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東京高等裁判所 昭和63年(行ケ)9号 判決 1988年9月27日

原告

株式会社日立製作所

被告

特許庁長官

主文

特許庁が昭和59年審判第2196号事件について昭和62年12月3日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

主文同旨の判決

二  被告

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第二請求の原因

一  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和43年12月28日、名称を「核燃料要素」とする考案について実用新案登録出願(昭和44年実用新案登録願第98号)をし、昭和47年5月29日、右実用新案登録出願を特許出願に変更し(昭和47年特許願第52466号)、昭和51年3月26日、右特許出願を分割出願した(発明の名称は「核燃料要素」。昭和51年特許願第32644号。この発明を、以下「本願発明」という。)ところ、昭和59年2月17日拒絶査定を受けたので、昭和59年2月15日審判を請求し、昭和59年審判第2196号事件として審理され、昭和61年4月11日出願公告(昭和61年特許出願公告第13196号)されたが、特許異議の申立てがあり、昭和62年12月3日、「本件特許異議の申立は、理由があるものとする。」との決定とともに、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は同年12月23日原告に送達された。

二  本願発明の要旨

複数の燃料ペレツトを被覆管内に封入する核燃料要素において、前記燃料ペレツトの軸方向に少なくとも2個の空間を前記被覆管内に設け、前記燃料ペレツトを保持する弾性体を各々の前記空間内に配置し、下方の前記空間内に配置された前記弾性体の許容弾性圧縮変形量を、燃料ペレツトの膨張の度合と同程度あるいはそれよりも小とし、上方の前記空間に配置された前記弾性体の許容弾性圧縮変形量を、下方の前記空間内のそれよりも大きくすることを特徴とする核燃料要素。(別紙図面(1)参照)

三  審決の理由の要点

本願発明の要旨は前項のとおりと認める。

これに対し、昭和48年特許出願公告第5357号公報(以下「先願公報」という。)には、被覆管に内装されるペレツト下端にスプリングを介装され、互に隔離せる一定長さ最伸長位置に押される如くなされたスプリング押及びカラー組立体を配置してペレツトを保持せしめ、ペレツトの重量に抗して、スプリングの力により常時スプリング押をカラーに対して相対的な前記最伸長位置に押すようにしてペレツトの下端の一定位置に保持すると共に、前記スプリングの作用により熱膨張によるペレツトの下方への移動を許す如くしたことを特徴とする核燃料棒が記載されている。

そこで、本願発明と先願公報記載の発明とを対比すると、両者は、燃料ペレツトの軸方向に2個の空間を被覆管内に設け、燃料ペレツトの熱膨張に応じてスプリングを圧縮させる核燃料棒である点で一致しているが、① 前者は許容圧縮変形量という用語を使用して上下のスプリングの圧縮変形量の差を表現しているのに対し、後者にはそのような表現を用いていない点、② 後者はスプリング押及びカラー組立体を配置することを発明の構成要件としているのに対し、前者はそれらを発明の構成要件としていない点で相違している。

そこで、以下相違点について検討する。

相違点①について、先願公報の発明の詳細な説明の項(第3欄第27行ないし第4欄第4行)に「原子燃料棒が熱膨張を受けてペレツト19が移動する時最も加熱を受けて移動しにくい部分は移動もさせずに下方の部分はスプリング21の力に抗して熱膨張だけ下方に移動し、上方部分はスプリング15に抗して自由に上方に移動を許される。したがつて、最も動き難い中央部分は何等移動を強制されることがなく損傷を受けないで上下両端に向かい自由に熱膨張による移動を許されると共に、熱膨張による移動量は膨張係数に関する僅かな量であるから核燃料棒のペレツト19の下端は殆ど常に均斉位置に保たれ、効率は大いに向上されるのである。」と記載されている(別紙図面(2)参照)。ゆえに、先願公報記載の発明のスプリングも本願発明の弾性体と同様な挙動を示しているので、本願発明の許容圧縮変形量と同一の趣旨と認められる。よつて、この点は表現を異にするだけで実質的に同一と認める。

相違点②について、本願発明は、明細書の発明の詳細な説明及び図面にスプリングの抑え板及びカラーを配設してもよいことが明記されている以上、先願公報記載の発明の構成必須要件であるスプリング押及びカラー組立体を配置する技術的思想に包含されるものといわざるを得ない。

以上のとおりであるから、本件出願は先願公報記載の発明の後願に相当するが、両発明は共通する技術的思想を有し、両者間にはこれを区別し得るに足りる格別の差異は認められないから、結局両者は実質上同一であるとするのが相当である。

