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東京高等裁判所 昭和63年(行ケ)238号 判決 1991年4月26日

アメリカ合衆国 ニユージャーシイ バークレイ ハイツ オーク ウェイ 一

原告

エーテイー アンドテイー テクノロジーズ インコーボレーテツド

右代表者

エリワイス

右訴訟代理人弁理士

岡部正夫

加藤伸晃

浅井章弘

東京都大田区下丸子二丁目二七番一号

被告

日本電熱計器株式会社

右代表者代表取締役

近藤権士

右訴訟代理人弁理士

中島昇

小林将高

主文

原告の請求を葉却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

この判決に対する上告のための附加期間を九〇日と定める。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  原告

1  特許庁が、昭和六三年六月一六日、同庁昭和六〇年審判第一七一五一号事件についてした審決を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決

二  被告

主文第一、二項と同旨の判決

第二  請求の原因

一  特許庁における手続の経緯

原告(旧商号-ウエスターン エレクトリツク カムバニー インコーポレーテツド)は、名称を「物品の溶着方法」とする発明に係る特許第九六四一二六号(一九七三年九月七日及び一九七四年六月五日アメリカ合衆国出願(二件)に基づく優先権を主張して昭和四九年九月七日出願、昭和五四年七月二〇日設定登録、以下「本件特許」という。)の権利者である。

被告は、昭和六〇年八月二三日、原告を被請求人として、本件特許における特許請求の範囲第1項記載の発明(以下「本件発明」という。)について特許を無効とする旨の審判を請求し、特許庁は、同請求を昭和六〇年審判第一七一五一号事件として審理し、昭和六三年六月一六日、「本件発明についての特許を無効とする。」との審決をし、その謄本は、同年七月二日、原告に送達された。なお、出訴期間として九〇日の期間が附加された。

二  本件発明の要旨

予め加えられた接合材料を物品上で溶解させ、該接合材料を凝固させて接合を行う、物品の溶着方法において

少なくとも接合材料の融解点に等しく物品の溶解温度よりも低い高温度に等しい沸点を有する一次熱転移液の飽和蒸気の限定された主体を形成し、

予め加えられている接合材料を物品とともに前記飽和蒸気の限定された主体内に入れ、

前記物品と接合材料とを直接接触させてた状態で前記飽和蒸気を凝縮させて、前記物品と前記接合材料とを前記凝縮した蒸気から前記物品へ蒸気の潜熱を転移させることによつて前記の高温度になるまで加熱し、もつて前記接合材料を前記物品に溶解させることを特徴とする物品の溶着方法。

三  本件審決の理由の要点

1  本件特許の出願から設定登録に至る経緯は前記一記載のとおり、本件発明の要旨は前記二記載のとおりである。

2  被告(無効審判請求人)が引用した、本件特許の出願前に国内において頒布された「米国アイ・ビー・エム(IBM)社一九七〇年八月の発行にかかるテクニカル・デイスクロージユア・ビユレテイン(Technical Disclosrue Bulletin)第一三巻第三号(昭和四七年八月一〇日に国会図書館に受入)の第六三九頁」(甲第三号証、以下「引用例」という。)には、次の記載がある。

「これは、プリント配線カードおよび板の再生処理作業の間の電子部品の取りはずしおよび再ハンダ付けを促進するために沸騰溶媒を応用するものである。これは、温度の正確なコントロールを可能にする。溶媒はその沸点以下の温度をもつ部分においてのみ凝縮する。これにより蒸発熱が放出され、熱に敏感な材料や部品を用いて再生作業を行うことが可能となる。熱に敏感で高温には耐えられない材料のマトリツクス内部の熱伝導性の高い微少部分に、迅速且つ選択的に熱を付加することが可能である。最高温度は用いた溶媒の沸点であつてこれを越えることはない。例えば、パークロロエチレンはスズーインジウムーカドミウムハンダの場合によく作用し、フレオンE4又はフレオンE-5はスズ-鉛共融ハンダに同じくよく作用する。この技術はプリント配線板もしくはカード等の他、モジユールおよび集積回路のハンダ付けに特に有用である。」

