大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

松山地方裁判所 平成10年(モ)803号 決定 1998年11月20日

主文

一  当裁判所が当庁平成一〇年(ヨ)第一六九号仮処分命令申立事件について平成一〇年八月二一日にした決定を認可する。

二  申立費用は債務者の負担とする。

事実及び理由

第一  当事者の求めた裁判

一  異議申立ての趣旨(債務者>

1  当裁判所が当庁平成一〇年(ヨ)第一六九号仮処分命令申立事件について平成一〇年八月二一日にした決定を取り消す。

2  債権者の本件仮処分命令申立てを却下する。

3  申立費用は債権者の負担とする。

二  異議申立ての趣旨に対する答弁

(債権者)

債務者の本件異議申立てを却下する。

第二  事実の概要

一  本件は、当裁判所が当庁平成一〇年(ヨ) 第一六九号仮処分命令申立事件について平成一〇年八月二一日にした決定(以下、「原決定」という。)について、債務者から、これを取り消して本件仮処分申立てを却下する旨の保全異議が申し立てられた事案である。

二  前提となる事実

一件記録によれば、次の事実が認められる。

1  債権者は、別紙物件目録記載の土地(以下、「本件土地」という。)の所有者である。

2  債務者は、組合貝の事業又は生活に必要な資金の貸付等を業務とする農業協同組合である。

3  債権者と債務者は、平成七年一一月一三日、本件土地について、左記内容の根抵当権設定契約(以下、「本件根抵当権設定契約」という。)を締結し、同日、別紙登記目録記載の根抵当権設定登記を了した(以下、右契約及び登記にかかる根抵当権を「本件根抵当権」という。)。

(一) 債権者債務者

(二) 債務者忽那俊子(債務者の姉、以下、「俊子」という。)

(三) 極度額九六〇万円

(四) 被担保債権の範囲消費貸借取引、手形割引取引等

4  右同日、債務者と俊子は、左記内容の金銭消費貸借契約を締結し、債務者は、俊子に対し、右同日、八○○万円を貸し付けた(以下、「本件貸付」という。)。

(一) 貸主 債務者

(二) 借主 俊子

(三) 貸付金額 八○○万円

(四) 弁済期日 平成一二年一〇四月二五日

(五) 利息 年五パーセント

(六) 遅延損害金 年一四・五パーセント

(七) 連帯保証人 債権者

(八) 特約 借主が債務の一部でも履行を遅滞したときは、債務者の請求によって期限の利益を喪失する。

5  本件貸付について、借主の俊子は、平成九年一〇月二五日以降の利息を遅滞し、貸主である債務者からの請求により平成一〇年四月八日に期限の利益を喪失した。

6  本件貸付前の平成三年六月二六日に、債務者は、俊子に対し、金二二〇〇万円を貸し付け(以下、「別件貸付」という。)、そのうち、元金一〇五二万五七〇五円並びに平成九年六月三〇日までの利息及び損害金の支払を受けたが、その余の支払を受けていない。

7  債務者は、本件貸付にかかる元金八○○万円並びに未払利息及び期限の利益喪失後の遅延損害金を請求債権として、当裁判所に、本件土地につき本件根抵当権に基づき競売を申し立て(当庁平成一〇年(ケ)第一三一号事件)、平成一〇年七月八日、不動産競売開始決定を得た。

8  債権者は、平成一〇年八月一四日、本件貸付にかかる元金八○○万円並びに未払利息及び期限の利益喪失後の遅延損害金の合計八五九万二七六五円を松山地方法務局に弁済供託(以下、「本件弁済供託」という。)した。

9  債権者は、本件弁済供託により本件根抵当権の被担保債権が消滅したとして、平成一〇年八月一八日、当裁判所に、本件土地につき設定された本件根抵当権の実行及び譲渡その他一切の処分禁止の仮処分(本件仮処分)を申し立て、同年八月二一日、金四〇万円の担保を立てさせてこれを認容する原決定がなされた。

三  争点

本件弁済供託により本件根抵当権の被担保債権は消滅したか(本件根抵当権の被担保債権に既存債権である別件貸付債権が含まれるか。)。

(債権者の主張)

