東京高等裁判所 昭和63年(行ケ)35号 判決
一 請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、同二(本願発明の要旨)及び同三(本件審決の理由の要点)の各事実については、当事者間に争いがない。
二 そこで、取消事由について検討する。
1 認定判断の誤り第一点について
前記当事者間に争いのない事実及び成立に争いのない甲第四号証によれば、本願発明の技術的課題(目的)、構成及び作用効果は次のとおりであると認められる。
本願発明は、自動車、オートバイ、農業機械等に遠隔操作を目的として配索する可撓性索導管において、特に耐寒性、耐熱性に富む被覆を施した導管に関するものである。通常、導管は金属線の密着ら線管の外周に可撓性を有するゴムあるいは合成樹脂を施して被覆層を形成し、発錆による内索の切損等の事故発生を防止しており、被覆材として使用されるゴムあるいは合成樹脂は、一般的に使用温度範囲がマイナス三〇℃からプラス一二〇℃程度でしかなかつた。本願発明は、エチレン・プロピレン・ターポリマー(EPT)に耐寒性と可撓性を付与するためにポリエチレン(PE)を、また、耐熱性を向上さすためにポリプロピレン(PP)を加え、この三成分の混合比が、本願発明の要旨記載のとおりである組成物を被覆材料として導管の外表面を被覆したことを特徴とするものであり、温度特性でマイナス五〇℃からプラス一五〇℃までの範囲で可撓性を有し、マイナス五〇℃の低温で屈曲しても亀裂が生ぜず、プラス一五〇℃の高温にも軟化せず、したがつて、導管の端末に冠着した端末金具の離脱や強度の低下もない、温度特性に優れた索導管の導管である。
一方、前記当事者間に争いのない事実並びに原本の存在及び成立に争いのない甲第五号証によれば、引用例1の発明の技術的課題(目的)、構成及び作用効果は次のとおりであると認められる。
引用例1の発明は、索導管の導管等の可撓管の外側面を被覆するのに適した被覆材に関するものである。従来被覆材としては、ポリプロピレンや塩化ビニール等が用いられていたが、ポリプロピレンは一四五℃程度の高温には耐え得るが、常温でも柔軟性に欠け、特に耐寒性に乏しく、また塩化ビニールも長期間の使用によつて脆化し、耐寒性もマイナス三〇℃程度でしかないという欠点があつた。引用例1の発明は、これらの欠点を克服するために、ポリプロピレンにエチレンとプロピレンの共重合体(すなわちEPT)を一〇%から二〇〇%程度まで混合した可撓管の被覆材であり、ポリプロピレンにEPTを五〇%混合した場合には、使用最高温度は一四五℃であり、脆化温度はマイナス四五℃である。
そこで、本願発明と引用例1の発明とを対比してみると、本願発明は、耐寒性、耐熱性に富む被覆を施した導管に関するものであり、引用例1の発明は、耐熱性や耐寒性の大なる可撓管の被覆材に関するものであつて、いずれも耐熱性や耐寒性が要求される索導管の導管の被覆材に関するものであり、両発明はその対象において実質的に一致しており、本願発明がEPTとポリプロピレンとポリエチレンの三元ブレンド樹脂組成物であるのに対し、引用例1の発明がEPTとポリプロピレンとの二元ブレンド樹脂組成物である違いはあるものの、EPTとポリプロピレンとを使用している点で一致しており、本願発明のポリプロピレンに対するEPTの混合比の範囲六六・七%ないし二〇〇%は、引用例1の発明のポリプロピレンに対するEPTの混合比の範囲一〇%ないし二〇〇%に完全に包含されている。
したがつて、本件審決が「両者は、索導管の導管の外表面の被覆材として、ポリプロピレンにEPTを共通した範囲で混合した耐寒性、耐熱性にすぐれたものを用いる点で軌を一にし」ているとした認定に誤りはない。
原告は、本願発明は、引用例1の発明が好ましいとしているポリプロピレンに対するEPTの混合比の範囲(一〇%ないし五〇%)を除外して、右混合比の範囲を六六・七%ないし二〇〇%に限定し、混合比の本質的に重要な範囲が引用例1の発明とは相違するから、両者は、技術思想を異にするものである旨主張する。
しかしながら、前記のとおり、引用例1の発明には、ポリプロピレンに対するEPTの混合比の範囲を一〇%ないし二〇〇%程度と明記しており、また、前掲甲第五号証によれば、引用例1には、「使用最高温度はEPTの混合比率五〇%程度まではポリプロピレンのみの被覆材と同じ一四五℃あるが、五〇%以上になるとわずかであるが低下し、二〇〇%の混合で一三〇℃程度となる。しかしながら、この程度の使用最高温度の低下は実用上何等支障を来すものではない。」と記載され、第一図として、ポリプロピレン単独の場合並びにポリプロピレンに対してEPTを一〇%、三〇%及び五〇%配合した実施例について、使用最高温度及び脆化温度の測定値が機械的特性の測定値とともに表の形で示されていることが認められるが、ポリプロピレンに対するEPTの混合比の範囲が一〇%ないし五〇%を好ましいとする積極的な記載や、五〇%以上を排斥する記載は存しないから、原告の主張は理由がない。
