東京高等裁判所 昭和63年(行ケ)284号 判決
一 請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、二(本願発明の要旨)及び三(審決の理由の要点)の事実は、当事者間に争いがない。
二 そこで、原告主張の審決の取消事由の存否について判断する。
1 成立に争いのない甲第一号証の一ないし四によれば、本願明細書には、本願発明の技術的課題(目的)、構成及び作用効果について、次のとおり記載されていることが認められる。
(一) 本願発明は、移植短繊維植設体の製造方法に関するものであつて、シヤツ等に短繊維植設群からなる文字、模様等の形成材として、台紙に短繊維を仮着させる機能のみを持つ仮接着層を形成し、これに静電吹付等の方法で短繊維の基部を密植して短繊維群植設台紙を形成し、この短繊維群植設台紙に印刷を施すか、施さないで植設された植設短繊維群の先端群上に熱可塑性の接着剤を塗布して植設体短繊維を移植する機能を持たせた短繊維移植接着剤層を形成した移植短繊維植設体が開発されており、この移植短繊維植設体は、シヤツ等の生地面に直接短繊維を移植接着することができるものである(本願公報第一頁右下欄第三行ないし第一三行)。
この移植短繊維植設体の構成形式には、短繊維群植設台紙の植設短繊維群の先端群上に全面にわたつて短繊維移植接着剤層を形成したもの、右台紙の植設短繊維群の先端群に図柄状の短繊維移植接着剤層を形成したもの等がある(同欄第一三行ないし第一九行)。そして、短繊維植設台紙を形成するため台紙に塗布する仮接着層形成剤として、形式に関する昭和三六年特許出願公告第四七六八号公報には、ポリエチレングリコール一〇gを五〇cm3冷水に浸漬し、膨潤せしめたものにカオリン粉末二五g及びステアリン酸亜鉛一〇gを混合練和したもの、形式に関する昭和四八年実用新案登録出願第九〇八九二号明細書には、水とナフサと乳化剤の混合溶液に、木蝋、艶出剤、滲透剤及びアクリル系エマルジヨン型接着剤と酢酸ビニール系エマルジヨン型接着剤の混合接着剤を配合したものが実施例として開示されている。しかしながら、前者には、短繊維移植工程で移植された短繊維の先端には仮接着層形成剤中の蝋状物質が付着するという欠点があり、後者には、短繊維を台紙に仮着してその仮着を強固にする目的で加熱乾燥装置内に移行する際、ナフサが強力な引火性を有する揮発剤であるため爆発の危険を有するという欠点がある(同公報第二頁右上欄第一一行ないし右下欄第一九行)。
また、従来、加熱乾燥工程を経た短繊維植設台紙に印刷加工を施し、その後該台紙の植設短繊維群の先端群上に短繊維移植接着剤層を形成し、この短繊維移植接着剤層を短繊維植設台紙に植設された短繊維群の先端群上に強固に定着させるため加熱乾燥を行つて移植短繊維植設体を作り、植設短繊維の移植作業を行つた結果、移植しようとする短繊維が短繊維植設台紙の仮接着層に強く植設されすぎ、植設短繊維が短繊維植設台紙の仮接着層から抜けにくいという欠点、あるいは無理に引き抜くため移植短繊維に仮接着層の乾燥固形物が付着して引き抜かれ、シヤツ等の図柄が不体裁になるという欠点を有していた(同欄末行ないし第三頁左上欄第一三行)。
さらに、短繊維移植接着剤層は、熱可塑性接着剤を用い、これをシヤツ等の被移植面に重ね合わせ、アイロン等で加熱押圧して溶融し、シヤツ等の面と植設短繊維の先端群を接着するため、植設短繊維が熱可塑性接着剤の粘性面で寝かされた状態になつて粘着され、その結果シヤツ等の風合を壊すという欠点を生じた(同頁右上欄第七行ないし左下欄第一行)。