したがつて、本願発明は特許法第39条第1項の規定により特許を受けることができない。

四  審決の取消事由

審決は、本願発明と先願公報記載の発明とを対比判断するに当り、両者が燃料ペレツトの熱膨張に応じてスプリングを圧縮させる核燃料棒である点で一致すると誤つて認定し、かつ、両者の構成、作用効果の差異を看過したため、両者の相違点についての認定、判断を誤り、その結果両者は共通する技術思想を有し、両者間にこれを区別し得るに足る格別の差異は認められず、両者は実質的に同一であると誤つて判断したものであり、違法であるから、取消されるべきである。

1  一致点の認定について

審決は、燃料ペレツトの熱膨張に応じてスプリングを圧縮させる点で本願発明と先願公報記載の発明は一致していると認定したが、本願発明における下方空間に配置された弾性体は、ペレツトの熱膨張に限らず、燃料ペレツトが使用中の熱応力で割れたり、金属的に組織変化を起こしたり、密度が変化したり、更には核分裂生成物によつて体積が膨張することによつても圧縮される。これに対し、先願公報記載の発明は明らかに燃料ペレツトの熱膨張によつてのみスプリングが圧縮されるようになつており、両発明はこの点で一致していない。したがつて、この点で両者は一致していると認定した審決には誤りがある。

2  相違点の認定、判断について

本願発明は、被覆管内における下方の空間内に配置した弾性体の許容弾性圧縮変形量を、燃料ペレツトの膨張の度合と同程度あるいはそれよりも小とし、上方の空間に配置された弾性体の許容弾性圧縮変形量を、下方の空間内のそれよりも大きくすることを必須の構成要件とし、これによつて、原子炉運転時における燃料ペレツトの熱膨張変形による下方への移動量を、その下方弾性体につき、これがその取付時の長さからそれ自体が密着するまでの変形量までに規制し、その余の燃料ペレツトの熱膨張変形による移動は上方空間内の弾性体により吸収することにより、核燃料要素の使用時において原子炉の核特性を損なうことがない、という作用効果を奏するものである。

(1) 審決は、「本願発明は許容圧縮変形量という用語を使用して上下のスプリングの圧縮変形量の差を表現している」と認定しているが、本願発明における許容圧縮変形量とは、前記したように、弾性圧縮による変形の許容量、いいかえれば、弾性体の取付長さから密着するまでの変形量を意味しているのであつて、審決がいうような上下のスプリングの圧縮変形量の差を意味しているのではない。

したがつて、審決は、本願発明の要旨とする技術内容を誤認し、それに基づいて本願発明と先願公報記載の発明を対比判断したもので、審決の相違点についての認定、判断はその前提において誤つている。

(2) 審決は、相違点①とした点について、「先願公報記載の発明のスプリングも本願発明の弾性体と同様な挙動を示しているので、本願発明の許容圧縮変形量と同一の趣旨と認められる。よつて、この点は表現を異にするだけで実質的に同一である」と認定、判断している。

しかしながら、本願発明は、原子炉運転における複数の要因による燃料ペレツトの膨張変形による自由な下方移動を所定値以内に抑え、それを越えるペレツトの膨張変形を上方空間への移動によつて吸収させることを図つたものであり、下方空間内の弾性圧縮による変形の許容量を規制し、上方空間内の弾性圧縮による変形の許容量を大きくしたことを骨子とするものであつて、前項にいう弾性体の許容弾性圧縮変形量という用語を使用して表現しようとしたものは、右にいう燃料ペレツトの下方移動を所定値内に規制するためのものであるのに対し、先願公報記載の発明においては、ペレツトは上下両端に向かい自由に熱膨張による移動を許されるのであつて、本願発明の技術的思想である燃料ペレツトの下方移動を積極的に規制することは全く行つていない。これは本願発明と先願公報記載の発明との本質的な相違点である。したがつて、審決の前記認定、判断は、本願発明の技術内容の重大な誤認に基づくものであつて、誤りである。

