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東京高等裁判所 昭和63年(行ケ)271号 判決 1992年2月18日

神奈川県川崎市幸区堀川町72番地

原告

株式会社東芝

代表者代表取締役

青井舒一

訴訟代理人弁護士

宇井正一

同弁理士

松山允之

畑泰之

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官 深沢亘

指定代理人

松浦弘三

宮崎勝義

加藤公清

主文

特許庁が昭和61年審判第15656号事件について昭和63年9月27日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

主文同旨の判決。

2  被告

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決。

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

出願人 原告

出願日 昭和55年5月27日(昭和55年特許願第69653号)

発明の名称 「磁気記録用磁性粉の製造方法」

出願公告 昭和60年4月20(昭和60号年特許出願公告第15577号)

異議申立 昭和60年5月23日(異議申立人日立金属株式会社)

同 昭和60年6月20日(異議申立人戸田工業株式会社)

拒絶査定 昭和61年4月25日

審判請求 昭和61年7月31日(昭和61年審判第15656号事件)

手続補正 昭和61年8月29日

審判請求不成立審決 昭和63年9月27日

2  本願発明の要旨

AO、B2O3、Fe2O3、(Fe2O3としては置換成分を含み且つAはBa、Sr、Ca、Pbのうち少なくとも一種を含むことを示す)を頂点とする三角成分図において、下記の四点

(a)  B2O3=44、AO=46、Fe2O3=10モル%

(b)  B2O3=40、AO=50、Fe2O3=10モル%

(c)  B2O3=10、AO=40、Fe2O3=50モル%及び

(d)  B2O3=20、AO=30、Fe2O3=50モル%

で囲まれる組成領域内(但し点(a)、(d)及びそれらの二点を結ぶ線上の組成は含まない)にある混合物を溶融し、急速冷却を施して、非晶質体化する工程と、この非晶質体に650ないし850℃に加熱処理を施してマグネトプランバイト型フェライト粉末を析出させてから酸処理を施し粒径が0.01ないし0.3μmの結晶を得る工程とからなる磁気記録用磁性粉の製造方法。

3  審決の理由の要点

(1)  本願発明の要旨は前項記載のとおり(特許請求の範囲の記載と同じ。)である。

(2)  これに対し、特公昭48-22265号公報(以下、「引用例」という。)には、Ba、Sr及びPbからなる群のうちの一種の金属フェライトを造るに当たり、マグネットプラムバイト構造MO・6Fe2O3(式中MはBa、Sr及びPbからなる群から選ばれる)を造ることができる比重を有する上記金属の酸化物、酸化ホウ素及び酸化第二鉄の均質な融解物を形成させ、その融解物を不溶性物質及び結晶性物質の実質的にない均質なガラスに急冷し、そのガラスを加熱してホウ酸塩豊富な母体中で製品の結晶核生成及び結晶化を行わせ、次いで、酸処理することからなる上記金属のフェライトを製造する方法が記載されており、また、この方法によれば、粉砕又は摩砕を施さなくても、最適の粒子寸法と磁性品質とを有する非団塊化フェライト粒子を良好な収率で製造することができる旨の記載(2欄22行ないし28行)及び熱処理温度(結晶生成化温度)によって結晶の大きさを調節することができる旨の記載(3欄36行ないし39行)がなされている。

(3)  本願発明と引用例に記載の事項とを比較すると、本願発明では、0.01ないし0.3μm粒径の、置換成分を含むマグネトプランバイト型フェライト粉末からなる磁気記録用磁性粉を製造するものである点で引用例に記載の事項と相違し、この点以外には両者間に実質的な差異が認められない。

(4)  上記相違点について検討すると、低保持力のマグネトプランバイト型フェライト粉末を磁気記録用磁性粉として使用すること及び低保持力の磁性粉を得るために置換成分を導入することは共に本願出願前周知の事実であり(必要あれば、特開昭50-32498号公報(以下、「周知例1」という。)及び「フェライト(FERRITES)」208頁(1959年、東京電機大学発行)(以下、「周知例2」という。)を参照のこと。)、また、磁気記録用磁性粉、とくに垂直磁化記録方式に用いる磁性粉として、その磁気記録に必要な磁性特性並びに高密度記録としての垂直磁化記録を有利に行わしめることを考慮して、0.01ないし0.3μm粒径のものを使用することは当業者であれば適宜なし得る程度のことと認められるから、本願発明における「0.01ないし0.3μm粒径の、置換成分を含むマグネトプランバイト型フェライト粉末を磁気記録用磁性粉として使用する」点それ自体に格別の発明力を要するものとは認められない。

そして、引用例には、粉砕又は摩砕を施さなくても、最適の粒子寸法と磁性品質とを有する非団塊化フェライト粒子を良好な収率で製造することができる手段として、まずガラス化し、次いで加熱して結晶化を生ぜしめる手段が記載されているから、本願発明の特定粒径範囲の磁性粉をこの引用例に記載の手段を適用して製造しようとすることは当業者であれば容易になし得ることであり、それにより奏する効果も当業者が予測できる範囲を出ないものと認められる。