3  本件発明と引用例の発明とを対比し検討する。

(一) 引用例の上記の記載からして、引用例の発明は、プリント配線板等のハンダ付けを行うものであつて、ハンダを溶解し、凝固させて接合を行うものであり、そのハンダは、本件特許発明の予め加えられた接合材料に、電子部品及びプリント配線板は、物品に、溶媒(沸騰溶媒)は、一次熱転移液(一次熱転移液の飽和蒸気)に、それぞれ相当するものである。一次熱転移液(溶媒)の一例として、両者共に「フレオンE5」を挙げている。

(二) 引用例には、沸騰溶媒の温度が、少なくともハンダの融解点に等しく電子部品及びプリント配線板の溶解温度よりも低い温度である、との直接の記載はないが、引用例の発明は、後述するように、沸騰溶媒の潜熱によりハンダを溶解するものであることからして、沸騰溶媒の温度は、少なくともハンダの融解点に等しいか、それ以上であり、また、電子部品及びプリント配線板は、溶解してはならないものであることからして、沸騰溶媒の温度は、電子部品及びプリント配線板の溶解温度よりも低い温度であることは、明らかである。

本件発明における「少なくとも接合材料の融解点に等しく物品の溶解温度よりも低い高温度に等しい沸点を有する一次熱転移液の飽和蒸気」は、当然のことである。

(三) 引用例には、本件発明でいうところの「一次熱転移液の飽和蒸気の限定された主体を形成し、」につき直接の記載はないが、引用例の発明においても、溶媒を用いて加熱を施すに当り、沸騰溶媒は、封じ込まれるものであることは明らかであり、封じ込めない開放された場で溶媒を用いて加熱を施すとは、技術常議上考えられない。

今、「一次熱転移液の飽和蒸気の限定された主体を形成し、」を、本件発明の明細書に実施例として記載されている「冷却コイルで蒸気を凝縮して、外へ出さないで閉じ込める」としても、かかる手段は、被告が引用した、本件特許の出願前に国内において頒布された刊行物である「米国特許第三、三七五、一七七号明細書」(甲第四号証、以下「周知例一」という。)及び「米国特許第三、六五六、四九二号明細書」(甲第五号証、以下「周知例二」という。)の記載にみられるように周知の技術である。

また、引用例の発明においても、予め加えられているハンダを電子部品及びプリント配線板とともに限定された沸騰溶媒内に置くものであることは、明らかであり、本件発明における「予め加えられている接合材料を物品とともに前記飽和蒸気の限定された主体内に入れ、」は、当然のことを言つているにすぎない。

(四) 引用例の記載内容、特に「溶媒はその沸点以下の温度をもつ部分においてのみ凝縮する。これにより蒸発熱が放出され、熱に敏感な材料や部品を用いて再生作業を行うことが可能となる。」の記載からして、引用例の発明は、電子部品とそれに直接接触しているハンダに沸騰溶媒が接触して凝縮し、そのときの潜熱により電子部品とハンダが加熱され、ハンダが溶解し、凝固して、電子部品のブリント配線板への接合がなされるものであることは、当業者が直ちに理解するところであり、これは、本件発明の「前記物品と接合材料とを直接接触させてた状態で前記飽和蒸気を凝縮させて、前記物品と前記接合材料とを前記凝縮した蒸気から前記物品へ蒸気の潜熱を転移させることによつて前記の高温度になるまで加熱し、もつて前記接合材料を前記物品に溶解させる」と同じである。