1 本件根抵当権は、根抵当権の形式をとっただけで、実質は通鴬の抵当権であり、本件貸付債権のみを被担保債権としたものである。

2 仮にそうでなくても、本件根抵当権設定契約において、債権者と債務者との間においては、既存債権を被担保債権とする合意はなかった。すな わち、

(一) 根抵当権は、設定契約後の将来発生する不特定の債権を被担保債権とすることに本質があり、既に発生している債権を被担保債権に含める場合は、当該債権を特定して被担保債権に含める合意が必要である。

(二) 本件根抵当権設定契約では、契約書に既存債権を被担保債権にする場合の記載欄があるのに、その部分は空欄とされており、債権者は債務者から別件貸付債権の存在については何らの説明を受けていないことなどから、既存の別件貸付債権を被担保債権とする合意はなかったというべきである。

(債務者の主張)

1 根抵当権は、一定の範囲の不特定の債権を極度額の限度で担保するものであり、設定契約で定められた範囲の債権であれば根抵当権設定時に既に発生していた債権も当然に被担保債権に含まれるものである。

2 本根抵当権設定契約において、債務者は、偵権者に対し、本件貸付債権のみを担保するものではないことの説明はしていないが、設定時に存在した債権が被担保債権に含まれることは制度上明らかであるから、右説明をしなかったことをもって別件貸付債権が被担保債権に含まれないことにはならない。また、債権者は、本件貸付の主債務者である俊子が資金繰りのため債務者と取引をしていたのを知っており、債務者から本件貸付金八○○万円の一部が別件貸付偵権の利息の支払に充てられることを告げられていたから、既存の債権があることを認識し得たはずである。

第三  当裁判所の判断

一  前記前提となる事実に加え、一件記録によれば、次の事実が認められ る。

1  偵権者は、忽那海運株式会社(以下、「忽那海運」という。)の経営者であった忽那鼎の三女であり、俊子は、その長女で、夫の忽那秋男と共に、鼎の後を引き継ぎ、同会社を経営してきたものである。

2  債務者は、昭和五四年ころから、忽那海運に営業資金等の融資をするようになり、俊子を主債務者として、昭和六〇年九月に一九五〇万円を貸し付け、平成三年六月に別件貸付の二二〇〇万円を融資して、先の融資の返済を受け、残元金一一四七万四二九五円並びに平成九年七月一日以降の利息及び損害金が未払となっていた。

3  債務者は、平成七年ころ、俊子らから、忽那海運の新船竣工資金の融資を申し込まれ、既存の担保物件では不足していたため、追加担保を要求した。

4  債権者は、平成七年一一月ころ、姉の俊子から、債務者から八○○万円の融資を受けるにつき本件土地を担保提供してもらいたい旨依頼され、これを承諾した。なお、債権者は、道後温泉事務局に勤務し、忽那海運の経営には携わっていなかった。

5  平成七年一一月一三日、本件根抵当権設定契約が締結され、本件貸付の八○○万円の債務者から俊子に融資されたが、右契約締結の際、債務者から債権者に対し、既存の別件貸付の残元金や利怠及び遅延損害金が存在することについての説明、あるいは、別件貸付債権も本件根抵当権の被担保債権に含まれる旨の説明は一切されなかった。そして、本件根抵当権の極度額は、本件貸付の元金八○○万円の二割増の九六〇万円と定められ、債権者は、本件貸付債権を担保するため本件根抵当権が設定されたと認識していた。

6  平成九年六月ころ、忽那海運は、二回目の手形不渡りを出して、事実上倒産した。

7  平成一〇年七月八日、債務者からの申立てにより、本件土地につき 不動産競売開始決定がなされ、債権者は、同年八月一四日、本件貸付債権につき元金、未払利息及び遅延損害金の合計八五九万二七六五円を弁済供託した。

8  債務者は、別件貸付債権も本件根抵当権の被担保債権に含まれていると理解しており、極度額として定められた九六〇万円の弁済が得られなければ、本件根抵当権の実行を継続する意向である。