(5)  したがって、本願発明は、上記周知の事項及び引用例に記載の事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。

4  審決の取消事由

審決の理由の要点(1)ないし(3)は認める。同(4)のうち、引用例には、粉砕又は摩砕を施さなくても、最適の粒子寸法と磁性品質とを有する非団塊化フェライト粒子を良好な収率で製造することができる手段として、まずガラス化し、次いで加熱して結晶化を生ぜしめる手段が記載されているとの点は認め、その余は争う。同(5)は争う。

審決は、周知事項についての認定を誤り、また引用例の技術的意義の認定を誤った結果、本願発明の容易想到性についての判断を誤った違法なものであるから、取消しを免れない。

(1)  本願発明におけるフェライト粉末を磁気記録用磁性粉として使用することの進歩性の判断の誤り

(ア) 本願発明は、高密度垂直磁化記録に関する磁性粉の製造方法に関するものである(なお、本願明細書1欄17行に「高密度垂直酸化記録に済する」とあるのは「高密度垂直磁化記録に適する」の明らかな誤記である。)。磁気記録媒体は、磁性粉とバインダーとを混合し、テープ上に塗布するのであるが、磁性粉としては、従来、酸化鉄、例えばγ-Fe2O3等が一般的に使用されているが、その形状は針状結晶であるため高密度化には適していなかった。一方、周知例1に示されているように、磁性粉として六方晶系フェライトを使用することが提案されてはいるが、六方晶系フェライトは粒径が大きくかつ保磁力が大きすぎるため、高密度垂直磁化記録用磁性粉としては適していなかった。これに対し本願発明は、六方晶系フェライトの高保磁力と大粒径という問題を改良するため、構成原子の一部を特定の他の原子で置換することによって、垂直磁化記録に適した値まで保磁力と粒径を低減化させるという目的のもと、更に、平均粒径が約0.3μm以下のマグネトプランバイト型フェライト微粒子の圧延配向性は粒子の平均径Dと厚みtとの比、すなわち板状比(D/t)が所定値以上の場合において極めて顕著に増大するという知見に基づいて、置換成分と平均粒径の数値を決定しているのである。

(イ) 審決は、周知例1をもって「低保磁力のマグネトプランバイト型フェライト粉末を磁気記録用磁性粉として使用することは、本願出願前周知の事実である」旨認定する。

周知例1には、低保磁力の六方フェライト小板(粉末)を磁気記録用磁性粉として使用するという旨の記載がみられるが、同周知例記載の発明においては、粒子径の最大寸法が5ミクロメータの結晶の数が少なくとも90%ある磁性粉を用いるものであって、極めて大きな粒子径を有する磁性粉を使用して、マスター又は永久記録用媒体を得ることを目的としているのであって、かかる大きい粒子径の磁性粉を使用する限りにおいては、本願発明の目的とする、高密度垂直磁化記録用磁性粉を得ることは困難であり、したがって周知例1は本願発明の垂直磁化方式を用いた高密度記録用磁性粉を得るという目的とは実質的に異なっている。

更に、周知例1記載の発明では、最大寸法が5ミクロメータの結晶の数が少なくとも90%ある磁性粉を用いることが基本であり、その大径の磁性粉を使用して多磁区構造を形成し、結果的に保磁力を低下せしめる例が示されてはいるが、かかる技術構成からなる同発明では記録密度は向上せず、低密度記録用にしか適用し得ないものである。

したがって、周知例1記載の発明では、本願発明で扱う程度の高密度垂直磁化記録方式に適した低い保磁力を有し、かつその保磁力を制御するようにして前記のごとき特性を持つ微粒子からなる磁性粉を得るという技術構成とは実質的に異質のものであり、これにより、低保磁力のマグネトプランバイト型フェライト粉末を磁気記録用磁性粉として使用するという一般的知見を抽出し、本願発明の進歩性を否定することはできない。

(ウ) 審決は、置換成分の添加については周知例2によって周知であるという。

周知例2には、単にBa-フェライトにおいて、Co-Ti置換の置換量と結晶異方性との関係を示すグラフが示されているのみであって、置換成分の導入により結晶異方性が低下することは記載されているとしても、置換成分を導入することによって低保磁力で微小な磁性粉を得ることについては全くの開示もなければ、それを示唆する記載もみられない。

なお、一般的に、保磁力に影響を及ぼすファクターとしては、結晶の形状異方性を初め多くのものが存在しており、これらは相互に関連性を有しているものであるから、仮に置換成分を導入して結晶異方性が小さくなったとしても、それが他のファクターにどのような影響を及ぼしているか明らかでない以上、直ちに磁気記録可能な範囲に保磁力が小さくなるか否かを予測することは困難である。