(五) したがつて、本件発明と引用例の発明との間には、実質上相違はない。

4  原告(無効審判被請求人)は、引用例に「プリント配線カード及び板の再生作業時の電子部品の取り外し及び再ハンダ付けに用いられる」との記載があり、これは、本件発明のような一次溶着を意図したものでなく、誤つて行つた溶着の回収を意図していることを意味しており、本件発明と引用例の発明とは、用途が全く異なつていると、主張している。

しかしながら、本件発明は、一次溶着に限るとの限定はなく、仮に一次溶着に限るものであつたとしても、方法としての構成において両者間に実質上差異がない以上、単なる用途の限定という他はない。

また、原告は、引用例の「熱に敏感で高温には耐えられない材料のマトリツクス内部の熱伝導性の高い微少部分に、迅速且つ選択的に熱を付加することが可能である。」の記載を捉え、引用例の発明は、「小領域に対する熱の選択的付与」であつて、本件発明のように蒸気を物品の全表面に与えるものとは異なり、大量生産には不適である、と主張している。

しかしながら、本件発明は、蒸気を物品の全表面に与えるとの限定はなく、また、引用例の上記の記載は、引用例の発明によれば、小領域だけに熱を付与することが可能である、を特に強調しているのであり、蒸気を物品の全表面に与え得るは、当然のことであると解するが相当である。

さらに、原告は、周知例一及び周知例二の発明は、共に蒸気洗浄に係るものであつて、本件発明とは技術分野を異にするものであると主張しているが、蒸気を閉じ込めるのに、冷却コイルで蒸気を凝縮させる手段を採つている点で同じくし、技術分野の相違は、単なる用途の転用としてなし得ることである。

したがつて、原告の主張は、いずれも採用できない。

5  以上のようであつて、本件発明は、引用例の発明及び周知技術といえる周知例一及び周知例二の発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであり、その特許は、特許法第二九条第二項の規定に違反してなされたものであつて、同法第一二三条第一項第一号の規定に該当し、無効とする。

四  本件審決を取り消すべき事由

本件審決は、引用例の発明の認定を誤つた結果、引用例の発明及び周知例一、二の発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたと誤つた認定判断をしたものであり、違法として取り消されるべきである。

1  本件発明

(一) 本件発明は、蒸気がハンダに触れたときに液体へと凝縮するがその際の蒸気熱(気化熱-潜熱)のハンダへの転移すなわち蒸気の凝縮熱によるハンダの加熱という原理を用いたハンダ付けの具体的方法手順を規定したものである。

(二) 本件発明の目的は、急速で経済的な多量作業に特に適する改良された溶着(ハンダ付け、ろう付け、融合)方法を提供することにある(甲第二号証第3欄三七行から三九行)。

前述の目的は溶着作業が行われる温度に少なくとも等しい沸点を有する液体を連続的に沸騰させ、それにより熱い飽和蒸気の主体を沸騰する液体と平衡状熊にあるように形成(発生)し、この熱い飽和蒸気内へ前記溶着作業を行うべき物品を導入し、前記物品上に熱い飽和蒸気の一部を凝縮させて、その物品上に凝縮した蒸気の蒸気熱の転移により前記物品を所望の温度に加熱することにより達成される(同第3欄四三行から第4欄七行)。

(三) 本件発明の動作は本件明細書に次のように記述されている(同第6欄五行から一九行)。

「凝縮蒸気から板6へ非常に高温で熱転移が行われることにより、溶着作業が急速に完了すると共に、板6とこれに取付けられた電気要素を比較的短時間だけ高温の溶着温度にさらすことになり、従つて、このような高温に長時間さらされた場合のような前記板6および電気要素に対する熱的損傷は防止される。この装置の十分な蒸気発生能力(加熱コイル2、およびもし設けられた場合は熱板のような補助加熱装置とは、熱い飽和蒸気の位置を印刷回路板6が前述のような熱い飽和蒸気内に導入された時に、ほぼ一点鎖線5に維持できるような寸法(能力)にされている)により、溶着時間は典型的な軽量板と低熱容量の要素に対する約五秒から、典型的な質量が大きい板で高熱容量の要素に対する約四〇秒までの間である。」