(3) 審決は、相違点②とした点について、「本願発明は、明細書の発明の詳細な説明及び図面にスプリングの抑え板及びカラーを配設してもよいことが明記されている以上、先願公報記載の発明の構成必須要件であるスプリング押及びカラー組立体を配置する技術思想に包含されているものといわざるを得ない」と認定、判断している。しかしながら、先願公報記載の発明は、ペレツト下端にスプリングを介装され互いに離隔せる一定長さ最伸長位置に押されるごとくなされたスプリング押及びカラー組立体を配置してペレツトを保持せしめ、ペレツトの重量に抗してスプリングの力により常時スプリング押をカラーに対して相対的な前記最伸長位置に押すようにしてペレツトの下端の一定位置に保持すると共に、前記スプリングの作用により熱膨張によるペレツトの下方への移動を許すごとくなされたもので、スプリング押及びカラー組立体は先願公報記載の発明の独特の構成要件であり、それによつて先願公報記載の発明特有の作用効果を奏しているのに対し、本願発明は、下方空間において、該空間の長さを大きく保ちながら、同空間内の弾性体の許容弾性圧縮変形量を所定値に設定可能とするために、ばねの下に底上げ用のカラーを設けたものであつて、先願公報記載の発明のような構成要件を具備せず、その持つ作用効果を奏しない。

また、審決は前記判断に当つて、本願発明の特許請求の範囲にはない他の構成要素を備えている本願明細書に記載された1実施例と先願公報記載の発明とを比較しているが、特許法第39条第1項の規定する先後願関係にある発明の同一性を判断するには、それら先後願関係にある出願ないし特許明細書の特許請求の範囲に記載されたとおりの発明を対象にすべきであつて、本願明細書中の1実施例記載のものが先願公報記載の発明に含まれる故をもつて特許法第39条第1項に規定する同一の発明とすることはできない。

したがつて、本願発明が先願公報記載の発明の構成必須要件である技術的思想に包含されるとする審決の判断は誤りである。

第三請求の原因に対する認否及び被告の反論

一  請求の原因一及び二の事実は認める。

二  同三は争う。審決の認定、判断は正当であり、審決に原告主張の違法はない。

1  取消事由1について

原告は、先願公報記載の発明は、燃料ペレツトの熱膨張によつてのみスプリングが圧縮されるようになつている旨主張するが、ペレツトが、原子炉稼動時に、高熱によつて膨張する以外に物理的変化・化学的変化を受けて膨張すること、核分裂生成物の発生により体積が膨張することは当業者にとつて周知である。

また、先願公報の発明の詳細な説明の項(第1欄第35行及び第2欄第14行ないし第16行)にも、発生するFPガスを上下に逃がすこと、ペレツトの被覆管との接触移動によりペレツトを損傷することが記載されているのであるから、先願公報記載の発明においても本願発明と同様な核分裂生成物の発生、熱応力の作用、金属(被覆管)の組織変化等が生じていると解される。

したがつて、先願公報記載の発明が、熱膨張のみによつてスプリングを圧縮するとした原告の主張は誤りであり、この点で両発明は一致するとした審決の認定に誤りはない。

2  取消事由2(1)について

原告は、審決は、許容圧縮変形量という用語の趣旨を誤つて認識した旨主張している。

しかしながら、本願発明の要旨からすれば、上下の空間内に配置された弾性体が燃料ペレツトの熱膨張によつて圧縮された時の状態を上と下の弾性体に分け、更に、その弾性体の圧縮許容量を大小という相対的な言葉で表現したと解され、審決が認定した許容弾性圧縮変形量の趣旨に誤りはない。

3  取消事由2(2)について

原告は、審決が相違点①とした点について、先願公報記載の発明のスプリングも本願発明の弾性体と同様な挙動を示しているので、本願発明の許容圧縮変形量と同一の趣旨と認め、表現を異にするだけで実質的に同一と認定、判断したのは、本願発明の技術内容の重大な誤認に基づくものであると主張する。

しかしながら、先願公報の発明の詳細な説明の項第3欄第20行ないし第31行の記載から、下方のスプリングはペレツトの全重量と熱膨張により下方に移動するが一定位置に保持され、上方のスプリングは自由に上方に移動すると記載されていると認められ、この記載からすると、上下のスプリングはペレツトの熱膨張により圧縮されること、下方のスプリングの変形の許容量は限定されているが、上方のスプリングの変形の許容量は自由であると解されるので、先願公報記載の発明のスプリングと本願発明の弾性体の挙動は同じである。

この点に関し、原告は、本願発明において、弾性体の許容弾性圧縮変形量という用語を用いて表現しようとしたものは、燃料ペレツトの下方移動を所定値内に規制するためのものであると主張している。

しかしながら、先願公報の特許請求の範囲には、「ペレツトの重量に抗して、スプリングの力により常時スプリング押をカラーに対して、相対的な上記最伸長位置に押すようにしてペレツトの下端の一定位置に保持する」と記載されていて、そのことが被覆管内にペレツトを正確に位置決めすることであり、原子炉の効率を向上させるものであることを示しているから、両発明は燃料棒を所定値に保つという技術的思想で同じである。