したがって、周知例2の記載をもって「低保磁力の磁性粉を得るために置換成分を導入すること」が本願出願前周知であるとして、本願発明の進歩性を否認することはできない。

(エ)審決は、0.01ないし0.3μm粒径のものを使用することは当業者であれば適宜なし得る程度のことと認められるという。

本願発明の出願当時、垂直磁化記録方式そのものが新しい技術的概念であり、その工業的な実用化に関しての各種の問題点は当時としては未だ明確化されておらず、全ての研究開発が暗中模索の中で行われていた時期であり、垂直磁化記録方式に用いる磁性粉に要求される特性について、当時は全く不明の時期であった。その時期にあって、高密度用の垂直磁化記録方式に適した塗布型の磁気記録用磁性粉としてその物性及び品質の向上と工業的実用化の両側面から技術的検討を行い、本願発明の目的とする、従前とは異なった新規な塗布型の垂直磁化記録媒体用磁性粉を得るために、置換成分を含む原料を採用し、かつ、ガラス結晶化工程の各種条件を調整して磁性粉の粒径を0.01ないし0.3μmに特定することは、当該技術に関する問題点に対する詳細な技術的検討と洞察力とが協働して初めて達成され得たものである。

本願発明において、0.01ないし0.3μmの粒径を選択したのは、粒径が0.01μm以下であると磁化が消失してしまい磁気記録材料として不適なことを見出し、また粒径が0.3μm以上であると記録波長との関係で高密度の垂直磁化記録を有利に行い得ないとの知見を得たことに基づき、粒径を細かくするという当業者のこれまでの予想に反し、置換成分の導入によって飽和状態が低下せずに粒径が小さくなるとともに低保磁力化を実現し、垂直磁気記録方式における高密度化が可能となるという効果を得るに至ったものであり、本願発明の発明性が否定されるべきではない。

(2)本願発明の特定粒径範囲の磁性粉を引用例に記載の手段を適用して製造しようとすることの容易想到性の判断の誤り

本願発明において、保磁力(iHc)は、置換元素の種及び置換成分の量によって決定され、また、粒度は、該置換成分の量と熱処理温度とをコントロールすることによって決定し得るものである。つまり、本願発明においては、熱処理温度を上げても、磁性粉の粒度を小さく維持させ、かつ保磁力も低く保つような磁性粉を得ることを最大の目的とし、特定の組成を有する原材料に対し置換成分を導入するものである。すなわち、本願発明においては、磁性粉の粒度は単に熱処理温度のみにより決まるものではなく、置換成分と熱処理温度との相互関係により決定されるのである。

一方、引用例記載の発明は、ラバー磁石等、一般の磁石に適する硬磁性フェライトを製造するものであって、異常に高い固有保磁力(Hci)を有するフェライトを得ることが主目的であり、引用例には本願発明の目的である垂直磁化記録用磁性粉に適した低保磁力でかつ微小な特定の粒径(0.01ないし0.3μm)を有する磁性粉を(急冷)ガラス結晶化法で作り得る旨の開示も示唆もなく、ましてかかる垂直磁化記録に適した磁性粉を置換成分を導入することによって達成する技術については全く示されていない。しかも、引用例には、温度と粒子寸法とが因果関係にあることを前提として、熱処理温度を決めれば粒径が決まり、保磁力が決まり、しかも高温の熱処理で磁性粉を作り保磁力を高めるという技術思想のもとに、永久磁石として適した保磁力が最大の磁性粉を得ることが示されているにすぎない。

したがって、本願発明と引用例記載の発明とは、目的、技術構成において異なるものであり、引用例には磁気特性と粒径とをある目的に沿って自由にコントロールすることについての技術については何ら開示されていない。また、置換成分の導入の効果についても全く示されていない。

第3  請求の原因に対する認否及び被告の主張

1  請求の原因1ないし3は認める。同(1)(ア)のうち、本願発明は高密度垂直磁化記録に関する磁性粉の製造方法に関するものであること、本願明細書1欄17行に「高密度垂直酸化記録に済する」とあるのは「高密度垂直磁化記録に適する」の誤記であること、及び、磁気記録媒体は、磁性粉とバインダーとを混合しテープ上に塗布するのであるが、磁性粉としては、従来、酸化鉄、例えばγ-Fe2O3等が一般的に使用されているが、その形状は針状結晶であるため高密度化には適していなかったことはいずれも認め、その余は争う。同4(1)(イ)のうち、周知例1には、低保磁力の六方フェライト小板(粉末)を磁気記録用磁性粉として使用するという旨の記載がみられることは認め、その余は争う。同4(1)(ウ)及び(エ)は争う。同4(2)のうち、引用例に関する認定部分、及び、引用例には置換成分の導入の効果について全く示されていないことは認め、その余は争う。審決の認定、判断は正当であり、審決を取り消すべき違法はない。