そして本件発明の「一次熱転移液の飽和蒸気の限定された主体を形成し、予め加えられている接合材料を物品とともに前記飽和蒸気の限定された主体内に入れ、」ということは、飽和蒸気の雰囲気を作つておき、その雰囲気をそのまま壊すことなく回路基板全体をそつくりその中へ入れてしまうということである。そして、これが本件発明の方法手順としての特徴事項とするものである。この方法手順のもたらす作用・効果は、次に説明するように、ハンダ付け作業中一定の作業環境を維持することができるシステムを提供し、したがつて、高い信頼性をもつて大量生産ハンダ付けが可能になることである。

すなわち、本件発明の蒸気適用の手順をとることに伴い、作業環境として沸騰熱転移液上に一定の圧力で閉じ込められ、該沸騰液と平衡状態にある飽和蒸気の雰囲気が乱されることなくそのまま利用される。この雰囲気は、常に沸騰点温度を維持していると同時に、ハンダ付け作業に従う蒸気の凝縮による蒸気の一部が失われても、下の沸騰熱転移液から自動的に蒸気が補充され飽和は維持されている。したがつて、次々と物品をその雰囲気へと浸漬してハンダ付け作業を続けても、常に一定した作業環境でのハンダ付けが保証されることになる。

2  本件発明の特徴事項に対する審決の認定について

(一) 本件審決は、本件発明と引用例の発明との対比の(三)において、本件発明の右の特徴事項について、引用例は直接書及しているわけではないにしても、引用例の発明にあつても当然に採られていたであろう手順と認定している。しかし、「一次熱転移液の飽和蒸気の限定された主体を形成し、」については、封じられた容器内で溶媒液を沸騰させ、その中に溶媒蒸気をひとまず生成するという意味の限りにおいては、本件審決の認定どおりにしても、こうして容器内に一旦生成された蒸気を次にどのようにハンダに適用するかについて、本件発明のごとく、ハンダを含む回路基板全体をそつくり熱い蒸気中に入れてしまう、すなわち、生成された飽和蒸気の雰囲気を壊すことなく蒸気の適用を行うという手順は、それにより右に述べたごとくの格別な作用・効果(一定の作業環境の実現)を実施するための特異なものであり、そしてそれは単に蒸気を物品に当てるというだけの内容ではない。

なお、引用例に、本件審決の理由の要点2に記載されたとおりのことが記載されていることは認める。

(二) 引用例は、蒸気ハンダ付け手法を初めて提示したものである。ここで、引用例は高い熱伝導性部分(すなわちハンダ箇所)に局所的に迅速で選択的な熱の印加が可能であること、そして最大温度が溶媒沸点であることを教示している。蒸気のハンダへの適用の仕方いかんにかかわらず、例えば蒸気を単に吹き付けた場合でも、この教示されたことについては実現され得るだろう。しかし、この教示が実現されているだけでは高い信頼性のある蒸気ハンダ付け法は実現され得ない。そのために最も重要なことは、ハンダに蒸気を適用する環境すなわちハンダ付け作業の環境が常に一定に維持されていることである。引用例は、この具体的手法に全く言及しておらず、一方本件発明はこの具体的手法を規定するものである。

(三) よつて、本件発明の特徴とする手順は、格別な作用・効果を有するものとして引用例の教示するところのものの他であり、かつ当時のハンダ付け技術に見られない手法であるが、さらに蒸気脱脂技術が類推適用されるべきものでもないから、引用例に当然読むことのできる内容とした本件審決の認定は誤りである。

第三  請求の原因に対する認否及び主張

一  請求の原因一ないし三の事実は認め、同四の主張は争う。

二  本件審決の認定判断は正当であり、原告主張の違法はない。

1  原告が、蒸気適用の手法において飽和蒸気の雰囲気中に物品全体をそつくり入れてしまうことが、本件発明の特徴事項に含まれると主張している点について

(一) 原告の主張は、本件発明の要旨を誤つて理解したものであり、「飽和蒸気の雰囲気中に物品全体をそつくり入れてしまうこと」は、本件発明の構成要件にはなつていない。