本願発明は、これらの欠点を除去し、第一に仮接着層形成剤にナフサ等の危険物を使用せずに短繊維群を台紙上に好適な状態で仮着させる機能を有する仮接着層を形成し、これに短繊維群を植設した短繊維植設台紙を提供すること、第二に右短繊維植設台紙に印刷適性を与えること、第三に移植短繊維植設体による短繊維植設工程で、シヤツ等に直立した短繊維群による図柄が構成できるような短繊維移植接着層を有する移植短繊維植設体を提供することを技術的課題(目的)とするものである(同欄第三行ないし第一四行)。
(二) 本願発明は、前記技術的課題を達成するために本願発明の要旨(特許請求の範囲)記載の構成(昭和六一年一〇月二二日付け手続補正書第二頁第一行ないし末行)を採用したものである。
(三) 本願発明は、前記構成を採用したことにより、次のとおりの作用効果を奏する(本願公報第七頁右上欄第四行ないし右下欄第四行)。
Ⅰ アイロン等の簡易加熱器具をもつて実施できる。
Ⅱ シヤツ等に移植された短繊維群からなる植毛図柄は、従来品と異なり、短繊維図柄を形成する基材等の介在物なしに直接移植されるので介在物のほつれから植毛図柄が形くずれすることがない。
Ⅲ ホツトメルトタイプの接着剤を使用すると溶融して冷却した後は即乾燥のため作業中に截断片等がシヤツ等に付着して製品を汚すことがなく、またドライクリーニング等の耐洗濯性にも強い。
Ⅳ 前記Iのとおり介在物なしに植毛図柄が移植されるのでシヤツ等の伸縮によつて植毛図柄が形くずれすることがない。
Ⅴ 短繊維植設台紙に多色あるいは単色プリントを施し、模様を印刷して移植短繊維植設体としても移植機能を害することがない。
Ⅵ 仮接着剤の調製にアクリル共重合樹脂接着剤、ポリエチレングリコール、パラフインエマルジヨンという材料を使用し、強引火性の材料を使用しないため短繊維植設台紙を製造する加熱乾燥過程で火災等の心配がない。
Ⅶ 仮接着剤にポリエチレングリコールを混合したため仮接着剤を乾燥後もある程度湿り気を保持させることができ、製品が全体としてカールしたり、波打ち変形したりすることがない。
Ⅷ 仮接着剤にはポリエチレングリコールに加え、さらにパラフインエマルジヨンが含まれているため乾燥後も湿り気を保有している仮接着層を形成でき、剥離作業に際しても短繊維植毛群に仮接着層形成片が付着してはがれるのを防止することができ、これによつてシヤツ等に転写された後の短繊維植毛群をつやつやした高品質な状態にすることができる。
2 原告は、審決は、本願発明と第一引用例記載のものとを対比判断するに当たり、本願発明の仮接着層形成剤は、アクリル共重合樹脂接着剤にポリエチレングリコールとパラフインエマルジヨンを混入することを必須とするものであるのに対し、第一引用例には、短繊維植設台紙に形成する仮接着層を作る仮接着剤として、カルボキシメチールセルローズ、カゼイン、澱粉、アクリル系樹脂等とポリエチレングリコール、グリセリン、エチレングリコール、カオリン粉末、ホワイトカーボンを混入した例が記載されているだけで、第一引用例記載のものは本願発明の仮接着層形成剤とはその成分を異にするものであるのに、本願発明と第一引用例記載のものとは「アクリル樹脂接着剤にポリエチレングリコール等を混入して仮接着剤となした水溶性接着剤を塗布して仮接着層」とする構成において一致すると誤つて認定した旨主張する。
そこで、本願発明の仮接着層を構成する配合剤について検討すると、前記本願発明の要旨(特許請求の範囲)には、「アクリル共重合樹脂接着剤にポリエチレングリコール、パラフインエマルジヨン等を混入して仮接着剤となした水溶性接着剤を塗布して仮接着層となし」と記載されており、また、前掲甲第一号証の一によれば、本願明細書の発明の詳細な説明には、ポリエチレングリコール、パラフインエマルジヨンをアクリル共重合樹脂接着剤に混入する技術的意義について次のとおり記載されていることが認められる。