2  本願発明におけるフェライト粉末を磁気記録用磁性粉として使用することの進歩性についての審決の判断の相当性(1)周知例1には、「本発明は低保磁力マグネトプランバイト型フェライト小板を提供する」と記載され(3頁右上欄2行ないし3行)、実施例3、7、9及び11には固有保磁力750エルステッド以下の粒子が記載されており、更に、「本発明により製造される粒子は磁気記録媒体に使用するのが望ましく、」と記載されている(8頁左下欄12行ないし13行)のであるから、審決が、低保磁力のマグネトプランバイト型フェライト粉末を磁気記録用磁性粉として使用することは、本願出願前周知の事実であると認定した点に誤りはない。

なお、周知例1にはその磁性粉が多磁区構造であるという記載はどこにもなく、その実施例3には最大寸法0.1ないし2μm、実施例7には0.2ないし2.3μmの粒子が記載されており、これらの粒径は本願発明における磁気記録用磁性粉と重複するものであり、周知例1における磁性粉が本願発明における磁性粉と異なるとする根拠はない。また、原告は本願発明の目的が高密度垂直磁気記録媒体を得ることである旨主張するが、本願発明は、特許請求の範囲に記載されるとおり、単に「磁気記録用磁性粉の製造方法」であって、高密度垂直磁化記録用磁性粉に限られるものでなく、高密度垂直磁化記録用とは磁化記録用の一態様にすぎない。

(2)周知例2には、置換成分の導入により結晶異方性が低下すること、すなわち、チタン(又は二価金属イオン)含有量の機能としてM構造(マグネトプランバイト型構造)をもつチタン置換化合物の結晶異方性定数K1を示した図39・9から明らかなとおり、「BaMeⅡδTiⅣδFe12 2δO19(Ti-Me置換Baフェライト)(ここで、Meは二価金属イオンである)」において、図39・9にプロットされた○印に示されるように、破線に沿ってTi及びCo量が増加する程結晶異方性定数K1が小さくなることが記載されている。そして、結晶異方性定数K1が小さくなれば、乙第1号証の1ないし3

(「磁性物理の進歩」・1964年4月10日株式会社アグネ発行)に記載のKittelによる式

iHc=2K/Is

から、抗磁力(保磁力)iHcは低下するのである。したがって、審決が、低保磁力の磁性粉を得るために置換成分を導入することは本願出願前周知の事実であると認定した点に誤りはない。

なお、審決は、単に「低保磁力の磁性粉を得るために置換成分を導入することは本願出願前周知の事実である」と認定して、周知例2を示しているのであり、「微小な磁性粉を得ること」を周知事実と認定するものではない。

(3)また、本願発明において粒子径を0.01ないし0.3μmとした理由は、本願明細書3頁9行ないし13行に記載のとおり、0.01μm以下のものであれば磁気記録に要する磁性を呈しないものであること、0.3μmを超えると高密度記録として垂直磁化を有利に行い難いことであることに鑑みると、垂直磁化記録(垂直磁化記録方式それ自体は本願出願前周知のものである。)に必要なかかる条件は必然的に帰着される事柄であるから、磁気記録用磁性粉、とくに垂直磁化記録方式に用いる磁性粉として、その磁気記録に必要な磁性特性並びに高密度記録としての垂直磁化記録を有利に行わしめることを考慮して、0.01ないし0.3μm粒径のものを使用することは当業者であれば適宜なし得る程度のことと認められるとした審決の判断に誤りはない。

3  本願発明の特定粒径範囲の磁性粉を引用例に記載の手段を適用して製造しようとすることの容易想到性についての審決の判断の相当性

(1)本願明細書には、その添付図面の第4図にみられるとおり、粒度は熱処理温度をコントロールすることによって決定し得ることが記載されているが、粒度が置換成分の量をコントロールすることによって決定し得ることは記載されていない。一方、本願明細書には、磁性粉の粒度は置換成分と熱処理温度との相互関係により決定されることは記載されていない。一方、引用例には、粒径と保磁力すなわち磁気特性が熱処理温度により自由にコントロールされることが記載されている。

(2)本願発明は、磁気記録用磁性粉の製造方法であって、高密度垂直磁化記録用の磁性粉の製造に限られるものではない。また、特許請求の範囲の記載事項における「粒径が0.01ないし0.3μmの結晶を得る工程」は、本願明細書の発明の詳細な説明を参照しても、格別の工程が存するのでなく、特許請求の範囲の記載事項の冒頭から「酸処理を施し」までの工程自体の中にあることは明らかである。そして、本願発明の磁性粉末の粒径を0.01ないし0.3μmに実現するためには、加熱処理温度を650ないし850℃にすることにあることは明らかである。一方、引用例においても、熱処理温度は660ないし880℃で、本願発明のものと重複する温度範囲である。そして、本願明細書には、構成原子の一部を特定の他の原子で置換することにより保磁力を低減化することについては記載されているが、置換により粒径を低減化させることについては記載されておらず、本願発明において、置換成分の導入は磁性粉の粒径の低減化に寄与するものではない。

