東京高等裁判所 昭和63年(行ケ)270号 判決
一 請求の原因一(特許庁における手続の経緯)及び二(審決の理由の要点)の事実は、当事者間に争いがない。
二 そこで、原告主張の審決の取消事由の存否について判断する。
1 成立に争いのない甲第二号証(本件意匠の意匠公報)及び本件意匠の図面代用写真であることに争いがない検甲第一号証の一ないし四によれば、本件意匠は意匠に係る物品を「リーマ」とする別紙第一に示されているとおりのものであつて、その基本的構成態様は、基部、軸部及び切刃部によつて構成されているものであり、各部の詳細な形状は次のとおりと認められる。
基部は、物品全長の約五分の二を占め、後端に向かつてややテーパをつけた円柱形であつて、その後端の部分(基部の長さの約六分の一)は正面及び背面をえぐりとつて約三分の一の厚さの板状に形成されている。基部に続けて設けられている軸部は、基部よりやや細めの円柱形であり、やはり物品全長の約五分の二を占めている。軸部に続く切刃部は、物品全長の約五分の一を占める部分であつて、頂部が鋭い逆V字形に尖つた四条の螺旋突条(切刃)を、約六〇度のねじれ角度で設けたものである。なお、切刃部の正面及び平面には、切刃の六条の山線が並行に現れる。
一方、成立に争いない甲第七号証によれば、引用意匠は「ブローチリーマー」と題され別紙第二に示されているとおりのものであつて、その基本的構成態様、すなわち円柱形の基部の後端をえぐつて板状とし、基部に続く軸部は基部よりやや細めの円柱形とすると共に、先端に螺旋突条の切刃部を設ける構成の態様は、本件意匠の基本的構成態様と共通するものと認められる。
以上のとおり、本件意匠と引用意匠とは意匠に係る物品を「リーマ」とする点において共通するが、成立に争いない甲第一一号証によれば、リーマは、あらかじめドリル等で開けた下穴を所望の直径寸法に広げ、かつ、穴の内面を美しく仕上げるための切削用工具であつて、その基部を機械装置のチヤツクに嵌合装着して回転させ、切刃部によつて切削作業を行うものであることが認められる。そうすると、前記の本件意匠及び引用意匠に共通する基本的構成態様は、リーマとして不可欠の構成にかかわるものであつて、もとより各意匠の要部を成すというべきである。
2 次に、前掲甲第二号証、検甲第一号証の一ないし四及び甲第七号証によつて本件意匠及び引用意匠の切刃部についてその具体的構成態様を検討するに、両意匠は切刃の数及びそのねじれ角度においても、ほぼ共通していることが認められる。この点について、原告は、両意匠は切刃のねじれ角度及び軸部垂直方向への突出数が異なると主張するが、別紙第一と第二とを対比してみても、原告主張の点が看者に対して別異の美感を起こさせるものと認めることはできない。
しかしながら、前掲甲第二号証及び検甲第一号証の一ないし四によれば、本件意匠の切刃部先端には、各切刃の端部に周側面から切込みを入れて形成した直刃(すなわちエンドミル刃)が、外周に沿つて等間隔に前方へ突出しており(右構成から明らかなとおり、エンドミル刃の数は切刃の数と同一となる。)、したがつて本件意匠の左側面の中央には、四枚のエンドミル刃に囲まれた小円孔が現れることが認められる。
これに対し、前掲甲第七一号証を子細に検討しても、引用意匠の切刃部先端には、各切刃の端部を周側面から切り込んだ形状を認めることはできないし、その右側面(切刃部先端の側面)の形状は不明である。したがつて、本件意匠と引用意匠との間には、切刃部先端の具体的構成態様、すなわちエンドミル刃を設けているか否かの点において、明らかな差異があるといわなければならない。