「<1>仮接着層2が台紙1に強固に固着するためには、仮接着層2形成剤(「材剤」は「剤」の誤記と認める。)である合成樹脂を或る程度台紙を構成する繊維物質に浸透させ、これが乾燥したとき、台紙と仮接着層を(「が」は「を」の誤記と認める。)一体化させること、並に、<2>台紙1と仮接着層2を一体化するようにしたとき、台紙と仮接着層の乾燥による収縮率の相異により台紙がカールするのを防止し、印刷に支障を来たすのを防止するため、仮接着剤の乾燥力を或る程度低下(「底化」は「低下」の誤記と認める。)させること、これには仮接着剤を乾燥した後も台紙に或る程度の湿潤性を保たせること、<3>短繊維植設台紙を構成した後、これに印刷加工を施した場合、短繊維表面を流下したインキ中に含まれる合成樹脂が短繊維を植設する仮接着層に作用するのを排除し、且つ植設短繊維が仮接着層からぬけやすくするため、仮接着剤にそのような性格をもたせること、などの要求を満足させる仮接着剤を作ることを考え、前記FX―一四七三に、<1>、<2>の性格を付与するためポリエチレングリコールを混入し、<3>の性格を付与するためパラフインエマルジヨンを混入したFX―一四七四なるアクリル系共重合樹脂接着剤を製つた。(中略)これを仮接着層形成剤として用いた移植短繊維植設体は、長期の保存又は加熱乾燥をする場合にも台紙はカールせず、又短繊維移植作業にあたつて、短繊維は容易に仮接着層からひきぬかれ、その結果移植された短繊維群の先端(これまで仮接着層に埋設されていた短繊維の基端部)には仮接着層片も付着せず、勿論台紙の形成片も付着せず、(中略)短繊維がひきぬかれた後の仮接着層面は、湿潤性が保たれ、短繊維を仮着するためだけの樹脂を有するものであることが如実に現わされていた。」(本願公報第五頁右上欄第六行ないし右下欄第四行)
本願明細書の右記載事項によれば、本願発明は、仮接着層形成剤にナフサ等の危険物を使用せずに短繊維群を台紙上に好適な状態で仮着させるだけの機能を有する仮接着層を形成するという前記1(一)認定の技術的課題を達成するためには、仮接着剤に前記<1>ないし<3>の性質をもたせることが必要であるとの知見に基づき、右<1>及び<2>の性質を付与するためポリエチレングリコールを、<3>の性質を付与するためパラフインエマルジヨンを、ともにアクリル共重合樹脂接着剤に混入することを必須の構成要件としたものと認められる。
一方、成立に争いのない甲第二号証によれば、第一引用例記載のものは、シヤツ等に台紙に短繊維群をもつて形成された適宜形状の植毛図柄をアイロン等の加熱器具を用いて簡単に接着移植することができる移植植毛体に関するものであつて、紙その他の基地(本願発明の「台紙」に相当する。)をもつて剥離材とし、この剥離材面に水溶性水分散性接着剤を塗布して該接着剤塗布面(本願発明の「仮接着層」に相当する。)を形成し、これに短繊維植毛群を植設し、短繊維植毛群頭部に熱可塑性合成樹脂接着剤を塗布してなることを特徴とすることが認められる。
そして、前掲甲第二号証によれば、第一引用例には、右剥離材に塗布する接着剤について、「本発明に用いる水溶性水分散性の接着剤としてはカルボキシメチールセルローズ(略称C・M・C)カゼイン、澱粉、餅粉、アクリル系樹脂、酢酸ビニール系樹脂、塩化ビニール系樹脂等があるがこれに限定するものではない。尚、上記物質に下記に例示する物質を混入して使用すれば、短繊維の仮着効果並に植毛移植工程時の移植に適した接着剤とすることができる。例えばポリエチレングリコール、グリセリン、エチレングリコール、カオリン粉末、ホワイトカーボンを挙げることができる。」(第三頁右上欄第一行ないし第一一行)と記載されているのみであつて、本願発明における仮接着剤に前記<3>の性質を付与するためにパラフインエマルジヨンを混入すること、さらにこれによつて前記1(三)Ⅷ記載の作用効果を奏することについては、何らの記載も示唆も存しないことが認められる。