したがつて、審決にはこの点についての誤認はない。

4  取消事由2(3)について

原告は、本願発明のカラーについて、「ばねの下に底上げ用カラーを設けたもの」と主張しているが、本願明細書には「13は上部への燃料ペレツトの移動を止めるカラーである」(第4欄第15、第16行)と記載されており、右記載からすれば、カラーは底上げ用以外の作用効果を有するものであつて、先願公報記載の発明がスプリング押及びカラーを設けた点と技術的思想を同じくするものである。

また、原告は、審決が本願発明の特許請求の範囲にはない他の構成要素を備えている1実施例と先願公報記載の発明とを比較し、右実施例記載のものが先願公報記載の発明に含まる故をもつて特許法第39条第1項に規定する同一の発明とすることはできない旨主張するが、前記のとおり、本願発明と先願公報記載の発明を対比した場合に先願公報記載の発明に本願発明が実質的に含まれていると判断されるのであるから、そのように判断した審決に原告指摘の誤りはない。

第四証拠関係

証拠関係は、本件訴訟記録中の書証目録記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

理由

一  請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、二(本願発明の要旨)及び三(審決の理由の要点)の事実は、当事者間に争いがない。

二  そこで、原告主張の審決の取消事由の存否について判断する。

1(一)  成立に争いのない甲第2号証ないし第4号証によれば、本願発明の技術的課題(目的)、構成及び作用効果は次のとおりであることが認められる。

本願発明は、円柱状核燃料体を使用した核燃料要素に関するものである(本願発明の出願公告公報第1欄第10行、第11行)。一般に被覆管と燃料ペレツトとは熱膨張係数が相違し、原子炉運転中の温度にも相違があるため、両者間に熱膨張の差が生じ、また燃料ペレツトは核分裂生成物の発生に伴つて体積が大きくなるという現象もあつて、核燃料要素を組立てた時点と、これを原子炉運転に使用した時点とでは燃料ペレツトと被覆管との位置が長さ方向に相対的にずれを生じる。また、寸法的には燃料ペレツトの外径は被覆管の内径よりも小さいのが普通であるから、燃料ペレツトは被覆管内で長さ方向に自由に動き得るように考えられるが、実際には燃料ペレツトは使用中の熱応力で割れたり、金属的に組織変化を起したり、密度が変化したり、さらには核分裂生成物によつて体積が膨張したりするため、被覆管内を長さ方向に必ずしも自由に移動するものではない。このような現象が生じた場合には被覆管は燃料ペレツトにより過大なひずみを受けて破損する事態を招くことになる。また前記のような現象が生じて核燃料ペレツトが膨張移動し得た場合でも、それが一方のみに行われると原子炉炉心の燃料分布に変化が生じ、核特性を損なう虞がある。従来の技術にあつては、このような現象及びそれに伴う事故の破損を考慮することなく、単一の被覆管内には1つの空間を設け、そこに1つの弾性体を介在させていただけであつた(同公報第1欄第18行ないし第2欄第23行)。

本願発明は右知見に基づき、原子炉運転中に燃料ペレツトの位置が一方向のみに大幅に移動し、もつて被覆管と燃料ペレツトとの間に相対的移動が生じて被覆管が破損することを防止すること及び燃料ペレツトの移動を少なくするに当つて、その移動方向を制限することによつて原子炉の核特性を損なわないようにすることを目的とし(同公報第2欄末行ないし第3欄第7行)、特許請求の範囲(前記本願発明の要旨)記載のとおりの構成を採用したもので、下方の空間内に配置された弾性体の許容弾性圧縮変形量を、燃料ペレツトの膨張の度合と同程度あるいはそれよりも小とし、上方の空間に配置された弾性体の許容弾性圧縮変形量を、下方の空間内のそれよりも大きくすることにより、被覆管内の燃料ペレツトが膨張した際に、下方の空間内に位置する弾性体が上方の空間内に位置する弾性体よりも早く密着し、それ以後、燃料ペレツトの下方への移動が制限され、燃料ペレツトの膨張は上方の空間内の弾性体の圧縮によつて吸収されるという作用をし(同公報第3欄第26行ないし第30行、昭和62年1月12日付け手続補正書第1頁第18行ないし第2頁第4行)、これにより、特に燃料ペレツトが移動しやすい下方への燃料ペレツトの移動を防止することができ、しかも下方への燃料ペレツトの移動を燃料ペレツトの膨張による移動の範囲内に抑制できるので、核燃料要素の使用中において原子炉の核特性を損なうことがないという効果を奏するものである(昭和62年1月13日付け手続補正書第1頁第5行ないし第10行)。