したがって、引用例には、磁性粉の粒径は記載されていないが、置換成分の導入の点を除いて本願発明と同一の材料を同一の工程で製造することが示されており、引用例記載の発明における磁性粉は本願発明と同一粒径のものが得られているとみるのが相当であり、本願発明は、磁性粉の製造方法としては、粒径を0.01ないし0.3μmに規定する点に何ら新規性は存在しない。

以上のとおりであるから、本願発明における磁性粉は、本来、短波長記録信号でSN比を上げるのに有効な高密度垂直磁化記録方式にも使用し得るものとして、粒径の範囲が規定されたにすぎず、磁性粉の製造方法として、粒径を0.01ないし0.3μmに規定する点に引用例と格別に相違するものとはいえない。したがって、本願発明の特定粒径範囲の磁性粉をこの引用例に記載の手段を適用して製造しようとすることは当業者であれば容易になし得ることであるとした審決の認定に誤りはない。

第4  証拠関係

本件記録中の書証目録の記載を引用する。

理由

1  請求の原因1ないし3(特許庁における手続の経緯、本願発明の要旨、審決の理由の要点)については、当事者間に争いがない。

2  本願発明の概要

本願発明が高密度垂直磁化記録に適する磁性粉末の製造方法に関するものであること、磁気記録媒体が磁性粉とバインダーを混合し、テープ上に塗布するものであり、磁性粉として、従来、酸化鉄、例えばγ-Fe2O3等が一般的に使用されているが、その形状は針状結晶であるため高密度化には適していなかったことは当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第2号証(本願発明の公告公報。以下、「本願公報」という。)によれば、磁気記録は一般に記録媒体の面内長手方向の磁化を用いる方式(最短記録波長約1.2μm)によっているが、この方式において記録の高密度化を図ると記録媒体内の減磁界が増加するため高密度記録を達成し難いという不都合があるのに対し、垂直磁化記録方式によれば記録密度を高めても記録媒体内の減磁界が減少するので本質的に高密度記録に適したものといえること、上記垂直媒体としては、前記のように磁性粉とバインダーを混合しテープに塗布するいわゆる塗布型媒体も考えられ、その用いられる磁性粉としては、例えばBaFe12O19などの六方晶系フェライトが挙げられるところ、六方晶系フェライトは、保磁力iHcが高く記録時にヘッドが飽和するため、構成原子の一部を特定の他の原子で置換することによってその保磁力を垂直磁化記録に適した値まで低減化させることが必要であること、六方晶系フェライトの結晶粒径は、0.01μm未満では磁気記録に要する強い磁性を呈せず、また0.3μmを超えると高密度記録としての垂直磁化記録を有利に行い難いため、0.01ないし0.3μmの範囲に選択され、あわせて、保磁力及び粒径ともに制御された磁性粉であっても塗料中に均一に分散する性状を有していないと良好な記録媒体が得られないため、少なくとも磁性粉製作時において個々の粒子が焼結凝集しないことも必要であること、本願発明の発明者らは、以上の特徴を合せもつマグネトプランバイト型フェライトの製造方法として、ガラス形成物質としてのB2O3に上記フェライトの基本成分及び置換成分を含む原料をある比率で混合し、溶解した後その溶解物を急速冷却することによって得られる非結晶体に熱処理を施すことによって、その中に目的にかなったフェライト微粒子が析出することを見い出し、本願発明に至ったものであることが認められる(1欄17行ないし3欄20行)。

3  審決の取消事由に対する判断

(1)引用例には審決の理由の要点(2)に記載のとおりの事項が記載されていること、及び、本願発明と引用例に記載の事項とを比較すると、本願発明では、0.01ないし0.3μm粒径の、置換成分を含むマグネトプランバイト型フェライト粉末からなる磁気記録用磁性粉を製造するものである点で引用例に記載の事項と相違し、この点以外には両者間に実質的な差異が認められないことについては、当事者間に争いがない。

(2)本願発明におけるフェライト粉末を磁気記録用磁性粉として使用することの進歩性

(ア)低保磁力のマグネトプランバイト型フェライト粉末を磁気記録用磁性粉として使用することの周知性

(a)周知例1に、低保磁力の六方フェライト小板(粉末)を磁気記録用磁性粉として使用することが記載されていることは当事者間に争いがない。なお、成立に争いのない甲第5号証(周知例1)によるも、周知例1には、同周知例記載の発明における上記フェライトに関し、「バリウム、ストロンチウムおよび鉛の一つまたはそれ以上のフェライト」との記載が認められる(1頁左欄9行ないし10行)のみで、同フェライトがマグネトプランバイト型であることを明記する記載は認められないが、成立に争いのない乙第4号証(特開昭54-51810号公報)によれば同公報には「……Baフェライト、Pbフェライト等のマグネトプランバイト」との記載のあることが認められ(3頁左下欄5行ないし6行)、このような記載からみて、周知例1記載の発明における上記フェライトはマグネトプランバイト型であると認めるのが相当である。