以上の認定事実によれば、第一引用例記載のものは、仮接着層形成剤としてアクリル系樹脂にポリエチレングリコールを混入したものを含んでいるが、これにパラフインエマルジヨンを混入したものを含まない点において本願発明と相違することが明らかである。
この点について、被告は、「本願発明の特許請求の範囲には、ポリエチレングリコールとパラフインエマルジヨンは例示的な表現で示されており、この両者を混入することが必須要件となつていない。そして、アクリル共重合樹脂接着剤はアクリル系樹脂接着剤に包含されるものであり、これにポリエチレングリコール等を混入して仮接着剤とした水溶性接着剤が第一引用例に記載されているから、審決が、両者を「アクリル系樹脂接着剤にポリエチレングリコール等を混入して仮接着剤となした水溶性接着剤を塗布して仮接着層」となした点で一致するとした認定に誤りはない」旨主張する。
本願発明の特許請求の範囲には、前述のとおり「アクリル共重合樹脂接着剤にポリエチレングリコール、パラフインエマルジヨン等を混入して仮接着剤となした水溶性接着剤を塗布して仮接着層となし」と記載されているところ、「等」という文言は、例示的な表現としても用いられることのあることは被告主張のとおりであるが、この語は、複数を表す接尾語としても用いられ、必ずしも被告主張のように理解されるとはいえない。そして、特許請求の範囲の記載文言自体から直ちにその技術的意味を確定するのに十分といえなくても、当業者において明細書の発明の詳細な説明に記載された発明の目的、構成、作用効果等を併せ検討することにより、客観的合理的にその技術的意義を確定することができるときは、当該発明はこれにより確定された技術的内容のものと把握すべきである。
これを本件についてみると、本願明細書には、前記1認定のとおり、仮接着形成層にナフサ等の危険物を使用せずに短繊維群を台紙上に好適な状態で仮着させる機能を有する仮接着層を形成し、これに短繊維群を植設した短繊維植設台紙を提供すること、右短繊維植設台紙に印刷適性を与えること等を技術的課題とし、この課題を解決するために、仮接着層形成剤に前記<1>ないし<3>の性質をもたせることが必要であるとの知見に基づき、右<1>及び<2>の性質を付与するためポリエチレングリコールを、<3>の性質を付与するためパラフインエマルジヨンを、ともにアクリル共重合樹脂接着剤に混入するものであり、これにより「Ⅶ 仮接着剤にポリエチレングリコールを混合したため仮接着剤を乾燥後もある程度湿り気を保持させることができ、製品が全体としてカールしたり、波打ち変形したりすることがない。Ⅶ 仮接着剤にはポリエチレングリコールに加え、さらにパラフインエマルジヨンが含まれているため乾燥後も湿り気を保有している仮接着層を形成でき、剥離作業に際しても短繊維植毛群に仮接着層形成片が付着してはがれるのを防止することができ、これによつてシヤツ等に転写された後の短繊維植毛群をつやつやした高品質な状態にすることができる。」という作用効果を奏することが説明されており、前掲甲第一号証の一ないし四に基づき、本願明細書を検討しても、ポリエチレングリコールとパラフインエマルジヨンがアクリル共重合樹脂接着剤に混入するものの一つとして例示されていると理解できる余地は全くないことが明らかである。