そして、前記のリーマの用途ないし使用態様を考慮すると、その切刃部先端は、切削作業の開始に当たつてリーマを下穴へスムースに位置決めすべき重要な機能を有する箇所として、需要者である看者の注意を強くひく部分であると認めるのが相当である。したがつて、リーマの意匠においては、エンドミル刃は意匠の要部と成り得る部分というべきであつて、このことは、成立に争いない甲第四号証及び第五号証から認められるように、基部、軸部及び切刃部の形状が本件意匠とは必ずしも類似していないが、切刃部先端にエンドミル刃を設けた点においては本件意匠と共通する意匠が、本件意匠の類似2及び類似3の意匠として意匠登録されている事実によつても裏付けられるところである。
この点について、被告は、本件意匠のエンドミル刃はその長さが物品全長の僅か三%にすぎないから意匠の要部であり得ないと主張する。しかしながら、意匠に係る物品の機能上重要な部分である限りは、たとえその部分の大きさが物品全体の大きさの中ではわずかな割合いにとどまるとしても、需要者である看者の注意を強くひくことに変わりはないというべきであるから、被告の右主張は理由がない。
さらに、被告は、切削工具の切刃部先端にエンドミル刃を設けることは本件意匠の登録出願前に公知ないし周知であり、しかも本件意匠のエンドミル刃はありふれた四つ石紋様であるから、本件意匠のエンドミル刃は意匠の要部であり得ないとも主張する。しかしながら、たとえ一般に切削工具の切刃部先端にエンドミル刃を設けることが公知あるいは周知であつたとしても、そのことをもつて、リーマのエンドミル刃の特定の形状、すなわち切刃部先端の具体的構成態様がおよそリーマの意匠の要部となり得ないとすることはできない。エンドミル刃の特定の形状がリーマの意匠の要部を成すか否かは、それぞれのリーマの意匠について、そのエンドミル刃の具体的な形状がどの程度、需要者である看者の注意をひくものであるかを個々的に検討して判断すべき事項である。そして、本件意匠の切刃部先端の具体的構成態様は、その左側面に現れるいわゆる四つ石紋様のみによつて特徴付けられるのではなく、前記のとおり、各切刃の端部に周側面から切込みを入れて形成したエンドミル刃を外周に沿つて等間隔に前方へ突出させている形状によつて際立つて特徴付けられているのであり、この点は需要者である看者の注意をひくに足りるものと認められるから、切刃部先端の右具体的構成態様は本件意匠の要部を成すとするのが相当である。
3 以上のとおりであつて、本件意匠と引用意匠は、意匠の要部である基本的構成態様において共通し、切刃の数及びそのねじれ角度の具体的構成態様もほぼ共通するが、本件意匠はその切刃部先端に特定の形状のエンドミル刃を設けている点において引用意匠との間に差異があり、しかも切刃部先端の右具体的構成態様は本件意匠の要部を成すと認めるべきものである。そして、本件意匠においては、要部である切刃部先端の右具体的構成態様は、引用意匠と共通する基本的構成態様が起こさせる美感に埋没することなく、本件意匠の独自の美感を特徴付けているものと認めるのが相当である。
したがつて、前記のとおり引用意匠の切刃部先端にエンドミル刃の存在を認めることが全くできない以上、本件意匠が引用意匠に類似すると認める余地はないから、意匠法第三条第二項の規定を根拠とするなら格別、本件意匠は同条第一項第三号の規定に違反して登録されたものでその登録は無効とすべきものとした審決は違法であつて、取消しを免れない。
三 よつて、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は正当としてこれを認容する。
〔編注1〕本件における特許庁における手続の経緯および意匠の要点は左のとおりである。
一 原告は、意匠に係る物品を「リーマ」とする別紙第一に示されている形態から成る登録第五八七四〇四号意匠(昭和四八年八月二四日登録出願、昭和五七年八月二〇日設定登録。以下「本件意匠」という。)の意匠権者である。
被告は、昭和六一年六月一二日、本件意匠を無効とすることについて審判を請求し、昭和六一年審判第一二〇一二号事件として審理された結果、昭和六三年一〇月六日、「登録第五八七四〇四号意匠の登録を無効とする。」との審決があり、その謄本は同年一一月七日原告に送達された。
二 審決の理由の要点