以上によれば、低保磁力のマグネトプランバイト型フェライト粉末を磁気記録用磁性粉として使用することは本願出願前周知の事柄であったものと認めることができる。

(b)原告は、周知例1記載の発明の磁性粉は、粒径が大きく、多磁区構造を形成し結果的に低保磁力となるものであるから、高密度垂直磁化記録用磁性粉としては不適なものであり、同周知例から低保磁力のマグネトプランバイト型フェライト粉末を磁気記録用磁性粉として使用することは本願出願前周知であったという知見を抽出することはできない旨主張する。

まず、周知例1における発明の磁性粉の粒子径についてみるに、前掲甲第5号証によれば、同周知例には、特許請求の範囲として「最大寸法5ミクロメータの結晶の数が少なくとも90%」と記載されているが、発明の詳細な説明の項には「結晶数の少なくとも90%は5ミクロメータ以下の最大寸法を有する。」と記載されている(2頁左下欄3行ないし4行)ことが認められるから、周知例1における発明の磁性粉の粒子径は少なくとも90%が5μm(ミクロメータと同一単位)以下のものであると解するのが相当であるところ、同号証によれば、周知例1には、実施例三として粒子径の最大寸法が0.1ないし2μmのものが、実施例七として粒子径の最大寸法が0.2ないし2.3μmのものが、それぞれ開示されていることが認められ、これら実施例における磁性粉の粒径が本願発明の規定する粒径の範囲と一部重複するものであることは明らかであり、周知例1における発明の磁性粉の粒径が本願発明のものに比べて大きいものと一概にいうことはできない。したがって、粒径の大きさを根拠に周知例1記載の発明の磁性粉が高密度垂直磁化記録用磁性粉として不適なものであるとすることは相当でない。

次に、周知例1における発明の磁性粉が多磁区構造のものといえるか否かについてみるに、前掲甲第5号証によるも、周知例1には、同記載の発明における磁性粉が多磁区構造であること、あるいは同磁性粉が多磁区構造を形成することによって保磁力を低下せしめていることを窺わせる記載は見当たらず、また、周知例1における発明の磁性粉の粒径が本願発明のものに比べて大きいものと一概にいうことができないことは前記のとおりであるから、周知例1における発明の磁性粉が多磁区構造であると断言することは相当でない。

そして、前掲甲第5号証によれば、周知例1には「小板は磁気記録層の面と平行に容易に整列化されるので、媒体の表面に垂直な磁化容易軸を有する媒体は容易につくることが出来る。このためには従来の磁気記録の場合のように媒体の面に沿うよりは媒体の表面に垂直に記録磁界をかけることが必要である。」との記載のあることが認められ(8頁右下欄15行ないし9頁左上欄1行)、周知例1における発明の磁性粉が垂直磁化記録用磁性粉として使用し得るものであることは明らかであるところ、いずれも成立に争いのない乙第2号証の1及び2(「フェライト夏季ゼミナー講演概要集」・昭和53年粉体粉末冶金協会、18頁18行ないし19行)、同第3号証(特開昭54-34205号公報、2頁10行ないし13行)及び前掲乙第4号証(3頁左上欄末行ないし右上欄4行)によれば、磁気記録において、膜面に垂直な方向に磁化容易軸を有する磁性薄膜を記録媒体として垂直方向に磁化して記録する垂直磁化記録方式は、記録媒体の水平方向の磁化を用いた従来の水平磁化記録方式に比べて、高密度の記録が可能であることが認められるから、周知例1における磁気記録も高密度記録というを妨げず、したがって、周知例1における磁性粉は高密度垂直磁化記録用磁性粉としても使用し得るものというべきであり、原告の上記主張は理由がない。

(イ)低保磁力の磁性粉を得るために置換成分を導入することの周知性

(a)成立に争いのない甲第6号証(周知例2)によれば、周知例2は本願出願前に頒布された刊行物であるところ、同周知例には、チタン(又は二価金属イオン)含有量の機能としてM構造(マグネトプランバイト型構造)をもつチタン置換化合物の結晶異方性定数K1を示した図39・9が示され、「BaMeⅡδTiⅣδFe12-2δO19(Ti-Me置換Baフェライト)(ここで、Meは二価金属イオンである)」において、同図にプロットされた×印、○印、□印に示されるように、破線に沿ってTi及びNi、Co、Zn量が増加する程結晶異方性定数K1が小さくなることが記載されており、置換成分の導入により結晶異方性が低下することが示されている。そして、成立に争いのない乙第1号証の1ないし3(「磁性物理の進歩」・1964年4月10日株式会社アグネ発行)によれば、抗磁力(保磁力)iHc、結晶異方性定数K、飽和磁化の強さIsの間には、Kittelによる式iHc=2K/Is の関係式が成り立つことが認められ、この式によれば、飽和磁化の強さが一定の場合、結晶異方性が低下すれば保磁力が低下することは当業者が容易に理解し得るところである。したがって、審決が、低保磁力の磁性粉を得るだめに置換成分を導入することは本願出願前周知の事実であると認定した点に誤りはない。