そうであれば、当業者は、本願発明の特許請求の範囲中の「ポリエチレングリコール、パラフインエマルジヨン等を混入して」の技術的意味は、「ポリエチレングリコール及びパラフインエマルジヨンを混入する」ことを必須とする趣旨であり、「等」は、ポリエチレングリコールとパラフインエマルジヨンの複数を表す語として用いられていると理解するというべきであり、これが本願発明の技術内容を客観的合理的に把握した結果であるということができる。特許請求の範囲の記載からあいまいさをなくし、技術内容を明確、一義的に把握できるようにすることが望ましいという見地からは、できるだけ「等」という文言の記載は避けるべきであるといえるが、本願発明については、明細書の記載から前記のようにその技術的意義を確定できる以上、これを例示的表現であるとする被告の前記主張は採用することができない。
したがつて、審決は、本願発明がアクリル共重合樹脂接着剤にポリエチエレングリコールとパラフインエマルジヨンとを混入して仮接着剤とする点を看過、誤認した結果、本願発明と第一引用例記載のものとは「アクリル系樹脂接着剤にポリエチレングリコール等を混入して仮接着剤となした水溶性接着剤を塗布して仮接着層」とする構成において一致すると誤つて認定したというべきである。
3 次に、原告は、本願発明は、短繊維植設台紙に植設された短繊維を転写する接着剤の層を架橋した短繊維移植床に粉末状のホツトメルト接着剤を融着させるという二層構造を有するものであるのに対し、第一引用例記載のものには、この点の技術的思想は開示されていない旨主張するので、この点について検討する。
前記本願発明の特許請求の範囲には、「アクリル系樹脂、増粘剤、柔軟剤、顔料からなる樹脂で(中略)短繊維移植床を形成した後、粉末状或はホツトメルト接着剤を上記短繊維移植床に散布し、定着」する旨記載されているから、本願発明は、短繊維移植床の上にホツトメルト接着剤が散布される点において、二層構造となることが明らかである。
一方、前掲甲第二号証によれば、第一引用例には、「本発明に用いる短繊維植毛群頭部に塗布する熱可塑性合成樹脂の接着剤としてはアクリル系樹脂、ラテツクス系樹脂、サクサンビニール系樹脂、塩ビ系樹脂等があり、これに熱可塑性樹脂パウダー例えばポリアミド系樹脂、エチレン系樹脂、塩化ビニール系樹脂等を混入して、或は振りかけたものを接着剤として使用すれば植毛移植工程時に前記パウダーがシヤツの織目、植毛植設間に侵溶してこの接着剤が熔融して冷却した後は、移植植毛とシヤツ等の移植を強固に接着する。」(第三頁右上欄第一五行ないし左下欄第四行)と記載されていることが認められ、右記載中の熱可塑性樹脂パウダーを振りかけた場合、このパウダーは短繊維植毛群頭部に塗布する熱可塑性合成樹脂の接着剤と二層を構成することになるから、第一引用例記載のものは二層構造の構成を有するという点では、本願発明と同一である。
しかしながら、本願発明の前記特許請求の範囲には、アクリル系樹脂、増粘剤、柔軟剤、顔料からなる樹脂で形成した「短繊維移植床を架橋し」と記載され、また、前掲甲第一号証の一によれば、本願明細書の発明の詳細な説明にも、「短繊維移植床5は、上記した性格をもたせるため、乾燥により架橋効果をもたらし、且つ、上記ホツトメルト接着剤の融点温度(通常一二〇度前後)では短繊維移植床5の表面が溶融しないようなエマルジヨンタイプのアクリル系合成樹脂を用い、(中略)この形成剤を用いて形成した短繊維移植床は短繊維移植の際上記ホツトメルトの溶融によつて溶融することなく加熱によつて更に架橋が促進される」(本願公報第六頁左上欄第九行ないし第一八行)と記載されていることが認められるから、本願発明の短繊維移植床に用いるアクリル系樹脂は、加熱によつて架橋するタイプの架橋性のアクリル系樹脂であることが明らかである。