(1) 特許請求の範囲の記載中には、「接合材料を物品とともに飽和蒸気の限定された主体内に入れ」る旨の限定はあるが、ここで手段ないし動作を示している語は「入れ」であつて、「(物品を)浸し、又は、沈め」等ではない上、物品「全体」又は物品を「そつくり入れる」等を示唆する文言も他にないから、物品全体をそつくり入れてしまう、との限定は文理上存在しない。また、発明の詳細な説明及び図面においても前記限定を示唆する文言はない。

特許発明の技術内容は明細書に記載されたところから客観的に把握されるべきであることは、諭ずるまでもない。そして、この明細書からみる限り、本件発明の要旨を原告主張のように限定的に解すべき理由はない。

なお、原告の主張する「一定の作業環境を維持することができる。」とか「飽和蒸気の雰囲気が乱されない。」等の作用・効果に関しても、それらについての説明(例えば、該作用・効果自体についての記述又は該作用効果とそれをもたらすに必要な技術手段との関係を示す記述等)が明細書中の記載からは何ら発見できないので、これらのものが本件発明の特徴事項から直接派生した作用・効果であるという主張は、認めることができない。換言すると、これら作用・効果を奏させるに不可欠な手段が本件発明の特徴事項をなしているという主張は、正当な理由があるものと認めることができない。

(2) 技術的にみても、溶着のために加熱されるべき物品全体を飽和蒸気中にそつくり入れるようにしなくとも(別言すれば、溶着部から遠く離れた溶着に関与しない物品の一部は、限定された飽和蒸気の主体の外に突き出ていたとしても、)「飽和蒸気により接合材料を溶かしてから凝固させ物品と物品とを接合させる」という本件発明の効果は十分に達成することができる。すなわち、該効果を奏させるために飽和蒸気の限定された主体内に入れるのは、「溶着すべき部分を一部に有する物品の全体と接合材料」である必要はなく、「物品の一部であるところの溶着に直接関与する部分と接合材料」であれば足りるはずである。故に、技術上からも、本件発明の要旨を原告主張のように限定的に解すべき理由はない。

(二) よつて、本件発明の特徴事項に関する原告の前記主張は、当を得たものではない。

2  原告が、本件審決は、本件発明の特徴事項(飽和蒸気の雰囲気を作つておき、その中に物品全体をそつくり入れてしまうという手法)が引用例においても当然行われていると判断していると主張している点について

原告のその主張は、引用例に対する本件審決の判断を誤つて理解したものである。原告の指摘する当該手法の骨子は、「飽和蒸気の雰囲気を作る」(特許請求の範囲にいう「……飽和蒸気の限定された主体を形成し」)という手段と、それに後続する「該雰囲気中に物品を入れる」(特許請求の範囲にいう「……該主体内に入れ」)という手段とからなるものと認められるが、本件審決は、その連続する二つの手段が一まとめになつて「引用例の発明においても当然行われている」と判断したわけではない。前者については「引用例においても明らかである。」と、後者については「当然のことを言つているにすぎない。」と各別にそれらの技術的意義を異なるものとして評価し、それらの判断を前提にして、本件発明は引用例に基づき容易に発明をすることができたものであるという結論を得ているのである。前記連続する二つの手段が引用例に一まとめになつて実質的に開示されているとみなすなどしているわけではない。

第四  証拠

本件記録中の書証目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求の原因一ないし三の事実(特許庁における手続の経緯、本件発明の要旨及び本件審決の理由の要点)については、当事者間に争いがない。

