大判例

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東京高等裁判所 昭和63年(行ス)13号 決定 1988年10月22日

抗告人

五反田よい映画を見る会

右代表者会長

森永伊紀

右抗告人代理人弁護士

市来八郎

楠本敏行

佃俊彦

小池振一郎

井上猛

和田裕

千葉一美

船尾徹

村野守義

宮川泰彦

清見栄

勝山勝広

色川雅子

海部幸造

佐藤誠一

相手方

品川区教育委員会

右代表者教育長

相見昌吾

主文

一  本件抗告を棄却する。

二  抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

一本件抗告の趣旨及び理由

別紙抗告状記載のとおりである。

二抗告人は、本件映画の上映によって「混乱」や「管理運営に重大な支障」を生ずる危険性は薄弱である旨主張するが、本件記録によれば、「橋のない川第二部」上映阻止実行委員会(以下「阻止実行委員会」という。)は、上映阻止のためには、実力行使をも辞さない趣旨のビラの配布等を行っており、本件映画が上映される会場になだれ込む構えをとっていることは明らかである。

そして、本件映画の上映により予想される混乱は、上映時に阻止実行委員会が五反田文化センターにおいて阻止のための集会を開くことがなければ、防止できるというものではない。また本件記録によれば、映画第一部の上映の際には混乱はなかったとしても、今回の反対運動は前回より盛り上がりを見せており、同第二部に対する一部同和運動関係者の反発は第一部に対するそれよりも激しいことがうかがわれるから、前回大きな混乱がなかったことをもって、今回も同様な結果になるとみることはできない。混乱の防止手段としての警察の警備や抗告人等による自主的な警備については、文化センター内の諸施設の配置状況からみて、他の諸施設の利用者に迷惑がかからないような方法で行うことは極めて困難といわなければならない。

三本件記録によれば、本件取消処分によって、抗告人が予定していた映画鑑賞会を開催することができず、相当の損害をこうむることは明らかであるが、本件の五反田文化センターには他に多くの講習室、会議室等があるほか、プラネタリウム、図書館等の施設が併置されており、本件映画の上映を強行するときはこれらの一般利用者をまきぞえにする危険が強い。他に適当な場所と時期を選んで本件映画の鑑賞会を行うことが望ましく、また、それによって抗告人の表現の自由は守りうる。基本的人権としての表現の自由が守られなければならないことはいうまでもないが、それは他人の権利の保護との調和の上になされる必要がある。

本件においては、阻止実行委員会等の本件映画上映阻止活動に反発して、抗告人も広く不特定多数の者を対象にして上映成功を訴えて対立抗争が激化しており(その根底に政治的イデオロギー的対立があることがうかがわれる)、本件取消処分の効力停止によって本件映画の上映が強行された場合には、その会場付近で混乱が生じて一般の文化センター利用者の利益が著しく害されるおそれがあり、さらに流血事件等の不測の事態さえ発生するおそれがあって、文化センターの管理上支障が生ずると認められる。

したがって、相手方が本件使用承認を取り消すことを必要と認めて、これを取り消したことは相当であって、本件取消処分に所論の遺憲、違法等はなく、本案について理由がないとみえるうえ、本件取消処分の効力停止は公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあるといわなければならない。

四そうすると、本件取消処分の効力停止を求める抗告人の申立ては理由がないから、これを却下した原決定は相当であって、本件抗告は棄却すべく、抗告費用について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法四一四条、九五条、八九条を適用して主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官鈴木弘 裁判官稲葉威雄 裁判官筧康生)

別紙抗告状

即時抗告の趣旨

一、原決定を取消す。

二、抗告人の昭和六三年七月一二日付品川区立五反田文化センターレクリエーションホール使用承認申請に対して相手方が同日なした同年一〇月二三日同ホール使用承認、及び抗告人の同年八月二三日付品川区立五反田文化センター第五講習室使用承認申請に対して相手方が同日なした同年一〇月二二日同室使用承認を、相手方が同年一〇月一九日いづれも取消した処分の効力を停止する。

三、申立費用は原審及び抗告審とも相手方の負担とする。

との裁判を求める。

即時抗告の理由

一 公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれはない。

1 「混乱」「管理運営に重大な支障」を生ずる危険性の明白性及び現在性について

本件についてみると、相手方主張の「混乱」や「管理運営に重大な支障」が発生する危険性は、未だ施設管理者としての抽象的危惧感に止どまるものである。「橋のない川第二部」上映阻止実行委員会(以下「阻止実行委員会」という)は、暴力に訴えても上映を阻止する旨標榜しているが、そのようなことを言っているのは阻止実行委員会内のごく一部の者であり、阻止実行委員会のなかには日本社会党、東京都教職員組合をはじめ、社会的に承認され、責任のある団体が多数名を連ねているので、たとえ、暴力的阻止を唱えていても現実にそのような暴挙に出て来るか疑問であり、また現に妨害が行われているという事実は全く認められない。