2 認定判断の誤り第二点について
原本の存在及び成立に争いのない甲第六号証によれば、引用例2には、「図3に、ポリプロピレン―低密度ポリエチレン―EPDM三元ブレンドにおける低密度ポリエチレンとEPDMの脆化温度に対する相乗効果を示したが、ポリプロピレンに対して低密度ポリエチレンまたはEPDMのみをブレンドした二元ブレンド系に比し、三元ブレンド系の脆化温度が相乗的に改善されている」と記載され、さらに、図3として、ポリプロピレンの組成比を八〇%に固定して、ポリエチレンとEPDM(すなわちEPT、以下「EPT」という。)の量がポリエチレン二〇%でEPT〇%、ポリエチレン一五%でEPT五%、ポリエチレン一〇%でEPT一〇%、ポリエチレン五%でEPT一五%、及びポリエチレン〇%でEPT二〇%の場合について測定した脆化温度のグラフが記載されていることが認められる。右図3によれば、ポリエチレン一〇%でEPT一〇%の場合及びポリエチレン五%でEPT一五%の場合には、ポリエチレン二〇%でEPT〇%のポリプロピレン―ポリエチレン二元ブレンドやポリエチレン〇%でEPT二〇%のポリプロピレン―EPT二元ブレンドよりも低い脆化温度を有すること、すなわち、ポリプロピレンの組成比が八〇%のブレンドについて、ポリプロピレン―EPT二元ブレンドのEPTの一部をポリエチレンで置き換えてEPT―ポリプロピレン―ポリエチレン三元ブレンドにすると脆化温度が改善されることが認められる。
したがつて、本件審決が「引用例2には、ポリプロピレン―ポリエチレン―EPTの三元ブレンドが、それらの二元ブレンドに比して、脆化温度の改善が相乗的に大きい旨記載されている。」とした認定に誤りはない。
原告は、引用例2の図3を、引用例1との関係でみるときは、ポリプロピレンとEPTとの二元ブレンドにおけるEPTの一部をポリエチレンで置き換えると、置換え前の脆化温度(マイナス二七℃)が二℃ないし三℃低下してマイナス二九℃ないしマイナス三〇℃になるという知見が得られるだけであり、しかも、引用例1が既に解決していたマイナス三〇℃未満という課題すら解決していないのであるから、引用例2の記載ないし示唆は、引用例1に適用可能であるとすることはできない旨主張する。
しかしながら、前掲甲第五号証によれば、引用例1には、「可撓管の被覆はその使用条件によつて、特に柔軟性の高いもの或は耐熱性や耐寒性の大なるもの等が要求されるが、本発明にあつては、ポリプロピレンに対するEPTの混合率を適当に選ぶことにより、要求される被覆を得る事ができる。」と記載されていることが認められる。また、前記のとおり、引用例2には、ポリプロピレン八〇%のブレンドにおいて、ポリプロピレン―EPT二元ブレンドのEPTの一部をポリエチレンで置き換えてEPT―ポリプロピレン―ポリエチレン三元ブレンドにすると脆化温度が改善されることが記載されており、ポリプロピレン八〇%以外の組成比のものについて改善が得られるかどうか試みることは当業者が容易に想到し、かつ実行できることであり、引用例1の発明のポリプロピレン―EPT二元ブレンドのEPTの一部を引用例2の記載の示唆によりポリエチレンで置き換えることは、当業者が容易に推考し得ることであるから、原告の主張は理由がない。
したがつて、本件審決が「結局、本願発明は、引用例1に記載の、索導管の導管の耐寒耐熱性の被覆材として、ポリプロピレンとEPTの二元ブレンドに代えて、それと類似のブレンドである引用例2に記載された、耐寒性、耐熱性に優れたEPT―ポリプロピレン―ポリエチレンの三元ブレンドを実用上妥当な混合範囲でかつそれにふさわしい用途に使用したにすぎないものであつて、格別な創意を要したものとは認められない。」と認定したことに誤りはない。
3 認定判断の誤り第三点について
原告は、本願発明によつて得られたマイナス五〇℃ないしプラス一五〇℃という広い温度範囲にわたつて優れている索導管の導管の顕著な効果は、本願発明における混合範囲を選択することによつて初めて達成することができるものである旨主張するので、検討する。