二  そこで本件審決に原告主張の取消事由が存するか検討する。

1  本件発明について

成立に争いのない甲第二号証によれば、本件発明に係る特許公報の発明の詳細な説明の欄には、本件発明の目的、構成、作用効果について次のとおり記載されていることが認められる。

(一)  この発明は総体的に改良された溶着(はんだ付け、ろう付け、融合)方法および装置に関する。この発明の好ましい実施例に関して、特に改良されたはんだ付け方法に関し、この場合、はんだ付け(溶着)作業が行われる物品はその上に凝縮する特定の液体の熱い飽和蒸気によりはんだ付け作業に適する温度にまで加熱され、この方法は特に直線状に進む印刷回路(配線)板に再流動溶着又はウエーブ溶着のような複数の同時はんだ付け作業を行うのに適している。この発明の効果は第一飽和蒸気の主体と大気との間に、第二の比較的安価な特定の液体の第二蒸気を挿入配置することにより強められ、これにより第一蒸気の主体から蒸気が大気中に漏出損失するのが減少、又は実質的に除去される。この方法と装置は特に、直線状に進む印刷回路板に再流動(リフロー)溶着又はウエーブ溶着のような複数の同時溶着作業に適する。(甲第二号証第2欄二七行から第3欄七行)

(二)  この発明の一目的は急速で経済的な多量作業に特に改良された溶着(はんだ付け、ろう付け、融合)方法を提供することである(同第3欄三七行から三九行)。

(三)  本件発明の要旨(請求の原因二)記載の構成の採用

(四)  前述の目的は溶着作業が行なわれる温度に少なくとも等しい沸点を有する液体を連続的に沸騰させ、それにより熱い飽和蒸気の主体を沸騰する液体と平衡状態にあるように形成(発生)し、この熱い飽和蒸気内へ前記溶着作業を行うべき物品を導入し、前記物品上に熱い飽和蒸気の一部を凝縮させて、その物品上に凝縮した蒸気の蒸気熱の転移により前記物品を所望の温度に加熱することにより達成され……る(同第3欄四三行から第4欄八行)。

2  引用例に、本件審決の理由の要点2(請求の原因三2)に記載されたとおりのことが記載されていることについては、原告も認めるところである。

3  原告は、本件発明における「一次熱転移液の飽和蒸気の限定された主体を形成し、予め加えられている接合材料を物品とともに前記飽和蒸気の限定された主体内に入れ、」ということは、飽和蒸気の雰囲気を作つておき、その雰囲気をそのまま壊すことなく回路基板全体をそつくりその中へ入れてしまうことをいう旨主張するので検討する。

(一)  前記認定のとおり当事者間に争いのない本件発明の要旨によると、本件発明は、「少なくとも接合材料の融解点に等しく物品の溶解温度よりも低い高温度に等しい沸点を有する一次熱転移液の飽和蒸気の限定された主体を形成し、予め加えられている接合材料を物品とともに前記飽和蒸気の限定された主体内に入れ」るというもので、その特許請求の範囲には飽和蒸気の限定された主体内に、物品の全部を入れるのか、その一部を入れるのかにつき明示された記載はないことが明らかである。

(二)  そして、右(一)の構成は、本件発明の要旨のうち「予め加えられた接合材料を物品上で溶解させ、該接合材料を凝固させて接合を行う、物品の溶着方法において」における「予め加えられた接合材料を物品上で溶解させ」る工程についてのものである。したがつて、この工程のためにその物品が飽和蒸気の限定された主体内に入れられる範囲は、その目的が達成される限度で、その物品の規模(大きさ)、これに加えられた接合材料の物品上の位置等いかんにより、物品の全都である場合も物品の一部である場合もあり得るものと解される。