また、昭和四五年一〇月二二日奈良県文化会館において本件と同じ「橋のない川第二部」を上映するに際し、部落解放同盟の者が右映画の上映を妨害せんとして威圧、暴行行為をなしたことがあるが、同映画を鑑賞にきた人達は右暴行行為に屈せず整然と右映画の上映を成功させ、奈良県においてはその後同映画の上映を次々成功させており、大阪府下及び他府県においても混乱なく本件映画を上映しているのである(疏甲第二二号証)。このように、部落解放同盟の妨害行為により流血事件が生じたのはごく例外的なものであり、多くの場合は平穏裏に行われているのである。

さらに、部落解放同盟東京都連品川支部(以下「品川支部」という)の五反田文化センター(以下「文化センター」という)の使用承認は相手方から取消されており、品川支部の右取消に対する執行停止申立が却下されているので、現段階では阻止実行委員会は同センターを使用できない状況にあり、この状況は抗告人が昭和六三年六月二五、二六日に「橋のない川第一部」を上映したときと同様であり、そのときは上映を反対する者との間に「混乱」はなく、同センターの管理運営に何ら支障をきたさなかったのである。とすれば、原決定を取消し、相手方の本件取消処分の執行を停止しても、相手方の主張する「混乱」「管理運営に重大な支障」をきたし、一般利用者が同センターを利用する権利を直接侵害する危険性が「明白かつ現在する」とはいえない。

2 「混乱」「管理運営に重大な支障」の防止手段について

抗告人は、今回の「橋のない川第二部」上映に際して、これに反対する者による不測の妨害を未然に防ぐために、管轄の大崎警察署に対し会場付近の警備を要請する予定であり、抗告人とその協力者、協力団体に要請して自主的に会場付近及び場内の警備にあたる体制をとっており、上映に反対する者が入場して会場で妨害することに備えて、あらかじめ上映協力券を「観る会」会員及び協力団体を通じて配布し、会場内で混乱が起きないよう工夫する等できる限りの努力をしている。法治国家である我が国では不法な暴力による集会、表現に対する侵害については、警察力がそのような暴力を規制し、集会、表現の自由が保障されるよう期待されており、我が国の警察はその期待に応えるべく職務を遂行しているのであるから、本件上映会についても警察の警備の実効性を期待することができるのである。

3 以上の諸点を考慮すれば、「混乱」や「管理運営に重大な支障」をきたす危険性は明白かつ現在しているとまではいえず、相手方の危惧感のみをもって、抗告人の文化センターの使用承認を取消すだけの「正当な理由」もなく、また、その「必要性」もないのである。

二 回復の困難な損害と緊急の必要性

1 原決定は、「申立人は、他日、十全の警備を行うことができる会場を準備し、事前に十分な対策を講じて、本件映画の上映会を行うことも可能であると考えられるから、右基本的人権の行使が全く不可能になるものではないというべきであ」ると判示する。しかし、原決定が指摘するように、警察による警備の実効性がそれ程期待できないとするならば、どのような会場を選択して準備を重ねても、それをしのぐ程の暴力的妨害を予告しさえすれば、結局は、映画「橋のない川」の上映を永久に阻止することが可能となる。「暴力を奮うぞ。」と脅しをかけられれば、集会、表現を自粛せざるを得ないというのでは、憲法によって保障されたはずの基本的人権は、全く有名無実となる。右判示のような理由で行政の公共施設の使用制限が正当化されてしまえば、行政の暴力に対する譲歩は際限がなくなり、表現活動の内容に、強力に、場合によっては暴力等の不法な手段で反対する者がいれば、公共施設を利用しての自由な言論は封殺され、力の強い者、声の大きい者の言論のみが世間に流通することとなる。

抗告人「観る会」は、その代表者森永伊紀ら数人が、友人数人と、よい映画を借りてきてみんなで見ようということで作った団体であり、運営委員の数人が、仕事の合間に企画を練り、上映会の準備をし、地道によい映画を見る活動を続けてきた。普段の上映会の参加者は、述べにして数十名に達しない程度であるが、今回の「橋のない川第二部」上映に際しては、希望者が多かったことと、思わぬ妨害行動に会ったことから、通常よりは、格段に多くの宣伝等の経費を要した。今回の上映会については、映画フィルムの貸出料は、試写会をあわせて七万円、会報の発行等に約六万円、ビラの印刷代として約五万五〇〇〇円、その他会館使用料、上映協力券の印刷代など、少なく見ても合計で二〇万円位は要している。他方、「観る会」の収入は、毎回の上映会の際に映画を鑑賞する人が払う会費のみであって、一人五〇〇円の会費を数十に満たない人が払うのみであるから、ほとんど余裕はない。それでも、当初は上映会の度に会員個人が借金をして映画を上映してきたのが、最近では、会費を積み立てて回転資金を確保できる程度にはなっていたのであるが、今回の上映会が実行できなくなってしまえば、元々資金的余裕がなく、細々と続けてきた「観る会」の活動は、赤字を抱えて行き詰まってしまう。今回の施設の使用許可取消は、会の今後の活動自体を不能にしてしまうという意味でも、表現の自由に対する重大な侵害なのである。