これに対し、前掲甲第二号証によれば、第一引用例の特許請求の範囲には、短繊維植毛群頭部に塗布する接着剤として熱可塑性合成樹脂を用いることが記載され、また、発明の詳細な説明にも、「熱可塑性の合成樹脂接着剤」、「熱可塑性合成樹脂の接着剤」、「熱可塑性の接着剤4A」というように一貫して熱可塑性であることを明記していることが認められ、右認定事実によれば、第一引用例記載のものは、化学構造の特徴によつて分類される樹脂の一つの種類としてのアクリル系樹脂を用いる点に特徴があるのでなく、樹脂の熱的性質によつて分類される熱可塑性樹脂を用いる点に特徴があるものということができる。また、前述の「本発明に用いる短繊維植毛群頭部に塗布する熱可塑性合成樹脂の接着剤としてはアクリル系樹脂、ラテツクス系樹脂、サクサンビニール系樹脂、塩ビ系樹脂等があり」との記載から明らかなように、第一引用例に具体的に例示されている四つの樹脂は、アクリル系樹脂を含めて熱可塑性のものに限定されている。そして、前掲甲第二号証によれば、第一引用例には、「シヤツ等に短繊維植毛群3頭部に塗布した熱可塑性の合成樹脂接着剤4面を重ね合わせ、剥離材1裏面からアイロンその他の加熱器具で加熱押圧する。この作業によつて、シヤツ等に重ね合わせた熱可塑性の合成樹脂接着剤4は、溶融してシヤツ等の織目並に短繊維植毛の植毛間に侵溶する。(中略)そして、冷却後はシヤツ等と短繊維植毛頭部を強固に接着する。」(第三頁左下欄第一〇行ないし末行)、「実施例に記載した熱可塑性接着剤は溶融して冷却した後は即乾性のためシヤツ等を汚すことなく」(第四頁左上欄第一八行ないし末行)と記載されていることが認められるから、第一引用例記載のものは、短繊維植毛群頭部に塗布する接着剤として熱可塑性の合成樹脂を用いることによつて移植植毛体をシヤツ等に重ね合わせ加熱した場合、熱可塑性樹脂が熱によつて溶融してシヤツ等に接着されるものであり、短繊維植毛頭部に塗布する接着剤は、熱によつて溶融し冷却すれば固化する、いわゆるホツトメルト型の熱可塑性接着剤であることが明白である。第一引用例記載のものは、このようなホツトメルト型の熱可塑性接着剤を用いることにより前記認定の、シヤツ等に台紙に短繊維群をもつて形成された適宜形状の植毛図柄をアイロン等の加熱器具を用いて簡単に接着移植することができる移植植毛体を提供するという目的を達成することができるのである。
したがつて、第一引用例記載のものにおいて、短繊維移植床を形成するアクリル系樹脂は、熱可塑性のものであり、第一引用例は、このアクリル系樹脂が熱硬化性ないし架橋性のものであることを示唆していると解する余地は全くないというべきである。
この点について、被告は、本件出願当時の周知技術(乙第一ないし第四号証)を引用し、この周知技術を参照して第一引用例をみるならば、第一引用例には、「短繊維移植床を架橋し、同時に前記ホツトメルト接着剤を、前記架橋した短繊維移植床に融着させた移植短繊維植設体の製造方法」である点が記載されており、この点で本願発明と一致するとした審決の認定に誤りはない旨主張する。
しかしながら、第一引用例の記載事項から、短繊維移植床を形成するアクリル系樹脂が熱硬化性ないし架橋性のものでないことが明らかである以上、被告主張の点が本件出願当時の周知技術であるからといつて、第一引用例に、「短繊維移植床を架橋し、同時に前記ホツトメルト接着剤を、前記架橋した短繊維移植床に融着させた移植短繊維植設体の製造方法」が記載されているということはできないから、被告の前記主張は理由がない。