(三)  してみれば、本件発明において、飽和蒸気の限定された主体内に入れる物品の範囲が、そつくり入れてしまうことのみであるとする原告の右主張は理由がない。

4  また、原告は、本件発明は、ハンダを含む回路基板全体をそつくり蒸気中に入れてしまう手順をとるもので、ハンダに蒸気を適用する環境が常に一定に維持されているものであるところ、引用例は、この具体的手法に全く言及しておらず、引用例では、例えば蒸気を吹き付けた場合でも実現可能であるから、高い信頼性のある蒸気ハンダ付けは実現され得ない旨主張するので検討する。

(一)  本件発明がハンダを含む回路基板全体をそつくり蒸気中に入れてしまうものに限定されるものでないことは、前記認定のとおりであつて、原告の主張はその前提において理由がないが、本件発明が回路基板全体をそつくり蒸気中に入れてしまう場合も含むものであるから、この点はさておくとして、引用例には、本件発明でいうところの「一次熱転移液の飽和蒸気の限定された主体を形成し、」なる点につき記載がない点については、本件審決でもその前提とするところであり(本件審決の理由の要点3(三))、また、右「一次熱転移液の飽和蒸気の限定された主体を形成し、」が封じられた容器内で溶媒液を沸騰させ、その中に溶媒蒸気をひとまず生成させるという意味であることについては原告も認めるところである。

(二)  そして、引用例中、「プリント配線カードおよび板の再生処理作業の間の電子部品の取りはずしおよび再ハンダ付けを促進するために沸騰溶媒を応用するものである。これは、温度の正確なコントロールを可能にする。」、「最高温度は用いた溶媒の沸点であつてこれを越えることはない。」、「この技術はプリント配線板もしくはカード等の他、モジユールおよび集積回路のハンダ付けに特に有効である。」等の記載によると、引用例の発明は、プリント回路ボード又はプリント回路カード上、電子部品とそれに直接接触しているハンダに沸騰溶媒が接触して凝縮し、そのときの潜熱によりハンダが加熱され、ハンダが溶解し、これに続く凝固により、電子部品のプリント配線板への接合がなされるものであることは、当業者であれば直ちに理解することである。

(三)  また、引用例において、溶媒を用いて加熱を施すに当たり、封じ込めない開放された場で沸騰溶媒を用いて加熱することは技術常識上考えられず、沸騰溶媒を封じ込めて用いるものであることは明らかであるから、本件審決が、「引用例の発明においても、溶媒を用いて加熱を施すに当たり、沸騰溶媒は、封じ込まれるものであることは明らかであり、封じ込あない開放された場で溶媒を用いて加熱を施すとは、技術常識上考えられない。」と認定判断したことに原告主張の誤りはない。

(四)  そうすると、引用例の技術を現実に行うに際しては、ハンダを含む回路基盤(物品)全体をそつくり熱い蒸気中に入れてしまう態様が採られるものと解され、この場合には、原告が主張するとおり、高い信頼性のあるハンダ付けが実現され得ることは明らかである。

(五)  原告は、引用例では、例えば蒸気を吹き付けた場合でも実現可能である旨主張するが、引用例の発明が「蒸気を吹き付ける」態様であることを示唆する記載は引用例中にはない上、前記認定のとおり、引用例でもハンダ付けを蒸気の凝縮熱を利用して行うものであり、またハンダ付けされる回路基盤自体の通常の大きさ等からみて、原告が例示するような「蒸気を吹き付ける」態様はかえつて不自然である。

したがつて、本件審決が、「引用例の発明においても、予め加えられているハンダを電子部品及びプリント配線板とともに限定された沸騰溶媒内に置くものであることは、明らかであり、本件発明における「予め加えられている接合材料を物品とともに前記飽和蒸気の限定された主体内に入れ、」は、当然のことを言つているにすぎない。」と認定判断したことに原告主張の誤りはない。

5  以上によれば、本件発明は引用例及び周知例一、二の発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとした本件審決の認定判断に原告主張の違法はない。

三  よつて、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担及び上告のための附加期間の定めについて行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条、第一五八条第二項を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 元木伸 裁判官 西田美昭 裁判官 島田清次郎)

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