前掲甲第四号証によれば、本願明細書の発明の詳細な説明の欄には、「耐熱性(軟化点)が、一四五℃乃至一五〇℃耐寒性(脆化温度)がマイナス七〇℃以下で比重が〇・八九前後のEPTを重量で三〇部乃至七〇部に可撓性を向上するために耐寒性(脆化温度)がマイナス七〇℃以下で比重〇・九五程度のPEを重量で五部乃至四五部、更に耐熱性を保持さすために耐熱性が一四五℃乃至一五〇℃の範囲にある比重が〇・九五程度のPPを重量で三五部乃至四五部を混合して成る組成物を被覆材とし」て形成すると、温度特性でマイナス五〇℃よりプラス一五〇℃の範囲で可撓性を有する旨の記載、並びに、EPT、ポリエチレン及びポリプロピレンの混合比を異ならせた組成物の性状を数値的に調査した結果をまとめた第一表に、EPTが一〇〇%の場合は、耐寒性には優れていても耐熱性が多少劣り、EPTの量が一〇%と少ない場合は、耐寒性は良好に保持されていても耐熱性の点で劣り、EPTが三〇%ないし六〇%、ポリエチレンが五%ないし三〇%、ポリプロピレンが三五%ないし四〇%である場合に、耐寒性でマイナス五〇℃、耐熱性でプラス一五〇℃の範囲で使用可能である旨の記載はあるけれども、特許請求の範囲に記載された混合比の範囲の上限及び下限がマイナス五〇℃ないしプラス一五〇℃の温度特性を有する臨界値であることを示す記載はないことが認められる。
右事実によれば、本願発明が意図している一五〇℃という耐熱性は、ポリプロピレンが本来有している耐熱性(軟化温度)にほかならないから、本願発明は、この耐熱性を保持したまま耐寒性、すなわち脆化温度の低い範囲を選択したものと解される。
また、前記のとおり、引用例1には、ポリプロピレンに対するEPTの混合率を適当に選ぶことにより、要求される被覆を得ることができる旨の記載があり、所望する特性に応じてポリプロピレンとEPTの混合率を選択し得るものであることが開示されており、また引用例2の図3のポリプロピレンとポリエチレンとEPTの混合割合によつて脆化温度の相乗効果に差異のあることは、その混合割合を適宜選択する必要のあることを教示するものであるから、本願発明における三元ブレンドの組成範囲は、使用目的に応じて適宜選択した程度のことであつて、この点に格別の技術的意味を認めることはできない。
したがつて、本件審決が「本願発明における混合範囲の選択の点は、明細書、特に実施例の記載をみても、臨界的意義は認められず、実用上妥当な範囲を決めたにすぎないものといえる。」と認定したことに誤りはなく、原告の主張は理由がない。
なお、原告は、本願発明は温度特性において顕著に優れている旨主張するが、前記のとおり、本願発明が意図している一五〇℃という耐熱性は、ポリプロピレンが本来有している耐熱性にほかならず、また、引用例1においては、ポリプロピレンが一〇〇%の場合の耐熱性は一四五℃であるが、両者におけるポリプロピレンの耐熱性の差異は、試験に使用したポリプロピレンそのものの差異か、あるいは測定方法の差異であつて、いずれにしても、本願発明の混合比によつて達成されたものではないこと、高低差についてみても、前掲甲第五号証によれば、EPTが一〇〇%の場合の耐寒性はマイナス六〇℃以下であり、耐熱性が一四五℃であることが認められ、本願発明の混合比によつて得られたマイナス五〇℃からプラス一五〇℃までの温度範囲が最も広いわけではないこと、公知発明における脆化温度の到達点は、引用例1に記載されたマイナス四五℃であるところ、公知発明と対比しての本願発明の脆化温度の改善の程度は五℃であり、本願発明の明細書においても、五℃改善することが困難であつたとの記載もなく、かえつて、EPTあるいはポリエチレンが一〇〇%の場合には耐寒性がマイナス六〇℃以下(マイナス七〇℃以下)であることに照らせば、引用例2記載の発明の脆化温度の改善の程度の二℃ないし三℃に比して顕著に優れているとはいえないことからすれば、原告の主張は理由がない。
4 以上のとおりであるから、本願発明は、引用例1及び引用例2に記載のものから当業者が容易に発明をすることができたものと認められ、特許法二九条二項により特許を受けることができないとした審決の判断に誤りはない。
三 よつて、本件審決の取消しを求める原告の請求は理由がないからこれを棄却することとする。
〔編注〕本願発明の要旨は左のとおりである。
エチレン・プロピレン・ターポリマー(EPT)を重量で三〇部乃至七〇部、ポリプロピレン(PP)を重量で三五部乃至四五部さらに、ポリエチレン(PE)を重量で一〇部乃至四五部を混合して成る組成物を被覆材料として導管の外表面を被覆したことを特徴とする温度特性の優れた索導管の導管