(二)  一方、成立に争いのない甲第5号証によれば、先願公報記載の発明は、被覆管内にカラー及びスプリングを併用することにより、被覆管内にペレツトを正確に位置決めして炉の効率を向上せしめると共に、被覆管内のペレツトの熱膨張を許し、これによりペレツトに損傷を与えないようになした原子燃料棒の改良に関する(先願公報第1欄第22行ないし第28行、なお、右の「ペレツト」は本願発明の「燃料ペレツト」に、「原子燃料棒」は本願発明の「核燃料要素」に相当することは先願公報の記載事項から明らかである。)もので、操業に際して、自由に具合よくペレツトの熱膨張を許すと共に、ペレツトの下端位置を各燃料棒につき均斉に保ち、効率を向上せしめ得る優れた燃料棒の構造を提供することを目的とし(同公報第2欄第36行ないし第3欄第3行)、これを達成するために、特許請求の範囲に「原子燃料棒において、被覆管に内装されるペレツト下端にスプリングを介装され互いに離隔せる一定長さ最伸長位置に押される如くなされたスプリング押及びカラー組立体を配置してペレツトを保持せしめ、ペレツトの重量に抗してスプリングの力により常時スプリング押をカラーに対して相対的な上記最伸長位置に押すようにしてペレツトの下端の一定位置に保持すると共に、上記スプリングの作用により熱膨張によるペレツトの下方への移動を許す如くしたことを特徴とする原子燃料棒の構造。(同公報第4欄第19行ないし第29行)」と規定した構成を採用し、ペレツトの重量に抗してスプリングの力により常時スプリング押をカラーに対して相対的な前記最伸長位置に押すようにしてペレツトの下端の一定位置に保持する、つまり、スプリング21の強さはペレツト19の全重量を支持する力以上に選ばれ、したがつて、通常ペレツト19の下端は常時スプリング押20の上限位置に相当する位置に保たれ、したがつて、各原子燃料棒内のペレツトの下端の位置はその設置時には一定に均斉に保たれると共に、スプリングの作用により熱膨張によるペレツトの下方への移動を許すごとくしたもの(同公報第3欄第20行ないし第31行)で、原子燃料棒を用いて原子燃料集合体を構成して動力炉に使用する時は、原子燃料棒が熱膨張を受けてペレツト19が移動する時、最も加熱を受けて移動しにくい部分は移動させずに、下方の部分はスプリング21の力に抗して熱膨張だけ下方に移動し、上方部分はスプリング15に抗して自由に上方に移動を許されるから、最も動き難い中央部分は何ら移動を強制されることがなく損傷を受けないで上下両端に向い自由に熱膨張による移動を許されると共に、熱膨張による移動量は膨張係数に関する僅かな量であるから各燃料棒のペレツト19の下端はほとんど常に均斉位置に保たれ、効率は大いに向上されるという作用効果を奏するもの(同公報第3欄第32行ないし第4欄第3行)であることが認められる。

2(一)  取消事由1について

原告は、本願発明における下方空間に配置された弾性体は、燃料ペレツトの熱膨張に限らず、燃料ペレツトが使用中の熱応力で割れたり、金属的に組織変化を起こしたり、密度が変化したり、さらには核分裂生成物によつて体積が膨張することによつても圧縮されるものであるのに対し、先願公報記載の発明では燃料ペレツトの熱膨張のみによつてスプリングが圧縮されるようになつているのであるから、両者はこの点で一致していないものであり、したがつて、審決の認定には誤りがある旨主張する。

前掲甲第2号証によれば、本願明細書の発明の詳細な説明の項には、「燃料ペレツトは、使用中の熱応力で割れたり、金属的に組織変化を起こしたり、密度が変化したり、さらには核分裂生成物の発生に伴い体積が膨張したりする」(第2欄第4行ないし第7行)点を指摘した上で、「本発明はかかる点に鑑みてなされたものであり」(第2欄第24行、第25行)というのであるから、本願発明においては、その要旨とする構成を採用するに際し、原子炉使用時における右事情について配慮しているものと認められる。