(b)原告は、周知例2には置換成分の導入によって低保磁力で微小な磁性粉を得ることについては開示がない旨主張するが、審決は、単に「低保磁力の磁性粉を得るために置換成分を導入することは本願出願前周知の事実である」と認定して、周知例2を示しているのであり、「微小な磁性粉を得ること」を周知事実と認定するものではないから、原告の上記主張は理由がない。

また、原告は、保磁力に影響を及ぼすファクターとしては多くのものが存在しており、仮に置換成分を導入して結晶異方性が小さくなったとしても、それが他のファクターにどのような影響を及ぼしているか明らかでない以上、直ちに磁気記録可能な範囲に保磁力が小さくなるか否かを予測することは困難である旨主張する。しかしながら、置換成分の添加によって他のファクターが影響を受けそれによって保磁力が影響されることはありうるものの、置換成分の添加によって影響を受けるファクターが保磁力低下を阻止するような事情は認められないから、置換成分の添加により保磁力が低下することの予測が困難とすることはできず、原告の上記主張も採用できない。

(c)磁性粉の粒径を0.01ないし0.3μmとすることの容易想到性

本願発明において、磁性粉の粒径を0.01ないし0.3μmと限定した理由は、六方晶系フェライトの結晶粒径は、0.01μm未満では磁気記録に要する強い磁性を呈せず、また0.3μmを超えると高密度記録としての垂直磁化記録を有利に行い難いため、0.01ないし0.3μmの範囲に選択したものであることは、前記2(本願発明の概要)に認定したとおりである。

ところで、前掲甲第2号証(2欄5行ないし7行)、同第5号証(8頁右下欄15行ないし9頁左上欄1行)、乙第2号証の1、2(18頁17行ないし25行)、同第3号証(2頁右上欄13行ないし左下欄4行)及び同第4号証(2頁左下欄3行ないし17行)によれば、垂直磁化記録方式は、本願出願前の昭和51年頃、より高密度の記録を可能にするため、従来の水平磁化記録方式に替わって提案された磁化記録方式であるところ、該垂直磁化記録方式は、記録媒体の面内長手方向に磁化記録するのではなく記録媒体面に垂直な方向に磁化記録するため、記録媒体表面に垂直な方向に磁化容易軸を有する記録媒体を必要とし、該記録媒体はCo-Crスパッタ膜を形成する方法や磁性粉をテープ上に塗布する方法等によって平板状の粒子を磁化容易軸を記録媒体表面に垂直な方向に有するように配向することによって作られるものであることが認められ、かつ、これらの事実は、本願出願前、当業者において周知の事柄であったものと認められる。

上記周知技術において、磁性粉の粒径は垂直磁化記録方式による磁気記録の密度に影響を及ぼす可能性のある事項であることは当業者の推察し得る事項であり、したがって、当業者が、垂直磁化記録方式に用いるに適した磁気記録用磁性粉を検討するに当たって、当該磁気記録に必要な磁性特性及び記録密度の程度を考慮して磁性粉の粒径を一定の範囲のものに選択することは、格別の発明力を要することなく当然なすべき事項であると認めるのが相当であるところ、周知例1には、実施例3として粒子径の最大寸法が0.1ないし2μmのものが、実施例7として粒子径の最大寸法が0.2ないし2.3μmのものが、それぞれ開示され、これら実施例における磁性粉の粒径が本願発明の規定する粒径の範囲と一部重複するものであることは前認定のとおりであるから、本願発明において選択された0.01ないし0.3μmという具体的数値自体も、周知例1に示された磁性粉と比べて格別に異なった粒径のものと認めることもできない。

以上によれば、本願発明において、磁性粉の粒径を0.01ないし0.3μmと限定した点に格別の発明力を認めることはできず、垂直磁化記録方式に用いる磁気記録用磁性粉として0.01ないし0.3μm粒径のものを使用することは当業者であれば適宜なし得る程度のことと認められるとした審決の認定を誤りとすることはできない。