また、抗告人は、本件取消決定によって、財政上破綻を来して今後の活動が不能となるという損害を蒙るだけでなく、今回の映画上映という表現活動に向けてのあらゆる努力が水泡に帰し、今回の映画上映という表現活動、表現の自由そのものが阻害されるという、重大な、回復困難な損害を蒙るのである。

右については、福岡高等裁判所昭和五〇年(行ス)一号昭和五〇年六月一一日決定(疎甲第二六号証)において、

「相手方は、昭和五〇年三月頃から「橋のない川」の上映を計画し、その後大量の宣伝ビラ、ボスター、整理券等を作成、配布して、諸般の準備を行ってきたことが認められるところ、本件使用許可取消処分により、相手方は、右映画の上映を予定の日時である昭和五〇年六月一一日に、前記市民会館で行うことができなくなるだけでなく、右の上映を予定の日時に他の場所で行うとか、あるいは予定日時に近接する適当な日時に行うことも、会場設備または日時場所の変更の周知徹底のための手続き等の関係で著しく困難であることがうかがわれ、究極において相手方が既に二ヶ月有余の以前から計画していた右映画の上映を事実上不可能に陥れるに等しいから、相手方には単に金銭賠償によって償い得る損害に止どまらず、表現の自由を阻害されることによる回復困難な損害を蒙るものというべきである。」

と判示し、本件と同種の事案について、表現の自由の侵害自体を回復困難な損害ととらえて、使用許可処分取消の執行停止を肯定している。

2 原決定も、「本件取消処分により、申立人は表現の自由という重要な基本的人権の行使を阻害されることは明らかであり、その原因が阻止実行委等の実力行使にあることも明白である」と述べているように、「混乱」や「管理運営に重大な支障」をきたす危険性を生じさせ、文化センターの使用承認を取消させた全責任は、相手方及び部落解放同盟品川支部(以下「号川支部」という)を中心とする阻止実行委員会にあり、抗告人は平穏に映画を上映し、会員にそれを鑑賞してもらおうとしただけであり、抗告人には右危険性を生み出したことに対し責められるべき落ち度はまったくない。

つまり、相手方は、昭和六三年一〇月二二日につき、品川支部の「文化センター」五階第三、同四講習室の使用を、同月二三日につき、品川支部の同センター五階第四講習室及び新館一階視聴覚室の使用をそれぞれ同月五日に承認している。しかも、品川支部の同センターの使用目的が「橋のない川第二部」上映阻止であること、品川支部の同センター使用承認申請は同月五日であること、そのころ既に阻止実行委員会は公然と暴力的手段に訴えても抗告人の「橋のない川第二部」上映を阻止すると明言していたことからすれば、品川支部が同センターの使用承認申請を提出した時点で、右使用目的が暴力によって表現の自由を踏みにじる、明らかに公益を害するおそれがあったのであるから、右時点で前記条例第四条第二及び三号に基づき、品川支部の右使用承認を拒絶すべきであった。さらに重要なのは、「混乱」や「管理運営に重大な支障」をきたす危険性を生み出し、「文化センター」の一般利用者の権利を侵害しようとしているのは、一方的に暴力的阻止を唱えている阻止実行委員会であり、繰り返し述べているように、抗告人はあくまで平穏に映画を上映しようとしているだけであり、何ら他人の権利を侵害していないのである。右事実からすれば、「文化センター」の使用承認を取り消されるべきは、抗告人ではなく、品川支部であることは明らかである。

しかるに、相手方は、抗告人が上映会を三日後に控えた同月一九日午後七時ころに至り、突然、抗告人に対し、同センターの使用承認を取消す旨通知してきたのである。これは「混乱」や「管理運営に重大な支障」をきたす危険性を生じさせたことに何ら責めのない抗告人にその責任を転嫁するものであり、相手方の右取消処分は抗告人の集会、表現の自由に対する不当な規制であると言わざるを得ない。

三 よって、原審の判断は、本件取消処分が憲法第二一条、地方自治法第二四四条、品川区立文化センター条例第八条第三号に違反し、違憲、違法であることが明らかであるにもかかわらず、事実を誤認し、法令の解釈を誤ったものというべきであり、しかも承服し得る理由は十分示しておらず、不服であるから、即時抗告を申し立てた次第である。

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