審決の判断は誤りである。右の判断の誤りが審決の結論に影響を及ぼすことが明らかであるから、審決は、この点において違法として取消しを免れない。

三 以上のとおりであるから、審決に認定判断を誤つた違法があることを理由にその取消しを求める原告の本訴請求は、正当としてこれを認容することとする。

〔編注〕本願考案の要旨は左のとおりである。

それぞれ加熱素子が内装されている一対の回転加熱ローラと、前記回転加熱ローラにより加熱されたプラスチツクフイルムを封着対象のシートとともに圧着する一対の圧着ローラと、前記各圧着ローラを予熱する加熱部材と、シートを封着したプラスチツクフイルムを前記圧着ローラから引出す一対の引出しローラと、前記回転加熱ローラ、前記圧着ローラおよび加熱部材を取り囲み、上下のプラスチツクフイルムの引込み口、シートの挿入口、前記一対の圧着ローラと前記一対の引出しローラ間に設けられたシート封着したフイルムの引出し口をもつ加熱空間カバーとを設けて構成した加熱空間カバーを有するラミネータ。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!