以上の事実が認められる。

二  ところで、根抵当権は、一定の範囲に属する不特定の債権を担保するものであり(民法三九八条の二、第一項)、特定の債権を被担保債権とする抵当権とは異なり、一定の範囲に属する債権に変更、消滅が生じても影響を受けない点に特徴がある。そして、根抵当権の被担保債権とされる一定の範囲に属する債権の決め方としては、特定の継続的取引によって生じる債権(同条の二、第二項前段)と、一定の種類の取引によって生じる債権(同後段)があり、一定の種類の取引によって生じる債権とされた場合は、特定の継続的取引によって生じる債権とされた場合と異なり、同種債権である限り、既存の債権も被担保偵権とされる可能性があるというべきである。しかし、この場合でも、既存の債権が被担保債権とされるには、当該根抵当権設定契約において、その旨の当事者間の合意が必要であり、かかる合意が認められないのに、根抵当権設定契約の締結によって当然に既存債権も被担保債権に含まれると解するのは相当でない。けだし、物上保証人である担保設定者に、根抵当権設定後の同種債権について極度額の範囲で担保責任を負わせるのは、根抵当権の本質上当然のことといわなければならないが、既存債権については、その存在や具体的残債権額を承知していない場合もあり、当然に担保責任を負わせるとすれば不測の結果を生じかねないし、意思解釈上も、常に既存の偵権(債務)についてまで担保する意思を有していたとは限らないからである。

三  これを本件についてみるに、まず、債権者は、本件根抵当権が形式的なもので、その実質は本件貸付債権だけを担保する抵当権であった旨主張するが、一件記録によれば、「根抵当権設定契約証書」と題する所定の様式を用いた契約書(乙五、以下、「本件契約書」という。)に債権者が署名、捺印の上、本件根抵当権設定契約が締結されており、債権者は、本件土地に通常の抵当権ではなく根抵当権が設定されることを理解していたものと認められるから、右主張はにわかに採用することができない。

次に、本件根抵当権の被担保債権の範囲は、前記認定のとおり、消費貸借取引、手形割引取引等と約定されており、一定の種類の取引によって生じる債権(民法三九八条の二、第一項後段)と定められたと認められる。

そこで進んで、本件根抵当権の被担保債権に既存債権である別件貸付債権を含ませる旨の合意があったか否かについて検討するに、確かに、別件貸付債権も本件貸付債権と同種の俊子を主債務者とする消費貸借取引であり、債権者において、俊子との身分関係からして別件貸付債権の存在を知り、少なくとも、その存在を知り得る立場にあったと認められる。しかしながら、前記認定事実によれば、債権者は、姉の俊子から依頼され、憤務者からの八○○万円の融資の担保として本件土地を担保提供していること、その際、債権者が俊子から既存債権である別件貸付債権も担保の対象となる旨の説明を受けた形跡はなく、本件根抵当権設定契約締結の際も、債権者は、債務者の担当者から、そのような説明を一切受けていないこと、そのため、債権者としては、本件根抵当権の設定による担保提供は、本件貸付債権のためと理解しており、既存債権である別件貸付債権が被担保債権に含まれるとは全く考えていなかったこと、本件根抵当権の極度額九六〇万円は、本件貸付の元金八○○万円の二割増の金額であり、右元金の金額を基準に利息ないし損害金を考慮して決められたものと推認されること、本件契約書には、本件根抵当権の被担保債権に既存債権が含まれる旨の記載はないこと(なお、本件契約書の被担保債権の範囲の項の契約年月日欄が空白になっているのは、特定の継続的取引によって生じる債権(民法三九八条の二、第二項前段)を被担保債権の範囲と決めなかったことを意味するもので、このことをもって既存債権を被担保債権に含ませない趣旨であったとする債権者の主張は的を得ていない。)、以上の事実が認められ、これらの事実を総合すると、本件根抵当権設定契約においては、債務者と債権者との間において既存債権である別件貸付債権を被担保債権に含ませる合意は成立していなかったと認めるのが相当である。

以上からして、本件根抵当権の被担保債権には既存債権である別件貸付債権は含まれておらず、本件貸付の後、債務者から俊子に追加融資がなされた形跡もないから、本件弁済供託により、本件根抵当権の被担保債権は消滅したものと認めるのが相当である。

四  前記認定事実によれば、債務者は、別件貸付債権も被担保債権に含まれているとして、極度額九六〇万円の弁済が得られない以上、本件根抵当権の実行を継続する意向であり、本件仮処分については、保全の必要性があると認められる。

第四  結論

以上の次第で、本件仮処分の申立ては理由があり、保全の必要性も認められるから、金四〇万円の担保を立てさせてこれを認容した原決定は相当である。

よって、原決定を認可することとし、主文のとおり決定する。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例