本件意匠の形態は、その願書添付の図面によると、別紙第一に示されているとおりである。
これに対し、大阪府立中之島図書館所蔵の雑誌「機械技術」一九七〇年一〇月臨時増刊号(日刊工業新聞社発行)の広二〇〇頁所載の被告の広告には、写真版で「ブローチリーマ」の意匠(以下「引用意匠」という。)が表されており、その形態は別紙第二に示されているとおりである。
そこで本件意匠と引用意匠とを比較検討するに、両意匠は意匠に係る物品が一致するが、形態については、次のとおり共通点と差異点がみられる。
すなわち、両意匠は、円柱形の基部に続いてこれよりやや細めの円柱形の軸部を設け、先端付近を螺旋突条の切刃部とし、後端部分は円柱形をえぐつて板状とする基本的構成態様において共通する。さらに両意匠は、具体的構成態様、すなわち切刃の数及びそのピツチのねじれ角度がほぼ共通し、螺旋突条の各段が軸部から切刃に向かつて開口状に広がつている点においても共通する。そして、右の基本的構成態様及び具体的構成態様の共通点によつて、両意匠の全体的な態様は、看者に対して彼我をつけ難いほど共通しているとの支配的な印象を与えるから、両意匠は、意匠上のまとまりある態様を共有するものである。
一方、切刃部先端の形状において、両意匠の間には差異がある。すなわち、本件意匠を左側面図からみると、中央に小円孔があり、その周囲に四個のエンドミル刃が、石持ち地抜き四つ石紋様(別紙第三参照)の主要部である四つ石状の態様で、ほぼ等間隔に突出して設けられており、これを周側面からみると、わずかに切込みがある態様である。これに対し、引用意匠は、一方向のみからの撮影であるため、本件意匠の左側面図に該当する部分は不明であり、また周側面からは切込みの態様を発見できない。
両意匠の間の右差異点は、機能上は重要であるとしても、全体のうちの一部(すなわち先端部)の差異であるから、やはり部分的な差異点として細部的なものにとどまるものである(本件意匠の図面代用写真の六図面、特に左側面図は子細に観察しても具体的な明確さを欠いている。この部分に主要部があるとするならば、出願当初からこの部分を拡大図面等をもつて明瞭に開示すべきである)。
なお、切刃部先端の形状について検討するに、昭和三六年一〇月に特許庁資料館が受け入れた一九五六年八月一日発行の英国特許第七五三八三六号明細書のFIG1及びFIG3等の図面に表されている意匠には四つ石紋様の態様で切刃が設けられており(別紙第四参照)、一九六六年三月二三日発行の英国特許第一〇二三七六八号明細書の図面には中央に小円孔、その周囲に四つ石紋様の態様で切刃を設け、周側面の端部は鋸歯状の凹凸に形成したものが表されている(別紙第五参照)。さらに、昭和三一年一二月に特許庁資料館が受け入れた一九四五年六月五日発行の米国特許第二三七七三二九号明細書のFIG3の図面に表されている意匠には中央に小円孔、その周囲に四つ石紋様の態様で切刃が設けられており、FIG2の図面に表されている意匠には周側面の端部に切込みが設けられている(別紙第六参照)。これら三意匠は、いずれも本件意匠登録出願前に公知となり、その後相当の期間を経過しているものであるから切刃部先端の右態様は、この種物品の分野における当業者間にあつては周知であつたとするのが相当である。したがつて、本件意匠の切刃部先端の前記形状は、新規な創作性がなく容易なものとして、看者はこの点に注目するものではないから、本件意匠と引用意匠の切刃部先端における前記差異点は、微弱なものといわざるを得ない。
以上の共通点と差異点とを総合し両意匠を全体として観察すると、微弱な差異点は支配的な共通点に包摂されるので、意匠上のまとまりある態様を共有する両意匠は相互に類似しているものと認められる。したがつて、本件意匠は、意匠法第三条第一項第三号の規定に違反して登録されたものであるから、その登録は無効とする。
〔編注2〕本件における別紙は左のとおりである。
別紙第一
<省略>
別紙第二
<省略>
(以下省略)