(d)よって、本願発明におけるフェライト粉末を磁気記録用磁性粉として使用すること自体に進歩性を認めることはできず、この点に関する審決の認定、判断に誤りはない。

3  本願発明の特定粒径範囲の磁性粉を引用例に記載の手段を適用して製造しようとすることの容易想到性

(ア)前記争いのない事実によれば、引用例記載の発明は、マグネトプランバイト構造フェライトを急冷ガラス化法により製造するものであるところ、引用例には、この方法によれば、粉砕又は摩砕を施さなくても、最適の粒子寸法と磁性品質とを有する非団塊化フェライト粒子を良好な収率で製造することができる旨の記載及び熱処理温度(結晶生成化温度)によって結晶の大きさを調節することができる旨の記載が存在する。そして、成立に争いのない甲第4号証(引用例)によれば、引用例には、製造されるフェライト粒子の粒径に関連する記載として、「急冷融解物がガラス状態にあることはすべての目的に対して必須ではないが、そのようになすことによって保磁力が粒子寸法の函数として研究することができる故に上記融解物がガラス状態にあることが望ましい。すなわちそのようなガラスから出発して、熱処理温度によって結晶の大きさを調節することによって保磁の最高値を有する最適の寸法を見出すことが可能である。」との記載(3欄32行ないし39行)、「この目的に対して必要な温度と時間とは当然処理される特定の組成物および保磁力に関連を有する生成物中の所望の粒子寸法によって異なる。」との記載(5欄4行ないし6行)、「温度が上昇すると共に粒子寸法は大きくなると云うことができる。」との記載(同欄11行ないし12行)、「そのような温度における結晶化はある種の目的に対して最適の磁気的性質を与える粒子寸法となるからである。」との記載(同欄36行ないし38行)等の存在することは認められるものの、引用例には、どのような熱処理温度によってどの程度の粒径のフェライト粒子が生成されるのかといった、具体的な粒径の数値については何も記載されておらず、また、熱処理によって調節できる粒径の上限値及び下限値の具体的数値も示されていないことが認められる。したがって、引用例における急冷ガラス化法において、本願発明が磁性粉の粒径として限定する0.01ないし0.3μmのマグネトプランバイト型フェライト粉末が得られるか否かは不明といわざるを得ない。

もっとも、前掲甲第4号証(5欄7行ないし11行)によれば、引用例記載の発明における急冷ガラス化法の熱処理温度は660ないし885℃であることが認められ、他方、本願発明の熱処理温度は、前記本願発明の要旨記載のとおり、650ないし850℃であって、両者の熱処理温度は重複する温度範囲であることが認められる。しかしながら、本願発明におけるフェライト粉末は置換成分を含む点で引用例におけるそれと相違することは当事者間に争いのないところ(前記本願発明の要旨及び本願発明の概要の記載によれば、Fe2O3の一部が置換成分に置換されたものであり、更に、前掲甲第2号証(4欄22行ないし24行及び6欄28行ないし30行)によれば、その置換はFe3+イオンの一部をCo2+-Ti4+イオン等の原子で置換したものであることが認められる。)、このように原料物質に置換成分が用いられた場合には、熱処理によって生成される結晶の成長、したがって、結晶粒子の寸法にも当然影響が出るものと考えられ、同一の温度で熱処理したからといって、置換成分を含むものと含まないものとでは得られる粒子の粒径が必ずしも同じになるとは考え難いから、置換成分を含まない引用例において本願発明におけると重複する温度範囲で熱処理を施しているとしても、本願発明と同一の粒径のものが得られているとみることは相当でない。このことは、成立に争いのない甲第7号証によれば、本願発明に従って、置換成分を含む原料組成から製造した磁性粉と、置換成分を含まない点以外は同一にした原料組成から他の条件を同一(急冷ガラス化法、熱処理温度780℃)にして製造した磁性粉とを対比した実験において、前者の平均粒径は0.06μmであるのに対し、後者の平均粒径は0.45μmであったことが認められる事実からも裏付けられる。

以上によれば、置換成分を含む原料物質による本願発明の特定範囲の磁性粉を、引用例に記載の手段を適用して製造しようとすることは、当業者の容易になし得ることであると認めることはできず、この点に関すう審決の認定は相当とはいい難い。

(イ)なお、被告は、本願明細書には粒度が置換成分の量をコントロールすることによって決定し得ることは記載されていないから、「磁性粉の粒度は置換成分と熱処理温度との相互関係により決定され」る旨の原告の主張は本願明細書に基づかない主張であるから失当であると主張する。

そこで検討するに、前掲甲第2号証によるも、本願明細書には上記原告の主張に関する直接的な記載こそないが、前記のとおり、前掲甲第2号証の本願公報によれば、本願発明の特許請求の範囲及び発明の詳細な説明の項には置換成分を含む原料物質を熱処理すること自体は記載されており、かつ、本願発明により製造された磁性粉と本願発明と同一の原料組成から構成されているが置換成分を含まない原料により製造された磁性粉との形状の差を確認した実験報告書である甲第7号証の記載からみて、本願発明においては、磁性粉の粒度が置換成分と熱処理温度の相互関係の存在を技術的前提としているものと認めて差支えない。そして、前認定によれば、引用例には、抽象的に熱処理温度によって粒径を調節できることが記載されているにとどまり、それによって得られる粒径の具体的難値については何ら記載も示唆もきれていないのであるから、いかなる寸法の粒径でも自由にコントロールできると認めることはできず、まして、置換成分を含む原料物質による本願発明の特定範囲の磁性粉を、引用例に記載の手段を適用して製造しようとすることは、当業者の容易になし得ることであると認めることはできないものというべきである。

(3)以上によれば、本願発明は周知事項及び引用例に記載の事項に基づいて当業者が容易に発明することができたものとすることはできず、これと異なる審決の判断は誤りであり、その誤りは審決の結論に影響を及ぼすことが明らかであるから、審決は取消しを免れない。

4  よって、原告の請求は理由があるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 松野嘉貞 裁判官 田中信義 裁判官 杉本正樹)

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