しかしながら、前記1認定事実によれば、本願発明も先願公報記載の発明も、ともに核燃料要素についてのもので、被覆管内に封入された燃料ペレツトの軸方向に2個の空間を被覆管内に設け、燃料ペレツトを保持するスプリングを各空間内に配置したものであるところ、このような燃料ペレツトの熱膨張は、主として前記列挙された現象によつておこるもので、これら現象とは別個に熱膨張があるものではないことはその技術内容に照らして自明である。そして、本願発明で用いる燃料ペレツトと先願公報記載の発明で用いるペレツトとがその材質、性質及び使用条件等において異なるものと解するに足る何らの証拠もないから、使用時においての先願公報記載の発明で用いるペレツトの熱膨張は、当然のことながら、本願発明で用いる燃料ペレツトの場合と同じく熱応力で割れたり、金属的に組織変化を起こしたり、密度が変化したり、さらには核分裂生成物によつて体積が膨張することによつて圧縮されることにより生起するものと認められ、先願公報記載の発明においては、前記各現象を熱膨張という言葉で集約したものと解される。したがつて、審決が、両者は燃料ペレツトの熱膨張に応じてスプリングを圧縮させる核燃料棒である点で一致しているとしたことに誤りはない。

(二)  取消事由2(1)について

原告は、審決が相違点の認定にあたつて、「本願発明は、許容弾性圧縮変形量という用語を使用して上下のスプリングの圧縮変形量の差を表現している」と認定したのは、本願発明が許容弾性圧縮変形量なる用語を使用して表現した趣旨を誤認したものである、と主張する。

本願発明においていう弾性体の許容弾性圧縮変形量とは、前掲甲第3号証(昭和62年1月12日付け手続補正書)に「被覆管内の燃料ペレツトが膨張した際に下方の空間内に位置する弾性体が上方の空間内に位置する弾性体よりも早く密着し、それ以後、燃料ペレツトの下方への移動が制限され、燃料ペレツトの膨張は上方の空間内の弾性体の圧縮によつて吸収される。」(第1頁第18行ないし第2頁第4行)と記載されていることからすれば、弾性体につき、その取付時の長さからそれ自体が密着するまでの変形量を意味するものと理解され、本願発明では、これを燃料ペレツトの膨張の度合と同程度あるいはそれよりも小とし、また、上方の空間に配置された弾性体のその変形量を、下方の空間内のそれよりも大きくする、というものであるから、これは一面「上下の弾性体すなわちスプリングの許容弾性圧縮変形量の差」を表現しているものと認められる。

したがつて、本願発明では弾性体の許容弾性圧縮変形量という用語を使用して上下のスプリングの圧縮変形量の差を表現しているとした審決の前記認定に原告主張の誤りはない。

(三)  取消事由2(2)について

前記審決の理由の要点によれば、審決は、相違点①について「先願公報の発明の詳細な説明の項(第3欄第27行ないし第4欄第4行)に「原子燃料棒が熱膨張を受けてペレツト19が移動するとき最も加熱を受けて移動しにくい部分は移動もさせずに下方の部分はスプリング21の力に抗して熱膨張だけ下方に移動し、上方部分はスプリング15に抗して自由に上方に移動を許される。従つて、最も動き難い中央部分は何ら移動を強制されることなく損傷を受けないで上下両端に向かい自由に熱膨張による移動を許されると共に熱膨張による移動量は膨張係数に関するわずかな量であるから核燃料棒のペレツト19の下端はほとんど常に均斉位置に保たれ、効率は大いに向上されるのである。」と記載されている。ゆえに、先願公報のスプリングも本願発明の弾性体と同様な挙動を示しているので、本願発明の許容圧縮変形量と同一の趣旨と認められる。よつて、この点は表現を異にするだけで実質的に同一と認める。」と認定、判断しているところ、原告は、右認定、判断は、本願発明の技術内容の重大な誤認に基づくものであると主張する。

前記1(一)で認定したとおり、本願発明は、下方の空間内に配置された弾性体の許容弾性圧縮変形量を、燃料ペレツトの膨張の度合と同程度あるいはそれよりも小とし、上方の空間に配置された弾性体の許容弾性圧縮変形量を、下方の空間内のそれよりも大きくすることを必須の構成要件とし、これにより、原子炉運転時における燃料ペレツトの熱膨張変形による下方への移動を、下方の弾性体がその取付時の長さからそれ自体が密着するまでの変形量までに規制し、その余の燃料ペレツトの熱膨張変形による移動は上方空間内の弾性体により吸収するようにしているものである。これに対し、前掲甲第5号証によれば、先願公報の発明の詳細な説明の項には審決認定のとおりの記載が存することが認められ、右記載からすると、先願公報記載の発明は、使用時におけるペレツトは、熱膨張によつて、その中央部分は移動させることなく、上方及び下方部分のみをスプリングに抗して移動させるものであり、その際ペレツトの下端がほとんど常に均斉に保たれるのは、熱膨張による移動量が膨張係数に関するわずかな量であることによるのであり、これが本願発明におけるように、下方の弾性体がその取付時の長さからそれ自体が密着するまでの変形量までに規制することにより得られるものではないのである。