そして、前掲甲第一号証の一によれば、本願明細書の発明の詳細な説明には、「本発明は、これまで、移植短繊維植設体の短繊維のシヤツ等の図に移植させるものは、(中略)植設短繊維群の上端面上に形成される熱溶融性の接着剤の作用によるものであるという考えを改め(中略)植設短繊維群3の先端群上には、この先端群のみを埋めこむ層を形成し、この先端群を、この層に固着させてしまうという考え方に従つて、(「考え方従つて」は「考え方に従つて」の誤記と認める。)この層はこの先端群を固着したのちは、もはやこの層の接着機能は問題にしないという考え方に基き、シヤツ等の生地面には、この層の表面に散布された粉末状、粒状のホツトメルト接着剤の接着力を利用してこの層を接着する」(本願公報第五頁右下欄第五行ないし第六頁左上欄第三行)と記載されていることが認められるから、本願発明は、短繊維移植床の接着剤が架橋性であり、その上に振りかけられた接着剤がホツトメルト型であるという二層構造の構成となつていて、短繊維の植設は前者の接着剤が受け持ち、シヤツ等への熱による溶融接着は後者の接着剤が受け持つというように、二層はそれぞれ別の役割を果す構成となつており、これにより、後者の接着剤がシヤツ等への接着に際して熱によつて溶融しても前者の接着剤は溶融し変形することがなく、また、植設された短繊維が接着層と接着して寝てしまうこともない、という作用効果を奏することが認められる。
これに対し、第一引用例記載のものは、短繊維植毛頭部に塗布する接着剤は、熱可塑性のものであり、その上に振りかけられる接着剤も熱可塑性樹脂のパウダーであるから、二層構造であつても、シヤツ等の溶融接着に際し、本願発明の前記作用効果と同等の作用効果を奏することが期待できないものである。
したがつて、本願発明と第一引用例記載のものとは「ホツトメルト接着剤を散布し定着した後、前記短繊維移植床を架橋し、同時に前記ホツトメルト接着剤を、前記架橋した短繊維移植床に融着させた移植短繊維植設体の製造方法」である点で一致するとした審決の認定は誤りである。
4 以上のとおりであるから、本願発明と第一引用例記載のものとを対比判断するに当たり、両者は「アクリル系樹脂接着剤にポリエチレングリコール等を混入して仮接着剤となした水溶性接着剤を塗布して仮接着層」とする構成、及び「前記短繊維移植床を架橋し、同時に前記ホツトメルト接着剤を、前記架橋した短繊維移植床に融着させた移植短繊維植設体の製造方法」とする構成において一致するとした審決の認定は誤りであり、右の誤つた認定に基づいて、本願発明は第一引用例及び第二引用例記載のものから当業者が容易に発明をすることができたものとした審決は、その余の取消事由について判断するまでもなく、違法として取消しを免れない。
三 よつて、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は正当としてこれを認容する。
〔編注〕本願発明の要旨は左のとおりである。
浸透性を有する上質紙に、アクリル共重合樹脂接着剤にポリエチレングリコール、パラフインエマルジヨン等を混入して仮接着剤となした水溶性接着剤を塗布して仮接着層となし、これに短繊維を植設した後、加熱乾燥して台紙に仮接着剤を浸透した状態で強靭にし、かつ台紙と仮接着層とを一体とした短繊維植設台紙を形成し、前記短繊維植設台紙に植設された短繊維に模様印刷を施し、その印刷上にエマルジヨンタイプのアクリル系樹脂、増粘剤、柔軟剤、顔料からなる樹脂で模様印刷と同形の短繊維移植床を形成した後、粉末状あるいは粒状のホツトメルト接着剤を前記短繊維移植床に散布し、定着した後、余分な前記ホツトメルト接着剤を取り除いて加熱乾燥を行い、前記短繊維移植床を架橋し、同時に前記ホツトメルト接着剤を、前記架橋した短繊維移植床に融着させたことを特徴とする移植短繊維植設体の製造方法