そうすると、本願発明と先願公報記載の発明とは、ともに原子炉使用時における燃料ペレツトの下端位置を規制ないし均斉に保つようにするものではあるが、これを達成する構成(手段)を異にしているものであることは明らかである。

被告は、先願公報の発明の詳細な説明の項第3欄第20行ないし第31行には、下方のスプリングはペレツトの全重量と熱膨張により下方に移動するが一定位置に保持され、上方のスプリングは自由に上方に移動すると記載されていると認められ、この記載からすると、上下のスプリングはペレツトの熱膨張により圧縮されること、下方のスプリングの変形の許容量は限定されているが、上方のスプリングの変形の許容量は自由であると解されるので、先願公報記載の発明のスプリングと本願発明の弾性体の挙動は同じである旨主張する。

前掲甲第5号証によれば、被告が指摘する先願公報の発明の詳細な説明の項第3欄第20行ないし第31行には「スプリング21の強さはペレツト19の全重量を支持する力以上に選ばれ、従つて、通常ペレツト19の下端は常時スプリング押20の上限位置に相当する位置に保たれる。従つて、各原子燃料棒内のペレツトの下端の位置は常時は一定に均斉に保たれる。此のような原子燃料棒を用いて原子燃料集合体を構成して動力炉に使用する時は、原子燃料棒が熱膨張を受けてペレツト19が移動する時最も加熱を受けて移動しにくい部分は移動させずに下方の部分はスプリング21の力に抗して熱膨張だけ下方に移動し、上方部分はスプリング15に抗して自由に上方に移動を許される。」と記載され、続いて「従つて、最も動き難い中央部分は何等移動を強制されることがなく損傷を受けないで上下両端に向い自由に熱膨張による移動を許されると共に熱膨張による移動量は膨張係数に関する僅かな量であるから各燃料棒のペレツト19の下端は殆ど常に均斉位置に保たれ、効率は大いに向上されるものである。」(第3欄第31行ないし第4欄第4行)と記載されていることが認められ、これによれば、先願公報記載の発明も本願発明と同様に、使用時において、ペレツト下方の弾性体はペレツトの熱膨張により下方に移動するが一定位置に保たれる一方、上方の弾性体は上方に自由に移動するものであるから、両者はこの面では類似するものではある。しかしながら、前記認定のとおり、先願公報記載の発明におけるペレツトの下端位置は、その熱膨張による移動量だけその下方のスプリングに抗して下方に移動するものであつて、本願発明のように燃料ペレツトの下端位置が下方のスプリング自体の変形量によつて規制をされるものではない。そうすると、被告の右にいう「先願公報記載の発明のスプリングと本願発明の弾性体の挙動が同じである」との指摘は、燃料ペレツトの膨張により上下の弾性体はそれぞれ移動をするという一現象面での類似をいうものであるにすぎず、その下方移動に当たつて、本願発明の弾性体は燃料ペレツトの下方移動量を許容弾性圧縮変形量の範囲内に抑制するという重要なる点を考慮したものではない。したがつて、被告の前記主張は採用できない。

また、被告は、先願公報記載の発明の特許請求の範囲には、「ペレツトの重量に抗して、スプリングの力により常時スプリング押をカラーに対して、相対的な上記最伸長位置に押すようにしてペレツトの下端の一定位置に保持する」と記載されていることから、そのことが被覆管内にペレツトを正確に位置決めすることであり、原子炉の効率を向上させるものであることを示しているとして、両発明は燃料棒を所定値に保つという技術的思想で同じである旨主張する。

しかしながら、両発明は共に、燃料棒を所定位置に保つて炉の効率を向上させることを目的としたものであるとはいえ、前記認定のとおり、本願発明と先願公報記載の発明とは、原子炉作動時における燃料ペレツト下端位置を規制ないし均斉に保つことを達成する構成(手段)を異にするものであるから、両発明が技術的思想を同じにするものとはいえず、被告の右主張も採用できない。

したがつて、審決が、相違点①について、「先願公報記載の発明におけるスプリングも本願発明の弾性体と同様な挙動を示しているので、本願発明の許容圧縮変形量と同一の趣旨と認められる。よつて、この点は表現を異にするだけで実質的に同一と認める。」とした認定、判断は誤りである。

(四)  取消事由2(3)について

前記審決の理由の要点によれば、審決は、相違点②について、本願発明は明細書の発明の詳細な説明及び図面にスプリングの抑え板及びカラーを配設してもよいことが明記されている以上、先願公報記載の発明の構成必須要件であるスプリング押及びカラー組立体を配置する技術的思想に包含されているものといわざるを得ない、と認定、判断しているところ、原告は、先願公報記載の発明がスプリング押及びカラー組立体を構成要件としているのに対し本願発明はこれらを構成要件としていないものであり、両者の作用効果も異なるから、本願発明が先願公報記載の発明の技術的思想に包含されていることはなく、したがつて、審決の前記認定、判断は誤りである旨主張する。

先願公報記載の発明の構成要件であるスプリング押及びカラー組立体は、前記1(2)で認定したとおり、被覆管中、ペレツトの下端にスプリングを介して配置され、その設置時にはペレツトの重量に抗してスプリングの力により常時スプリング押をカラーに対して相対的な最伸長位置に押すようにしてペレツトの下端の一定位置に保持し、またその使用時にはスプリングの作用により熱膨張によるペレツトの下方への移動を許すごとくしたものである。一方、本願発明は、先願公報記載の発明のようにスプリング押及びカラー組立体を配置することを構成要件とするものではない。審決は、「本願発明は、明細書の発明の詳細な説明及び図面にスプリングの抑え板及びカラーを配設してもよいことが明記されている以上、先願公報記載の発明の構成必須要件であるスプリング押及びカラー組立体を配置する技術思想に包含されるものといわざるを得ない」とする。しかしながら、前掲甲第2ないし第4号証によれば、本願明細書の発明の詳細な説明及び図面の全記載に徴しても、その指摘に相当するものとしては、「あまり長いばねを使用した場合には燃料ペレツトが片寄りやすくなるので、カラー15を設け、カラー15と燃料ペレツト4との間にばねを配設するようにしたものである(明細書第8欄第12行ないし第15行)。」という記載があるだけで、しかもこれは右記載どおり、ただカラー15と燃料ペレツト4との間にばねを配設するようにした、というのみで、そこには先願公報記載の発明が奏する作用効果を持つところの構成要件であるスプリング押及びカラー組立体を備えているものとは到底いい得ない。したがつて、本願発明の先願公報記載の発明に対する相違点②に関する審決の前記判断には誤りがあるといわざるを得ない。

被告は、本願明細書には「13は上部への燃料ペレツトの移動を止めるカラーである」と記載されているから、右カラーは、ばねの底上げ用だけでなく、それ以外の作用効果をも有するものであつて、先願公報記載の発明がスプリング押及びカラーを設けた点で技術的思想を同じくするものである、旨主張する。

しかしながら、被告が指摘する右記載は、前掲甲第2号証によれば、本願発明の1実施例として示された第1図に関するものであるところ、右にいうカラー13は、燃料ペレツトの下端にではなく、第1図に示された3つの燃料ペレツトのうち、その最上部の「ペレツト2」の上に示されているものであつて、これにより上部への燃料ペレツトの移動を止めるものであることが認められ、燃料ペレツト下端に配置することによつて、前記作用効果を奏するところの先願公報記載の発明におけるスプリング押及びカラー組立体とはおよそ目的を異にするものであるから、これが技術思想を同じくするものとはいい得ない。被告の右主張は採用できない。

したがつて、相違点②について、先願公報記載の発明のスプリングも本願発明の許容圧縮変形量と同一の趣旨と認め、更に本願発明は先願公報記載の発明の構成必須要件であるスプリング押及びカラー組立体を配置する技術思想を包含しているとした審決の認定、判断は、その余の点について判断するまでもなく誤りである。

3  以上のとおりであるから、審決は、本願発明と先願公報記載の発明との相違点①及び②についての認定、判断を誤り、その結果、両者は共通する技術的思想を有し、両者間にこれを区別し得るに足る格別の差異は認められないから、結局、両者は実質上同一であると誤つて判断したものであつて、違法として取消しを免れない。

三  よつて、審決の取消しを求める原告の本訴請求は正当としてこれを認容し、訴訟費用の負担については行政事件訴訟法第7条、民事訴訟法第89条の各規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 藤井俊彦 裁判官 竹田稔 裁判官 岩田嘉彦)

<以下省略>

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